部活動で医学部、なんてものがある学校があった。 
 都内でも難関の城北学園といって、一学年につき約千人前後もの生徒がいる。 
 その新入生の一人、桑原慶介が部室棟の戸を叩いた。以前から気になっていた医学部へ入部するため、入学まもなく入部届けを持ってきている。 
「入りなさい」 
 戸の中から響いたのは女のドスの効いた声だった。 
 どんな先輩がいるのだろう。 
 恐る恐る入室すると、部屋はまるで診察室のようになっていた。病院に置かれているような診察用のベッドに、ファイルが並んだデスクがそびえている。 
 そして、椅子で足を組み、悠然と慶介を迎える女の姿があった。 
 この部活の先輩だ。 
 制服のスカートを短く履いているが、上はブレザーのでなく白衣を着ている。ワイシャツの襟にはネクタイでなく聴診器をかけていて、まさに女医と呼ぶに相応しい格好だ。教師と間違えそうにもなるが、スカートとワイシャツが生徒であることを物語っている。 
 顔や体つきも良い。 
 艶やかな髪は濡れているかのようにしっとりして、綺麗な光沢を放っている。頭の高い位置でゴムが結ばれ、髪型はポニーテールになっていた。目つきはキリっと鋭く、気の強そうな印象を受ける。唇はぷっくりと潤っていて、見ていると奪ってしまいたい欲求にかられる。 
 胸元はワイシャツ越しにも関わらず形良い乳房の丸みが浮き出ている。腰元はきゅっと引き締まり、短いスカートから覗く太ももは見るからにスベスベそうだ。 
「アンタ、名前は?」 
 低く勇ましい声をかけられ、慶介はその鋭さに思わずビクっとした。 
「は、はい! 桑原慶介です!」 
「新入生か。私は天道神奈、二年生。天の道を行き、神へ挑戦する者よ」 
「神の子? 天の道?」 
 慶介はきょとんとした。 
「誰にも私の行くべきロードは遮れない。私の行く道は私が決めるということよ」 
「は、はあ――」 
 神奈先輩はどういう人なのだろうか。顔つきからは気の強そうな印象を受けるが、我の強さも半端でなさそうだ。 
 良い女かもしれない。 
 慶介は気の強い異性が好みだった。 
「初めに言っておくけど、ここは私の部活よ。部員に相応しい人間も私が決める。誰でも入部させるわけではない」 
「もしかして、入部テストとかですか?」 
「テストをするまでもない」 
 神奈先輩はきっぱりと言った。 
「するまでもないって……。えーっと、じゃあどう決めるんですか?」 
「見ればわかる。そいつがどれだけ腑抜けた人間かどうか。アンタのようなヘラヘラとした危機管理意識の低い男は必要ない!」 
 神奈先輩は力強く慶介を指し、断定的に言い放った。 
「え? あのぅそれって……」 
 慶介はあまりの言いように困惑する。 
「アンタが入部することはありえない。早々に立ち去れ!」 
 そして部室を締め出され、思い切り戸を閉じられてしまうのだった。 
 しかし、追い出される際。 
 頬のあたりが赤く見えたのは気のせいだろうか? 
 
     * 
 
「というわけで、追い返されちゃった」 
 放課後の帰り道。 
 幼馴染の楠木かえでに事の顛末を打ち明けた。せっかく入部しようと思ったのに、慶介は神奈先輩にあっさりと追い返されてしまった。 
 かえでは髪を二つ縛りにした小柄な子で、あどけない顔つきをしている。体型もまだ未発達なところがあるが、胸の控えめな膨らみというのは可愛らしいものだ。 
「何よソイツ! なんか感じ悪いね」 
 かえではこの場にいない神奈先輩に悪態をつく。 
「俺の何が駄目だったんだろうな……」 
「駄目なのは天道神奈よ! 人を見ただけで判断するなんて、ちょっと信じられないことだと思わない?」 
「うーん。面接を通れなかったようなものって気がする」 
「何を言ってるの慶介君は。その先輩は本当に一目見ただけだったんでしょ? ありえないことこの上ないって」 
 かえでは神奈先輩を非難する。 
 そう、一目見ただけだ。 
 しかし、たったそれだけで何故あそこまで断定的に不合格を言い渡されたのだろう。例えば顔が気に入らないだとかなら、確かに彼女が酷いとしか言いようがない。 
 慶介はかねてより医者に憧れ、勉強を重ねて難関校に入学。努力の末にやっと医学部に入部できると思いきや、あの結果だ。憤りを感じないわけではない。だからかえでに話を聞かせることで、かえでの口から神奈先輩への非難を聞いてみたかったのかもしれない。 
 随分と女々しい計算をしてしまったものだと、慶介は自身に向けて顔をしかめる。 
 神奈先輩の門前払いには、何か理由があるのではという気がする。 
 その理由さえ解消できれば入部できるのでは、と期待してみるのは諦めが悪いだけであろうか。 
「ところでさ。慶介君、目元にちょっとクマが出来てない?」 
 かえでは慶介の顔を覗いてきた。 
「そうかな?」 
 最近は徹夜した覚えもないのに、できているのだろうか。いや、遅くまでアダルト動画を鑑賞することならたまにある。それでも睡眠は取っているつもりだが、言われた異常はクマがあるのかもしれない。 
「うーん。まあ、そんなに気にしなくてもいいのかな」 
「だと思うよ。俺におかしな感じはないし」 
「そっか。じゃあさ。お願いがあるんだけど」 
 かえではほんのり顔を赤らめた。 
「ん。何?」 
「最近ちょっと体調が不安で……。少し診察してくれないかな? 慶介君」 
 かえでは恥ずかしそうにそう言った。 
 
     * 
 
 慶介の家は婦人科である。 
 地下と一階とに診察室や診断用の機器が揃っており、必要な場合は患者を地下の機材で検査する。 
 病院を営む父親は、本人いわく女性の体を隅々まで診察したくて医者になっている。胸はもちろんアソコやお尻の穴まで覗けるのだから、不純な動機が入り込む余地はありすぎるくらいだろう。慶介にも似たような動機があることを、もしや神奈先輩は見抜いたのだろうか。 
 かえでを二階の自室へ連れて行き、ベッドの横に腰掛けてもらった。慶介の部屋にも聴診器程度の器具はあるので、首にかけて準備する。 
「じゃあ、上半身は脱いでね」 
「診察のためならオッケー」 
 一応、幼馴染同士なのだが。 
 かえでの中では、慶介に裸を見せることは検査のために脱ぐことと同じらしい。タダで診察してもらえる医者として、かえではたまに慶介に診察を頼んで来るのだ。ある程度はわかるからいいが、いずれ見逃しやすい症状にでも当たらないかは少々不安だ。 
 彼女はためらいなくボタンを外し、ブラジャーまで取り去り上半身裸になった。 
 その体つきは、丸っこくて可愛らしい。脂肪の付き方が非常に良くて、決してぽっちゃりすることなく肩や腕のあたりが丸みを帯びているのだ。肌全体には優しい柔らかさがあり、胸の膨らみ方も控えめで愛嬌がある。 
 ズボンの内側が膨らむのを感じて、それを隠すように慶介はかえでの前に座った。足を閉じ気味にして隠し、聴診器を下乳あたりに押し当てる。 
 ペタペタと位置を変えながら「吸って? 吐いて?」と合図を出し、深呼吸をしてもらう。 
 しだいにかえでの乳首には血流が集まり、固く突起していった。 
 かえでは照れたように苦笑する。 
「どうかな?」 
「肺の音は大丈夫そうだね。心音は……」 
 胸の真ん中に押し当てると、心臓がドキドキしているのが伝わってくる。我慢ができるというだけで、かえでは全く恥ずかしがらないわけじゃないのだ。鼓動に耳を傾けているうち、慶介自身も緊張してきた。 
 ズボンの内側が痒い。 
 亀頭あたりがムズムズする。 
「どう?」 
「健康そのものだよ。触診もしとく?」 
 かえではぽっと赤くなった。 
「もお、エッチ」 
「あくまで検査だってば」 
 本心では触りたくて申し出ていたが、やはりかえでは検査を受けるだけのつもりらしい。 
「うん。検査なら、いいよ?」 
「じゃあ、失礼するね」 
 慶介はかえでの胸に両手を乗せ、優しい手つきで乳房の柔らかさを味わった。控えめなかえでの胸は、手でお椀を作るようにするとぴったり包み込める。手の平の内側に乳首の突起があたってきて、慶介はますます興奮した。 
 幼馴染のおっぱいを揉めるなんて、医者を目指して本当に良かった。 
 将来婦人科医にでもなれば、もっと大事な部分も覗かせてもらえるだろうか。 
 そんな事を考えていると、股間がますます大きくなる。ズボンの内側がパンパンになって、息遣いも興奮で荒くなりかけていた。 
「慶介君? どう?」 
「もう少しでわかるかな」 
 力を出し入れするようにして乳を揉み、かえでの胸を堪能する。人差し指で乳首をつつき、摘まんでこねるようにした。 
「ああっ……」 
 かえではほのかに声を漏らす。 
 慶介は指先で乳首を虐め、玉を転がして刺激を加える。症状と思わしきしこりや圧痛などは特になく、乳首にも異常な触感はない。 
 あとはしばらく楽しむだけだ。 
 かえでも揉まれて気持ちよくなっているのか、しだいに息が乱れていた。興奮の息遣いが慶介の耳を突き、同調するようにして慶介の興奮度も上がっていく。 
「け、慶介くぅん? まだなの?」 
 少しやりすぎたか。 
 慶介はふと我に帰り、触診を打ちとめにする。 
「大丈夫、胸の健康も良好だよ」 
「そっか。よかった」 
 かえでは頬を薄紅色にしたままブラを付け直し、着替えなおす。柔らかな肌が服に隠れていくのを見て、少し寂しい気がした。 
「ちょっと、トイレ行ってくるね」 
「うん」 
 慶介は上手いことかえでに背中を向け、股間部を見せないようにして立ち上がる。平静を装いながら部屋を抜け、ひとたび廊下へ出るなり早足でトイレへ向かった。 
 もちろん、ヌくためだ。 
 そして、便座で自慰をする時―― 
 ――しこりにも似た感触があった。 
「なんだ? 皮膚疾患なのか? ――そうか! それで先輩は!」 
 神奈先輩に門前払いを受けた理由に検討が付き、慶介は少し悪い計画を企んだ。 
 
     * 
 
 翌日の放課後。 
 部室の戸をノックされ、天道神奈は具合が悪いという女の子を招き入れた。 
(なんだ。風邪か) 
 神奈は一目で症状を悟った。 
 見たところ熱が高いので、体温計を脇に挟んで検温する。口を大きく開けてもらい、ペンライトで照らして喉を覗く。食道の入り口に風邪特有の腫れが見られた。 
 次はワイシャツの前を開けてもらい、ブラをたくし上げる。露出されたお椀ほどの乳房に聴診器を当てた。 
「夜は薄着すぎない方がいい。病魔はどんな隙に付け込んでくるかわからない」 
「あ、はい」 
 神奈は女の子に背中を向かせ、背筋に聴診器を当てる。耳になだれ込む肺の音が、神奈に女の子の風邪の具合を教えてくれた。 
「早ければ一日でカタはつく。薬を出すわ」 
 といっても、神奈はまだ二年生で、正式な医師免許を持っているわけじゃない。薬も病院で処方されるようなものではなく、風邪に良いとされる大根とハチミツから作るシロップをコップで飲ませた。 
「これ、美味しいね」 
「そんな感想は聞くまでもなくわかっている」 
 単なる薬としてだけでなく、飲みやすい味を意識して調合したのだ。大根の味とハチミツが引き立てあうように工夫している。不味いわけがない。 
「そ、そう……」 
 女の子は困り気味になっていた。 
「あとは保健室まで送っていく。ゆっくり休んでから帰るように」 
「はい」 
 女の子の肩を抱いて送り届け、用が済むなりすぐに部室へ戻った。 
 神奈はこうして、たまに来る具合の悪い生徒を診察している。軽い病気は神奈自身で措置を取り、施設や薬品がなければどうにもならない重病は、部室などでは手が打てないので、仕方なく病院へまわす。 
 そうして、月に数人の具合は診ていた。 
 神奈の父親は世界的な医師である。その遺伝子のおかげか。はたまたは小さい頃に多少の手ほどきは受けたからか。神奈には症状を察知できる直感のようなものが備わっており、顔を見ただけでも病気か否かを判別できることがしばしばある。 
 女の子の風邪は熱っぽい表情と顔色で読み取れた。直感的に喉が腫れているはずだと感じ、覗いてみれば実際に腫れを確認できた。 
 過去には気分の悪そうなクラスの女子を見て、腹痛だろうかと予感がついたこともある。周囲の子は誰も気づかない程度の些細な顔色の悪さだったが、本人が無理に痛みを隠していたから友達も気づかなかったのだ。実際に具合を聞いてみれば胃を痛めていた疑いがあり、保健室で胃薬を飲ませた。 
 そして、昨日やってきた新入生だ。 
 ――桑原慶介。 
 彼の目元にはクマらしき黒ずみが薄っすらとあった。注視しなければわからない程度だが、部室を訪れたときの彼の様子とクマを合わせて考えると、桑原慶介にはちょっとした疾患の可能性がある。 
 その疾患とは……。 
「この私があんな場所を診る必要はない。私は私のロードを行くのみ」 
 神奈は頭の中から慶介の存在を振り払った。 
 
     * 
 
 しかし、それでも良いのだろうか。 
 小さい頃から、父は世界的な名医だと聞いていた。父はほとんど日本にはいなかったが、母親がよく自慢げに話していたので、神奈の幼い記憶にも父の話は残っている。あんまり父はすごい人だと聞かされていたせいせ、幼い神奈も「大きくなったらお医者さんになる!」なんて意気込んでいたものだ。 
 ところが、母には重い持病があった。 
 神奈は小さいながらに医学書と睨めっこをし、色んな病気に詳しくなっていた。いつかは自分が母の病気を治すのだと言いながら、勉学に打ち込んだものだが……。 
 ある日、母の持病は急激に悪化――死亡してしまった。 
「私がちゃんとしてたら……。ちゃんと立派な医者になっていたら……」 
 当時は小学生だったのだから、仕方がないといえばそうなのだろう。いくら病気に詳しくとも、とてもでないが持病患者の相手はできない。 
 それでも、パニックを起こして病院で母の容態を説明してやることさえ出来なかった。思い出せば悔しくてたまらなくなる。 
 だから、心の底では思わずにいられない。 
 
 ――私があの時ちゃんとしていたら……。 
 
 そもそも、母にかかっていた持病はまだ治療法が発見されていなかったという。症例さえも限りなく少ない。そのために父は世界へ飛んで、同じ病気の患者を通して治療法を研究していたのだ。 
 そんな父親が急遽帰国してきた時、こう言っていた。 
「自分で自分を許せるくらい、立派な医者を目指せ。そうすれば天国の母さんも喜ぶ」 
 そう、前に進まなければ天国の母親に顔向けできない。 
 いつか、あの時どうにもできなかった母の持病を治してやれるくらい、高い技術と腕を持った医者になるのだ。 
 そのためには、やはり己のロードを行くしかない。 
 
     * 
 
 再び部室の戸を叩くと、神奈先輩の声が響く。 
「入りなさい」 
 慶介が部室に足を踏み入れると、神奈先輩は昨日のように椅子に足を組んでいた。胸の下では腕組みをしていて、持ち上がった乳房の形が見て取れる。 
「こんにちは、先輩」 
「アンタ、何しにきた」 
 神奈先輩はじっと目を細めている。視線は慶介の顔に向いていたが、胸へ腹へと下がって股間を注視、かと思えば顔に視線が戻ってくる。 
「俺が追い返された理由について、少し話しをしてみたいと思いまして」 
 神奈先輩の眉がピクっと動いた。 
「話し?」 
「ええ、経験ある医者の目って何でも見抜きますからね。俺らはまだ学生ですけど、もしかしたら先輩ってこう、眼力を備えているんじゃないかと思いまして」 
「……そうね。私に見抜けないものはない」 
 答えが躊躇いがちなのは、神奈先輩に思うところがあるからだろう。というのも、慶介の患部の場所がピンポイントだからに違いない。 
「つまり、それで追い返したんですか?」 
 あんな風に追い返してきたのは、そんな自慰の多い男と同じ部屋にいたくなかったからなのか。はたまたは目の前の疾患を放置するわけにはいかず、かといって触りたくはない。複雑な思いがああした態度を引き出してしまったのか。 
 彼女の頭を覗けるわけではないので、窺い知れない部分はある。 
 だが、およそそんなところだろう。 
「そう。アンタは自己管理が無さ過ぎる」 
「かもしれませんね」 
 慶介は苦笑した。 
 昨日のかえでへの診察のあと、トイレへ行って気が付いた股間部の皮膚疾患……。それは自慰をしているあいだに雑菌がついたために起きた疾患で、重病ではないが皮や亀頭が痒くなったり、症状が進めばヒリヒリと痛むようになる。 
「先輩。それにしたって、よく俺の顔を見ただけでわかりましたよね」 
「目の下のクマ。それと、アンタは自分でも気づかない無意識のうちに股間を気にして、太もものそばを弄るような手癖があった。それらを組み合わせれば想像がつく。天性のカンってところ」 
「すごいですね先輩、名医になれますよ」 
「なるに決まっている。それよりも、アンタはそんな話をしに来たの?」 
 神奈先輩のキリッとした目が慶介を射抜く。 
 その鋭さに萎縮しそうな自分を押し留め、慶介は一歩踏みでた。 
「先輩って、具合の悪い生徒の診察をしてますよね?」 
 神奈先輩の顔を染め上げ、頬から冷や汗を流した。 
「アンタ、まさか新入生の分際で……!」 
「もちろん治せますよね? 先輩」 
 慶介が強く言うと、神奈はしばし唇を結んで躊躇いを見せた。しかし、すぐに意を決したのか。真っ直ぐに慶介を見つめ、彼女は医師としての指示を出す。 
「し、診察なら……。ま、いいでしょう。下は全部脱いで、そこに座りなさい」 
 本当は男のソレに触りたいとは思わないのだろう。 
 しかし、嫌々ながらも神奈先輩は慶介の一物を診なければいけないのだ。もちろん放置も可能だろうが、治せるかもしれないものを放っておくなど、このように迫られてはできないのだろう。 
 なのに、表面では上からな態度でいようとする姿が面白う。 
「わかりました」 
 慶介は颯爽とズボンを下ろし、ペニスを露出して診察台の横に腰掛けた。 
 神奈先輩は股のあいだに座り込み、恐る恐るといった手つきでペニスを握る。赤らんだ顔を近づけ、視触診を開始した。 
 気持ちいい。 
 綺麗な先輩が自分の肉棒を触っている。 
 神奈先輩はまず亀頭周りから茎にかけてを観察し、付け根の皮膚を伺った。腫れ瘢痕、疾患による赤みを探すためだろう。 
 床に座り込み、身を乗り出す姿勢で股間を覗いてきているので、慶介の角度から見下ろせば神奈先輩のむっちりとしたお尻を眺められる。白衣の丈が被さっているが、尻たぶのお山二つはきちんとわかった。 
 衣服越しのお尻を眺めていると、神奈先輩が慶介の根元を握った。 
「痛みはある?」 
 彼女は亀頭をまんべんなく指で撫で、圧痛はないかを尋ねてきた。触れられた箇所に痛みが出れば、そこも疾患部位の一つになるからだ。 
「いいえ」 
 慶介から見ると、神奈先輩の顔にペニスが突きつけられて映る。美貌の顔と肉棒が同時に視界のフレームに入るのは、それだけで情欲を刺激される。しかも彼女は根元を握っていて、構図として見ればこれからしゃぶってもらえる展開に期待が沸く。 
 もっとも、診察でペニスをしゃぶるなどありえないが。 
「こっちは?」 
 細やかな人差し指が、亀頭の付け根を一周した。 
「そこも、痛みはないです。ただ赤みのある部分がヒリヒリします」 
「そ。亀頭の下に傷があるけど、まさか自慰で皮膚が切れたんじゃないの?」 
「恥ずかしながら、その通りです」 
 ごく薄い傷にすぎないが、しごくときは皮膚が引っ張られているわけだ。力の入り具合、普段のヌく回数しだいでは薄傷程度が出ることは稀にある。 
「だいたいわかった。ここから入った雑菌が晴と赤みを作っている。薬用ジェルを塗って様子を見ればいい」 
 それで治ればよし、ということだろう。 
 もし治らなければ侵入した菌を特定して、その菌に見合った措置を取らなければならない。 
「皮の内側のしこりっぽいのも見てもらえますか?」 
 神奈先輩は一瞬ウッと引くような顔をするも、気を引き締めるように息を飲む。 
「いいでしょう。この私に触ってもらえる名誉に感謝しときなよ」 
 無論、大感謝だ。 
 彼女の棒を握る手はゆっくりと動き、上下し始める。手の平全体で皮の内側を探っているのだ。慶介からすれば手コキをしてもらっているも同然で、みるみるうちに性感の波がペニスの芯から滲んでくる。 
 自分でしごくよりすごい。 
 これが異性からシてもらう気持ちよさなのか――。 
 
     * 
 
 神奈にとって、これは屈辱だった。 
 本来なら男などに興味はない。仮に誰かとこういうことをするなら、自分と釣り合うほどのデキの良い人間でなければならない。学歴が高く運動神経も高いのは当然で、さらに何かプラスアルファを備えているくらいでなければ納得できない。スペックの高い男がいるのでもない限り、性行為などありえない事だ。 
 それなのに、神奈は自らの肉棒を握っている。肉の繊維が硬直し、ノの字に反りあがっているのが感触でわかる。しこりを探るために上下させると、握った皮が手の内側についてくる。その皮を通じて、内部にある固い肉の感じがわかった。 
(……これは診察をしているだけ) 
 手コキ同然の触診をしながら、神奈は自分に言い聞かせた。 
 慶介がしこりだと言ったのは雑菌からなるデキモノで、皮の裏側にできていたからしこりと言ったのだろう。 
 深刻な症状ではないが、放置すれば悪化はする。ますます腫れて、慶介は自慰などできなくなるかもしれない。 
 どうして、こんな患者を追い返してしまったのだろう。 
 神奈は慶介が入部届けを持ってきた時を思い出す。 
 あの時は直感が慶介の股間に皮膚疾患があると告げてきたせいで、ズボンの中にある生々しい肉棒の存在を意識せずにはいられなくなった。気が付けば、新入生の入部希望を蹴り飛ばしていた。 
 下らないことこの上ない。 
 医者を志すなら、この程度の部位は見慣れていなければならない。恥ずかしいから追い返しているようでは駄目だ。 
 だいたい、あれでは少しでも恥ずかしがったことがバレかねない。もしバレてしまっていたら、それこそ余計に恥ずかしい。これを隠し続けるには、このあとも「自己管理のなっていない人間は嫌い」と言い張る以外に道はなさそうだ。 
 そして、下らないことで追い返した失態……。 
 あれを取り返すには、この診察を無事に終わらせるしかない。 
 神奈は手に伝わる感触に集中した。 
「こういう場所の診察って、初めてですか?」 
「いや、前にも何度か診ている」 
 神奈は見栄を張ったが、実のところ触れるのは初めてだ。知識と目の良さでどうにか疾患に見分けをつけ、触診で確実な診断は下せている。侵入した雑菌も薬用ジェルでどうにでもなることまで、神奈には検討が付いていた。 
 見栄を張るのは、慶介を付け上がらせたくないからだ。初めて性器に触れた相手が自分だとわかれば、男はきっと舞い上がるに違いない。それはあまりにも癪だ。 
「どうですか? 先輩」 
「皮の内側もデキモノの一つ。すぐに治る」 
 そう言いつつ、神奈の手は淫らな触診を続けていた。 
 もう充分に診断は下せているのに、どうして手が止まらないのだろう。下腹部のあたりがじわりと疼き、神奈はそれを悟られまいと即座に顔を強張らせた。 
(……そうだ。私は本当は触りたいと思ってない。天の道を行く私がするようなことじゃないのに、その私がこんなものを握って……) 
 そんなシチュエーションのせいだろうか。 
 下腹部がきゅんと熱くなり、股に手を伸ばしたい欲求にかられる。当然まさか人前でできるはずもなく、神奈は膝の上でこぶしを握って我慢するしかない。 
 やがて亀頭の先端からは、水滴の粒が漏れ出していた。きのこの山の頂上に、そこだけぷつん、と霞が滲み出しているのだ。 
「先輩、なんか尿道口も痒くなってきました。診てくれませんか?」 
「菌がここにもいるのかもね」 
 神奈が片手でペニスを握ったままにしながら、もう片方の人差し指をのばした。指の腹を鈴口に当てると、細い糸が指とペニスのあいだに引く。 
 再び指をそこにつけて、先走り汁を塗りつけるようにして触診する。 
 見上げてみると、慶介が快感に浸っているのがわかった。こちらは皮膚を診るために診察してやっているというのに、当人はのんきに神奈の手で感じている。 
 いや、慶介は最初から女にコレを握らせたくて診察を受けに来ていた。 
 薄々わかっていながら、それでも診察を始めたのはどこの誰なのか。そもそも、男の股元に座ってこんなことをしては、傍から見ればエッチな行為にしか見えないではないか。 
 自分にあらぬ心があるように思えて、神奈は歯を食いしばった。 
(それでも、私は診察経験を重ねたいだけ。立派な名医になるために!) 
 決して自分に不純な動機はない。 
「そろそろ薬を塗ろうか」 
 神奈は棚の遮光ビンから透明なジェルを手に取り、ペニスへ塗りつけにかかった。 
 
     * 
 
 ペニスがヌルりとした液に包まれて、慶介は快楽に仰け反った。ペニスに塗られている薬はまるでローションのようで、手の平と肉棒の皮膚がヌメっとした液の力で密着する。そして上下に動かされ、亀頭は指で丁寧に撫でられるから、気持ちよいことこの上なかった。 
 特に亀頭の口を指撫でされていると、ペニスが芯から熱くなる。 
「これ、塗り薬なんですよね」 
「違うものを塗ってどうする」 
 それはそうだが、ねっとりとした透明な液などセックス用のそれにしか見えない。手の平で優しく茎に塗り広げ、指先を亀頭に這わせてくるから、慶介の根元からは既に射精感がせりあがっていた。 
 これだけ長く触ってくれるのだから、もしや「触診」でさえあれば……。 
「玉の方もちょっと痒くなって来ました」 
 彼女の左手が亀頭を離れ、期待通りに玉袋を優しく包み始めた。いたわるような手つきで袋を手の中に納め、ローションで揉んでくる。目を瞑って集中すると、性器の全てがヌルりとした液で光沢しているのがよくわかった。 
「薬は塗った。あとは……一応、採取してやるわ」 
 何を採取するのか。 
 それはもう、聞くまでもなく理解できた。 
 神奈先輩は慶介の股下を一旦離れ、棚のガラス戸からビーカーを用意する。ペニスの下にビーカーを添えるようにして、神奈先輩は柔らかな手淫を再開した。 
 力加減が調度いい。 
 白く綺麗な手は一定のリズムで上下して、固い肉竿をゴシゴシとしごく。生温かい手の平と皮のあいだでローションが働いて、ヌメっとした心地良い摩擦を生み出している。 
 高まる射精感に限界を悟り、慶介は神奈先輩の肩をがっしりと掴む。 
 掴まれた彼女は驚いたように目を見開き、慌てた声をあげた。 
「ちょっと! 出すならちゃんと――」 
 しかし、もう間に合わない。 
 ――ドピュ! 
 白濁の弾は散弾となって神奈先輩の顔面へ飛び、目と鼻、口周り、頬へと命中した。とろみある液体は下へ向かって、アゴへ向かってつたっていくので、白い汚れの面積は自然と広がっていく。 
 彼女はすぐにビーカーを斜めにし、ペニスの角度をビーカー底に合わせる。溢れでる精液はガラスの中に流れていき、出し切る頃には底面を真っ白に染めていた。 
 採取が終わり、神奈先輩の怒った顔が慶介を見上げる。もちろん、精液でドロドロとなった顔でだ。 
「この私の顔に……。罰当たりな」 
「すみません」 
 そう言いつつ、慶介はブレザーのポケットを右手で探った。片手は神奈先輩の肩を掴んだまま彼女を逃がさないようにしておき、スマートフォンのカメラ画面を素早く向ける。 
「んな! アンタ――!」 
 彼女は一瞬の出来事に驚愕、身を固める。 
 パシャリ。 
 その隙にシャッター音が鳴り、神奈先輩のドロドロの顔がカメラ目線で収められた。ペニスを握る手まできっちりと収められ、これ一枚を見れば彼女が「診察」をしていたようにはとても見えない。 
「良く撮れましたよ」 
 慶介は写真画面を見せびらかす。 
 自分の痴態を目に、神奈先輩の顔は屈辱に歪んだ。 
「いい度胸ね。何のつもり?」 
「安心してください。俺は入部したいだけです。医者を目指してるんで、医学部を通して経験できることをしておきたいんですよ」 
 神奈先輩は冷静に目を瞑り、慶介の股から離れて蛇口へ向かう。顔を洗って、白濁の汚れを洗い流した。 
 そして彼女は背中を向けたまま、天井を高々と指す。 
「この私を脅迫しようとは、アンタには神をも恐れぬ度胸がある」 
「いえ、そんな言い方をしてもらうほどではありませんよ」 
 彼女は慶介に向き直り、胸元で腕組みをした。ワイシャツの乳房が持ち上がり、形良い美乳の形状がシワから浮き上がる。立ち姿勢だと短めのスカートから覗く太ももが目立ち、太陽のように眩しかった。 
「いいや、私が認めてやっても構わない程度の度胸はある」 
「そうですか?」 
「しかし、それをアンタは歪んだ形で発揮している。少し矯正してやる必要がある」 
 というと、神奈先輩の答えは一つだろう。 
 慶介はペニスをしまいながら、次の彼女の言葉に耳を傾けた。 
「私という偉大なる先輩が、後輩を立派な真人間に育ててやるわ。十年後、二十年後の将来、アンタは人生の成功と共に私との出会いに感謝することになる」 
 なんという自信か。 
 さすがは天道神奈といったところだろう。 
 世界的名医を父の持ち、学生の身分でありながらあらゆる病状を見抜く眼力と直観力を備える娘。入学前、学園医学部の存在を知ってから、その子はきっと自信家に違いないと予感していた。慶介の予感は大当たりだったというわけだ。 
「では、神奈先輩が部長なんですよね?」 
 慶介はバッグから入部届けを出す。 
「そう、私が創造主よ」 
 神奈先輩は優美な手つきでそれを受け取る。鮮やかな手首の捻りと指の動きは、とてもさっきまでペニスを握っていた手とは思えなかった。 
 この手でシてもらったと思うと、胸の底から優越感が湧いてくる。 
「これからよろしくお願いします。神奈先輩」 
「よろしく、慶介君」 
 美人な先輩と過ごせる部活動――。 
 慶介は今からワクワクしきっていた。 
  

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