「…統制のとれなくなった共和軍は仲間割れを起こし、  
あろうことか同じ艦船の中でまで同士討ちを始めました。」  
 少女がそこまで読みあげると、教壇の女教師が話を切り出した。  
「佐藤さんありがとう。さて、このように軍のトップがおらず、組織の私兵としてしまうと  
組織自体の対立や私欲で動かす人が居た場合に、大きな混乱が起こってしまうわけです。  
…同じ問題が少し前にもありましたね?」  
 女教師の呼びかけにしたがって、生徒の幾人かが手を挙げた。  
指名されたのは先に読み上げをしていた佐藤という少女、  
「はい、旧日本自衛軍が、欧米の押しつけた文民統制を固持した衆ぐ政権により  
戦略D兵器の投入を先送りにし続けました。」  
 女教師は、優秀な生徒を持ったことを誇らしげに続ける。  
「素晴らしい回答でした。そうですね、軍事が政権によって操られることがどれだけ危険か、  
その良い証明でもあるわけです。そしてそれの反省から生まれた組織があります。…山崎さん、なんでしょう?」  
 間を置かずに回答が返る。  
「軍議院です。軍に所属していた人や、その御親族の方だけが参政権を持ちます。  
専門家の集まりで、軍同様の階級があって機敏で、それと決議が一般の議会より優先されるので、  
軍の行動を妨げる事がありません。」  
 教科書通りの文面が戻り、再び満足げに頷いた女教師が称賛する。  
「よく出来ました。…軍を一本化する事の大事さ関しては、みんなも良く知っていると思いますが、  
20年前の戦争ではそれが出来ていませんでした。その結果が日本本土への侵攻を許してしまったのです。  
皆さんの中にも、お祖父さんやお祖母さん、伯父さん、伯母さんを奪われたという人も居るでしょう。」  
 女教師の呼びかけを受けて、生徒たちは顔を俯けたり、悔しそうな表情を作ったりと、さまざまな反応を見せた。  
女教師も表情を曇らせる。  
「私も、幾人かの親族と知人を…。」  
 しかしそこでは止まらない。  
「…先ほど佐藤さんが言いましたね、戦略D兵器の利用が遅れたと。  
そうです、あの戦争は、既に完成していた、ABC以上のD、ディメンジョン兵器を用いていれば、  
共和軍艦隊を迎え撃つことは可能でした。」  
 快活そうな少女が、いきなり声を上げる  
「E兵器に拘ったから!」  
 最良の答えを返した少女へ柔らかな表情を向けると、女教師の顔は険しいものに切り替えられた  
幾人かの生徒が、教師とは別の方をちらちらと盗み見る中、それを気にせず女教師は続ける。  
「…戦犯達による政権は、旧時代のアメリカとの同盟を妄信し、  
助けが来るまで防衛に徹するべきだといいました、そしてD兵器は危険だという嘘を放送し、  
一方で、とても危険で、役に立たないE、つまりエビル兵器を後押ししたのです。」  
 
 教師の言葉のうちの、“役立たず”という言葉を、生徒達は隣の生徒と嘲い合う。  
ただ1人、少女は、表情を硬して俯き、もう1人、少年は、その少女の様子を窺っていた。  
 と、俄かに学校全体が騒がしくなったかと思うと、チャイムが鳴った。  
教室ごとの騒音は拡大してゆき、それに負けじと女教師が次回の授業の準備を呼び掛ける中でも、  
少女、E4076-1美梨は少しの音もたてず、俯き続けた。  
 
※余聞1  
D兵器、ディメンジョンと表記されるものの正確には「時空間兵器」は、ABC兵器を超える大量破壊兵器。  
D弾頭と呼ばれるシステムから空間を粘土のように捻じり、  
大体球状の範囲の物体を、物質の剛性等をほとんど無視して、  
ルービックキューブの柄のように、ぐっちゃぐちゃのモザイクにしてしまう兵器。  
 
作中では危険性は(政治的圧力もあって)嘘だとされているが、実際には、  
「(先ほども述べたルービックキューブのように)発動からの一定時間を経ると、  
巻き込まれた範囲の物質が、発動時同様の挙動をしながら互いの元の座標に戻ろうとする」  
という「揺り戻し現象」を引き起こす。空間兵器じゃないのです、“時”空間兵器なのです。  
 
当然ながらそれに巻き込まれれば、時空間兵器発動と同様の被害が再度発生することになる。  
例えば、巻き込まれた戦艦の廃鉄材を溶かして、電車の車体フレームを作ったとすれば、  
そのフレームの鉄原子が、なんとか戦艦の形に戻ろうとして、時空間をミキシングして捻じれつつ、  
他の残骸が多くある場所に近づこうと飛んでゆく、地面にめり込みえぐってゆく、なんて事が起こるわけですね。  
電車の中に人間が乗ってたら、言うまでもありません。  
 
また「揺り戻し現象」は複数回、起こり続けます。少しずつ規模は小さくなってゆきますが。  
小さい事がじわじわ起こり続け、一定のラインを超えると一気に大きな反応を起こすので、  
この時代の人間はまだ気付いてません。そもそもD兵器への非難自体、危険思想扱いです。  
 
E兵器、「エビル兵器、邪悪兵器」は、規模こそ小さいもののD兵器より強力すぎて、また人間そのものを冒涜する兵器。  
それは、ベースとなる人間に、遺伝子や薬剤による生命科学、ナノテクノロジーや機械構造による物理工学、  
そしてそこに邪な魔法技術までをも組み込んで作りだされた、人造の悪魔。  
 
旧自衛軍は、大陸の共産軍の侵攻と、米国の同盟無視を予見、  
日本の孤立無援状態、戦力差・資源差から戦闘が破滅的な状態に陥ることが間違いないと考え、  
また、戦略兵器の投入による国際関係の失墜も考慮してD兵器を禁じ、  
既に試作されていたE兵器の増産と、兵士自体や国民レベルでの強化や、敵への恐怖を与える作戦を立案した。  
 
一部の人間が持つ特殊なミトコンドリア「キックモーター」を利用することで、  
普段は細胞に含まれているだけの微細小胞機械「セルマシン」を発動させ、  
セルマシンが細胞を歪め、人間の体をわずかに変貌させ、同時にセルマシンが構築する多重の魔法陣が、  
歪になってゆく人間の体という 生贄 を利用することで、連鎖的に莫大な魔力を生み出し  
物理法則を超えた肉体の変形を可能にする。  
そして半人半獣の姿になった人間という「魔」そのものは、この世のものではない戦闘力を発揮するのだ。  
 
少数の試作型が日本各地の戦場に投入され、僅か100人未満のそれだけで、  
戦線を日本海にまで押しだすまでの無茶苦茶な戦果を上げているのだが…  
E兵器のイメージがとにかく不気味なのと、試作のは完全な機密任務で活躍は広くに知らされていない事、  
さらにこれを用意していたためにD兵器を使わなかった、という戦後政権のプロパガンダにより悪者扱い。  
自衛軍兵員や国民の適合者から志願を募ったり、前線で瀕死の重傷を受けた兵を強引に肉体改造し、  
生産を重ねて、戦争終結までに約17000人ほどがロールアウトしたのだが、  
その多くが、ほぼ人権が剥奪されている、と言っていいほどの扱いを受けている。名字が使われないのが好例。  
 
国を救うために人間を捨てたのに。  
 
戦闘能力は脅威以外の何物でもなく、製造された全体の7割を占める汎戦闘種(主に肉食獣モチーフ)の  
無装備の単体が肉弾だけで難なく高層ビルをなぎ倒せるだけの破壊力を持ち、  
バイオケミカルによる汚染、核の直撃や、D兵器の炸裂にあっても、  
魔法によるおぞましいまでの再生能力や、防御の加護が肉体を維持し続けるという  
負けるはずのない兵器。人を超えたもの。だがどれだけ再生しても感じた苦痛は残るのだ。  
現在は、リミッターの首輪を付ける事で、攻撃性能力をほぼ封印するよう法定されている。  
(それでも大型の獣程度の膂力はあるだが)  
 
当然の話なのだが、戦後政権が彼らを忌避したのは、この論外の能力のせい。  
精神と互いに影響しあう「魔法」を体に宿らせた副作用として、  
彼らが強い人間性をもっていることに着目した政府側は、  
彼らはあまりにもオーバースペックであり、国民に僅かでも攻撃性を向けることは即、殺戮に繋がる事を利用、  
国民という人間の盾が、彼らを取り囲んで虐め、監視し続ける形に仕向けたのだ。  
 
 
バス道路から逸れた、整然と並ぶ木の間の道を、夕暮れの中、2人の影が歩いてゆく。  
「クソっ、佐々木のババア。今更煽るような話に持ち込みやがって…」  
毒付く少年の声、それから少し遅れて、  
「…もう、やめた方がいいよ。せいちゃん。」  
気に病むような少女の声。だが少年、東静一の怒りは収まらない。  
「美梨、あんな嫌がらせされて、悔しいとか、あるだろっ…」  
自分のための義憤だという事が分かっていても、美梨は黙ってしまう。  
 
2人の家、いや塀もある屋敷は林の中に建っていた。  
二十数年前までは立派な町があったそこは、気化爆弾によって灰燼だけの土地となった、  
生き延びた人たちの中には、血の流れた場所に住もう、などという心や力を持っている人など残ってはおらず、  
できるだけ遠くの、快適な都会地へ移っていった人たちの土地は、巡り巡って国が受け取った。  
そして国は、その戦いで戦った兵士たちを厚遇し、人の住まなくなった土地に幾らかの手を入れて屋敷を建て贈った。  
少し昔の感覚で言えば、嫌がらせ以外の何物でもないだろうに、そんな事はお構いなしに、  
 
「昔の政治がどうとか、前の軍の姿勢がどうとか、美梨はエビルでもその後に生まれたのに  
なんで悪いなんてことになるんだよ!」  
「もうやめて。お願いだから!」  
美梨の呼びかけは悲鳴に近かった。  
「私はいいの。辛くても誰かを傷つけるわけじゃないもの。  
お母さんや私の身元だって、おじさまが保証してくれてるのだから、酷い目に…あうことも、ないわ。」  
話しかける途中で、そうではない同属のことが脳裏を掠めたのか、美梨は僅かに口ごもる。  
 
美梨の母、E4076梨絵は、戦火に巻き込まれて重傷を負った、  
治療の過程でE兵器適合が判明、自衛軍で手術を受け、汎戦闘種・狼型の形質を宿した。  
しかし終戦後は、それは社会での枷となり、リミッターという物質の枷が重ねられるように付けられ、  
そのまま戦後復興の際の労働力へと駆り立てられた。  
獣化状態での身体能力でも負担となるほどの重労働と、終戦から時間が経つほどに広がるE兵器への偏見。  
そんな中で唯一、彼女を庇ったのが父親となった男だった。  
彼も戦地に出ていた1人で、E兵器に救われたことから、時代の流れに嫌悪感を感じていた。  
互いの献身に触れるうちに、二人は結ばれ、梨絵は美梨を身篭った。  
 
E兵器の配偶における女性というのは、妊娠しにくい、  
強化された体の免疫が男性の精子のほとんどを排除してしまうためだ。  
E兵器の男性は真逆で、精子の保存性が高く、高い確率で妊娠させることはできる。  
だがミトコンドリアの形質は母からしか受け継がれない。  
キックモーター特性を持たない母親からは、E兵器へと変じる能力を持たない子しか産まれず  
機能しないセルマシンのほとんどは、そのまま細胞内で分解されてゆく。  
それを踏まえ、政府はそのうちにE兵器は子孫を残さずに絶滅すると結論付けていた…  
 
そして美梨が産まれた。  
棘の付いた枷の中でも。幸福な家庭を作れると信じていた梨絵の元に、夫の悲報が届いた。  
街中で暴行を受けていたE兵器の親子を庇い、  
不壊の兵器に苛立つ暴漢の凶行を、普通の人間の身で受けてしまったのだ。  
結局、暴漢は罪には問われなかった。  
 
梨絵はいくつかの町を渡り歩いた。全てを与えてくれた人のいない場所にはいたくなかった。  
美梨と、E兵器専用の強靭なドッグタグの中にしまわれた親子3人の写真だけは片時たりとも身から離さずにいた。  
彼女を探している人物が現れたのは、そのような生活のなかで、まだ美梨が物心付く前のこと、  
その男性、東氏は、梨絵の夫の元同僚で、力になることを約束してくれたのだった。  
それはきっと、亡き夫の最後の導きだったと、梨絵は娘に教えている。  
 
東氏の家には、E兵器にも変わらず接する、というよりむしろ素敵であると評する風変わりな奥さんと、  
梨絵と同じように世の中にいられなくなったE兵器達、また彼らを不愉快に思わない人々が下働き、  
というよりは共同生活をおくっており、そして東氏には、美梨と丁度同い年の男の子がいた。  
男の子と女の子は、このときから家族になった。  
 
母親から、人を守る人になりなさい、と言われて育った美梨は、人一倍で危ういまでの優しさを持つようになる。  
だが同時に彼女の体は、やはり母親の形質を受け継ぎ、守護のために造られた破壊兵器、汎戦闘種・狼型が息づいていた。  
そして10歳の時の検診が、首輪、Eリミッターを装着する、人ではない人生の始まり。  
 
「せいちゃん…、政府の悪口を言ってるのが家以外の人に聞かれたら、おじさまがご苦労されるわ。  
今でさえ、いい顔をしない町の人だって…。」  
美梨の悲しそうな声を聞いて、静一の声もトーンダウンする。するが、止まらない。  
「…でもさ、政治家はさ、軍議員を飼い犬にしたいから、参政権持ってる元軍人にバラマキしてんだぞ?  
日本守ってたエビルの人たちだって、同じ軍人なのに、何で別になるんだよ…。」  
父親の語ったE兵器に助けられた話から、その子供が素直に考えた、ごく自然な結論だった  
だが優しい美梨の回答はない。理不尽さを感じても、E兵器がそれを社会に表現する方法はないことは  
彼女自身の体で知っている。どう足掻いても兵器であり暴力なのだ。  
 
静一は知らない。  
美梨は定期健診で、E兵器としての指導を受けたことがある。  
それはリミッターを僅か1%開放しての、自分の力を知覚することだった。  
荒れ果てた訓練場、僅かに力を増した12歳の美梨の小さな手は、獣のそれへと形を変える、  
おずおずと、構えた腕を振り下ろす。何が起こるとも思わなかった。  
目標として無造作に置かれた廃車は、表現すらしがたい轟異音と共に原型を留めないまでにバラバラに引き裂かれ千切れ飛んだ。  
前日にクッキーを作るときに使った、調理用のアルミホイルを引き裂くより力を込めたつもりはなかった。  
無意識に腕と同じ獣の形になっていた脚は、小さな少女の体重を支えきれなくなり、床にペタリと座り込んだ。  
以来、美梨は自分の力に恐怖を覚えた。それが親しい人に向いてしまったときの事を考えさせられる読本が配られた。  
自分が事故を起こしてしまう悪夢が襲い、眠れなくなる日が続いた。  
それが、説明では1%開放となっているリミッターが、実際には20%開放されており、  
E兵器の少年少女が自分の力を大なり小なり誤解するように仕向ける教唆プログラムであることなど、彼女は知る由もない。  
 
静一は、後を歩いているはずの美梨の方を見遣る、どこかで立ち止まってしまったのではないかと思うほど静かだった。  
美梨はすぐ後ろだったが深く俯いてしまっていて、ただ、とても悲しそうであることだけしか見えなかった。  
「美梨…。」  
呼びかけても、彼女の表情は取り戻せる気配は無い。  
それ以上は何もできることもなく、ただ、とぼとぼと歩き、2人は家に帰りついた。  
 
夕食は親達と子供たちが1つのテーブルを囲むのが東家。  
その中で、美梨はいつもどおりに食事を取っていた。親たちの話しかけに笑顔で答えていた。  
それが、静一には余計に辛く思い、味も分からない、メニューも覚えられない夕食を無理やり腹に収め、  
自分の部屋へ逃げ込むように篭ると、布団を敷いて、強引に眠りに付こうとした。  
しばらくして隣の美梨の部屋から物音が聞こえ、彼女も早々に部屋に戻ったようだった。  
最近は、彼女が服を脱ぐ、衣擦れの音が嫌にはっきり聞こえる。服を脱いだ美梨の体。  
一瞬、頭を乗っ取った卑劣な想像とその原動力の思春期の性欲を何とか自己嫌悪に転換して、  
後悔を抱えながら眠りに付いた。  
 
 

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