ドア開けると、そこには小柄なショートヘアの女子高生が立っていた。  
まん丸の大きな瞳は今日はピンクのシャドウもつけまつげもなく  
あの夜着ていたレパード柄の薄いワンピースは、今日は学校指定のワイシャツと茶色のカーディガンに変わっている。  
ただ、短いスカートと無邪気な笑顔の奥だけは不可思議な色気を醸していた。  
春彦は突然の来訪者を不機嫌そうに見下ろした。  
 「何の用よ、小悪魔ちゃん」  
 「暇なの。遊んでよ、オカマさん」  
由璃はそう言って満面の笑みを向けた。  
 
 「あれからね、彼氏と別れたんだ。だから今暇なの。あそぼ」  
 「へえ、そうなの。でも悪いけどアタシは暇じゃないのよ」  
押し問答の末に部屋に上がり込んだ由璃は、まだダンボールの残る室内にちょこんと座り込み  
気まずそうにベッドに座る春彦ににこにこと笑いかけていた。  
今日仕事がない春彦は、先日のような派手過ぎるメイクもなく、どこにでもいる青年の顔立ちでいた。  
ただ、室内に散らばる奇抜な衣装やメイク用品、化粧水等、男性が持ちうる物ではない物が  
いくつかローテーブルや床の上に転がっている。  
物珍しげに室内を見回す由璃を前に、春彦は色々と考え事をしていた。  
なんでこの子がこの家に来たのか。  
ただの物珍しさからで済めばいいが、春彦の中の”女性”が嫌な予感を感じさせる。  
 「…へえ、高そうな化粧品使ってるんだ。あ、いいなーこれ。ユウも欲しかったの」  
ほんのさっきまでは大人しく座っていたのに、今では部屋中を漁っている。  
四つん這いであちこち物色している様子は、短いスカートがちらちらと揺れて危うい。  
下手な男性ならそのまま後ろから襲いかかって犯したい衝動に駆られるんじゃないか、と春彦が考えていた時  
 「あ」  
由璃は脱ぎ捨ててあったシャツの下から小さな袋を見つけた。  
それは男女のセックスでもよく使う、一般的な避妊具。  
 「へー、オカマでもこれ使うんだー」  
 「やだっちょっともう、返しなさいよ!」  
慌ててそれを奪い取る。  
由璃はにこにこしながらじっと春彦を見つめていた。  
小悪魔どころでない。  
厄介な小娘に目を付けられた、と春彦は苦々しく睨み返した。  
由璃はそんな春彦の気持ちを知ってか知らずか、春彦のそばまで軽快に寄ってきて  
春彦の端正な顔を覗き込んでいた。  
 「ねね、ハルはいつも男の人とするの?」  
 「…そうよ」  
 「へえ、そうなんだ。女の人とはしないの?」  
 「ずーっと昔に、オカマになる前は彼女とかいたけど」  
 「ふぅん」  
由璃は不思議そうに春彦と避妊具を見比べていた。  
その表情は、幼い子供のように無邪気なままだったが  
 「じゃ、ユウとできる?」  
安いリップで艷めいた唇で、安い言葉を紡ぐ。  
 
さすがに春彦も言葉を失った。  
年下の女の子に、なぜ会って間もなくに性交渉を迫られなければならないのか。  
当の由璃はまるでゲームに誘うかのように、目を輝かせていた。  
 「できないわよ!」  
 「なんで?」  
 「嫌よ、女の子抱くなんて」  
心底嫌そうに吐き捨てる春彦に、由璃は今度はつまらなそうな眼の色に変わる。  
おもちゃを取り上げられた子供のように、退屈そうに足を投げ出して天井を仰ぎ見た。  
そうしているとただの子供のようだった。  
 「女の人に興奮しないの?変なの。つまんない」  
 「変で結構。だからオカマしてんのよ」  
 「男の人とってどうやるの?」  
 「どうって…言う訳無いでしょ!」  
 「けち」  
ご機嫌を損ねたのか、由璃は不満そうに頬を膨らませて春彦を睨みつける。  
春彦もそれに構わず、奪い取った避妊具をベッドサイドにほうり投げた。  
数日前に会ったばかりの少女となんでこんな猥談をしないといけないのか、という気持ちで  
だんだんと春彦も不機嫌になっていた。  
由璃は暫く静かにしていたが、ふいにベッドの上に座り込んで、ねえ、と春彦に声をかけ  
 「ね、これでも興奮とかしないの?」  
そう、可愛らしく尋ねてみせる。  
春彦がしぶしぶそちらに目を向けると、最初に目に飛び込んできたのは  
少し布地の少ない、ピンクと黒のストライプの下着。  
ベッドの上でスカートをたくし上げる由璃の姿に、春彦は本日何度目か顔を青ざめさせた。  
 「…何、アンタ露出狂?」  
 「ち、違うもん!だって男の人は女の子のパンツとか好きじゃん」  
 「まあ、普通の男はね…。悪いけどアタシ普通じゃないの。  
  てか、アンタそうやって他の男にもパンツ見せてきたの?」  
 「誘ってきた人には、よく見せてって言われてホテルでこうして…」  
 「もう、いいわ。それしまいなさい。なんか頭痛してきた」  
貞操観念がないのか、若いからなのか、春彦にはいまいち理解しがたかった。  
春彦自身もそういう考えはゆるい方と思ってたが、由璃はそれ以上だ。  
仕事柄水商売の女の子たちはよく見てきている。  
由璃もきっとああなるのだろうか、と考えるとちらりと人の良い大家の顔も浮かび、哀れな気持ちになった。  
 「楽しい?そういうことして」  
ふと、そんな言葉が零れ落ちた。ほんの些細な疑問から。  
だが、なかなか答えない由璃に春彦が目をやると、由璃は呆然と春彦を見つめていた。  
さっきまでの悪戯な顔でも、拗ねた子供の顔でもない。  
それは無表情でありながら、瞳の奥には深い悲しみが垣間見えた。  
春彦が次の言葉を探す間もなく、由璃は喉の奥で声を震わせる。  
 「…本当は、楽しくない」  
 
先ほどの活発さも忘れ、目を伏せる。  
春彦は何も答えることが出来ずに由璃をじっと見守った。  
無言の室内に遠くのほうの喧騒が僅かに届き響く。  
 「…ユウの話きいてくれる?」  
先に沈黙を破ったのは由璃だった。  
 「ユウね、昔からあんまり友達いないの。なんか女の子に嫌われちゃうの」  
 「そういうタイプっぽいわ」  
 「でも男の子はよく構ってくれてね、昔はまだよかったんだけど大きくなるとさ…皆したがって。  
  でもユウ他に友達いないし、嫌われてひとりぼっちになるのやでさ…」  
床のボトルを目で追い、ぽつぽつと話し始めた。  
下着を見せるのをやめ、膝を抱きながら春彦の隣で縮こまる。  
春彦は、恐らくこれが彼女の本当の姿なのだろうと感じた。  
 「最初は嫌だったけど、いつの間にか慣れちゃって。  
  そこからかなあ。セックス無しだと不安なんだ。…自分でも、変なんだろうなって思うんだけど」  
 「変よ」  
 「そうだよね」  
春彦はそこではじめて由璃に触れた。  
細いショートヘアに指を通すと、少しくすぐったそうに目を細める。  
 「ただ寂しいんでしょ、アンタは。  
  だからって簡単に男に脚開くんじゃないの。  
  今は何もないだろうけど、そのうち病気とか、妊娠とかしたらどうするの」  
 「…でも、それくらいしかできない。そういうのたまに心配になるけど、今は平気だし」  
 「本当、馬鹿な子」  
撫でていた頭をそのまま自分の肩まで抱き寄せる。  
由璃は一瞬のことに戸惑ったが、春彦の細い手が頭を抱えるのが心地よくて少し心が跳ねた。  
同時に、あの夜嗅いだ香水の匂いが漂う。  
 「そうやって自分をいじめないの」  
卑猥な期待を持たないその行為に、由璃は逆に不安に駆られた。  
だが不思議と香水の香りに包まれると安心した。  
姿形は男性なのに仕草や口調が女性そのものな春彦に、由璃は改めて不思議な感覚を覚える。  
今まで出会ってきたどの男性とも違い、自分を求めない。  
 「…ハルは変だね」  
 「なによ失礼ね!変で悪かったわね!アンタだって人のこと言えないじゃない」  
由璃は何も返さず、ただはにかんで春彦を見上げた。  
 
 
その日以来、由璃は度々春彦の家を訪れるようになった。  
友人がいないというのは本当らしく、暇を見つけてはメールをよこして遊びに来る。  
夕方、春彦が仕事に出かけてしまう前の数時間は由璃の楽しみになりつつあった。  
春彦も以前程由璃を邪険に扱わなくなっていた。  
 「由璃、アタシそろそろ家出るから」  
 「はーい」  
雑誌から顔を上げると、春彦は化粧をしている所だった。  
纏わりついて一緒に鏡を覗き込む。  
春彦はちらりと目をやるとそのまま由璃に構わず化粧を続けた。  
もう何度も何度も見ている光景だが、由璃にとって男性から女性へと変わっていくのを見るのは面白い事だった。  
 「ねね、今日は何時まで?」  
 「うーん。今日は長いの。朝の5時くらいだと思うわ〜」  
普段ならここで少し嫌そうにため息をつくはずが、今日に限って声の調子が少し高いのに由璃は気づいた。  
心なしか、化粧もいつもより入念な気がする。  
由璃はもう少し春彦に近づき、背中から肩に頭を載せ抱きつく。  
 「今日はお化粧張り切ってない?」  
春彦の動きが一瞬止まり、続いて高い調子の声が返って来た。  
 「あら、分かる?」  
 「何か良い事あったの?」  
 「ん〜。今日はね、好きなお客さんが来るのよ〜」  
その言葉に、由璃は一瞬小さな氷の欠片が心臓に落ちるような錯覚を覚えた。  
首筋から香水が強く香る。  
 「…好きなお客さん?」  
 「そうよ。カッコイイ人なの」  
春彦の楽しそうな声の調子に、由璃の心臓は不自然に脈打つ。  
何故かは分からないが、春彦の紡ぐ言葉が酷く不安で由璃はなお一層春彦の体に抱きついた。  
 「へえ…」  
匂いが移るから、と少し身じろぎする春彦に構わず由璃はそのまま身をくっつけた。  
同じ匂いが移ってしまえばいいと、願いながら。  
 
 
 (ハルは男の人が好きなのは知ってるはずなのに)  
春彦は仕事に出かけ、由璃は近くにある自分の家に戻ってきた。  
移り香を纏う由璃に、由璃の母親は香水をつけるようになったの?と柔らかい笑みで問いかける。  
母親は春彦がオカマな事を知らない為、この薔薇の匂いを由璃の香水だと勘違いしている。  
由璃はそれに曖昧に答えると自室に閉じこもった。  
何故か食欲がわかない。  
 (分かってたはずなのにな)  
ピンクで統一された自室は、酷くつまらない物に見えた。  
物にも恵まれ、両親共に可愛がられて育ったのに由璃はずっと満たされない。  
友達の少ない寂しさを埋めるように男に身を任せてきたが、最近はその寂しさを春彦が埋めていた。  
その春彦ですら、自分の他に拠り所を求めている。  
その事実を目の当たりにし、由璃は酷く気分が落ち込んだ。  
 (ばか。ハルのばか)  
部屋に篭る由璃を心配した母が声を掛けに来たが、それも適当な理由をつけて追い返した。  
何故春彦に好きな人が出来ただけでこうも落ち込むのだろう。  
 (あんな楽しそうな顔して。化粧なんかしちゃって。オカマのくせに)  
服の袖に鼻を押し当てると、まだ薔薇の香りが残っていた。  
脳裏に香水の香る細く血管の浮いた首筋が浮かぶ。  
あの首筋に、今日誰か知らない人が口付けをするのだろうか、と考えて由璃はすぐにかぶりを振った。  
深く布団にもぐり、その考えを振り払おうとしたがどうしてもあの白い肌の残像が拭えない。  
 (何でこんな事考えてるんだろ)  
自分が、あの首筋にキスをしたい。  
一瞬、そんな考えが湧いてきた事に由璃は驚いた。  
不自然な動悸が止まらない。  
布団を強く握りしめ、由璃は何度も頭を空にしようと努めたが、その努力が実ることはなかった。  
 
 
目が覚めるとすっかり外が白んでいた。  
時間は6時少し前。  
由璃はそこではじめて自分が着替えも食事もしないまま眠ってしまった事に気づいた。  
のろのろとベッドから這いでて、冷蔵庫で適当に食事を探していると  
ふと昨日春彦が朝の5時頃に仕事が終わると言っていた事を思い出した。  
何度も時計を見ているうちに、ふとそわそわした気持ちが湧き上がる。  
少し迷ったが、すぐに家の鍵だけを持ちだして外に飛び出した。  
アパートまでは走ればほんの数秒。  
春彦に会える確証もなかったが、それでも由璃はアパートに行かずには居られなかった。  
すぐに家の前についたが室内は暗いままで、まだいないのか、寝ているのかも分からない。  
ベルを押そうか、と少し迷っていると  
 「…アンタ、なんでここにいるのよ」  
直ぐ後ろで少し疲れたような、聞きなれた声が聞こえた。  
飛び上がる由璃の後ろで、コンビニ袋を下げ仕事用の派手な服を着たままの春彦が怪訝そうな顔をしていた。  
 「あっ、あれ、ハルおかえり」  
 「ただいま。何なのこんな朝に…。なによ、服も昨日のと一緒じゃない」  
何か言い訳を探したが、何分急に出てきたせいで何も思いつかない。  
由璃がしどろもどろになりながら床に目をやっていると  
その様子を暫くじっと見ていた春彦は、何も言わず玄関の鍵を開け促した。  
 「なんかあったの?」  
心配そうな春彦の顔を見ると、適当な言い訳も全て吹き飛んでしまい  
言い様のない不安と切なさで由璃はいっぱいになった。  
無言で室内に入り玄関で立ち尽くしていると、春彦も後に続きドアをしめる。  
 「由璃、邪魔よ。はやく靴脱いで」  
狭い玄関内で二人で立っていると体が密着する。  
きついタバコの匂いが服に染み付いている。  
春彦が声をかけると、由璃は何も言わず春彦を仰ぎ見た。  
まん丸の瞳が、今は悲しげに潤んでいる。  
 「した?」  
何の事か分からず驚く春彦に由璃は強い口調で続ける。  
 「した、って聞いてるの!」  
 「は、え?何を?」  
 「例の好きな人と、何かしたのって!」  
ぽかんとする春彦を前に由璃は無性に苛立ちが収まらなかった。  
暫く経ってようやく意味を理解した春彦は、ますます訳が分らないといった表情を浮かべた。  
 「え…あ、例のお客さんと?何かって、そういうの?するわけないじゃない」  
 「うそ!」  
 「なんで嘘つくのよ。アタシはね、アンタと違って行きずりの人と寝たりしないの」  
ていうかなんでそんな事聞くのよ、と呆れて呟く春彦。  
だが由璃は想像していた答えでない事にほっとしたものの思いつめた表情のまま、ぽつりと呟いた。  
 「行きずりの人じゃないなら抱けるの?」  
 「…まあ、そうじゃない事もあるけど」  
 「じゃあ」  
由璃はシャツを掴み、春彦に詰め寄った。  
 「じゃあ抱いてよ」  
 
つけまつ毛とマスカラで彩られた釣り目が、予想外の事に見開かれた。  
いつもならすぐに拒絶の言葉が返ってくる所だったが、意外にも春彦は困った顔をしたまま何も答えない。  
そして由璃の頭に手をやり、優しく撫でながら何か言葉を選ぶように視線を泳がしていた。  
 「…一応聞くけど、なんで?」  
由璃も理由が分からずにいた。  
何故、今更春彦にそんな事を言うのか。  
貴重な友達として、自分を求める男達とは違う春彦を大切に思っていたはずなのに  
その男達と同じ事を春彦に強要している。  
春彦はそうであって欲しくないという希望と、整理のつかない思いが  
何重もの矛盾となって由璃の中でぐるぐると渦巻いた。  
 「わかんない…だけど、なんか…。なんか、ハルとしたいの」  
話している途中で何度か言葉がつまり、由璃も自分で何を言っているのかよく理解できていない。  
だが春彦はそんな由璃の様子を静かに見、考え事をするように視線を少しあげていた。  
数秒、早朝の薄暗い中重い沈黙が続いていたが  
 「…勃たないかもしれないけど?」  
返ってきた答えは意外なものだった。  
その言葉に由璃は驚いたが、黙って頷くことで返した。  
春彦は肩を落とし、コンビニ袋を玄関先に置き低い調子で呟く。  
 「…先ベッド行ってて。顔洗って…あとこれだけしまうから」  
コンビニの袋の中には、少し溶けかけたアイスが2つちょこんと収まっていた。  
由璃が好きな、チョコレートのアイスだった。  
 
 「萎えさえしなければ、あとは大丈夫だと思うわ」  
遅れてベッドにやってきた春彦は、化粧を落とし普段の中性的な男性としての顔になっていた。  
対していつも明るいはずの由璃は借りてきた猫のように大人しくぺたんと座り込み  
少し不安そうな顔で春彦の様子を見ているだけ。  
 「…嫌なら別に、無理にすることはないんじゃない?」  
 「嫌じゃないけど」  
 「じゃあ何よ」  
困り顔のまま、由璃は小さく零す。  
 「…わかんないけど、嫌じゃないんだけど…なんとなく怖い」  
その言葉にまた腑に落ちない顔をしたが、由璃はそれ以上答えようとはしない。  
春彦も少し迷った末に、由璃の隣に座り込むとゆっくりとズボンのジッパーを下ろしにかかった。  
 「いいのね?進めちゃって」  
軽く頷く由璃を確認すると、春彦は黙ってズボンをずらし自身を取り出した。  
由璃が見てきた中では大きい部類に入る。  
今まで友人として付き合ってきた中で、初めて見る春彦の性器に由璃は少しだけ恥ずかしいような気持ちを抱いた。  
男の人のは見慣れているはずなのにと戸惑う由璃を他所に、春彦は細い指先でゆっくりと自身を扱きはじめる。  
男性でありながら豪華に装飾された女性のような指で雄を扱う仕草は由璃は奇妙だと感じた。  
まだ柔らかなペニスを指で上下させる度に、少し春彦は目を細めた。  
 「…あんまり見ないでよ」  
じっと局部に目をやる由璃に、春彦は少し不機嫌にそう返す。  
 
 「ね、触っていい?」  
ふいにそんな言葉をかけられ春彦も一瞬躊躇ったが、小さくいいけどと返し少し由璃と距離を縮めた。  
その距離の近さも、いつもなら対して気にもしないはずなのに何故か由璃は落ち着かなかった。  
男性と体を重ねる事も、春彦に寄り添うことも、何でもない事のはずだったのに。  
鮮やかなネイルの中で少しずつ赤みを帯び膨らむ性器に、恐る恐る触れる。  
一瞬春彦が息を呑む音がしたが、構わずに指先で先端を包み込む。  
それからゆっくりと根元の方に指をなぞらせると、春彦がその手の上から手を重ねた。  
由璃は春彦の足の間に体を寄せ、心音でも聴くかのように頭を預ける。  
二人で手を重ねたままゆっくりと上下に刺激を与えていく。  
普段と違う由璃の様子に戸惑っていたのは春彦も同じだった。  
いつもの素行の悪い少女ではなく、今はまるで初めてを経験するかのように頬を赤らめて自慰を手伝っている。  
なんだか調子が狂う。  
春彦に触れながら、由璃は顔を向け頬を上気させた横顔をじっと見ていた。  
 「ハル」  
 「なあに?」  
春彦が返事し顔を向けた瞬間、由璃は唇を重ねた。  
それは軽く触れるだけの物だったが、突然の出来事に春彦は驚いた。  
 「ちょっ!何よいきなり!」  
 「好き」  
 「は?!」  
 「ハルが好き」  
由璃の手の中で春彦が反応し震えた。  
すぐ眼の前で見つめる少女の瞳は、普段の卑猥な期待も自虐の色も映っていない。  
由璃は春彦の白い首筋に額を当てた。  
そういえば昨晩はその首筋にキスをしたかった事を思い出した。  
 「はじめて…はじめてなの。自分から抱かれたいって思ったのは。だからきっと好き、だと思う」  
そういって頬を林檎の様に染め、歳相応に恥ずかしげにはにかんだ。  
また少し、手の中の茎が震えた。  
続けられる愛撫により先端から体液が分泌され始め、にちゃにちゃと音を立てて由璃の手を汚す。  
ふと春彦の手が離れた。  
その細い手が少し強い力で由璃の顎を掴むと  
同じように由璃の唇に口付けた。  
 「…小娘のくせに。生意気なんだから」  
そう答える声は低く、どこか自嘲していた。  
目を見開いて硬直する由璃に構わず、短い調子で啄むように続ける。  
時折口付けと共にびくびくと茎が反応するのを由璃は感じていた。  
 
どれくらいキスを続けていただろうか。  
遮光カーテンから覗く光が強まり、少しずつ朝の喧騒が聞こえてくる。  
母親は家に居ない由璃を見て驚くだろうかと少し考えたが、それもすぐに掻き消えた。  
何度かケータイに着信があったような気がした。  
薄い布団の上で、由璃は肌着のまま少し肌寒さを感じながら次を待った。  
 「思ったより、平気だったね」  
 「…はあ、アタシもまさかアンタで勃つとは思わなかったわよ」  
山になった服の下から避妊具を探し、慣れた手つきで装着する。  
大きく張り出した亀頭は体液で濡れ、大きさも形も先ほどより逞しくなっている。  
一見して中性的な優男な春彦にそんな性器がついていることが、由璃は少し不思議でどきどきした。  
そしてそれがこれから自分の中に入る事を期待して少し息を呑む。  
 「ほら、脚開いて」  
大人しく寝転がったまま脚を開く。  
下着はとっくに足元に転がっていて、開いた奥ではピンク色の花弁がとろりと蜜を零していた。  
経験の割には明るく色づいているそこにペニスを宛てがい擦りつける。  
じわりと伝わる体温に、由璃は僅かに胸を震わせた。  
 「女の子とするのなんて何年ぶりか分からないから、気持ちよく出来るか分からないけど」  
 「別にいーよ」  
掴んだ腿に長い爪が食い込む。  
男性とは違う肉の感触に春彦は違和感を感じたものの、すぐに消えた。  
どこに入れるかくらいは知っている。  
 「なんか…不思議な感じ」  
入り口から感じるぬるぬるとしたゴムの感触と熱に、由璃はうっとりと目を細めた。  
 「ハルとはこういうことしないと思ってた」  
 「アタシだってすると思ってなかったわよ」  
 「…ね、なんでしようと思ったの?女の子抱くの嫌なんじゃなかったの」  
 「アンタね…、今更それを聞く?」  
宛てがったままぐっと体重をかける。  
突然胎に挿入される質量に、由璃は喉を反らせた。  
 「こんな時に野暮よ。今は気持ち良い事だけ考えればいいの」  
そして由璃の呼吸に合わせて、少しずつ侵入していく。  
何度も経験しているとはいえ、予想以上の大きさに目を瞑り耐える。  
 「…痛い?」  
心配そうな春彦の声に、ぎこちなく笑って返した。  
 「ううん…今までの中で、一番気持ちいい」  
春彦は少し躊躇ったが、そのまま続けて奥へと挿入を続けた。  
じきに先端が再奥にあたる。  
春彦は由璃の上に覆いかぶさり、そっと下腹部を撫でた。  
 「ほら…全部入ったわよ。ふうん、ここが子宮なの」  
 「はぁ、…んっ、そう、そこで赤ちゃんができるの」  
 「…変なの。女の体って」  
男性との性交では有り得ない感触に、春彦は少し不思議そうに眉を寄せる。  
そんな春彦の首に由璃は手を回し、ぐっと傍に抱き寄せた。  
 「ハル、平気?ユウの中気持ちいい?やっぱ男の人じゃないと駄目?」  
 「今のところは平気よ」  
 「…今のところってなに」  
 「動いてみないと分からないもの」  
そういうと、春彦はゆっくりと動き出した。  
ずるりとギリギリまで引きぬいては、奥に押し付けるように深く挿し込む。  
その動きに慣れると肘を由璃の顔の脇について、先ほどのように口付けを繰り返した。  
細い髪についた煙草の匂いと、微かに首筋から香る香水の匂いで目眩がしそう。  
互いに夢中で求めた。  
 「…あっ、ん…ふっ…んん…」  
春彦が動きやすいように、と少し腰を浮かせて迎え入れる。  
 「は…っ、由璃、もっと激しくしても平気?  
  どこまでしていいのか、よく分からないのよ」  
 「ん…いいよ、もっと激しく動いても…っ」  
お言葉に甘えて、と小さく声が降ってきたと同時に由璃の胎を激しくピストンする。  
強く掴まれた腰にネイルが食い込み、赤い痣を作った。  
 
 「はぁ…っ!う、ぁ…あっ、あっ、ハル…っ」  
力強く胎をかき回され、由璃は高く嬌声をあげる。  
自分の下で乱れる由璃を逃がさないように抑えつけると腰を打ち付ける。  
ゴム越しに鈴口が子宮口に触れるのを感じた。  
心は女性なのに、体は雄。  
男性でも女性でもなく、自身が雄であることを春彦は初めて感じた。  
ぢゅぽ、ぢゅぽ、と水音がする度に気分が高揚していく。  
 「ふ、ぅ…、あっ、あ…ハル、ハルきもちい…?  
  ユウ、だけ、いいの…ん、やだ…」  
表情を蕩けさせたまま不安そうに見上げる由璃が、なんだか無償に愛しく感じて  
春彦は背中に手を回し、耳元で囁いた。  
 「…気持ちいいよ、俺も」  
突然の事に目をぱちくりさせる由璃。  
春彦を顔を伏せながら、そのまま由璃を無理矢理うつ伏せにさせた。  
 「ハル、いまなんて…ぁっ!」  
腰だけ突き上げさせられ、背後から激しくピストンさせる。  
まるで交尾みたい、と由璃はちらりと考えたがすぐにそれも掻き消えた。  
先程より少し質量を大きくした春彦自身が、より深く由璃の胎をえぐる。  
 「ふぅ…っ、あ、あ、やぁ…ハル、はる…っ」  
枕に突っ伏した頭をどうにか後ろに反らせると、春彦は相変わらず顔を伏せていたものの  
ピアスの開いた耳が真っ赤になっているのを、由璃は見逃さなかった。  
その様子に、胸のあたりが少し暖かくなる。  
 「…っ、あ…ハル、こっちきて…」  
腰にあった彼の手を掴んで、由璃は自分の顔の近くに誘った。  
少し唇をつき出してキスをせがむ。  
春彦はそこでようやく顔をあげ、顔を近づけてきた。  
見れば性交の興奮だけでないだろうに、顔は真っ赤になっている。  
 「ハル、顔まっか…んっ」  
 「…本当、嫌な子」  
中で彼が跳ねる。  
 「調子狂うのよ、アンタといると…っ」  
短い間隔で息を吐き、性急に腰を動かす。  
それに反応し、きゅうきゅうと由璃自身が彼を求めて締め上げる。  
 「ふ、あっ!あ、あ、…なに、それ…っ」  
 「…っ、知らないわよ、もう…」   
恥ずかしさをかき消すように腰を打ち付ける春彦に由璃は少し微笑んで手を重ねた。  
耳元で荒い息遣いが聞こえる。  
由璃が何度も聞いてきた、行為を行う時の男性の息遣いだ。  
ただ、それが今回ばかりは愛おしく感じる。  
こつこつと子宮に当たる感覚に、目眩がするほど快感を感じて由璃は自分の絶頂が近いのを悟った。  
 「…あ、あっ、…はる、ん、ゆうイッちゃう…!」  
骨ばった手に自分の手を絡め、縋るようにきつく握る。  
 「…ん…っ、アタシも、そろそろ出そう…」  
反対側の手を再び腰に宛てがい、スパートをかけるように一気に打ち込んでいく。  
先端が蕩けて交わってしまいそうな錯覚を覚えるほど、接合部は蜜でぐしょぐしょになっていた。  
吐精を促すように由璃が締め付け、奥へ奥へと誘いこむ。  
 「あぁ、あぅ、んっ、きもち…だめ、っ、いっちゃ…っ!」  
一際強く奥に突き立てられた瞬間、由璃は喉の奥から長く息を吐いて体を反らせた。  
接合部が痙攣し、きゅう、と強く春彦を締め上げる。  
それに続いて春彦自身が大きく膨らみ、びくびくと震えて由璃の中で精を吐き出した。  
爪が白くなるほど互いに手を握り合い、絶頂の余韻に浸る。  
びゅく、びゅくと胎内で律動し幾度も射精する春彦自身と  
背中にかかる重みを感じながら、由璃はそっと目を閉じた。  
 
 
 「怒られちゃう」  
かなりな数の着信があるケータイを前に、由璃は青ざめていた。  
部屋に大きく響くドライヤーの音を聞きながら必死で言い訳を考えているが  
その様子を春彦は由璃の髪を乾かしながら、複雑な顔で見ていた。  
元はといえば自分にも非がある。  
 「アタシが一緒に謝ってあげるわよ」  
 「でも、なんて言い訳するの?学校もさぼっちゃったし」  
 「うーん…」  
ぐしゃぐしゃと頭を撫で付けながらドライヤーを当てる。  
あの後二人でシャワーを浴び、色々している間にすっかり昼になっていた。  
開け放ったカーテンの向こうではすっかり高くなった陽が覗いている。  
 「ハルの所行ってたって言えばいいかなあ」  
 「でもアンタのお母さん、アタシがオカマなの知らないんだから。  
  娘が間借り人の男の所に一晩居たとかどうなのよ」  
 「う、うーん…でも、やったことは男と変わりはな…」  
ドライヤーをとめ、すっかり乾ききった頭を軽く叩く。  
小さく声をあげる由璃に構わず、春彦はさっさと洗面所の方へ戻ってしまった。  
ぐしゃぐしゃに乱れたベッドを綺麗に整えると、部屋の向こうで身支度をする春彦に声をかけた。  
 「ね、ハル。なんでユウの事抱こうと思ったの?さっき教えてくんなかったじゃん」  
 「また聞くの?しつこいわねー。気分が乗ったからよ」  
 「ねね。ユウの事好き?」  
振り返った春彦は不機嫌な顔で由璃を睨みつけてから、また身支度をすすめる。  
 「…さあね」  
ピアスをつけている耳がやけに赤いのが由璃には見えていた。  
駆け寄って、後ろから鏡を覗き込む。  
化粧はしないのか、何種類もの化粧水を顔に塗るだけで今は済んでいる。  
これが夕方には女性もかくやという程のメイクで彩られる。  
 「ねえ、また俺って言って?」  
 「は?」  
 「さっき言ってたじゃん。俺って。何で言わないの?」  
不機嫌な顔がさらに怒りに変わると同時に、真っ赤になる。  
 「絶対嫌!そんな恥ずかしい事!」  
 「なんで?イケメンなんだから絶対そっちのがいいって」  
 「嫌よ!」  
 「変なの」  
ボトルをきつくしめ、鏡の前から立ち上がった。  
二人で言い合いをしながら、わたわたと玄関へ向かう。  
 「ねーねー。ちゅーして」  
 「嫌よ、もう!本当女って面倒くさいわね。だから嫌いなのよ!」  
腰に纏わりつきながら楽しそうに笑う由璃と、その様子に嫌がりながらも邪険にしない春彦。  
夏が近づく日差しの下は、やたらと眩しかったが  
二人はふざけながら口喧嘩をしながら、由璃の帰りを待ちわびている母親の所へと向かっていった。  
 
 
 

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