アタシは今、森の中。  
人生という広大な森の中で迷子になった可憐な子羊と言ってもいいわ。  
…嘘だけど。  
サークルの夏合宿で、好きな男と大嫌いな女が2人っきでイチャコラしようとしてる所に割って入って  
失敗し、ヤケになって歩いてるうちに森で迷子になった、ただのオカマ。  
『○○村自然の家』とは良く言ったものね、ほんのちょっと歩いただけのつもりなのに  
明かり一つみえないなんて。超大自然って感じ。  
 
夏休み。サークル合宿。夏の夜。花火の後。星空の下。2人きり。  
青春ワード満載のこのシチュエーションで恋に落ちない男がいるだろうか。  
 
仕方ないって分かってるの。  
だってアタシは男、オカマなんだから…!  
大学の入学式で、隣に座った真に一目ぼれして、同じサークルに入って1年。  
何とか普通のお友達にまでなれたのになのに…。  
それを新入生のクソ小生意気な女に横取りされるだなんて。  
 
「ううっ。こんなところで迷子になるなんて…あたしってばなんて不幸なの…。  
だいたい男に生まれた時点でかなり不幸よ。  
19まで男として生きてきた事も不幸だし。  
やっと女として初めて好きになった相手がノン気な上に一番キライな女に取られそうなんて。  
ああ、アタシってなんてかわいそう。」  
することもなかったので、自分に酔ってみた。  
合宿最後の夜の大宴会だもの。みんな酔っ払ってもう寝てるわね。  
これは朝になるまで探してもらえないかも。  
うっそうとした夜の森にたった一人だけど全然怖くなかった。  
ふつー、女の子なら震えて恐怖におののいたりするところじゃない?  
やっぱりアタシって男なのねぇ、はぁ。  
ため息をついて抱えた膝に顎を乗せると、チカチカと懐中電灯の明かりが見えた。  
良かった。助かった。  
 
「せ〜んぱ〜い。」  
げ、高山小春…。何でこんなところに…。今は絶対に顔を合わせたくないわ。  
「ハナせんぱ〜い、どこですか〜。返事してくださ〜い!」  
「花京院太郎せんぱ〜い!」  
「ちょっと!!その名前で呼ばないでって言ってるでしょ!!」  
「あ、先輩み〜っけ」  
…しまった。無駄に豪華な苗字のクセに名前が男の代名詞『太郎』だなんて…  
親のセンスを恨むわ。  
「は〜、疲れた。先輩歩くの早いんだもん。どっこいしょっと」  
ずいぶんオバさんくさい座り方ね。  
「何よ、あんた何しに来たのよ」  
「だって、先輩中に戻るって言って全然違う方向行っちゃうし。」  
「ま、迷ってないわよ。ただちょっと夜風に当たろうと思っただけだし。  
考え事しながら歩いてたらちょっと遠くに来すぎちゃって疲れたから軽く休んでただけだし。  
すぐに戻るつもりだったし。」  
「…ふ〜ん」  
絶対ウソだってバレてる…。アタシ最高にミジメ。  
「…」  
「…」  
「あ、あんただって。うっ…腹ん中じゃあたしの事笑ってるんでしょ?  
あ、たしなん…て、こんな…オカマ…だもの。ぐすっ。  
せっかく2人っきりのとこ、邪魔して、悪かったわね。」  
「…。ほんとはハナ先輩が来てくれてホッとしたって言ったらどうします?」  
「な何よ、それ。バカにしてんの?」  
ぶすっとして答えるアタシに向かって、小春は両手を大きく広げた。  
「な、…何よ」  
「『私の胸でお泣き。』いっかいひゃくえん」  
小春は真面目ぶって言った後ちょっといたずらっぽくふふっと笑った。  
その声音には、同情も哀れみも蔑みもなくてアタシは不覚にも泣いてしまって。  
小春はそんなあたしの背中をずっとさすってくれていた。  
 
それから夏休みが終わるまで、田舎に帰っているらしく小春とは顔を合わせなかった。  
ちょっとバツが悪かったから、丁度良かったわ。  
 
休み明け、小春は肩下まであった髪を、顎のラインでバッサリ切っていた。  
「なあに?!どうしたのその髪型!」  
「切っちゃいました!」  
「まぁ、節子みたいね」いつものようにイヤミっぽく言ってやった。  
「あはは!やっぱり?奈緒にもさっき言われました〜。  
 カエラちゃんみたいにって言ったのになぁ〜」  
唇を尖らせて髪の毛をつまんでいる。  
あら?いつもなら言い返してくるところなのに…調子が狂うわ。  
「ほれ、高山。『にぃちゃん』って言ってごらん?」  
「も〜、やめてくださいよ。優子先輩まで」  
「…何かあったの?」  
「何かって?」きょとん。  
「髪は女の命じゃない。心境の変化とか…」  
真に振られたとか。そうゆう答えをちょっと期待した。  
「別に。なんにもないですよ」  
あっけらかんとして答えると小春は  
「ハナ先輩」と言って小さく手招きした。  
背のびをして口元に手を添えると小さな声で  
「富岡先輩の事諦めました。ハナ先輩の味方ですからね」  
それだけ言うと  
「じゃまた〜!」  
と言って駆け出していく。  
「何だって?」優子が尋ねる。  
「…さあ?」  
今度は私がきょとんとして太陽の下を駆けていく小春の後ろ姿を見つめている。  
「若いわねぇ」  
隣で優子がタバコを咥えながらゴルゴみたいな渋い顔をしていた。  
 
 

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