私が彼を慕うようになったのはいつの頃からだっただろう。  
 
彼は私が通うピアノ教室の先生だ。  
私達の関係は講師とその生徒。  
それは出会った頃から今でも一ミリも変わっていない。完全に私の片想い。  
先生と言う人物は、外見は男の人そのものなのになぜか口調や仕草は女性のようでとても中性的な人だった。  
 
まだ私が子供だった頃、ピアノ教室に通い始めて間もない頃だったと思う。  
一度先生に直接聞いた事がある。  
先生はオカマなの?男の人が好きな人なの?と  
先生は目を丸くして驚いた後、眼鏡のフレームをそっと指で正し私に向かってこう告げた。  
君に教えるにはまだ少し早いかな、と。  
そしてコートのポケットからチョコレートの包み紙を取り出し私の手のひらに乗せたのだ。  
少しだけ、悲しそうな笑顔を浮かべていたのが印象的だった。  
その時、私は聞いてはいけない事を口にしてしまったのだと先生の顔を見て理解した。  
子供とは言え自分のした行為が恥ずかしいとさえ思った。  
だから4年経った今でも私にはわからない。  
先生の心が、体が、男なのか女なのか。  
彼が好きに なる対象が男なのか女なのか。  
真相を知りたいとは思う。  
けれどあの日、たった一粒のチョコレートにはぐらかされてしまってから聞き直してみた事はない。  
先生と私の間にはいつの間にか見えない線が引かれてしまったみたい。  
早く大人になりたい。先生に近付きたいって思っていたのに、いざ大人になりかけてきたらこの始末…  
 
もう子供の時のようによくできたねと頭を撫でてくれる事はないし  
他の子には内緒だよとポケットからお菓子をくれる事もなくなってしまった。  
 
私の初恋は未だ成就も玉砕もしないまま、冷凍保存状態で心の中に居座り続けているのだ。  
 
この田舎町に突然現れた先生は、当時大人達に『変わり者』だと嫌悪されていた。  
根も葉もない噂が飛び交い、子供だった私の耳にもそれは時折風に乗って聞こえてきていた。  
先生が同性愛者だとか  
親、兄弟を捨てるも同然で家を飛び出して来ただとか  
結婚寸前までいった婚約者と破談になったとか  
閉鎖的な田舎町にとって、それは実に刺激的で人々の興味を引くには都合のいい噂の種だった。  
大人達は先生をそういう目で見ていた。彼を疎み、内心では蔑んでいた。  
私の両親でさえ噂を鵜呑みにし、もうピアノ教室は辞めなさいと私に言ってきたくらいだ。  
しかし実は先生は海外のコンクールに入賞した事があるとかないとかそんな話が広がり始めると  
今までの差別的だった目が嘘の ように逆さまにひっくり返り、都会から来たピアノ講師は持てはやされ始めた。  
皆、現金なものだ。  
大人達のあまりに露骨な変化に怒った私を先生は穏やかな表情で制した。  
――みんなにわかってもらえなくてもいいんだよ、君は優しい子だね、ありがとう。  
それでも当時の私は納得できなかった。これでは先生が可哀想だ。  
こんなにも優しい先生が大人達から理不尽な差別を受けた事が悔しくて許せなくて、私は大声でわんわんと泣いたのだった。  
 
今では彼の事を悪く言う人物はおろか、女性的な口調を気にする人さえいなくなっていた。  
 
◇◆◇  
 
「おはようございまーす」  
4年前から私は週に一度、休むことなくピアノ教室に通っている。  
ピアノ自体はそれほど得意ではない。  
寧ろ技術面で言えば落ち零れも同然かもしれない。  
それでも先生に会いたくて、ピアノだけは辞めたくないと親に頼んで高い月謝を支払い続けてもらっていた。  
自分で言うのもなんだけどこの恋はなかなかに執念深いものなのだ。  
 
ロビーを抜けて各練習室へと繋がる廊下を進む。  
壁に貼られたバッハに睨まれようともベートーベンにすごまれようとも今の私は上機嫌だ。  
だって先生に会える。それだけで顔がニヤけてしまう。  
教室の防音扉を開けると、中から美しいメロディが聞こえてきた。  
私はうっとりと聴き慣れた音楽に耳を傾け酔い痴れる。  
先生が好き。  
それと同じくらい先生の奏でる音楽が好き。  
先生はいつも同じ曲を繰り返し弾いていた。  
私は扉の内側を軽くノックして声をかけた。  
「先生、おはよう。  
 見て?私今日から高校生になったのよ」  
言いながら自慢げにくるりと短いスカートを翻す。  
音が止み、鍵盤を見つめていた瞳が肩越しに振り返った。  
「ん?あぁ、それで制服がセーラー服 からブレザーになってたんだね。  
 すごく可愛い。杏ちゃんに似合ってるよ」  
先生はこうやって当たり前のように『可愛い』などと口にする人だった。  
これまで何回私の心を動揺させただろう。  
その度に心はダメージを受け、より一層先生の事を好きになってしまうのだ。  
しかしその被害者は私だけではなく  
憎い事にここに通う女性なら一度は経験するくらいの高いエンカウント率だった。  
「…先生の言う可愛いは当てにならない。  
 だって誰にでも同じ事を言うもの」  
頬を膨らませ、子供のように拗ねてみせる。  
先生はごめんごめんと苦笑し、ピアノの前に楽譜を開いてレッスンの準備を進めていた。  
 
もう昔みたいに頭を撫でてはくれないの?  
心の中だけで問いかけてみる。  
答えなんて返って来るはずないのに…  
 
「ねぇ先生、高校生ってもう大人だよね?」  
「えっ?…と、どうかな…?ボクにとってはまだ子供、かな」  
突然の問い掛けに一瞬面食らったように戸惑い、先生は下がってきた眼鏡のフレームを持ち上げた。  
少し長めの前髪が実に邪魔そうだ。  
「ううん、大人だよ。だって16だよ?もう結婚できる歳だもん」  
「うーん…そう言われるとそうだけど…」  
来て早々突拍子もない質問を投げかけた私に先生はどうしたの?と心配そうに顔を覗き込んで来る。  
先生、そんな無防備な顔して近付いてこないでよ。  
私が今どんな気持ちでこの至近距離に耐えてるかなんてわかってないから、そんなひどい事ができるんだ。  
勢いのままその首に噛み付きたくなる衝動をぐっと堪える。  
先生は最近の女 子高生がいかに肉食系なのかを知らないのね。  
「先生、覚えてる?私が昔先生に言った事…」  
「なんだろう?」  
 
「先生はオカマなのって…私、聞いたよね…?」  
子供じみた嫌な聞き方しかできない私は本当に可愛くない。  
もうちょっと聞き方ってもんがあっただろうに…  
言って早々後悔する。ばかだ、私。  
「あの時、先生は君に教えるにはまだ早いって答えたの…  
 でも私だってもう大人だよ?16歳だもん!  
 そろそろ答えを教えてくれてもいいと思うの…ダメ?」  
どうして今更そんな事を聞きたいのかと問われたらおしまいだ。  
だってそれは先生の事が好きだから。  
そう答えるしかない。  
と言う事は必然的に告白をしなければならなくなる。  
そんな度胸はまだちょっと…ない。  
けれど先生は黙ったまま顎に手を宛て、私の質問の意図を探ろうとはしなかった。  
 
束の間の沈黙の後、先に口を開いたのは先生からだった。  
意を決してあの頃の問いを口にした私だけれど、先生の口から返って来る答えを受け止める心の準備など整ってはいない。  
やっぱりまだ子供なのかな…  
自分勝手にも程がある。  
「あぁ、うん…あったね、そんな事」  
「先生、私にチョコを手渡して話をはぐらかしたの」  
「うん、はぐらかした。ごめんね?」  
「はぐらかした事はアッサリ認めるんだ」  
「うん…事実だからね」  
「いいよ、別に怒ってないし。その代わり教えて欲しいの」  
「どうしても?」  
「…うん、どうしても」  
私は先生から目を逸らさず、言葉を重ねて続けた。  
もう引き返せない。  
「じゃあ今日のレッスンはやめにしようか」  
「え…」  
「待って て、今紅茶淹れてくるから」  
そう言って先生は立ち上がると穏やかな笑顔を残して教室から出て行ってしまった。  
 
◇◆◇  
 
「おまたせ」  
二つのマグカップがその手に握られていた。  
紅茶の香りを引き連れながら先生は片方を私に差し出す。  
立ち上がった湯気で眼鏡が少し曇っていた。  
「さて、どこから話をした方がいいのかな」  
緊張している私とは対照的に、先生の纏う空気は波ひとつたたない湖のように穏やかだった。  
これが大人の余裕、又は貫禄と言う奴なのだろうか。  
けれど眼鏡を顔から外してシャツの裾で擦り合わせている姿はちょっと間抜けだ。  
「どこからでもいいよ、先生の事何でも聞きたいもん…」  
「ははっ、まいったな…そう真っ直ぐ言われると何だか照れるね」  
「はぐらかさないで」  
「…ごめん。  
 ………昔…ね、ひどく人を傷付けてしまった事があるの」  
両手でマグカップを 抱え、先生はこくりと喉を潤す。  
控えめながらも張り出た喉仏は先生がちゃんと男の人だっていう証だ。  
「当時付き合ってた人と、親友を、ボクは裏切って…二人を同時に傷付けてしまった」  
感情の読めない表情で先生は淡々と事実だけを口にしていく。  
ふと、頭の中に疑問が浮かび上がった。  
付き合っていた人…って、それってもしかして男の人?  
しかし聞き出すには勇気のいる内容だ。  
 
「男だよ」  
「えっ?」  
顔に出ていたのだろうか。  
先生は静かに私の抱く疑問に答えをくれた。  
いつもと変わらぬ表情で微笑んでいる。  
その笑顔が逆に辛かった。  
内側を見せて欲しいのに…  
先生は笑顔で全てを隠してしまう。  
「ボクはね、男の人と付き合っていたの。彼とは恋人同士だったんだ」  
「…」  
「親友って言うのは幼馴染の女の子だった。  
 ボクの事を好きだと言ってくれた子だった」  
「…」  
「ボクはね、杏ちゃん…男の人とも女の人とも付き合えるゲイなんだよ」  
先生の唇がその言葉を紡ぎ出した瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。  
おかしいな…耳が変になっちゃったのかな。  
自分の呼吸の音さえ聞こえない。  
霞む意識の内側でもう一人の自分 が言う。  
あぁ、そうだ、昔から大人達が噂していたじゃない。  
結果はその通りだった。  
私は出会った頃からすでに答えを知っていたのだ。  
ただ、無意識のうちに認めたくなかっただけなのかもしれない。  
先生は同性愛者…  
しかし現実の私は本人の口から告げられた真実をなかなか理解する事ができない。  
飲み込む事ができない。  
鼻の奥がツンとして狭い喉を何かが勢いよくせり上がってくる。  
「ごめんね、幻滅しちゃったよね?  
 ボクは杏ちゃんが思っているような大人じゃないよ、とってもずるくて汚い」  
そんな事ないよ!って叫びたいのに声が前に出てこない。  
もう子供じゃないって自分で言ったのに、ここで今泣くなんて反則だ。  
先生は優しいから…困らせてしまうだけだ 。  
「ボクは誰かを愛する資格なんてないんだよ…  
 君みたいな普通の女の子はボクみたいな男を好きになんてなっちゃいけない」  
告白する前にふられてしまった。  
まるで体に大きな穴が開いてしまったみたい。  
胸が痞えて涙がポロポロと零れ落ちてきた。  
泣いてしまったらますます先生に言葉を伝える事ができなくなってしまうのに、涙は止まってくれない。  
「杏ちゃん…泣かないで?」  
ごめん、ごめんねと先生は繰り返し私に慰めの言葉をかけ続ける。  
そんな風に言われたらますます涙が溢れてきてしまう。  
先生は困ったように眉を寄せ、一瞬の躊躇いの後、私の肩を抱き寄せた。  
男性にしては華奢な方だとばかり思っていた先生の胸は広く、私の体なんてすっぽりと包めるくらい ちゃんと男の人の体をしていた。  
「うっ…う、ひっ」  
「やっぱりまだ早かったかな…驚いたよね?  
 でもね、正直胸の痞えが取れた気がしてるの。話せてよかったと思う自分もいる。  
 杏ちゃんの事が好きだから、傷付けたくなかったんだ…  
 これ以上君の好意に気が付いていないふりを続けて、いつか本当に君を傷付けてしまうんじゃないかって…  
 その前に、少しでも傷が浅く済むうちに伝えたいって…思ってた。  
 ごめん…結果的に傷付けて泣かせちゃってるよね…」  
先生は子供をあやすようにぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。  
懐かしい先生の匂いに包まれる。  
手のひらから伝わる優しい温度に涙は止まらない。  
「…うっ、うぅ…せんせぇ優し過ぎるんだよ…っ」  
「え?」< BR>「男とか女とか…関係ない…恋をして傷つかない人なんて、いない…」  
嗚咽の隙間から声を絞り出すように思いを吐き出していく。  
「私は先生が好きなの…!ちゃんと聞いてよっ!  
 告白する前からふったりするな、ばかぁ…っ」  
涙でぐしゃぐしゃの顔で叫んでいた。  
これじゃ駄々をこねる子供と同じだ。  
 
先生の手が頭から頬に下りてくる。  
目尻に溜まった涙を人差し指がすくっていった。  
「でも…気持ち悪いでしょ?」  
諭すような声色に怒りが込み上げてくる。  
先生はどうして何でもかんでも決めつけちゃうの?  
私の気持ちなんて知らないくせに…  
「そんな事ないっ!」  
先生の胸元を両手で押し返す。  
完全に頭に血が昇っている。  
「杏ちゃんは何も知らないから…」  
「知ってるよ。それくらい知ってる。  
 男の人とキスするんでしょ?セックスだってするんでしょ?  
 女の人とするみたいに…!男同士で!」  
はしたない事を叫んでる自覚はある。  
でも今ここで言わないとダメだって本能が叫んでる。  
ちゃんと伝えないといけない。  
もう後戻りする事はできないんだから、後悔のないようにしなくちゃいけない。  
「うん…そうだね、男の人と肌を重ねて きたよ。女の人みたいに男に組み敷かれて喘ぐよ。  
 それでも杏ちゃんはボクの事が好き?  
 こんなボクに杏ちゃんはキスされたい?抱かれたい?」  
眼鏡の奥の瞳が悲しげに揺らいでいた。  
こんなに感情を剥き出しにする先生を初めて見た気がする。  
「ごめん…嫌な聞き方しちゃったね。  
 この話は終わりにしよう?さぁ、支度して?杏ちゃんさえ嫌じゃなかったら家まで送って行くから…」  
一瞬、見えた笑顔の裏側はすぐに元に戻ってしまった。  
私は小さな子供みたいに鼻を啜り、首を横に振った。  
綺麗に折り畳まれていたプリーツスカートをギュと握り締める。  
「…そっか、そうだよね…」  
「違うよ。ここで終わりだなんて嫌って言ったの」  
涙で濡れた目元を乱暴に拭う。  
伝 わらない気持ちがもどかしい。  
「先生は何一つ私の言う事なんて聞いてくれてない。  
 キスされたいか?抱かれたいか?そりゃ好きだもん、されたいって思うよ。  
 私だって16だよ?それぐらいの話はするよ!女の子だってそういう妄想ぐらいするんだからっ!  
 ゲイだから何よ、同性愛者だっていいよ!  
 先生が私の事好きだって言ってくれるなら、そんなもの気にしない!  
 私は先生を差別したりなんかしない!先生が先生だから好きなの!  
 でも先生の好きは私の好きと違うって知ってる。  
 犬や猫や赤ちゃんなんかを可愛いって愛しむ感覚と同じだって―――」  
肺がからっぽになるくらい一気に一息で捲くし立てた。  
きっと顔は酸欠で真っ赤だ。  
「杏ちゃん…」  
ふっと風が 吹いた。  
握っていた拳を取られて引き寄せられる。  
手首に感じる指先の熱  
よろける足音  
腕を引かれ、体が前のめりに倒れていく中、反射的に目を瞑っていた。  
「…んっ!」  
唇に、何か柔らかいものが押し当てられている。  
それが先生の唇だと理解するまで数秒かかった。  
 
「…先生」  
「ごめん…聞いて?違うんだ。  
 違うよ?ボクの好きも君の言う好きと同じだよ」  
どこまでも優しい声音にドキっとしてしまう。  
「嘘だ…先生は優しいから私を宥めるために」  
「嘘なんかじゃない…でも、この気持ちは伝えるつもりなんてなかった。  
 だって歳だって離れてるし君はまだ子供だしボクは…」  
先生は苦しげに眉を寄せ、肝心なところで言葉を詰らせた。  
続くはずの言葉の替わりに深い溜め息を付き、手のひらを額に宛てたまま黙り込んでしまう。  
「先生は意気地なしだ。そんなんで私の好きと同じ好きだなんてよく言えるよ」  
「…え?」  
「だったらちゃんと証明してみせて。そしたら信じてあげる。  
 今から私を先生のものにしてみせて。ここ で抱いてよ」  
静まり返った練習室にその声は一際はっきりと響き渡った。  
ほとんど飲んでいない紅茶のマグはすっかり冷めてしまっているのだろう。  
湯気は当の昔に消えてしまっていた。  
俯いたままの先生が苦悩の色を宿した声で短く私の名前を呼ぶ。  
額に手を宛てたままなかなかこっちを向こうとしない。  
ほらやっぱり無理なんだ、煮え切らない態度に腹を立て溜め息を漏らす。  
「車…取って来るから…玄関で待ってて。  
 ここじゃ抱けないよ、ボクの部屋に行こう」  
 
顔を上げた先生は確かに私の目を見てそう言ったのだった。  
 
◇◆◇  
 
「本当にいいの?」  
「うん」  
「後悔しないね?」  
「うん」  
「途中でやめてって言われてもやめてあげられないかもしれないんだよ?」  
「…先生、しつこい」  
先生の部屋に到着するなり、シャワーを浴び寝室に通された。  
銀色に光るラックにはご丁寧に真新しい制服がかけられている。  
これからセックスしようかって時に何とも律儀な先生らしい気配りだと思った。  
 
明かりの消された室内、ベッドの脇に置いてある棚の上に写真立てが飾ってあった。  
それは私が初めてピアノ教室に訪れた日  
すなわち先生に初めて会った日、教室の外で撮られた写真だった。  
今よりいくらか若い先生の隣でバカみたいに大口を開けて笑ってる幼い私が写っている。  
どうしてこんな物飾ってくれてるの?  
と、言うよりもっとまともな写真なかったの…?  
「先生…この写真って」  
「ん?あぁ、それ?  
 ボクの思い出の一枚。いい写真でしょ?」  
「…全然」  
「そう?」  
「だって可愛くないもん」  
「杏ちゃんは昔も今もずっと変わらず可愛いまんまだよ。  
 それに杏ちゃんはね…この町に越してきたばかりのボクにとって太陽みたいな女の子だったんだ」  
言いなが ら、先生は私の顔を見てはにかむように微笑んだ。  
その笑顔が少しだけ泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。  
「町のみんながボクを避ける中、君だけは変わらず接してくれていた。  
 それがどんなに嬉しかったか…無邪気に笑う君の笑顔だけが救いだった」  
「…そんな大袈裟な」  
相変わらず先生の選ぶ言葉は歯が浮くように甘い。  
嫌な気はしないが、むず痒くなって思わず棘のある言葉で否定してしまう。  
 
「ううん、何もかも捨ててこの町に来たばかりのボクにとって  
 ただ無条件で微笑みかけて慕ってくれる存在は大きかったんだよ。  
 君の成長を近くで見守っていくうちに、子供だった君はどんどん綺麗になっていくし  
 でもボクはもう二度と誰かを好きになって、その人と心通わせる事などないと思っていたから。  
 ただ近くで杏ちゃんを見守る事ができれば、それでよかったの」  
「でも私は嫌。心だけじゃなくて体もろとも先生のものになりたいよ」  
「杏ちゃん……ごめんね…ボクが君の近くにいたばかりに…」  
「先生どうして謝るの?」  
「だってボクがいなければ君は普通の年頃の、普通の健全な男の子と結ばれていたかもしれないよ?」  
この状況になってまでそんな事言 う?  
だったらはじめから期待させるような事言わないで。  
ドキドキさせるような行動を取らないでよ。  
「…先生って女々しいのね」  
「え?」  
「もういい、黙ってて」  
眼鏡のフレームに指をかけ、奪うように剥ぎ取った。  
驚いている先生の瞳が視界の角に映り込む。  
そのまま体を押し倒しベッドの上に二人倒れ込んだ。  
音もなく唇同士が重なり合う。  
「先生のばか!わからずや!  
 何回好きって言えばこの気持ち、信じてもらえるの?」  
経験のない口付けは幼稚だったと思う。  
ただ重ねては離れていく。  
「…ごめん…ごめんね?杏ちゃん」  
「先生のごめんはもう聞き飽きた」  
「それでも…ごめん。好きになってごめん」  
「いいよ、私が許すって言ってるんだから…  
  だから…先生からキスしてよ」  
「うん」  
眼鏡のない先生の顔が近付いてくる。  
意外と睫が長い事や右目の下に小さなホクロがある事  
そんなちょっとした些細な発見が何だか嬉しくて、すごく幸せに感じた。  
 
そっと触れた唇はすぐに離れ、角度を変えて何度も何度も降りてきた。  
何処で息を吸えばいいのかわからず、先生の服をギュっと掴んで嵐のようなキスを受け入れる。  
穏やかな先生からは想像できない激しいキスに頭がくらくらしてくる。  
「口…少し開けて?」  
「…ん」  
言葉通りに従うと唇の隙間を縫うように先生の舌が私の口内に侵入してきた。  
初めて感じる湿った舌の感触に心臓が胸から突き破って出てきてしまいそうな程ドキドキしている。  
「んっ…せんせっ」  
「いい…上手だよ、杏ちゃん」  
舌は生き物のように動き回り歯列をなぞったり、上顎を舐め回していく。  
まるで舌を食べてしまうみたいにちゅっと舌先を吸われ、お互いの唾液が口の中で混ざり合う。  
嫌な感じなん てしない。  
寧ろ互いの唇から唾液が溢れる度にお腹の下の辺りがキュウっと締め付けられる。  
「ふっ、あぁ…ダメだ…っ、キス、だけで…もう…」  
先生は私の耳元で余裕のない声を途切れ途切れに吹き込んでいく。  
普段より低めの声、私の頭を掻き抱く腕、強引なキス  
ぴちゃぴちゃと唾液を啜る音、シーツが擦れる音  
はぁ、と吐息を漏らした先生の股間に違和感を覚え手で触れてみた。  
そこは山のように膨張し、ジクジクと熱を帯びて震えていた。  
「ごめん…杏ちゃん…ごめんね?  
 ボクはいやらしい…君とキスしただけでもうこんなだ…っ」  
「いい…よ、いやらしくても…だって全部が先生だもん」  
「…杏ちゃん……っ」  
「ねぇ先生、ここ…見てもいい?」  
 
私は許可を得る前に 先生のズボンのジッパーを下ろし、下着の中からそれを取り出した。  
暗がりの中、先端がてらてらと濡れている。  
直に触れてみると布越しよりも遥かに熱くて硬い。  
 
初めて目にした男性のそこは想像していたよりも大きくて少しだけ怖いと思った。  
 
「んっ、あぁ…ダメっだよ…そん、な」  
やんわりとした制止を振り切って熱く猛ったものを掴み、根元を軽く扱いてみた。  
興味、好奇心、興奮、あらゆる欲の方が怖いと思う感情よりも勝っていた。  
余裕のない先生の擦れた声をもっと聞いてみたい。  
先生の見た事ない一面をもっと見てみたい。  
「へへっ…すごいね、男の人ってこんなになるんだ…」  
「はぁ、はぁ、…っあ、あぁ見な…いで」  
「どうして?」  
「杏ちゃんにこんな姿見られてるだけで…っ、もう…っはぁ、くっ」  
手の中の物が一瞬でビクビクと痙攣し、先生の顔が苦しげに歪む。  
耐えるように噛み締めた唇の隙間から零れ出る恍惚の吐息  
見た事ない先生の性に溺れる表情  
男の人でも女の子みたいに喘いだりす るんだ…  
「はぁ、はぁ、はぁ…も、限、界…っく、うぅ…あッ!」  
取り出した時よりも大きくなったそこは先端からぬめりのある白い液体を吐き出し私の指を汚した。  
それは勢いよく飛び散り、無駄な肉のない先生のお腹の辺りまで届いた。  
「ずるい…先生だけ先にイッちゃった…」  
「はぁ、はぁ、はぁ…だっ、て…杏ちゃんが触るから…」  
「先生、イク時女の子みたいにあんあん言うんだね」  
「…杏ちゃん」  
「ふふっ、可愛い」  
「もう…大人をあまりからかわない。いけない子だ」  
「え?あっ、きゃぁ」  
先生は長い前髪の隙間から今まで見た事ないくらい意地悪な顔で笑うと、私の足首を空高く持ち上げベッドに縫い付けた。  
背中に感じるシーツの柔らかさ。  
軋むベッドの音が 緊張感を煽っていく。  
「やっ…!」  
「今度は杏ちゃんが気持ちよくなる番だよ?  
 ほら、下着越しでもわかるね…もうぐしょぐしょだ」  
私のあそこは先生の言う通り、すでに濡れていた。  
だってあんなもの見てしまった後だもの…私には刺激が強過ぎる。  
先生は鍵盤を叩くような繊細な動きでそっと下着の割れ目を撫でていく。  
何度も往復されるうちに蜜は零れ、耳を塞ぎたくなるような音が聞こえてきた。  
「や、ダメ、ダメ…っ恥ずかしい!」  
「散々ボクの事弄くったクセに」  
「あっ…」  
「杏ちゃん…油断してた?  
 男も女も愛したって言ったでしょ?ボクだって攻める側に回る時だってあるよ?」  
先生は笑顔のまま意地悪を言う。  
あれ?これって仕返しされてる?  
先生 は私の太ももを掴み、手早く下着を引き抜くと足の間に顔を埋めそこに舌を這わせた。  
ちろちろと小刻みに振動を送られ、初めて感じる生温かい舌の感触に思わず悲鳴を上げてしまう。  
 
「ひゃぁあっ!あっ、ダメっ、先生ぇ…!」  
濡れた秘列をずるずると啜られ、陰核を舌先で突かれる。  
頭がおかしくなってしまいそうなほど気持ちがいい。  
言葉とは裏腹に腰は浮き上がり、ねだるように足が開いてしまう。  
「やあ、あっ、あぁ…」  
「ここ、気持ちいいでしょ?」  
「あっ、ん…やぁ」  
ぬちゅぬちゅと聞いた事もない音が下半身から聞こえてくる。  
舌先があそこに埋め込まれる度に何とも言えぬ気持ちよさに満たされ、自然と甘い声を上げてしまう。  
「中、掻き混ぜてあげるね?」  
「え…?あっ…はぁ…ん!あ、っ!」  
ゆっくりと指先が体の中に埋められていく。  
ぐちゃぐちゃになっていたそこは先生の指を容易く飲み込んだ。  
先生は解すように指の腹で中 を掻き混ぜていく。  
慎重に、傷つけないように、指が前後に動かされる。  
指が出し入れされる度に中から大量の蜜が溢れ出て、私の内股を濡らした。  
「ねぇ、自分でした事ある?」  
「ん…っ、あっ指で…触る、くらい…っ」  
「中に入れた事は?」  
「…な、いっ…あ、あぁっ」  
「そっか…全てが初めてなんだね…」  
狭い入り口を広げるように指先がくるくると動いている。  
圧迫感だけじゃない。  
先生の指先がある一点に当たると腰が浮き上がるくらい気持ちがいい。  
「先生…!先生っ!」  
なぜか涙が溢れ出て、先生のシャツを必死に掴んでいた。  
「イキそうなんだね?大丈夫、何も怖くないよ」  
「でも…あ、あっ…やぁ、あ、ダメ…っ気持ちいいよぉ」  
より深い快楽を求める ように私は腰を振り、先生の指をくわえ込んでいた。  
淫らな音と二人の荒い呼吸が何も考えられない頭の中に響いてくる。  
先生は空いたもう片方の指で陰核を摘まみ、こねまわしては押し潰し、左右に刺激を与え私を攻め立てる。  
中に差し込まれた方の指は性感帯を探すように蠢き続けている。  
先生のせいでぐちゃぐちゃになったあそこはもうトロトロに溶けてしまいそう。  
「や、あっ、あっ…いっ!」  
足の爪先がピンと伸びて気を失いそうな強い快楽に打ち震えた。  
ビクビクと体が跳ねて声が止まらない。  
これがイクと言う感覚なのか。  
「はぁ、はぁ…せん、せ…好き…大好き…っ」  
「ありがとう…ボクも杏ちゃんの事が好きだよ。  
 だから今日はここまでにしよう…」  
「…えっ ?」  
突然の宣言に思わずガバッと体を起こしてまじまじと先生を見つめてしまう。  
「君の体を大事にしたい」  
「でも…私は…」  
「ね?そうさせて?」  
先生にそんな顔で言われたら反論なんてできるはずもなく  
私は不満の残る顔のまま仕方なく頷いた。  
 
「時間はこれからいくらでもあるんだから…ゆっくり進めていこう?」  
ちゅっと瞼に口付けを落とされる。  
反論を挟む隙を与えないとばかりにいいこいいこと頭を撫でられてしまった。  
このコンボはさすがに破壊力抜群だ。  
「そうかな…早くしないと先生おじさんになっちゃうよ?」  
「えっ…そ、そうか…そうかな?困ったな、まったく杏ちゃんは厳しいね」  
「でも私はどんな先生でも好きだから問題ないんだけどね」  
なんて大人ぶった事を言いながら先生に抱きついた。  
これで少しはドギマギしてみろ。  
最近の女子高生は積極的なんだから!  
「…あっ」  
「どうかしたの?先生…あっ」  
見ると先生の下腹部は再びお腹にくっつきそうな程膨張していた。  
慌ててシーツ を掴んで隠そうとしているけれど、それじゃ余計目立ってるよ先生。  
白いテントはひどく滑稽で、抑えていた笑みは噴出すように転げ出てしまった。  
「そ、そんなに可笑しいかな…その、ごめん」  
「ねぇ、やっぱり今日する?」  
「えっ!?ダメだよ、今言ったばかりなのに…前言撤回だなんて…  
 あぁ…恥ずかしいところばかり君に見せてる気がする…情けない…」  
先生は唇を噛み締めて吐息を漏らした。  
耳まで赤くなったその仕草が可愛くて、色っぽくて、ドキドキして、今すぐ抱きしめたくなってしまう。  
「ふふっ、先生ってなんだかいじめたくなるね?」  
「もう…君には敵わないなぁ…」  
 
ねぇ、先生  
いつか先生の手で、私を子供じゃなくしてね?  
約束だよ…?  
 
 
 
end  
 

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