元・ライバル
「あ……あんの、バカーーーーーっ! うぉぉぉっ……! ひぐっ……」
「ちょっとは落ち着きなさいよ、アタシが泣かしてんのかと思われるじゃない」
大声で泣きじゃくる小柄な女と、それを小声でなだめる大柄な女、ではなく大柄なオカマが並んで
バーのカウンターに座っていた。周りの客はこの奇妙な二人連れと目を合わさないようにしていた。
この二人、さっきまで一人の男を巡ってのライバル関係だった。
しかし、その男が女を次々と騙し貢がせるロクデナシであることが発覚したので、
それぞれ仲良く片頬ずつ引っぱたいて縁を切ってきたところなのである。
「うおおおッ……うぐっ…………」
「アンタ意外と男らしい泣き方するのねぇ」
オカマは隣の女の背中に触れようと、手を伸ばした。
「せ、セリカさんはぐやじくないんですかッ?」
「え、アタシぃ?」
セリカと呼ばれたオカマはふと手を引っ込めて、天井を仰いだ。
「そうねェ、脈がないコトなんか最初っから分かってたようなモンだし……」
ノンケに迫ったってねぇ。そう言ってセリカは苦笑いした。
「でも『アタシを女だと思ってアンタも本気で来なさい』って、セリカさん……」
「よっくそんなコト覚えてるわね」
セリカは彼女をライバル認定してからの日々を思い返した。
この、ちっちゃなコは真面目だった。女のクセに、恋愛の駆け引きも知らなかった。
今だって、まっすぐすぎるが故に大きく傷ついているのだ。
だから……、好きな相手がいつの間にか変わっていたのかも知れない。
セリカはスクリュードライバーを一気に飲み干し、グラスを置いた。
「アンタになら譲っても良かったんだけどね」
「へっ?」
きょとんと見つめ返してくる女の顔に、一瞬心を奪われた。
(むしろ、アンタをあの男に譲る気になってたんだけどねぇ。)
「セリカさん?」
「あー、アタシ、もう女なんのやめちゃおっかな」
「そんな! 一回失恋したぐらいで諦めちゃ、駄目ですよ!」
彼女は見当違いの方向に慰めてくれる。自分の涙の跡も拭かずに。
セリカはハンカチを差し出しながら尋ねた。
「景ちゃん、って言ったっけ」
「ああ、はい……」
本当はずっと呼ぶタイミングを伺っていた。
「ねぇ、景ちゃん、辛かったらアタシがカラダで慰めてあげよっか?」
声を低くし、耳元で囁く。景の頬が一瞬で染まった。
「かか体って! セリカさん、その……!」
「チンコ切ってなくて良かったわぁ。使い時が来るなんて♪」
「セリカさん! あの、あの、お気持ちは嬉しいですけど、そんないきなり無理です! そんな!」
「ほんとアンタはウブねェ、冗談よ。んふふ」
(ま、トーゼンの反応よねぇ。)
セリカは口に手を当て、おどけてみせた。
「あ、あは、そうですよね……」
慌てたのを恥じたのか、景は小さな体を余計縮ませて俯いた。セリカはその頭にそっと触れ髪を撫でた。
「かんわいいー」
「セリカさん」
「……あ、イヤだった?」
セリカは顔を曇らせる。
「いえ、その……セリカさん、……ちょっと抱きしめてくれませんか」
セリカは二、三度目を瞬かせた後、優しく景の背に太い腕を回した。
「ぎゅーっ♪」
「ふぇぇ、……セリカさーん……」
景はセリカの厚い胸板にもたれかかると、眠るように目を閉じた。 (終)