彼氏が帰ったあとはどうにも寂しくなる。  
千佳子はベッドの上で膝を抱えてふうと息を吐き出した。まだシャワーすら浴びていない体は  
彼のにおいがする気がする。気恥ずかしくなってベッドから降りる。  
自分もシャワーを浴びてシーツを取り替えて寝よう。明日だって仕事があるし。  
そう思って裸足でぺたぺたとフローリングの床を歩く。  
がたがたと玄関で音がした。もしかして彼が何か忘れ物でもしたんだろうか。  
 
「ケースケくん?」  
 
声をかける。狭いアパート、申し訳ばかりについている部屋と廊下兼台所のドアが開けられる。  
そこにいたのは見慣れた彼氏ではなかった。  
 
「や、千佳子さん」  
「……橘さん?」  
 
軽く片手を上げた男だ。仕事の同僚で、千佳子の彼氏である圭介は彼と自分の上司にあたる。  
突然の登場に呆然としていたが、はっと我に返りベッドからシーツをひったくって体に巻き付ける。  
橘はそれすらもにこにこと見ている。変だ。なんで?  
彼には自分の家は教えていないし鍵だって渡しているわけがない。もしかしたら圭介が開けっ放しで  
帰ってしまったのかもしれないけれども勝手に入ってくる理由がない。  
千佳子はずるずると後ずさる。  
単身者用の狭い部屋、そう逃げ場があるわけではない。すぐに踵はベッドにぶつかる。  
 
「どうしたのさ?そんなに警戒して」  
「警戒、するでしょ!突然部屋に入ってこられたら!っていうか何!?何しに来たの!?」  
 
逃げ場はない。せめてもの武器にと後ろ手にベッドを探る。その隙を突かれた。  
一瞬にして橘が距離を詰め、千佳子の肩を強く押す。  
膝の裏にベッドがあたり彼女の上半身はあっけなくベッドの上に倒れた。  
その上に馬乗りになるように橘がのしかかる。  
 
「……なんの真似」  
「さっきの質問の答え。俺ね、千佳子さん犯しに来たの」  
 
一瞬何を言われたのかわからなかった。橘の顔は来たとき同様にこにこと笑みすら浮かんでいる。  
しかし枕元の明かりとこの距離で、彼の目が笑っていないことに気づいた。怖い。  
手にぶつかった何かを掴んで彼の顔にぶつけようとする。投げつけた枕はひょいと首を動かした  
だけで避けられる。もう片手を伸ばしても届かない。  
脚をじたばたと蹴り上げる。橘の膝が千佳子の太ももの上にのり、重さに顔をしかめる。  
 
「あ、ごめん。痛かった?」  
「それ以前にやめてよ!降りて!離れて!」  
「やだよ。俺、千佳子さんを犯しに来たって言ったでしょ」  
「なに、私のこと好きなの!?」  
「そんなわけないじゃん」  
 
橘の目が冷たく光った。  
 
「俺が好きなのは、高橋さん」  
「え……?」  
 
高橋は、圭介の苗字だ。  
予想外の告白に千佳子の抵抗が止まる。それをいいことに橘は千佳子の腰骨にうまく体重をかけて  
座り直す。手際よく千佳子の腕を持っていたらしいロープでむすび、ベッドの支柱にさらに結びつける。  
もうどうあがいても逃げられない。橘は表面上は変わらないままににこにこと話す。  
 
「俺ね、ゲイなんだよ。入社したときからずっと高橋さんが好きだったわけ。あの人の下につけるって  
決まったときは本当に嬉しかったなあ。それなのにさ、なんで君が彼女なわけ?」  
 
あこがれの人を話すかのように彼は恋情を語るけれど意味が分からない。  
だからね、と千佳子を理解の外においたまま、橘は笑う。目以外で。  
 
「君を、犯すの」  
「……そんなことしても圭介さんはあんたのことなんか好きにならない」  
「いいよ。それは最初っから諦めてる。目的はそれじゃないんだよ」  
「ひゃっ!」  
「俺、そういう声嫌いなんだ」  
 
橘の指が無遠慮に千佳子の秘所に突っ込まれる。半時間程前まで圭介のものが入っていたそこは  
まだ指ぐらいなら軽く受け入れる。橘は嫌そうな顔になるもやめない。  
ぐちょぐちょと優しさの欠片もなく指は動く。  
 
「よかった、高橋さんのものまだ入ってるね」  
 
千佳子の顔に血が昇った。  
千佳子の中からだした指を嬉しそうに橘は舐める。気色悪い。さらに自分のものを出してしごき始めた。  
 
「やめてよ!」  
「じゃあ暴れれば?女の力じゃ男には勝てないよ」  
「ずるい!」  
「なんとでも言えばいいよ。俺から見たら君みたいな女であるっていうだけで好きな男と恋愛できる  
ほうがずるいよ」  
 
さっき嫌いって言われた通りおもいっきり喘いでやろうか。でもこの男の愛撫なんかで鳴きたくない。  
千佳子の思考がそちらに離れる。その隙を突いたかのように。  
 
「あー女で勃たせるのって本当気持ち悪い」  
 
突っ込まれた。ある程度ほぐされてはいるといっても衝撃に息が詰まる。  
千佳子の顔を見て嬉しそうに橘は笑う。  
 
「高橋さんはいつも中で出すんだ?」  
「教えない!」  
「へえ、そうなんだ。橘さんはどんなふうに動かすの?」  
「聞かないで!」  
「俺も抱いてほしいなあ。抱くほうでもいいけどさ、相手が高橋さんだったら。いいなあ、千佳子さん。  
女で、高橋さんに愛してもらえて、子を為せて」  
「……え?」  
 
動き始める。しかしそれはまったくもって千佳子の事を考えていない動きで、気持ち悪い。  
奥に突かれる。引かれ、突かれ、引かれ、突かれ。まるで出すことだけを目指したセックスだ。  
唇を噛み締める。  
 
「子が、欲しいんだ」  
 
熱に浮かされたかのようにそう橘はつぶやく。  
 
「俺と高橋さんの子が欲しいんだ。子どもがいれば我慢できる気がするんだ。でも俺は男だから、  
子宮なんてないから、だったら君じゃないか」  
「意味、わかんない」  
「だってさっきまで高橋さんとしてて、高橋さんのがまだ入ってて、きっと今だったら俺の子か  
高橋さんの子かわからない。だったらそれはきっと俺と高橋さんの子なんだよ」  
 
橘の口元が歪む。いびつなえがお。目の中にある光を、千佳子は知っている。恋情と狂気だ。  
この人は自分と同じだ。圭介のことが好きで好きでたまらない。  
 
「やだ、そんなのやだっ、絶対嫌!」  
「安心してよ、ちゃんと俺が育てるから。君になんかあげない。俺と高橋さんの子だから。ねえ、  
君は高橋さんから愛されてて、女で。だったら俺にひとつぐらい頂戴」  
 
突き上げる速度が早くなっていく。  
ひときわ大きく橘が突く。吐き出す。少しだけ千佳子の上で息を整えてから、彼は体を起こす。  
もう嫌だとばかりにずるりと抜き出す。  
 
「……変な同情はやめてほしいよ。俺はそれが一番嫌いだ」  
「してない」  
 
荒い息をつきながら橘は千佳子を睨みつけ、千佳子はそれを真っ向から受け止める。  
吐き出された場所が気持ち悪い。  
 
「もし子どもができたとしてもこれは私と高橋さんの子か、私とあんたの子なんだから」  
「違う。俺と高橋さんの子だ」  
「違う。あんたは、子供なんか作れない」  
 
あとこれ、外して。ロープを巻き付けられた手をぶんぶんと動かす。舌打ちひとつして橘はそれを  
外す。見ればロープの痕が赤くなっていた。  
 
「あんたは、絶対に私には勝てない」  
 
言い捨てて今度こそ浴室へと向かう。今にも泣きそうな橘の顔は見ないことにした。  
 

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