第6話 キツネくんとタヌキさん  
 
 
目が合った途端、彼女の愛らしいケモ耳がぴょこんと立ち上がる。  
 
「キツネくん…」  
 
ヒメに対して怯え、震えていた表情が一変する。  
頬を紅潮させ、優しい頬笑みを浮かべる。  
「好きなコがいる」苦し紛れに言い放った言い訳。  
でもそう言い放った時、脳裏に浮かんでいたのは…彼女の顔。  
頭で考えたんじゃない。それは心で感じた、俺の本心。  
優柔不断な俺は、あんな切っ掛けでも無ければ、  
自分の気持ちに気付く事もできなかったんだ。  
頭部のケモ耳が、ピクピクと動く。その様が愛らしく思える。  
 
そう、彼女はタヌキだ。  
 
彼女が怯え恐れる九尾の狐…ヒメ。  
しかし彼女も同様…ヒトならざる者なのだ。  
俺は、目を逸らす。逸らしてしまった。  
 
「…あ」  
 
落胆の…声。見なくてもその表情の変化は解る。  
その時。  
 
「ま、まてまてまてーーーー!」  
「ヒ、ヒトミ!?」  
 
ヒメの前に立ちはだかり、睨みつける。  
 
「試練ですって?何をさせようって言うの?  
 何をすれば…あんたはキツネくんから手を引くの?」  
「…お前が試練を受けて立つと?」  
「いけない!?私は…キツネくんが」  
 
一瞬の躊躇。しかし。  
 
「キツネくんが好き。一番、好き」  
「ヒトミ…!?」  
「キツネくんも、きっと…きっと私を!」  
 
ヒメがにやりと笑う。  
 
「ほぅ…キツネくんの想い人が自分だと、言い切れる自信が?」  
「…ええ」  
 
…この期に及んで。  
俺は何をしている?俺がすべきは。俺が言うべきは。  
俺が好きなのは、誰なのか。  
いま、はっきり言うべきなんじゃないか?  
 
なのに、俺は…俺ってヤツは。臆病者の、卑怯者だ。  
俺は、一番好きなコに、好きだって言うのが…怖いんだ。  
 
だって、彼女は。  
ヒトじゃ、ない。  
 
「で?何をさせようって言うの?」  
「あはん♪そうねぇ…愛し合う二人の絆を見せて欲しい所ね」  
 
先程までの威圧感溢れる「狐の女王」の姿は成りを潜め、  
俺を誘惑する時の悪戯っぽい、でも艶のある目つきと態度。  
 
「きずな…?どうやって…?」  
「そうねぇ私の目の前で…Hするとか」  
 
はぁ?  
 
「で、出来るかー!!」  
 
ふざけてる!このメギツネ、ふざけてやがる!?  
そんな事出来るわけないだろ、人前で、その…するなんて!  
 
「や、やってやろうじゃないの!」  
 
こらこらこらーーーーーーーーーーーーーー!!  
 
「ヒ、ヒトミ!?」  
「あはん?出来るの?今すぐ?私はいつでもいいわよ〜」  
 
ぐっと詰まるヒトミ。無理するなっての!  
しかしヒトミは。  
 
「あ、あすの夜!!待ってなさい!」  
「え、ちょ、あの…!!」  
 
目が据わってるーーー!?  
俺は心臓が爆発しそうで言葉が出ない。  
ヒトミと、その、する?ヒメの、目の前で?  
なにその露出羞恥プレイ!?その、刺激が強すぎて眩暈がしますーーー!  
ヒトミはヒメを、そして俺を睨みつけ、踵を返す。  
 
「あ、明日の夜だからね!忘れないでよ!」  
 
と、捨て台詞を残し走り去った。  
 
「やだーあのコ、本気?あはん、面白いモノが見れそうねぇ〜  
 他人のする所見るのなんては・じ・め・て♪」  
 
ちょっと、ヒメさん!?あなたの性癖ってどんだけ懐が深いんですか!?  
 
「ヒ、ヒトミさん…キツネ、くん…」  
 
事の展開についていけないのか、タヌキさん、オロオロ。  
 
「明日の夜が楽しみね♪じゃ、おやすみ〜」  
 
ざざっ…!  
 
「うわっぷ!?」  
 
またも風が吹き荒れ、ヒメはその風と共に姿を消した。  
 
「キツネくん…わ、私…」  
「おねえちゃん…?」  
 
タヌキさんが、俺を見ている。頭部にはケモ耳。  
傍らには仔猫ちゃん。こちらも頭部にケモ耳。  
 
「キツネくんは…やっぱり…ヒトミさんが…」  
「タヌキさん…」  
「私じゃ…やっぱり…ダメ…ですか…」  
 
今の俺には…返す言葉が無い。  
ついさっき、目を逸らしてしまったから。  
 
タヌキさんの…耳から。  
彼女は人間じゃない。とても可愛いのに。  
 
…俺は彼女が、好きなのに。  
 
でも。  
 
「あ!おねえちゃん!」  
 
踵を返し走り去るタヌキさん。仔猫ちゃんが後を追う。  
俺は一人取り残され…誰を追う事も出来なかった。  
 
※ ※ ※  
 
長い長い夜がようやく終わって。  
 
翌日。今日は祝日。  
しかし俺は、朝から何をする気も起きないでいた。  
日が高く昇っても何をするでもなく過ごしていると…  
ヒトミが訪ねてきた。  
 
「ヒトミ…」  
「ん、入っていい?」  
「あ、ああ…」  
 
部屋に入ってきたヒトミはしかし無言で。  
張りつめた空気。  
その空気に耐えきれず、俺は、  
言うべき言葉も見つからないまま言葉を発していく。  
 
「あ、あの…」  
「…」  
「本気じゃ、ない、よな?」  
「…」  
「なんていうか、その…えと…」  
 
再び、沈黙。しかし。  
 
「ヒ、ヒトミ…!」  
「キツネくん」  
 
意を決したように、ヒトミが口を開く。  
 
「夜まで待ってたら…あいつが来ちゃうから」  
「え?」  
 
あいつって、ヒメの事か。  
 
「ちょ、ヒ、ヒトミ!?」  
 
い、いきなり!ヒトミは立ちあがり、その…!  
きていた服を脱ぎ出した!  
 
「ま、まて!ヒトミ…!あ、あいつの…  
 ヒメの口車に乗せられちゃダメだぞ!?」  
「違うわ、別に…あいつにしろって言われたからじゃない」  
「…え?」  
「キツネくん」  
 
にっこりほほ笑んで。  
 
「…誕生日おめでとう。一日遅れたけど、私からのプレゼント、受け取って」  
「プレゼント?」  
「うん」  
 
…って、ま、まままま、まさか!?  
あのベタな台詞を!?  
 
「プレゼントは…私」  
 
うわーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!  
すっかり服を脱ぎ捨てたヒトミが俺に抱きついて来た。  
腕の中に、生まれたままの姿のヒトミがいる。  
 
「ヒ、ヒヒヒヒヒ、ヒトミ、さん!?」  
「私を…あげる」  
「いや、その、あの」  
 
しどろもどろ。事の展開についていけない。  
 
「あいつに言われたからじゃない。見せるつもりもない。  
 でも、私は…キツネくんが好きだから。だから、  
 たとえ…キツネくんの心が誰に向いてても」  
「…え?」  
「キツネくんが…タヌキさんの事、好きなの、解ってる。  
 解っちゃったもん。でも、だから」  
 
ヒトミの身体が…震えてる。その目から、涙が零れる。  
 
「こんな事しても無駄かもしれない。でも。でもでもでも…!お願い…私を…見てよ…!」  
「お、おれ…おれは…!」  
 
ドキドキしてる。昂奮してる。  
このままヒトミを…抱いてしまいたいと思う。  
その欲望を否定できない。でも。  
 
「ダ…ダメだって!」  
「キツネくん…!」  
 
それはもう、とんでもない自制心が必要だった。  
ヒトミは可愛い、魅力的だ。おまけに…その、裸で迫られて。  
ああ、正直に言おう。むちゃくちゃ昂奮してる。  
ああ、勃起してるとも!むちゃくちゃしたいよ、やりたいよ!  
バカだと思う。むちゃくちゃしたいくせに。やせ我慢して。  
だらだら汗かいて、勃起させて我慢汁たらしてるくせに!  
 
「か、かっこつけるつもりはないけど、でも!」  
 
でも!でも…!!  
 
「やっぱりダメだよ…俺、いまの気持ちのまま、ヒトミを抱くなんて出来ないんだ」  
「キツネ、くん…?」  
「ごめん、ヒトミ。こんな事させて…ごめん。俺は…俺はタヌ…」  
「言うなーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」  
 
ぱあああああん!!と、激しく頬を張り倒された。  
 
「…ってー…」  
「解ってるよ!解ってたよ!」  
「ヒ、ヒトミ…」  
「言われなくたって…知ってるよぉ…」  
 
ぼろぼろと涙をこぼして。子供みたいに泣きじゃくるヒトミ。  
 
「キツネくんのバカーーーーーーーーーーーーーー!!」  
 
※ ※ ※  
 
ヒトミは泣きじゃくりながら服を着て、部屋を出て行った。  
その間、二度と、俺の顔を見る事は無かった。  
俺もヒトミにかける言葉を持たない。持てなかった。  
 
「なかなか面白い見世物だったわねぇ」  
「!!」  
 
窓辺に、巫女服の美女。ヒメ。  
 
「いつの間に…」  
「あはん、彼女が来る前からいたわよ?」  
 
…気配を消し、姿を消す事なんて朝飯前って事か。  
 
「悪趣味だな」  
「必死の思いでやってきた女の子を  
 あんな風に振っちゃう貴方のが悪趣味(ハート)」  
「…それだってお前のせいじゃないか!」  
「違うと思うけどなー」  
「な、なに?」  
 
ヒメがひらりと、まるで重力を感じさせない動きで舞い、俺の脇に立つ。  
 
「女の子が涙を見せるのは、全部、男が悪いの」  
「い、一方的すぎるだろ!?」  
「ううん、女の子を泣かしたら、全部、男が悪いの」  
 
…なんなんだ、こいつは。  
俺を誘惑し、ヒトミを扇動し、男を非難する。  
 
「ま、それはともかく」  
「くあ…!」  
「んふ♪こんなにしておきながら、よく我慢できたわねぇ?」  
 
こ、股間を撫でさすりながら舌舐めずりするなー!  
 
「ほらぁ昨日の続き、しよ?してあげる」  
「だ、だめだってばーーーーーーーーー!」  
 
再び、理性を総動員。自分で自分をほめてやりたい。  
しなだれかかるヒメを突き放す。  
 
「やん」  
 
立て続けの誘惑に、俺は耐えきった。  
 
「…そんなにあのタヌキが良いわけ?」  
「…え?」  
「女の子にあそこまでさせておきながら拒み、  
 私程の美女を拒む程…あのタヌキがいいの?」  
「お、おれは…」  
「ふん!もう時間なんて無いのに」  
「…え?」  
 
時間が、無い。  
それとても不吉な予感を呼び起こさせた。  
 
「…どういう、事だ?」  
「タヌキが、ケモノが人の姿になる。  
 それにどれくらいのエネルギーが必要だと思うの?」  
 
…そんな事、考えたことも無かった。  
 
「長くないのよ、あのタヌキ」  
 
なにその設定!?聞いてないよ、伏線も無かったし!  
 
「…あ!」  
 
『後はキツネくんが、私の気持ちに答えてくだされば』  
『私、もう何も思い残すことはありません…』  
 
あの時の言葉…思い残す事がないって…死期が近いみたいな言い方。  
 
「長くないって…どういう事だ!ま、まさか…い、いのちが!?」  
「さぁ?直接聞けばいいじゃない。フン!」  
「ヒ、ヒメ!待って!」  
「私を振った男に教えてなんかやらないわよ!べーーーーっだ!」  
 
…子供か!似合わないぞ、そういうの!  
とにかく思わせぶりな捨て台詞だけを残して、ヒメは消えた。  
残された俺の脳裏には、ヒメの言葉がぐるぐると飛びまわる。  
時間なんて無いのに時間なんて無いのに時間なんて無いのに  
時間なんて無いのに時間なんて無いのに時間なんて無いのに…  
 
どういう事だ?  
タヌキさんは…どうなるっていうんだ?  
 
※ ※ ※  
 
俺は思わず飛び出していた。  
目指すは田貫家…タヌキ理事長の、タヌキさんの、家。  
 
「タヌキさん!」  
「キツネ、く…ふああああ!」  
 
き、緊張感の無いあくび。  
 
「ね、眠いの?」  
「あ、あのその…昨夜は寝付けなかったもので…」  
 
…そうか、それも俺のせいだったな。  
 
「あ…」  
「ちょ…!」  
 
突然、タヌキさんがふらつく。俺は慌てて支える。  
 
「ご、ごめんなさい、えへへ」  
「い、いや…」  
 
ほんとうに、ただの寝不足なのか?それとも…  
 
「タヌキさん…あの…」  
 
ヒメの残した言葉…時間が無いって言葉の意味。  
その事についてタヌキさんに尋ねようとした、その時。  
 
「にゃー」  
 
足元に擦りよる一匹の仔猫。  
こんな時に…って、あ、あれ?  
この猫…も、もしかして!?  
 
「こ、仔猫ちゃん!?どうして…猫の姿に?」  
「んにゃー」  
 
悲しげな泣き声。この声、この姿。  
間違いない!この仔猫は…!!  
 
タヌキさんも気付いたらしい。顔面蒼白で仔猫を見つめる。  
 
「今朝から姿が見えないと思ったら…!も、戻れないんですか?」  
 
これか?これなのか?ヒメが言っていた「時間が無い」という言葉の真意。  
時が来れば…仔猫ちゃんが…タヌキさんは…元の姿に戻ってしまう!?  
 
力の…限界。そういう事、なのか…!?  
 
そして、仔猫ちゃんの様子を見てタヌキさんは動揺している。  
と言う事は、彼女自身も気付いてない。  
いつか、時が来れば。元の姿に戻ってしまう事を…?  
 
いや、待て。じゃあ理事長はどうなんだ?  
 
タヌキさんの伯父にあたる、元タヌキ。  
学園の理事長という職につくにはそれ相応の時間が必要だったはずだ。  
あの人もいつか時が来れば狸に戻るのか?それとも…  
 
元の姿に戻らずにすむ方法があるのか?  
 
「タ、タヌキさん!伯父さんは…理事長は!?」  
「え?あ、あの…お仕事で…しばらく家をあけると…ご出張だそうですわ」  
 
くそ、こんなときに…!  
 
どうする?その時は突然来るのか?  
それとも…今度タヌキになったら戻れなくなるとか、  
変身できる回数に制限があったりするのか?  
ルールが、法則が解らない!  
 
「タヌキさん…最近、タヌキの姿になった?」  
「も、もうなりませんわ!私、人間ですのよ?(ぷぅ!)」  
 
といいつつ耳が飛び出す。  
 
「あ、あら?おかしいですわね?えいっえいっ」  
 
戻らない…戻せない、のか?  
 
「こ、困りましたわね…」  
 
もし…もしも。  
このままタヌキさんが…元の狸に戻っちゃうとしたら。  
俺に何が出来る?俺は…何をすればいい?  
 
「…ちょっと待ってて!」  
 
俺は辺りを見回し、帽子屋を発見。  
タヌキさんに似合いそうなのをひとつ。  
タヌキさんの元に戻ってそれを差し出す。すると。  
 
「まぁ…」  
「ど、どうしたの!?」  
「う、嬉しいんですわ…キツネくんからの…初めてのプレゼントですもの」  
 
んと、投げ売りで千円しなかったんだけど。  
 
「そういう問題じゃありません!」  
 
なんで怒られるんだよぉ  
 
「えへ…えへへ…えへへ…」  
 
帽子をかぶり、にやけるタヌキさん。  
まぁ…なんというか、そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。  
 
ケモ耳は帽子にすっぽり包まれ、外からは見えなくなった。  
タヌキに戻ってしまうかもしれないタヌキさんに  
俺が出来る事なんて…この程度の事なのかもしれない。  
 
でも。  
後悔したくないから。今出来る事をしよう。  
 
「…行こう」  
「ど、どこへですか?」  
「タヌキさんの行きたい所。行ってみたい所。  
 昨日、言ってたじゃないか、デート、しよう」  
「ま、まあ…」  
 
タヌキさんが驚いてる。ちょっと、唐突だったかもな。  
 
「で、でも…あ、あの…ヒトミ、さんは…そ、それにあの、仔猫ちゃんも…九尾が…」  
「…いいんだ」  
 
残酷かも知れない。でも。  
 
「今は…ヒトミの事も、仔猫ちゃんの事も…ヒメの事も、全部、どうでもいい」  
「キ、キツネくん…?」  
「俺は今、タヌキさんとデートしたいんだ」  
 
タヌキさんの頬が真っ赤に染まる。  
 
「…ホントですか?」  
「ほんとほんと!」  
 
精いっぱい、明るく。内心の不安を気取られないように。  
 
「じゃ、じゃあ!」  
「ほい?」  
「私!うみが見たいです!」  
「海…まだ寒いよ?」  
「でも、私見た事ないんですもの!」  
 
少し離れた塀の上で。  
 
「にゃー」  
 
小さな仔猫がひと声鳴いて、さっと身をひるがえした。  
あっという間にその姿を見つけ出す事はできなくなった。  
 
※ ※ ※  
 
という訳で、海。  
 
「まぁまぁまぁ!これ全部水ですの?すごいすごいすごーーーい!」  
 
海からの風に飛ばされないように、帽子を押さえて波打ち際ではしゃぐタヌキさん。  
 
あの耳さえなければ、ホントにただの…ただの可愛い女の子。  
俺の理想を体現したかの容姿で、俺に好意を寄せてくれている。  
これ以上、何を望む事がある?彼女の気持ちに答えない理由なんてあるか?  
 
…彼女は人間じゃない。だけど。  
 
「キツネくん!えいっ!」  
「うわぷっ!?」  
 
楽しそうに笑いながら、タヌキさんが波打ち際でジャンプ。  
飛び散った塩水のしぶきが俺を襲う。  
 
「あはは!水しぶきくらいでそんなに慌てなくてもいいじゃありませんかー」  
「いや、ただの水じゃなくて…しょっぱいんだぞ!?」  
「え?しょっぱい?」  
 
しゃがんで、海水を指先に付けて、その指をぺろりと。  
 
「んひゃっ!?な、なんですのこれ…お塩、効き過ぎですわ!?」  
 
…料理じゃないんだから。  
 
「ぷっ」  
「あー!お笑いになりましたね!?えいっ!えいっ!」  
「うわ!?だ、だから!しょっぱいってば!」  
 
タヌキさんが盛大に海水をこちらに飛ばしてくる。  
 
「こ、この!お返しだ!」  
「きゃっ!?」  
「こら!逃げるなー!」  
 
まだ夏の遠い季節。  
人気の無い海岸で。逃げるタヌキさんを追う。  
これまで追い掛けられてきたから、追うのは新鮮な気がするな。  
 
そう。タヌキさんはずっと俺を追いかけてきてくれた。  
タヌキの姿を捨てて人間になってまで、俺の傍にいようとしてくれた。  
 
だから、今度は。  
 
俺が彼女を追いかける。俺が彼女を捕まえる。  
なんて物思いにふけっていた隙をつかれた。  
 
「…とぉ!」  
「うわっ!?」  
 
逃げていたタヌキさん突然、反転。  
俺に飛びかかってきた。バランスを崩して転倒。  
 
「わぷっ!?」  
 
砂にまみれて海岸を転がる。  
 
「タ、タヌキさん!?」  
「あはは!つーかまえたっ!」  
 
にこにこと笑うタヌキさん。頭から帽子が落ちていた。  
ケモ耳がぴょこぴょこと動いている。  
彼女はタヌキだ。人間じゃない。  
だけど。  
 
俺はようやく自分の心に正直になれる気がした。  
 
俺は。  
 
俺は、彼女が大好きなんだ。  
 
※ ※ ※  
 
彼女とすごす時間はいつだって輝きに溢れていた。  
彼女の笑顔は俺を幸せにしてくれる。  
ちょっと常識はずれな所だって(元タヌキだから仕方ない)  
彼女のチャームポイントのひとつだ。  
 
俺は西日さす浜辺をゆっくりと歩いていた。  
後ろからタヌキさんが付いてきてくれている。  
俺は立ち止まり、振り向かず、話し始めた。  
 
「タヌキさん」  
 
返事は無い。  
 
「今日は…とても楽しかった」  
 
俺は、ようやく、素直に俺の気持ちを口にする事ができた。  
 
「いや、タヌキさんが俺の前に現れてくれてから…  
 毎日がすごく楽しかった。君と一緒にいる時は…いつも」  
 
迷いはもう、無い。  
 
「俺は。俺はタヌキさんが…!」  
 
振り向いた。そこにいるはずだったのに。  
 
「…え?」  
 
タヌキさんがいない。  
いたはずの場所…そこには、タヌキさんの服が、服だけが落ちていた。  
 
「タヌキ、さん…?」  
 
俺の呼びかけに応えるかのように、落ちていた服がもぞもぞと動く。  
そして、そこからひょっこりと愛くるしい顔を見せたのは。  
 
一匹のタヌキ。  
 
茶色い毛皮を身にまとった、ただの狸。  
その毛が、夕陽を浴びて金色に輝いているのを俺は呆然と見ていた。  
 
 
(後篇に続く)  
 

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