斉藤が好きだ。  
あの硬い黒い髪が好きだ。日に焼けた肌が好きだ。  
鍛え上げられた腕の、筋肉の張りが好きだ。白い歯が好きだ。  
自分にだけ笑いかける時の、少しだけ眉の下がった笑顔に胸が張り裂けそうになる。  
こそり、と内緒話に身をかがめる時に、耳に触れた硬い指が、愛しくて堪らない。  
 
それほど造作が整っているわけでもない。  
ずば抜けて頭がいいわけでも、何かものすごい特技をもっているわけでもない。  
何一つ特別でない斉藤は、しかし俺の特別だった。  
そう、この世のどんなものよりも、俺を揺さぶり続ける、俺だけの、大切な人だった。  
 
 
秋の日差しは既に傾きはじめていて、校舎を赤く染め上げる。  
夕日の色に満ちた教室の中で、ぼんやりとグラウンドを見つめていると、ふいに斉藤と目が合った。  
動揺しながらも、俺は笑い返す。手を振られ、こちらもひらり、と手を振りかえした。  
野球部のユニフォームを泥で汚して、快活に笑う斉藤の笑顔は、夕暮れに染まるグラウンドの中で、一番星みたいにきらきら光って見える。  
ああ、好きだ。抱きしめたい。キスしたい。めちゃくちゃにしたいし、めちゃくちゃにされたい。  
「……んむっ……んんんっ」  
椅子に座った自分の足の間に跪く女の、柔らかい体が無性に憎らしかった。  
俺にだって、この身体があれば、斉藤はもしかしたら俺を好きになってくれるかもしれないのに。  
ちゅぱちゅぱと水音を立てながら、女は一心不乱に、俺の性器に口付け、口に咥えて奉仕を続ける。  
確かに快感はあるものの、全く満たされない悔しさに、女の頭を掴んで乱暴に揺らした。  
「んんんっ!……んぐっ……」  
苦しそうに呻く女の顔には、涙が幾つもの筋を作って零れ落ちている。  
その、庇護欲をそそる表情にすら、俺は苛立って仕方がない。  
(お前はいいよ、斉藤に好かれてんだもんよ)  
アイツにキスできる権利も、隣にいる権利すらも、無条件で手にしようとしているこの女が、憎い。  
「ね、佐々木くぅん……も、もういいでしょ?」  
媚びた目でこちらを見つめる女に、瞬間的に殺意すら覚えそうになる。  
斉藤に愛されてる癖に、斉藤の心をたやすく持っていった癖に、この女は自分が得難い権利を持ちえている事に全く気づいていない。  
あろうことか彼に恋焦がれている俺に、股を開く始末だ。  
「ああ、乗っかれよ」  
「……………ん」  
機嫌の悪い俺を伺うように、女はゆっくりと俺の膝の上に跨り、舐めていただけで濡れたらしい、彼女の内部へと自分の唾液で濡れた性器をあてがった。  
何も言わないうちに勝手に腰を振りはじめた女を持て余しながら、俺は大して気持ちよくもない皮膚接触にうんざりする。  
こんな女とセックスするより、斉藤と手をつないだ方が、よっぽど満たされる。  
夕日の沈んでいくグラウンドをもう一度眺めると、そこには拾い残しのボールだけが寂しげに転がっていた。  
 
「あんっ……あっ……気持ちいいっ!」  
派手に喘ぐ女の、小ぶりな胸を揉みながら、緩く腰を打ち付ける。  
この様子から見ると、どうやら処女ではないらしい。  
まあ、いきなりフェラして、その次には男に乗っかってくるような女が処女な訳はないか。  
清純そうな見た目に反して、やることはきっちりやっているらしい女に、微かな吐き気を覚える。  
「いいっ……熱いよおっ……佐々木くぅん……」  
甘ったるい鼻に掛かった声で、女は俺の名前を呼ぶ。  
何やってるんだろう、と落ち込みながら、しかしようやく昂ぶってきた性感をだましだまし高めて、なんとか射精しようとした。  
「佐々木くんっ……ささ、きくん……イクっ! 私、イッちゃう!」  
そうこうしている内に、女はいち早く絶頂に達していてた。勝手な女だ。  
内心で悪態をつきながらも、クリトリスを指でつついて女の快感を促しながら腰を動かす。  
昔、家庭教師に圧し掛かられて覚えた女の身体は、どこもかしこも熱く蕩けるようだ。  
どんな女も変わらない。一気に萎えそうになる自身をなんとか勃たせ、スパートをかけた。  
 
 
 
気だるげ衣服を整えた女に、軽く口付けて、俺はすぐさま身体を離した。  
うっとりと頬を染めた、可愛らしい顔立ちにすら、嫌悪しか浮かばない。  
「また、してくれる?……佐々木くん」  
「ああ、小山さんがいいなら、いつでも」  
サービスに、にこりと微笑むと、小山は教室を駆け出していく。  
あんだけイッたわりに、元気なもんだ。女は強い、と呟いて、俺はぐったりと机に身体を預けた。  
 
 
 
「なーんで、あんな女が好きかねえ……趣味悪すぎ」  
 
 
今日の昼休み、突然女――小山に呼び出された時には、薄々嫌な予感がしたのだが、まさしく大当たりだった。  
あの馬鹿女は、俺の斉藤に好かれているというのに、こともあろうに俺に告白しやがった。  
頭に血が上って仕方が無かったが、なんとか耐えた俺は、あまり良くない頭を精一杯稼動させた。  
 
斉藤は小山が好きで、小山は俺が好きで、俺は斉藤が好き。  
ということは、俺が小山を適当に引っ掛けておけば、少なくとも小山に斉藤を奪われることだけはない。  
日に焼けた浅黒い頬を赤く染めて、小山の話をする斉藤に危機感を覚えていた俺にとって、それは僥倖と言っても良かった。  
 
そんな訳で、放課後に一発ハメますか、という結論に達した俺は、なんとか小山とセックスをこなし終えた。  
憎たらしいはずの女の髪は、小山の言った通りに花の匂いがして、白い肌のなめらかな手触りは無性に俺の胸を締め付けた。  
俺は小山が愛しいのか、羨ましいのか、分からなくなりながら彼女と繋がり、何度か果てた。  
 
情事の後の眠気に襲われながら、俺は「斉藤の」席に座ったまま、机に口付けを落とす。  
急速に落ちてくる瞼をなんとか押し上げながら、斉藤の描くよく分からない落書きに指を這わせた。  
ホモでバイで、しかも親友の好きな女とやっちゃうとか、ほんと駄目だ俺。  
小さく自虐的に笑いながら、再び斉藤の机に口付けて、その硬く冷たい感触を瞼を閉じて受け入れた。  
 
 
(斉藤……好きだ……)  
 
 
 

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