クリスマスを目の前にして彼氏と別れた。
別れる予感はあった。会話が途切れた時の空気を重苦しく感じたり、電話しても留守録に繋がる頻度が増えたり、誘ってもベッドインしなくなったり。心が離れているような不安があった。
でも、そんな不安は二人でクリスマスを過ごせば解消すると思っていた。
「クリスマスに向けてムードを盛り上げようと彼氏の部屋へ遊びに行ったら、くずかごに使用済みのスキンを発見した時の気分を十文字以内で答えて下さい。‥‥ふざけんなー!」
オカマがバンとちゃぶ台を叩いた衝撃で、空のビール缶がからころと転げ落ちる。自宅アパートで独り騒いでいれば隣室の者が注意に来そうだが、隣室と下の階の住人は不在が常なので、独り酒を咎める者は誰もいない。
酔態のオカマを見つめているのは、聞き役のように向かいへ置かれた酒買い狸の置物だけ。
「蓋無しのMサイズのレジ袋が丁度良いくらいのにポーンとよ、ポーンと。そのくせ誤魔化そうとするから余計に腹が立って‥‥平手打ちしたけどまだ大人しいくらいよね?」
同意を求めるように置物の黒々とした目を覗き込んで、そのまま空しそうにちゃぶ台に突っ伏す。
「‥‥やっぱり本物の女の子の方が良いっていうの?」
別れを告げてそのまま彼氏の部屋を飛び出したものの、何故別の女性と浮気に至ったのか聞きそびれていた。その所為か、妄想が思い浮かんではジワジワとコンプレックスを刺激して、消え入ってしまいたくなる。
オカマの目に、紙ケースに入ったままの缶ビールが映る。吐き気と寒気がする今の状態でもう一本飲めば健康に関わるが、意識があること自体が厭わしくて、酒精を拒む本能を押さえつけてケースに手を伸ばす。
それを遮るように携帯が唸りを上げた。女からのメールだった。
『月きれいだよ!』
添付ファイルもついているが、携帯の解像度ではまったく分からない。
仕方なくのろのろと窓辺へ這いカーテンを開けると、月が煌々と輝いていた。
都市の灯りに負けぬように地を照らす月はとても美しくて、オカマは暫く胸のわだかまりを忘れて見つめていた。
妙に冴え冴えとしたとした気分のまま、女に電話をかける。二度目のコール音の後に出た女は、少し陽気だった。
《月見た? 綺麗だよね》
「うん‥‥教えてくれてありがとう。でも、どうしてメールを?」
《綺麗な月なんだから誰かに教えたいじゃない。独り月見もつまらないし。でも、反応してくれて嬉しかった》
女の少し甘えたような声音に、オカマも甘えたくなってしまう。
だから、発作的に言ってしまった。
「ねえ、クリスマスかイブ会えない?」