「あ」  
 
「…え…?」  
自分を通り越した優子の視線に小春は背後を振り返ろうとする。  
「小春〜♪」  
がしっ。(捕獲)  
「わっ、ヤダ先輩やめて、いや〜〜〜〜!!」  
夕方の、人もまばらな学生ラウンジに小春の悲鳴が響く。  
「ん〜、かわいいかわいい♪」  
(片手ヘッドロックで思う存分)わっしゃわっしゃ。  
「…あ〜…うわ〜ん」  
頭髪を爆発させた小春は縋るように優子を見つめる…。  
「毎日毎日よく飽きないね…」  
「うふふ」  
小春の隣に座って満足気に笑うと優子はため息をついた。  
「けどそろそろ結べそうじゃない?高山。髪、伸びたね」  
「やっと節子脱出ですかねぇ。もうちょっと伸びたらパーマかけようと思ってて」  
ようやく肩に届きそうな髪をとかしながら、嬉しそうに言う。  
「ストレートでも可愛いと思うけど…ってえ〜、伸ばしちゃうの??  
せっかく可愛いのにぃ。アタシは短い方が、いいと思うな〜☆」  
必死に手櫛で梳いている小春の頭を撫でる。  
「素直によろこべない。先輩、絶対バカにしてるんだもん…」  
ついこの間まで昭和の子供みたいな髪型だったのだ、本人は木村カエラを意識したと言っているが。  
「そんな事ないって、テヘ☆」  
「嘘!その顔は絶対バカにしてる!も〜…。」  
ぐちゃぐちゃになった髪を直しにトイレへ向かう小春の背中を笑顔で見つめる。  
 
「いい加減にしなさいって」  
「だってぇ、かわいいんだもん。もう何ていうの?お姉さんの気分?ああゆう妹が欲しかったのよ。  
アタシ一人っ子じゃない?」  
それにあの髪型。あの映画アタシダメなのよねぇ…。  
小春を見ると節子を思い出してついつい世話を焼きたくなるというか、保護欲が沸くってゆうか。  
ほぅ…と頬に手を当てると、優子が呆れたように  
「ペットじゃなくて?高山とじゃれてる時のあんた、ムツゴロウにしか見えないけど…。  
過保護なタイプだったなんて意外」  
と言った。  
「そういうアンタは千尋の谷に突き落とすタイプよね。  
何か…心配なんだもの。何これ、母性本能ってヤツかしら?」  
「あたしは別の事のが心配だけど」  
「何よ?」  
「あんた、自分達の体格差気付いてる?  
いつか高山の首の骨が折れるんじゃないかと、あたし気が気じゃないわ」  
「うそ〜!!」  
アタシ……?  
「あんまりしつこくすると嫌われるわよ。高山だってそのうち彼氏が出来たりしたらあんたなんて…」  
「彼氏?!まさか〜。節子じゃ誰もときめかないわよ」  
「そうかな。もうちょっと髪が伸びたら、モテると思うけど。あんたと違って素直だし」  
 
「なんの話ですか?」  
戻って来た小春が椅子に座る。  
「ん〜?高山が最近かわいくなったって話」  
「ほんとですかぁ?」  
「んなわけないでしょ〜、ワカメちゃんみたいでかわいいって話よ」  
「先輩のいじわる!」  
「お姉さんの気分で心配なん、だ、って」  
「え〜、私どうせなら優子先輩みたいなお姉ちゃんがいいです」  
「まっ、何よいっつも優子優子って!!」  
きぃぃと歯噛みするアタシを2人が笑う。  
「あ、私そろそろ…」  
時計を確認すると、小春は帰り支度を始めた。  
「帰るの?じゃあアタシも一緒に…」  
「あ〜、私…その友達と約束が、あって」  
「そうなんだ…」  
がっかり。  
「すいません。じゃあ、お疲れさまで〜す」  
「おつかれ〜。ね〜え?最近あのコ付き合い悪くない?」  
「そお?」  
 
 
 
昼過ぎの部室では数人のメンバーが談笑していた。  
普段は特に何をするでもなくただ集まってお喋りをするようなサークルなのだ。  
「お疲れ〜♪っと小春は…」  
隅のテーブルで真と一緒にマンガを読んでいた。  
 
「あ、せんぱ〜い。お疲れさまで〜す」  
小春がアタシに気がついて手を上げる。  
「じゃあ」  
真は席を立ってソファーに固まっている集団の方へ向かい、あたしは真が座っていた小春の向かいに  
腰をおろす。  
「富岡先輩がね、来月の連休にね、皆で旅行に行かないかって〜…」  
小春はジャンプを読んでいた。  
「ふわ〜あ」  
「おっきな口あけて、はしたないわ〜。寝不足?お肌に良くないわよぉ」  
「うん、ちょっと…。」  
少し潤んだ瞳を瞬かせた。  
「それより先輩、今週のワンピース読みました?」  
「まだ。先に言わないでね。」  
「ちょっと待ってくださいね、もうすぐ読み終わりますから…」  
小春はジャンプから視線を上げない。  
俯いた頬には睫の影が出来ていた。  
「小春〜、みんなでコンビニ行くけど行く〜?」  
ソファの方にいた奈緒が小春に声をかける。  
「ん、いいや。奈緒ちゃん、みかんのゼリー買って来て」  
小春は財布から小銭を取り出して、奈緒に渡した。  
「おっけー。ハナちゃん先輩なんかいりますか?」  
「あたしはいいわ」  
 
 
みんなが出て行くと部室はとたんに静かになった。  
ページをめくる音と、時折ふっともれる小春の笑いだけが聞こえる。  
熱心にマンガを読む小春は眉間にうっすら皺を寄せている。  
この子熱中するとこうなるのよね。  
睫長くて羨ましいわ〜。色も白いし、ほっぺたすべすべね。  
優子の話を思い出す。確かに、元の造詣は…悪くはない。  
もう少し髪が伸びて、大人っぽくなったら…きっとたくさんの男達が彼女を振り返るだろう。  
 
「へ…へんはい…?」  
 
アタシにほっぺを抓まれて、怪訝な顔で見つめる小春にやっと気がついた。  
「あっ、ごめん」  
無意識だった。  
「何か私気に障る事…あっ、さっき富岡先輩と2人で話してたから?  
先輩怒ってるんだ?あ〜、ごめんなさい。」  
ああ、真ね。  
ほんとうは、そのうち真は小春のことを好きになり、2人は付き合うと思っていた。  
「ねぇ、小春。あんた真の事好きだったのよね。どうして諦めたの?」  
一瞬、小春はビックりしたようだけれど、空を見つめて言葉を選ぶようにゆっくりと話だした。  
「…諦めたってゆうか…。あの、ほんとはそんなに好きじゃなかったのかも。  
『富岡先輩に振られても、ハナ先輩みたいに泣けないなぁ』って思ったんですよねぇ」  
「アタシに敵わないって思ったのね」  
「いやそれは違いますけど(サラッと」  
可愛くない。  
小春はそのままマンガに視線を移した。  
「恋に恋してたってゆうか、田舎から出てきて浮かれてたってゆうか。  
富岡先輩って背が高くて、オシャレで、優しくて女の子の憧れのタイプじゃないですか。  
たまたま近くに富岡先輩がいただけで、恋が出来そうな相手なら誰でも良かったのかもしれません。  
それにいつも、ハナ先輩や誰かと一緒にたから…、合宿で初めて2人っきりになって…嬉しいとか、ドキドキとかって言うより、  
困ったな〜と思って。  
あの時、先輩が来てくれて助かったって思っちゃった。  
ハナ先輩や優子先輩達とワイワイやってる方が楽しかったのかも」  
頬杖をついて、懐かしむように思い出し笑いをしてながらページをめくる。  
「それで、アタシを応援してくれる気になったってわけね。」  
「けど…、それって現段階で言うと富岡先輩がゲイになるって事でしょう…?  
その…それは富岡先輩の意思というか…いろいろ難しくて…積極的に応援は出来ないってゆうか…。  
先輩ごめんね」  
申し訳なさそうに、上目遣いで見つめてくる…。  
ああ、何かその髪型でその目!節子に見つめられてるみたい!  
何コレ、罪悪感?何かお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたい気分!(←ちょっと違う)  
 
「わかってる」  
アタシがそう言うと、小春は笑ってジャンプに視線を戻した。  
しばらくたつと、小春のケータイのアラームが鳴った。  
「あ、私用事があるのでこれで…ジャンプどうぞ」  
「また?ゼリーは?」  
「あっ、〜っ奈緒にあげるって言っといてください」  
「…」  
「?」  
「あんた…、最近おかしくない?」  
「…何がですか?」  
「何か、アタシに隠してるでしょう!!」  
「そんな事ないですって、ちょっと友達と約束が…」  
「…アヤシイ、はっ、まさか男?!」  
ほぼ毎日一緒にいたのにいつの間に、どこのどいつだ?!  
「男じゃないです!あやしくないです!」  
 
数日後の部室で、小春はまだジャンプを読んでいた。  
「まだ読み終わってなかったの?」  
「はい、だからまだネタバレしないでくださいね」  
それだけ言うと小春はジャンプを読み始めた。  
やっぱり、最近ちょっとおかしい…。  
冷たいとか言うのではないのだけれど、時々…何ていうか…。  
思い廻らせていると、小春の同級生、関が現れた。  
「お疲れっす」  
「あ、関君。おつかれ〜」  
「今週のジャンプ?おもしろい?」  
小春の背後から覗き込む。  
「まだ途中。」  
「ちょっと関。顔が近いわよ!」  
「すんません、俺目が悪くて」  
苦手なのよね、コイツ。ニコニコしてるけど腹ん中で何考えてるか分かんないってゆうか。  
小春と同郷関は、直接の知り合いではなかったようだけど、共通の知り合いがいるらしく何かと絡んでくるのよね〜。  
油断ならない感じ。  
「そいえば、旅行の話聞いた?」  
「うん」  
「富士急とサファリパークに1箔2日って予定」  
「へ〜、楽しそう!!私どっちも行った事ないんだよね〜」  
「あら、そうなの?」  
「レンタカー借りて行くから、3万くらいなんだけど」  
「3万か…」  
「あら、そんなに安いの?アタシ行く。小春も行きましょーよ」  
「えっ、でも…」  
小春はちょっと考えこんだ。  
「高山。強制じゃないし、予定とかあったら無理しなくていいから…。  
返事は来週まででいいし」  
「うん、ありがと」  
関が優しい…だと?  
「高山、髪伸びたね。伸ばしてるの?」  
小春の髪を一房手に取る。女の髪を慣れなれしく触るなんて!(←あれ、自分は?)  
「うん、今度は背中くらいまで伸ばすんだ〜」  
「似合いそう」  
「ほんと?」  
あら?なにこの雰囲気。  
「いけません!!」  
「「えっ」」  
「いけませんよ!頭髪の乱れは風紀の乱れ!」  
「何それ、先輩だって伸ばしてるじゃないですか」  
「大人はいいの!」  
「1コしか違わないじゃない!」  
「うるさい、未成年!  
アタシが切ってア・ゲ・ル(ハート)」  
シャキン。  
「う…ウソでしょ?」  
ガタっ、小春は困惑顔で椅子を後ろに引いた。  
「マ・ジ」  
「キャー、コワイコワイ。先輩目が怖い!!」  
椅子から立ち上がって走り出した小春を追いかける。  
「お待ち!」  
 
クラブ棟に小春の悲鳴が響き渡った。  
 
「やだ〜、優子せんぱ〜い!!」  
 
 
 
翌週、学食で昼ご飯を食べながら、小春は旅行に行かないと言った。  
「え〜〜〜、行かないの?」  
「はい。…優子先輩も行かないんですよね?」  
何よぅ、またまた優子?  
「こんな寒い時期にわざわざクソ寒いところへ行く人間の気がしれないわ」  
「え〜〜、優子がいないと嫌なの?行こうよ、絶対楽しいって。ねぇ」  
「それに今、ライオンの赤ちゃんと写真撮れるんですって。ほら」  
「ライオンの赤ちゃん??わぁ、かわい〜。い〜な〜…」  
食い入るようにパンフレットを見つめている。  
お?好感触?落とせるか?  
「けど…もう、連休予定入れちゃって…」  
未練たっぷりにライオンの写真を眺めながら、パンフレットを返して来る。  
「そんなのキャンセルしちゃいなよ」  
「こら、無理言わない」  
優子が口を挟む。  
「ごめんね、関君。せっかく誘ってくれたのに」  
「しょうがないよ、また今度な」  
何だよ、アタシにゴメンは?  
むくれていると優子が  
「その顔やめなって」  
と言ってひじでつついた。  
「だって。いないとつまんないんだもん…。」  
「あ、けど真先輩行くじゃないですか!」  
「そ〜なんだけどさぁ…」  
 
 
「ねぇあのコ、やっぱり変よねぇ。何か…、」  
小春が午後の授業へ向かってから、誰ともなしに呟く。  
「何かあったのかしら…」  
「何かって…バイトのことっすか?」  
と関が言った。  
優子が口の動きだけで「ばか」と言った。  
「バイト?!いつから?き…きいてないわよ!」  
「あ、コレ先輩には内緒って言われてたんだった…」  
「優子、あんた知ってたの?!てゆうか関は何で知ってんの?!」  
「本人からは聞いてないけど…」  
「最近、カフェでバイト始めたらしくて。俺も詳しく知らないっすけど高山ん家、お袋さん亡くしてて大変みたいだから。  
俺、店でたまたま見かけただし、誰にも話してないんじゃないっすか。」  
「そういえば、あんまり家の話しないわね…」  
小春の家も複雑なんだ。  
「ああ、疲れてたのか…」  
最近、小春が纏っているあの余裕のなさはそれか。  
眠そうだったり、ぼーっとしていたり。  
どうして、思い至らなかったんだろう…。  
「…!ねぇ、じゃあ…」  
 
 
数日後、部室に勢いよく小春が入って来て、扉はものすごい音を立てて閉じた。  
ツカツカと歩み寄って来る。  
「先輩」  
怒っているようだった。  
優子は『ほら、言わんこっちゃない』という顔をしてアタシを見ていた。  
「どうしたの?」  
「ちょっといいですか?」  
「なぁに?今、…」  
「ちょっと!!」  
 
廊下に出ると小春は  
「何ですか、アレ」  
と、冷たい声で言った。  
「アレ?」  
「旅行のこと!」  
「ああ」  
「私、行かないって言いましたよね。どうして先輩が私の分のお金払ってるんですか?」  
「お金、無いんでしょ?3万くらいアタシが出してあげるわよ」  
「勝手な事しないでください」  
「ほんとは行きたいくせに。素直に言えばいいのに、意地張っちゃって」  
「私は、先輩とは違うの!  
自分で買えないものは欲しくないし出来ない事はしたくない!私は行きません!!」  
ムカっ。そうゆう言い方はないわよね。  
本気で怒ってるらしく、頬が赤くなっている。  
「何よ!!人がせっかく…」  
「そんな事頼んでないでしょ!  
私は…自分のことは自分で出来ます!こないだっからいちいち干渉してきたり…ほっといてください!」  
も〜〜〜〜、可愛くない!!  
「心配してあげてるんじゃない!!」  
「だからそれが余計なお世話だって言ってるんじゃないですか!  
ってゆうか、何で先輩が怒ってるんですか?!!!」  
「アンタがアタシに嘘つくからでしょ!!」  
「嘘?」  
「バイトの事、知ってんのよ!  
こないだっからオカシイと思ってたのよ。疲れた顔して、理由も言わないし。  
心配されたくないなら、何で隠してたのよ」  
小春は一瞬黙ったけど、まだ怒りが収まらないらしく  
「だって!!!だって…恥ずかしいし!!」  
うつむきながら言った。  
恥ずかしい?  
「先輩、絶対来たいって言いそうだし…」  
ああ、そうゆうこと…。  
「私まだ」  
「分かったわ」  
「…え?」  
「分かった。もういい。おせっかいで悪かったわね」  
 
何よ…。友達だと思ってたのに。  
 
 
つづく  
                            

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