第一話 幼馴染と栗色の髪の乙女
冬とは言え、晴れ渡った空と降り注ぐ陽光のおかげで
あまり寒さを感じない気持ちの良い朝の事だった。
「いってきまーす」
と、いつものように家を出た朝。境内で見かけたケモノの影。
ウチは古い神社で…家の周りは小なりといえど、木々が密生した森になっている。
その木々の間を金色の影が横切ったのだ。
「…ネコ、かな?」
木陰を飛び退っていくその影を見極める事は出来なかったけど。
金色に輝く毛並みが、なんだか瞼に焼きついて。
「おはよっキツネくん!」
「おーヒトミ、おはよ。さっきさぁ…」
幼馴染と朝の挨拶を交わす時もついその事を持ちだしてみたり。
すると。
「あたしの見たのと同じ、かなぁ」
「え?見た?」
それは昨日の夕方の事。
ウチの神社を…というより、俺の部屋をじっと覗きこむ獣を見たそうだ。
赤みがかった金色の、影。
「あんまりじっとしてるもんだから、何だろうと思って…タヌキ…だったかなぁ」
子供のころは、このあたりでもキツネやイタチ、
タヌキなんかを見かけたもんだが、近頃はめっきりだ。
地方都市の小さな街とはいえ、開発の手はどんどん進んでいる。
住処を追われて野生動物が減っているのは世界的に同じ。
タヌキの暗い茶色の毛、夕陽に照らされれば金色に輝く事だろう。
「…で、ヒトミ。なんで俺の部屋の前になんていた訳?」
ヒトミ、俺の幼馴染でいつも長い棒を持ち歩いてる。
あの中身は弓道の弓。袴姿のヒトミはとても凛々しい。
ソレをぶんぶん振り回しながら…って危ないだろ、コラ。
「そそそそ、それは!あの!お、お使い!お使いのついで!」
「声かけてくれればいいのに。俺、ヒマしてたから」
「そそそ、そうね!今度からそうする!」
今度?
ヒトミんチは俺んチの神社の氏子だから…
お使い、というか家同士の用事もそれなりにあるもんなんだろう、な。
「そ、そんな事より!もうすぐ…誕生日、だよね?」
「俺?ああ、そう言えば…」
次の誕生日。
俺はどうやら父親から重大な話とやらを聞かされるらしい。
内容はまだヒミツだそうだが、我が家の家系に関わる話らしい。
らしいばっかでなんだが…どうせ大したこっちゃないだろう。
「た、誕生日プレゼント、なんてしてもいいかなぁ?」
「いいよ、プレゼントなんて。もっと有意義に使えよ」
「え?」
「カレシと遊びにいくとかさ」
「彼氏なんていないよ!知ってるでしょ!?」
「そ、そっか…いないのか」
妙に力の入った宣言に気押される俺。
「そ、そうよ…」
「勿体無いな、ヒトミ、可愛いのに」
「あう…か、可愛い?」
うん。
それは俺の素直な感想で、実感。
特に弓道着姿のヒトミにはファンも付いてて、
ヒトミ目当ての入部希望者も多いそうだ。
「…弓道着効果だよ、あんなの」
と、ヒトミは謙遜するが、言いよる男たちを振りまくってるヒトミ。
その事に俺は安心感を覚えたりもしなくもないような気が、しないでもない。
「ま、まぁとにかく。俺にそんな気を使うなよ」
「じゃあ…お金のかからないプレゼントなら受け取ってくれる?」
「なんだ肩たたき券とかか?」
「…子供からお父さんへのプレゼント?」
「俺、よく使ったぞ、その手。んで逆に小遣いせしめたりして」
なんてたわいない会話をしながらも。
俺は視線を感じていた。誰かに見られてる。
後ろだ。後ろにいる。
ヒトミと会話を続けながら…振り向く!
…誰もいない。
いや、金色の影が見えたような。件のキツネかタヌキか?
「…どうしたの?」
「いや、なんでも…」
誰かの気配は消えていない。
一体、俺を監視してるのはどこのどいつだ?
※ ※ ※
その日、一日中。
俺は視線を感じ続けていた。見られてる。
自意識過剰?いや、そんな事はない。確かに気配を感じる。
どこかの深層の令嬢にでも見染められたのだろうか?
だといいなぁなんて愚にもつかない妄想が浮かぶ。
果たして。
その妄想は当たらずとも遠からず…だった。
※ ※ ※
家に帰ってきても。
やはりあの誰かに見られている感じは続いていた。
…視線を感じる。後ろだ!
「そこ!」
「きゃっ!」
御神木の陰に…まさか、本当に女の子が、いた。
「びっくりしたぁ、いきなり振り返るんですもの」
「い、いや…ごめん」
俺はそれ以上の言葉が出なかった。
なんとなれば。
そのコはむちゃくちゃ可愛かったのだ!
まさに俺のストライクゾーンど真ん中。
栗色の髪は夕日を浴びて金色に輝き、
桜色の頬は上気して、俺を見つめる瞳はうるうるとうるんで…
ままま、まさか、ホントにこのコがずっと俺を見てた?
「あ、あの…」
「はい?」
その笑顔!やばい!やばすぎる!
俺がおろおろしてると、彼女の方から話しかけてきた。
「私、ずっと貴方を見てました」
「はいっ!?」
ままま、まじかまじか!?マジなのか!?
朝から感じる視線は、ホントにこのコのものだったのか?
「よろしければ…私と」
「よ…!」
その後の言葉がなんと続くはずだったのか。
俺は喰い気味に答えを返そうとした…その時。
「ちょっと待ったーーーーーーーーーーーーーー!」
「きゃっ!?」
「えっ!?」
突如割って入ってきたのは…怒りを目に宿した、これまた美少女…
と言っても過言ではあるまい。我が幼馴染、ヒトミだった。
「あな、あな、あなた!?一体誰?」
「…あなたごときに邪魔をされるいわれはありませんわ」
「むきーーーっ!キツネくんは!」
「この方は!」
『私のモノよっ!!』
ステレオで、そんな事を言われた経験があるか?
俺も初体験だ。
どうやら俺は、この美少女二人に取り合いされてる。
…というかヒトミって…俺の事?
いきなりの修羅場!しかもどっちも超可愛い!
「あ、あの君たちの気持ちはよく解った」
「わ、解ってない!解るはずないでしょっ!?」
「引っこんでてくださいませ!」
いや、俺、当事者じゃないの?
「あ、あの、その…えーっと」
俺の事など完全放置。取っ組み合いをはじめた二人の美少女。
こうなると男なんて無力なものだ。ホンキの女たちの迫力と来たら。
そんな事してたら玉のお肌に傷が付きますよー?
「なによ、このドロボウネコ!」
「ネコ!?ネコじゃありませんわ!失礼です!」
「じゃあなんだってのよ!この耳!」
…耳?
「あ…!?」
「なんだって、のよ…この、耳、は…」
固まるヒトミと俺。
栗色の髪の乙女の頭部に見えるのは、確かに、ケモノの耳。
あ、あれ?
尻尾も見えるような気がするが…って何あれ何あれ何あれ!?
「そ、それ…」
と、ハッと我にかえった様子の栗色の髪の乙女。
頭を押さえて、
「き、今日はこの辺にしておいてあげます!」
呆気に取られる俺たちを尻目に逃走態勢。
「つ、月夜の晩ばかりではありません事よ!」
と、捨て台詞を吐いて走り去る栗色の髪の乙女。
後に残されたのは荒い息を吐くヒトミと、茫然自失の俺。
「えっと…ヒトミ、さん?」
俺の呼びかけにヒトミがハッと我に帰る。
そんで、俺の顔を見て…
「〒◆∀§ΓΘηУсゥ☆!!!!!」
その顔が真っ赤に染まる。
「お前って…その…」
「き…!」
「え?」
「キツネくんのバカーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
ぱぁぁぁぁんっ!!
と、小気味良い音が響いた。
その音の源は、ヒトミの掌と俺の頬。
「ってぇー…」
「ばかばかばかばか!もぉ知らないっ!!」
「ばか」の他にもここには到底書けないような罵詈雑言と共にヒトミは走り去った。
…いったい俺が何したって言うんだよ。
※ ※ ※
その夜。
自分の部屋で横になっていると、思い起こされるのは昼間の出来事。
瞼を閉じればそこに浮かぶは、栗色の髪の乙女。
まさに俺の脳内から飛び出してきたかのような、
俺の理想を体現したような、その姿。
目を開けても、そこにいるかのように鮮明に思い出せる。
手を伸ばせば触れられそうな…
…
むにゅ?
「やん(ハート)」
「…」
「積極的な殿方は…ステキです(ぽっ)」
「うわ!うわわわわ!?ご、ごめん!!」
って、いるし!ここに!って、どっから入った!?
しかも、俺、むむむむ胸!胸触った!?
「構いませんわ…そうそう、ご挨拶がまだでしたわ。こんばんわ」
「こ、こんばんわ」
俺はこの展開についていけず、普通に挨拶をかわしていた。
いや、そんな事よりも、
目の前には栗色の髪の美少女。
月光を受けて金色に輝く髪、後光を背負ったようなその姿から、目が離せない。
「キツネ様…」
桜色の唇が動く。俺は呪縛にかかったように動けない。
これは夢か?幻か?いや、確かに彼女はそこにいる。
「あのコより私の方が良いでしょう?」
あの、コ?ヒトミの、事か。
「あのとき、貴方と目が合って…解りましたわ」
「貴方も私の事を…(ポッ)」
あの時。ヒトミが乱入してきたあの時。
俺は確かに、今、目の前にいる栗色の髪の乙女に視線を向けた。
あの場で俺の心を、視線を、全てを占めていたのは…
「それに…いまも貴方は私を求めてくださった…(さらにぽっ)」
いや、それは、その、事故というかなんというか!
「キツネ様」
俺を見据える真剣な目。
「お慕い申し上げております」
不意に言われたその言葉。
その意味が頭に浸透するより前に、俺は彼女を胸に抱いていた。
ふわりと、まるで重さのないような動きで、
彼女は俺の胸の中に移動していた。
「あ、あの、き、きみは…」
「君は、一体、誰、なんだ?」
俺に惚れてる?どこであった?どこから現れた?
様々な疑問が脳裏をよぎる。
でも、腕の中の温もりに心奪われ、俺はまともに声を発する事が出来ない。
「ああ…この時を、どれほど心待ちにしていた事か…」
うっとりとした表情、感極まったような吐息。
濡れた唇が近づいてくる。熱い吐息が、俺を包みこむ。
「ああ…」
そして、そして…!
「こらーーーーーーーーーーーー!!」
「ヒトミ!?」
「きゃっ!」
どーーん!!って!
俺は突然、乱入してきたヒトミに思いっきり突き飛ばされた。
「なななな何をしとるか、このお!」
顔真っ赤のヒトミ。
「ていうか、どこから入った!?俺の部屋のドアには鍵が…」
「その窓が全開じゃ意味ないでしょ!」
道理で寒い訳だ。って…
「窓から入ったのかよ…って、彼女も!?」
振り返ると、俺と同時にヒトミに突き飛ばされた栗色の髪の乙女は
どうやらお尻を打ったらしく、顔をしかめながらお尻をさすっている。
「あたたたた…先刻と同じパターンですわね…進歩の無い方!」
その仕草も…非常に愛らしい訳で。
かたや、般若の形相となったヒトミが迫る。
「なにおーっ!」
「こんな時間に殿方の部屋を訪れるなんて…ハレンチですわ」
「ははは、ハレンチ!?」
「お前が言うか!このーーーーー!」
「痛い痛い痛い!耳、痛いですわ!」
…耳?
そう栗色の髪からはニョッキリと耳が…
「え…ええええええええええええええええええ!?」
やっぱり見間違いじゃない!ケモ耳、生えてるー!?
人間じゃない、のか?
「それ…本物?」
「はい…私の本当の耳、です」
「あんた、一体何者?」
「貴方に答える必要なんてありませんわ(ぷいっ)」
「むきーーーー!」
「ヒトミ、どうどう」
「あ、あんたねぇ!」
「教えてよ、君は一体…何者?」
「キツネ様が仰るなら…私は…」
「何よ、ずいぶん態度が違うじゃない!」
「どうどう」
「私は、この森に棲むタヌキでございます」
「タヌキ?」
栗色の髪の乙女の、俺を好きだという美少女の、
その正体が、タヌキ?
「私はずっと以前から、それは私がただのタヌキであった頃から
キツネ様をお慕い申し上げてきたのです」
「その想いが募って募って募って募って…募りきった挙句、
晴れてヒトの姿を得る事が出来るようになったのでございます」
「ホントに…タヌキなの?」
「元、です。今はこれこの通り、麗しき乙女ですわ」
「自分でゆーな」
鋭く、ヒトミが突っ込む。
麗しき乙女、という言に間違いは無い。ケモ耳ついてるけど。
しかし、それはそれで、ある種の人々には堪らん魅力になるのかも知れない。
それにしても、タヌキ…タヌキかぁ…
こんなに可愛いのになぁ…
と、思わずまじまじとその顔を見ていると。
「デレデレしすぎっ!」
「痛い痛い痛いっ!」
ヒトミに耳を引っ張られた。
「で、なんで?なんでキツネくんな訳?
かっこいい男の子なんて他にいくらでもいるでしょ!」
「…何気に失礼じゃないのか、それは」
もちろん頭に血が上ったヒトミが、俺の抗議など受け入れるはずもない。
「しかし、ま、それは俺も聞きたい所だし…なんで、俺?」
「それは…かっこよかったから、ですわ」
「は?」
「一目惚れ、ですわ…もぉ!乙女になんて事を言わせるんですかっ」
乙女ってタヌキ、だろ?
いやいや、確かにケモ耳が生えてる以外は俺の理想そのものとも言える容姿の美少女ではあるのだが。
真っ赤に頬を染めた自称・タヌキのケモ耳美少女は、その耳を何度も押さえつけている。
「うーんうーん…も、戻りませんわ…キツネ様の前でこんなの、恥ずかしい…」
それ耳、だろ?
見られると恥ずかしいものなのか?
「今宵はこれでお暇いたします。ごきげんよう」
そう言って窓から出ていこうとする、自称・タヌキ。
「あ、そうそう、キツネ様」
「は、はい?」
「…」
「な、なに?」
「…」
「あの…」
「…好き(ぽっ)」
「は、はい!?」
「きゃっ(ハート)」
と、窓の外へ消えた。
野生の獣を思わせる敏捷さ。いや、野生の獣、だそうなんだけどさ。
後に残されたのは毒気を抜かれた俺とヒトミ。
「…帰る」
「そ、そうだな」
「キツネくん…」
「…な、なんだよ。まさかお前も、あのコと同じこと言う?」
回想はじめ。
「好き(ぽっ)」
はい、回想終わり
一瞬で、ヒトミの顔が朱に染まる。
「あ、あたしは!き、キツネくんなんかどうでもいい!」
それはそれは、とても力強く宣言。
「どゆ事?」
「あたしがキツネくんを好きになる訳ないでしょ!?」
「じゃあなんであの…タヌキとやりあう必要がある訳?」
「あ、あの子がタヌキだからよっ!そうよ!
お、幼馴染がヒトの道を外れるのを黙ってみてる訳にはいかないでしょっ!?
そ、そうよ、それだけなんだから!」
「…訳解らん」
「解らなくていいわよ!キツネくんのバカッ!」
と言う訳で。
二人の美少女…というか、一人と一匹?は、
嵐のように現れて、嵐のように去って行った。
まったく、なんて日だろう。
※ ※ ※
「おはようございます!キツネ様」
はい、「なんて日だろう」どころか、そんな日は翌日も続くわけで。
翌朝、家を出た俺を待ちかまえていた…タヌキさん…とでも呼ぶべきか、
何度見ても、どこから見ても、普通の人間というか、普通以上の美少女。
ぴょこんと突き出たケモ耳以外は、という注釈付きで。
「あ、これ…まだ戻らないんです…くすん」
今度、帽子でもプレゼントしようかなんてつい思ってしまう。
…騙されるな!こいつはタヌキ!ウチの森に住み着いてるタヌキ!
って、森に居る時は、
俺の前に姿を見せてる時以外は元の姿に戻ってたりするんだろうか。
…なんか、聞いちゃいけない気がするな。
というか、あまり知りたくないような。
「様は止めてくれよ様は…その、タヌキ、さん」
「じゃあ…キツネ、くん?あのオサナナジミと同じ呼び方なのは気にいりませんけれど
でも…キツネ、くん…きゃっ。なんだか距離が縮まったような気がしますわ」
と、擦りよってくるタヌキさん。
「はい、そこまで~離れた離れた」
「よ、よぉヒトミ」
「まったく朝っぱらから、欲情まみれな顔しちゃって」
「お、俺が?いつ?」
「鼻の下!」
ビシッ!と指を突き付けられて、思わず肩をすくめてしまう。
いつからそんな強いコになった?ヒトミ。
「あら、キツネくんさえよろしければ、私はいつでも…(ぽっ)」
「い、いつ、でも!?」
「顔赤らめるな!タヌキのくせに!そこ!鼻の下!」
お、俺はタヌキになど欲情しないタヌキになど欲情しない
タヌキになど…!
というか。
「そもそも人間とタヌキって…その、関係、できるのか?」
素朴な疑問。
ヒトミの顔が朱に染まる。タヌキさんはにっこりほほ笑んだりして。
「あ、あ、あ、あんたね!言うに事かいてなんて事を!」
「あ、いや、その…!」
これじゃ欲情まみれとか言われても否定できない、かも。
「心配ご無用ですわ」
と、あっけらかんとタヌキさん。
「見ればわかりますでしょ?私、人間になれるんですから、逆もまた真なり、ですわ」
「…えーっと。その理屈、通ってるのか?」
「問題ありませんってば。なんでしたら、今から試してみます?」
「ば、ば、ばば、ば!」
「ヒ、ヒトミさん?」
「バカ言うんじゃないわよ!キツネくん!行くわよ!学校!」
俺の腕を引っ張り、強引に歩き出すヒトミ。
「まぁ!腕なんか取って!私のキツネくんに何をするんですか!」
「やかましい!このエロダヌキが!誰がいつあんたのものになったって!?」
「エロ!?花も恥じらう乙女になんて事を仰るんですか!」
「エロいでしょーが!なにが今から試してみます?よっ!」
「しょうがないじゃありませんか、発情期なんだから!」
「は、はつ…こ、このエロダヌキーーーーーーーーっ!」
※注:タヌキの交尾期は2~4月頃だそーです。
寄ると触るとこの二人、衝突せずにはいられないらしい。
いい加減、温厚な俺でもただじゃおきませんよ?
「いい加減にしろ!」
俺の怒号にピクリと反応、二人の動きが止まる。
「寄ると触るとケンカばっかりしやがって!
俺に惚れてるっつーんならお前たちだけで自己完結するな!」
そうだよ。俺が一番の、事態の当事者だろ?
彼女らがケンカする意味なんて無い。
俺が…
あれ?俺が、どちらかを選べば、ケリがつく…のか?
思わず二人の顔を見比べてしまう。
「誰の…」
ヒトミの低い声。
ヒトミの低い声。
「誰のせいだと思ってるのよーーーーーーーーーーーーっ!」
「うわあ!ごめんなさい!ってやっぱり、俺ぇ!?」
「キツネくんは悪くありませんわ!悪いのは私たちの邪魔をするこの女です!」
「あんたが出てこなきゃ丸く収まるのよっ!」
「じゃあ私が悪いって言うんですか!キツネくんがとてもステキで
私が懸想せざるを得ないのも私のせいだとでも仰るんですか!」
…ついにタヌキさんまでキレた。
「そんな事知らないわよ!キツネくんがカッコイイとか言うんならキツネくんのせいでしょ!!」
いや、ちょっと待て。なんかおかしい。
「そうです!キツネくんがカッコ良すぎるのが悪いんですわ!」
「ほら!やっぱりキツネくんが悪いんじゃない!そうよ!その通りよ!」
「あ、あの?お二人さん?」
『キツネくん!』
また、ステレオ。
『私とこのコの!』
「どちらが好きなんですか!?」
「どっちが好きなの!?」
いや、もう。
「か。」
「か?」
「勘弁してくれー!!」
遁走。いや、戦略的撤退。後退にあらず!
「ちょ、ま…待ちなさい!こらーーーーーーーーーーー!」
「キツネくん!?お待ちになってーーーーーーーーーー!」
※ ※ ※
俺は走った。走りに走って…教室に逃げ込んだ。
タヌキには、ここまでは追って来る事はできまい。
頼むぜ、学園関係者の皆さん、不審者は排除してくれよ。
ようやく落ち着いた俺の傍に立つ影。
「キツネくん」
「よ、よぉヒトミ」
タヌキは排除できても、ここに入る正当な権利を持つヒトミまでは無理か。
「後で、その、話を…」
「う、うん…」
タヌキの前ではあんなに言いたい放題なのに。
タヌキがいないと、途端に歯切れが悪くなるヒトミ。
ヒトミの話…もちろん、その内容は想像に難くないんだけど。
いきなりどちらか選べって言われても、な…
一方はタヌキだし、また一方はこれまで真剣に異性として見た事は無い幼馴染で。
それに考えてみたら、ヒトミのヤツなんて、
俺に気があるような事をいったかと思えば、即座に否定したりするし。
タヌキに張り合ってるだけなんじゃないかって邪推してしまうのも仕方なかろう。
などとつらつら考えていると、始業のチャイムがなり、担任が現れ…
そして、担任は突然こう言い放った。
「突然ですが、転校生を紹介します」
はい、突然すぎます、センセイ。
しかも担任自身も何やら納得のいっていない表情。
「先生もさっき聞かされたばかりなので…えっと、お入りなさい」
そう呼ばれて、教室に入ってきたのは。
栗色の髪の、乙女…って、何?どういう事!?
思わずヒトミの方を見やる。
何がどうなってるんだ?
私の方が聞きたいわよ!
…目と目で通じあってしまった。
「名前は…えっと、自己紹介してください」
職務放棄か、担任。
「田貫と申します。以後、お見知りおきを」
どうやら、ケモ耳を引っこませる事には成功したらしい。
突如現れた美少女に、教室中の男どもが敏感に反応する。
どよめきが教室を震わせる。しかし、タヌキさん、それにまったく動じず…
「皆様にこの場をお借りして申し上げておきたい事がございます」
「は、はい、どうぞ」
こら担任、いいのかそれで。
「それでは、失礼して…」
タヌキさん、深呼吸。一体何を言うつもりか。
教室中の注目を一身に浴びて、タヌキさんは口を開く。
そして…
「私は、キツネくんをお慕いしております」
はぁ!?言う?ここで、それを!
一斉にどよめき立つ教室。視線が、今度は俺に集中する。
まさに針のむしろ。
「どなた様も手を出すんじゃありません事よ?」
にっこり笑って言うには不穏すぎます、タヌキさんー!
俺は頭を抱える。他にどうしろってんだ?
ヒトミの方なんか見れるか。
ちらと目をあげると、教壇では呆気に取られた担任の横で、
栗色の髪の乙女がニッコリとほほ笑んでいた。
…やっぱり可愛い。
タヌキなのに。すごく非常識なのに!
一体これからどうなる?どうする?俺!
第一話、了。