簡素な住宅街にある木造アパートに、若い女性が入っていく。それ自体は何でもない光景だが、異常なのはそれをほくそ笑みながら眺めている男がいることだ。  
 
 不審な男とその女性とは、年齢がそう変わらない。しかし、どう見ても恋人の帰りを待っていた彼氏という構図には見えなかった。  
 
「じゃ、行きますか」  
 
 独り言をつぶやきながら、男はさきの女性の部屋へと歩いてった。  
 
 
 この男は、親の有り余る財力を利用して、山奥に秘密の地下室を持っていた。そしてあろうことか、そこに6人もの女性を監禁しているのである。  
 
 彼女たちは男の汚れた欲望を満たすためだけに集められた、まさに道具だった。  
 
 だが男の欲望とやらは、強姦することでは決してない。ここが普通の犯罪者と一風変わっていた。  
 
 男の目的は若く美しい女性を無理矢理眠らせ、その寝顔を見、その寝息を聞くことだけ。それ以外では性欲を感じない、この男はそういう性質だった。  
 
 男は次なる〈客人〉を街で物色していた。そして、彼のお眼鏡に適ったのがあの女性である。  
 
 彼女のあとを慎重につけ、住処を見つけた。下調べの結果、女性はあのアパートの一室で一人暮らししていることを突き止めた。これで迷う必要はなくなった。  
 
 男は彼女が眠りにおちいる姿を想像するたび、理性を保てなくなった。だからこそ《招待》の計画を実行しようとしているのだ。  
 
 
 呼び鈴を鳴らす。すると、女性が姿を現した。やや茶髪がかったボブカットに、くりっとした大きな目。人好きしそうな顔の美人だった。  
 
 いくら昼間とはいえ警戒がなさ過ぎるのではないか、と男は思った。しかし都合がいいので本心では笑っていた。  
 
 男は全くデタラメな会社名を言い、自分はそこのセールスマンだと伝えた。  
 
「実は、若い女性にぴったりと思える商品がありまして――」  
 
 天性の人なつこさで女性の心構えを解いた後、男はより彼女の関心を引くためにこう言った。  
 
「お食事のときは大体何か飲み物を飲むじゃないですか。そこで、我が社の開発した、太らない水というのがあるんです」  
 
 女性は明らかに食いついた様子だった。普通の人ならまず信じないが、この女性はどこか世間知らずのところがあるのかもしれない。  
 
 男はこんなにも上手く行ったことを心の中で喜んだ。もちろん、表情には出さない。  
 
「お食事と一緒にこの水を飲んで頂ければ、水に入った化学成分が脂肪を分解し、いくら食べてもあなたのそのスレンダーな体型を維持できるというわけです」  
 
 男はさらに一言付け加えた。  
 
「味は普通の水と全く変わりません。さらに、今はお試し期間ですので、一本無料で差し上げます」  
 
「無料ですかぁ。じゃあ、一本だけもらっちゃおうかな」  
 
「ありがとうございます。もし気に入っていただき、継続購入を希望されます場合はこちらにご連絡ください。あっ、お値段ですが、何とスーパーで売っているペットボトルと変わりませんよ」  
 
 男は名刺を差し出した。当然真っ赤な偽物である。本来の会社から支給された、本名の入った名刺をこの男が使ったことなど一度もない。  
 
「それでは、こちらがその水でございます」  
 
 そう言って男はビジネスバッグからラベルのないペットボトルを取り出した。もちろんその辺の自動販売機で買ったミネラルウォーターだ。  
 
 ただし、その水にはすでに睡眠薬が溶かし込まれている。  
 
「どうです、ちょっと味見してみたら。さっきも申したとおり、普通の水と全く同じですが、万一あなたの舌に合わないとも限りません」  
 
「そうですね、じゃあ……」  
   
 女性はキャップを空けた。もう男の罠にかかったも同然だった。  
 
 しかし、男はなぜか満足できなかった。獲物が手に入るというのに、全く高揚感がないのだ。  
 
 そこで、男はあることを思いつき、実行した。すべては満足を得るために。  
 
「実はですね、その水には睡眠薬が入っているんですよ」  
 
 彼女は、男が突然言い出したことを理解するのに数秒かかった。その隙に、男は女性を押し倒し、玄関から室内へと侵入した。  
 
「い、いやっーー…むぐっぅ」  
 
 叫び声を出すその口は、男の手によって塞がれる。女性の手足の自由を奪うために男は体を絡みつかせた。  
 
 それが済んだ後、転がったペットボトルを拾う。中身は十分残っていた。  
 
「さあ、飲もうか」  
 
 男はと、女性の口と自らの手の間に隙間を作り、ほの赤い小さな唇に飲み口を押し当てた。  
 
 むろん女性は口を開くはずもない。そこで、男はもう片方の手で強引に開口させ、ボトルの先を口内に突っ込んだ。  
 
「あぐっ…むごぉっ」  
 
 女性は何とか舌でボトルを押し返そうと試みるが、すでに水が大量に注がれている最中だった。  
 
 男は水を漏らさせないよう、再び彼女の口を左手で塞いだ。そして、今度は右手で鼻も塞ぐ。  
 
「うぅっ、むぅーー」  
 
 必死に抵抗しても水を吐き出すことができない。しかし、飲み込むわけにもいかない。  
 
 女性は息苦しさで手首足首をばたつかせるだけだった。  
 
「飲んだ方がいいよ。このままじゃ窒息死しちゃうよ。大丈夫、君を犯そうってわけじゃないからさ」  
 
 そんな言葉を信じるはずもなく、女性は抵抗を続けた。  
 
 しかし、1分ほどで呼吸の限界が来たのだろう、彼女は生命を優先させるために水を飲まざるを得なかった。  
 
 彼女の喉が鳴り終わるのを確認し、男は鼻から手を離した。  
 
「効き目が出るまでもう少し時間があるから、口だけはまだ塞がせてもらうよ。うるさい叫び声は嫌いなんだ」  
 
 女性は懸命に声を出す。しかし、その音は確実に外へは届かないだろう。  
 
 徐々に女性の目がとろんとしてきた。が、彼女は目を大きく見開き、眠るまいとしている。  
 
 男は心の中で、  
 
「ああ、その眠りにつこうとしている姿も、それに抵抗しようとする姿も、実にきれいだ」  
 
 とつぶやいた。男の陰茎はズボンの上から見ても分かるくらいそそり立っている。  
 
 女性の抵抗が小さくなる。それと同時にまぶたが完全に閉じられた。  
 
 やがて彼女は完全に停止した。深い眠りに堕ちた証拠に、すやすやと寝息が聞こえてきた。この瞬間に男は射精した。  
 
 男は辺りが暗闇に包まれるまで寝顔を眺めていた。暗闇に紛れて女性を車に運ぶつもりだし、それに何よりまったく飽きない。  
 
 自分の人生はこのためにあるのだ、と男は確信していた。性欲でも趣味でもない、純然たる生きがいそのものなのだ。  
 
 さらに辺りが暗くなったとき、男は行動を開始した。  
 
 まずバッグから麻酔薬の染みこんだ白いハンカチを取り出し、女性の鼻と口に当てた。  
 
「ん……」  
 
 少し目を覚ましかけていたのか、女性はかすかに呻いた後、再びぐったりとする。  
 
「これでよし、と」  
 
 そして男は女性を運び出そうと、その細い腕を自分の肩にかけた。  
 
 外へは、泥酔してしまった女性を車内へ運ぶというシナリオで出る。これなら万が一誰かに見られても安心だ、と男は予測していた。  
 
 新たな〈客人〉の迎え入れに興奮し、妄想をたぎらせていた。――その時だった。  
   
 ピンポーン、と部屋のチャイムが鳴る。男は胸をどきりとさせ、はっとした。玄関の鍵を迂闊にも閉め忘れていた。  
 
 もう一度チャイムが鳴った。そしたまた、恐らく友人であろうこの部屋の住人の名前を呼ぶ若い女の声も聞こえてきた。  
 
 今から鍵を閉めて居留守を決め込んでも間に合わない!   
 
 そう判断した男は、ハンカチを握りしめ、丁度眠っている女性が見渡せる位置にあるふすまの中へと忍び込んだ。  
 
 扉が開く音が聞こえた。と同時に、若い女性の「ひっ」という短い悲鳴が聞こえた。男はふすまを少し開け、様子を窺う。  
 
 そこにいたのは、黒髪を短いポニーテルにし、遠目から見ても分かるほどの曲線美を持った麗人だった。  
 
 彼女を見た瞬間、男は自らの危機であるにもかかわらず、舌なめずりした。〈客人〉がもう一人運良く飛び込んできた、と思ったのだ。  
 
「ちょっと、アケミ! 大丈夫!?」  
 
 友人が必死に呼びかけるも、当然返事はあるはずもない。  
 
 すると、友人は狼狽しながらも自身のバッグから携帯電話を取り出した。恐らくは救急車でも呼ぶ気だろう。  
 
 男は、ふすまをそっと開け、外に出た。  
 
 不幸にも友人である女性は男に背を向けてしまっていた。だからこそ、男は外に出たのだし、また女性は男に気づかなかった。  
 
 男が電話を耳に当てている女性にひっそりと近づく。もちろん、右手に持ったハンカチを構えて。  
 
「あっ、もしも――んむぅっ!」  
 
 女性が電話口の相手と話すその瞬間に、男のハンカチが彼女の口と鼻を覆った。  
 
「んーー、んんーーっ!」  
 
 突然の出来事に携帯を手からこぼした。が、何が起こったかは分からずとも、両手でハンカチを引き剥がそうと試みている。  
 
 抵抗が思いのほか強い。さっきの女性――アケミとは比べ物にならないほどの力だ。  
 
 必死に抗っている顔を男がちらりと見ると、少し勝気そうな子であった。なるほど、これは結構な強敵かもしれない。  
 
 そう思うと、不思議と男は笑みを浮かべ、より強く彼女を抑えにかかった。  
 
「んっーーー! んぅーーーー!!」  
 
 なかなか鋭いくぐもり声だ。相手を威嚇しようという意図もあるかもしれない。だが、それは男を興奮させる媚声以外の何者でもなかった。  
 
「んぅーー! んぅ……んっーー」  
 
 少しずつだが声が弱まってきた。男は止めを刺すためにさらにハンカチを押し当てる手に力を込めた。  
 
「んっ………ん……ぅ………」  
 
 女性はがっくりとうなだれた。完全に堕ちたのだ。男はその寝顔をうっとりと眺めた後、勢い良く射精した。  
 
 
 思わぬ収穫が手に入ったことにより、男は舞い上がっていた。たった今眠らせた女性のバッグをあさる。  
 
 すると財布の中から免許証を発見した。名前はサユリ、歳は19。  
 
 ということは、友人であるアケミも多分同い年だろう。一応確認してみたらそうだった。  
 
 二人ともこれまでの〈客人〉の中では一番若い、最年少だ。専門学校に通っている学生らしい。  
 
 男はしばらくサユリの寝顔をなめ回すように見ていた。勝気そうな女が従順に大人しく眠っている。  
 
 このギャップが楽しめるのも、昏睡の醍醐味だ。男はそう思い、いよいよ《招待》の実行に取り掛かった。  
 
 ことは思いのほか上手く運んだ。闇夜に紛れ、誰にも見つかることなく二人の美女を車へと運べたのだ。  
 
 男は助手席にサユリを乗せ、後部座席にアケミを横たえた。  
 
 念のため発進する直前にも二人にクロロホルムを嗅がせた。これで秘密の地下室に着くまで目を覚まさないだろう。  
 
 四肢を縛れる特殊ベッドはすでに6つの部屋すべてに1つずつ追加してある。だから二人なら余裕で《招待》できる。  
 
 男は、この二人を同室にしようか、それともあえて赤の他人と一緒にさせようかと空想をふくらませた。  
 
 そして、今後はどんな方法や手段で〈客人〉たちを穏やかな眠りへと誘ってあげようかという計画も練りながら、夜のドライブを敢行した。   
 
 

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