その後の花見―というよりはバーベキュー―はつつがなく終わった。  
ただ一点、真由里が―周りに気づかれないほど微妙な差だが  
―俺に距離をとっていたことを除いては。  
 
その日の夜、帰宅した俺は自室のベッドに身を埋めていた。  
・・・結局花見終わってから全然しゃべれなかった。  
親は両方とも仕事で帰れないからさらに気まずいし・・・。  
なんか鬱な気分だ。なんでこんなことになったのやら。  
ふと今朝のことを思い返してみる。  
―そういやなんで今日はあんなに積極的だったんだろう。  
その膝枕された時の光景を思い浮かべる。  
頭から直に伝わってきた太ももの柔らかさ。  
見上げたときに実感した胸のふくらみ。  
こちらを見下ろす少し上気した笑顔。  
こちらの鼻先をくすぐる柔らかな黒髪。  
そして―唇が触れあったときの柔らかい感触。  
・・・・・・・。  
うあああああああああ!!  
そこまで思い返して俺はあまりの恥ずかしさにベッドで悶絶した。  
 
「・・・・・・・・。」  
ひとしきり悶絶したところで気分を落ち着けてみる。  
実のところ、もう自分の気持ちには気づいていた。  
彼女を好きだということに。  
たぶん、彼女も同じ気持ちだろう。  
いくら何でも好きでもない男の唇を奪うような女ではないはずだし。  
・・・俺の知らない間に彼氏作ってたとか言ったら泣くが。  
 
「でもなあ・・・。」  
寝返りをうちつつ誰にともなく愚痴る。  
改めて真由里のことを思い浮かべてみる。  
容姿端麗。眉目秀麗。成績優秀。家事万能。  
彼女を表すのはこれらの四字熟語(一部違う)がぴったり合う。  
それでいてそれらの才能を鼻にかけることもなく、努力を怠らない。  
細かなところに気配りも利き、気さくな性格の為嫌みさを感じさせない。  
その上どこか子供っぽいところもあり、そのためか男女ともに人気が高い。  
「それに比べて・・・。」  
今度は俺自身のことを考えてみる。  
中肉中背で顔も良くも悪くもない(世間一般ではどうか知らんが)。  
成績は平均よりは上だが努力をしても真由里のような才能もなく、  
唯一体を動かすのは―中学時代のイジメの時の経験の為―得意だが、  
特別良いというわけでもなく上の下か中の上止まり。  
―勝負にすらなってないし・・・  
余計鬱になってしまった。  
今の俺では真由里と釣り合わない。  
本人達の意志にかかわらず周囲はそう思うだろう。  
現にそれが原因で中学時代はエライ目にあったわけだし。  
―かといって他の男に渡す気なんぞ毛頭ないが。  
「・・・どうすればいいことやら。」  
つい独り言を言ってしまう。  
・・・やっぱ俺じゃあ真由里に釣り合わないのかな。  
俺が誰にも文句を言われないくらいの男だったら・・・。  
そんなことを思っていると部屋のドアがノックされた。  
「あいてるよー。」  
適当に返してから気付く。  
両親ならノックせずに俺に呼びかけるはずだ。  
―っていうことはつまり―  
ドアを開けて―予想通り―真由里がおそるおそる顔を覗かせてきた。  
 
「・・・・・・・・。」  
「・・・・・・・・。」  
重苦しい沈黙が部屋を支配する。  
ていうかなんで俺自分の部屋でこんなに緊張してるんだろう。  
「・・・今朝は、ゴメンね?」  
先に口を開いたのは真由里だった。  
「い、いやいいよ気にしないで。」  
慌てて声を上げる俺。  
普段は俺をからかってくるくせに  
自分が悪いと思ったときはしおらしくなるんだよな・・・。  
「・・・恐かったの。」  
真由里が小さな声で話す。  
俺はそれを一字一句聞き逃さなかった。  
「私といると、ユウが迷惑するから、いつか一緒にいられなくなるんじゃないかって・・・  
そう思うと恐かった。」  
声はやがて大きくなっていき、ついには嗚咽になる。  
「ユウに拒絶されるのが恐かった!「近寄るな」って言われるのが恐かった!  
「迷惑だ」って言われるのが恐かった!だから・・・!」  
涙を流し出した彼女を見て、俺は心の中で何かが弾けるのを感じた。  
彼女を泣かせた周囲の無責任な発言に対して怒りが沸々とわいてくる。  
無言で彼女の体を抱きしめる。  
「ユウ・・・?」  
そして彼女の頬に手を伸ばし―  
少し力を入れてつねった。  
「いたたたたたたたたたた!」  
「誰が迷惑だって?」  
真由里の耳元で俺は軽い口調で―しかしハッキリと言う。  
「俺はマユのことを迷惑だと思ったことは一度もない。  
お前だって俺を迷惑と思ってないだろ?」  
真由里が激しく首を上下に振るのを確認して言葉を続ける。  
 
「俺はずっとお前と一緒にいたい。これからも、ずっと。  
お前が―好きだから。」  
俺の突然の告白に真由里はハトに豆鉄砲喰らったような顔をした。  
「・・・ホントにいいの?」  
「当たり前だ。周りにグチグチ言われるのも慣れたし。  
ていうかあいつらの我が侭にこっちが合わせてやる必要ない。」  
キッパリと言いきる俺。もう迷いはなかった。  
真由里の顔を覗き込むとまだその表情は曇ったまだだった。  
「でも、やっぱりユウにめいわ・・・!?」  
そのセリフは俺の唇で遮られた。  
唇を離し言う。  
「何度も言わせないでくれ。俺は・・・あーもうこれ以上セリフ思い浮かばねー!」  
そこまでが限界だった。  
俺は真由里の体を離し頭を抱えて絶叫した。  
「ユウ・・・?」  
「ダメだなー俺・・・。もうちょっと格好良く告白するつもりだったのに・・・。」  
一気に脱力感が俺にのしかかる。  
「俺の方こそゴメンなー。こんなヘタレで・・・。」  
落ち込む俺を真由里が優しく抱きしめる。  
「そんなことないよ。ユウに「好き」って言ってもらえてすっごく嬉しかった。  
それに格好良かったよ。―途中までは。」  
「元気付けるかトドメ刺すかどっちか片方にしてくれ・・・。  
それはそうと真由里さん?」  
「?」  
俺の問いかけに疑問符で答える真由里。  
「俺まださっきの告白の答え聞いてないんだけど。」  
 
「・・・!?」  
途端に顔を赤く染める真由里。  
まあこんな素に近い状態でいきなり答え迫られたら答えづらいわな。  
でも困ってる顔もイイかも・・・。  
そんなことを思ってるといきなり唇を奪われた。  
「・・・・・!?」  
今度は舌まで入れてきた。  
ヤバイ。気持ちイイ。  
口の中に真由里の味が広がっていく。  
しばらくお互いの味を確かめ、やがて真由里の方から唇を離した。  
頬を染めつつ糸の引いた唾液がついた唇をなめるその仕草が色っぽい。  
「これじゃダメ?」  
慌てて首を勢いよく左右に振る。  
さっきと立場逆転されてしまった。  
まあそれはそれで俺達らしいが。  
俺はそんな彼女を抱きたいと思った。  
意を決すると真由里の下着の中に手を突っ込み、  
もっとも恥ずかしいところを撫でる。  
「・・・・・・!?」  
顔をさっきより赤く染める真由里。  
ああいかんいきなりすぎたか。  
しばらく硬直した後、真由里が頬を赤く染めたまま上目遣いに聞いてくる。  
「・・・責任、取ってくれる?」  
俺は黙ってうなずく。  
もう覚悟は出来ている。  
そして今度は俺の方から長いキスを始めた。  
 
 
部屋の窓から差し込む朝日を浴びつつ俺は目を覚ました。  
時計を見る。午前6時。まだ寝ていられる時間だ。  
隣に視線を向けるとそこには幸せそうな表情で真由里が眠っていた。  
俺はその寝顔を素直に可愛いと思った。  
毎朝俺の寝顔を堪能する真由里の気持ちが少し分かった気がする。  
彼女の頬を撫でようとして俺の手が真由里に握られていることに気付く。  
どうやら手をつないだまま寝てしまったらしい。  
―暖かい。  
そういえばお互い服を着ないまま眠りについたことを思い出す。  
昨夜一線を越えたとはいえ少し気恥ずかしい。  
いや凄く恥ずかしい。  
昨夜のことを思い出すだけで体が火照ってくる。  
もちろん恥ずかしさでだが。  
我ながらこういうことにはウブだなーと思う。  
今だってシーツについた赤いシミが気になってしょうがない。  
こんなのでよく最後まで出来たな俺。  
とりあえずよくやった俺。おめでとう俺。  
そして―ありがとう真由里。  
隣で眠る彼女に心からの礼を言う。心の中でだが。  
きっとこれから今まで以上に俺達への風当たりは強くなるだろう。  
でも―  
手をつないでない方の手で真由里を撫でながら俺は思う。  
彼女を手放したくない。  
だから、もう、逃げない。  
俺は未だ眠り続けている最愛の人を抱きしめ  
そう心の中で誓いつつ再び睡魔に身を委ねた。  
 
――――――――《完》――――――――  
 

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