貴方の話を聞いてから色々な事を思いました。  
その時まず思い出すのが、貴方と初めて…いえ、再びお会いした時の不思議な感覚のことです。  
それは、母が私に向けるそれととてもよく似ていました。だけど、どこかが確実に違っていて……  
私はただ畏怖する事しかできませんでした。母の眼下で震えていたあの頃と同じように。  
その違いに気付いたのは、その……貴方に、初めて抱かれた時です。  
あの時、貴方は私に微笑んでくれていましたね。あの時だけじゃない。貴方はいつもそうでした。  
頬を撫で、髪を梳きながら…あなたはいつも微笑んでくれました。まるで不安を拭い去るように。  
私にはその微笑みの理由が解りませんでした。はじめは、理解しようとも思いませんでした。  
だって私は……自身の役割を世継ぎを産むための器なのだと信じて疑わなかったのですから。  
でなければ、何もない空っぽの嫁き遅れなんて娶ろうとは思わないでしょう?  
私が唯一誇れるものは、血統のみ。陛下が求めておられるのは私に流れる古の血統と、その血を受け継いだ世継ぎ。  
陛下は私自身を求めておいでではない――自他共にそう割り切ってこの国へとやってまいりました。  
なのに、貴方は私の頑なな心を溶かしていった……。そして私は、貴方の事を知りたいと思うようになりました。  
だけど貴方の事を知りたいと願えば願うほど、心が締め付けられて苦しくなるんです。  
心苦しいまま貴方に抱かれ、何故心苦しくなるのか解らないまま、貴方は私から遠ざかって行った…。  
仕方ない事だ、と割り切ろうとしました。私には何もないのだから、いずれ飽きられる。それは必然なのだと。  
でも不安は募るばかりだった。可笑しいですよね。見放される事には慣れてるはずなのに…割り切れるはずなのに、それが出来ない。  
独りぼっちになる事も怖い。だけどそれ以上に、貴方に会えないことが哀しくて、辛かった……。  
様々な感情がせめぎ合う中、唯一はっきりとしていたのは、貴方に会いたいと願う気持ちだけでした。  
 
玉座で対面した時の不思議な感覚も、2人の貴方の事も、心苦しさや弱さの理由も。  
根本にあるものは全て同じもののはずなのに。理解できなかった。…理解しようとしなかったのかもしれません。  
私の心の扉の鍵を開けることが出来るのは、もはや1人しかいませんでした。  
 
私には今までずっと想いを抱いていた方がいます。あの時、私に楽しいお話を聞かせてくれたあの彼―――  
それは虚しい妄想だ、と嘲笑われました。私自身も妄想だと思い込んでいた。それでもどこかで彼を慕っていました。  
差し向けられた偽の偶像に騙され、心を開きかけてしまうほどに私は彼を想っていました。  
きっと…いえ、間違いなく、私は彼を愛してしまっていたんです。それは今も変わらない。  
 
そう言って彼女はアスターの両頬を包み込み、微笑む。  
それは幼い頃、アスターが垣間見たものと同じ―――心から美しいと思える微笑みだった。  
 
「貴方は、一歩踏み出して私の先を歩いてくれた。今もまだ私の前を歩いて、私の手を引いてくれる。  
それに甘えてちゃいけませんよね。私も貴方に追いつきたい。貴方の隣を歩きたい。  
―――愛しています、アスター様。私に、貴方の隣を歩かせてください。これからも、ずっと。」  
 
…その言葉を聞いてしまっては、もう抑えられない。愛しさが次から次へと溢れ出てくる。  
半ば衝動的に彼女の後頭部に手を回し、そのまま唇を押し付けた。  
頬を包んでいた手が首の後ろへ回る。触れるだけの長い長い口付けは、徐々に深いものに変わっていく。  
彼女はそれを受け入れた。遠慮がちに蠢く彼の舌に懸命に自身の舌を絡めてくる。  
口内で孕んだ熱い吐息が僅かな隙間から漏れ出し、2人の身体を火照らせていく。どちらからと無く、ベッドの上に倒れこんだ。  
名残惜しげに唇を離す。瞳に映った彼女の顔は紅潮し、瞳は物欲しげに潤んでいた。  
「なんて顔をしてるんだ、お前は……」  
あまりにも艶っぽい彼女の表情を、この時ばかりは恨めしく思う。  
今日は彼女と言葉を交わす気すら起きなかったのに。今は言葉だけじゃとても足りそうにない。  
「嫌ならそう言ってくれ。今ならまだ間に合うから……」  
彼女があの男に蹂躙されてからまだ5日しか経っていないのだ。ここで止めなければ、彼女の傷を広げる事になってしまう。  
それでも彼女を求めて止まない。…そもそも、彼女を抱きしめて寝るという行為が、アスターにとってどれだけ苦痛だった事か。  
それだけでも抑えるのに必死だったというのに、今回は恨めしいオプションまで付いてきている。  
一刻も早く彼女の拒否の言葉を聞きたかったのに…現実は非情だ。彼女はその物欲しそうな瞳で微笑み、首を横に振った。  
そして、自ら体を擦り寄せ、ゆっくりと口付けてくる。小さな舌がアスターの口内を必死に蠢く。  
これじゃ、いつだったかと逆じゃないか。心の中で苦笑した。そして同時に、それまで何とか保てていた理性は音を立てて崩れ去る。  
舌を絡ませながら自然と衣服に手をかけ、お互いに一枚一枚、もどかしげに取り去る。  
ようやく唇が離れた頃には、既にお互い生まれたままの姿になっていた。  
―――2人とも、狂おしいほどに互いを欲していた。  
 
「顔……赤い、ですよ?」  
「それはお前も同じだろう」  
伸ばされた手に指を絡める。ミオの裸体は何度も見てきたはずなのに、なぜだか気恥ずかしくて目を反らす。  
それを悟ったのか、眼下の彼女はくすくすと笑った。  
「本当にいいのか? 嫌なら嫌とはっきり…」  
「…続きをしてくれないほうが、もっと、嫌、です……」  
ミオの口からそんな言葉が出るとは思わず、目を丸くして彼女を見る。今度は彼女の方が目を反らした。  
「お前もなかなかやらしいんだな」  
「な……っ、そ、そんなことっ……!」  
顔をさらに赤く染め、恥ずかしがる姿が劣情を煽る。彼女が恐怖を抱いていないことに安堵する。  
「やらしいほうが、俺は嬉しいけど?」  
そして、次の瞬間には。彼女の双丘をやんわりと揉みほぐしていた。  
「ひゃ……あっ!」  
「相変わらず感じやすい身体だな。」  
彼女の反応を楽しみながら柔らかさを堪能する。掌に収まりきらないほど豊満な胸。至高の柔らかさだった。  
…揉むだけでは飽き足らず、今度はたわわな果実を舌先で味わう。絹のような肌に舌先を滑らせ、白い丸みに赤い跡を散らしていく。  
そうやって双丘を磨くように舐め上げ、徐々にその頂へと登っていく。ぴんと主張する桃色の頂へ。  
「ぁ……やぁぁ……」  
頂に近づくにつれ、彼女の嬌声も艶かしいものに変わる。まるで、懇願するように。  
それに応え、まずは乳輪をなぞる。それから彼女が求めて止まなかった愛撫――先端を摘み、音を立てて吸い上げる。  
「あっ、やぁんっ………!」  
体がびくんと跳ね、白い肌が粟立つ。シーツと握り締めて快感に悶える様はなんとも表現しがたいほど艶かしい。  
ミオが欲しい。身体だけではなく、心ごと自分のものにしたい。狂想的な欲求が再び募る。  
一方通行だったこの欲求に、今ならミオも応えてくれる。そう確信できるのも、きっと―――  
 
 
求めて止まないその箇所に手を這わせる。指先がそこに触れて、驚いた。  
「ミオ、もうこんなに濡らしたのか」  
「やだっ……! い、わない、で……!」  
触れなくても解るほどに彼女の蜜壷は潤い、受け入れる準備は万全だった。  
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う彼女の仕草があまりにも可愛らしく、不意にときめきを覚える。  
「だが、まだ駄目だ。…もっと乱れろ」  
存分に潤った花芯を広げ、指を挿入する。彼女の内側の性感帯を指で刺激していく。  
右手は依然として胸への愛撫を続ける。双丘を交互に舐め上げ、先端を摘み、転がし、激しく揉みしだく。  
一層強く、そして甘く。甲高い嬌声が上がる。その声から、彼女が着実に絶頂に近づいているのを察する。  
中は滾る程に熱く指を締め付け、蜜壷は潤いを増し、アスターの左手までをも愛液で満たしていく。  
「あぅ、あぁんっ! やぁ…、あぁぁっ!」  
「そう…もっと、もっと乱れていいんだ……」  
容赦ない愛撫に身を捩りながらも、快楽を逃すまいとアスターの頭を掻き抱く。  
敏感な身体はびくびくと大きく震え、激しい愛撫に対しても大げさなほどに反応を示す。  
「あ、すたー、さまっ…! ぁ、あぁ……わ、私、もう………!」  
こんなに快楽を求めるミオを見るのは初めてだ。  
…いや、快楽ではない。ミオが求めているのは自分だ。彼女の濡れた瞳がそれを物語っていた。  
ならば、まず彼女を頂上まで昇らせてやらねば。指を増やし、中を乱暴に掻き回す。淫靡な水音が響く。  
「やああぁああぁ!! あ、ああああぁあぁぁぁぁあああっっ!!」  
アスターの頭を抱いたまま、大きく背を弓なりにしならせる。彼女のたわわな双丘の谷間に顔が押し付けられ、呼吸が出来なくなる。  
 
ミオはしばらく絶頂の余韻に浸っていた。幸福を伴った快楽など、自分には無縁のものだと思っていた。  
彼が与える止め処ない快楽は容赦なくミオの体力を削り、肩で息を整えないといけないほどに消耗してしまった。  
息苦しさを伴うふわふわと浮いたような感覚。不思議とどこか心地がいい。  
「んぐ……っ」  
すぐ傍でうめき声が聞こえ、胸の谷間をごそりと何かが動く。胸元に覗く真っ黒な髪。  
それがアスターの頭だと解った途端ようやく状況を悟った。慌てて彼の頭を解放する。  
「げほっげほっ……! まったく……、俺を、窒息、死、させる、気か…!」  
「ご、ごめんなさい! 私、ぼーっとしちゃって……!」  
ミオと同様に、だがミオとは違った理由で息を荒げるアスターが、恨めしげにミオを見てくる。  
慌てて頭を下げた。まさか自分の胸で彼を窒息させるとは……笑い話にもなりやしない。  
申し訳なさと、穴があったら入りたくなるくらいに乱れた自分の痴態とでうつ伏せになる。  
何度か声をかけられたがそれでも顔が上げられず。しばらくシーツに顔を埋めていると、すぐ耳元で彼の声を感じた。  
「お前は激しいのがお好みみたいだな」  
振り向く間もなく、身体がくるりと回転し、足を広げさせられる。蕩けきった蜜壷にいきり立った物が宛がわれる。  
「…今度は俺を同じくらい気持ちよくさせてくれよ?」  
そこから感じる想像以上の質量と熱に、思わず仰け反った。  
「ちょ、ちょっと待っ……」  
「待ったなし。」  
アスターが笑みを浮かべる。それはミオを不思議と安堵させる表情。アスターのこの顔が、堪らなく愛しく感じる。  
ローラント王でいる時は絶対に見せない少年のような顔。壊れそうなほどに、心が高鳴った。この状況でその笑みはずるい。  
その隙を付いて、彼の肉棒は蜜壷を押し広げ、ゆっくりと中へ埋もれていく。  
先ほどの激しい愛撫すらまだ序の口と思えるほどの快楽がミオになだれ込んできた。  
「やあぁ、あぁっぁ、あ、あぁぁっ! あぁああぁぁっ!」  
自分の想いがはっきりとした今、彼から与えられる快楽は至高以外の何物でもない。  
心の中の大きな空洞を埋めてくれるもの。醜い執着でも、虚しい妄想でもない。確かな愛がそこにあった。  
腰はぴったりと密着させられ、追い詰めるように突き上げてくる。彼が奥を突くたびに、ような気がした。  
彼以外、もう何も見えない。彼の与える熱以外には、もう何も感じない。心の奥底から湧き上がる幸福感がミオを満たしていく。  
「アスターさまっ、は、げしっ…! ひあぁっ、あぁぁぁ!」  
「激しく、してんだ、よっ…!」  
ぼんやりとした視界の中で見えた彼の顔は苦しげだった。苦痛ではない。止め処ない快楽に耐える顔。  
冷血と称されるほど冷静沈着な彼のこんな顔を見れるのはきっと自分だけの特権だ。  
そう思うと、腰が自然と動いてしまう。蜜壷が彼のものを容赦なく締め付ける。  
我ながら本当にはしたないと思う。だけど、それでもいい、と思った。このまま彼だけの物になりたい。彼が欲しい。  
それは孤独から開放された少女の初めての願い。いつもなら願いを抱いた傍で願いを諦めてきたのに。今回だけは、叶うと確信できる。  
 
熱い。熱い。自身の熱も、相手の熱も、焦がれそうなほどに。お互いがお互いを昂らせ、熱を発し、熱を与える。  
激しく求め合い、止め処ない快楽を享受し、理性などとっくに吹き飛んで。  
「ア、スター…さ、まっ! あ、あぁぁあっ、もぉ、だ、めぇっっ!!」  
「ミオ、出すぞ……!」  
ミオの体が再びしなる。それと同時に中に滾った白濁が吐き出される。全部出し切っても、すぐさま抜き取る事はできず。  
しばらくお互いを抱きしめあい、孕んだ熱に浮かされながら気だるい余韻に浸った。  
 
「お前は本当に最高の女だよ。」  
汗に濡れたミオの髪を優しく梳きながら囁く。彼女は恥じらいながらも嬉しそうに、胸板に擦り寄る。  
……身体は手に入れても、心まで手に入れることは出来ない。そう思い込み、独りよがりな行為を繰り返していた時のことを思い出した。  
それでも自分はミオの心を欲していた。その葛藤に気付いた時、後悔と罪悪感が湧き上がり、自然とミオから遠ざかった。  
ミオにとっての恐怖とは孤独。それを知っていながら背を向けたこと、それによってミオはどれだけの不安を抱え込んだだろう。  
結果、自身の後ろめたさがミオに大きな傷を付ける事となってしまった。アスターはおそらく一生後悔するだろう。  
――俺はどれだけミオを傷つけたかわからない。なのにミオは……  
処女を奪った事も、毎日愛玩人形の如く抱き続けた事も、空き部屋で無理矢理犯した事も、罪悪感が故に日々避けていた事も。  
ローラントが、アスターが犯した行為を、ミオは全て受け入れ、許した。そしてアスターが抱えた葛藤が終わりを遂げた。  
「お前のおかげで、ようやく答えが出た。」  
ここ最近悩んでいた事。その答えをミオのおかげで導き出す事ができた。まどろみが生まれ、目を閉じようとした時、  
「アスター様。」  
ふいに名前を呼ばれ、彼女を見つめる。服の裾を掴んでいた時と同様に、強い決意が瞳に宿っていた。  
「貴方が悩んでいた事、知っていました。それが私のためを思っての事だということも。  
…1人で抱え込まないで。私も、貴方の悩みに寄り添わせてください。」  
 
 
翌日の夜。静まり返った独房に少年の呟きが聞こえる。それは聞き取れないほどにか細く、壊れたオルゴールのように同じ音を繰り返す。  
そんな薄気味悪い空間に灯りが一つ。彼のいる独房の前へとゆっくり近づいてきた。灯りが彼の顔を灯す。  
すっかりやせこけた顔が光へ吸い寄せられる。その向こうに浮かぶもの。少年の瞳が、大きく見開かれた。  
「ああ、ミオソティス様……!」  
少年の目には彼女しか映っていない。ただ彼女だけを瞳に収め、爛々と輝いていた。  
「ミオソティス様、ついに決心してくださったんですね! 僕を受け入れて下さるのですね!!  
ああ、なんて幸せなんだ僕は……! さあ、早くここから逃げ果せましょう。こんなどす黒い場所から!」  
鉄柵に噛り付くようにへばり付き、目を血走らせ、少年は言葉を浴びせ続ける。少年の目には彼女以外何も映らない。だから何も気付かない。  
彼女の傍らに少年が最も嫌い、憎んだ男が傍にいること。少年の愛した彼女は、そんな憎い男の手をずっと握り締めている事も。  
ミオソティスは、変わり果てた少年の姿に深い悲しみを覚えていた。童顔で子犬のようなあのヒースは、もうそこにはいない。  
いるのは自分に盲目的に、かつ狂想的な愛を突き刺してくる男だけ。そして、腕に咎の証を刻まれた罪人だ。  
彼をそうさせてしまったのは自分だと思うと、やるせない気持ちになる。  
だが、彼は言った。“冷血になれ”と。宣告者が持ってはいけないもの、それは情。己の思考を最も狂わせるものなのだとも。  
大きく呼吸をする。左手に伝わる温もりを握り締める。この温もりだけを感じながら、彼女は少年に宣告した。  
 
「罪人、ヒース=スプリングス。貴方に宣告します。……私は貴方を“許す”。今すぐこの城から出て行きなさい。」  
 
少年の言葉の霰が止む。何を言われたかわからないといった体の、唖然とした表情でひたすらミオを凝視する。  
そのうち少年は表情を強張らせ、苦笑する。鉄柵を握り締めた手が小刻みに震え始めた。  
「な、何を…言って、るんで、すか? 貴方、は、僕、を……」  
「聞こえませんでしたか? この国の王妃である私に対する性的暴行……本来ならば死罪同然です。  
ですが、私は貴方を許します。憲兵が貴方を国境付近まで送り届けますから、それから先は貴方のお好きになさい。」  
「そん、な…ど、うし、て…?! 僕、は、こん、なにも、貴方、を愛し、てい、る、のに!」  
「私は愛していない。貴方を愛する事など一生あり得ない。」  
ヒースは愕然と膝をつく。愛すれば必ず応える、そう言われたのに。心優しい彼女は、決して拒否しないとそう聞かされていたのに。  
今ヒースの前にいる彼女は、ヒースの愛した彼女ではなかった。冷徹な目で自分を見据え、自分にとって最も非情な言葉を宣告する、氷のような女。  
彼の目には彼女しか映っていなかった。だから、気付く事は出来なかった。氷のような彼女の左手が、震えながら愛する人の温もりを握り締めている事を。  
「ならば、もういっそ……殺してください。貴女に想いが伝わらないのであれば…受け入れてくれないのならば、もう僕に生きる意味なんてない……!」  
「いいえ、殺しません。自ら命を絶つことも許しません。生きる意味は、これから見つけなさい。  
……もう終わりにしましょう、ヒース。もうこれ以上私に幻想を抱かないで。私は、貴方が思うような人間ではないのです。」  
左手の力が一層増す。  
「貴方は私に愛していると言ってくれた。その嘘偽りない言葉が、私は嬉しかった。こんな私でも愛されるのだ、と実感できた。  
…だけど。私は貴方を愛する事はできない。私が欲しい愛は貴方からのものじゃない。…ここにいる、彼の愛です。」  
やっとヒースは気付けた。ミオの後ろに、寄り添うように憎き男の姿があること。その男の手と、焦がれて止まなかった彼女の手が固く繋がっている事に。  
そうして、ようやく彼は悟ったのだ。自分の愛した女性の真の姿を。  
「そうか……貴女は、この国の王妃様だったんだ……」  
膝をついたまま彼女を見上げるヒースの瞳には、もはや光など存在しなかった。虚ろだが、はっきりと王妃の姿を捉えていた。  
「ミオソティス様。僕は今初めて、貴女と僕の身分の差を実感する事ができました。…終わったんですね、僕は。」  
 
憲兵2人に曳かれ、馬車へ乗り込むヒースの姿をミオはじっと見つめ、それから彼に声をかける。  
「一つ、教えてください。貴方は一体何処の何者で、何故この城にやってきたのです?」  
「……そんなこと、知って、どうするんです?」  
馬車の奥で、虚ろな目がぼんやりと浮かぶ。そのたいそう不気味な様にも物怖じせず、努めて冷静に答えた。  
「忘れない為です。」  
ヒースは笑った。小馬鹿にしたように、だけども哀しそうに。  
「貴女は相変わらず優しいお方だ。…ですが、貴女こそ忘れないでいただきたい。貴女のその優しさは、薬であると同時に毒でもある。  
薬で癒えた者もいれば、毒に侵された者もいる。僕のように薬も毒も享受した者すらいる。それを憎んで止まない者がいることを、決して。」  
馬が嘶く。定められた時刻が来たのだ。ヒースを載せた馬車がゆっくりと動き出す。  
「待って……質問に答えてください! 貴方にこんな仕打ちをしたのは、一体誰なのです!?」  
ヒースの唇が震える。馬の足音で、声は掻き消えてしまったが。アスターにはその唇の動きを察した。  
幸いミオには理解する事ができなかったらしく、馬車が見えなくなった後に小さな声で「ごめんなさい」と謝ってきた。  
「謝るな。…よく、頑張った。」  
彼女の頭を引き寄せる。糸が解けたように体の力が抜け、堰を切ったようにすすり泣くミオを力強く抱きしめた。  
現実はいつもミオに対して非情だ。それがこれからも続くというのならば、自分は全力でミオを守る。  
ようやく解り合えたのだ。心の底から愛し合えたのだ。もう絶対に彼女を離さない。  
 
 
…そう、固く心に誓ったのに。  
 
 

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