金曜日の午後十一時三〇分。食べ掛けの親子丼の前でうとうとしていた篠崎里菜は、  
メールの着信音に起こされた。件名無し、本文一行、「電車が無くなったから泊めてくれ」。  
差出人から鑑みて、ごくごくありきたりなものだった。ただ、了解の返信をした10秒後に  
ドアベルが鳴った時点で、何かあったかなとは思っていた。  
 
 
「いやー、また避難所にしてすまん。タクシー捕まえる金も気力も無くってよ」  
 そう言うわりには悪びれた感も無く、同郷の男は二四歳独身女のワンルームへと上がり  
込んだ。ボタン二つ開いたYシャツの襟に、指で強引に緩めたネクタイがだらんと下がる。  
終電に振られた真夏の夜のサラリーマンとしては、まあ正装の部類に入るだろう。ただ、  
意外にも酒の匂いはしなかった。代わりにいささか目の下が窪み、頬には無精髭が  
目立っている。そして、机の上の丼の残りを実に賤しく見つめている。嘆息とともに  
「食べる?」と聞くと、その幼馴染──飯島悟はキツツキのように頭を振った。  
 
 一人分作るのも無駄が出るので、明日の分を予備の丼に取り分けてあった。その器を  
冷蔵庫から取り出すと、鳥類は昆虫類にまで退化した。しばし米ツキバッタを演じた悟は、  
やがて面を上げて丼を受け取り、勝手知ったる台所の電子レンジへと放り込む。  
 ターンテーブルをガラス越しに見詰め続けるいやしん坊を尻目に、里菜は一人バスルー  
ムへと引っ込んだ。あのまま寝落ちしていたら風呂に入り損ねていたから、そこんとこは  
収穫だった。でも、収奪された明日の昼ごはんはどうしよう。タカるにしても、土曜の午前  
から外に出るのはしんどいな。そんなことを思いながら、浴槽の底に座ってカランを捻る。  
 
 特に急がず、髪もゆっくり洗ってから湯を貯めたので、優に三〇分はたった頃。ふいに  
ユニットバスの戸が開く音がした。そのこと自体に、里奈は全く頓着しなかった。バス  
トイレ一体だから、元から鍵なんてかけていない。私も大分長湯したし、相手も食うもの  
食ったししょうがないか。あまり臭いのは勘弁だけど、などと身も蓋も無い事を考えていた  
ときだった。  
 いきなりジャッ、とシャワーカーテンが開けられた。  
 全裸の男を半眼で見上げること約5秒。コンコンとバスタブを叩いて、娘は言った。  
「……入ってまーす」  
「知ってまーす」  
 口調をまねて、悟はオウム返しに返事した。それから「端っこ詰めて」とだけ言うと、  
後は有無を言わせず浴槽の淵を跨いで来る。  
 
 里菜が水道代をケチっていた御蔭で、あふれたお湯がトイレを水浸しにする事態は  
免れた。悟は自分の体を下に沈めると、里菜の身体を同じ向きに乗せて、後ろからグいと  
抱きすくめる。浮力でせっかく楽になった膨らみが、太い指に強く握りしめられた。ろくに  
触ってもいないのに、最大限屹立したモノが、お尻に固く押し当てられる。  
 けれど、幼馴染の頭は、彼女のうなじに埋められたまま動かない。  
 湯船の波が収まる頃になって、里菜は訊いた。  
「あー。どしたの?」  
 悟は無言のまま答えなかった。里菜もそれ以上は訊かなかった。初めから、彼が何も言  
わないような気がしてはいた。確信していたとは言えないし、理由に思い当たる節がある  
わけでもない。  
 しかし、短大卒で二年先輩となった社会人として、  
 また四半世紀その人となりを隣で見てきた幼馴染として、  
相手の背中に埋めた顔を上げられない疲れと、それを口に出せない意地に、察しがついた。  
 一つ貸しだよ。そう心の中だけで言って、彼女は全身の力を抜く。  
 
「ごめん」  
 五分ほど二人で湯に当たってから、悟は言った。拘束の力は先程よりは緩んでいる。  
代わりに、胸に残った右手はゆるゆると乳房の浮力を試しており、反対の手は里菜の下の  
茂みに埋まっている。お湯が中に入るから、浴槽でするのはあんまり好きじゃないんだけど。  
そう思いつつも、彼女はここまで何も言わなかった。  
 その手がするりと抜かれて、里菜の身体が一旦湯の上に持ちあげられた。男の太股を  
正面から跨いで、今度は対面座位の格好に。少しだけ背中を丸めて、悟は彼女の谷間の  
上端に顔を埋める。  
 
「……んっ」  
「ごめん」  
 主語のいらない日本語は便利だなあ。と、里菜はぼんやり考えた。一宿一飯の恩義も、  
お気にのカットソーが着れなくした痕への謝罪も、全部一言で纏められる。  
 そしてもちろん、里菜にそのこと対して文句はなかった。手形の無い無担保契約とはいえ、  
貸しは貸し。返すあてがあるのだから、無駄に沢山頭を下げる道理は無い。  
 ひとしきり乳房を頬張ってから、悟は支えていた両手をお尻に下げた。彼女の腰を僅かに  
持ち上げ、自分の方へ引き寄せる。邪魔になる太股をさらに大きく割り開く。とは言え、  
二〇平米のワンルーム付きバスでは、どうしたって横幅に無理がある。一度上がるか、  
後ろからにするか……里菜がそう言おうか思って視線を下げるも、彼は腰を合わせるのに  
必死でこちらを見てはくれなかった。一つ、くすりと溜息をついて、彼女も体を合わせる  
べく後ろ手を突く。  
「ふっ…んぁんんっ!」  
 脇に回せない脚を上にあげ、ややアクロバットな格好で受け入れた。それでも、半分  
くらいしか入らなかった。体勢の問題もあるし、里菜自身がまだ準備不足なせいもある。  
このまま責め続けられるのは正直辛い。が、その点はさほど問題なさそうだった。まだ  
生硬い肉襞で直に感じるそれは、今までに無い以上に膨らんでいた。  
 
 そう言えば生だった、と今さらながらに里菜は思う。安全日……とはちょっと言えない。  
結構危ない。周期が安定している方では無いので、そもそもオギノ式だけだと当てに  
出来ない。  
 とはいえ、出来たら困るのかというと……勿論、困るは困るが、責任が取れないわけ  
ではない。出産用の積み立ては無いけど、貯金が全く無いわけじゃない。二人とも立派に  
就職している。四大出の相方の収入は、今年にも自分を越えるだろう。勤続四年目の自分  
だって、出来婚はちょっとアレにしても、産休で白い眼を向けられるような働き方はしてい  
ない。逆に涙目を向けられるポストにも…幸か不幸か、就いていない。それに最初からあ  
てにするのはどうかと思うが、両親だって健在だ──例え出来ちゃった婚でも、悟なら他  
の相手より波風が立たないような気もする。  
 
 というか、そもそも論の話をすれば。それくらい切羽詰まらないことには、私も悟も  
結婚になんて踏みきれないんじゃあるまいか。この場合、相手が誰かといった話では  
無く、お互いの性分の問題として………  
 
 
 なんてことを、里菜は風呂の湯と一緒に揺られながら考えた。「今は私のことだけを思  
ってて」 寝落ち直前に見ていたドラマで、濡れ場の女優がそんな台詞を吐いていた。  
 「あなたのことだけ」って、これもその範疇に入るんだろうか。  
 真摯さだけは本物だと思うんだけどな。  
 
「はっ…あんっ、くっ…はぅっ」  
 彼女の身体を縦に折りたたむようにして、悟が大きく腰を使う。荒ぶった波が彼女の顔を  
頻繁に洗う。一部はついにカーテンの向こうへ飛び出した。明日は一日、水周りの掃除を  
手伝わせよう。そんな決心をしつつも、腰を相手の方へ押しつけた瞬間、悟の両手に痛い  
ほどの力が篭められた。  
「りなっ、……くっ」  
「ひゃっ、や、きゃんっ!」  
 いきり立った傘が、里菜の中心で震えながら熱を吐く。ドクン、ドクンと、先へ押し出す  
勢いを直に感じる。その感覚がいつもよりリアルなのは、こちらの興奮も出されている  
場所も、比較的浅い所にあるせいかもしれない。  
 
 出し終わってから1分ほどして、悟は彼女の身体を下ろしてくれた。中の方は問題ない  
けど、無理矢理折り畳まれていた腰骨がちょっと変だ。痛みというか、じんじんとした  
違和感がある。逆に逸らしてトントンと後ろを叩いていると、出されたものがこぷりと  
湯の中に浸み出してきた。  
 
「悪い、痛めちゃったか」  
「多分平気。だけど、お風呂上がったらベッドで腰の上乗ってくれる?」  
「おっけ」  
 
 安請け合いして、悟は再び背中から里菜の身体を抱き抱えた。そこで股間に溢れるもの  
に気付いたらしく、楽しそうに指を絡めて来る。  
 この分だと、腰骨のマッサージは何時になることやら。そう思いながら、彼女は内襞を  
開こうとする男の指をけん制する。  
 
 後始末、という名目の後戯に暫し付き合ってから、里菜は早めに風呂栓を抜いた。  
あまり長湯すると体力が持たない。もう一度スポンジを取って余計なヨゴレをさっと流すと、  
彼女は悟を押しとどめたままバスタブを出る。  
「だめ。あんたは綺麗にしてから上がってきて」  
「明日完璧な風呂掃除すっから、今は勘忍。な」  
「お風呂じゃないわよ。悟、まだ体洗ってないでしょ。少しだけどフケも出てるよ?」  
「え、あっ……」  
 そこで今日初めて気まずそうな顔になると、悟は無精髭の伸びた顎に手をやった。  
大人しく折れた相手に里菜はさっさと背を向けると、タオルを巻いて風呂上がりセット  
一式を手早く纏める。  
「その、悪かった。二日入って無かったから、臭かったろ」  
「……ま、加齢臭がしたわけじゃないし、セーフでしょ。先に寝てるから、ごゆっくり〜」  
「可及的速やかに清めますので今暫く納期伸ばして頼むお願い」  
 ちょっとした牽制のつもりが予想以上の効果を上げてしまったことに、ほんの少し申し  
訳なく思いながら、里菜はユニットバスの扉を閉めた。  
 
 
 台所では、空になった二つの丼がきちんと流しの水に浸けてあった。しかし、そこで  
しびれを切らしたらしく、Yシャツと下着とスラックスがくしゃくしゃの状態でちゃぶ台の  
周りに散乱している。  
 まったくもう、と溜息をついて、けれど言うほどに口元は曲げず、里菜は衣類を拾って  
回った。背広ズボンはハンガーに掛けて、あとは纏めて洗濯機に放り、浸け置き洗いで  
回しておく。  
 次いでゆっくりと髪を乾かし、簡単な肌の手入れと洗い物まで済ませたところで、  
ようやく悟が上がってきた。  
「随分かかったね。風呂掃除は明日でも…て、何。髭まで剃ったの?」  
「御側に侍るに相応しい装いに仕度しておりました」  
「あんまり引っ張られると逆に嫌み─って、わわっ! ちょっ」  
「だから、夜食は心おきなく頂きます〜」  
 里菜の言葉を遮って、強引に横抱きで持ちあげると、彼はズンズンとベッドの方へ  
歩いて行った。足で上掛けを器用にどかし、彼女の身体をすとんと下ろすと、自分も  
タオルを取って全裸になる。  
「つか、あんなに頭下げて待ってるようにお願いしたのに、里菜は何だってパジャマ  
着るかな?」  
「脱いで待っててなんて言われてないでしょ。大体、素っ裸で洗濯したり洗い物したり  
出来ないわよ」  
「それこそ俺が自分でやる……て、あ」  
 そこでふと、ちゃぶ台の周りの見回して、悟は言った。  
 
「Yシャツ洗っちゃったか」  
「え? うん、襟とか結構汚れてたし。駄目だった?」  
「うんにゃ、全然ありがと。この気温だし、寝る前に干せば乾くよな」  
「明日出社なの?」  
「おう、午後出だけど」  
 
 つと、悟が言葉を切る。そんな彼の思考手順が里菜には手に取るように見透かせた。  
 何も言わずに胸を借りるのは、あり。  
 でも長々と愚痴に付き合わせるのは、なし。  
 里菜としても、悟の割り切り方は気に入っていた。親しい人間が弱っていたら、出来る  
だけ力になりたいとは思う。しかし何時までも女々しく弱音を吐かれたら、そのうち煩わ  
しくなるのが人のサガというものだ。一度泣き付いても、後を引かずにしっかり立ち直る  
人間の方が好ましいと彼女も思う。  
 とはいえ、悟のその悪びれ無さには、女として苦笑せざるを得ないところが無くも  
無く──  
 
「だけど、何?」  
「……明日から、また九連勤。そんだけ」  
「そっか。お疲れ」  
 彼女の意地悪にもめげず、ちゃんと自分の意地を張りとおした相方に敬意を表し、  
里菜は大人しく仰向けに転がった。  
 
   *  
 
 上衣のボタンを一つ一つ外しながら、悟はこっそり前言撤回した。パジャマを着てもら  
ったのは正解だった。万歳したままふにゃりと脱力しているさまは、濡れて真っ直ぐに  
伸びた肩越しの髪と相まって、普段よりも幼い印象を受ける。それが、水色のシンプルな  
寝巻と良く似合っていて、彼の男心をくすぐった。  
 とはいえ、悟はロリコンだった憶えも、パジャマフェチだった憶えも無い。自分が過剰  
なまでに盛っている理由が、別にあることを理解している。  
 普通の女なら、肌を合わせるどころか部屋にも上げて貰えないような、酷い理由だと  
自覚している。  
 
 
 胸の前を寛げると、早速膨らみに手を伸ばす。下着はつけていなかった。風呂で上気し  
たきめ細かい肌が、彼の掌にしっとりと吸い付いてくる。  
「ん……はぁ、ひゃ」  
 頂きに触れると、里菜は無理に抑えず素直な反応を返してくれた。相手が彼だから気兼  
ねしない……というよりも、先程無粋な突っ込みをした件の罪滅ぼしといったところか。  
少々意地が悪かったとはいえ、床の上の戯言の域を越える物ではないし、大元の原因は悟  
にある。だから、彼女が気に病む筋では無いのだが──その無駄に律儀な意地っ張り加減  
は、小学校のころから変わらない。常々いつか、悪い奴に付け込まれて痛い目に合うぞと  
思ってはいた。だが、よもや当の自分が付け込むことになろうとは……少なくとも 当時は、  
予想だにしていなかった。  
 
「ふぁ……ぁっ、ふ」  
 残っていたボタンをはずし、身ごろもを完全に肌蹴させる。袖は抜かずそのままに。  
両の手首を頭の上で一つに抑え、絶対に逃がさない格好で上から覆いかぶさった。  
 無論、そうしなくても里菜が逃げるわけではないのだが。  
「ん、ぁ……ふゅっ、んんぅー」  
 反対の手で乳房をゆっくりと揉みこみながら唇を塞ぐ。そう言えば、これが今日初めての  
接吻だったと思い出す。身体をだけ求めた一度目を反省すべきだったのか、二徹明けの  
口臭を嗅がせなくて正解と考えるべきなのか。  
「んぢゅ……れるん」  
「んんっ、あむ、んぁ……んっく」  
 いずれにせよ、普段の倍丁寧にブラッシングを終えた今、悟に余計な遠慮をするつもり  
は無かった。舌で強引に相手の唇を割り開くと、深く潜り込ませて彼女の唾液腺を掻き回  
す。上になった自分から浸み出した分は、重力に従ってそのまま里菜の中へ流し込んだ。  
二人分のものが口の端から溢れ出す直前、彼女の薄い喉がこくりと鳴る。  
 
 彼のものを飲まされる事に、里菜は殆ど抵抗しない。だが、自分から送り込んでくる  
ことはほとんどない。  
 
 だが、そんなことにゆっくりと葛藤できる程、今日の悟には余裕が無かった。  
「んん……っぷあ、ひゃ、やん」  
 顎、首筋と濡らしながら、悟の身体が下りて行く。胸を楽しんでいた手が腰に回って、  
ズボンとショーツをひとまとめに下ろす。膝小僧のところで引っ掛かったそれを抜こうとは  
せず、悟は彼女の両脚を纏めでぐいと抱え上げた。  
 ふいに、キスを始めてからからずっと閉じていた里菜の瞼がかすかに開いた。うっすら  
涙の馴染む双眸は、焦点を合わせるためにほんの少しだけ時間をかける。  
 そして悟の表情を見止めると、彼女はふっと相好を崩して、力を抜いた。  
 
「っ……、」  
「ひゃっ──やあぁん!」  
 今度は、「ごめん」の言い訳無しに、悟は里菜の中に入っていった。脚を閉じている分、  
いつもよりも締め付けが強い。しかし、体勢がかみ合っている分、風呂の時よりもずっと  
奥まで入り込める。中途半端なまま終わってしまった風呂での鬱憤を晴らすかの様に、  
悟は大きなストロークで最奥を突いた。  
「あ、はぁっ……やっ、あうっ!」  
 強く擦れ合う秘肉の間で、濁った水音が立っている。中の濡れ具合は十分だった。それ  
が彼女からあふれた蜜なのか、自分の残滓かは分からない。いずにれせよ、こうして深い  
抽送を続けるのに支障は無い。束ねた両脚を胸に抱き込み、反動で上に逃げられないよう  
腰を引き寄せ、自分のペースで溢れる蜜壺を蹂躙する。  
 
「はあっ、あ、あ、あぁ、やっ…んあうっ!」  
 そのまま1分程、激しく腰を使い続けて、悟はようやく一息ついた。また射精までいった  
わけでは無い。しかし幼馴染の中を一番奥まで思う存分味わえたことで、やっとこ昂ぶった  
気を落ち着けたのだ。  
 
 最後に一度、体重をかけて里菜の深いところを味わってから、彼は一旦体を起こした。  
膝に絡んでいたズボンとショーツを抜きとってやる。それから大きく脚を開いて、再び  
正常位で繋がった。但し今度は深さを求めず、体重をかけないよう上体をそっと被せて  
いく。両肘をついて彼女の背中に手を回し、その身体を持ち上げるようにして肌を合わせた。  
 
「はあっ、は、はぁー……ふぁっ…はふ」  
 重力でややひしゃげた膨らみ越しに、荒い胸の上下が伝わってくる。時間が経つにつれ  
て徐々に収まっていくそれに合わせ、腰を浅く沈ませた。相手の呼気に合わせて唇を吸い、  
合わない時にはまなじりに溜まった雫を啜る。  
「ひゃっ、もぅ。またへんなとこなめるー」  
「顔舐めは化粧落とした風呂上がりだけのロマン」  
「単なる特殊性癖だと思う」  
「でもお前、目の周りのキス地味に好きだよな?」  
「………」  
 
 痛いところ突かれた里奈が、ちょっと不満げに黙りこむ。その瞼を、悟が楽しげに唇で  
食んだ。激しい行為のせいで少しだけ赤くなっていた目尻を、舌先でそっと解してやる。  
快感ではなく、労わりだけを目指した愛撫。その献身の感想を、里菜は口に出してくれな  
かったが……顎に当たる吐息と、挿し込んだままの内側の襞が、彼の成果を雄弁に語って  
くれた。  
 
「ゃ…ん。あ…ぁ…ぅんっ」  
 乱れていた呼吸は、暫ししてすっかり収まった。代わりに、今度は吐息に熱が篭り始め  
る。  
 つと、里菜の身体がぴくんと引き攣った。その拍子に、悟は中から押し出されかけて、  
慌てて腰を抱き直す。  
「んっ……。いっかい口でする?」  
「うんにゃ、このままで大丈夫」  
 退屈しているつもりは無かったが、二回目な上に大きな刺激が無かった分、悟のモノが  
中で少しだけ萎えていた。だが、彼は里菜の申し出を断ると、背中に手を回して抱き  
起こし、今度は対面座位の格好になる。彼女の体重をかけて根元まで押し込み、簡単に  
抜けないようしっかり位置を合わせると、目の前の膨らみに手を伸ばした。  
「俺とした事が、腰ばっかり振ってこのDカップを放っぽるとはな。くそ、これだから疲れマラ  
ってやつは」  
「うわーい、百年の恋も醒める発言」  
 無感動な里菜の声音にもめげず、悟は豊かな双乳を堪能した。下からすっぽりと包み  
こんで持ち上げ、指の間から僅かに零れる膨らみを挟んで味わう。ふもとからゆっくりと  
人差し指を登らせ、吸いつくような柔肌と少しざらつく頂きの間で、触りの変化を楽しんだ。  
色素の薄い桃色の天辺を押し込むと、柔肉全体が慎み深い反発で彼の指先を歓待する。  
 
 そうして、みっともなく乳房に夢中になりながら、男は言った。  
「しかし、百年とはまた大きく出たな」  
「んっ……何が?」  
「たかだか二五年弱の実績しかない身では、いきなり四倍も釣り上げられると心細くも  
なる」  
 たわいのない睦言に違いない。しかし、普段の自分からすれば結構踏みこんだ一言の後、  
悟は顔を埋めたままじっと相手の様子をうかがった。  
 そんな彼に、里菜は一瞬だけきょとんとして、それから。  
「……。いまさら惚れた腫ったでもないでしょ」  
 どちらかと言えば期待はずれの物言いなのに、  
 とっくのとうに聞きなれた声音のはずなのに、  
悟は自分のものが中で再び力を持ち始めるのを感じた。  
 
 
「んぅ、んちゅ……は……くふ」  
「ちょっとは、火ィついてきたか?」  
「……明日も仕事なんだから、あんまりじrっ…っ。時間、かけない方がいいよ?」  
「それじゃ明日は頑張れても残る八日間がもたない」  
「な…ぁ…。何だかんだいって若いよねぇー…いぁうっ!」  
「お前と半年しか変わらんだろが」  
 
 膝に乗せた里菜の上半身を思う存分堪能した後、悟は再び彼女の上に圧し掛かって  
いた。今度はがむしゃらに腰を振らずに、相手の反応を確かめながら、しっかりと快感を  
塗りこんでいく。  
 
「んっ、……ひゃ、やあ、…ぅあ、あっ」  
 右の膝裏に手を入れて、股を縦に大きく開いてから、徐々にペースを上げていく。三浅  
一深、奥まで入る時は腹まで押しつけ、前の敏感な実を刺激する。体勢的に、直接肌が  
触れる面積は少ない。しかし悟の汗ばんだ下の林が微かに絡んで、過敏になったそこへ  
十分な刺激をもたらした。  
「やっ……っはぁ、あ、んあぁっ、やんっ」  
 時間をかけてお腹の奥にたっぷり貯められた熱が、クリトリスへの気まぐれな刺激で弾  
けだす。呼吸が乱れる度に強くひきつる幼馴染の顔は、煽情的というよりも可哀想だ。  
しかし同時に、挿し込まれた肉槍をぎゅっと引き絞る秘肉は、どうしようもなく気持ちいい。  
そして、そんな己の性をすまなく思う瞬間、薄く開いた瞳が、涙越しに悟を見つめて  
慰めるように笑うのが──ここ数週間の心労を吹っ飛ばすに足る、激しい興奮と深い  
安堵をもたらすのだ。  
「んぁっ、きゃ……つよ…ぃっ!」  
 打ちつける腰の勢いが無意識のうちに強まっていく。彼自身、太股の内側にじんわりと  
した熱い痺れが溜まりつつあった。里菜の方を気遣う余裕もいい加減無くなりそうだった  
が、それは問題では無かったかもしれない。悟のテクニックがなせる業か、はたまたお互い  
十年来の経験がなせる業なのか。里菜の小さな身体は、彼の激しい責めを真正面から  
受け止めつつも、ちゃんと自分の快感へと変えていた。  
「ひゃっ、ふぇ?……んっ、あっ、い゛っ…あんっ!」  
 抱え上げていた右足を下ろし、両手で腰を押え易くする。丸めたタオルケットを尻の下  
に押し込み、中の角度を調整する。そうしてフィニッシュの準備を整えると、一度抽送を  
止めて上体を倒し、間近に里菜の瞳の覗きこみながら、悟は言った。  
「このまま、中で出すから」  
 
 最初から生で入れている上に、既に一度中出しているのだから、今さら宣言する意味は  
どこにも無い。だが彼は今一度、女の生理を顧みない男の身勝手さを宣言する。  
 
  正直な話、悟が就職した後ならいつでも出来た。  
  とはいえ、世間的にはあと数年待たせても当然だった。  
  だからこそ踏みきれない自分たちの臆病さを、  
  獣欲に流されて、という彼らしいサイテイな言い訳でもって、  
  悟は飛び越えようとしている。  
 
 絶頂前の恍惚に呆けていたはずの里菜の眼が、一瞬、ピクリと見開かれる。別に今この  
瞬間は、呆けて貰っててよかったんだけどな。そう思いつつも、悟は彼女が気付くだろう  
とは思っていた。  
 ずっと枕の横に投げ出されていた里菜の両手が、ふらふらと上がる。何とか彼の首に巻  
き付けると、彼女はその頭をぎゅっと抱きよせ、ようやく今日二度目となる接吻を交わした。  
「うん、いいよ。……ゃ…っっあっ! あっ、あん、あ、んああっ」  
 肉体的にも精神的にも、悟は我慢の限界だった。彼女の返事を聞くや否や、怒涛の勢い  
で出すためだけの抽送を開始した。ずり上がって上に逃げないよう、両手で腰をしっかりと  
ベッドに縫い付ける。股ぐら同士が体重を乗せて激しくぶつかり、ぱんぱんと露骨な音を  
立てる。それ以上に卑猥な水音が、繋がった部分からじゅぶじゅぶと溢れた。ここにきて、  
中は一番に開いていた──悟の精液を押し流す勢いで蜜が溢れ、膣壁は熱く熟れている。  
子宮が降りて来て最奥が僅かに広がり、絡みつく襞の圧力は先程よりも柔らかい。  
その分、悟の責めに反応してぴくんと締め付ける内襞の動きが、よりはっきりと、  
より気持ち良く感じられる。  
 
 奥へ奥へ、流し込もうとする本能を曝け出した悟の動き。それに対して、里菜もやはり  
情動のままに、ただ受け止めようと全身を開く。  
「あんっ、やっ──だ、だめっ、わたしもう、っひゃう」  
 足の指先がピンと引き攣り、肉襞が不規則に痙攣する。とうとう達しはじめたのだ。彼も  
あとちょっとだが、全く同時に間に合わせるのは難しい。結果として、彼女にいつも通り  
少しの無理を強いることになり──そのおかげで、自分はいい思いをすることになる。  
 それなのに、里菜は何故かいつも、悟に謝罪の言葉を口にした。  
「だっ、あんっ、あうっ、だめっ……ごめっ、先にっ、やっ──んぁあっ!」  
 彼に巻き付いた外側と、彼を受け入れた内側が、同時にピクピクと痙攣する。ただ闇雲  
に締めるのではなくて、ぎゅっとした圧縮と、ぐちゅぐちゅに震える弛緩が、交互に連続  
しておとずれる。その中を、射精間近のギンギンにいきり立った剛直で掻きまわすのが、  
最高に気持ち良かった。  
 
 そうして、彼女の身体が高みから降りかけた頃、悟は最後の抽送を送り込む。  
「っく、…里菜、いくぞ」  
「やっっ、わ、わかっ……んああっ、ひっ、やああああんっ」  
 敏感になった所への刺激で強引に高みへと押し戻され、里菜が大粒の涙とともに悲鳴を  
上げる。そんな彼女を押し潰すようにして、悟は最奥で己を爆ぜさせた。  
 最初の二・三射は、吐き出しながら強引に動かした。その後は、鈴口をぎゅっと奥襞に  
押し付け、迸る奔流を里菜に思いっ切り叩きつけた。悟の抽送が止まっても、剛直を包む  
襞は射精の度にぴくんぴくんと蠢いた。そうして、最後の一滴を出し終えるまで、彼女の  
中は健気に男のものを扱き続けた。  
 
 
*  
 
 
 ジャー、という油が弾ける音で、里菜はまどろみから引き戻された。瞼を開けると、枕  
元の目覚まし時計が視界に入る。AM09:40、週末にしても早いとは言えない。しかし  
昨日の今日だけにもう少し朝寝していても罪ではあるまい。  
 ベッドの中には、自分一人だけだった。パジャマは、上の方はちゃんと来ている。いや  
ちゃんとではないか。胸元に手を入れやすいよう、第三、第四ボタンは外れたままだ。け  
れどまあ、少しサイズオーバーな丈の御蔭で、おへそはちゃんと隠れている。冷やすと下  
しやすい方だから、お腹周りは気を使うのだ。  
 下はいつも通り、何も履かされていなかった。但しお尻と太股には、シーツではなくタ  
オル地が触れる感覚がある。そっか、ちゃんと後始末はやったんだっけ、とようやく頭が  
回り出した。  
 二度目の中だしの後、繋がったまま息が整うまで休んでから、悟は里菜の身体からおり  
た。そのまま寝こけることは無かったけれど、流石に三度目はきつかったようで、それ以  
上求めることはしなかった。一物の処理も里菜にさせることなく自分で済ませ、彼女の方も  
溢れたものだけ簡単に拭うと、腰回りにタオル仕込んでそのままベッドに寝かせてくれた。  
随分たくさん出たみたいだし、普段なら絶対後戯に入る──“なかトロ”見せてと指で掻  
き混ぜてくる──ところなのだが、連日の残業でそこまでする元気がなかったということか。  
 あるいは……、  
 
「あっつ! ちっくしょ跳ねた!」  
 と、彼女の物思いは幼馴染の悲鳴で中断された。台所から何やら喧しい音が聞こえて  
くる。察するに、朝食でも作っているのだろう。しかし、なぜに朝餉の仕度で天ぷらのよう  
な音が聞こえてくるのか。  
「何やってるの?」  
「あ、起きたか里菜。待ってろ、いま一宿一飯の恩義に朝ご飯を…」  
「………」  
「……って言いたかったんだけど、ごめん起きれたら助けて」  
 人ん家の台所で何やっとんじゃと思いながら、里菜はのろのろと上体をもたげた。起き  
れないことはないけれど、お腹の奥に何か残っている感覚が、結構重い。そう言えば結局  
腰マッサージしてもらえんかった、と独り言ちつつ、彼女はベッドの下に足を下ろした。  
 座り姿勢で踏ん張ると、中の物が少し戻ってくる感覚がある。ショーツを履く前に処理  
しておきたいけれど、ガス台の悲鳴を聞くにあまりゆっくりする余裕はなさそうだ。まあ、  
上着の裾で隠れるのは事実だし…と、里菜は大人しく悟の趣味に乗っかって、パジャマ  
の上だけでミニキッチンへと向かった。  
 
「って、朝からパスタなの?」  
「おう、ペペロンチーノ。ガーリックパワーで休出に負けない元気を出すぞ」  
「土曜出勤して会社がニンニク臭いとか他の人たまったもんじゃないね……てか、そんな  
強火にしたら駄目だってば」  
 持ち込みのTシャツの上に里菜が普段使わないエプロンを身に付け、居候男は妙にノリ  
ノリで台所に立っていた。少なくとも、昨日のやつれた面影はどこにもない。  
 
「そう、プリプリのアルデンテにしたいんだけどさ、何故か固焼そばになっちまうんだよな」  
「既に茹でて火が通ってるんだから、余熱で混ぜれば十分なの」  
「いやだけどさ、コンロ一つしかないから茹でたあとすぐにフライパンあっためられない  
だろ? その分だけ加熱しようとしたんだよ。でまあ、とにかくリカバリしようと茹で汁  
入れたらめっちゃ跳ねて……」  
「ああもう、いいからそこどきんさい」  
 
 そこらじゅうに飛び散っている"粉末ぺペロンチーノのもと"に苦笑しながら、里菜は  
フライパンを引き取った。大分水気が飛んでいるものの、幸いなことに焦げ付いては  
いない。オイルと塩と冷蔵庫の中身で、味の方は何とかなるかな。でも、朝っぱらから  
こんな油ものどうしよう。八割方悟に押しつければ大丈夫かな。  
 そんなことを考えながら、指を咥える幼馴染の横でフライパンをゆする事自体に、  
まあ、悪い気はしなかった。  
 
 
「すげー。オリーブオイルまじスゲー。追いオリーブってガチだったんだ」  
「素人はあの番組参考にするのやめなさい」  
 十分後、何とか食べられるレベルに復帰した五目パスタを、里菜と悟は肩を寄せ合って  
つついていた。彼女に手間を取らせた代償として、洗い物と台所の後始末を命じた結果、  
似非エコロジストは「節水のために皿は一つで」と言い出したのだ。  
「まあでも、これで勘所は分かった。次は負けん」  
「はいはい応援してます。でも次の勝負は自分ん家でしてね」  
「いや、自分一人のために料理なんて絶対する気にならないって。昔お前に言われた時は  
どうかと思ったけど、これ真理だな」  
「それで相手の手間増やしてれば世話ないわ」  
 
 たわいの無いお喋りの合間に、狭いちゃぶ台へ交互に頭を寄せあって。結局、里菜は大  
皿のパスタを三分の一以上たいらげた。昨夜から動き続けだし、何だかんだ言ってお腹が  
空いていたのかもしれない。  
「あー食った食った。これでもう一眠り出来たらなー」  
「つか、私は歯磨いたらほんとにベッドに戻るよ。こんなニンニク臭させて外出たくないし」  
「ぬお、なんと薄情な奴」  
 洗面所に行こうと腰を浮かせかけた彼女の手首を、悟はグイと掴まえてきた。そうして  
バランスを崩した彼女の身体を、要領よく自分の足の間へ落とし込む。里菜も半ばそれを  
予想していたかのように、大人しく人間座椅子に背を預けた。そんな彼女の肩の上から  
腕を回し、少しだけ体重をかけるようにして、悟は懐に相方の身体を引き寄せる。  
 
「復活した?」  
「うむ、充電完了。これでまた一週間は戦え……って、しまった。九日間だった」  
「たった二日間じゃない」  
「いや、最近すっかりバッテリの持ちが弱ってきてな。一週間持たせるのがやっとだぜ」  
「メモリー効果だっけ。でもその理屈で行くと、残量が空っぽになるまで使い切った方が  
機能回復するんじゃない?」  
「いやいやいや、最近の充電池はアレ殆ど気にしなくていいからな。寧ろ過放電って言っ  
て、使い切る方が爆発とかして危ない。このように、最低電圧を割らないように適宜補充  
することが大切と言える」  
「上手いこと言ったのかどうか、詳しくないから分からないけど。おっぱい揉む理由には  
なってないと思う」  
 そうして嘆息しつつも、触りやすいよう意識して肩の力を抜き、彼女は訊いた。  
「出る前に、する?」  
「…………いや、ごめん、やっぱ止めとく。先の分補充して今日明日駄目にしたら  
元も子もない」  
 黙考すること十秒、やや苦い顔で悟は答えた。それが妙にツボに入ってしまって、里菜  
は悪いと思いつつも、ちょっと声に出して笑ってしまった。  
「ふふっ。ホントに弱くなってるかもね」  
「うるせ−そういう意味で言ったんじゃねー。そりゃ十代に比べりゃ衰えもするわ」  
「ねえねえ、こないだ電辞書用の電池の説明書読んだらさ、500回の使用で80%の性能に  
なるんだって。これって人間と…」  
「くそったれ、あんな小電力ニッケル水素と比べんじゃねぇ。俺は大電流志向の古式ゆかしい  
鉛蓄電池なんだよ」  
「なにそれ、そのこころは?」  
「常時満充電が望ましい。つまり毎日一つ屋根の下で……っ」  
 
 そこで、つと、悟は彼女の後ろ髪に埋めていた顔を持ちあげた。何気ない風を装うとし  
てか、彼はまたゆっくりと、それをつむじの上に戻してくる。たが里菜にしてみれば、  
うなじかかる彼の息遣い具合でばればれだった。  
 
「…………」  
「悪い、口が滑った」  
「うそこけ」  
 
 半音低めで即答してやると、肩から前に回されていた両手がピクリと引き攣った。  
「相変わらずチキンねぇ。そのくせ堪え性が無いんだから」  
「いや、違うって。俺だってこの状況で偉そうなこと言えるほど恥知らずじゃないだけだ」  
「そういうのはまず態度で示さないと」  
「態度で示せないからまず口先だけでも取り繕ってるんじゃないか!」  
「わーサイテー。つか、それすらもたった今失敗したわけだよね?」  
「ぬ、ぬわーっ」  
「……パパス?」  
「違うわっ!」  
 
 唸り声とともに、悟は座ったまま強引に彼女の身体を持ち上げた。向かい合わせに下ろ  
して頭を胸に抱き込み、力技の口封じを敢行する。だが勢い余って床に倒れ込んだ拍子に、  
絡んだ脚をちゃぶ台にぶつけて床にパスタ皿が転がった。  
 絨毯の油染みは、こやつが出社する前に方法教えて掃除させちゃる。  
 ──でも時間が無かったら、しょうがないから、私がするかな。  
 
「結婚したい」  
 深呼吸で、里菜を胸板ごと三度上下させてから、悟は言った。  
「とりあえず、助動詞の使い方が日和ってるよ」  
「違う。こんなグダグダで言い訳まがいのプロポーズがあってたまるか。単なる俺の意志  
表示なんだから、今は『しよう』じゃなくて『したい』で合ってる」  
 彼女を上に乗せたまま、ゆっくりと身体を起こして、悟は言う。  
「昨日は確かに残業で頭焦げてたけど、狙ってたのかと言われれば狙ってた。わざとやっ  
た。軽率だったと反省している。もちろん既成事実が出来れば喜んで口実にさせて頂くが、  
そうでないなら、きちんと体制整えてからがいいに決まってる」  
「うん」  
「だけど」と、瞳を見詰めて、幼馴染は言った。  
「これも認めさせてくれ。俺は里菜に甘えてる。詰まった時に胸貸してくれて、ついでに  
おさんどんまでしてくれる幼馴染に甘えてる。出来ることなら毎日甘えたい。そして実際、  
こんな状態じゃ……新人に毛の生えた二年坊主で、生活丸ごとブン回されながらやっと  
喰らい付いてる現状じゃ、里菜に縋るのが精一杯だ。  
 幸せにしてやるなんて、今の俺じゃ、とても言えない」  
   
「だから、ごめん。幼馴染のよ'し'み'で、今日は借りにしといてくれ」  
 
「……分かった。一つ貸しだよ」  
 
 思うところが無いわけじゃない。全部納得したわけでも、全然ない。  
 だが、そう言われれば、彼女の返事は一つしか無かった。昨日の夜に、とっくに認めて  
いた事だ。今さら撤回するなんてこと、意地っ張りな里菜がするはずも無かった。  
 このなさけ無い幼馴染が、それでも自分へ張り通そうとしてくれるなけなしの意気地を、  
無碍にするわけにはいかなかった。  
   
「ごめん、な」  
「前から思ってけど、悟の謝罪って、かっるいよねー」  
「ぐっ! 今のはちょっと胸に刺さった」  
 彼女にしては珍しく直球で辛辣な物言いに、悟は大きくのけぞった。その反動を利用し  
て、里菜は彼の腕の中を脱出する。  
 別にそこを離れたかったわけではない。正直に言えば、まだ彼にくるまっていたかった。  
けれどそれ以上に、今の自身の表情を晒すのが嫌で、里菜は皿を拾って台所へ向かった。  
 
 
 
 そして1時間後の、午前11時17分。  
「寝癖よし、髭剃りよし、口臭は…うーん、まあ及第点。あとなんだろう、ハンカチお財  
布持った?」  
「…。ぁ、あのな、遠足じゃないんだけども」  
 タイムリミットまであと2分まで迫って、甲斐甲斐しくYシャツの糸屑取りなどしなが  
ら、里菜は幼馴染を送りだす玄関口に立っていた。とはいえ毎度々々こんな大げさな儀式  
をしているわけではない。むしろベッドの中から片手だけ振って見送ることもしばしばだ。  
けれど、まあ、今日ならばこれくらいの意趣返しも許されよう。  
 
「でも残念、もう本当に時間切れだね。いい加減手打ちにしましょうか」  
「やっぱりわざとだよなそうだろうと思ってたよコンチクショウッ」  
 彼女が胸襟に当てていた手を離してやると、悟はぴょんと後ろに飛び退いた。里奈の  
反対の手にあった鞄を受け取り、くるりと背を向けて玄関の取っ手を押し下げる。そうして  
飛び込んできた強い日差しに、思わず彼女が目を細めた瞬間。  
 
「でも、嬉しかった」  
「……」  
「当てつけだって分かってても、それっぽい世話焼きが本当に気持ちよかった。先走った  
真似して正解だったとすら思った。まあ、なんだ。あれも理由が無かったわけじゃ無くて、  
要するにこのヤマ超えたら一段落するというか、少なくとも転属か否かの方向性だけは  
見えてくるわけで、つまりは」  
「ねえ、悟?」  
 ドアから差し込む真夏の照り返しが、容赦なくすっぴんの頬を焼いていた。鼻の頭が暑い。  
その奥が熱い。それでも一歩踏み出すと、踵を上げて、里菜は告げた。  
「ほら、遅れるよ───ん。いってらっしゃい」  
「っ、いってきます」  
 
 
 ドアクローザが、開け放された玄関扉を静かに閉めた。その後、吹き込んだ熱気が奥の  
部屋のクーラーに追い出されるまで、彼女は下駄箱の隣に立てっていた。やがて薄く汗ば  
んだ首筋を冷気に撫ぜられ、ぶるっと身震いする段になって、ようやく部屋へと引き上げて  
いく。  
 ぼふ、っと枕に突っ伏しながら、里菜は片目で絨毯に残る油染みを見詰めた。二人して  
結構頑張ったのだが、家にある洗剤では落ちなかった。一眠りして涼しくなったら、後で  
薬局に行ってこよう。その時ついでにモロモロの物も──検査薬とか──調達しよう。  
 
「……本当に、堪え性の無い奴だなあ」  
 主語がいらない日本語をいいことに、無責任なことを呟いて。里菜はようやく、  
身体の分の充電をする週末の午睡へと落ちて行った。  
 

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