日の沈みかけた黄昏時、一人の男と一人の女が対峙した。  
男の名はローラント。大陸一の大国を統べる、齢17の若き王である。  
「申し訳ありません陛下。先の豪雨で街道が…」  
大臣の言い訳などには聞く耳も持たず、ローラントは女を見つめる。  
胸の前で固く組まれた手は小刻みに震え、先ほどから俯いたまま顔を上げない女。  
彼女はローラントの2つ上、この度ローラントの正妻として招かれた西の小国の姫君である。  
「我が怖いのか?」  
静かな口調に、姫君は肩を震わせる。絞り出された声は、今にも泣き出してしまいそうなほど上ずっていた。  
「い、いえ…怖くなど……!」  
「では、なぜ我を見ない?」  
答えなどわかりきっているのに。彼はそれを敢えて問う。  
これは表向きだけの契り。誰もに望まれ、誰もが望まなかった愛のない婚姻。  
姫君はそれを十二分に承知しているから、答えに戸惑う。自分の立場を理解しているから、震えているのだ。  
面白い。ローラントは口の端を歪める。玉座から静かに立ち上がり、歩を進め、彼女の顎をぐいと持ち上げる。  
蜜色の髪の奥から姫君の顔が姿を現す。醜いわけではないが、美しいとは表現し難い、極めて平凡な容姿。  
2人の眼が、息がかかりそうなほど近くで重なり合った。  
「これがお前の夫となる男の顔だ。しかと見よ、ミオソティス…いや、ミオと呼ぼうか」  
 
その日の夜、ローラントの私室に、青い寝巻きに身を包んだミオが通された。  
湯浴み後の上気した肌、濡れた蜜色の髪が零れてかかる様が堪らなく艶っぽい。  
2人の視線が再び重なった後しばし沈黙。ミオの唇は何かを言いたげに震えていたが。  
「可愛がって下さいませ」 か細い声でそうつぶやき、おずおずと腰紐に手をかけた。  
誰に教えられたのだろうか。それはまるで娼婦のような文句。  
「止めろ。今はそういう気分ではない。」  
元よりミオを抱くつもりなどなかったのだが。  
少しの怒りを込めてそう言い放つと、ミオは慌てて解きかけた腰紐を結い直した。  
恥ずかしさに紅潮した頬と、泣き出しそうに潤んだ瞳。何とも嗜虐心をそそられる。  
無自覚に劣情を煽るその仕草挙動に、ローラントはさらにきつく眉をひそめた。  
「いつまでそこに突っ立っているつもりだ。…来い、隣へ座れ。」  
「え? で、ですが…」  
棒立ちのまま動かない彼女の腕をぐいと引く。華奢な体が、彼の膝の上に引き寄せられるように収まった。  
突然のことに戸惑う彼女の体を後ろから抱きしめ、彷徨う彼女の手と自身の無骨な手を重ね、指を絡める。  
思わず感嘆の息が漏れ出た。柔らかく、温かい。心から欲したものが、今自分の腕の中にある。  
「…お前は抱き枕に最適のようだ」  
「はぁ……あ、ありがとうございます。」  
何がなんだかわからないまま返事をするミオ。彼女の細い肩に顔を埋め、会話はそこで途切れた。  
ふと、顔を上げて窓の外に目をやる。上限の月が見えた。しばし、その美しさに目を奪われる。  
虫の音だけが木霊する静粛な一時。それを破ったのは、思いもよらぬ一言だった。  
「人形…もはや人としての扱いすら受けないのですね」  
か細いが、はっきりと聞き取れる言葉。俯いた彼女の表情は窺い知れない。  
 
彼女の祖国、西の小国の四の姫の聖誕祭にて、ローラントは初めてミオと出会った。  
王位継承者と聞くや否や数多の上流の人間たちが媚を売ってくる最中、一瞬だけ見えた薄闇の中の憂いた瞳。  
欲に塗れた者達の執拗さに疲れた彼に、おずおずと一輪の花を差し出した女。  
美しかったわけでも、華やかだったわけでもないのに。まだ戴冠前のローラントの目は一瞬で惹き込まれた。  
彼女を知りたい。純粋な好奇心は、やがて自分自身にも理解できぬ感情へと転じていった。  
そして、あの悲哀に満ちた瞳の理由を知った時。自分の感情がもう元には戻れないことをようやく理解した。  
 
賢く聡明な二の姫アプリコット。  
類稀なる芸術の才を持った三の姫ポリアンサ。  
そして、愛らしく美しい四の姫カルミア。  
一の姫ミオソティスのとりえは一番初めに生まれたこと。美しくも賢くも秀でたものも何もない、空(から)の姫君。  
幼い頃から見下され、疎まれ、誰からも、実の母からさえも愛されずに育った哀れな姫君。  
それでも母を慕い、妹達を愛し、他人を思いやる、病的なほどに優しい女。  
 
空の姫気味だろうとなんだろうと構わない。ただ、彼女が欲しい。  
狂気とすら見紛うほどの想いは周囲の反対を押し切り、かの国の女王への直談判という行為にまで走らせた。  
突然の申し出に女王は呆気にとられ、眉を寄せていたものの、やけにあっさりと婚姻に応じた。  
かの国にとっては願ってもいない申し出だっただろう。かの国にとってミオは、邪魔以外の何者でもなかったのだから。  
これまで急速に進めていたという右大臣家の子息との縁談をすっぱりと打ち切り、それに告ぐ速さで2人の婚姻をまとめたのがその証拠だ。  
そこにかの国の女王の思惑があるのでは、と疑う者もいたが、そんなことはローラントにとってはどうだってよかった。  
ミオさえ手に入れることが出来れば。この国で、ミオがゆっくりと心を開いてくれれば。  
……それで、よかったのに。  
 
 
「いいのです…私は空の姫だから。どんな扱いを受けようとただ耐え忍ぶだけ。  
幸せなんて、私が求めてはいけないものなのですから…」  
ローラントの腕の中にいる彼女は震えている。それは怯えなどではなく、悲しみ。  
それが何を意味するのか、勘のいいローラントはすぐに気付いてしまった。  
「お前は……もしや、あの男を好いていたのか? 縁談の進んでいた、右大臣の息子とやらを」  
彼女は答えない。代わりに右手が拳を作る。図星のようだった。  
凪のようだったローラントの心がざわつき、波立つ。暗雲が立ち込めたかのように黒い感情が支配していく。  
ローラントの手の甲に生温い一滴が落ちる。しばらくの刹那、ミオがゆっくりと口を開いた。  
「“貴女を愛する”と、あの方は言ってくださいました。それが偽りの言葉であっても…嬉しかった……」  
ミオが自分に心を開くまでは交わらないと決めていたのに。  
手に入れたかった彼女の心は、開くどころか既に他の男に奪われてしまっていた。  
悔恨と、憎悪と、激しい妬み。そして、もう元には戻れぬ狂おしい感情。  
ローラントの心を暗雲が覆い尽くした瞬間、彼女の体を絨毯へ押し付け、組み敷いていた。  
 
「へ、陛下…?」  
謁見の際にそうしたように、息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、彼女の顎を持ち上げる。  
「俺が怖いか? ミオ」  
彼女は何かを言いたげに唇を震わせていたが、それが声として届くことはなく。  
目尻に涙を残したまま、怯えとも驚愕とも戸惑いとも取れる表情をして、ローラントを見つめていた。  
「今日は穏やかな夜を過ごしたかったんだがな」  
腰紐を引き解き、前を肌蹴させる。華奢な体には似つかわしくない、意外なほどに豊満な胸が露わになる。  
雪の如き白い肌に一瞬目を奪われた。ミオの体は、まるで芸術品のように美しい。  
…下着を着けていないということは、やはり城の者たちには“そう”思われていたのだろう。  
「あ、あの…! きょ、今日は、気分ではない、と……」  
ようやく事の次第を理解したミオが、体を強張らせ、慌て始める。顔は既に羞恥の色に染まっていた。  
「気分が変わった。…お前にしっかりと理解させてやる。お前の夫となる男の体を、な。」  
開いたままの彼女の唇に、押し付けるように自分の唇を重ねる。  
 
「……―――っ!! んぅっ……!」  
獅子が獲物を貪る様に。彼女の小さな舌に執拗に絡みつき、激しく口内を犯す。  
彼女の強張っていた体が次第に緩んでいく。その様子を感じ取ると、顎を押さえていた手をゆっくり体に這わせる。頬、耳、首筋、鎖骨……  
大きな双丘に指が触れると、再び彼女は体を強張らせた。  
「ふ………んんっ―――!」  
彼女なりの抵抗なのだろう。体をくねらせるも、大の男に叶うはずもなく。  
彼の手は柔肌を堪能していた。豊かな双丘の、ぴんと張った登頂だけを避けて。  
口内の激しい攻めと、柔肌への優しい愛撫。相対する二つ感覚に、彼女は蕩ける様な錯覚に陥る。  
彼女の感度の良さを肌の熱から感じ取ったローラントは、内心ほくそ笑んだ。そして、名残惜しげに唇を離す。  
お互いの舌先から銀の糸が伸び、ねっとりと輝く。それがふつりと切れるのと、彼女の熱い吐息が頬にかかるのは同時だった。  
力が抜けてしまったのか、身をよじることもなく、ローラントの瞳を潤んだ瞳で見据える。無意識にその怯えた瞳に微笑んだ。  
彼女の目が見開かれる。意に介することなく、視線は主張した胸の頂を捉え、むしゃぶりつく。  
「あぁっ……!!」  
高い嬌声が上がる。背中にぞくりとした感覚が走った。この声をもっと聞きたい。もっといい声を、もっと艶やかな声を―――  
手は円を描くように片胸を揉みしだき、もう片方の胸の登頂を舌先で転がし、存分に楽しむ。  
「い、やぁ……! あんっ………!」  
嬌声が徐々に色づいていく。艶かしく、悩ましげに。彼女の鼓動が胸を通して伝わってくる。  
彼自身は既に烈火のごとく猛り、主張している。彼女が欲しい、と。もどかしげに腰帯を外し、自身を解き放った。  
胸を揉みしだいていた手を下へ下へと這わせ、彼女の秘所を確認する。準備は万端のようで、そこは十二分に潤っていた。  
「い…や……、や、やめ、て………!」  
消え入りそうな声で彼女は懇願する。精一杯の拒絶なのだろう。目にいっぱいの涙を浮かべ、ゆっくりと首を振っていた。  
「可愛がってほしいと言ったのはお前だろう?」  
蜜壷に何度もこすりつけ、愛液を自身に満遍なく纏わせると。未だ男を知らない其処にゆっくりと沈めていく。  
 
「いやあああぁぁっっ!!!」  
破瓜の痛みからか、嬌声は悲鳴に近かった。彼女の中は他者の侵入を拒むようにローラントを締め付け、押し戻そうとする。  
嘗てない窮屈な感覚に顔を顰めながら、彼女の中を進んでいく。その一進一退の攻防を進めていく度、粘着質な水音が響いた。  
「痛いっっ…! ぬ、いて……っ! あぁぁっっ―――!!」  
ようやく最奥へたどり着くと、彼女の体は弓なりにしなった。視線はもはや彼を捉えてはいない。  
虚空を彷徨う視線はもう彼を捉えていない。涙で顔を濡らしながら、  
卑猥な水音と彼女の喘ぐ声が部屋中に響き渡る。容赦ない締め付けとそこから来る快楽に、ローラントの理性も限界だった。  
体がもっと快楽を得ようと、腰の動きを早める。彼女の中を堪能する暇などもはや無かった。  
「俺はな……お前が、ずっと…ずっと、欲しかった……!」  
激しいストロークの最中、彼女に語りかける。彼の言葉は彼女の嬌声に掻き消え、届いてはいない。  
「空の姫君でも、構うものか………お前は、お前は……!」  
――お前は、俺のものだ。  
そう言い終わる前に、彼自身が大きく脈打ち、中に白濁を放った。  
彼は大きな息を吐き出した。絶頂の余韻に浸るかのように目を閉じ、彼女の熱を深く感じる。  
名残惜しげに蜜壷から自身を引き抜くと、放った白濁と血の混じった愛液が溢れ出てくる。  
気絶してしまったらしく、ぐったりとして動かない彼女の上体を起こし、顔をじっと見つめる。  
「…お前は最高の女だよ。少なくとも、俺にとっては」  
彼女の心が誰かに奪われてしまっているのならば。彼女の体は自分がすべて支配する。他の誰でもない、自分だけのものに。  
その証を刻み付けるかのように、彼女に優しい口付けを落とした。  
 

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