《ねえ、クリスマスかイブ会えない? ‥‥一緒に遊べない?》
「三連休はバイト三昧で空いてないよ。そもそもキミ、彼氏とデートじゃなかった?」
《別れたんだってば》
「‥‥ごめん」
《お願い。独りでクリスマスの空気吸ったら死ぬ》
「‥‥分かった」
ということで、クリスマスの夜に女のバイトが終わったらオカマの自宅アパートで鍋パーティ(鍋はオカマ担当、ケーキは女担当)ということになった。
そして今日――クリスマス当日。
「それじゃ、お先に失礼します」
「お疲れ様ー」
三日連続のバイトを終えて、これからオカマと会う。かねてからの約束どおり、オカマの自宅アパートで鍋パーティーだ。
制服から私服に着替えて、ロッカー室の姿見で軽く服装のチェックをする。
特に問題ないのでコートを着てマフラーをしてから、改めてもう一度チェック――マフラーの結びが少し気に入らなくて、結び直して、納得がいったところでクリスマスイルミネーションに彩られた街に歩み出る。
鍋の都合もあるだろうとオカマにメールで連絡を入れて、それが終わったらバイト先近くの洋菓子屋に寄って予約していたケーキを受け取って、夜気を切り裂いて電車に乗る。
オカマの自宅アパートまで快速で五駅。夜のピークを越したとはいえ車内は混雑していたが、二駅目で目の前に座っていた客が降車したので座席に座る。
膝の上に鞄とケーキの箱。鞄の中には密かに購入したプレゼント。ケーキは美味しいと評判の店だし、プレゼントはオカマの嗜好からそう外していないはずだ。どちらも気に入ってくれればいいと、宝箱のように両手を添える。
服装に、ケーキに、プレゼント。
失恋した友達がクリスマスに孤独で儚くならないようにと、一緒に遊ぶだけにしては色々と気合いが入っている。有り体に言えば、余計な下心が入っている。
事故とはいえオカマの唇の感触を知ってから、心臓は高鳴って、目はオカマを追って。そばに居ない時もオカマの事を考えて――
『女友達』と認識していた相手を恋愛対象にしていると自覚した時はちょっとしたパニックだったけれど、恋していると受け入れてしまえば驚くほど落ち着いた。相手が誰であれ、好きになったものは仕方がないのだ。
代わりに胸に住み着いたのは、熾火のような情念と、オカマに恋愛対象に見られないが故のもどかしさ。いや、恋愛対象に見られないかもしれないが故の不安というべきか。
恋愛話や彼氏の存在で、オカマの性嗜好は男性に向いていると分かっている。だが、そこに女が入り込む余地があるかもしれない。無いかもしれない。
見切り発車でアプローチをしてオカマの脆い部分を踏みしだく真似はしたくないし、さりとて探りを入れて見込み無しと分かった時に何もしないでいる自信は無い。
「(‥‥友達のままでは居たくないのはハッキリしてる。けれど、今日は失恋したのを慰める為に行くんだし、それで仕掛けるのは拙い気がする)」
しかし、と反駁するように、膝の上の鞄を抱える手に力がこもる。
理性は静観を決め込んでいるが、欲望はそれを怯懦と言わんばかりに暴れ、急いている。
今夜の方針を決めかねたまま、列車はオカマが待つアパート最寄り駅に到着しようとしていた。
改札で終電の時間を確認してから、駅の建屋を出る。
駅前は少し様変わりしていた。最後に来たのがオカマに今回別れた恋人が出来た初夏だったから、栄枯盛衰の習いに従い店舗の入れ替わりが起こっていても不思議ではない。が、目印にしていた店が見あたらない。
「‥‥まあ、道順は覚えてるから大丈夫」
少々根拠を欠いた独り言を吐きながら、これだと思う方向に歩き出したところで、不意に腕を掴まれた。
「もう、呼んでるのに気づかないんだもの。そっちは違うわよ」
振り返ると、オカマが居た。