美女には、夫がいた。
雄々しく、猛々しく、そして優しい夫。
魔族の王と戦い、そして敗北。
その武勇を称賛する文面と共に送られて来たのは、夫の愛用した、分厚く武骨で飾り気のない鎧と兜だった。
美女に浴びせられたのは、若くして未亡人になった同情と、魔族を討ち果たせぬ亡夫への罵倒の言葉の嵐。
それから数年。
美女は町の外れで一人で暮らしながら、一人剣を振り続けた。
か細い腕に肉が付き、剣を振るのにも慣れた頃に、美女は魔族の王に一騎討ちを挑む旨の手紙を送り付け、魔族の王はそれを快諾――最も、これは勝つか負けるかの戦いではなかった。
美女は魔族の王と戦うも、力の差に押されて吹き飛ばされ、意識を失って。
――ここはどこ。涅槃?
美女はほぅっと息を吐くと、上半身を起こした。
数年ぶりの清々しい目覚め。
無理もない、魔族の王に挑むまで、彼女は自らの修羅を飼い慣らせなかった。
「やっと目覚めたか」
「っ!」
美女にかけられた声は、紛れもなく彼女が挑んだ魔族の王の声だった。
「貴様の夫は良き戦士だった。なまじっかの勇者よりも、遥かに勇ましかった」
「……でも、敗れた」
「そう。だが、我は勇者を好む。貴様の夫も出来る限り丁寧に葬ったし、墓も上等なものを作った。何より――」
魔族の王は、剣を取り出した。
鎧や兜と同じく、飾りも色気もない、ただの白銀の剣。
刃の殆どが欠け、柄には血の跡が黒く残っているが、紛れもなく彼女の夫の剣。
「この剣は、我が至宝よ。我が命に、後四寸足りなかった。四寸の差で我は勝てたのだ、かの勇者に」
それを聞いた美女は、泣いた。
冒涜と侮辱しか無かった人間よりも、魔族のほうが夫を認めている。
その事実と、眼前の偉大なものが、夫を誉めていることが、嬉しかった。
「ところでだ」
美女の落涙に水をさすことを気にしながら、魔族の王は囁いた。
「貴様は、我が妻となれ」