第五話 キツネくんの秘密と木常神社の過去と未来  
 
 
じりじりと包囲を狭めてくる「守る会」の連中。  
一体何をしようというのか?連中の意図が読めない。  
 
「まあ待て。まずは…話し合いと行こうじゃないか。一体、何が目的だ?」  
「もしかして…またキツネくんのお話しを聞かせていただけるんですか?」  
 
そうだ。連中は以前、俺の過去の恥ずかしい話をネタに、  
タヌキさんの俺に対する興味を削ごうと画策したんだっけ。  
 
「キツネくん!今度は一緒にお話しを伺いましょ?ね?いいでしょ?ねーねーねー」  
 
そんなに目をキラキラさせないでー!  
 
「俺たちが用があるのは木常です!」  
「キツネくんにお話し?」  
「そう、キミから手を引くよう、話を付けるんです。  
 木常!お前の望むとおり話し合いだ!」  
 
って、指ポキポキ鳴らしながら言っても説得力無いですー!  
 
「キツネくんが私から手を引く…?そんな事、ありえませんわ!」  
 
言い切られちゃったよ。ヒトミが睨んでるしー!  
 
「でも、もし。万が一。数百兆分の一の確率でそんな事になったとしても、私の気持ちは変わりませんから!キツネくんをお慕いする事を止めるなんて100%ありませんから!」  
 
またしてもきっぱりと言い切られた。  
…俺はそんな彼女の気持ちに応えられるのか?彼女はタヌキだぞ。でも、でも…  
 
「あ、これお返ししますね」  
 
呆気に取られた親衛隊員たちに山のような手紙を押し付けるタヌキさん。  
 
「行きましょう!キツネくん!」  
「あ!ちょ、ちょっと待って!」  
 
未練がましく追いすがろうとする親衛隊を歯牙にもかけず、  
タヌキさんは俺の腕を取り歩き出した。  
 
「あそこまで言い切るかしら、ホントに…ふん!負けるもんか!」  
「ヒ、ヒトミさん?」  
「たまには部活でよっと。弓ひいてれば憂さも晴れるかもしれないし」  
「ヒ、ヒトミさん!ご一緒します!」  
「別にあんたたちのために行くんじゃないからね!勘違いしないよーに!」  
 
※ ※ ※  
 
俺はタヌキさんに導かれるまま歩き…そのうち通学路を外れ、住宅街を抜け…  
 
「ど、どこまで行くの?」  
「い・い・と・こ・ろ、ですわ(ハート)」  
 
辿り着いたのは、俺たちの街が見渡せる小高い丘の上だった。  
傾き始めた太陽が優しい光を投げかける。  
その光を受けて、金色に輝くタヌキさんの髪。  
「綺麗ですね」  
「う、うん」  
「私、景色を見てそんな風に思えるようになれて嬉しいんです。  
 キツネくんとお話ししたり、ヒトミさんと言いあったり、  
 学校に通ったり、学食でお食事したり、こうして景色を見たり、  
 そんな色々な事が出来るのがとても嬉しい、楽しい、幸せなんです」  
 
とても満ち足りた表情で、そんな事を言うタヌキさんの横顔を。  
俺はかける言葉もなく見ていることしかできなかった。  
彼女が人間になって、ここにいる事。  
それが彼女にとって幸せな事だっていうのはとても喜ばしい事で。  
 
でも。  
 
「後はキツネくんが、私の気持ちに答えてくだされば…  
 私、もう何も思い残すことはありません…」  
 
え?  
 
なにそれ。  
 
思い残す事ないって…なんか…死期が近いみたいな言い方じゃないか。  
 
「タ、タヌキさん…!」  
「はい?」  
 
振り返ったその表情。  
…心なしか、やつれてるような。  
 
もしかして、いや、しなくても。  
 
タヌキが人間になるのって、実はすごく身体に負担が掛るんじゃないのか?  
実は彼女には、あまり時間が残されていない、なんて事が…?  
俺はこれまで考えた事もなかった。  
いつの間にか、彼女がいる事が当たり前になっていた。  
だから、答えを先延ばしにしてきた。タヌキさんへの答え、ヒトミへの答えを。  
 
名前を呼んだきり、押し黙った俺を、不思議そうに見ているタヌキさん。  
何か言わなきゃ。でも、何を言えばいい?  
 
俺はまだ答えを出していないのに。  
 
俺は口を開き、言葉を紡ごうとした。  
しかし、その俺の表情を見て、彼女は。  
 
「いいんです」  
「…え?」  
 
「キツネくんが迷ってる事、真剣に考えてくださってる事、私、ちゃんと解ってますから」  
「…タヌキさん?」  
「急かすつもりなんてありません。いつか、答えを出してくださると信じてますから」  
「…」  
「その時まで、私の気持ちは変わりません。  
 それだけを改めてお伝えしておきたかっただけですわ」  
 
…俺にそれ以上、何かを問う資格があったか?  
彼女の想いに、強い強い想いに、俺はどう答えるべきなのか。  
 
まだ答えは出そうにない。  
 
※ ※ ※  
 
日も落ちて、俺たちは帰路についた。  
 
朝、タヌキさんが言ったようになんとなくデートっぽい時間を過ごし、  
帰ってきた俺たちを待ちうけていたのは。  
 
「お帰り」  
「あ!おにいちゃんやっと帰って来た―!」  
 
もちろん、ヒトミと仔猫ちゃん。  
 
「仔猫ちゃん、どこ行ってたの?」  
「お友達と遊んでた!みんな、離してくれないんだもーん」  
 
という彼女の周りには野良猫がわらわら。  
 
「な、なるほど」  
「で?デートはどうだった〜?」  
 
…なんだか言葉に棘があるような気がします、ヒトミさん!  
 
「ええ!それはもう!うふふ!」  
「にゃ!?なにそれなにそれ!?デートって何!?」  
「えへへ…うふふ…きゃっ(ハート)」  
「こ、こら!?な、何があった!」  
「な!何もしてません!信じて!]  
「やだ…うふふふふふふふ…」  
「アレは!?あのタヌキの舞いあがりっぷりをどう説明する!?」  
「タ、タヌキさん!止めてー!!」  
 
と、その時だった。  
 
ざわ…と、鎮守の森の木々が鳴った。そして。  
 
「あら、賑やかな事ね」  
 
風が止んだ時、そこに立っていたのは、赤い袴の巫女服。  
 
「あ…」  
 
流れるような濡れ色のロングヘアー、  
巫女服の胸元を押し上げる圧倒的なボリューム感、  
切れ長の眼は怪しい色香を湛え、  
ぽってりとした唇は満開の薔薇のよう。  
 
どこか妖艶な雰囲気をまとったその人は。  
独善と傲慢をも感じさせる高貴さをも併せ持っていた。  
 
タヌキさんが太陽なら、彼女は月光だった。  
ヒトミが春の風なら、彼女は秋の黄昏だった。  
 
とにかく、なんというか、それは怪しい魅力を持った絶世の美女。  
タヌキさんやヒトミとはまた違う魅力を持った…艶やかな花。  
 
「は、鼻の下!」  
 
いや、まぁ、その。  
 
「あはん、お帰り。お父様がお待ちかねよ」  
 
 
おとうさま?うちの神社の関係者か?いや確かに巫女服来てるけど…会った事無いぞ?  
 
「だ、誰よあんた!?」  
 
それは本能が為せる技だっただろうか?  
この妖艶な美女を敵と認識したのか、例によって喰ってかかるヒトミ。  
 
そしてタヌキさんは。  
 
「あ…あ…」  
 
…怯え、てる?  
タヌキさんだけじゃなく、仔猫ちゃんも。  
ケモ耳の美少女二人は、この女性に何かただならぬものを感じているようだった。  
 
「この人…この人は…」  
「お、おねえちゃん…!」  
 
なんだ?眼の前の美女に、何がある?  
 
「さ、行くわよ」  
 
彼女らの事など歯牙にもかけず、巫女服の美女が言い放つ。  
ツカツカと俺に歩み寄り、腕を取った。  
 
「ちょっとキツネくんに何を…!」  
「…」  
 
巫女服の美女の視線が、ヒトミにちらと向けられる。  
刹那。  
 
「きゃっ!?」  
「ヒトミさん!」  
 
激しい風。つむじ風が、前触れもなくヒトミを吹き飛ばす。  
 
「ヒ、ヒトミ!…うわっ!?」  
 
閃光、そして衝撃。  
 
………  
 
「キツネくん!き、消えちゃった…!?」  
「今のは…今のは…」  
「おねえちゃん…あれは…あのヒトは…!」  
「ちょ…何なのよ?何か知ってるの?ねぇ!」  
「し、知りません!でも…でも…!」  
「とにかく!どこに消えたのか、捜さなきゃ…!」  
 
………  
 
閃光と衝撃。そして。  
 
「…親父?」  
 
いつの間にか、俺の前に親父がいた。  
 
「さて、お前にこの木常神社の成り立ちについて話す時が来たな」  
 
今日は俺の誕生日。前々から言われていた。  
木常神社に関する秘密をその日、俺は知る事になる、と。  
もったいぶった口調で親父は話し始めた。  
 
「そもそも我が木常神社の起源について教えよう…  
 木常神社を興したのは、実は人間では無い。狐だ」  
「は?」  
 
えーっと。その。  
 
「…それは確かに秘密にしておいた方がいいよなぁ」  
「あ、お前!?冗談だと思ってるだろ!?信じてないな!?」  
 
いや、あっさり信じてるよ?  
何しろ人間になれるタヌキとネコを知ってるし。  
 
「んと、つまり…木常神社の、キツネ家のご先祖様は本物の狐って事?  
 つまり俺はキツネの血を引いている、と?」  
 
脳裏にタヌキさんの顔が浮かぶ。  
そうか、キツネと人間のカップルがOKならタヌキとだってOKだな。  
ん?キツネの血を引いた人間とタヌキ…か。すげー混血だな。  
…などと考えていると。  
 
「いや、ご先祖様は普通の人間だ」  
 
木常神社の始祖…つまり俺のご先祖様は、ただの人間。  
しかし、その人間に、この地に神社を建立する指示を与え、  
自身を祀らせたのが「お狐様」…神通力を持つ狐だったのだという。  
 
なんだ。よくある神話・伝説の類じゃないか。  
狐を祭る神社は国内にいくつもある。狐は神格化されている。  
神話的な伝説・伝承がこの神社にあったっておかしくはない。  
 
「とにかく!お狐様が神通力を我がご先祖様に与えてくださり、  
 ご先祖様はその力を使って近隣の人々に施しを与え、  
 木常神社は後利益のある神社として名を知られる事になった。  
 お狐様の力添えがあったればこそ、  
 我が木常神社は繁栄と存続を約束されたのだ」  
 
…その割には現在ずいぶん寂れているように見えますが?  
 
「でもその…お狐様?とやらはなんでご先祖様に協力してくれた訳?  
 自分を祀らせる事が目的?それとも他になんか見返りが…」  
「そこだ」  
「…どこ?」  
「これまで黙っていたが、お前には許嫁がいる」  
「はいーーー!?」  
 
許嫁?それってつまり結婚を前提にしたお付き合い!?  
俺の知らない所で俺のお嫁さんが決まってるの?ねぇ!  
 
「いまの話が…狐がうちの神社の成立に関わってたって話が  
 なんでいきなり俺の結婚話に繋がる訳!?」  
「いま自分で言ったろう、見返りだ」  
 
は?  
 
「お狐様には一人娘がいた。そしてその一人娘が一人前になる頃、  
 我が木常神社の跡取りに娶らせよ、というのがご先祖様に力を与える条件だった」  
 
親父は一枚の紙を取り出した。墨で何事か記されている。  
 
「そして先日、その娘が適齢期を迎えたという連絡があった」  
「え?え?狐からお手紙?なにそれ…で、タイミング的に俺?  
 俺が娶るの!?娶らなきゃならないって事!?」  
「そういう事になるなぁ」  
 
えっと、ウチの神社が出来たのって何百年前だっけ!?  
その頃すでにいた一人娘が適齢期っていったいそのコ、今いくつ!?  
 
「さ、参考までに伺いますけど…どんなコ?」  
「いや、まだ会って無いんだ。狐の一族のお姫様で…  
 なんでも尻尾が九本あるとか」  
「って妖怪?それって妖怪じゃないの!?ねぇお父様!?」  
 
なるほど、妖怪変化なら何百年も生きててもおかしくないねって…!!  
もしかして…!  
振り向くとそこには。  
 
「うふ」  
 
あのゴージャスな美女。  
 
「ま、まさか…君が…君が!?」  
「あはん?」  
 
艶然とほほ笑む美女。その頭からキツネの耳が生え…  
背後には1、2、3…9本の尻尾!!  
 
「改めて…よろしくね、キツネくん。  
 私の事は…そうね『ヒメ』とでも呼んでもらおうかしら?」  
 
艶然とほほ笑む巫女服の美女。  
俺の許嫁だと言う彼女は…ケモ耳と9本の尻尾を持つ、九尾の狐。  
 
「まぁそんなわけだ。後は若い者同士で話し合ってくれ」  
 
お父様!?若い者ったって、彼女、妖怪ですよ!?  
齢1000年を超える九尾の狐ですよ!?  
そそくさと部屋を出ていく親父。  
あの野郎、厄介事を俺に押し付けたな!?  
 
「キツネくん」  
 
…ゾクリ、と背筋を何かが這い上がる感覚。  
なんだろうこの感覚。恐怖?違う、そうじゃない。  
艶を含んだ彼女の…ヒメの声は…  
 
「突然だから混乱するのは解るけどね、喜びなさいな  
 こんな高貴な美女を娶れるのよ?嬉しいでしょ?ん?」  
 
目をきゅっと細め、唇を笑いの形にゆがめて、俺に迫るヒメ。  
鼓動が速くなる。その声、その表情、彼女が俺に与える影響。これは…  
俺はその何かを振り払おうとかぶりを振った。  
気を取り直して、狐の姫に相対する。  
 
「いや、その、ていうか、あなた妖怪ですよね!?」  
「あら?化け狸や化け猫と付き合ってる貴方がそんなに驚くとは思わなかったわ」  
 
そうか、タヌキさんや仔猫ちゃんも広義では妖怪みたいなもんか。  
でもあんなに可愛いしなー…って、そういう問題じゃなくて!  
 
「ま、いいわ。気になるならしまっておくから」  
 
ケモ耳と9本の尻尾がすっと消える。  
完璧なコントロール。ほとんど猫耳出しっぱなしの仔猫ちゃんや  
動揺すると狸耳が出ちゃうタヌキさんとは、格が違う…?  
 
その時。  
バン!と襖があけ放たれて…  
 
「キ、キツネくん!見つけた!」  
 
ヒトミが飛び込んできた。  
 
「あら、お嬢さん。よくここが解ったわね」  
「今おじ様とすれ違ってね、吐かせたのよ」  
 
さすがヒトミ。  
いや「おじ様に聞いた」じゃなくて「吐かせた」って言葉遣いが。  
 
「で?何をしに来たのかしら?」  
「あ、あなたが突然現れてキツネくんを連れ去ったから!捜してたんでしょうが!  
 タヌキさんも仔猫ちゃんも怯えてるし…あなた一体何者!?」  
「…無礼な小娘め」  
 
空気が変わる。  
 
「立ち去れ!下郎が!」  
「きゃっ!?」  
 
強風。いや、爆発的な勢いの…空気の塊、爆風がヒトミに叩きつけられた。  
 
「ヒ、ヒトミ!?」  
 
ヒトミはふすまを突き破り、廊下に転がった。  
 
「ヒ、ヒトミさん!」  
 
廊下の向こうで、タヌキさんが立ちすくむ。  
 
「下賤の輩が我に触れる事能わず!」  
「な、何するんだ!」  
「ふん、怪我はあるまい。そんな事より…」  
 
妖艶な笑み。再び俺の背筋を不思議な感覚が駆けあがる。  
 
「あはん(ハート)」  
 
俺を見るその瞳。そこにあるのは…情欲?  
 
「行きましょ?ダーリン」  
「ちょ…!!」  
 
またしても衝撃、閃光。  
 
※ ※ ※  
 
こ、ここどこー!?  
 
それは豪奢なベッドだった。  
俺はキツネ耳と9本の尻尾を持つ巫女服の美女に組み敷かれていた。  
 
「キミを見てたら…昂奮してきちゃった」  
「は、はいーーーーーー!?」  
「ねぇねぇ、私たち夫婦になるんだからぁ…いいよね?ね?ね?」  
「な、なんかさっきまでと雰囲気違いますけど!?  
 そ、それに、いいいいいい、いいよねって何が!?ねぇ何が!?」  
「んもう!解ってる、く、せ、に(ハート)」  
「そりゃ解りますけどまずいですってばーーーーー!!」  
 
って何?俺ってケモ耳の呪いでもかかってんの!?  
ご先祖様のバカー!ハゲー!オタンコナスー!!  
 
「くすん…私、魅力、無い?」  
 
そ、そういう訳じゃありません!!  
言い訳!なんか言い訳考えろ、俺!  
 
「お、お。俺は…!!」  
 
「おお、俺には!す、すすす、好きな子がいるんですぅう!!  
 だ…だから、ダメーーー!!」  
「私という許嫁がありながら!?」  
 
知らなかったもんーーー!俺に許嫁がいるなんて!  
 
「その女は!狐族の長たるこの九尾よりいい女だと言うのか!?」  
 
うわ、豹変。さすがの貫禄です、お姫様。  
突如、一陣の風。  
俺の身体はその風に吹きあげられ宙に舞う。  
 
「うわ!?うわわわわ!?」  
 
気がつけば空の上。上空からウチが…木常神社の敷地が見える。  
その参道に、3人の少女の影。  
 
「タヌキさん…ヒトミ!仔猫ちゃん…!」  
 
俺の傍らにはヒメが浮かび、地表を鋭い目で睨みつけている。  
 
「どれだ?あのちっこいのか?あの垂れ目狸か?それともあの人間か?  
 ふん、どいつもこいつも…私の魅力の脚元にもおよばぬわ!」  
 
力強い宣言と共に急降下。まさにフリーフォール状態。  
 
「ちょ…うわーーーーーーーーーーー!?」  
「キツネくん!?」  
 
地表スレスレで急減速。ふわりと地面に舞い降りる俺とヒメ。  
…地に足がつくって、いいもんだな。  
 
ヒメは眼前の3人の少女を睥睨する。  
タヌキさんは怯えつつもその視線を真っ向から見据える。  
ヒトミは腕組みをしてヒメをにらみ返している。  
…脚が震えているように見えるが。  
仔猫ちゃんは二人の後ろに隠れおずおずとこちらを見ている。  
 
「ふん…お主らも引くつもりはない…か」  
「当然、ですわ」  
 
タヌキさんが震える声で、でもきっぱりと言い切る。  
その横でヒトミが頷いて見せる。  
 
「お主らに試練を与えよう。愛の力で乗り越えてみせい!」  
 
…なに、それ?  
 
「さすれば、我もキツネくんから身を引こう。正々堂々たる勝負じゃ!」  
 
気迫のこもった先刻と共に、ヒメの頭部から狐耳が生え、さらに9本の尻尾がのたうつ。  
 
「九尾の狐…!?や、やはり…タダモノじゃなかったんですわね…!」  
 
ヒメが尋常ならざる存在である事を最初から察知していたらしいタヌキさん、  
ようやくヒメの正体を知り、合点がいったようだ。  
 
「九尾…て!よ、妖怪じゃないのよー!?な、なにされるの!?試練て何ー!?」  
「た、確かに…わ、私などとは…力が違う…!まぁ可憐さでは負けてませんけど(うふ)」  
「ほざくな!下郎が!」  
 
ヒメの一喝。びくりと後じさるタヌキさんたち。  
ああ、すっかり怯えてるよ。仔猫ちゃんなんて今にも泣きだしそう。  
 
「ご、ごめん!」  
 
思わず割り込むように声が出た。黙っていられなかった。  
ヒメがタヌキさんやヒトミに敵意を剥き出しにするのは…  
どうやら俺の不用意な一言のせいらしいんだから。  
 
「ごめん、俺のせいだ!  
 俺が、その、好きな子がいるなんてって言っちゃったから…」  
 
ぴくり。  
と、ヒメの剣幕に怯えを隠せずにいた、タヌキさんとヒトミの様子が一変した。  
 
そして。  
彼女が俺を見る。俺も彼女を見る。目と目が合った。  
 
 
 
 
 
 
 
第五話、了。  
 

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