僕がまだ小さくて、クリスマスツリーが大きかったとき  
あの人達は僕を優しい子だと言った。  
僕が大きく、ツリーは小さくなった。  
誰も僕を優しい子だとは言わなくなった。  
時が過ぎていくのはどうしてなのか、僕には分からない。  
 
「あ、小春」  
 
「ん?どこ?」  
優子が本から顔を上げて窓の外を見つめる。  
ラウンジの窓際の席からは、構内が見える。  
「図書館に行くとこの…」  
 
「ああ。あんた目、いいのね」  
 
背丈や、姿勢の良い歩き方、肩にかけたカバンを抱える持ち方…目が覚えてしまった。  
いつからだろう、こうして彼女を目で追うようになったのは。  
彼女の髪はずいぶん伸びて、時折顔にかかる髪の毛をうざったそうにする仕草を密かに気に入っていた。  
僕はまだ、いつかの答えを出せないでいる。  
 
「どうだったの?高山ん家。」  
優子は本を読みながら尋ねる。  
 
「…超ド田舎」  
 
彼女はとっくに視界から消えて、僕は頬杖をついたまま窓の外を眺める。  
 
「みんな良い人だった…」  
 
この冬、誘われて彼女の田舎を訪れた。  
彼女の家族は何も言わなかったし、何も尋ねなかった。  
そして彼女は何も語らなかったけれど、たくさんの事を初めて知る。  
彼女の家族は祖父と祖母、年下の弟は、この春から大学生になるという。  
父親とは一緒に住んでいないらしい。  
小春がスケートをやっていた事。それを母親の病気の為に諦めた事。  
母親の死後、半年もたたずに父親が再婚した事。  
可哀想だとは思わなかった。世界が理不尽で、不平等であるということを事を、僕は知っている。  
ただ、ひとつ思った事は、その時彼女は泣いただろうか…という事だった。  
僕はまだ、彼女の涙を知らない。  
 
「何にも知らなかった…」  
 
「何にもって?」  
 
「自分以外のこと」  
 
「…今更ね」  
 
「ほんとに…」  
 
何も知らない。本当は、自分の事だって…。  
僕は…何だ  
男か、女か。大人か子供か。  
自分が今何を考えているのかさえ。  
 
 
「帰る」  
そう言うと、優子はやっと本から顔を上げた。  
「…そう。じゃ。」  
 
どうしたの?とは聞かなかった。もしそうだったとしても、何も答えなかっただろうけど。  
 
 
相変わらず雑然とした部屋に帰ると、ベットに倒れ込む。  
寝具に染み付いた匂いで肺を満たす。  
目を閉じると世界が回るようだ。  
あと1年も経てば、僕はこの場所を去り、彼女と今のように会うことも無くなる。  
彼女は卒業後、地元に帰るつもりらしい。  
いつしか、メールも途切れがちになり…  
そうしていつか…僕達はお互いの事を忘れてしまうかもしれない。  
 
いつの間にか眠ってしまった。  
目を開けると部屋の中は暗くなっていた。  
昼は終わり、夜になる。  
夜と昼の間を読めなければ…。  
カーテンの隙間から、外の明かりが僅かに差し込んで部屋の中を見る事が出来た。  
彼女はいつも床に座り、ベットにひじをついて僕を見る。  
いつも。  
目を開けると、すぐそこに、僕を見つめる彼女の姿が見えるようだった。  
 
 
 
『せんぱい?』  
 
 
 
 
 
ああ…。  
 
 
 
 
「何コレ?フリマ?」  
部室のドアを開けると、部屋の中には大きな段ボール箱がいくつかと沢山のレディース服が。  
「あら、優子に小春。」  
近寄って来るハナ先輩に後輩の女子が声をかける。  
「せんぱーい。コレいいですか〜?」  
「いいわよ。その中のは好きに持ってって」  
「キャー、やったぁ」  
「え?これハナ先輩の?どーしたんですか?」  
 
「アタシ、今の部屋引越すのよ。それでいらないもの処分しようと思って  
アンタたちも好きなのあったら持ってっていいわよ」  
 
「けど…、先輩の部屋にあるのあんなものじゃないですよね?」  
「そうなのよ。けど次の部屋今のとこほど広くなくって。  
で、悪いんだけどアンタ達ちょっとお願いがあるのよ」  
可愛く首を傾げると  
「げ、まさかあんた手伝えとか言うんじゃないでしょうね。  
業者頼んじゃいなさいよ。金あるんだから」  
テーブルに広げられた洋服を物色していた優子先輩が言う。  
「あら、バイト代くらい出すわよ?  
持ってくものといらない物の区別くらいはしておきたいのよ。  
てゆうか、部屋に何があるのか全然把握してないし。」  
 
「私はいいですけど…」  
と優子先輩を伺うと  
「…しょうがないなぁ。1日だけだよ」  
とめんどくさそうに言った。  
「やったぁ。悪いわね。で、いつが都合いいかしら?」  
簡単に予定を決めながら、服の山を探っていると、そのほとんどはまだ値札がついたままだった。  
 
もったいない。  
 
 
 
「じゃーね、ハナ。あたし達帰るわよ」  
「ありがと〜。助かったわ。後は大丈夫だから」  
ハナ先輩が『いらない物』というものを、リサイクル業者が引き取りに来ると部屋の中は驚くほど物がなくなった。  
引越し自体は数日後らしい。  
「は〜…しんど。」  
優子先輩が顔をしかめながら腰を叩く。  
「あたし達、焼肉が食べたい。ね、高山?」  
「…え、焼肉?」  
「あら、いいわね。奢るわ。じゃあ明後日の夜とかどうかしら。アンタ、バイトは?」  
「あ、6時上がりですけど…」  
「決まり!じゃあ、明後日6時半に駅前で。じゃーね」  
さっさと歩き出した優子先輩をあわてて追いかける。  
「あ、お疲れさまでした」  
「ありがとね〜。」  
 
 
優子先輩と並んで、駅までの道を歩く。  
「いいんですかねぇ?ほんとに奢って貰っちゃって…」  
「あんたねぇ、今日のバイト代は焼肉くらいじゃ足らないわよ!」  
怖い顔をした後、真面目な顔をして言った。  
「ちょっと、付き合わない?」  
 
 
「ぷはーーーーーーっ!」  
ダン!!  
「労働の後のビール最っ高!!」  
優子先輩は勢い良くビールジョッキを置いて、手の甲で口を拭った。  
 
「けど、ハナ先輩全部処分しちゃっうなんて…」  
 
「あれ、全部サイズ小さいって知ってた?」  
 
「え…」  
 
「オカマ心は複雑ってヤツでね…。  
 
ワザと着れもしない洋服を買いあさっては棄てることも出来ないでいるの。  
そうやって安定を保ってるのよ。」  
 
お通しをつまみながら優子先輩は話しだす。  
「ゴミ屋敷の住人が、無理やり部屋を片付けられると自殺しちゃう事があるって知ってる?」  
 
「…」  
 
「心の空洞を、埋めようとするのよ。お金のある人は自分のもので、無い人は他人のもので。」  
 
だから優子先輩は、一度も『片付けろ』って言わなかったんだ。  
 
「自分を守るためのあれは壁なの。子宮に見立てる人もいるわ」  
「しきゅう…ですか?」  
「ええ、母の胎内の再現。一番安心できる場所ってとこね。  
何かあるとヤケ買いして、ベットに籠もるでしょ」  
 
「……」  
 
「彼は頭のいい人よ。自分の事良く分かってる。竜の巣の本当の意味知ってる?  
 
『向こう側は逆に風が吹いている』  
 
目の前に見える性質の裏側には全く逆の性質が潜んでいる…その矛盾が認められないの。」  
 
「生物学的に…つまり身体的な性、性的嗜好がどちらに向くか、まぁ両方イケるって人もいるけど。  
それから社会学的な性別。認識として女と思うか、男と思うかって事ね。」  
 
そう言えば、優子先輩は心理学専攻だったんだっけ…。  
 
「体は男、心も男、性的嗜好も男って人もいるし、女の体で女の心、性的嗜好も女って人もいる。  
コレはもうほんとうに掛け合わせの問題じゃなくて、個々で違うから、難しいところなんだけど。  
例えば、1から100までの目盛りがあって100%の完全な女って人がどれくらいいるのかね。  
50:50の人は?男かしら?女かしら?どっちでもないのかも。  
たった1%でも男の部分があったら『自分は男だ』って思う人だっている。  
全ては自己をどう認識するかによる。  
男らしさも女らしさも、両方あっていいのよ。  
矛盾しているようだけど、それは至ってまともで自然な事なんだけど…そこがダメなの。  
彼は完璧主義というか…、自分の中にある女性らしさの為に、男の部分を消そうとしているみたいだった。  
それは逆も同じで、男性の部分があるが故に女としての自分を肯定しきれないの。  
出来上がってる理想の型に自分をはめようとするから、そのうちボロが出るし、無理が出る。  
女になろうとすればするほど、男の自分を意識せざるを得なくて、もがいているのが可哀想だった」  
 
「先輩は、ハナ先輩の事よく分かってるんですね」  
 
「あんたより、一年付き合いが長いだけよ。  
ハナが女になっていく過程を見たわ。  
痛々しくってね。」  
 
「あたし達は、あんたが思ってるよりずっとドライな関係なの。  
私は彼を、学術的な興味で見ているし。向こうは向こうで自分でも説明出来ないモヤモヤを分析して欲しいのよ。  
あたし達はいつも心のどこかでお互いを利用しあっているから…、一番肝心なところであたしを頼らない。  
 
あんたがいてくれて良かったって思ってる。」  
 
 
春はまだ少し先で、まだ夜の空気には凛とした冷たさが潜んでいる。  
家に帰る途中、アルコールの残った頭で優子先輩の言葉を思い出す。  
 
あの部屋に住んでいたのは、竜の巣に守られたかわいそうな人。  
あんなに広い部屋の中で、安心できるのはベットの中だけ…。  
たくさんの物の囲まれて、頭からフトンを被っていた先輩を思い出す。  
あの、ガランとした部屋で、今どうして過ごしているんだろう。  
 
どうか。あの人が今夜は、悲しい夢を見ませんように…。  
 
 
後日の焼肉。  
 
次から次に重ねられて行く、空の皿とジョッキ。  
呆然として見守っていると、優子先輩が  
「高山、ぼーっとしてないであんたもどんどん行け!!」  
と言う。酔っ払ってる。  
「…いえ、私はもうお腹いっぱいで…」  
「あ、すいませーん!上カルビ3人前と上タン塩2人前それからユッケと…」  
まだ食べるの?  
「あたしビール!」  
まだ飲むの?!  
「アタシも!小春は?」  
「…いえ…」  
「遠慮しちゃって、何、ダイエット?女の子はちょっとぽっちゃりくらいが可愛いのに」  
いや…、そうゆうわけじゃ全然ないんですけど?  
 
 
「は〜食った食った」  
「…ご、ごちそうさまでした…」  
店を出ると、ハナ先輩はお腹をさすった。  
2人とも、何か明らかに通常時と体型が違うんですけど…。何か…こう…生まれそうな…。  
お会計が一体いくらだったのか…想像するのも怖い。  
ハナ先輩は売り払った『いらない物』から結構、収入があったのだと笑った。  
 
 
優子先輩と別れた後、2人で歩いた。  
お腹が苦しいから少し歩きたいのだと言う。  
家の方向が違うからめったにないのだけど、遅くなるとハナ先輩は私を家まで送ってくれる。  
先輩も女の子なのに…変な感じ。  
「ね〜、先輩」  
「ん?」  
 
「…」  
 
呼んでみたものの、何と言っていいのか。  
聞きたい事はたくさんあったけど、そこまで踏み込むのは失礼な気がして躊躇われた。  
私が何も言わないでいると、先輩も何も言わなかった。  
頭の中でいろいろ考えてるうちに、あっという間にアパートに着いてしまった。  
 
 
「私、今まで先輩に…いろいろ無神経な事言いました?」  
ようやく声に出すと、先輩はちょっと意外そうな顔をした。  
「ごめんなさい」  
「別に。気を使われるのも疲れるし。  
アタシ、アンタの事好きよ」  
 
「え…えへへ」  
何か、テレる。  
「あれ。全部捨てちゃって良かったんですか?」  
「ああ、…いいのよ。遅かれ早かれいつかはこうなってたんだから。」  
その声からは特別どんな感情も感じられなかった。  
 
「あそこの郵便局あるでしょ?」  
「ああ、はい」  
?何の話?  
「あそこをさ、セブンのほうにずーっと歩いて行くとさ、小さな雑貨屋とかあるあの辺」  
先輩はその方向に体を向けながら、指をさす。  
「はい……が?」  
 
「アタシの部屋」  
 
「ええええええ?!」  
「遊びに来てね♪」  
と言って笑うと、背を向けて歩き出した。  
最近、先輩は少し変だ。  
けど、もっと驚いたのは次の日だった。  
先輩がもうずっと伸ばし続けていた髪の毛が短くなっていた。  
「どうしたんですか!その髪……何かあったの?」  
 
「何かって?」  
 
「髪は女の命って言ってたじゃないですか。心境の変化とか…」  
 
私達はいつかの会話をなぞる。  
 
「別に。」  
 
「私が『女の子にはなれない』って言ったから?諦めちゃうんですか?」  
 
「そうじゃなくて」  
先輩が首を振ると、それに合わせて髪の毛がサラサラと揺れた。  
「無理するの、辞めることにしたの。  
『自分』に戻るだけ。  
…何でアンタがそんな顔してんのよ」  
先輩はちょっとムっとした顔で私のほっぺをつまんだ。  
 
「ら…らって…」  
 
先輩はその手を離して私の耳元に顔を寄せると  
 
「アタシがあんたを好きだって事は覚えていてね」  
 
と言った。  
 
 
 
 
誰が泣く?五月が来たとき。  
 
 

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