「お嬢様?」
深夜、物音に気付きキッチンに来たメイドの花は生まれて初めて、自分の正気を疑った。
ドアを開けるとそこには冷蔵庫の前で油揚げを食らう彼女の主、妙の姿があった。
くちゃくちゃと汚い音が響く。
「お嬢様…何を食べてるんですか?」
くちゃくちゃむしゃッぴちゃ
ごそごそ……ぱんっ
微塵も反応せず、妙は十五枚目の袋を開けた。
くちゃくちゃ
「こんなに食べて、どうしたんですか?もうこんな時間ですよ、寝ましょう」
奇妙だった。彼女の主はこんな食べ方をするような女性ではなかったし
油揚げなんかをこそこそ食べるような人でもないからだ。
花は動こうとしない妙を冷蔵庫から引き離そうと後ろからつかんだ。
そのとき妙の頭にふさふさとした三角形の何かがあるのに気付いた。
触ってみると妙は気持ちよさそうに小さく鳴いた。
コン、と
数日後、妙の家の門口に怪しげな二人組みがいた。
「帰る」
一人は黒スーツに丸サングラスの男。名は星見坂条一。
「先生、どうかしたんですか?」
もう一人は男と同じ男物のスーツに身を包んだ女。
短めの髪が良く似合っている。名は鬼魅島澪。星見坂の助手であり保護者である。
「なんか家がでかくてむかついてきた」
指差された妙の家の敷地は凄まじいものがあった。
おそらく東京ドームシティ程度なら丸々入るであろう敷地を持つ武家屋敷。
スーパーヒーローショーだってやりたい放題な広さだ。
対して星見坂の住処は幽霊が出ると噂のオンボロビルの3階。
この差に星見坂は例えようのない惨めさを感じ、やる気をなくした。
鬼魅島は星見坂がそういう馬鹿だと知っている。
だがしかしそんな理由で仕事を休ませるほど甘い助手ではない。
「先生、まさかそんな理由で、今日も仕事をなさらないつもりですか?」
笑顔で問う鬼魅島に恐怖を感じ星見坂は逃げ出そうとする。
「先生、逃げたらどうなるのか理解してらっしゃるのですよね?」
鬼魅島の優しく冷たい声に星見坂が凍りつく。
「しごと、がんばります」
「そうしてください」
呆れたように鬼魅島は言った。
それから三十分後、二人はどっぷり罠にはまっていた。
門をくぐったときには依頼人の家の玄関らしきものが100メートルほど向こうに見えた。
二人はそこに向けて、星見坂は池の鯉を眺めつつ石畳を歩いた。
しかしそれから五分後、二人は森にいた。気付いたときにはどことも知れぬ森にいた。
さらに悪いことにさっきから何度も同じ場所をぐるぐる回っている。
「やられましたね。まさか結界を張ってただなんて…」
星見坂より数歩先を歩いていた鬼魅島が悔しそうに言う。
「結界?そんなモン使えるような物騒な相手だったのか?」
「はい。先生だけならともかく、私まで無意識にこんなところにくるなんてそうとうの代物です。」
「ふん、面倒くさい相手だ……ところで鬼魅島君」
星見坂が思い出したように質問する。
「なんですか?先生。」
「今日の仕事って一体どんな内容なんだ?」
「先生、今朝説明しましたけど、また私の説明聞いてませんでしたね?」
「まあ…そういうことだろうな」
げしっ!
鬼魅島は後ろ回し蹴りで星見坂を吹き飛ばし、そして
「とっととこの結界から抜け出してご自身で依頼人に直接お尋ねください。」
はっきりと言い捨てる。
「それが出来ないから困ってるのわかってるだろ?それに…」
「それに、どうしたんで…きゃっ!」
突然後ろから抱きつくようにして胸をつかまれて鬼魅島が短い悲鳴を上げる。
「ちょっ…先生いきなり何を…」
「それにねぇ…鬼魅島君に教えてほしいんだよ」
右手で鬼魅島の形のいい唇をなでつつ星見坂は耳元で囁く。
「何を…馬鹿なことを言って…んっ…るんですか?」
彼女には少し大きなジャケットを脱がされワイシャツ越しに軽く勃起した乳首を弄られる。
鬼魅島の胸は下着を着ける必要がないほど小さい。
じたばたと激しく抵抗するが、普段は女子中学生にも負けるような彼女の上司は
なぜかこういう時だけ異様な力を発揮し、放さない。
「せん…せ、だめ、駄目でっんん…す……」
「何が駄目なのかな?鬼魅島君のここはもっとしてほしいみたいだけど?」
ベタな言葉を吐きながら星見坂はワイシャツをはだけさせ鬼魅島の乳首を直に刺激しだす。
「ひゃうっ!だめぇ…先生も…いい加減に…しないと怒りま、す…よ」
「出来るもんならやってみたまえ」
ぐりぐりとすっかり硬くなった一物を鬼魅島の尻に押し付けながら星見坂は言う。
「やぅっ!!それ…じゃお言葉に…甘えさせ…ていただ…きます。」
「げはっ!!」
鬼魅島の肘が星見坂のわき腹に文字通りえぐる。
「い亜ktjkたkじゃtkうぃkjかkjt!!!!!」
さすがに鬼魅島から手を離し新鮮な海老のようにびちびちともだえ苦しむ星見坂。
骨ごとえぐられた星見坂の肉が地面に落ちる。
「まったく…こんなところでいったい何をするつもりですか!?」
血で汚れたシャツの肘を気にしながら怒鳴りつける鬼魅島の頭には、螺旋状の炎が角のように現れていた。
「いっいたいた痛い痛い痛い!!き、君のほうこそ何をするんだふ、ふつうだったら死ぬぞ、これ!」
非難を浴びせる星見坂えぐれたわき腹が痛々しい。
「どうせ死なないのですから問題ありません。」
冷たく言い捨てる鬼魅島。この程度では絶対に死なないという確信のある口調だった。
「くぅぅぅ…胸がないくせになんていうやつだ…」
「胸は関係ないですよね?」
「結構感じてたくせに………ぐげぇっ!!」
潰れた蛙のような悲鳴を上げる星見坂の目に映ったのは、
手近な樹を根元から引き抜き、こちらを見て笑みを浮かべている鬼魅島だった。
結構な大きさの代物だ。
「先生?誰がどうなったたんですか?」
「いや、ソ…それはその、ほ…」
「反省してください。」
満面の笑みで、星見坂の答えを待たず、鬼魅島はそれを振り下ろした。
どーーーーーん!!!!
隕石でも落ちてきたかのような爆音が響く。
「うひゃぁっ!!」
ぱりーーん
キッチンで皿を拭いていたメイド、花は驚いてそれを落とした。
「花、何をやっているの?」
お茶を飲みながら花を眺めていた着物の少女、妙がそれを窘める。
「も、申し訳ございません。お嬢様…」
妙はあうあう言いながら割れた皿を片付けだす花に静かに近づき、立ち上がらせる。
「仕事中呆けてるなんて、お仕置きが必要かしら?」
「えっ、あう…うぅ…でも…」
「でも、何?」
少女のものとは思えぬ妖艶な笑顔で花に詰め寄りその短い髪を撫でる。
明らかにおびえながら花は口を開く。
「さっきのは…音にびっくりしたからで…」
「言い訳するの?」
「ひぅっ!!」
突然スカートの中に入ってきた手に花が短い悲鳴を上げる。
割れ目を下着の上からゆっくり撫でつつ、妙がさらに問い詰める。
「ねえ、花、言い訳するの?そんな音わたしには聞こえなかったわよ?」
「う、うそ…言わないでぇ…んん、くださ…ひゃうっ!!」
妙の右手が下着の中まで侵入、激しく淫核を愛撫する。
「主人を嘘つき呼ばわりするなんて、なんてひどいメイドでしょう。そんな悪い子には罰を与えなくちゃ…」
「ひっつううう!!」
突然に淫核をつねられ、花が悲鳴を上げる。
「いたっいたいっ、痛いです…お嬢様ぁぁ…」
「当然でしょう?そうするためにしているのだから?それに、わかっているでしょう?お仕置きはこれからよ」
花は涙を流し懇願する。
「やっやぁ…ゆる、許してください…お嬢さまぁぁ…」
「駄目よ。」
答えた彼女の主の背中で、あるはずのない大きなしっぽが揺れていた。
日が沈みきってから、花は屋敷の裏の森を歩いていた。
前後の穴に入れられたローターの無機質な振動音が頭に響く。
散々花を弄った後妙は言った。
『さっきの音の原因を調べてきなさい。』
『えっ…だって…さっき、音なんかしなかったって』
『あれは嘘。』
『そ、そんな…ど…して』
『あなたを可愛がるために決まっているでしょう。』
『え、あ、あぅ…』
『そんなうれしそうな顔してないで、早く行きなさい。』
『あ、は、はい…』
『これをつけてね。』
そう笑顔で差し出された二つの玩具をつけたまま夜の森に入りすでに一時間。
花は倒れるように木にもたれかかり、快楽に身を落とす。
「あっ、やあああぁあ!!」
途切れることのない振動が花を幾度目かの絶頂に導き、
そして変わらぬ刺激を花に送り続ける。
「うぅ…も、もお、や、ぁぁあ、やだぁ…もうやだぁ…」
どれほど拒絶しても、それは止まらず、自分で止めることも許されない。
ふらつく足元で、花は主人の言いつけを果たすべく再び歩き出す。
頼りないランプの明かりが周りを照らす。
何気なしに顔を上げた瞬間、花は動きを止めた。
(うそ、なんで、どうして、こんなところに人が、いるの…)
血の気が引くのを感じる。
こんなモノを入れて妙以外の人間と会うなど花には想像も出来ないことだった。
軽い絶望を味わいながら、目を凝らしもう一度良く見てみる。
少し遠くに、スーツ姿の二人組みが見えた。
「ふぅ、やっと繋がった。」
妙が自らの大きなしっぽの上に足を崩して座る。
その眼前の大きな青白い火の玉が、森を歩く花を映し出していた。
「ふふ、やっぱり可愛い、顔真っ赤にして…」
満足げな笑みを浮かべる妙。人のものではありえないふさふさの三角の耳が、ぴくぴく動く。
「あら、誰かいるようね…」
映像が花の視点に変わり、二人の人間が現れる。
「そういえば、昼間何かが結界に引っかかったらしいけど…」
火の玉に映る二人をじっと見る。
「あら可愛い、この娘も可愛がってあげようかしら…でも…」
男のほう、星見坂に目をやる。
「男なんて、要らないから殺しちゃおうかしら…」
妖しく微笑む妙。その目には、獣独特の凶暴な輝きがあった。
「帰ろう」
「駄目です。」
星見坂の提案を鬼魅島が光の速さで却下する。
木を星見坂に叩きつけてからすでに数時間。
どの方向に向かって歩いても結局ここに戻ってくるので、二人は動き回るのを止めた。
「もう二十三回目ですよ、このやりとり。」
「いや、でももうこんなに暗いしさ…」
「暗いとなにかあるんですか?」
「ほら、あれだよ、鬼魅島君も女性だからさ、襲われたりとか…」
「襲ってくる人なんて先生くらいしかいませんよ。」
「ん、襲って欲しいの?」
「また潰しますよ。」
地面に叩きつけられた木に腰掛ける星見坂を鬼魅島が睨みつける。
「しかし、さすがに嫌になってきましたね。」
「だろ、家が恋しいだろ?」
はぁ、と鬼魅島が嘆息する
「でも仕事しないとご飯が食べられませんよ…」
厳しい現実を突きつけられて項垂れながら、星見坂が昼間と同じ質問をする。
「そもそも、今日の仕事ってなんだったんだ?」
「それは…」
言いかけて、鬼魅島は小さな光がこちらに向かってくるのに気付き、そちらに意識を向ける。
ランプを持ったメイドが、よたよたと近づいてきていた。
「あの…ここで何をしているのですか?」
屋敷へと戻る途中、花は星見坂たちを呼んだ理由を話始めた。
「お嬢様に、狐か何かが…憑いていると…思うんです…」
途切れ途切れに花は主の異常を話し出し、最後に
「たぶん、あれは、狐の耳でした…昔漫画で見た、狐憑き…もあんな感じでしたし…」
自分にも聞こえるか聞こえないか位の声で花が呟いた。
「ふむ…ただの狐憑きか…ならとっとと終わらせて帰ろう」
「何を言ってるんですか。ただの狐に結界なんて使えるはずがありませんよ。」
「ほらあれだ結界じゃないんだ、きっと俺たちが道に迷っただけだ…」
「そうだといいんですけどね…」
いつもなら二人の頼りないやり取りに不安を覚えたであろう花だが、
今はそんなことに意識を向ける余裕などなかった。
玩具を仕込んでいることを悟られないように振舞うことにだけ集中する。
星見坂たちに妙のことを話した辺りから、振動は激しくなっている気がする。
「…………っ…」
もはや己の意思を超越したレベルで声が漏れ出す。
幸いにも後ろを歩く二人が気付いた様子はなかった。
花は唇をかみ締め、快楽に抗う。
「顔が真っ赤ですけど、大丈夫でしょうか?」
びくりっ!
突然鬼魅島に話しかけられ花の体が大きく跳ねる。
「な、なんでもないですよ…」
笑顔で返す花に、鬼魅島はそれ以上食い下がろうとはしなかった。
花には無限の地獄にも等しい屋敷への帰り道。
一瞬、星見坂が花に向けて邪悪な笑みを浮かべたことに気付くものはいなかった。
家の外観とはかけ離れ、屋敷の中は洋館といっても差支えがない内装だった。
星見坂と鬼魅島を応接室に待たせ、花は妙の部屋に来ていた。
「お帰りなさい。音の原因はわかったの?」
人の耳をもち、もちろんしっぽなぞ生えてはいない妙が花に尋ねる。
「は、は…い」
もじもじと股間を気にする花を見て、妙は楽しそうに尋ねる。
「ふふ、辛い?」
「はい…も、やで…す、とってくだ…さい…」
ここに来るまで、声を漏らすことすら堪えてきた花は
肉体的にも、精神的にも、すでに限界に来ていた。
そんな花に妙は近づき、キスをする。
「あぅ…お嬢様…」
「いいわ、とってあげる。」
そう言って、妙は花を床に押し倒す。
「もう少しお尻を上げなさい…そう、そのままよ…」
花のスカートをめくり、愛液でびしょびしょに汚れた下着を丸出しにする。
ニーソックスと太ももの間に入れられた2つの器具からコードがその中へとのびている。
「ふふ、こんなにしちゃって、何回達したの?」
「わかっ…わかえあぅっ!わか…らなっくらい…いっぱ…いれ…す…」
膝立ちになった妙に、アナルへと伸びているコードを小刻みに引っ張られながらもなんとか答える。
「そう、わからないくらいに…花はそんなにえっちなメイドだったのね。」
一瞬手を止めて、軽蔑とも取れる言葉を投げかける。
「えぅっ…そんにゃ!やうううぅぅ!!」
それに花が意識を向けた瞬間、妙は手にしていたコードを一気に引っ張った。
可愛らしいピンク色の玩具が下着から出てくる。
「これで、あともうひとつね?」
「は、はい…お願いします…」
返事の代わりに、妙は花の下着を下ろす。
「花の可愛いところも、汚いところも、全部見えてるわよ…」
妙の言葉に花の顔がさらに赤くなる。
妖艶な笑みを絶やさず、妙は花の腰に唇をつけ、微かに出した舌を菊座へと這わせていく。
「あんっ!だっめぇ、だめです…お嬢様、そんなところ…汚いです!」
「だから、綺麗にしてあげているのでしょう?」
しわの一つ一つに舌這わせながら、
まだ抜かれていないもうひとつの玩具のコードを右手で抜きにかかる。
ぴちゃぴちゃと卑猥な音が部屋に響く。
妙は空いている左手を花の胸に伸ばす。
「大きくて、いやらしいおっぱい…」
羨むような声色で呟く。
乳首をこりこりと弄びながら、
唾液と愛液が混ざり合いべチャべチャになった花のアナルに舌を入れる。
排泄機関に生暖かい舌を入れられる感覚に、花の全身がびくびくと震える。
「あぅん、んんやあぅうっ!!はぁんあぁうううっ、いっちゃ、いっちゃうう!!」
花が達すると同時に妙は玩具を引き抜いた。
はぁはぁと息を切らす花の頭を撫でて、妙は立ち上がり部屋を出ようとする。
「……」
そんな妙に花が寂しそうな視線を送る。
妙は変わらぬ笑みを浮かべながら言った。
「お客さんを何時までも待たせるわけにはいかないでしょう?」
花は自分が依頼した二人の存在を思い出した。
人を待たせたままにして快楽におぼれるなどというメイドとして失格の行為を恥じ、花はまた赤くなった。
「少し休んだら、夕食の支度を始めておきなさい。」
「あ、はい…」
ばたむ。扉が閉まる。
妙がいなくなるとすぐに、花は眠りに落ちた。
妙に応接室で待たせている二人のことを話していないことなど、気には留めていなかった。
部屋の中を落ち着きなくうろつく星見坂と静かにソファに座る鬼魅島。
「ふむ、この壷はいい壷だ…」
「適当なこと言ってないで大人しく座っていてください。」
鬼魅島に注意された星見坂がしぶしぶ隣に腰掛ける。
「しかし…アレな内装だな…」
「確かにそうですね…」
屋敷の外見と中身のギャップに二人とも少なからず驚いていた。
「どうしてこんな内装にしているのでしょうかね?」
「メイドさんと畳の組み合わせが気に食わなかったんじゃないのか?」
「そんな馬鹿な話があり…」
「その通りですよ。」
唐突に扉が開き、花柄の着物を着た少女、妙が入ってきた。
「はじめまして…鬼魅島さん。」
星見坂には一瞥もくれることなく、妙は鬼魅島に艶のある笑みを向けた。
二人に向かい合うようにして座る。
「花から聞きましたが、私が狐に憑かれていると?」
「はい…」
「それで、私を殺しに来たの?」
妙の声が一気に冷たいものへと変わる。
「さぁ、どうだろうね…」
サングラスを中指で上げながら星見坂が答える。
妙は汚らわしい物を見るような目でそちらを向き、握った右手を伸ばした。
「ごめんなさい、貴方とは話したくないの…」
言いつつ、小指から順に差し出した手をゆっくりと開いていく。
「死になさい。」
ぱんっ!
手が完全に開いた瞬間、星見坂の頭が、内側から吹き飛んだ。
部屋中の家具が、壁が、部屋のすべてが青白い炎へと変わっていく。
不思議とこの炎ではなにも燃えない。
この部屋自体が狐の結界であった。
冷たい色の炎の中で、妙の背後に九本の狐のしっぽが現れ、頭に狐の耳が生えてくる。
「九尾の狐…」
鬼魅島が呟いた。
それが今目の前にいる妙であった。
「ふふ、鬼魅島さん、私を殺しますか?」
「それを決めるのは私ではなくて先生ですから…」
「先程死んでしまった男のこと?」
「ええ、そうです。」
「死んだその男が貴方に指示が出来るというの?」
「はい、そうです。」
まったく動じる様子のない鬼魅島に、妙は微かに不気味なものを感じた。
「先生、いつまでも死んでないで早く起きてください。」
鬼魅島が言い放った瞬間、飛び散った星見坂の肉片が、血が、すべてが朱色の炎と化し、
螺旋の軌跡を描きながら首の上へと集まっていく。
炎が頭部を形成する。
ひゅぼっ!!
朱色の炎が消え、傷ひとつない星見坂がその姿を現した。
「化け物…」
「人間だ…」
思わず呟く妙に、星見坂が不機嫌に言い返す。
「ただ人とちょっと違うだけで化け物なんて言うのはいくらなんでもアレだろう…」
「…」
さすがに驚きを隠せない表情で黙り込む妙に星見坂が問いかける。
「火の鳥って知ってるか?」
「不死鳥のことかしら?」
星見坂は答える代わりに首を縦に振り、言った。
「その血を飲んだだけだから、俺は人間なの」
不死鳥の血を飲む。
それは絶えることの無い命をその身に宿すこととなる。
得意げに言い放った星見坂に妙が呆けた顔をした。
星見坂の言ったことが信じられないためだ。
「不死鳥ね…ふふ、本当にいたのねそんな生き物が…」
それでもすぐに、妖艶な笑みを取り戻し星見坂と睨み合う。
「九尾の狐も同じようなものだろ…あん、九尾?」
ぼうっ!!
言い終わると同時に、柱状の炎が星見坂の足元から発生し、鉄に変わる。
「そこで朽ちなさい。」
鉄の柱に埋めこめられたようになる星見坂に妙が言った。
「先生!」
鬼魅島が駆け寄る。
死ぬことのない体でも、鉄の柱の中で身動きが取れないのでは何も出来ない。
「無駄よ…あなたにその鉄の塊をどうにかできると思うの?」
穏やかな、しかし邪な微笑みを浮かべながら妙が鬼魅島に近づく。
あの男が鬼魅島にとってどのような存在であろうと関係はない。
星見坂を閉じ込めた目的は無力感に打ちひしがれる鬼魅島を見ること。
それが達成され少しだけ満足する妙。
鉄の塊に手を置いて鬼魅島がつぶやく。
「先生…かなり痛いでしょうけど我慢してくださいね…」
その瞬間、空気が変わる。
あきらかに人のものでない威圧感が鬼魅島から漂ってくる。
生物としての本能が妙に訴えかけてくる。
コノオンナニチカヅクナ
歩みを止めて、その姿を凝視する。
そこにいるのは紛れもない鬼であった。
人外の、鬼の力を解放し、本来の自分へと戻っていく。
最後に角を出したのはいつだろうと思い、昼間に星見坂を叩き潰したときだと気づき苦笑する。
目の前には鉄の塊。
何の問題もない。
握り締めた右手を叩きつける。
それだけで鉄柱は中にいる星見坂ごと粉砕され、塵となった。
そのなかの星見坂であったものが炎となり、鬼魅島の横で人の形を作る。
「先生、痛くなかったですか?」
「痛いと思う暇もないほどすぐ砕けた…」
「そうですか…ところで、彼女どうしますか?」
妙のほうに視線を向けて鬼魅島が尋ねる。
「ふむ…」
顎に手を当ててしばし考えた後、
「彼女に憑いている奴は知り合いだ…鬼魅島君、剥がしてきて」
そう命じた。
「了解しました。」
ゆっくりと、鬼魅島が妙に近づいてくる。
妙は逃げることも、攻撃することもせず、笑みを浮かべたままその場に立っていた。
「何もしないのですか?」
鬼魅島が妙に訊く。
「抵抗する必要があるのですか?殺されるわけでもないのに…」
「それもそうですね…」
言いながら妙の頭に左手を乗せる。
「大丈夫ですよ、痛くは無いですから。」
鬼魅島が左手を引き、妙が意識を失い倒れるのと同時に、鬼魅島の手に引っ張られるかのように何かが現れた。
それは年老いた狐だった。
「久しぶりだな、九尾の狐…」
近づいてきた星見坂が心底嫌そうに言い捨てる。
『久しぶりじゃのう、殺し屋…しかしなんじゃ。よりにもよってお前が来たのか?』
妙の体から胴体までを引きずり出された狐が忌々しそうにはき捨てた。
「そうだよ。だいたいこの辺にお前みたいなのを殺して金稼いでいるのなんか俺くらいだ」
『ふん、六百年たってもその頭の悪そうな顔は変わらんようじゃな…』
「やかましい。貴様こそなんだ?こんな可愛い娘に憑いた上にいきなり人を殺そうとしやがって…」
『ふん。それは儂じゃないわい…』
寂しそうに発したその言葉に星見坂が興味を持つ。
「どういうことだ?」
『儂の頼みを聞いてくれるならいくらでも話してやろう…』
「ああわかったよ、なんでもしてやるから答えろ」
『ふん…実はな…』
退屈であった。
妖を殺す者達から逃れ、山に身を隠してから今日でちょうど千年。
もはや自分の命を狙う輩もいないであろう…ならばこんな所に何時までもいる必要はない…
そう思い儂は山を降りた。
適当な財と権力を持つ人間に憑いてしばらく好き放題するつもりだった。
そうすれば好物の油揚げも食べ放題だ。
そしてこの娘、妙を見つけた。
貴様の欲望を現実にするだのなんだの言って上手く騙くらかして取り憑く。
それから徐々に、あるいは一気に魂を吸収し支配する。
昔なんどもやったことだ…簡単にいくと思っていた。
実際に憑くまでは簡単にいったのだが、そこからが問題だった。
この小娘が、大妖怪であるこの儂よりも、はるかに闇に近い人間だったのだ…
儂は逆に、この二十歳にも満たぬ小娘に、魂を、吸収されておる…
考えられるか、この屈辱…千年を超えた儂のこの命が、
こんなところで、こんな小娘に、吸収されて終わるのだぞ…
しかし儂も覚悟を決めた。
最後くらいは誇りを持って死のうと思ったのだが、どうしても、どうしても油揚げが、
最後に油揚げが腹いっぱい食いたかった…
儂はこの小娘に持っていかれてほとんど残っていない魔力を振り絞って、
ひと時だけ、この娘の意識を乗っ取った。
そして、喜んで油揚げを食べているときに、この娘の女房に見つかった…
そしたらその女、なんじゃ、能力者を雇ったではないか…
上手くいけばこの女から引き剥がしてくれて、儂は再び自由になれるやも知れぬ。
そう思った。それだけじゃ…
「つまり、あれか?俺をいきなり殺そうとしたのはお前じゃなくて、この子だってのか?」
『そうじゃ』
「そうするとだな、この子は自分の意思でお前の力を使っているんだな?」
今度は何も言わずにうなずく狐。
「この馬鹿狐が、お前が山から降りてこなきゃよかっただけじゃねえか」
馬鹿に馬鹿といわれては悔しいがここで返したら自分も馬鹿の仲間になってしまうと思い、狐は無視して話を続けた。
『それで、頼みというのじゃが、さっきの話を聞けばわかるだろうが、
儂はこの女に喰われかけている。じゃから貴様に剥がして欲しい…』
頭を下げて頼みこむ狐。
それに星見坂は一瞬だけ呆れた表情を見せると、鬼魅島のほうに目を向ける。
「鬼魅島君、出来る?」
鬼魅島は狐を引っ張り出そうとするが、狐は微塵も動かない。
少し力を強め、引っ張る。
そこで気付いた。
狐の胴体を妙の魂がしっかりと掴んでいた。
これは妙が狐の力を欲し、狐を剥がすことへの拒絶の意思の表れだった。
「先生、無理です。」
星見坂が見てうれしそうに言う。
「あーあーこれは剥がせないわ…お前相当好かれてるな…あきらめな…」
『ええい、この役立たずが!貴様そんなことも出来んのか!?』
「やかましい。こんなもんできる奴がいるか…さっさと消えろ」
星見坂が言うと、鬼魅島は何も言わずに、狐を妙の体の中に戻そうとする。
『おのれ!!こうなったら貴様らもそろって死んでしまえ!!』
その瞬間、狐は叫ぶと、おのれの命の全てを炎に換える。
結界という異空間である部屋の中で、炎が霧散する。
『コカッカカッカカッカクキカコカッカカッカカカッカ!!!!!』
狂ったような叫び声をあげる狐。
その姿が消えていく。
『儂の最後の炎!!その身に受けよ!!』
言い終わると、狐は完全に妙に飲み込まれた。
ひゅぼぼぼぼぼぼぼっ!!
その炎が星見坂を燃やし尽くす。
「先生!!」
鬼魅島が叫ぶが、自分にはどうすることも出来ない。
ただの炎なら鬼の力で掻き消せるのだが、
千年を生きた獣の命の炎となるとそれを消すことは容易ではない。
三十分後、規格外の生命力を持つ鬼でさえも倒れたころ、炎は消えた。
「くはぁっ!!やっと生き返れた!!」
復活した星見坂が声をあげる。
そこはただのとてつもなく広い和室で、高そうな家具もなく、ましてや青白い炎もなかった。
すこし離れた場所に、鬼魅島と妙が倒れていた。
服が少し燃えてはいるもののやけどひとつ負ってはいない鬼魅島。
おそらく呼吸が出来ずに倒れたのだろう。
「ふむ、鬼魅島君は無事…さすが鬼の生命力…」
つぶやいて、妙のほうに目をやる。
自分の炎で燃えるようなことはないのか、こちらも特に怪我はない。耳やしっぽが引っ込んでいるだけだ。
「ん…」
星見坂の視線を感じたためか、妙が不快感をあらわにした表情で目を覚ます。
「何を見ていらっしゃるのですか?」
「いや、怪我とかないかと…」
「心配ありません…」
棘のある口調で言って、妙は鬼魅島のほうに近づき、たち膝になる。
「ごめんなさいね…服を燃やしてしまって…」
しんみりと、心の底から申し訳なさそうに謝る。
「俺はあーたに殺されたけどね…」
「そうでしたわね…」
あっさりと、どうでもいいことのように妙は言い捨てた。
「いや、俺のほうにも謝ってほしかなー…」
「何故ですか?」
星見坂の声に怒りが混じってくる。
「あのな、悪いことしたら謝るのは当然だろ?わかるよな?」
「それはわかりますが、私があなたに何か致しましたか?」
星見坂のほうを振り返らずに言い切る妙。
星見坂のなかで何かがはじけた。
瞬間。星見坂は背後から妙の胸に掴みかかった。
「なっなにを!!」
「人の頭ザクロみたいにぐちゃぐちゃにしても平気でいるような悪い奴にはお仕置きが必要だろうが…」
「くぅっ…このぉ!」
じたばたと抵抗する妙の着物の前を難なくはだけさせて、柔らかい胸を直接揉み始める。
「着物の下って本当に何も着てないんだなぁ…」
楽しそうに、妙の小さめな胸をぐにぐにと弄り回す。
「うぅっ男なんかが…私に触っていいと思っているの…」
涙目になりながら、妙は狐の耳としっぽを出し、九本のしっぽの中に星見坂を埋めた。
「燃えなさい…」
その中で、炎が星見坂の体を焼く。
しかし、星見坂にはまったく変化が見られない。
興奮状態で強化された再生能力が傷ついた部分を一瞬のうちに治していくためだ。
「そんな…なんで…」
「ふふん、なんでだろうね…」
妙の首筋にキスをしつつ左手を胸から下のほうへと這わしていく。
「やだぁ…男がさわっちゃだめぇ…やめ…お願いだから…」
妙は涙を流しながら懇願する。
「そんなこと言ったってやめるわけがないだろうが…」
言って、獣の耳をぴちゃぴちゃと音を立てて舐める。
「んうぅ…やだぁ…汚いよう…」
ビクビクと震えながら崩れ落ちる妙。
星見坂の左手が彼女の股間にたどり着く。
「ひうっ!」
不本意ながらも硬くなりだした肉芽を弾かれ、妙が短い悲鳴を上げる。
「ほーれほーれ」
星見坂が楽しそうに二度、三度と同じ行為を繰り返す。そのたびに妙もビクつきながら
同じように短い悲鳴を上げる。
「やっ、やだぁ…男にこんなこと…ふっ…ふぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
遂に妙は幼子のように声をあげて泣き出す。そこには普段の妖艶な雰囲気など微塵もなかった。
泣きじゃくるのを無視して、星見坂は妙を組み敷くと、その乳首に吸い付く。
「ひぅっ!だめ、だめぇ……たえのおっぱい…吸っちゃだめぇ…」
かまわず、星見坂はさっきよりも強くしゃぶりだす。
「っああぅ!やあも、やらぁ…ごめ…なあい…ごめんあさい………」
妙が謝るのを聞いて、星見坂は口を離す。糸が引き、切れる。
妙は両手で顔を覆って泣きじゃくっている。
「本当に、反省したのか?」
泣きながらコクコクとうなずく妙。
「そうか…」
星見坂は言って、
「じゃあこれで終わりにしようか…」
言って、股間の一物を出そうとした時だった。
「先生。」、と背後から優しく声をかけられた。
どぐっ!!
その声が鬼魅島のものだと認識したのと同時に、星見坂の腹に風穴が開いた。
「亜kがjkjけwkyはkkgじゃ」
悶え苦しむ星見坂。
「楽しそうに、何やってるんですか?」
満面の笑みで弾むように言った。しかし、全身から怒りのオーラが出ている。
「まさか、女の子を無理矢理犯していたなんて事はないですよね?」
泣きじゃくる妙のほうを見ながら星見坂に詰問する。
「ねえ…先生。なんとか言ってください。」
鉄柱を破壊したときの数倍の力を解放する。
泣きじゃくる妙の前で、星見坂は口では現せないような苦痛を味わった。
まさに、鬼の所業だった。
しばらくして、やっと泣き止んだがまだ目が赤いままの妙は、
殺意をこめた眼で星見坂を睨み付けながら言い放った。
「鬼魅島さんには申し訳ありませんが、お金を支払うことは出来ません。
理由は聞かなくてもわかっていただけますね。」
「申し訳ありません。本当ならこちらがお支払いしなければいけないところですが…」
鬼魅島が頭を下げる。
ちら、と背後に目をやる。
星見坂はまだ復活できていない。
「それでは…」
言って妙は部屋から出て行った。
それと同時に星見坂の再生が完了する。
「先生、どうしてくれるんですか?本当にごはんが食べられなくなっちゃいましたよ…」
さすがに反省したのか星見坂も正座しておとなしく聞いている。
「それで、どうするんですか?これから…」
「金をもらう」
星見坂の言葉に妙が呆れかえった顔をする。
「先生、それだけは無理だと思いますが…」
「大丈夫だ…鬼魅島君の助けがあれば絶対に上手くいく」
星見坂は一人、妙の部屋に入った。外では鬼魅島が見張っている。
鬼魅島は星見坂の策を聞いていない。
まさかとは思うが体で満足させるなどといいかねないのでそういう時のための見張りだ。
妙はお茶を飲んでいた手を止めた。
向かい合うように座ってきた星見坂に、汚いものを見るような目つきではき捨てる。
「何のようですか?」
「話がある」
「私にはありません…それとも、私に永遠に殺され続けるために来たのですか?」
殺意のこもった言葉に怯むことなく星見坂は外の鬼魅島に聞こえない程度の声で続けた。
「鬼魅島君で遊びたくないか?」
「何故そんなことを?」
「嫌ならいい。帰るだけだ…」
立ち上がり帰ろうとする星見坂を妙が止める。
そもそも妙が星見坂たちと会ったのは鬼魅島で遊ぶためだ。
だから気持ちの悪い男のいる部屋にまで行った。
その結果星見坂に襲われたのだが…
この提案。詳しく聞かない手はない。
「詳しく聞きましょう。」
星見坂はニヤリと笑うと席に着き、妙に計画を話した。
それを聞いて妙は満足そうに言った。
「そう…非常に楽しそうね…あなたとは仲良くやっていけそうだわ…」