「これ以上、九条君に色目使うの、やめて貰えませんか。」  
目鼻立ちのくっきりした、華やかな顔立ちの女生徒は、友人を二人も引き連れて私の前に  
立ち塞がった。  
この子が絡んでくるのは、これが初めてではない。がんばれ、がんばれ私。  
いいオトナとして、小娘の言い掛かりには毅然とした態度を貫くのよ。  
「色目……って何のことかしら? 私は先生で、彼は生徒。先生と生徒の間に、そんなことは  
ありえません。」  
私は精一杯取り澄まして言った。  
「九条君はせっかくクラスに馴染みかけてるんです。これ以上保健室なんかに入り浸るのは  
彼の交友関係にとって良くないと思いませんか? 先生。」  
交友関係、って言うより、あなたが誘ってもなびいてくれないから、こっちに八つ当たりしに  
来てるんでしょ? と言いたいのをぐっと堪え、あくまでオトナのスマイルで。  
「保健室は誰が来てもいいところだから……。あなたも、来てみたらどうかしら?   
いつでも、相談に乗るわよ。」  
男漁りに来られるのはごめんだけどね、と心の中で付け加える。  
 
「先生はよっぽど、高校生の男の子が好きみたいですね。ちやほやされるから?   
いい年して、みっともない。」  
そういう彼女は、しわやたるみはおろか、にきびもそばかすもない、ピカピカの肌をしていた。  
若いってのはそれだけで素晴らしい。私が高校生のころは、こんなに綺麗な女の子じゃなかったけど。  
「ええ、先生もいい年ですから、色目を使ったりなんてしないの。あなたのちょっとした、  
勘違いじゃないかしら。」  
まだ若い彼女は、きつい感じの目でキッと私を睨む。  
「勘違いしてるのはあなたのほうでしょう?! デレデレしちゃって、みっともないのよ、このブス!!」  
やった。こういう問答は、先に激昂したほうが負けである。  
「まあ……。先生は相談は受けるけど、謂れのない中傷を受ける義務はないの。これで失礼するわね。」  
にっこり笑って足早に通り過ぎると、なによババアのくせに、と棄て台詞が聞こえる。  
 
生徒同士の交友関係に口出しするつもりはないけど、友樹君にああいうキツい娘はあんまり似合わない  
と思うな。もっと大人しくて、落ち着いたタイプのほうが……。  
いや、私は先生だから、あくまで関係ないんだけどね!!  
 
 
   *     *  
 
 
私がその子、九条友樹君と会ったのは、一年ほど前のことだった。  
いじめを受けて不登校になり、その後、保健室登校を許可された男の子。  
初めて会ったときは、眼鏡の奥の神経質そうな目がこちらをおどおどと窺っていた。  
成績はトップクラスだったのが、いじめを受けて急落。最近の定期テストは別室で受けたと聞いた。  
父親は大企業に勤めていて、家庭訪問をした担任の話だと自宅は「結構な豪邸」だとか。  
最初のうちはただ連れられてきて、黙々とノートと教科書を広げ、時間が来たらなにも言わずに帰ることの  
繰り返しだった。  
でも、そのうちに慣れてきて、私がいても緊張の色を見せなくなる。休憩のときに一緒にお茶を淹れて  
あげたりすると、素直に「ありがとう。」と言ったりする。  
 
「ティーバッグじゃなくて、ちゃんと茶葉で淹れてあるんだ。美味しい。」  
紅茶の味が分かる男子高校生なんて、初めて見たわ。  
この子本当にお坊ちゃんなんだなあ、って思う。家には綺麗なティーセットの収まった立派な戸棚があるのが、  
見えるようだわ。お弁当食べるときの箸遣いなんかも、妙に品がいいし。  
しかも、笑うと意外と可愛い。女の子にも、もてるんじゃないかしら。  
 
私とは、大違いだな。  
 
いじめってのは、いろいろ持ちすぎてる子が妬まれて標的になることもあるのよねー、と思う。  
持ち過ぎてる子も、持たな過ぎる子も、クラスの異端という点では同じ。……それが、いじめだ。  
彼は少しずつ、自分のことを話してくれるようになっていた。  
 
彼の話を聞いていて思ったのは、非常に感受性が豊かというか、繊細なこなんだなあ、ってこと。  
暴力的ないじめは、確かにあった。けれど、彼が医療機関のお世話になるまでにエスカレートした時点で  
表面化し、複数の大人の介入を受けてすでにおさまっていた。  
それでも、今も彼を悩ませるのは、いじめを通して垣間見た傍観者の恐ろしさと冷たさ。  
安全だと信頼することの出来ない教室で、どうして他のことに集中することができるだろう?  
 
彼は頭のいい子で、話を聞いているとなるほどと思ってしまい、つい頷いて終わりがちだったりする。  
いやいやでも、8年あまりもこっちの方が人生経験は上なんだから、何かいいアドバイスができたらなあ、  
とは思うのですよ。  
私だって、人並みに苦労はしてるわけだし。  
 
「それでも、身近な人がひとりでも大切だって言ってくれさえすれば、なんとかやっていけちゃう  
ものなのよね。友樹君にもいるでしょ、そういう人。例えば、御両親とか。」  
この子を見てると、家庭訪問なんかしてなくても、二親揃って、たっぷりと愛情を掛けられてるなあ、  
って思う。誰よりもこの子を愛してるのは、まず親だ。  
 
「親……は、でも、思い通りの息子が欲しいだけって気がするし、俺はその点では、  
もう駄目だな……。」  
うむむ、そう来たか。そういや、私も高校のころは親の愛情とか言われても、全然信用して  
なかったっけ。  
高校生って、そういうお年頃なのかも。  
それでも、実は親が一番に心配してたりするんだけどね。  
私はどうやって、前を向いたんだっけ。  
 
母子家庭で育って、いつも仕事で母はいなくて、自分自身も家事で忙しくて、それが日常だった。  
気がつくとクラスでは浮いてて、流行のおしゃれの話題にも乗れなくて。根暗な子だったな。  
私はこの世界に、いなくてもいい子なんじゃないかなあ、って思ってた。そうすれば、  
お母さんだって苦労せずに済むし。  
本当に、消えてしまいたかった。  
息をひとつするごとに、次の息こそ、止めてしまいたかった。  
でも、そんな私を引き上げてくれた何かが、あのときあった。  
 
そうだ、サチ。  
通学電車とホームの間に吸い込まれそうな気持ちで立っていたとき、彼女がばーんと背中を  
叩いてくれたんだっけ。  
「どうした? 朝からしょぼくれた背中して!」  
なんて言って。  
サチは運動部やってて元気で明るくて、それまで全然親しくなんてなかった。なのに彼女には  
そんなつもりは全くなかったとしても、そのとき彼女は確かに私の危ないところを救ってくれたのだ。  
それから、「朝の元気、分けてやるよ!!」なんて言って、買ったばかりのいちご牛乳を  
くれたりしたんだっけ。  
「私って、いてもいい子かな?」なんて変な質問をしても、  
「おうっ!! 来週の球技大会、はるかがいないとバレーの頭数たりないだろ? いないと困るって。」  
と、迷わず答えてくれたのだ。  
サチはパワーに溢れていて、彼女の言葉には有無を言わせぬ力があった。  
バレーの頭数。そのときの私には、何故かそれだけで良かった。涙が出た。一番危ないときに、  
サチにそういわれただけで、自分ではどうしても抜けられなかった自己否定の迷路から抜け出せた。  
 
私は彼女が大好きになって、球技大会も頑張った。それからは友達も増えてきて、悩む暇なんてなくなった。  
サチとは今もいい親友だ。  
 
以来、彼女みたいになりたくて、彼女みたいに誰かに元気を分けてあげられる人になりたくて、  
私はいままでやってきた。  
 
 
 
「先生じゃ、だめかな?」  
「……何が。」  
「友樹君を、大事だって言ってあげる人。友樹君がいないと、先生寂しいと思うし。」  
この子はいい子だ。こんなところで、潰れていい子じゃない。  
十代の綺麗な瞳が、私にまっすぐ向けられる。男の子と見詰め合うなんて久しぶり、とか  
照れてる場合じゃない。  
この子にはまず、信頼できる親友が必要だ。  
私がその親友になろう。  
 
 
     *     *  
 
 
その日から、彼は変わった。  
元々出来る子なのだ。  
独学の自習だけで難なく授業に追いついたし、テストの点数も元通りとまではいえないけれど、  
それなりに上がった。  
保健室に来てる子達と話すのを聞いてると、その知識の広さと考えの深さにびっくりする。  
以前の彼は周りの生徒とその辺のギャップを埋められなくて、とっつきにくくて高慢な感じ  
だったけど、近頃の彼はあたりが柔らかくなって話しやすくなったみたい……と、  
保健室に来ていた彼の同級生に聞いた。  
そうなると、男友達だけでなく、女の子も寄ってきたりするわけで。  
でもトモキ君は、女の子にはまだそんなに興味はないそうで、告白されても片っ端から  
断っているみたい。  
眼鏡はやめてコンタクトにしたら見栄えがよくなるんじゃ……と思っていたときもあったけど、  
そうなると更に女の子が寄って来そうで、ぐっと飲み込んだ。  
 
「ねえ先生、見てた?! シュート決まった!!」  
ハイハイ見てましたよ最初っから。  
だって君は、目立つんだもん。  
 
そんな彼が、屈託なく笑顔を向けるのが私だけだという状況に、密かに優越感を感じていたことは、  
否めない。  
でも彼と私は先生と生徒。それ以上なんてあるはずもない。  
彼の心の中で大事なところにいる親友。それだけでいい。  
いつか大人になって、何かの拍子に思い出してくれたらいい。  
そういう存在になりたい。  
 
 
     *     *  
   
彼も進級して3年になり、少しだけ大人びた表情をするようになった。  
背も少し伸びて、まっすぐに背筋を伸ばして歩く姿は普通に格好いい。  
初めて会ったとき、保健室で背中を丸めていた姿とは大違い。  
 
彼に告白する女の子も、それに伴って振られた女の子も積み重なって膨大な数になり、その怨念は  
唯一仲良くしている女である私に向かうようになった。  
 
面と向かって言いがかりをつけてくるなんていうのは、正々堂々としていて逆に気持ちがいいくらい。  
保健室を外すとき、うっかり鍵を掛け忘れただけで、机の引き出しを荒らされたり、嫌がらせの  
落書きやメモを置かれたりした。勿論古典的に下駄箱も荒らされた。  
でも、こんなのは平気。  
私だって、友樹君ほどじゃないけど、いつもクラスの端っこにいたんだから、こういう普通の  
いじめ程度はなれっこなのです。いまさら学生レベルの悪意に怯む私ではないのよ。  
 
でも、学校宛に、文書の形で届く中傷には閉口した。  
高校生にもなると、大人相手にこういう手を思いつく小狡さが加わって可愛くない。  
曰く、「養護教諭の繁谷遥と、3年B組の九条友樹は、保健室で淫行に及んでいる。」  
曰く、「某月某日、繁谷遥と九条友樹の二人の密会を目撃。場所は云々。」  
 
反論するのも馬鹿らしいほどの事実無根の中傷だ。  
多分振られて逆恨みした女の子だとは思うけど、かつて好きだった相手も纏めて中傷するという  
根性が腐っている。それとも、可愛さ余って憎さ百倍という奴だろうか。  
 
あまりにも事実とかけ離れているということは理解してもらえて、成績がトップクラスで  
東大さえ圏内だという友樹君には何のお咎めもなしだった。  
代わりに私には、厳重注意。  
そもそも疑われるようなことをしている君が悪い、だって。  
 
保健室で今後、彼と二人きりにならないこと。  
できれば保健室に、来させないようにすること。  
それが未来ある若者のためです。  
 
ごもっとも。  
でも中傷文の内容を彼に伝えるかどうかまで私に丸投げってどういうこと。  
確かに青少年の健全育成に良くないようなことが細々と書かれていたけど。  
言えるわけないじゃないの、あんな──あんな恥ずかしい中傷のために、もうここには来ないでなんて。  
 
私は友樹君に中傷文のことを告げられずにいたことを、恥じらいのせいだと思っていたけれど、  
もっと後になってから考えると、実は違ったのかもしれない。  
ただ、隠された欲望が暴かれるのが、怖かったのかも。  
 
 
 
彼には肝心なことは何も言えないまま、ただ、もうあんまり来ない方がいいとだけ言った。  
もうすぐ受験で忙しくなるし。  
いい大学狙ってるんなら、こんなところで時間潰してないでしっかり勉強しなきゃ。  
 
対する彼はあんまり聞いてない様子だった。  
大丈夫、時間はちゃんと見てるし。勉強もしてるし。  
学校での勉強と家での自習の間のちょっとした息抜きだよ。  
 
彼と私は、どうだったらもっと良かったんだろう?  
私が、あと10歳ほど年上だったら?  
私が、既婚だったら?  
あるいは私が、男だったら?  
そうしたら妬まれることも非難されることもなく、いい関係でいられただろうか。  
 
大学を出て4年余り。共学だった大学時代に比べて、就職してしまうとびっくりするほど出会いがない。  
そりゃあ彼氏がいなくて寂しくはあるけど、友樹君は高校生にしてはかっこいいけど、  
いくらなんでも生徒と恋愛はご法度だし。  
毎日充実してるし、当分一人でもいいとは思ってるんだけど。  
 
そうだ、性別も年齢もどうにもならないし、急に既婚になれるわけもないけど、実は彼氏がいます、  
って言っておくのはどうかな。  
だからあなたたちのライバルにはなりませんって。  
女の子達もそれで結構納得して、大人しくなるかもしれない。  
うんうん。  
分かりやすいアイテムとして、指輪、とかどうかな。どうせ中傷文を送った生徒も本人が  
卒業すれば大人しくなるだろうし。それまでの間のことだし。  
子供騙しだけど。  
 
というわけで、次の休みの日、貯金をはたいて自分用に指輪を買った。  
店員さんに何度も「左手の、薬指でございますか?」って念を押されたけどね!!  
放っときなさいよ!! 人にはそれぞれ事情ってもんがあんのよ。  
 
 
     *     *  
 
 
女の子達へのプレゼンテーション(?)は、割と上手くいったと思う。  
普通の女の子はそういう話題が好きだし、アクセサリーも好きだし、私に敵意がある子達だって、  
私に友樹君じゃない彼氏が出来るなら、その方がいいのだ。  
女の子達は、騙されたがっていて、虚構の彼氏の作り話に興じてくれた。  
 
でも、なんで?  
何で友樹君はそんなに辛そうな顔をするの?   
「男が出来たんだ? だから俺には、もうここに入り浸るなって?」  
 
そうじゃない。  
そうじゃないの。全部、君のため。私の中では。  
「そうじゃないの。友樹君にはもう、ここはなくてもいい場所だから……。もっと友達と、  
付き合ったほうがいい……。」  
もっと友達と付き合って、先生という飾りを取ったらただの年増な私のことなんか放っといて、  
そしていつか懐かしく思い出してくれればいいから。  
 
「何だよそれ。ずっと俺の味方だって言ったくせに。いないと寂しいって、言ったくせに。」  
思い出させないでよ。  
君がいないと、寂しいよ。  
でもそんなこといってられないんだから。先生は、先生なんだから。  
そして君は、前途有望な生徒なんだから。  
「それは……、今でも、そう思ってる。」  
いっそのこと、男だったら良かったかな。  
そうしたらもっと自然に、君と一緒にいられたかな。  
もっとずっと、一緒にいられたかな。  
 
「これ、新しい男に貰ったんだ……。結婚するの? その男と。」  
彼は大きく逞しい手で、私の左手首を掴んだ。  
 
 
だめ。  
 
壊れてしまう──『わたし』が。  
 
握られた手首が、熱かった。全神経がそこに集中して、彼の感触を捉えようとする。  
「先生、相手の男に言われた? 余計な奴に、関わるなって。高校生といえど、男なんだからって。」  
「違……っ……」  
違うの。そうじゃないの。高校生って言うのは、男じゃないの。男の範疇に入れちゃ駄目なの。  
だって、私は先生で、君は生徒なんだから。  
たとえ──どんなに好きでも。  
 
「じゃあなんで、俺を避けるんだよ!! 俺の目を見ないんだよ!! 幸せで仕方ないんだって、笑えばいいだろ?!」  
楽しかった、幸せだった。君といて。  
はるか先生、って呼びかけるその笑顔を、いつも楽しみにしてた。  
あの中傷文のこと、言えなかったのは、それが本当は私の望みだったから。  
そんな気持ちはないって言いながらも、許されないって知りながらも、君とそうなることを夢見てた。  
ばかみたいだね、私。  
 
 
突然、広い胸に抱きしめられた。  
全身に火がついたようにカッと熱くなる。  
 
だめ、だめ、だめ。  
そんなのだめ。  
 
──違ウ、ヤメナイデ。  
 
「先生、知ってた? 俺、先生が好きだった。ガキだけど、本気で。」  
多分、知ってた。  
気付かない振りをしながら、熱い視線を、感じてた。  
あの視線を感じると──カラダガ、熱クナッテタ。  
 
やめて、やめて。暴かないで。女の『わたし』を。  
 
いつだって真面目で品行方正。  
間違ったことは許しません。  
そうでなきゃならないの。  
母子家庭の子だから余計に、正しくあらねばならないの。  
先生になって余計にそうなの。  
女の欲望なんか、厳重に包み隠さなきゃいけないの。  
生徒相手に恋なんか、しちゃいけないの。そうでしょう?  
生徒を惑わしちゃいけないの。  
未成年との淫行なんか、もってのほか。犯罪です。  
想像するだけでもいけないの。  
夢で見ても、すぐに忘れなきゃ。  
だから、ねえ。  
──ヤメナイデ。  
 
 
「必死でいい子の振りしてたけど……、なんか、もう、疲れたな。」  
いい子の振りをしていたのは私。それこそ必死で。死にものぐるいで。  
手首を縛りつけられて、自由を奪われて悦んでいる私がいる。  
──ハヤクチョウダイ。欲シイ、欲シイノ──  
「叫んでいいよ、先生。俺は停学でも退学でも、もう恐くないから。」  
だめ、それはだめ。  
「だめ……!! 友樹君はこんなこと、しちゃいけない……!!」  
 
男に身体を愛されるのは、久しぶりだった。  
彼の少し骨ばった手が触れるたびに、おかしいほどに濡れてしまう。  
──待ッテタ、ズット待ッテタ。好キ、好キナノ、君ガ好キ!  
身体が感じるほどに、欲望と理性に心が引き裂かれる。私は長い間、自分の欲望を  
ないものとして押さえ込んできた。自分の恋心も。  
そしていま、好きな男の手に触れられて、欲望が暴れだす。  
 
恋人がいなくたって、そりゃあ平気だったはずだ。好きな相手に好かれて、傍にいて  
もらったんだから。  
きっと私は、欲望に満ちた目で彼を見てた。  
そして彼を誘惑した。  
「もういいんだ、いい子のふりなんて。結局は、何も手に入らない。」  
彼は苦痛に満ちた目でそう言う。彼はずっと泣きそうな顔をしていた。  
彼を傷つけたのは、私だ。なのに、欲望は更に疼く。  
──傷ツイタノ、傷ツケラレタノ。コッチヘ来テ。私ノカラダデ、ナグサメテアゲル!!  
 
ネエ、来テ、来テ、欲シイノ、焦ラサナイデ、気ガ狂イソウ。  
いや、だめ、だめ。君はこんなこと、しちゃいけない。  
心は千切れそうなのに、身体は否応もなく高まっていく。  
 
ずぶり、と、彼が入ってきた。  
何年も男を受け入れることなんて忘れていたのに、濡れそぼっていた私のそこはほとんど  
抵抗もなく彼を迎え入れた。  
そして圧倒的な歓喜に貫かれる。  
「あぁっ……!!」  
間髪をいれず、彼の手が私の口を塞ぐ。  
「ごめん、声上げていいなんて言ったけど、気が変わった。やっぱりこれは……邪魔されたくない。」  
私の耳許で囁く声はぞっとするほどの色気をはらんでいて、声だけでもゾクゾクと感じてしまう。  
いつのまに、こんな声を出すようになったのだろう。  
いつかの少年は、瞬く間に成長し、大人の男になって。  
そして私を魅了する。  
彼は私を抱きしめるようにして腰を動かした。  
 
「あぁっ!! 友樹君、いいのっ、君の、凄くイイの!! 好きっ、好き!!!」  
口を塞がれていなければそう叫んでしまいそうだ。  
代わりに、彼の手のひらにこっそりキスを繰り返しながら、快感を貪る。  
技巧も無く突かれた短い間に、何度も達してしまった。  
 
 
 
強過ぎる快感の余韻で動けない私から、彼は出て行った。  
私は喪失感に身震いする。  
「もう……、終わったでしょう……。早く、ほどいて……。」  
見られたくなかった。汚い私。  
生徒と交わって、腰が抜けるほど快感を感じてしまう私。  
なんて、淫らな。  
獣にも、劣る。  
 
「終わった? 冗談じゃない。」  
彼はもう泣きそうではなかった。微笑んでさえいる。  
それだけに、彼の苦悩の深さがわたしの胸を刺すのだった。  
彼はまだ終わらないと言う。  
こんなこと、見つかったら大変なことになるのに。  
なのに、私のカラダはぞくぞくと疼いて。  
その業の深さに戦慄する。  
 
「一回目は性急過ぎたからね。次はもっとゆっくり、愉しませてあげるよ。」  
彼は私の口を塞ぎ、言葉の通りに、全身をゆっくり愛撫してくれた。  
ああ、夢みたい。  
本当は、何度も夢に見ていた。  
その度に、無理矢理忘れるようにして。  
 
彼はとても勘が良かった。  
イイ所は、身じろきして軽く呻くと、何度も繰り返し愛撫してくれて。  
一度目は勢いでいかされたけど、二度目は技巧でいかされた。  
 
射精後に汚れた彼の一物も、嫌がる振りをしながらその実、喜んで奉仕した。  
──ああ、これが私のなかに入って、あんなふうに動いて……  
そう思うだけで、奉仕に熱が入る。  
そして、私の口の中で彼が固さを取り戻すのを感じて、また濡れるのだった。  
 
三回目は、さすがに彼も疲れたのか、密着するようにして甘えてくる。  
三度目は、肌の触れ合う気持ちよさと、彼の可愛さに感じさせられた。  
 
 
そして一人になって、絶望に苛まれる。  
汚い、欲望にまみれた私。  
汚い、汚い、汚い。  
あまつさえ一人の夜、彼の硬さを思い出しては自慰に耽った。  
あんなことがあって、どんな顔をして先生を名乗れるだろう。  
 
学校には、辞表を提出した。  
 
私が許される場所は、どこかにあるのだろうか。  
 
 
 
 
     ──終──  
 
 

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