「そんなことないですよぉ〜」  
間接証明の明かりに照らされた頬が赤く色付く。  
ケラケラと上機嫌に笑う環希の声が店内に響いた。  
ここはオカマがマスターを勤めるオカマバー  
店主の名は本名雅臣、通称みやびちゃん。  
なかなかの男前、もとい美人である。  
雅臣はグラスを磨いていた指先を止め、本人さえ気付かぬうちにこめかみに血管を走らせる。  
女のように化粧された赤い唇は不機嫌そうに尖り、表情は次第に強張った。  
仕事に集中したいのにそれができず、苛立ちだけが手で拭えない煙のように充満していく。  
「いやいや環希ちゃんは可愛いって。すごく魅力的な女性だと思うよ、僕は」  
酒により、すでに出来上がってしまっている環希の隣には一人の男が座っていた。  
ピタリと寄り添い、いやらしい目付きで彼女を舐めるように見つめている。  
年若い環希と並ぶとまるで親子のような歳の差だ。  
雅臣は顔を しかめ二人の会話に耳をそばだてていた。  
(…あの女、まーた変な男に引っ掛かって)  
「ううん、私ダメなの」  
「すぐ彼氏に騙されちゃって…いっつもそう」  
「それは可哀相に…」  
雅臣は演技がかった男の声色に吐き気を覚え、内心鼻で笑い飛ばしてグラスを拭き続けた。  
バーテンが客同士の会話を盗み聞きするような不粋な真似はしてはならない。  
頭ではそう理解しているはずなのに環希の事が心配で二人の会話を聞き流す事ができなかった。  
唇を引き結び、表に出てきてしまいそうな感情を踏み止ませる。  
環希が誰かと話している声が聞こえてくる度に気になってしまう。  
手のかかる子ほど可愛いと思う心理かはたまたオカマ故の母性本能からか、警戒心の薄い彼女の行動は幼く、見ているだけでハラハラしてくる。  
環希とは、異性の概念を越えた仲の良い友人だと雅 臣は思っている。  
どんなに意地の悪い言葉をかけても棘のある態度であしらったとしても、環希は能天気な笑顔で全てを受け入れてくれるのだ。  
嘘か誠か、こんな異端な自分を好いてくれていると言う。  
姉や兄のように慕ってくれている。  
大切な友人が傷付いたり落ち込んだりする姿を未然に防ぐ事ができるのならば守ってやりたいと願うのが人の情と言うものだろう。  
オカマは男よりも義理堅く、女よりも慈悲深い心を持ち合わせているものなのだ。  
力強い眼差しで頷き、雅臣は近くにいたスタッフに声をかける。  
何やらこそこそと素早く耳打ちを済ませ含みのあるウインクをして見せた。  
ウインクを受け取った方も困ったように微笑んだ後、任せなさいと言わんばかりに厚い胸板を叩く。二人の密かなやり取りはどうやら無事交わされたようだった。  
 
雅臣が目を離していた隙をつくように男は動いた。  
今夜この店で初めて顔を合わせた行きずりの男に、環希は酔わされ口説かれている。  
まったく何度同じ過ちを繰り返せば危機感を覚えてくれるのだろうか。  
雅臣はカウンターの中で仕事をこなし、それとなく二人の様子を伺い見る。  
すると男の手は環希のスカートを捲り上げ太股の上をいやらしい手つきで撫で回していた。  
「…んっ」  
「環希ちゃんの肌は綺麗だねぇ」  
「近くにホテルを取ってあるんだ、これから二人で飲み直さないかい?」  
雅臣の表情が微かに曇る。  
一瞬見えたその顔は普段の彼が見せる妖艶な余裕のあるオカマの顔ではなく、一人の男としての憤りを含んだ顔だった。  
雅臣は磨き終えたグラスを傍らに置き、 何事もなかったかのように淡々と後ろの棚からボトルを数本選び取る。  
その顔はすでに夜の水商売を行う者として模範的な微笑を浮かべているものの、長い指の先に光るネイルからはナイフのような鋭さと殺気が感じられた。  
雅臣から耳打ちされたスタッフはその異様な空気を感じ取ると、近場にいた馴染みの客達をそれとなくカウンターから遠ざけていく。  
手元のボトルを丁寧に計量した後、冷たく光るシェイカーの中へと注ぎ入れた。  
男は小さな抵抗を見せる環希に構う事なくその指をスカートの中へ滑り込ませている。  
「環希ちゃんのここはどんな味がするんだろう…」  
卑下た男の笑い声と生唾を飲み込む音がした。  
雅臣は怒りを抑え、伏し目がちな視線を環希へ残したままシェイカーを振 った。  
腕の筋が浮かび上がり、シャカシャカと小気味よい音楽がジャズのリズムと混ざり合う。  
男はすっかり酔い潰れている環希の肩を抱き寄せ、無防備な首筋に顔を埋めた。  
その瞬間  
テーブルの上に勢いよく出されたグラスが大きな音を立て、男の動きを阻んだ。  
「その子、アタシの知り合いなのよ」  
「お客さん、あんまり手ぇ出さないでくださらない?」  
阻まれた事に対し男の瞳がギロリと雅臣を仰ぐ。  
敵意のある視線を正面から受け止め、雅臣は薄く微笑んだままグラスをずいっと男の前へ差し出した。  
「それ呑んだら帰ってちょうだい」  
「ここはオカマバーよ。アタシの店で男が女を漁るだなんて寒気がしてくるわ」  
「そういうくだらない事がしたいんだったら、いくらでも 他の店に行ってちょうだい」  
「金さえ詰めばプロの女がいくらでも相手にしてくださるそうですわよ?ま、オカマには縁のない場所ですけど」  
穏やかな口調だが、その眼差しは鋭く冷たい。  
牽制、または威圧的な空気を感じ取ったのか、男は悔しそうに唇を噛み締めるとすぐさま逃げるように店を出て行ったのだった。  
雅臣は閉まる扉を見送り、男が手も付けずに残していったグラスを一口で飲み干した。  
「…ったく、ほーんと手のかかる子だこと」  
「ほら、寝てないで起きなさいよ環希っ!」  
雅臣が環希の頭を軽く小突くとむにゃむにゃと意味の聞き取れない寝言のような声が返ってきた。  
「仕方ない…よぅちゃん、悪いんだけど店お願いしてもいい?」  
店内で客と談笑していたオカマが 振り向き雅臣にウインクをして見せる。  
 
「恩に着るわ…。騒がしくしちゃってごめんなさいね」  
「お詫びと言っちゃなんですけど今夜は皆様に一杯ずつ奢らせて頂くわ、好きなもの頼んで楽しく過ごして行ってちょうだい?」  
「それじゃよぅちゃん、後は頼んだわよ?」  
ひらひらと手を振ると雅臣は千鳥足で歩く環希を片手で掴み、担ぐようにカウンターの奥へ続く扉へと姿を消した。  
 
◇◆◇  
 
「さーてどうしてやろうかしら」  
スタッフルームの鍵を後ろ手で閉め腰に両手を宛がいソファーに転がる環希を上から見下ろす。  
鼻から吸い込んだ空気を思い切り外へと吐き出した。  
「アンタ…いい加減にしなさいよ?」  
「じゃないといつか痛い目見るんだから」  
雅臣はきつい言葉とは裏腹に環希の頬を優しく両手で包み込むように支え、額同士をくっつけた。  
肌が触れ合い、その温かさに吐息が漏れる。  
「なんでオカマのアタシがこんな気持ちになんなきゃいけないのよ…」  
「アタシはね可愛くて綺麗な服が好きで、綺麗な顔の男が好きなの」  
「だからアンタみたいなちんちくりんなんか全然アタシの好みじゃないの。的外れなのよ…」  
「…なのに何で…っ」  
一拍言葉を詰まらせ 、眠る環希をじっと見つめる。  
「…悔しいけど、言いたかないけど…」  
太い喉仏がゴクリと上下する。  
熱い塊のようなものが落下し、胸の中をジリジリと焦がしていくみたいだ。  
切なくて、苦しい。  
「アタシ…アンタの事いつの間にか好きになってたのね」  
「馬鹿みたい、自分の気持ちに気がつかないなんて…」  
雅臣は艶のある眼差しで環希を見つめ、逡巡すると、そっと唇にキスをした。  
啄ばむように二回、三回と繰り返すうちにひどく感情が高ぶっていく。  
そんな自分を抑える事ができない。  
衝動のままに唇を割り開き、舌を絡ませ、より快楽を貪るように眠る環希の唇を犯す。  
「…ん、ぁ」  
その時、彼女の体がピクリと反応を示した。  
閉じていた瞳がぼんやりと開き、状況 を把握しようと四方を彷徨う。  
「あら、おはよ。起きたのね」  
「…え?」  
環希の視線が雅臣を捉えた。  
見慣れているはずの顔に違和感を覚え、間の抜けた声が唇から零れる。  
それもその通り。  
彼、もとい彼女は今、化粧を落とし装飾品を外しあたかも男のような風貌をしていたのだから。  
雅臣はにこやかに微笑み、環希のブラウスを大きな手で器用に脱がせていた。  
 
「ちょ、マスター何?なんで?どういう事?」  
「どういう事ってこれからセックスするところじゃない」  
見てわかんないの?と言いながらあっと言う間に衣服を剥いでしまう。  
「は?意味わかんない…待って、これって夢?」  
「さぁ?アンタが夢だと思いたいならそうすれば?」  
「アタシはアンタを抱ければどっちでも構わない」  
「一夜限りの夢だろうと、ね…」  
聞き慣れない雅臣の低い声。  
いつの間にか背中に回されていた手がブラのホックを外し、腕からスルリと抜き取られていた。  
小さな悲鳴を上げた環希が慌てて手で隠すも、すぐさま払いのけられ抵抗虚しく雅臣の目に晒されてしまう。  
「あっ、や…!」  
肩の辺りを押し返してみても女の力ではびくともしない。  
「や、だ…マスター…!」  
「あんまり声出すと店に聞こえるわよ?」  
「ん、んっ」  
あらわになった胸を両手で揉みしだき、男にはない感触を楽しむ。  
舌全体で胸の尖りを舐めてやると環希の唇から甘い吐息が零れ落ちた。  
「ふ、あ…あっ」  
「アンタって感じやすいんだ」  
耳たぶを軽く食み、普段よりも低い声色で囁く。  
環希の体をソファーに押し倒し、スカートの裾から下半身に触れた。  
「あのクソオヤジに触られてた時も感じてたの?」  
「…っ」  
下着越しに割れ目をなぞると、そこはすでに濡れそぼっていた。  
くちくちといやらしい卑猥な音が下半身から聞こえてくる羞恥に環希は眉を寄せている。  
「やだ…もうぐしょぐしょじゃない」  
「準備万端って訳ね」  
雅臣はから かうように微笑むと首筋に軽く唇を寄せ、指と舌を動かした。  
舌先で胸の頂きを攻め、下着を剥ぎ取り秘部に指を突き入れる。  
すでに濡れている蜜壺は男の指を軽く受け入れた。  
「…っん」  
指を前後に動かし、彼女の反応を確かめながら的確に快楽の波を引き寄せて来る。  
環希はただその波に溺れまいと呼吸を繰り返すばかり。  
彼の愛撫と酒により意識は朦朧としている。  
その巧みな指先は女の体をどう扱えば喜ぶのかを心得ているかのようだった。  
「そろそろイキたいんじゃない?」  
指を一本から二本に増やし、親指で陰核をなぶるように左右にさすった。  
環希の体に電気が走った。  
込み上げる快感に体が小刻みに震える。  
 
「んっ、ん…あ、あぁっ!」  
一際高い声が室内にこだました。  
波は後から後から追い掛けるように彼女の体を襲い、呼吸を乱していく。  
雅臣の指で達してしまった環希は目から涙を零し彼のシャツにしがみついた。  
雅臣は自身の衣服を性急に脱ぎ去り、性器を取り出す。  
紛れもない男の象徴であるそれははち切れんばかりに膨張し、天を指している。  
明るい室内でそれを目にした環希は息を飲んで硬直した。  
「アタシ嫉妬深いのよ…」  
そう言って雅臣は自嘲気味に微笑んだ。  
自分自身、この感情に驚いているのだ。  
友人として心配しているだけだと思っていたが、蓋を開ければまさか環希を異性として好いていたなどとは・・・  
「アンタを他の男に取られるくらいだったらアタ シが抱くわ」  
「アンタ、前アタシになら抱かれてもいいって言ってたわよね…?」  
今まで散々体を重ねようと思えばそのチャンスはいくらでもあったはずだ。  
二人きりで出掛ける事も多々あった。  
酔いつぶれた彼女を一晩中自宅で介抱してやった事もあった。  
なのになぜ今・・・  
オカマになると決めた日からもう二度と女を好きになる事はないと思っていた。  
ましてや抱く事などないと思っていた。  
「…いい、よ?」  
「えっ…」  
「だって言ったでしょ?私、マスターの事好きだよって」  
「あれ、本当だよ?」  
「だから…マスターが私なんかにヤキモチ妬いてくれてたなんて、ちょっと嬉しい…」  
「…ば、馬鹿。アンタって本当脳天気ね!」  
「うん。だから、いいよ」  
「一晩 だけの夢でも、マスターがそうしたいんだったら…」  
「アタシ、アンタの寝込みを襲って犯そうとしたのよ?」  
「そこに愛と意思があれば問題ないよ」  
「だって私は嫌がってなんかいなかったんだもん」  
「…馬鹿ね、アンタって」  
「えーひどい」  
「可愛いって言ったのよっ」  
雅臣は自身を環希の秘裂へ宛がい腰を進めた。  
その圧迫感は指の比ではないのだろう、環希の表情が苦しげに歪む。  
「んっ…」  
「痛い?」  
「ううん、平気…」  
痛いと言うより息が詰まる。  
雅臣が大き過ぎるのだ。  
ゆっくりと律動が始まると辺りにぬるぬると愛液が絡まり合う水音が響いた。  
「や、ダメ…気持ちい、い…」  
「もっと気持ちよくしてあげる」  
 
耳を食み、唇を吸う。  
舌を絡ませ互いの唾液が口内で混ざり合う。  
太股の裏に腕を入れ、足を持ち上げより深く繋がる体勢を取った。  
「…あ、っ」  
「すっごい、中ぬるぬる…気持ちいい…」  
「あ、あ、あぁっ…!」  
「もっと感じて、俺を感じて…」  
「あ、やぁ…も、だめ…ぇ!」  
声と共に中がビクビクと痙攣し、雅臣を締め付ける。  
環希は再び絶頂を迎えてしまった。  
目が合うと、雅臣はニヤリと唇の端を持ち上げた。  
一度それを引き抜くと一気に深く突き入れる。  
入り口を荒々しく広げられる感触にぶるりと環希の体が震える。  
雅臣は速度を上げ腰を振り続けた。  
「あ…あっ…あ」  
何度も何度も最奥に打ち付けられるペニスは息苦しくなるくらいの質量になっ ていた。  
環希の中を全て埋め尽くすように隙間なく収まっている。  
絡み合う愛液は二人の肌を伝いソファーの上にシミを作っていた。  
「はぁ、はぁ…も、だめ…またイッちゃ…」  
「いい、イケよ…何度でも俺のでイケ」  
「あ…あぁ、っ…!」  
環希の瞳が大きく見開かれ  
彼もまた絶頂に達し彼女の中に熱い白濁色の欲望を吐き出したのだった。  
◇◆◇  
「えーと…その、悪かったわ…」  
バツが悪そうに視線を逸らしながら雅臣は頬を掻く。  
環希は見慣れぬ雅臣の姿にニッと笑うとこう続けた。  
「まさかオカマに襲われるとは…」  
「だから悪かったって言ってんじゃない」  
「でも…悔しいくらい気持ちよかった」  
「えっ…」  
「一体どこでそんなテクニック覚えてきたの?」  
「さ、さぁ?アンタが今まで付き合ってきた男がろくでなしばっかりだったんじゃない?」  
「えぇ〜?」  
「いいじゃない、これからはアタシがたっぷり愛してあげるんだから」  
「他の男の話なんて聞きたかないわ」  
「ふふっ、マスターって本当嫉妬深いんだね」  
「あら、女はみんな嫉妬深い生き物なのよ?」  
「オカマでも?」  
「えぇ、オカマは男のよ うに未練がましく女のように嫉妬深いの」  
「はいはい、肝に銘じておきます」  
 
end  
 

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