振り返るとオカマが居た。  
「クリスマスに外出すると死ぬと言ってたひとが何で居るのよ」  
「電車乗る前にメール寄越したでしょう? 久しぶりだから、迷うかと思って」  
 だから、とオカマが微笑む。迷う前提か、と文句を言いたいところだが事実見当違いなところに向かいかけた手前、文句も喉で詰まる。  
「じゃ、行きましょ」  
 オカマはそう言ってケーキの箱を女の手から取り、空いている手を繋いで先導するように歩き出す。  
「子どもじゃないんだから」  
 口では悪態を吐くけれど、せっかくオカマから繋いでくれた手をふりほどくのは惜しくて離せない。  
 沈黙を保ったまま、横目でオカマの様子を伺う。  
 この寒い日にロングスカートとセーターの上は薄手のコート一枚だけで待っていたというのは気がかりだが、手が冷え切っていないのだからキチンと時刻表を見て丁度のタイミングで来たのだろう。  
 長い髪はきちんと纏めているし、顔の手入れに抜かりはない。つまり当たり前の事に気を遣う余裕があるということだ。  
 見た目から復調の要素を読み取っていると、不意にオカマと目が合った。  
「今日は来てくれてありがとう」  
「いいんだよ。それで調子はどう?」  
「まあ、あれから随分経ってるから。私物の片付けも済んで、気持ちの整理もついたところ」  
 大丈夫よ、とオカマがはにかんだように笑った。  
 落ち着いた様子に理性の重石が軽くなったのを感じながら、女は平静を装って悪戯っぽく呟く。  
「ならあたしが来なくても良かったんじゃ」  
「嫌よ、寂しくて死んじゃう」  
「嘘。今日は甘えさせてやる」  
 女の憎まれ口を真に受けて不安げに眉をハの字にするオカマが可愛らしくも哀れで、女は労るように身を寄せた。  
 大丈夫とは言っていても、まだ失恋の傷は癒えてないのだろう。『失恋の傷を慰める』――今日来た理由を再確認して、理性の重石を意識する。  
 そうしている内にオカマの住むアパートが見えたので、二人はごく自然にお喋りを止めて、替わりに足を速めた。  
 冬の寒い街路でお互いの手だけを熱源にお喋りするよりも、温かい部屋で美味しい料理を肴にのんびり語らいたいというのが二人の共通認識だった。あとお腹が減っていた。  
 
アパートの一室。  
 酒買い狸が出窓から見守る部屋で、オカマと女は炬燵に入って鍋をつつき――食べ終わろうとしていた。  
「ごちそうさまでしたー」  
「まさか全部食べるとは思ってなかったわ」  
 満面の笑みで合掌する女に、オカマは驚嘆の声を上げて文字通り空になった土鍋と小皿を流しに持っていく。  
 オカマが「作りすぎたかも」と言葉を濁していた今日の料理――寄せ鍋の三分の二、付け合わせの青菜の煮浸しと甘辛いタレを絡めた椎茸の肉詰め、〆の雑炊まで女はぺろっと米粒の一つも残さず平らげていた。  
 健啖家との評判を取る女も、これは新記録だった。  
「昼はきちんと食べたんだけど、摂ったカロリー以上に忙しくてお腹減ってたのよ。キミの美味しい鍋が待ってるって思ったらおやつ摘む気になれなかったし」  
「嬉しい事言うわね」  
「デザートのケーキ食べる?」  
「ちょっと待ってよ。別腹も動かないわ」  
 女は「OK」と呟いて、消化を促すように腕を後ろ手に突いてゆっくりと深呼吸をする。  
 キッチンから戻ってきたオカマは炬燵に座り直すと、頬杖をついてその様子をじっと眺めていた。  
「‥‥何かあった?」  
 無言で見られるのに居心地が悪くて声を上げると、オカマは誤魔化すような微笑を浮かべて手を振った。  
「貴方とこんな風に過ごす機会は何度あるかなって思ったら、寂しくなって」  
「‥‥ああ」  
 鍋をつつく間に、就職の事について話していたのを思い出す。  
 近辺での就職を希望する女に対して、自分らしく居られるなら場所を選ばないオカマは全国区で就職活動をしている。  
 意図して就職先を合わせるようなことをしなければ、予定さえ合えば簡単に会える距離に居られるのはきっと来年で最後になる。  
 今だってバイトや就活などで思い立った時にすぐ会える訳でも無い。  
 だから今の延長で『会えない未来』を想像して、縁が途切れるのを殊更不安がるのだろう。  
 
「来年で今生の別れじゃないんだから。それにこれっきりにする気は無いでしょ?」  
 オカマを安心させるように、半ば自分に言い聞かせるように応える。  
「そりゃ、そうだけれど‥‥でも」  
 それでもオカマは思う事があるようで、炬燵机に突っ伏す。  
「もう、しょうがないな」  
 女は苦笑して炬燵から出て、部屋の隅に置いた鞄を開く。  
 鞄を開いてすぐ目に付く、光沢のあるアイボリーの紙袋の中には、レースのシュシュとビーズを編み込んだヘアゴムの二種類が入っている。  
 似合うと思って――好意を得たくて買ったのに、その気持ちを隠すように簡素に包装したクリスマスプレゼント。  
 まるで今日の自分のようだ、と包みの輪郭を指先でそっと撫でて、取り出す。  
「はい、クリスマスプレゼント」  
 女は努めて気軽な様子で、包みをオカマに差し出した。  
「どうしよう、私、何も――」  
 恐縮した顔のオカマに、女は小指を立てて笑いかける。  
「なら、来年も一緒に遊ぶって約束してくれる? 約束破ったら押しかけるから」  
「何よそれ。どっちにしたって私が損しないわよ」  
 オカマはそれまでの憂いを忘れたような顔で指を絡めて、指切りげんまん、と二人約束をする。  
「包み、開けて良い?」  
「OK」  
 オカマは包装の一片も破りたくなさそうな慎重な手つきで開けて、シュシュとヘアゴムを両手に乗せる。  
 高価な工芸品を愛でるように、撫でたり上下ひっくり返して矯めつ眇めつ見ているうちに、オカマの表情が晴れ晴れとした笑顔になっていく。  
 この笑顔が見たかったんだと女が密かに幸福を噛みしめていると、オカマと目が合ったと思ったのもつかの間、急に抱きしめられた。  
「ありがとう。大好きよ」  
 不意の抱擁と囁きに、これまでの女の自制心は容易く崩れ去る。友情の表現だと思い込むのもできない。思い込みたくない。  
 オカマの腕が緩んだ瞬間に、女は発作的に口付けていた。  
 

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