………  
……  
…  
蝋燭の灯がゆらゆら揺れる。その仄かな明かりの中で、行われる激しい情事。  
それは獲物の肉を食らい尽くす獣のように。彼女の意思など無関係に、角度を変えては何度も突き上げる。  
――中を抉る様に進退を繰り返してくる割には、彼の愛撫は驚くほどに優しかった。  
雪のように白い柔肌をまるで原石を磨くように指でなぞり、丁寧に舌を這わせる。  
感じやすい彼女の体はそんな優しい愛撫にも過敏に反応し、徐々に昂っていく。  
守るように閉じた脚に手を添えて少し動きを促してやれば、彼女はそれに応えた。  
従順さを褒めるように内股を撫でると、押し殺した甘い声が漏れた。  
愛撫を続ける手が少しずつ付け根へと向かっていく。  
「へい……か…」  
か細い声でそう呼ばれ、焦らすように動いていた指がとろりと潤った蜜壷を撫でる。  
ゆっくりと中へ進入していく指の感覚に、喉の奥から悲鳴に近い声が挙がる。  
その途端、彼はふと微笑み、彼女に口付けを落とす。彼女の不安を取り除くかのように。  
短くも長い口付けの後、彼は微笑を残したまま髪を撫で、濡れそぼった蜜壷に一気に己を突き立てる。  
「やぁ……ああっ、や、ぁんっ…!」  
彼女が可愛らしく喘ぐ。蕩けるような快楽に身を委ね、それでも大きな声を出すまいと必死に耐えている。  
毎晩の行為ですっかり自分のものと馴染んだ彼女の中は、彼を放すまいときつく締め上げてくる。  
彼女の体は求めている。欲しがっている。彼女の要求に存分に応えようと細腰をがっちりと押さえつけ、己を突き上げては引きを繰り返す。  
「あっぁ…ふ…ああぁっ、うあぁあっ……!」  
彼女の声色が変わった。自制心が脆くも崩れ去っていくその様を眺める。この上ない悦び…のはずなのに。  
何故か苦しかった。心から欲した女を手に入れたはずなのに、何故か虚しい。  
――ちがう。  
そんなものはまやかしだ。自分はこれでいい。このままこの女との肉欲に溺れていくだけで。…もう、それしか彼女を手にする術は無いのだから。  
突如沸いて出てくるまやかしを振り切ろうと、さらに強く、さらに激しく腰を打ち付ける。  
「やっ…あぁ、あぁあああああぁぁあっ!」  
掴んでいた細腰がびくんと跳ねる。締め付けが一層きつくなったのと同時に、彼の欲望を解き放つ。  
全てを注ぎ終わり、己を引き抜く頃には彼女は既に熱に浮かされ、果てていた。  
 
翌朝、朝食を終えたローラントが執務室へ向かう途中のこと。執務室のやたら豪勢な扉の前に、浅黒い肌の青年が佇んでいた。  
青年はローラントの姿を見かけると、深々と一礼をする。  
「昨晩もお楽しみでしたね。」  
貼り付けたような笑顔をこちらへ向ける青年に、眉をひそめた。  
「…実によい趣味を持っているな、シュロ」  
「いえいえそんな。私はただ職務を忠実に全うしているだけですので。」  
「他人の戯れを覗き見ることが、か?」  
「陛下もお人が悪い。私めは貴方の懐刀。常にお傍にお仕えしていれば、嫌でも目に入ることくらいお分かりでしょうに。」  
シュロ、と呼ばれた青年はローラントの後に続いて執務室へ足を踏み入れる。  
重い扉をきっちりと閉め、しばらく外の音を伺った後に一呼吸。ネクタイを気だるげに解き、髪を掻き揚げる。  
「しっかし、毎晩毎晩ズコバコヤりまくって…お前の絶倫ぶりには頭が下がるぜ。」  
一国の王と対峙しているとは到底思えぬ下品な言葉の数々と、横柄な物言い。普通ならば、不敬として罪に問われるところであるが。  
「ほざいてろ、出歯亀」  
彼の不敬を咎めることもせず、書類に視線を移したままそう呟く。肩の荷を降ろしたかのように緩やかな口調だった。  
彼が本来の姿を見せるのは城内でもたった二人の前でだけ。そのうちの一人が、このシュロである。  
 
シュロは物心付いた時からローラントの兄的存在だった。  
野山を駆けずり回り、あちこちで悪戯をしては2人して鉄拳制裁を食らっていた幼少期。  
彼のこれまでの人生の中で最も馬鹿げていて、最も楽しかった……そんな日々は突然終わりを告げた。  
母が病で急死してから程なくして、彼の前に王の使いを名乗る集団が現れ唐突にこう言い放つ。  
「貴方様は王家の御印を持っている。間違いなく国王陛下のご子息だ。」  
――彼の母は国内でもそれなりに名の知れた踊り子だった。  
収穫祭という大舞台で奉納の舞を披露した折に偶然先代の王の目に留まり、寵愛を受けた。  
そして、たまたま身籠った子が“ローラント”と呼ばれる前のローラントだった。  
彼女は妃として城へ迎え入れられるが、誰よりも美しかった彼女は嫉妬に狂った他の妃達に様々な迫害を受けた。  
未遂に終わったものの、腹の子を始末しようと毒を盛られたこともあったほど。  
自分と我が子、二つの命の危険を悟った彼女は生まれて間もない赤子を抱え、逃げるように城を飛び出したのだという。  
それから妃たちは後継者争いを始め、それが次第に激化。  
追い討ちをかけるように城内で伝染病が流行り、気付けば王家の人間は国王とその弟夫妻を残し全て死に絶えてしまった。  
このままでは王家の存亡に関わると危惧した大臣たちが白羽の矢を立てたのが、彼だった。  
国王の直系は彼しかいない。だから、妾の子であろうと彼を皇太子にするしかない。血筋を重んじる王家の、苦肉の策だった。  
そして彼は強引に皇太子として王城に迎えられ、ローラントの名を与えられた。  
 
地獄だった、と、ローラントは言う。  
王城には自由など毛頭存在しなかった。野を駆け回るどころか城外に出ることも、一時期は部屋から出ることすらも禁じられた。  
自分の中の自由は頭の固い政治家や家庭教師らに人格と共に否定され、代わりに彼らの理想の人格と都合のいい教養と思想を植えつけられ。  
強制と抑圧と、嫉妬と嫌悪と、野望と欲望……そんなどす黒いものに晒される日々。彼の感情が薄れていくのは必然的と言っても良いだろう。  
ほとんど感情を失いかけたローラントの前に、風のようにシュロが現れたのは、今から7年ほど前だ。  
胡散臭い敬語を操り、作りこまれた笑顔を浮かべ、礼儀作法と戦闘術を叩き込まれ、それでも昔のままの悪友のシュロが。  
昔から変わることのない、頭一つ分高い視線から降ってくる悪戯な笑みにどれだけ救われただろうか。  
 
「んで、お前、満足なのか?」  
ひとしきり語り終えたシュロは一旦一呼吸置き、再び口を開く。いつに無く真剣みを帯びた声色に手が止まった。  
視線をシュロへ移すと、彼は真っ直ぐこちらを見据えている。  
「…満足?」  
「とぼけんな。ミオ姫との関係に満足してんのかって聞いてんだよ。」  
シュロはこう見えて思慮深い。いつもローラントの傍らにいて、誰に頼まれるわけでもなく自分の意思でローラントに遣えている。  
あまりの馴れ馴れしさに煩わしくなることもあるが、その思慮深さには頭が下がる思いだ。だが、それは時々彼を苛立たせる。  
最も自分のことを知るシュロだからこそわかる些細な変化。指摘されたそれが自分ですらも気付かないようなものだから、妙に腹が立つ。  
だが今回は違う。ローラントは気付いてるはずだ。それに気付かないふりをしているだけ。  
「欲しかった女を…ミオを手に入れた。ミオの初めての男になった。他の誰でもない、俺がだ。  
ミオの体は俺を求めている。俺の快楽に依存している。これを満足と言わないでなんと言う?」  
「依存してんのはミオ姫じゃない、お前のほうだろ。だから毎日ミオ姫を抱いてる。  
体で繋ぎとめておかないと、ミオ姫が離れていってしまう。それが不安なんだろ?」  
黙れ、とローラントが掠れた声でつぶやく。それ以上の言葉が出ない。だから、余計に苛立ちが募る。  
主が満足だと言っているのだから、それを素直に信じればいい…なのに。この男の思慮深さが恨めしい。  
「だったら尚更、ミオ姫とちゃんと向き合え。お前、本当は―――」  
「黙れと言っている!」  
ようやく絞り出せた声にありったけの怒号を込める。それでもなお怯まないシュロが、二の句を告げる前に立ち上がる。  
「俺はあいつの純潔を強引に奪った。泣き叫ぶあいつに欲望の限りをぶちまけた。  
あいつの心はもう、俺のものにはならない。心が手に入らないのなら、体だけでも手に入れる。」  
――ああする以外に、方法を知らないんだ。  
部屋を出る際にローラントの口から無意識に漏れた、音も無いその言葉はシュロの耳にしっかりと届いていた。  
主のいない執務室の中でシュロは大きなため息をつく。ローラントの不安は予想以上に大きく、そして重い。  
「…もっと簡単な方法があるじゃねーかよ、バカ野郎」  
 
謁見の間へ続く渡り廊下。その前方から見知った顔が歩いてくるのが見え、眉間の皺がさらに深くなる。  
引き返そうかと後ずさるも時既に遅し。見飽きた顔の老人はこちらの姿をしかと捉え、蝦蟇のような笑みを浮かべてこちらへ進み寄ってくる。  
「これはこれはローラント様! 本日はお日柄もよく―――」  
ローラントはこの男が心底嫌いだった。この国で、世界中を探してもこの男ほどローラントに信用されていない人間はいないだろう。  
この男は彼の前に現れた王の遣いの1人。妾の子である彼を毛嫌いし、汚らわしいものとして散々罵ってきた男だ。  
ローラントがこの城に招かれてから毎日のように痛感してきたどす黒いもの。それを凝縮して人型にしたものがまさにこの男である。  
散々罵っておきながら、ローラントが玉座に腰を据えた途端に報復を恐れてご機嫌取りと媚売りに必死なご様子は、滑稽過ぎてもはや失笑すら起きない。  
…シュロが傍に控えていたら、この男を上手くあしらえるのに。男の言葉を受け流しながらそんなことを思っていると。  
「それで……ミオソティス様とはいかがでしょうか?」  
思わず反応してしまう。つい先ほど、そのことでシュロに小言を言われたばかりなのだから。  
この男にだけは、彼女の名前を呼ばれたくなかった。この男が次に口にする言葉は大抵決まっている。  
「由緒正しき西の国の姫君を娶られたのは、ローラント様のお目の高さには目を見張るものがございますが。  
今後の王位継承のこともありますし、王族の繁栄の為にもここは是非ともわが国の美しき令嬢達の中から側室をお選びに――」  
いつもこの男を足蹴にしたいと考えていたが、今日は特にそう強く思う。ローラントが17歳の誕生日を迎えて以来、この男はその話ばかり口にする。  
わが国の、と前置きを入れてはいるが、この男の腹の内など既に解りきっている。我が娘サイネリアを側室に入れ、更なる権力を手にしようと考えているのだ。  
国王が側室を迎え入れても良いのは、正室が懐妊してからだとされている。毎晩ミオが私室によこされるのは、貴族達の差し金だろう。  
サイネリアはこの男の血を引いているとは思えないほど気立てがよく快活な女性で、ローラントの数少ない気心知れた友人である。  
戴冠式のときに初めて顔を合わせた時、狸のような父親とは似ても似つかぬ凛とした佇まいに驚いたものだ。  
人としても女性としても素晴らしいとは思うが、彼女を1人の女として見た事など一度もない。彼女は、シュロの女なのだ。  
「世継ぎのためとは言えども、ローラント様のお気持ちを無視するわけにはいきませんので。ここはどうか平生親しくしている我が娘のサイネリアを――」  
「黙れ」  
もうこれ以上この男の声を聞きたくない。その一言と同時に、男の喉元に脇差の切先を突きつける。  
「これ以上まだ戯言を抜かすと言うならば、その喉を掻き切ってくれようか?」  
ひっと男の喉が鳴る。蝦蟇のようなにやけ顔が一瞬にして曇り、みるみるうちに青白くなっていく様に思わず失笑が漏れた。  
「我の妻は後にも先にもミオソティスただ1人だ。側室など不要。その出来の悪い頭にしかと叩き込んでおけ。」  
切先が男の目の前で孤を描き、静かに鞘へ収まる。それを待たずして、男は大量の冷や汗を掻いたまま一目散にその場を後にした。  
このような行動を起こしたことで、今後、ミオが私室へ訪れることは無くなるかもしれない。…だったら、今度は。自分がミオの部屋へ行く。  
ミオ以外の女なんて。そう、つぶやいた時だった。  
「――ミオソティス様!」  
見知らぬ男の声が、彼女の名前を呼んでいる。それが聞こえた――中庭の方へ目をやる。瞬間、衝撃が走った。  
テラスに佇む見慣れぬ召し物を纏ったミオと、彼女に駆け寄る見知らぬ少年。その少年からミオへ向けられる視線に、覚えがあった。  
同じだったのだ。シュロがサイネリアを見つめている時の眼差しと。その眼差しがどういう意味であるのか、嫌というほどよく解る。  
そして、その眼差しを受けて静かに微笑んでいるミオを見て。心がざわつくのを感じた。あの時と同じように……  
謁見の間でこの後行われる会合などのことなど、彼の頭の中からは既に消えうせ。足早に、2人の元へと向かった。  
 

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