「好きなコがいる」 
 
苦し紛れに言い放った言い訳。 
でもそう言い放った時、脳裏に浮かんでいたのは…彼女の顔。 
 
頭で考えたんじゃない。それは心で感じた、俺の本心。 
優柔不断な俺は、あんな切っ掛けでも無ければ 
自分の気持ちに気付く事もできなかったんだ。 
 
目が合った。でも。 
 
ヒトミは…眼を伏せてしまう。 
…え?なんで? 
 
 
 
 
第6話 キツネくんとヒトミさん 
 
 
 
 
 
「はいはいはい!私!私!私!」 
 
と、そこに割り込んでくるタヌキさん。 
 
「ほう…たかが化け狸の分際で…私に歯向かうつもりか?」 
「キツネくんへの想いならば…誰にも負けませんわ! 
 たとえ…キツネくんが私より他の誰かを想っていても。私の想いは、変わりませんもの」 
 
キツネくんが私より他の誰かを想っていても…か。 
俺が想う相手。俺が好きなのは。 
 
…ちらと、ヒトミに目を向ける。 
ヒトミは目を伏せたまま、こちらを見てはくれなかった。 
 
(私は…キツネくんが好き。タヌキさんに負けるつもりはない。でも…でも… 
(やっぱりいざとなると怖い。キツネくんの気持ちは?私のホントの気持ちは? 
 
…本能的にヒメの力を感じ取っていたのだろうタヌキさん。 
ヒメの登場以来、彼女の威圧感に怯えていたタヌキさんは。 
いまやその怯えを振り払い、ヒメの前に立ちはだかる。 
 
「貴方がどんな力を持っていようと…キツネくんは渡しません」 
「…片腹痛いわ!!」 
「きゃっ!?」 
「タ、タヌキさん!」 
 
突如沸き起こる突風。その風に吹き飛ばされるタヌキさん。 
そのまま森の木に押し付けられ、身動きも取れないらしい。 
 
「そのまま…潰れるがいいわ!」 
 
獰猛な笑みを浮かべるヒメ。これが…こいつの本性なのか? 
 
「あ…うあ、ああああああ!」 
「タ、タヌキさん!」 
 
みしり、と大木がきしる。なんだ、あの風は!? 
タヌキさんを木に押し付け、その勢いで木を軋ませる。 
単なる風じゃない、物理的な破壊力を持つ…空気の鎚! 
このままじゃ、タヌキさんが…危ない! 
 
「や、止めろ!」 
「キツネくん!だめ!」 
 
思わず飛び出そうとした俺にヒトミが縋りつく。 
 
「あ、あぶないよ!おにいちゃん!」 
 
仔猫ちゃんまで、必死に俺を押さえつけようとする。 
 
「どうしていつもいつもいつも!あなたって人は!」 
「だって…タヌキさんが危ないんだぞ!?黙ってみてられるか!」 
「私よりタヌキさんの方が大切なの!?」 
「…え?」 
 
(ダメ!こんな事…!言っちゃダメなのに…! 
 
「そ、そんな事言ってる場合じゃないだろ!?」 
 
(解ってる…!解ってるわよそんな事!でも…でも…! 
 
「わ、私…私…!」 
 
ヒトミの腕の力が弱くなる。 
その腕と仔猫ちゃんを振り払い、自由の身になった俺は駆けだし… 
 
「キ、キツネ、くん…!」 
「おにいちゃん!」 
「…タヌキさん!」 
 
俺は激しい風の中に飛び込んだ。 
 
「こ、こらこらこら!」 
 
ヒメが慌ててる。 
激しい風はところどころ真空状態を生み出していた。 
 
「くっ…!」 
 
そこに触れた服が、皮膚が、ところどころでスパッと切れる。 
身体のあちこちから血が、噴き出した。 
 
「や!やめて!やめてください!」 
 
タヌキさんの悲鳴。 
 
「バカ…っ!」 
 
ヒメの舌打ち。 
唐突に風がやみ、俺の身体がぐらりとかしぐ。 
 
「キツネくん!!」 
 
地面に倒れ伏す直前、タヌキさんの腕が俺を支えてくれた。 
 
「タ、タヌキさん!だ、大丈夫?あつつ…」 
「キツネくん!キツネくん!キツネくん…!」 
「ふん…大した事ないわよ、浅い切り傷だけだから」 
「あ、ああ…あちこちひりひりするけどな、はは…」 
「キツネくん…キツネくん…キツネくん… 
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!」 
 
タヌキさんが泣いてる。自分のせいだと、自分を責めているのか? 
 
「なんで謝るんだよぉ…タヌキさんのせいじゃ、ないだろ?」 
「でも…!」 
「タヌキさんこそ…大丈夫か?」 
「わ、私は平気です!そんな事より…!」 
「ははっ…良かった」 
「キツネくん…」 
 
その時。 
 
「…はっ!バカバカしい!」 
「なんですって!?」 
 
吐き捨てるヒメ。喰ってかかるタヌキさん。 
 
「やってられないわよ。この私より化け狸なんかの肩を持つなんてね。せいぜい仲良く乳繰り合ってればいいわ…!」 
 
つむじ風が舞い、ヒメを浚っていく。 
辺りは静寂を取り戻していた。 
 
月明かりの降りしきる静かな夜。 
 
今日は俺の誕生日。 
長い、長い誕生日だったなぁ… 
 
(キツネくん…キツネくんは、やっぱり… 
 
※ ※ ※ 
 
「帰りません」 
 
きっぱりと。とりつく島もなく、タヌキさんは言い切った。 
 
「私のせいでキツネくんが傷だらけになったんですから 
 私には看病する義務が!使命が!天命が!」 
「いや、大袈裟だから」 
 
あちこちに出来た切り傷に包帯を巻かれた俺。 
傷は浅いとはいえ、全身がヒリヒリと痛む。 
 
「はい、あーん」 
「ひ、一人で食えるってばー!」 
「あ、これじゃお風呂入れませんわよね?身体をお拭き…」 
「要らん要らん!」 
「あ、お手洗いのお手伝いは…」 
「いい!結構!」 
 
…とまぁ、甲斐甲斐しく(?)俺の世話を焼こうとするタヌキさん。 
 
悪気は無いのは解ってるから、俺も怒るに怒れず、 
曖昧な笑顔で断りまくる。 
 
と。 
 
「私…帰るね」 
「ヒトミ?」 
「ヒトミお姉ちゃん…」 
「仔猫ちゃんも帰るのよ。送っていくわ」 
「う、うん…」 
「…じゃ、お大事にね。タヌキさん、キツネくんをよろしく」 
「あ、はい。お任せ下さい!」 
「ヒトミ…?」 
 
仔猫ちゃんを連れて、ヒトミは出て行った。 
 
「あ、夜伽…」 
「いいからー!もう許してー!」 
 
※ ※ ※ 
 
 
「なんだかんだ言って…お似合いよね、あの二人」 
「ヒトミお姉ちゃん…いいの?」 
「あなたも…解ってるんでしょ?」 
「…」 
「なんていうのかなぁ…なんか、入り込む隙間が、無いよね。 
 これまで無理やり割って入ってきたけど…限界、かな」 
「ヒトミお姉ちゃん…」 
 
※ ※ ※ 
 
翌朝。 
結局、あれからヒメが現れる事は無かった。 
 
俺の許嫁だと言う彼女、その目的は一体なんだったのか。 
本当に俺を…自分の物にしたかったんだろうか。 
 
今となっては解らない。 
 
「爽やかな朝ですわね!」 
「そ、そうだねぇ」 
「それに…素敵な夜でしたわ」 
「そ、そう」 
「二人きりで過ごした初めての夜…二人きりで迎えた初めての朝…一生の思い出になりますわ…」 
「いや、その、誤解を招く表現は止めて欲しいなーなんて」 
 
…とはいえ、強く出られないのは、なんだかんだ言って 
寝ずの看病をしてもらった負い目があるからで。 
 
全身の切り傷は浅いとはいえ、夜更けには熱を持ち俺をさいなんだ。 
タヌキさんは俺の頭に載せた濡れタオルを始終変えてくれたり、 
汗をかいた身体を拭いてくれたり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのだ。 
 
だから、強く出られない。それと。 
俺にしなだれかかるタヌキさんに歯止めをかけるヒトミが、今日はいない。 
 
※ ※ ※ 
 
結局、タヌキさんに看病を受けつつ3日が過ぎた。 
その間、ヒメも現れず、ヒトミにも逢えなかった。 
たまに仔猫ちゃんが遊びに来たが… 
タヌキさんに遠慮したのか、すぐに帰って行った。 
 
3日間。 
タヌキさんはとても幸せそうだった。 
 
※ ※ ※ 
 
「なんだか通学路が新鮮に見えますわ」 
「3日ぶりだからなぁ…あ、あれ?」 
 
ヒトミ、と。 
その横にはどこかで見かけたような気のする男。 
 
「あれ…誰だっけ?」 
「えーっと弓道部の後輩さんですわね、確か」 
「…なんで?」 
「キツネくん?」 
「なんで、だよ…あいつ」 
「あの…キツネ、くん…」 
「…どういう、事だよっ!?」 
「キ、キツネくん!」 
 
俺は駆けだした。ヒトミに向かって。 
 
「ヒトミ!」 
「…キツネくん」 
 
駆け寄ってはみたものの。 
俺は何も言おうとしたんだっけ? 
何を言う資格がある? 
 
俺が言葉を発せないでいると、男が口を出した。 
 
「あのー先輩、なんか用ですか?」 
 
…お前に用なんかない。 
 
「俺に?それとも“俺の彼女”に用ですか?」 
 
お前の彼女にも用は無い。 
 
…え? 
 
「え?」 
「あれ?知らなかったんですか? 
 幼馴染って言ってもそんなもんすかねぇ」 
「え?」 
「ヒトミさんは、俺と付き合う事になったんすよー 
 あれ?ホントに聞いてないんですか?ヒトミさん、教えてあげればいいのにー」 
「え?」 
「…そんな仲じゃないわ。ただの、ただの幼馴染、だもん。それだけ、だもん」 
 
え? 
 
え? 
 
え? 
 
「いこ」 
「あ、はい。それじゃ木常先輩、失礼しまーす」 
「あ、あの…」 
 
あれ? 
 
いつも俺と歩いていた通学路。 
その道を、ヒトミは俺じゃない男と歩いていく。 
あの男は、ヒトミの後輩。年下の…彼氏? 
 
えっと、とにかく。後輩と言う事は学年が違う訳で。 
必然的に、二人は別々の教室に向かう訳で。 
 
…俺は「彼氏」と別れたヒトミを捕まえて話しかけた。 
俺の幼馴染。俺の事、好きだって言ってくれてた… 
俺次第では、幼馴染以上に…なれたかもしれない女の子。 
 
「…なに?」 
 
…いまさら、何が言えるだろう。 
でも、とにかく、話さなきゃ。 
 
「な、なんだよ…あの、あいつと…い、いつから?」 
「いつ付き合いだしたかって?おとといからよ」 
「そ、そうか…知らなかったよ、はは…」 
「そりゃキツネくんは…タヌキさんとお楽しみ中だったから」 
 
お楽しみ?お楽しみってなんだよ。 
俺は怪我で寝込んでて…タヌキさんは看病してくれてただけ、だぞ。 
 
「なんだよ、その言い方。別に楽しんでなんか…!」 
「別にいいわよ、何してたって。私は私で楽しくやってるから」 
 
つっけんどんな態度。 
 
「あいつが、好き…なのか?」 
「…」 
「ヒトミ?」 
「そうよ」 
「今の間はなんだ、今の間は!?」 
「なんでもないわよ!」 
「ホントか?ホントにあいつの事、好きなのか?」 
「そうよ!私の事、好きって言ってくれるもん!」 
「な、なんだよ?それ…お前の気持ちを聞いてるんだよっ!」 
「…大事な所でしょ?だって、キツネくんは、キツネくんだってタヌキさんの事…」 
「お、俺は関係ないだろ?お前の気持ちはどうなんだよ 
 お前が本気であいつのこと…す、好きだっていうなら…」 
「関係ないなら!ほっといてよ!」 
 
俺は決定的な間違いを犯したらしい。 
地雷を踏んだ俺は、ヒトミの怒りをかってしまった。 
 
「キツネくんなんか…タヌキさんとよろしくやってればいいんだわ」 
「俺は!タヌ…!」 
「あーそっかそっか!」 
 
言いかけた俺の言葉をさえぎるように、ヒトミの声が割って入る。 
 
「なんだよ…!?」 
「焼餅?焼餅やいてるんだ?」 
「…え?」 
「そういうことで焼餅やくのって、割と簡単じゃない?」 
 
どういう意味だ? 
 
「自分を好きって言ってくれてた相手が、他の男に取られて… 
 悔しいから、勿体無いから…だから!」 
「なん、だよ…お前、俺がそんな風に思ってると…本気で?」 
 
しばしの睨みあい。 
 
やだよ、俺。 
ヒトミとこんな風に…睨みあわなきゃいけないなんて。 
なんで…なんでこうなっちまったんだ? 
 
「…もういいでしょ?」 
 
と、タメ息をつくヒトミ。 
 
「タヌキさんはいいコよね。キツネくんの事、あんなに好きでいられるなんて。泣かしちゃダメよ?」 
 
※ ※ ※ 
 
俺はその日一日、ヒトミの様子を遠目に見ながら過ごした。 
 
俺じゃない男とメールのやりとりをするヒトミ。 
俺じゃない男と歩き、俺じゃない男と話し、 
俺じゃない男に頬笑み、俺じゃない男と… 
 
「あーーーもぉ!!」 
 
どうかしてる。女々しすぎるじゃないか。 
何やってんだよ、ホントに。 
 
「えと、あの、キツネ、くん…?」 
「え?ああ、なんだっけ?タヌキさん」 
「…この後、私とデートするお話ですわ」 
「ああ、うん、いいよ、うん。楽しみだなぁ」 
「…どこに行くか決めてませんわよ?」 
「ああ、うん、そこでいいよ」 
「…ホテル、とか?」 
「ああ、うん、それでいいよ」 
「…(ぷぅ)」 
 
…ヒトミがまた携帯を開いてる。 
なんかニヤけてないか?あいつからのメール、か? 
 
俺とはメールなんかしなかったな。 
てか、なんかあれば話しかけてきたり、部屋に直接来やがったりしたしな。 
 
「…キツネくん?」 
 
カバン持って、弓持って…部活か? 
…部活に行けば、あいつがいるんだな。 
 
「…おーい」 
 
…あ、あいつ。いまスキップとかしやがったぞ? 
なんだよ、今までろくに部活なんか行かなかったくせに。 
 
「キツネくーん…」 
 
そんなに楽しみなのか?部活が… 
いや、部活に行けば彼氏、に逢えるから、なのか? 
ヒトミは、あいつの…弓道部の後輩の事…本気、なのか? 
俺はふらふらとヒトミの後を追って…教室を出た。 
 
「キツネくん…」 
 
※ ※ ※ 
 
弓道部室の辺りをうろうろと。 
ヒトミの姿を求めてさまよう。 
 
…って、これじゃストーカーじゃんか。 
あまりの女々しさに自分が嫌になる。 
 
と、その時。 
 
「ヒ、ヒトミ!?」 
「ひゃっ!?キ、キツネくん?」 
 
ヒトミは弓道着に着替えており…道場へ向かう途中のようだった。 
…ヒトミは、和装が似合う。 
なんつーかこう、キリッとしてるから、かな。凛とした雰囲気っていうか。 
ああ、解るよ、ヒトミ目当ての入部希望者が多いのも。 
だって、ヒトミは、こんなに可愛いんだもんな。 
 
…そんなヒトミが、ずっと、俺を見てくれてた。 
でも、今は…他の男の、もの? 
 
いやだ。 
そんなの、いやだ。 
 
なんでこんなにイヤなんだろう? 
 
決まってるじゃないか。だって、俺は… 
 
俺は…! 
 
「な、なによ…?」 
 
言わなきゃ。もっと早く言うべきだった言葉。 
伝えなきゃ。やっと解った、自分の気持ち。 
 
「ヒトミ!俺…!」 
 
意を決して、一歩を踏み出す。 
しかしヒトミは、俺が歩み寄ったのと同じだけ後ずさる。 
 
「こ、来ないで!」 
 
…ヒトミが、怯えてる? 
なんでだよ?俺、ヒトミに危害を加えたりしないぞ。 
ただ、聞いてほしい言葉があるだけなんだ。 
 
「聞いてくれ!ヒトミ!俺…!俺は…!」 
 
ヒトミはとっさに矢をつがえ… 
 
ヒュン!! 
 
「うわっ!?」 
 
う、打ちやがった! 
 
「だめーーー!言っちゃダメ!」 
「な、なにするんだよ!?」 
「き、聞きたくないっ!こ、怖いんだもん!怖いの!」 
「こ、怖いって、なにが…?つーか、こっちのが怖いわ!殺す気か!?」 
「その先を聞くくらいなら殺す!」 
「ふ、ふざけるな!」 
「うそ!ごめん!で、でも!」 
 
走って逃げるヒトミ。 
振り向きざまに…威嚇か!?弓を向ける。 
 
「うわっ!こ、こらー!ヒ、ヒトミ!?」 
 
…とりつく島も無し。 
ヒトミは、俺を残して走り去ってしまった。 
 
「…おーい」 
「あらあら、まぁまぁ」 
「タヌキさん…」 
 
ぽつんと取り残された俺の元にタヌキさんが現れる。 
タヌキさんは朗らかな笑みを浮かべて俺に言う。 
 
「これはどうしようもありませんわね。 
 やっぱり私にしませんか?キツネくん」 
 
俺ははっとしてタヌキさんの顔をまじまじと見てしまう。 
タヌキさんは…にこやかにほほ笑んでいる。 
 
「あ、あはは…そうだね」 
 
…なに言ってるんだ、俺。 
 
「ヒトミはもう…あの後輩くんと付き合ってるんだし…」 
 
それを認めるのか?認めたくないのに。 
 
「俺の話ももう聞いてくれないし、俺がどう思ってようが…あいつは…」 
 
女々しく愚痴をこぼす俺をタヌキさんはじっと見据えて… 
 
そして… 
 
「キツネくんっっっ!」 
「は、はいっ!?」 
 
いきなりの大声で。 
 
「な、なんだよぉ…ビックリするじゃないか」 
 
と、神妙な顔つきのタヌキさん。 
 
「私は…ここにいますわ」 
「え?」 
「私は、ずっと、キツネくんの傍にいます」 
「な、なんだよ急に…」 
「たとえヒトミさんがキツネくんから離れていっても、 
 私は今までと変わらず、キツネくんの傍にいます」 
「タヌキ、さん…?」 
「先日も申し上げましたわね?たとえ… 
 たとえ、キツネくんが、キツネくんの心が誰に向いていても、私は変わらず、ここにおります」 
 
凛とした表情。 
 
「だから…」 
 
大きく深呼吸。 
 
「しっかりしなさい!ちゃんと…背筋を伸ばしてっ!」 
「!!」 
 
大きな声。いつも朗らかで呑気で、滅多に物事に動じない、 
温厚なあのタヌキさんが…俺の事、本気で。本気で、叱っていた。 
 
「ヒトミさんが本当に好きなら…諦めちゃダメです!」 
「…!」 
「何度でも…何度でも…ぶつかっていけばいいじゃありませんか! 
 それでももし!もしふられたら…私が慰めてあげますから!」 
 ううん…何度ふられたっていいじゃありませんか! 
 諦められないんでしょ?ヒトミさんの事?だったら…! 
 キツネくんの大切な方に…ちゃんと想いを、伝えてきてください。 
 でなきゃ…きっと後悔しますよ?」 
「タヌキ、さん…」 
 
晴れやかな…でも、どことなくぎこちない笑顔。 
とても魅力的で、俺の理想にドンピシャの容姿で。 
いつも俺の傍にいてくれた、ずっといてくれると言うタヌキさん。 
 
俺なんかの事を…好きだって言ってくれた、タヌキさん。 
 
でも。 
 
もう、待たせちゃいけない。 
俺は自分の気持ちに…本当の気持ちに、 
俺が一番好きな、傍にいて欲しい相手が誰なのか、 
ようやく気付いた、気付けたんだから。 
 
「…タヌキさん」 
「キツネくん」 
「ありがとう…俺…」 
「はい」 
「…ごめん。もっと、早く言うべきだったんだ」 
「はい」 
「俺、ヒトミが好きだ。好きなんだ」 
「………はい」 
 
やっと解った。いや、解らされた。 
遅すぎるかもしれないけど。 
ヒトミが他の男と話してるなんて、いやだ。 
ヒトミが他の男に頬笑みかけるなんて、いやだ。 
ヒトミが他の男の物になるなんて…絶対、いやだ。 
 
いま、俺が傍にいて欲しいのは。 
 
これまでも、ずっと傍にいてくれた、 
これからも、ずっと傍にいて欲しいのは。 
 
「もう遅いのかもしれないけど…こんな状況になって 
 やっと気付く俺がバカなんだけど…でも」 
「…バカ」 
 
ぷくっと膨れるタヌキさん。 
 
「解ってましたわよ。キツネくんったら、うなされて 
 『ヒトミぃヒトミぃ…』なんてうわ言言ってましたもの」 
「いぃ!?う、うそぉ!?」 
「ホントですよ?私が寝ずの看病をして差し上げてるのに、失礼ったらありませんわ(ぷぅ)」 
「ご、ごめん…あ、あの、その…その件はどうかご内密に…」 
「うふふ。キツネくんは本当に…ヒトミさんが大好きなんですね」 
 
改めて指摘されると、照れくさいが。 
でも。 
 
「うん。俺、ヒトミが…大好きなんだ」 
 
タヌキさんはにっこりほほ笑んで。 
 
「だから、それはヒトミさんに言ってあげなきゃ…ね?」 
「…そうだな。でも…どうすりゃいいんだろなぁ。言おうとしても逃げるんだもんなー」 
 
ああ、俺、いまひどい事してるよな。 
俺の事慕ってくれた女の子に、他の子が好きだって告げて… 
あまつさえ、その子が振り向いてくれないんだよって愚痴こぼしてる。 
しかしタヌキさんと来たら。怒るどころか、妙な事を言いだした。 
 
「私に作戦がありますわ!」 
「はい?」 
 
と、その時。 
 
「あたしもー!あたしもやるー!」 
「こ、仔猫ちゃん!?ど、どういう事!?」 
「面白そうじゃな」 
「ヒ、ヒメ!?」 
 
いつの間にやら、俺は3人のケモ耳美少女たちに囲まれていて… 
そして何故かここにケモ耳美少女連合軍が結成され、 
ヒトミ攻略作戦が始動した!してしまったのだ! 
 
「私は!とにかくキツネくんに幸せになってほしいんです!それだけです!」 
「タ、タヌキさん…」 
「この果報者め!」 
 
ぱあん!と、いきなり、頭をはたかれた。 
 
「あたっ!?何すんだよ、ヒメ!」 
「キミが逆の立場だったら…言える?あんな台詞」 
「…無理だな」 
 
好きな相手にふられて、それでもなお相手の幸せを願う。 
俺には到底、真似できそうにない。 
 
ヒトミはもう他の男と付き合ってるって言うのに、 
俺、もう、ふられてるのに。でも未練がぬぐい去れない。 
だって、俺。 
 
彼女にちゃんと伝えてない。 
 
「作戦目的は!キツネくんの告白を実現する事! 
 攻略対象は…もちろん、ヒトミさんですわ!」 
 
それはそれは、高らかに宣言。 
 
「そ、そんな大声で改めて言われると…恥ずかしいんですけど?」 
「キツネくん?恥ずかしがってる場合じゃありませんわ!」 
「そうだよ!おにいちゃん!」 
「んふ…男たるもの、当たって砕けるべし!」 
 
口々に言い放つケモ耳少女達。今更後には引けない雰囲気だ。 
 
「お、おお…!」 
「さぁ!作戦決行ですわ!」 
 
タ、タヌキさんが燃えているーーー!? 
 
※ ※ ※ 
 
シュッ…ターン… 
 
「ヒトミさん、帰りましょうよー」 
「ん、私、もう少し…お先にどうぞ」 
「今日こそ、ちゃんとした返事、聞きたかったんですけどぉ?」 
「…ごめんね」 
「ちぇっ…」 
 
シュッ…ターン… 
 
「キツネ、くん…」 
 
シュッ…ターン… 
 
 
 
 
 
 
<後篇に続く>  
 

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