「私知ってるわよ。あなたが好きな人」
美紀はクスリと笑った。真一は背筋を駆け上がる悪寒に鳥肌を立てた。
無視して立ち去ろうとする背中に、毒色の声が投げられる。
「私、武史と寝ちゃった」
うらやましい?
唇を噛んで顔色を変えた真一を嘲笑うように、赤い唇の両端が吊りあがる。
「だからなんだっていうんだ。俺には関係ない」
なんでもない様子を装おうと試みたものの、真一の声は震えていた。
青ざめた顔で固まる真一の耳元に美紀はゆっくりと唇を近づける。
「今なら味が残ってるかもしれないわよ」
意味を理解し損ねた男のネクタイをつかんで引き寄せると、美紀はねっとりと舌を絡めた。
「なにをする!」
突き飛ばされた美紀はケラケラと笑った。
「惚れた男と間接キッスさせてあげてるんじゃないの。
どうせ直接押し倒す度胸なんかないんでしょ」
正気を疑うかのように睨みつけた真一の前で、美紀はブラウスの胸を寛げた。
「見て、こんなに痕が残っちゃって。あの人赤ん坊みたいに吸うの」
真一は悔しさに拳を震わせながら、それでも赤い斑点から目が離せなかった。
「私を抱いてくれたら、彼がどんなふうに腰を振ったか、教えてあげるわよ」
知りたくないと真一は思った。
親友がどんな風に女を抱くかなんて絶対に知りたくなかった。
しかし、いつのまにか身体が勝手に、女を引き寄せていた。
鼻を寄せると、どこか覚えのある青臭い匂いがして、
能天気に笑う親友の顔が浮かんだ。
真一は泣きながら、その残り香に縋った。