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「遠山、大丈夫?」
ふらふらと覚束ない足取りの私の頭上から声が降る。
答える代わりに頷いてみせたものの、かくんっと思っていた以上に私の頭は縦に振れて、その弾みで私は長谷君の腕に頭をぶつけた。
「う? ……ごめん?」
「いいけど。遠山、ほんっと酒弱かったんだな」
30センチの身長差のある私を見下ろす長谷君の顔は、穏やかな苦笑に満ちている。
店に入ったのは夕方なのに、今はもう終電も間近な時間帯。
あれから色々と濃い話――実は長谷君はタチもネコもいける、とか。初めて男にホられた時は痛みで二日ほど引きこもった、とか――で盛り上がり、気付けばこんな時間になっていた。
普段ならお酒は二杯で止める私だけど、今日は調子に乗りすぎた。
長谷君に付き合ったからってのもあるし、何となく理性を保っていたくなかったってのもある。話が濃かっただけに尚更。
だからついつい、四、五杯も飲んじゃったんだけど。
う〜……地面がゆらゆらしてる…。
「帰れそうか?」
分かりません。
何せこんなに飲んだのは久し振り。今ならまだ電車に間に合うだろうけど、寝ちゃう可能性は限りなく高い。
乗り過ごして終点まで行っちゃったら、ここからタクシーに乗る、その倍以上のタクシー代が掛かる。元々、ここから家に帰るタクシー代すら持ち合わせて無いんだけどね。
「分かんない……」
長谷君の腕を掴んで首を左右に振る。頭は重くて持ち上がらないから、長谷君の表情は見えない。
「分かんないって……」
参ったな……と長谷君が呟く。
ええ、参りました。まさか自分でも、こんなことになるとは思ってませんでした。反省。
幸いなのは、酔うと吐き気より眠気が勝つタチってことぐらい。
「遠山、歩ける?」
立っていても体の揺れる酔っぱらいの私に、長谷君は腕を貸したまま、体を屈めて私の顔をのぞき込んだ。
私よりも遙かに飲んでるはずなのに、その顔はいつもと変わらない。不公平だ。
「う〜……」
たぶん、と言いたかったけど、言葉よりも声が先に出る。
それで意味が伝わったとも思えないけど、長谷君は苦笑したまま、もう片方の手で私の頭をぽんぽんと叩いた。
「もうちょっとだけ頑張れ」
「うい……」
励まされたのか、呆れられてるのか。かくんっと頭を縦に揺らした私を見て、長谷君は私に腕を貸しながら、ゆっくりとした歩調で歩き出した。
眠い。
暑い。
蒸し暑い夏の夜に、お酒の回った体はぽかぽかを通り越していて、その暑さにくらくらする。
ああカミサマ、どうして人は調子に乗ったりするんでしょう。
今日はこんなに飲むつもりは無かったのに。
明日のバイトが遅番だったことすらも、今の私にはカミサマの意地悪としか思えません。
早番だったら、こんなに飲み過ぎることもなかったのに。
ああカミサマ、ひどいです。
「遠山、重い」
「うー……」
殆ど長谷君にしがみつきながら、よろよろと歩く酔っぱらいが約一名。
どこをどう歩いているのかすら分からないけど、今の私には長谷君の腕だけが頼みの綱。はぐれないようにと必死にしがみついている私に、長谷君は変わらず優しかった。
もっとも、内心じゃ呆れかえってるのかも知れないけど。
「ほら、着いたよ」
遠かったのか近かったのか、気付けば私達の前にはアパートの扉が一枚。アパートと言うより、ハイツ? なのかな。違いは良く分かんないけど。
長谷君が鍵を開けて中に入ると、換気のされていないむわっとした空気が肌に触れた。
「遠山」
「うー」
駄目だこりゃ。我ながら、もういっぱいいっぱい。
鞄を床に捨て、奥の部屋に通されると、長谷君の承諾も得ないまま、私はベッドに倒れ込んだ。
「水飲む?」
「……のむ」
ああ、タオルケットが気持ち良い。
ぎゅうっと抱きしめると、洗濯物の匂いが鼻の奥でくすぐったい。
さっきまで肌にまとわりついていた空気は、長谷君がクーラーを入れてくれたのか、ひんやりとした心地よさに変わっていた。
「犬みたい」
聞こえた声に目を開けると、水の入ったコップを持った長谷君が、私を見下ろして笑っていた。
「はい」
「ん」
重い体を無理矢理起こし、コップの水を一息に飲み干す。体にしみ入る冷たさがまた気持ち良い。
「あんがと」
ぐいっとコップを突き返して、私はまたタオルケットを抱きしめて横になる。
おかしい。酔いつぶれるつもりなんて無かったはずなのに。何で私はここに居るんだ? と言うか、そもそもここは何処?
ぐるぐる回る頭で考えるけど、耳の奥で心臓はどくどく鳴ってるし、体の暑さも収まらない。
中途半端に考えても分かんないことだらけだし、タオルケットは良い匂いだし、もういいや。
手足を縮めてタオルケットを抱きしめる私の頭に、ふわりと何かが触れた。
「無防備だね」
ふわふわと頭が撫でられる。それがひどく気持ち良い。
「遠山って、いつもそうなの?」
いつも? いつもって何だろう。
考えてみるけど、長谷君の問いかけの意味が分からなくて、取りあえず首を左右に振る。
私の頭を撫でる長谷君は、少し笑いを溢していたみたいだけど。
「何だかなぁ……」
「うん……?」
「何でもない。ほら、風邪ひくよ?」
抱きしめていたタオルケットは腕の中から体の上に移動する。クーラーの風が直接当たってたから、こっちのほうが気持ち良い。
鼻先まですっぽりとタオルケットにくるまると、お日様と洗剤と長谷君の匂いがして、何だか幸せな気分になる。
「……遠山」
長谷君の声が聞こえる。ふわふわと、でもしっかりと私の頭を撫でてくれる手が嬉しい。大人になると、撫でられることなんて滅多にないから。
嬉しいのと気持ち良いのとで思わず笑みがこぼれる。
けれど、その手はしばらくすると私から離れ、長谷君の気配も遠くなった。残念。
酔うと自分の気持ちに正直になるって言うけど本当だ。もっと撫でて欲しい。傍にいて欲しい。
タオルケットの心地よさも、クーラーの気持ちよさも変わらないのに、長谷君の手が無くなっただけで気持ちが萎んでいく。
ぼんやりと目を開けると、部屋には私一人が残されていて、やがて聞こえたシャワーの音に、私は体を縮こめて目を閉じた。
少し眠っていたのかも知れない。
ギシとほんの小さくベッドが揺れて、その感覚に意識だけが浮上する。瞼は重くて持ち上がらないけど、長谷君が戻ってきたのが分かる。
わずかに感じる人の熱に、すり寄るように首を伸ばす。
頭頂部から後頭部へ。撫でられる感触に頬が緩む。もっと撫でてとねだる気持ちのまま、私はタオルケットごと長谷君の方にすり寄った。
「ほんと、犬みたい」
私に向けたのか、それとも独り言なのか。長谷君の呟く声音は優しい。
確かに、撫でるのをねだるなんて犬みたい。私の実家にも犬が居るけど、その子も私を前にすると「撫でて」と言わんばかりに背中を向けて座り込むし。
でも、それもこれも気持ち良いから。私も、犬も、たぶん気持ちに変わりはない。
「……ん〜」
不意に長谷君の立ち上がる気配がして、私は思わず腕を伸ばして長谷君の手にしがみついた。
さっきみたいに一人になるのは嫌だ。
けれど、長谷君は少し腰を浮かしただけで、瞼の裏で部屋の灯りが落とされたのが分かった。
私が手に――むしろ腕に――しがみついたからか、長谷君は少しだけ戸惑ったようだけど。薄く目を開けると、オレンジ色の間接照明を背中にした長谷君は、困ったように笑っていた。
「何で遠山がそんな顔してんの?」
「……うん?」
「寂しいって、そんな顔してる」
そうかな。
そうかも知れない。
恋人と別れた長谷君だって寂しいかも知れないけど、頭を撫でてもらえない私だって寂しい。
答えるのも億劫で、ぎゅうっと長谷君の腕にしがみつくと、長谷君は小さな笑いをこぼして私の隣に横になった。
「ほら、もう寝な」
タオルケット越しに私の体を抱きしめて、ぽんぽんと背中をあやすみたいに叩く長谷君。30センチの身長差で、私の体はすっぽりと長谷君の腕の中。
ああ、やっぱり気持ち良い。
抱きしめる腕も、あやす背中も、甘い声も。さっき感じた寂しさを吹き飛ばしてくれるみたいだ。
けど、何かが足りない。
「長谷君……?」
「何?」
抱きしめられた腕の中、もぞもぞと動いてタオルケットを持ち上げる。それをばさりと長谷君に掛けると、私は長谷君の背中に腕を回して抱きついた。
「……遠山?」
少しだけ、困惑の混じった長谷君の声。
でもそんなの知らない。
足りなかったのは私の腕の中。自分の体を抱きしめるより、こうして長谷君を抱きしめてる方が、さっきより何倍も気持ち良い。
胸元に顔をすり寄せると、長谷君は私の体に腕を回して、また、優しく頭を撫でてくれた。
「駄目だよ、遠山。そんな無防備になっちゃ」
ふわふわ、ふわふわ。
いつまでも冷めないアルコールと、石鹸混じりの長谷君の匂いと、優しい声に頭の中がふわふわする。
だから長谷君の言葉の意味が分からなくて、答える代わりに私はぎゅうっと長谷君にしがみついた。
クーラーが利いているせいか、長谷君の体温が気持ち良い。
「遠山」
甘えるように抱きつく私に、長谷君は私の頭を撫でるのを止めて。
ぐいっと腰を抱き寄せられたかと思うと、ふんわりとした柔らかい物が唇に触れた。
あ……気持ち良い。
二回。三回。
柔らかな感触を受けて瞼を持ち上げると、いつもは見上げてばかりの長谷君の顔が間近にあった。
優しい笑みを浮かべた長谷君は、私に顔を近づけると、さっき感じた柔らかな物を私の唇に触れさせる。
ああ、そうか。キスしたんだ、長谷君。
眠気とアルコールでぼんやりと考えているうちにも、長谷君は何度も私の唇にキスをする。
頭を撫でられるより、抱きしめられるより、触れるだけの唇が気持ち良い。
もっと気持ち良くなりたくて、長谷君の首に腕を回すと、私は自分から長谷君にキスをせがんだ。
唇を薄く開いて舌を差し出す。長谷君の唇はそれを受け入れると、ちゅっと小さな音を立てて私の舌を吸い上げた。
熱く濡れた舌が絡まって、舐められるたびに頭の中が白くなる。
腰に回されていた手は優しく、けれど時折強く、ミニスカートの上から私のお尻を揉みしだく。
「ふ……ん……っ」
舌を伸ばして絡め合う。緩慢だけど予測出来ないその動きが、気持ち良くて満たされる。
ぬるぬるとした唾液がそそぎ込まれて一瞬息苦しくなったけど、喉を鳴らして飲み干すと、今度は長谷君の舌が私の口の中に潜り込んできた。
上顎を舐め上げられると、反射的に体が震える。その反応に気付いたのか、長谷君の舌は執拗に私の上顎を舐めていく。
「んっ…ふう……んんっ」
喉の奥からわき上がる声は、子猫の鳴き声にも似ていて。
お尻を揉まれ広げるように刺激されると、私のあそこからぬるりと熱い蜜が漏れ出たのが分かった。
「遠山……」
唇を離した長谷君の声に目を開けると、長谷君は困ったような顔で私を見つめていた。
「もう、おしまい。これ以上は駄目だよ」
駄目って……。
最後にぎゅうっと私の体を抱きしめた長谷君は、またあやすように私の背中をぽんぽんと叩いた。
せっかく気持ち良かったのに。
頭を撫でられるのも、抱きしめられるのも気持ち良い。けど、それ以上に長谷君とのキスは気持ち良い。
今もこうして、私の体を抱きしめてくれているのに。キスの気持ち良さのあとじゃ、全然物足りない。
「やぁ……」
「遠山……?」
「もっと……ちゅーして」
あのふわふわした感覚が欲しい。
酔いのせいだとしても、我ながら無茶な要求をしている自覚はある。
眠いし、酔いが回ってくらくらもしてる。けど、もっともっと気持ち良くなりたい。
本能に火が付いたとでも言おうか。舌っ足らずに伝えると、私は長谷君の首にすがりついて、その唇に自分の唇を寄せた。
「遠山……」
その唇が触れるか触れないか。長谷君はぽつりと私の名前を呟いたけれど、私のキスを拒むこと無く受け入れると、背中に回した手を腰の方へと滑らせた。
「んっ……やっちゃうよ? 良いの……?」
私のキスを受け入れながら、それでもまだ躊躇うように、私の腰を優しく撫でる。
その躊躇いがもどかしくて、私は長谷君に口付けながら、自分から体をすり寄せた。
それが合図になったのか。
長谷君の手はミニスカートの中に潜り込み、私の下着ごとレギンスをずらすと、剥き出しになったお尻を掴んだ。
広げるように揉みしだかれて、溢れる蜜が足の付け根を濡らす。
「ん、すごい……もうぬるぬる」
指先が私のあそこに触れて、長谷君はひときわ強く私を抱きしめると、ぴちゃぴちゃといやらしい音をたてながら、指先で私のあそこを叩いた。
「んっ……んん…っ」
長谷君の腕の中でお尻だけを裸にされて、あそこを指先で叩かれているだけなのに。キスと同じぐらい気持ち良くて、私の体は素直に跳ねる。
このままキスをしたら、たぶん、もっと気持ち良い。
そんな風に思った私が、笑みをにじませる長谷君の唇に自分の唇を寄せると、長谷君は舌先を差し出して私のキスに答えてくれた。
片手で私のお尻をまさぐりながら、もう片方の手は私のあそこを指先でいじる。
ぴちゃぴちゃ。くちゅくちゅ。そんな音が唇からもあそこからも聞こえてきて、恥ずかしさと同じぐらいの気持ち良さが、私の体を支配した。
「遠山……っ、こっちは……?」
キスの合間をぬって問いかけた長谷君は、蜜にまみれた指先を私のお尻へと伸ばす。
片手で大きく広げられたお尻の穴に、ぬるりとした感触を受けて、私は身震いするような感覚を覚えた。
「したこと、ある?」
お尻の穴を指先で押され、私はふるふると首を左右に振る。
そんなところ、普通のセックスじゃ触られることすら稀だと思う。少なくとも、今まで一回だって、こうして触られたことなんて無い。
ついばむような口付けを繰り返しながら否定した私に、長谷君は笑い含みの吐息を吐いた。
「気持ち良いよ、ここも」
そう言って、蜜を絡めた指先を私のお尻へと潜り込ませる。
「ひ…っ」
出すことはあっても受け入れることなんて無かったそこは、溢れる蜜のお陰か、いともあっさりと長谷君の指先を飲み込んだ。
「や、ああ……っ!」
「痛い?」
痛みはない。むしろ、くにくにと指先が動かされるたびに、感じたことのない刺激が腰を伝って這い上がる。
「嫌?」
嫌じゃない。気持ち良い。
けど、上手く言葉にならなくて、私は必死に長谷君の首にすがりついた。
「あ、あっ、や……んん…っ!」
「気持ち良いんだ?」
「ん…っ、は……気持ち…い…」
刺激されているのはお尻なのに、私のあそこからは絶えることなく蜜が溢れる。
横抱きの姿勢のせいか、溢れた蜜は私のお尻を刺激する長谷君の指に絡まって、抜き差しされるたびにちゅぽちゅぽといやらしい音をたてていく。
「あん…っ……あ、は、はせく…っ」
気持ち良い。
頭だけじゃなく、体も何だかふわふわする。
ゆっくりと抜き差しをする長谷君の指は、徐々に深さを増していく。
「感じてるんだ、お尻なのに」
意地悪な言い方だけど、長谷君の声はひどく甘くて、私は声を上げながら頷いた。
「ん、気持ち、ぃのっ…お尻…っ、気持ち良い……!」
こんな快感、知らない。たぶん長谷君じゃなかったら、こんな風に気持ち良くしてくれることなんて無かったと思う。
あそこをいじられている時とは違う、鈍くて甘い感覚に、私は知らず腰を揺らしていた。
「遠山……素質あるかも」
「……え?」
何のことだろう。
長谷君の言葉の意味は分からないけど、それよりもお尻に与えられる刺激の方が強くて、その快感に私はその身を震わせた。
軽くイった私の様子に、ちゅぽんっと指が引き抜かれる。
それまで快感を与えられていたお尻も、蜜をこぼし続けていたあそこも、体の震えと同じぐらいひくひくしている。
長谷君は私の唇にキスを落とすと、私のお尻で手に付いた蜜を拭って、私の背中にその手を潜り込ませた。
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