「もういいのよ!アタシの事なんてほっといて!!」  
フトンを頭から被って叫んだ。  
「今すぐ取ってやるこんなモノ!!…ううっ」  
 
優子が小さくため息を吐いた時、部屋の中に携帯の着信音が響いた。  
ゴットファーザー…優子ったらどこまでシブいのかしら。  
「はい、ああ、着いた?そうそう、5階。待って今開けるから」  
玄関の方に優子の声が移動していく。  
何?誰と会話してんの?  
ガチャリとドアが開く。  
「いらっしゃーい。え…、ああ、いいのに。気ぃ使わなくって」  
「…」  
何よ。誰よ。ここはアタシん家よ。  
ちょっと、アタシの事ほっぽって何やってんのよ。  
優子はアタシを慰めに来たんじゃないの?  
もうほんっと女の友情なんてこんなものってわけよね。と思いつつ、部屋に戻って来る優子達の会話に耳をそばだてる。  
「悪いね〜、急に呼び出しちゃって」カチャ。  
 
「いいえ〜…わあ!!何コレ??服塚??塚ってゆうかもう何か要塞?!」  
収納とか衣替えとかいうワードに無縁だったと思われる、春夏秋冬のおびただしい量の服がベットの周りを占拠している。  
「すごいでしょ」  
「先輩って以外と……何て言うか…その…大雑把…なんですね」  
来訪者はコメントに詰まって、何とかソフトな表現を選ぼうと頑張ったが上手く行かなかったようだ。  
「だらしないのよ。基本的に家事とか全部ダメだし。そのくせ」  
ちょっと…、それ、アタシの事?黙っていれば言いたい放題じゃないのよ。  
もう我慢出来ない。  
はっ…てゆうか、さっきの声って…まさか高山小春?!  
 
「優子!!」  
 
フトンを撥ね退けて怒鳴ると、小春が驚いた顔でこっちを見つめていた。  
やだ!アタシってばいっつもこのパターン!!  
 
「か、彼氏さん…です…か?」  
「誰だか分かんない?」  
優子はおかしそうに片眉を上げ、小春はジッとこっちを凝視している。  
 
「……?」コケシが首を傾げる。  
「ほら、あのケータイ。見た事ない?」  
テーブルの上の、リラックマストラップの付いた白いケータイを指差す。  
 
「えええ!ハナ先輩?! わっ!だっさああ!!誰?」  
グサッ。アタシはそのままベットに倒れ込んで再びフトンを被る。  
「アレ門島高校って!高校のジャージですよね?ありえない!」  
黙れ、座敷童子。  
「どうどう、高山。落ち着いて、色々言葉の刃が剥き出しになってるから」  
アタシのお部屋スタイルは可愛い部屋着でもセクシーネグリジェでもなく  
すっぴんメガネに高校のジャージ&スウェット(足首がキュってなってるやつ)。  
…これが落ち着くんだもん。  
「だって!私ハナ先輩に何度も『田舎くさい』とか言われて…  
あれ?じゃあここって、ハナ先輩のお家なんですか?」きょろきょろ。  
「イエス。」  
「…竜の巣だ」  
「は?」  
「ハナ先輩の家には竜の巣があるって噂、…ほんとだったんですね」  
うちは天空の城か。  
「あ〜、アレね。腐海の森…とか呼び名はいろいろあるね。」  
そこまでひどくないわよ…多分。  
 
「で、悪いんだけど。ちょっとコレ見ててくんない?何があったか知らないけど荒れててさ。  
『トルコに行ってチ○コ切って来る』とかヤケ起こしてんのよ。あたしこれから用があるんだ。」  
「え…ちょっとってどれくらいですか?」  
「大丈夫ただのヒステリーだから、ひとしきり喚いたら元に戻るからさ。じゃ、よろしく」  
「あ、まっ…。」  
 
バタン。  
 
優子の薄情者。  
よりによってこんな女置いてくなんて。信じらんないわ。  
「えと…先輩。私、梨持って来たんですけど…食べません…よね?」  
「…」  
「後で、にしましょうか…」  
「…」  
 
ほっといたらそのうち帰るだろうと思っていたけど、高山小春はなかなか帰る気配がない。  
何だかゴソゴソ物音がしている。  
「ちょっと。アタシの物に触らないでよ」  
「だって、座る所ないんですもん」  
床一面に物が溢れてて。  
「座らなくっていいわよ、帰って頂戴!」  
「何かあったんですか?先輩」  
「あんたに関係ないでしょ」  
アタシはフトンを被って、背中を向けたまま。  
「言いたくないならいいですけど。言いましたよね。私、先輩の味方だって」  
フン、どうだか。こないだまでライバル同士だったのよ。  
その味方発言だってアタシを油断させようってつもりなのかも。  
信じられたものかどうか…。  
 
「あんたにアタシの何が分かるのよ。  
アタシの気持ちなんて…アタシは女になりたいの。  
トルコだってどこだって行ってやるわよ」  
 
ベットの近くに寄って来たのか、声が少し近くなった。  
 
「それで、…ほんとに先輩は女の子になれると思ってるんですか?」  
 
「どうゆう意味よ」  
 
「残念ですけど、女にはなれませんよ。手術して、胸に詰め物して、ホルモン注射とか打って、戸籍の性別を女にしたって。  
それで、良いって言う人もいるし、それは個人の自由ですけど。  
そこにこだわっちゃうと、一生手に入らない物を求め続けるだけになっちゃいませんか?  
私、上手く行かない原因を全部そこに持って行っちゃってる気がしますけど…。」  
 
何よ何よ。自分が女だからって上からもの言ってくれちゃって。  
そんな事…、アタシが一番良く分かってるわよ。  
ほんとの女の子になれない事くらい…。  
 
 
「先輩、甘いものあんまり好きじゃないでしょ。ほんとはお酒が大好きだし、タバコもちょっと美味しいって思ってるでしょう。」  
う…。毎日お酒が飲みたいし、酔っ払うと男言葉が出るし、スカートは股がスースーして好きじゃない。  
「けど、先輩は女の子は甘いものが大好きで、お酒が弱くて、タバコなんて吸っちゃいけないって思ってる。  
そうじゃなくてもいいのに。女の子にもいろいろいるのに。甘い物が嫌いな人、お酒が大好きでヘビースモーカーでも、女らしい人はたくさんいますよ?」  
 
「それは…そのコ達が本物の女だからよ」  
 
「だって、それにはなれないんだから…。  
私は、女らしさってどうゆうものか…良く分からないけど…、自分がどう思うかだと思うんです。  
先輩が、自分で『私は女』って思うなら誰が何て言ったって、女の子なんですよ。  
いいじゃないですか、無理しなくたって。男らしい外見の、男らしい仕草の女の子だって」  
 
「先輩はちゃんと女の子ですよ。」  
 
「こ、こんな部屋着きてても?」  
「はい。」  
 
小春は床に座ってベットの淵に頬杖をついていたけど、あたしが起き上がると  
ベットに腰掛て、あたしにその肩を貸してくれた。  
 
「けどもし、先輩がほんと〜に、どうしても女の子の体になりたいって時は、私反対しませんからね」  
小春はアタシの背中を優しくさする。  
節子…なんてええ子や。ぐすっ。さっきから涙止まんない。  
 
 
「先輩、お腹空きません?夕飯の時間過ぎちゃいましたね〜、何食べたいですか?」  
「…牛丼…」  
「あ、吉牛。私買ってきます」  
 
その背中にそっと声をかける。  
「…つゆだく大盛りで…卵もつけてよね…」  
 
 
 
「あれ、もう落ち着いたの?今回早かったね。わ、ハナん家でテーブル使えるなんて」  
大事な用事を急いで切り上げて来た、という優子先輩は驚いていた。  
「高山あんたい〜嫁になるわ〜、ハナと違って」  
「ほんとですか〜?」  
「けど、こうゆうしっかりしたのにはハナみたいなのとくっつくのよね」  
「えぇ〜、私どっちかってゆうと優子先輩みたいなシブかっこいい男の人が良いな〜」  
「あんた達ねぇ、ちょっと人の家で百合ごっこはやめてよね。まったく。  
だいたいアタシの事何だと思ってんのよ」  
俄然元気になったハナ先輩は、牛丼をワシワシかき込んだ後、満足そうに  
 
「は〜、やっぱコレだわ」  
 
と男らしく言った。  
 
 
 

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