「……はぅ」  
 洋式便器に座り込み、スカートと下着を下ろした姿のまま、舞衣はそっとため息をつく。  
 不気味だった。緑っぽいシミの付いた、古い木造の壁。ところどころが欠けた扉。  
 怪談の舞台にもなりそうな、何十年も前からある旧校舎のトイレなのだ。  
 便器だけはピカピカで、ウォシュレットまで完備していたのが救いだった。  
 ー―その時点で、おかしいと思うべきだったのだ。  
   
「……ふう……出よっと」  
 用を済ませてピピっとウォシュレットのボタンを何気なく押す。瞬間。  
 太いワイヤーが後ろの壁からピシュンと飛び出て、あっという間に舞衣の足をぐるぐる巻きにした。  
「へっ?」  
 太ももに絡みつく黒いワイヤー。  
 なにこれ。わたし、ひょっとして縛られてる? なんで?  
 舞衣が疑問を持った直後、タンクの脇からも同じようにワイヤーが出て、舞衣の腕を巻いた。  
 夏服で露出した舞衣の肉つきのよい太ももと、二の腕を、ワイヤーが締め付けている。  
 ようやく、舞衣は叫んだ。  
「や……やだあっ! なにこれ! なにこれ!?」  
 じたばたと全身を動かすも、ワイヤーは余計に食い込んでいき舞衣の体を拘束していく。  
 どころか、太もものワイヤーはじわじわと動いて、舞衣の足を開かせていった。  
 小用で露出したままの局部が、ぐいぐいとあらわになっていく。  
「誰か! 誰かいないーっ!?」  
 声を張り上げてみるも、反応はない。そもそも旧校舎に人気などない。  
 どうしよう。どうしようどうしよう? なに、どうすればいいの?  
「あ、そ、そうだ! スイッチ!」  
 ウォシュレットの使い方を間違えたのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。  
 そう思い込んでみた舞衣は、手当たりしだいにポチポチと右手でボタンを押していく。  
 それは地獄の幕開けだった。  
 ボタンの一つを押した瞬間、便器の前の床がパカリと開いたのだ。  
 そして中から出てきたのは、歯医者で見るような長いアーム。  
 ただし先端にはドリルではなく、何枚も重ねあわせた羽が付いている。  
「――はえ?」  
 アームは機械音を立てながらまっすぐに迫り、股間のすぐそばに到達した。  
 白い羽がくるくると回りだす。キュイーンという音を立て、残像を残しながら。  
「あ……ま、まさか……っ! やああっ!」  
 舞衣は顔面を蒼白にさせる。  
 長い黒髪を振り乱して、逃げようとする。が、無駄な努力だった。  
 回る羽は、舞衣の局部、それもクリトリスにまっすぐに狙いを定めていた。  
 
 ――ちょん。  
「ひああっ!?」  
 ちゅるちゅるちゅる。  
 回る羽の一枚一枚が、一秒に何回も舞衣のクリトリスを撫でていく。  
「ひゃ、あ、あ、ひやあああっ!」  
 身悶える。  
 口を半開きにさせ、なんとか腰を引こうとする。でもムダだった。  
 羽たちは正確に舞衣の小さなクリトリスを撫で、さすり、くすぐっていく。  
 一枚一枚は強い刺激ではなくとも、連続した動きが舞衣を恒常的に責める。  
 がくがくとお腹が、太ももが、全身が震えていた。  
「ひゃああっ! やあっ! やああっ!」  
 やがて羽の音にくちゅくちゅという水音が混じり始めた。  
 愛液をすった羽が、舞衣を絶えずくすぐっていく。  
 くるくる。なでなで。くちゅくちゅ。しゅるしゅる。  
 駄目だった。  
 もう限界だった。  
「ひあ……ああああああっ!」  
 全身にものすごい快楽。  
 舞衣は足を限界まで伸びさせて、最初の絶頂を迎えた。  
 その間も羽は舞衣を撫でさすっていた。  
「はああ……ない……これぇ……」  
 視界がぼやけていた。  
 涙が止まらないようだ。口からはよだれが出ている。  
 股間の刺激は舞衣の心とカラダの両方をかき乱していた。  
 ――それが、いきなり止まった。  
「……え?」  
 終わり?  
 そう思ったが、ぼやける視界の向こう側に舞衣は『二本目』のアームを認めた。  
 アーム部分は同じ。ただしその先端には――歯ブラシが付いている。  
「――!!」  
 いや。ちょっと待って。それ、だめだよ?  
 心の声。でも体は言うことを聞いてくれない。  
 聞いてくれていたとしても、なおも締め付けを増すワイヤーの前に意味など無いのだろうが。  
 二本目のアームは羽と入れ替わりで舞衣の股間にたどりつくと、ブウウとうなり音を上げ始めた。  
 電動歯ブラシ、そのものだった。  
 
「や……やあ、待って、待ってまってまってまって―――――――あ」  
 ぐいんとアームが曲がり、歯ブラシが舞衣のクリトリスに触れた。  
 舞衣の視界に、火花が散った。  
 ブラシが猛烈なスピードで、舞衣のクリトリスを、しゃこしゃこしゃこしゃこっ! と磨いたのだ。  
「み、みがか、ないっ! あ、あ、ひゃああああっ!」  
 羽の比ではなかった。  
 毛の一本一本が舞衣のクリトリスを正確に捉え、突き刺し、ビィンと弾く。  
 それが何千本もだ。クリトリスが、やすりにかけられる金属のように磨かれていく。  
 痛みと、痛みを何万倍も超える快楽。  
 羽の優しい愛撫により研ぎ澄まされた舞衣の快楽機関を、歯ブラシはダイレクトに攻撃した。  
「あふうううううううっ! ひゃああっ! ひゃああああ!」  
 舞衣は、全力で叫んでいた。  
 体中から涙やら汗やら愛液やらがぴゅっぴゅっと飛び出ている。  
 快楽の嵐が、股間から出て、止まらない。というより幾何乗数的に膨れ上がっていく。  
 まるで愛液を絞り出す機械のように、歯ブラシは無常に舞衣を責め立てていく。  
 ぶるるるるるるる、とクリトリスを強烈に刺激して、舞衣の精神を壊し続けていく。  
「それやめやめやめ、あひ、ひゃあああぁぁぁぁああっ!」  
 いった。何回もいった。何十回かもしれなかった。  
 ぴんぴんと弾かれたクリトリスはいまや舞衣の最大の弱点となっていた。  
 赤く膨れ上がり、愛液でぴかぴかに濡れている。  
 その上を歯ブラシが往復した。  
「やめええ、だめ、あ、あ、あ、あ、あ!」  
 肥大した快楽器官をゴシゴシと磨かれる。磨かれる。  
 それが何分も続いた。あるいは何時間。あるいは永遠。  
「うにゃあああああああああっ!」  
 絶頂で全身を伸ばす。  
 快楽。  
 それ以外に言いようがなかった。  
 自分はこんなものを知らない。知りたくなかった。いままでは。  
 でも今はもう知っている。もっと。もっと磨いて。クリトリス磨いて!  
「ひゃああああああっ! また、また! まちゃっ!」  
 腰を、今度は押し付けた。歯ブラシが、クリトリスを突き刺してくれた。  
 感覚がぬちゃぬちゃからぐさぐさに変わった。  
 心そのものが研磨されそうな、凄まじい痛みと、快楽だった。  
「はひいいい! いちゃきもちいいよおおおおおおおっ!」  
 ごしごし。ぴゅっぴゅっ。  
 ごしごし。ぴゅっぴゅっぴゅっぴゅっ。  
 いたい。でも気持ちい。きもちよすぎる。もっとして。  
「もってょおおおおお! ごしゅって、しゅってえええええっ!」  
 ほんの僅かに残った理性が、本能を肯定する。  
 磨かれるたびに、舞衣の穴から本気汁が飛び出て床を汚した。  
「こしゅ、こ、こ、こしゅてええええええええっ!」  
 視界は真っ白に染まったままで、その中にスパークが舞っていた。  
 舞衣は、そのまま、叫び続けた。  
 永劫に続くかと思われる刺激の中で、ひたすらに機械の快楽を求め続けた。  
 
 ――舞衣が意識を完全に失ったのは、それから三時間後のことだった。  
 
 目覚めた舞衣は、自分がベッドに寝かされていることに気づいた。  
 白い床。白いシーツ。白い天井。どうやら保健室のようだった。  
 服は――着ている。ただし、制服ではなくジャージだった。  
「気付いたかね」  
「……先生?」  
 メガネを付けた、無表情の白衣の男。見覚えがある。この中学校の保健医だった。  
 保健医は舞衣とじっと目を合わせると、ふむ、と感心したふうにうなずいた。  
「その様子だと正気のようだな。よくまあ、保てるものだ」  
「……あ」  
 意識が、あの快楽地獄にフラッシュバックする。  
 自分は―ー助かったのだろうか? あるいは、最初からただの夢だったのか?  
「夢ではない」  
 メモ書きを取りながら、保健医が答えた。  
「私が趣味で作った、拷問用の機械だ」  
「しゅ、しゅみ?」  
「人間の快楽を技術で引き出す研究だよ。貴重な実験レポートが取れた。礼を言う」  
 保健医は悪びれもせず、ぺこりと頭を下げた。  
 いや。ちょっと待った。  
 お礼を言われたって、いろいろ困る。明らかに犯罪なのである。  
「濡れた服はすべてカバンにまとめておいた。もう帰りたまえ、夜だぞ」  
 それっきり、保健医は興味をなくしたようだった。  
 机に向かって、何かのレポートをがりがりと書いているようだ。  
 舞衣は呆然としたまま、考えた。  
 通報する。問い詰める。なぜこんなことをしたのか聞く。  
 いくつもの選択肢が頭に浮かんだが、どれを選ぶ気にもなれなかった。  
 疲れていた。  
 舞衣はふらりと立ち上がり、浮遊感のある足と朦朧とする意識を抑え、カバンを手にとった。  
「――ああ、あと一点」  
 振り向く。保健医が、右手に何かを持っていた。  
 モーターと紐、そして先端にはプラスチック製の透明な吸盤が備えられていた。  
 吸盤の大きさは――ちょうど、クリトリスがすっぽりと収まりそうなぐらい。  
 保健医はその機械をぶらぶらと揺らしながら、無表情で、問いかけてきた。  
「これも、レポートが欲しいのだ。お願いできないか」  
 舞衣はしばらく黙りこんだ。絶句していた。  
 だが、やがてごくんとつばを飲み込むと、勇気を出して、こくんと頷いてみせるのだった。  
 
(完)  
 

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