心地よい風が蜜色の髪を撫でる。鈍色をした嘴の長い鳥が高枝の上で一声啼き、城壁の向こうの山脈へ飛んでいく。
空の青目がけて徐々に小さな点となっていく鳥の姿を、ミオはぼんやりと眺めていた。
時は遡り半月前のこと。この日母が珍しく上機嫌だったことをはっきりと覚えている。
ミオの中の母は氷の女王だった。謁見の間にて母と対峙する度、その冷たき視線に震えていた。
それもあってか、謁見の間はミオにとっては非常に居心地の悪い空間だった。…この城に安息の場所など無いに等しいのだが。
だがその日の母はどうだろう。まるで春の訪れを迎えたかのように穏やかな笑みを湛えているではないか。
いつもとは違う雰囲気に戸惑っている最中、母はミオに声高く告げた。
「ミオソティスよ。隣国のローラント王より、お前を娶りたいとの申し出があった。
これ以上はないほどの良縁じゃ。お受けするだろう?」
母はまるで赤子に語りかけるかのように優しく問いかける。…いや、これは問いかけではない。
命令だ。拒否することなど許されない言葉無き強制。絶対零度かそれに限りなく近い冷徹なる槍の切っ先だ。
母から言葉が投げかけられた瞬間、穏やかだった謁見の間に木枯らしが吹いたのを感じ、ミオは安堵する。
同時に、この空気にすっかり順応してしまった自分を恨めしくも思った。
「はい。喜んでお受けさせていただきます。」
肯定を口にした瞬間、沈鬱だった間が一転、明るい騒ぎに包まれた。自分に浴びせられる祝福の言葉と歓喜に満ちた視線。
どれも、今までに自分が受けたことの無いものだった。
その中からミオはある一人の男を目視する。愛されることを許されぬ自分に愛を囁いてくれた殿方の姿。
玉座から少し離れた右手後方に佇む彼の、安堵しきった笑顔。最初で最後の恋が終焉を迎えたことをはっきりと悟った。
自分に向けられる愛の言葉なんて所詮はまやかし。ミオを唆す為の嘘に過ぎないことくらい既に理解している。
ミオに愛を囁いたその日の夜に、彼は見知らぬ女性と密かに愛し合っていたのだから。
空の姫君が愛されるわけがない――幼い頃から散々罵られ、自分でも承知していたはずなのに、胸が痛むのは何故だろう?
胸を刺されるような感覚を抱えたまま、母に一礼をし、背を向ける。母が何か言葉をかけてくれたようだが、歓喜の声にあえなく掻き消えた。
「お姉様」
謁見の間を後にし、自室へと向かうミオの前に立ちはだかる少女がいた。彼女はこの国の二の姫。一番上の妹、アプリコット。
母に生き写しと称された深緑の猫目が、真っ直ぐミオを捉えて離さない。
「ローラント王との婚姻を受けるなんて…何故そのような真似をなさったのです?」
「何を言うの。これ以上はない、素晴らしい良縁よ。」
「お母様はお姉様を娶る条件として、かの国に巨額の献金を要求しています。結納金だと言い張って。
欲と陰謀と金に塗れた取引が良縁だなんて、私には到底思えません。」
アプリコット―― リコは怒っていた。常に冷静沈着で感情をあまり示さない妹のこんな姿を見るのは珍しい。
目に見える怒りを宿らせたままつかつかと姉の目前へ歩み寄り、手を取る。
「お姉様、どうか考えを改めてください。お姉様がこの縁談を望まないのであれば…私は全力でお姉様の望みを叶えます。」
自分が欲してやまなかったもの――母からの愛を一心に受けた、聡明で機知に富む妹。
少しでも母の関心を引こうと書物を読み漁り知識を蓄えるも、政治家や母が挙って賞賛するのはこの妹の方だった。
才能が自分に芽生えることを期待して芸術を嗜むも、三の姫の作品の前ではがらくた同然。
美しさを得ようと様々な美容法を試してみたが、四の姫の生まれ持った愛くるしさに比べれば滑稽過ぎて失笑すら起きる。
羨ましい、嫉ましい。それでも彼女たちを愛しく思う気持ちに嘘はつけなかった。
自分は愛されない。だから妹たちに、全てのものに精一杯の愛を注ごう。それが例え独りよがりの虚しい執着だと罵られても。
その覚悟の賜物か、妹たちは姉思いの優しい子に育ってくれた。特にこのリコは、ミオの立場の悪さをまるでわが身のように憂い、涙することもあったほどだ。
当然母はそれをよくは思わなかった。妹を誑かした罰として、躾部屋と称される薄暗い部屋に何度閉じ込められたことか。
そんな辛いばかりだったこの国での日々が、この婚姻によってようやく終わりを告げるのだ。
相手方の王が本気で自分を好いているわけではないことは承知している。それでもこの国から解放されたかった。
そこにどれだけ富が絡んでいようと、欲望渦巻くどす黒いものであろうと、自分を欲してくれる人間がいる。それだけで満足だ。
そんなことを口にしてしまうとリコが激昂しかねないので、努めて穏やかな口調で言い聞かせる。
「リコ、貴女は私の婚礼を祝福してはくれないの?」
「祝福などできるものですか…! お姉様、どうか、本心をお聞かせください! そうしたら、私……」
彼女は知らない。ミオが本心を口にした瞬間、どのような仕打ちが待っているのかを。
辛いことを辛いと口にしてしまったら、自分が今まで必死に耐えてきたものが音を立てて崩れ落ちてしまう。
今にも喉から溢れ出てしまいそうなものをぐっと飲み込む。今にも泣き出しそうな妹を抱きしめ、微笑んだ。
「大丈夫。私はきっと幸せになれるわ。」
胸の中で嗚咽を漏らす妹の髪を撫でながら、努めて優しく語り掛ける。
自分の夫となる殿方…ローラントと初めて対峙した時、まるで母と対面しているかのような錯覚に陥った。
体が震えだしたのはほとんど無意識。条件反射のようなものだと言って良いだろう。その次に母が浴びせる言葉に対する恐怖心からの。
…だが彼は。震えるミオに母のように冷徹な言葉を浴びせはしなかった。
あの時、至近距離で見つめた彼の瞳の奥に、何かの揺らぎを垣間見たことをはっきりと覚えている。
母や城の者たちが自分に向ける氷のような視線でも、妹たちが自分を見つめる時の思いやりに満ちた眼差しでもない。
少なくともこれまでの人生で自分が向けられたことのないものだった。
彼は何故あんな目で自分を見つめるのだろう? それを思うたび、彼の激しい情事が脳裏をよぎる。
この体には彼の身体がしっかりと刻み付けられている。あれから毎日、彼は自分を抱いているのだから。
身を焦がしてしまいそうなほど滾る肌の熱。圧倒的な力で押さえつけ、力を示すかのように自分を犯す彼。
はじめは痛いばかりだった行為も今ではすっかり彼に馴染み、激しい快楽を享受している。
自分の体を抱きしめた。この体はもう彼に染まってしまった。この体はもう彼のもの。自分は彼の人形――
あの夜、抱き枕に向いていると言われたのも、この肉付きのいい体を揶揄してのことだろう。
体が無性に疼く。自分の女としての本能が、彼からの快楽を求めてしまっているのだ。
なんてはしたない女になってしまったのだろう、と軽い自己嫌悪に陥りかけた最中、近くで声が聞こえた。
「よし、アニマルトピアリーの完成! 見てください、ミオソティス様!」
我に返り声の主を探す。植え替え作業中の庭の中で、土に塗れた少年が目を丸くしている。
ローラントと同い年だと言うが、彼よりも随分と幼く見える。それはローラントが大人びているからのか、彼が童顔だからなのか。
「どうしました、ミオソティス様?」
彼―ヒースはこの城の見習い庭師だ。花を枯らして途方に暮れていた彼に助言と励ましをして以来、彼は自分を姉のように慕ってくれている。
それから時折この場所に足を運んでは色とりどりの花々を眺め、彼と言葉を交わすことが小さな安らぎとなっていた。
「…なんでもないわ。ごめんなさい、気遣わせてしまって」
だが。今日はどうしてだか、心がざわついていた。ふとした瞬間に彼との情事が思い起こされてしまう。
気を紛らわせようと、先ほど完成したらしい犬や鳥の形をしたトピアリーを眺める。それでも、心のざわつきは消えてはくれない。
「…どうしたんです? さっきからぼんやりとしてますけど……。あの、お具合が悪いのでしたら――」
「いいえ、大丈夫。大丈夫だから……」
ふと、リコのことを思い出した。咽び泣く彼女の頭を撫でながら、何度も「大丈夫」を繰り返した時のこと。
「お姉様の大丈夫はいつも嘘っぱちです」と、リコは呟いた。
――確かに、嘘っぱちだわ。
あの時の「大丈夫」はリコに向けたものではない。自分へ言い聞かせたものだ。
叶うことの無かった願い。それでも叶ってほしいと望む、ただ一つだけの願いを込めた言葉。
そうでもしないと、きっと姉思いの妹に釣られて自分も泣いてしまうから。
――ごめんね、リコ。私、やっぱり幸せには……
乱雑な足音と、ヒースの端的な言葉が聞こえる。我に返った途端に、強い力がミオの腕を掴む。
「へ、陛下……!」
ヒースが慌てて頭を下げる。見上げた先には、怒りに満ちた表情でヒースを睨みつけるローラントがいる。
痛みを感じるほどに強く掴まれた腕から、滾るような熱を感じた。
しばらく無音の時が続いた。ヒースはローラントの猛禽類のような視線に体を強張らせ、ローラントはそんなヒースを睨みつけている。
どちらにどう声をかけていいかわからず戸惑っていると、突如引き寄せられ、彼の体にすっぽりと収まった。そして、ヒースから遠ざけるかのように手を回される。
「…妻は体調が優れぬようだ。連れて行く」
「え? あの…」
体がふわりと宙に浮いた。そのままヒースの姿が遠ざかっていく。
抱えられているのだ――それを自覚した時、顔が赤く火照るのを感じた。
「あ、の…、自分で、歩けます、から……」
「………」
「お、降ろしてください……重いでしょう…?」
「………」
どんな言葉をかけても、ローラントは口を開かない。一心に前へ進んでいる。何度か声をかけたところで、ようやく彼は足を止めこちらに目を向けた。
心臓が跳ねた。今ローラントから向けられている瞳は、情事の際に彼がたまに見せるものと全く同じだったから。
同時に、今いる場所が自分の部屋とは違う場所であることに気付く。三度、心がざわついた。
「や……お、降ろしてください……!」
「…解った」
やけに素直だと思ったのも束の間、近くの部屋へ押し込められ、簡素なベッドの上に放り投げられる。
がちゃり、と鍵のかかる音。振り向いた彼が妖しく笑う。そのあまりの艶かしさに、体の芯が疼く。
彼の青い瞳が近づいてくる。視界が閉ざされ、唇に生温かいものが触れた。それは唇を一通りなぞると、無防備な隙間へ滑り込んでくる。
「んん………っ!」
彼の舌はミオの歯列を乱暴になぞり、口内を暴れ狂う。舌に執拗に絡みつき、息つく暇すら与えてはくれない。
この城に招かれて以来、幾度と無く深い口づけを受け止め続けてきたが、これほどまでに乱暴な口づけは初めてだ。
彼が唇の角度を変える一瞬の間に息継ぎをしなければ、この荒々しさに窒息してしまいそうになる。
これだけで一日が終わってしまいそうな―――そう錯覚させるほどに長い長い口づけ。ようやくそれから解放された時には、ミオは既に肩で息をしていた。
「なんて顔をしてるんだ、お前は」
ミオの顎を持ち上げ、満足げに笑うローラント。抵抗をする余裕も無かった。
「俺が欲しくて堪らない…そんな顔をしてる」
口を開こうとしたが、言葉を飲み込んだ。小さな違和感がよぎったのだ。それは逃してしまいそうなほど些細なもの。だけど、この心でしっかりと感じ取ることが出来た。
今までと違う。ローラントも、自分自身も。そんな違和感に頭を悩ませている間に、ローラントの手はドレスの裾をたくし上げ、下着越しに秘所をなぞった。
…! ひゃんっ……!!」
「布越しでもわかるくらい濡れてる……相変わらず、感じやすい体だな」
愛液で湿り気を帯びたそこを、何度もなぞられる。その度に体の芯がぞくぞくと震える。
今までは常に生まれたままの姿で交わっていたのだから。新鮮な感覚に、ミオの体もいつも以上に敏感に応える。
―――だけど、何かが違う。心の中では未だ些細な違和感が息づいている。その正体を掴めずにいるから、ミオは満足に快楽を享受できない。
右手は秘筋をなぞり、もう片方の手は何かを探すように背筋を這っている。ようやく目的のもの――コルセットの紐へ辿り着くと一気に解き、コルセットを取り去る。
「あ…待っ………」
ミオの声を待たず、彼の左手はベアトップを引き下げる。その下に臨むものを目にした瞬間、彼の顔が曇った。
「…なんだ、これは」
そこにあったのはミオの実った双丘ではなかった。それを押しつぶしている白い木綿の布。
「こんなものを、なぜ巻いてるんだ?」
「そ、それは……っ」
ミオにとって肉付きのいいこの体はコンプレックスだった。細身の妹達がどれだけ羨ましかったか。
特に末の妹のルミは、城付きデザイナーお抱えのモデルのようにほっそりとしている。そんな妹達と並んだ時に際立たないようにと、晒を巻き始めたのだ。
それでもやはり妹達と並ぶと滑稽で、何度ため息を吐いた事か。
「邪魔だ」
いくら手を入れてもなかなかその下に行き着かないことに苛立ちを感じたのか、ローラントは脇差を抜くと、晒を縦一文字に切り裂く。
左右に開かれる布地の奥で、窮屈から解放されたミオのたわわな果実がぷるん、と揺れる。
「やぁ……!」
胸を隠そうとした手は彼の片手だけであえなく拘束されてしまう。無性に恥ずかしかった。
「なぜ隠そうとする? 肉感的で、いい体なのに」
「…え?」
秘筋をなぞっていた手が、たわわな胸に触れる。じっとりと湿った生温い指が胸の膨らみを、腰の曲線を、そして太ももを順に撫で、口づけを落としていく。
「出るところは出て、締まるべきところは締まっている。色白で、綺麗な体だ」
その言葉を聞いた瞬間、くすぐったい感触に熱を帯びていく中で違和感の正体にようやく気付けた。
自分の喘ぎ声と彼の息遣い、そして時折暖炉の薪が燃える音。そういった静粛な空間の中で、今までの行為は極めて儀式的に行われていた。
だが今は。彼の声が聞こえる。彼の言葉が降り注いでくる。ミオはこれほどまでに饒舌なローラントを知らない。
そこから気付くのは早かった。一人称が変わっている事も、普段の行為では一瞬しか見ることの出来ない彼の微笑が、今は絶えず注がれている事も。
――もしかして、今のこの姿が…本当の陛下なの?
その疑問が生じた時、ミオの心の中で変化が起きた。
自分は愛玩人形、世継ぎを産むための器。その為に強制的に行われる交わり。自分の意思など関係ない。必要ない。ただ無心に快楽だけを享受していた。
――だったら、何故私に微笑むの?
中に入れる前、彼は必ず髪をやんわりと撫で、微笑む。普段の彼からは想像も付かないような優しい顔で。ミオにはそれが不思議でならなかった。
自分をただの人形としか思っていないのであれば、何故彼は微笑むのだろう。その問いへの探究心が、今までのミオには無かった行為を生み出す。
「や…めて……」
ローラントの手の動きが止まる。ミオが抵抗の意思を示したのは、初めてのことだった。
潤んだミオの瞳が、ローラントの見開かれた瞳と重なる。それも一瞬のこと。すぐに彼は視線を逸らし、目を伏せる。
その顔にも覚えがあった。快楽の波に打ちひしがれる中で見えた、苦しげで悲しげな表情と同じだ。
―――私はあなたがわからない……
普段は無表情で、無愛想で、何を考えてるのかわからないのに。自分と交わる時だけは表情を垣間見せる。
今自分の体をしきりに愛撫している彼を、自分は知らない。本当の彼は何処にいる?
―――私は、あなたを知りたい。
「やだね」
止まっていた彼の手が再び活動を始めた。下着の中へ進入し、ミオの秘所を直接責めにかかる。
「あぁん……! や…ぁ……っ」
乱暴に蜜壷の中を掻き回す無骨な指。もう片方の指は片胸を揉みしだき、登頂を引っかき、摘む。
突然再開した愛撫に過剰なほどに体が反応する。秘所が濡れそぼっていくのが自分でも解った。
…でも、以前のように無心に快楽を享受できているかと言えば、全くそうではない。
乱暴な愛撫をする今の彼と、至極丁寧に愛撫をする彼。どちらが本当の彼なのか。それを知りたがる心が邪魔をする。
「だめ……です…!」
女の本能が妨害をする中、ようやく搾り出せた抵抗の言葉。それでも、乱暴な指使いは止まるはずが無い。
「本当に、だめなのか?」
彼は意地悪に微笑む。ミオの目尻に溜まった涙を舌で掬い取った後、彼女の体をくるりと反転させる。
シルクの下着に包まれた形のいい尻がローラントの眼下に突き出され、ミオはそんな自分の痴態に赤面して顔を伏せた。
「お前のここは、こんなに濡れてるのに。それでもだめなのか?」
耳まで赤くなった顔をシーツに埋めたまま、彼女は頷く。ここで快楽に溺れてしまえば、本当の彼を知ることが出来ないまま真の愛玩人形に成り果ててしまう気がした。
「そうか……」
背後で聞こえる彼の声が切なげに沈む。声色の中に救いを求める少年の姿を錯覚し、思わず上体を起こして振り向こうとした。
だが、彼の顔を見ることは出来ないまま、ショーツをずり降ろされ、熱く猛った楔がミオの中に打ち込まれた。
「あぁっ!いやっぁ……ああぁっ!!」
安易に彼を受け入れた、彼の形しか知らない彼女の蜜壷は、彼が悦ぶように彼のものを甘く締め付ける。
…だけど、ミオの知る彼とは毎晩自分を儀式的に抱く、無口で、無愛想で、無表情な大国の王ローラントだけだ。
今自分を蹂躙している彼が一体誰なのか彼女は知らない。
けれど、彼女は今の彼の中に垣間見てしまった。二つの彼の姿を。
二つの彼に戸惑ったままの、今の中途半端な心のままで得る快楽は、鈍い痛みとなって心に響く。
――私は本当のあなたを知りたい。
背後の彼が、苦しげに何かを呟く。叫びのようにも聞こえたそれは、心への鈍痛と本能的な快楽の激流の中でかき消された。
ミオの胸中など露知らず、ローラントは盛んに腰を突き立てる。
艶かしい嬌声を上げながらも頻りに身を捩ろうとする彼女の腰を、逃さないよう両腕で押さえつけ、思う存分掻き回す。
眼下で蜜色の髪が揺れる。抵抗の意思を見せながらも熱を帯びていく嬌声に心が震えた。
「そうだ…それでいい……!」
何も考える必要は無い。ただ互いに快楽を貪ればそれでいい。
――んで、お前、満足なのか?
シュロの言葉が脳裏をよぎる。お前はまた俺を苛立たせるのか。
「何度も…、言った、だろう……!」
自分は満足している、と、あの時言った筈だ。それでもお前はまた煩わしくも言葉を投げかける。
――体で繋ぎとめておかないと、ミオ姫が離れていってしまう。それが不安なんだろ?
違う、と、あの時返しておけばよかったのだろう。そうすれば、これ以上苛立つ必要などなかった。
では何故、その場で即座に否定しなかった? 庭で、見知らぬ少年に笑いかけるミオを見て、何を思った?
「黙れ………黙れ……」
――ミオ姫と、ちゃんと向き合え。お前、本当は
ミオ姫の心が欲しいんだろう? 愛して欲しいんだろう?
煩わしい男の声が脳裏を支配したまま、ローラントは絶頂を迎える。
眼下のミオは一層甲高く喘ぎ、力なく崩れ落ちた。最奥を突いたままのものが脈打って熱い白濁を注ぎ込む。
繋がったまま、ローラントはしばらく呆然としていた。余韻に浸っていたわけではない。打ちひしがれていたのだ。
ミオという存在を、形あるものとして自分のものに出来ればそれでよかったのに。それでも自分はミオの心を欲した。
彼女の口から右大臣の息子とやらの話を聞いた時、その男に憎悪に近い嫉妬心を感じた。自分も彼女に愛されたい、と、願った。
耳を塞ぎ、目を閉じ、心からの願いから目を反らしたまま、黒い感情に支配され、彼女を無理やり犯した。
今更彼女に愛されたいと願っても、彼女の心を欲してももう遅いのだ。
彼女の体を抱き起こし、向かい合う。熱に浮かされてぼんやりとしている彼女と目が合った。
汗に湿った髪を、優しく、何度も撫でる。そして、震える唇を、そっと彼女の唇に押し付けた。
触れ合うだけの、長い口づけ。伸ばされた腕が、そっと彼の頬に触れた。
唇が離れた後、彼女は何かを言いたげに口を動かす。そして目を閉じる。
「すまない……」
眠る彼女の額に、生温かい雫が一粒、また一粒と落ちていく。
その日以来、ローラントの部屋を、ミオが訪れるという夜な夜な儀式はなくなった。