やけに生温い夜風がカーテンを揺らす。今宵は赤い満月だった。
その妖しげな光に照らされ、艶かしくくねる肢体。
「ふ……、んっ…ふぁ……ぁ………」
自らの蜜壷に手を這わせ、小枝のように細い指でその中を、赤く熟れた秘芯を刺激する。
ゆっくりと、静かに。潤った秘所からは淫靡な水音。溢れ出てくる愛液がシルクのシーツに染みを落としていく。
「あん…っぁ……う、ふぁぁ………!」
もう片方の手は、控えめな膨らみの――つんと起った薄桃色の美蕾を転がし、摘み、弄る。
こうやって揉みしだいていれば、いずれ殿方の目を惹き付けるほどに膨らむのではないか、と淡い期待を抱いていたが。
性の悦楽を知った頃から幾度となくそれを繰り返してきても、なかなか成長の兆しを見せなかった。
彼女は思い出す。
憧れていた。少し嫉みもした。…なにより、心から安らげた。
あの柔らかな感触に包まれている時。彼女は彼女ではいられなかった。
あの優しい温もりに包まれている時。彼女は彼女を見失った。
他の誰でもない、彼女自身も知らない、齢14のあどけない少女がそこにはいたのだ。
――あの人は私と同じ。だけど、私なんかとは全然違う。
愛しい、愛しい、唯一無二の、私の―――
自らの指を咥え込んで、天に突き出された桃尻が淫らに蠢く。思うほど動きが止まらなくなる。
「ぁう……うぅん、ん……く……あ、あっ、――……―――っ……!」
踊っているかのように蠢く細い身体が、影となって絨毯に刻まれる。
大きく身体が跳ねた。波打ったシルクのシーツに沈み、達した後の倦怠感と、孕んだ熱の余韻にどっぷりと浸かった。
生温い夜風が素肌をなぞる。ようやく引き始めた余熱と共に、彼女の意識はゆっくりと遠のいていく。
赤い満月だけが、それを見ていた。
* * *
「随分と、ご機嫌がよろしくないようですね?」
ふてぶてしく食後のフルーツを頬張るカルミアに、シュロがぼそりと語りかける。
その妙に愉しげな様子が癪に触り、眉をひそめてそっぽを向いた。
「不機嫌になるのも致し方ないことですわ。」
フォークを荒々しく果実に突き立てる。
「もう、16日ですわよ!」
実に2週間以上も、カルミアはローラントと顔を合わせていない。
いつかそうしたように、夜中にこっそりとローラントの部屋を訪れようとするも、必ずシュロが行く手を阻む。
「陛下は元々ご多忙極まりないのです。それに、元はといえば貴女の祖国のせいなのですよ。
フロックス卿が突然新王国建立の発表などするから、あらゆる方面に混乱が生じているのです。」
「なるほど。自業自得、と言いたいんですのね。」
シュロは答えない。変わりに、一貫して愉しげな笑みがこちらへ向けられる。
…5日を過ぎた頃から、随分とカルミアは変わった。シュロの前でだけはこういった表情豊かな一面を見せてくる。
くるくる変わる彼女の表情を見ていると、なんだかとても楽しくなるのだ。
「まぁまぁ、機嫌をお直しください。そろそろ陛下のご公務も一段落する頃です。
それよりも…月明かりの眩しい夜となりそうですね」
目を丸くしてこちらを見るカルミアに、軽くウインクをして見せる。
「ええそうですわね。…楽しみにしておりますわ。」
そして、今宵。月明かりの照らす城内。カルミアは、想像以上に質素な扉の前にいた。
―――これが陛下の寝室? それにしては随分と……
ここがローラントの私室である事には違いないはずだ。シュロに教わったとおりに来たのだから。
考えられるのは彼が嘘をついていた可能性だ。彼の性格上、ありえなくはない。
恐る恐る扉を押す。小さな音を立てて少しずつ開けていく空間の中は、扉と違わぬ質素さ。
この城の重厚な出で立ちには相応しいと言えば相応しいが…一国の、しかも大陸一の大国の主が身をおく場所としてはあまりにも相応しくない。
―――お姉様は、こんな部屋で抱かれ続けたの?
そう思うとなんだか苛立ってくる。いくら祖国で扱いが良くなかったとはいえ、姉は姫君であり、第一王位継承者だ。
姉は自分と違って絢爛豪華なものを嫌い、清廉なものを好んではいたが…それでもこの部屋はあまりにもみすぼらしすぎる。
音を立てないように室内へ侵入すると…やはり質素なベッドの上で、男が一人横たわっている。
黒い髪。彼がこの国の王であることは疑いようがないが。…それにしても、この少年のような寝顔。
自分がこれまでに抱いていた、冷血王と名高いローラントの姿とは相違がありすぎる。その事実に思いの外落胆する。
生誕祭の折たまに見かけた、あの冷たい瞳に心ときめいたのに。久々に、間近に見た陛下は自分の思う彼の偶像とはかけ離れていた。
「貴方の姿なんてどうでもいいわ。わたくしが知りたいのは……」
大の字になって眠る彼の上に馬乗りになる。数枚の布を隔てて触れ合う互いの性器には、熱の欠片も宿りそうにない。
「ん……」
重さを感じたのか、眼下のローラントが小さく唸った。微かに開いた眼がカルミアの姿を凝視する。
「お目覚めですの? ローラント陛下」
自分の上に跨る少女を捉えてもローラントは無表情のまま。完全に開かれた瞳は、表情を灯さぬまま依然彼女を凝視している。
月明かりがやけにはっきりと彼女を照らし出す。ベビードールは透き通り、彼女の肢体をぼんやりと映し出した。
「…何の用だ」
掠れた声でそう呟いたきり、再び口を閉ざす。美少女の半裸体に対する反応は一切ない。
予想外のそっけなさを怪訝に思いながらも、カルミアは告げる。
「あら、お分かりになりませんの? いけず、ですわね。」
挑発するように艶かしく身体をくねらせ、ベビードールの紐を緩める。露わになる彼女の裸体。
控えめなふくらみの上でつんと主張する桃色の突起を彼の胸板にこすりつけ、小さく喘ぐ。
…自分自身でも下半身が潤っていくのが解った。溢れる秘蜜は下着を湿らせる。
身体が火照っていく。今まで一人で処理してきた分、無性に肌の熱が恋しい。
口づけでも交わそう、と、頬に両手を伸ばし―――その手を強く掴まれる。
「はしたない女だ。」
掠れた声が登ってきたと思ったら、次の瞬間、身体がくるりと反転する。
柔らかなマットレスに身体が縫い付けられ、目の前には…ローラントの姿。その表情は依然無表情で――少し、不快な様子も垣間見えた。
「不愉快だ。お前のような女を、我は最も嫌う。」
稀代の美少女と評される自分が、ここまでの痴態を披露しても彼は動じる素振りすら見せない。
…あのシュロですら、似たような姿で挑発した時には僅かな反応を見せたというのに。
「据え膳食わぬは男の恥…という言葉を知りませんの? 女がここまでの痴態を晒したというのに。
お姉様のような肉感的な身体がお好みでしたら、さすがの私もお手上げですが。」
「黙れ」
「ですが、わたくしはお姉様と同じ血の流れる女ですわよ。わたくしとお姉様は同じなのです。違うのは、目の色と身体だけ―――」
「黙れぇっ!」
枕の下から光が走る。瞬きをする間には、もう既に喉元に刃が突きつけられていた。
見開かれた眼は先ほどの無表情とは一転、怒りの形相でこちらを刺すように睨み付ける。
「お前がミオの妹でなかったならは、二の句を告げることもなく葬っていただろう。
お前とミオが同じだと? 戯言を抜かすな! お前はミオとは似ても似つかぬ。何もかも、全てが全く違う。
全てのものがお前を美しいと評していると思うな。俺の目に映るお前は、外見だけ絢爛に繕い、中身は空の雌猫だ。汚らしい。
何が据え膳だ、馬鹿馬鹿しい。覚えておけ! 俺の女は、今までも、これからも、ミオだけでいい。ミオ以外の女など、抱く価値はない!」
激情が降り注いでくる。その言葉が紛れも無い、彼の本心だと瞬時に理解できた。
同時に、浴びせられる罵倒の中で、感じ取った。彼が、いかに姉を愛しているかが。
―――ああ…残念だわ。残念だけど、とても嬉しい……!
心から愛するもののいる人間は、絶世の美女がどれだけ劣情を煽ろうと隙を見せない。靡かない。
彼にははじめから、針の穴ほどの隙もなかった。狂想的とも思えるほどに、その心は姉への思慕で満たされているのだ。
カルミアは彼が嫌いではなかった。いつか見た彼に対して、異性としての好意を持っていたのかもしれない。
彼の心に僅かでも隙が合ったならば、そこに入り込んで第二の女になっても良かった。姉の偶像として抱かれ続ける事も厭わなかった。
だが彼は言い放った。自分と姉は全く違う、と。姉以外の女は抱かない、と。
残念だけど、とても喜ばしい。何故なら彼女は――――――
刃の切っ先が今にも自分の喉を裂かんとしているというのに、心が弾む。愉しくて、嬉しくて仕方がない。
手元の果実が果たしてどんな味なのか。その確証を得ようとしている。これほど極上な瞬間はおそらくない。
――げろ甘だ。口に含めた瞬間に強烈な甘さが舌を麻痺させるほどに、その果実は甘く、美しい。
カルミアは笑った。この上ない嬉しさと、悦と、独りよがりの痴態を晒しただけの自分に対する馬鹿馬鹿しさで。
気でも狂ったかと思わせる高らかな笑みが、ローラントの憤怒を散らしていく。怒りの炎が鎮火していく。
「貴方は思った以上に美しい方でしたわ! ああ…本当に素敵。最高ですわ!」
「美しい? 気でも狂ったか、カルミア。」
「そうですわね。わたくしは狂っているのでしょうね。わたくしにとっての美しさとは、曇りなき心。
心に決めたものをひたむきに想い続ける、太陽の光のような直情。わたくしはその真っ直ぐさを何よりも美しく思いますの。
シュロ様のおっしゃる通りでしたわ。貴方は本当に、狂おしいほどに真っ直ぐにお姉様を思い続けてらっしゃるのね!」
ただただ目を丸くするばかりだった。殺されそうになっているというのに、何故この女はこんなにご満悦なのだろう。
刃はいつの間にかベッドの下へ滑り落ちていた。
「ふふっ…貴方がわたくしの御眼鏡に叶う殿方である事が理解できたところで…お話しましょう? 陛下」
先ほどまで笑っていた女は、急にその端正な顔立ちから笑みを消した。
「まずはお詫び申し上げますわ。お姉様の愛する、お姉様を心から愛してくださる殿方への非礼をお許しください。」
カルミアはベビードールを着直す。どうやらこれから彼女が語る話は至極真面目なもののようだ。
だが。半裸に近い姿では真面目な話も締まらない。脱ぎ捨てていた上衣を放り投げると、察したらしくいそいそと着始める。
「わたくしもリコ姉様も、祖国に帰り王位を継承する事がミオ姉様にとっての幸せだと錯覚しておりました。
女王となれば姉様の恋慕も成就できる。そう思い込んでいたのが、そもそもの間違いだったのです。」
「恋慕というのは…右大臣の息子とやらのことか?」
「ええ。ですが正しくは、恋慕のようなもの、ですわね。それはお母様の命令であり、囁いた男は好色家のだらしない男。
それでも姉様は初めての愛の言葉が嬉しくて、たとえ不幸になろうとも、彼との政略結婚を受け入れようとしていたのです。
わたくし達はそれを姉様の心からの思慕だと勘違いして…今回のお母様の計画に加担してしまいました。本当に愚かな行為です。」
目を閉じ、俯くカルミアに同情する。愚かなのは自分も同じだからだ。
カルミア達と同じ勘違いをして、右大臣の息子に嫉妬して……無理矢理彼女を犯し、処女を奪ったのだから。
「リコ姉様はこの間違いにいち早く気付き、姉様が本当に幸せになれる道を拓くよう動いてらっしゃいます。
わたくしもリコ姉様に賛同し、貴方が姉様の幸せに成り得る存在であるかを確かめる為に、代わりの正妃としてこの国に参ったのです。
結果は先ほど述べたとおりですわ。そして、私なりの新たな仮説も一つ、生じました。」
彼女は目を開き、ローラントへ向き直る。
「これまでのミオ姉様は、民や私達から愛されていたのにも拘らず、頑なに首を振り続けてきました。
それは、お母様に愛されたいという強すぎる願い故です。だから、あの質素な髪飾りを命の次に大切にしてきた。
貴方は姉様からその髪飾りを受け取った…と聞いています。髪飾りは姉様の頑なな願いの象徴。そんなものを、何故貴方に渡したのか…
その答えと成り得る話を、わたくしは幼い頃に聞いたことがあります。面白い話をしてくれた、黒い髪の王子様の話を。」
ローラントを見据える青い瞳は、ミオの眼差しを髣髴とさせた。
全てが違うと否定したが……彼女はもしかしたら、非常にミオに似ているのかもしれない。
「彼と姉様が出会ったのは7年前のわたくしの生誕祭だったそうです。
その時、出席していた中で黒髪の少年はたった一人しかいませんでした。そう。貴方、ひとり。
……姉がずっと心の中に留め続けていた幻想の王子様―――アスターとは、貴方なのでしょう?」
「そうだ。アスターとは、俺の本当の名前だ。」
間髪入れず答えたローラントに向かって、カルミアは再び笑った。
少女の笑みは、初めてローラントに彼女の持つ類稀なる美貌を痛感させる。
「…リコ姉様の計画の内容をお教えします。はじめに申しておきますが、これは貴方の全てを賭けた大博打ですわ。
失う覚悟はおあり?―――っと、どうやら愚問のようですわね。」
少女の顔から笑みが消える。蒼と青の瞳がかち合った瞬間。少女の桜色の唇が静かに開かれた。
続く