「別に俺は女の子になりたいわけじゃないんだよ」  
「へぇ?」  
「好きになった人が男なだーけ」  
 
なんかBL漫画みたいだねぇと言えば、二次元と一緒にするなと怒られた。  
秋はウーロンハイ、私はマッコリ片手、もう片手には箸の体制でテーブル挟んで座っていた。  
本日は、何回目かわからない私たちの失恋パーティーである。  
会場は駅前の居酒屋の個室。これは飲むと泣き上戸になる秋のためだ。  
 
「っつーかさ、妻子もちなら自己紹介ん時に言ってくれって話!」  
「わかるわかる、知ってたら最初っから諦めたのにさー」  
「教授のばかやろー」  
 
ゼミの教授、なかなかのナイスガイ。  
しかし左手薬指にはまる銀の指輪で私たちはあえなく失恋。わずか1日の恋だった。  
はぁ、と二人同時にため息をつく。  
 
「普通さぁ、いちおー異性が好きな私のほうが早く彼氏できるはずじゃん。  
なのになんで私も秋も年齢イコール恋人いない歴なのさー」  
「だってほら、性格?」  
「んなこと言ったら秋は性癖がアウトなくせにー!」  
「それ言っちゃお終いだろー」  
 
秋はゲイだ。好きなのは男。そして、私と男の趣味がとてもよく似ている。  
出会ったのも同じ男を追っかけてたからだし、好きなアーティスト(男)もなにもかも、  
私たちは良く似ている。それが故に、友達だ。  
秋はナイスガイが好きだし私もナイスガイが好きだし、恋のライバルになりこそすれ、  
恋愛関係にはなれないのだ。  
 
「男とキスしてみてもいいじゃんー。俺それなりにイケメンだし?」  
「自分で言っちゃだめじゃん」  
「自分以外に誰が言ってくれるっていうのさー」  
 
はあ、と品を作って秋は頬に手を当てる。それなりにガタイがいいので似合ってない。  
顔だけなら秋はちゃんとイケメンなのだ。性的指向は男だけど。  
よくネタだとウホッとかアッーとかあるのに残念ながら秋には彼氏はいない。世の中ネタと現実は重ならないようである。  
だからといって、Eカップの私も彼氏はいない。全部この貧乳ブームが悪いのだ。  
 
「そんなこと言ったら私だってボンキュッボンじゃんー。モテてモテてモテまくってもいいじゃんー。  
ねえほら、見て見て今日の寄せてあげるブラ」  
「みたくないよそんなの。だったら見て見て、俺の筋肉」  
「二の腕ぷよぷよじゃん」  
「可愛いでしょー」  
「そんなところ可愛さ追求してどうすんのさー」  
 
あははと笑いながら私はマッコリを飲む。つまみで注文した鳥の軟骨をカリカリと噛み砕く。  
秋はウーロンハイを飲みながらため息を付いた。  
 
 
「男とキスして何が悪いのだー。最後に一回だけキスさせてって言うとみんなドン引きすんだよね。  
その点女の子はいいよねー、一回だけヤらせてが通用するし?」  
「それ本気で言ってるー? そんなん通用すんのマジで可愛い子だけだし。  
穴さえありゃー突っ込みゃいいのにねー」  
「そうだよそうだよ、俺みたいなイケメンがいるならとりあえずクラっと来ない?ほらほら、来ないー?」  
「来ない来ない、だって秋だし?」  
「なんだよー、俺じゃ駄目かよー!」  
 
秋は目尻を赤くしながらばしばしとテーブルを叩く。  
その衝撃で落とされないように、私はシーザーサラダの皿を持って食べ続ける。  
かららんと音を立ててマッコリの入っていたグラスが倒れるけれどももう空だ。  
ぐすぐすと、秋は鼻を鳴らす。あー泣き始めた。  
イケメンが泣く姿は目の保養になる。ただし好みの男に限る。  
 
「一回ぐらいキスしてくれたっていいじゃん!」  
 
秋は純情なのだ。  
同じ男同士なんだから襲っちまえばいいのになーなんて思いながら私は鯵の塩焼きを咀嚼する。  
 
「私だったら可愛い女の子だったら一回ぐらいならキスしてもいいかなー」  
「それが普通だよー。だって一回だよ? 一回ぐらいならキスしたっていいじゃん。  
それで俺は思い出になるし、相手は犬に噛まれたと思って忘れ……忘れられちゃうのかあ……」  
「ベロでもなんでも突っ込んで忘れられないキスにしちゃえばー?」  
「無理矢理なんてだめだろー」  
 
純情かつ常識人なのだ。  
同じゼミの女の子同士の会話だと、「酔って寝たとこを襲って既成事実作ればよくない?」なんて  
恐ろしいことを話してることを考えると、すごく常識人だ。  
 
「んじゃ私とキスしてみるー?」  
 
ふと思いついたことを言えば、秋は赤くなった目を私に向けた。  
 
「え、なんで?」  
「そしたら男が男とキスする気分わかるんじゃないー?」  
「あー、それそうかも」  
 
同性っていうか、性的嗜好対象外とキスする気分?  
私は上半身を伸ばして唇を突き出す。秋も、首を伸ばしてちゅっと唇を触れさせる。  
 
「……んー、どうでもいい」  
「たしかに。秋とキスしたっつっても秋はどうせ好みじゃないしなー」  
「あ、それ酷いー」  
「だって私ナイスガイじゃないしー?」  
「たしかに俺も好みじゃないけどー」  
 
あ、グラス空になった? と聞いて新しいお酒を注文するためにメニューを開く。  
唇をぺろりと舐める。  
どうしようもなく、私たちは友人であり、恋愛関係にはなれないのだということを最認識した。  
 
「そういえばさー、うちの近所の図書館に良く来る紳士?なおじさまがいい感じなんだけどさあ」  
「うわ、見てみたい。今日泊まってっていい?」  
「私んち? いいけど客用ふとんあったかなー。毛布は一枚貸したげるけど」  
「一緒に寝る?」  
「図体でかいから嫌」  
 
 

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