女子中学生の中で、彼女は最高の少女だった。
剣道部の道場で勇ましく竹刀を振るい、「やー!」と声を張り上げながら次々に男達の面を打つ。彼らに反撃の暇はない。立ち会ってから試合が開始される瞬間には、もう太刀が放たれているのだ。
彼女に勝てる男は一人もなく、女の子でありながら最強を誇っていた。教師から聞いていた通り、確かにとてつもない力を持っているらしい。
彼女が剣道着の面を外すと、凛とした顔つきが現れた。細くキリッとした眼差しはまるで何かを射抜くようで、とても鋭い。蕾のような唇には色気があり、潤いでプルっとしている。柔らかそうな頬はきめが細かく真っ白だ。
頭に巻いていた布を解くと、黒髪のポニーテールがはらりと垂れ下がる。まるでオイルでも塗ってあるかのように艶やかな光沢を放ち、角度によっては青っぽくも紫っぽくも見える。単なる漆黒とは違う華麗な色合いだ。
剣道着の下の体つきも見てみたい。
が、今は脱いでくれないようだ。
「どうした? みんなだらしないぞ?」
彼女は部員達に向かって呼びかける。竹刀で打たれた男子達はすっかりバテており、厳しい練習の中で体力が有り余っているのは彼女だけであった。
疲弊しきった部員の群れの中央に一人立つ彼女の姿は、さながら襲い来る兵団を殲滅した女剣士のクイーンだ。
「……もうみんな立てませんよ」
部員の一人が言う。
「いくら大会が近いからって、俺らもう限界です……」
かろうじて声をあげた二人の部員は、力尽きて倒れ込む。
周りの部員も今にも倒れそうな状態にあり、彼女は仕方なさげなため息をついた。
「まあいい。そろそろ休憩にしよう」
部員たちはその言葉に心底ホッとしているようだった。彼女に散々にしごかれ、体力を使い果たしていたのだから当然だろう。
しかし、彼女だけは一人素振りを始め、休む気配が微塵もない。
「あのぅ、少しは体を休めた方が……」
一人が心配して声をかけるが、彼女は言う。
「まだまだ。自分に休息を許せるほど私は疲れていない」
声をかけた一人は諦めて離れていき、みんなと水分を補給する。それをよそに、彼女はひたすら素振りを繰り返しいた。
彼女の名は黒崎麗華。
中学三年生にして剣道部の部長を務め、最強の女剣士としてその名は知られている。目にも止まらぬ体さばき、何者をも切り裂く力強い剣、他を寄せ付けぬ絶妙な技巧は誰もが恐れ敬っている。
そういう女こそモルモットに相応しい。
各部活の様子を見学していたワタシは、彼女を呼び出すことに決めた。
――発育身体検査。
それは少女達の発達具合を隅々まで調べ上げる検査だ。普通の身体測定とはわけが違い、それこそ頭のてっぺんからつま先まで、耳の穴から尻の穴まで調べつくす。そこに羞恥心への配慮など存在しない。
乳房、性器、ヒップの発育状況、その他もろもろの肉体にまつわるデータは医学の発展に欠かせない。年代ごとの体つき平均数値は、医療の上で大事な指標となることがしばしばあるのだ。
通常の身体測定でなら、女の子の羞恥心に配慮している。
学校にもよるのだが、胸囲測定は行わず、内科検診での聴診は下着や体操着の上からとされている。背骨の歪みを調べるモアレ検査では、上半身裸にならなくてはいけないことから、前を隠すためのエプロンが用意される。あるいは、モアレ検査自体が実施されない。
少女に恥ずかしい思いをさせる検査は減ってしまっている。
だが、決して滅ぶことはない。
今でも年頃の女の子を羞恥に貶め、辱めるイベントは行われている。
――それが発育検査特別指定の規則だ。
学校の中には医療学会と契約を結び、生徒を発育検査へ差し出すという規定を盛り込んでいるところがある。医学の発展に貢献するため、そして契約金の報酬を得るため、ワタシが来ている中学校は気に入った女の子を指名しても構わないと言ってくれた。
あまり多人数を辱めては検査を問題視されてしまうので、検査対象は少数に絞る。一度に数人調べることもあるが、今回は一人の少女を集中的に恥ずかしがらせる。
ならば、選ぶのは黒崎麗華をおいて他にはいない。
ワタシが学校側に彼女を要求し、後日、本人との話し合いが行われることとなった。
指名が可能とはいっても、その先には本人や保護者の同意を得るという壁がある。それを乗り越えなければ、麗華に恥ずかしい検査をしてやることはできないのだ。
コンコン、
「黒崎麗華です」
戸を叩く音と共に、彼女の済んだ声が聞こえてきた。
学校終了、放課後。
ワタシは指導室に話し合いの場所を取り、やって来た麗華と向かい合わせの形で椅子に腰かけた。テーブルを挟んで向き合っていると、視線の鋭さに射抜かれそうな心地になる。
全く、このワタシの邪心を見抜いてやいないだろうか。
「ワタシは医師を務める桑原拓也と申します」
と、丁寧に名乗る。
セーラー服を着た彼女は美しくも可愛らしい。頭の高い位置で結ばれたポニーテールがサムライ少女の雰囲気を出しつつも、衣服越しに伺えるボディラインからは少女ながらの色気がムンと出ていた。
服の白い布越しに、ピンクの下着が薄っすらと透けている。意外と大きな胸をしており、入室時に見えたスカートから足首にかけてのラインもすらっとしていた。
人体に詳しい医師としての経験が、ワタシの脳裏の彼女の体つきを明瞭にイメージさせてくれた。胸とお尻はほどよく膨らみ、くびれは芸術的な曲線を描いている。太ももから足首にかけての線も実に綺麗に整っており、欲望を掻き立てる肉体としては百点満点だ。
「医師ですか?」
麗華はきょとんとした。
おそらく彼女は担任から指導室へ行くように言われているはずだが、誰に何の用で呼び出されたかまではわからずにいたのだろう。行ってみれば教師ではない男がいて、誰かと思えば医師と名乗ったのだ。それは「え?」ともなるのかもしれない。
「私に何か病気でもあるのですか?」
そう捉えるのが自然だろうか。
「いえ、そうではありません。あなたを呼び出した理由というのは、医師として少し検査に協力をして頂きたいと思ったからです」
「検査? どういうことですか?」
「医学のため、中学生少女の平均指標を作るため、あなたの身体的データを取らせていただきたいのですよ」
麗華は怪訝な顔をした。
「より厳密な身体測定、ということですか?」
「そうですね」
「お断りします」
即答だった。
普通なら多少は迷う素振りを見せるはず。そもそも、大人からの頼み事となれば、子供の立場では心理的に断りにくいものがあるはずだ。
にもかからわらず、あまりにもきっぱりとした答えだった。
逆にこちらの方が驚いた顔をしていたかもしれない。
とはいえ、今までこの検査を受けた少女は断りきれない子や騙された子が大半だ。より厳密な身体測定と聞いて、麗華はすぐに検査内容への警戒を抱いたのだろう。
「……そうですか。これは報奨金の出る話なのでしたが、それは残念です」
「報奨金?」
金に反応を示したのだろうか。
「ええ。何しろお時間を頂いた上でデータを取らせてもらうのですから、相応の報酬が支払われます。気が変わったりは致しませんか?」
試しに美味しい部分をチラつかせるが、麗華の怪訝そうな顔つきに変化はない。
それどころか――。
「ありえませんね」
またもきっぱりと話を蹴られた。
彼女は続ける。
「私には剣道の全国大会が控えています。勝たなければならない相手と戦うため、日々の鍛錬は欠かせません。今こうしている時間さえ勿体無いくらいなんですよ」
なるほど、時は金なりか。
鍛錬の時間とやらを少しでも削られたせいで、どうやら敵意を向けられてしまっているらしい。あえて苛立ちを表に出しているのも、「さっさと用事を済ませろ」という遠まわしなメッセージなのだろう。
これでは引き下がる他はない。
「わかりました。お時間をお取りして申し訳ありません」
「では失礼します」
彼女は礼儀正しく頭を下げてから退室する。
「やれやれ、あれでは交渉の余地もない」
しつこくする手もあったが、おそらく麗華が相手では食い下がれば食い下がっただけ苛立たせるのが落ちとなり、良い結果には繋がらない。
諦めて他をあたるか、はたまたは何か手を打ってみるか。
さて、どうしたものか……。
*
黒崎麗華の家は大家族である。
麗華を長女として、その下には四人もの弟と妹がいる。小学六年生になるアキラ、三年生のアケミ、一年生のユウヤ、まだ幼稚園のショウコに父と母、麗華を含めたら合計七人で暮らしている。
このご時勢での大家族では、当然余裕があるとは言いにくい。切羽詰った家計の中でやりくりして、なおも節約を強いられる。テレビは一日二時間までと決まっているし、風呂も何三十分以内に出るようにと決まりがある。電気やガスのつけっぱなしにも厳しく、水道の出しっぱなしももってのほかだ。
それくらい、ギリギリの生活をしている。
それでも大会になれば交通費を割いて応援に来てくれるのだから、中途半端な試合などできるはずがない。日々の鍛錬は決して欠かさず、みんなに勇士を見せてやらなければならなかった。
医師の桑原拓也に呼び出しを受けたのはそんな中でのことで、断る以外の選択は全く頭になかった。
ただ、報奨金の話だけは引っかかっている。
それさえあれば、この切羽詰った家計への足し程度にはなっただろうか。
そんな考え事をしながらも、麗華は庭で素振りを続ける。いくら部活での練習をこなし、男の力さえ凌駕しても、まだまだ自分に納得できない。凄腕として評されてはいるが、麗華を追い抜こうと努力する者だっていくらでもいる。慢心している暇などないのだ。
麗華はゆっくりと目を瞑り、戦う敵をイメージする。相手がどう立ち回るかを思い描きながら足捌きを踏み、隙を見つけて面を打ち込んだ。
こんなものでは駄目だ。
大会には多くの強敵がいるというのに、この程度の実力ではすぐに追いつかれる。そして、きっとどこかにいるでろう自分より強い相手には追いつけない。もっと、もっと、今以上の力をつけなければいけないのだ。
残像の出るほど素早い敵の動きをイメージし、どうにかそれを受けきってみる。防御はできるが、反撃の隙が見つからない。
まだまだ、自分には倒せない相手がいるはずだ。
もし信じられない強さを持ったライバルが現れた時、どれだけの力があれば渡り合えるだろう。
「姉ちゃん? そろそろご飯」
弟のアキラに呼ばれ、麗華はようやく練習を中断する。
一家でテーブルを囲んだ食事を取り、入浴のあとで筋力トレーニングをしてから布団に潜った
夕食は質素な節約料理だった。
作ってくれた母親は自分の分を少なめにし、子供達が多く食べられるように気を使っていた。
父親は遅くまで仕事をしているので平日は顔を合わせないが、休日の疲れた顔からどれだけ働いているのかは想像できる。
いつか、この家を楽にしてやれるだろうか。
報奨金という言葉が頭をかすめる。
だが、あの話はもう断った。
これ以上気にしていても仕方がない、
やがて麗華は眠りに落ちていき……
その早朝、五時に起床した麗華はジャージに着替え、ジョギングに出た。
朝は涼しい。陽射しの弱い時間帯に体で風を切っていると、体の表面が涼やかになる。早朝のジョギングはいつも気持ちが良く、日々の鍛錬の中でも心晴れるメニューだった。麗華は一時間かけて住宅や公園のあいだを走り回り、最初の玄関に戻る。
部屋に戻るとセーラー服に着替え、麗華は早々に学校体育館へ向かった。
そこには既に数人の部員が集まっており、それぞれの練習に励んでいた。
後輩は三年生である麗華に気づいて大きな挨拶をし、円で囲むようにして麗華の周りに集まっていく。
「それじゃあ、今日の練習は――」
朝のメニューを告げ、それぞれの部員を打ち合いの練習につかせた。
麗華は後輩の中でも一番強い男子生徒を相手にしたが、激しい足捌きからなる連続攻撃を全て受けきった。ほんの少しの挙動からでも、相手がそこからどんな動きをしてくるのか、どういう仕掛け方をするのかが何となくイメージできてしまう。
十手も二十手も先を読める麗華にとって、いかに強い後輩でも相手にならなかった。
麗華はある一瞬の隙を見極める。相手の面打ちに向けて自分の竹刀を打ちつけ、さらに重心を相手へ押し付けるようにして弾き飛ばす。相手が後ろへよろめくところへ、即座に突きを入れて一本取った。
まだまだ、これでは鍛錬が足りていない。
もっともっと強くならなければ――。
*
「――自分に甘い人間ほど弱さに溺れる。どうして強敵ごときに恐れをなすのですか? 勝てない相手がいるのなら、それ以上に力をつければいいはずです」
一年生だった当時、黒崎麗華は先輩へ向けてそう語ったらしい。
これは顧問から聞いた話だ。
かつての剣道部は弱小で、全国大会など夢のまた夢だった。一度は都大会までは進んだものの、都大会の時点でも高いレベルについていけず、あえなく敗退している。一つ上へ行っただけで化け物がいたのだから、全国大会は魔物の巣窟に違いない。そう感じた昔の先輩達は戦意を喪失して、やる気を失ってしまっていた。
地区大会までならともかく、それ以上の大会のレベルはよっぽどのものらしい。
しかし、そこへ新入生当時の黒崎麗華が現れる。
彼女はやる気のない先輩に腹を立て、こう言い放った。
「ならば全国の常連である隣の中学に殴り込みます。もし私が負けることなく帰ってこれたなら、もう一度頂点を目指すと約束して下さい」
そして、大きく出た言葉通りに麗華は実際に強豪校へ挑戦する。道場破りのように勝負を挑み、エースを相手に全勝した。同じ一年や一つ違いの二年生にはまるで苦戦せず、三年の男子が出てきてようやく少しは苦戦する。だが、それでも最後には麗華が勝ちを取り続け、圧倒的な実力を見せ付けた。
黒崎麗華がいれば全国にいけるかもしれない。
大きな力が味方についたことで、先輩達は再び心に火を点した。一年などに負けていられない。先輩らしいところを見せてやる。熱い気持ちで鍛錬を積み、念願の全国優勝を果たしたのだという。
そんな麗華にこそ部長の座は引き継がれ、彼女は三年生の先輩として自分なりに後輩を導いている。
剣道部の大将にして最高の実力者、黒崎麗華とはそういう女であり、強くなるためなら妥協や甘えを許さない。やる気のない人間を見れば先輩であろうと叱りつけ、志ある後輩ならばどこまでも導いていく。
何につけても麗華は努力家だった。
日々の鍛錬を一切欠かすことなく、地道に力をつけ続ける。他人の怠けには厳しいが、自分自身に対してはそれ以上に厳しい。剣道ばかりか勉学でも努力を怠ることは決してなく、だから成績も非常に良い。
全国大会が終わればあとは受験が控えているが、麗華ならば推薦で偏差値の高い高校へ送り出せる見込みだそうだ。
そんな麗華だからこそ新入生だった当時から高い実力を備え、今では全国の覇者としてその名を知られている。
もうじき始まるという全国大会で三度目の優勝が期待されるのも、ごく自然ななりゆきにすぎなかった。
とんでもない子供がいたものだ。
もちろん、そこがいいわけだが。
「大会の日程は来週となっています」
彼女の担任は剣道部のスケジュールを教えてくれた。
「ふむ、来週ですか……」
ワタシはしばし思案する。
昔からこの町の病院に勤め、校医として学校の健康診断なども受け持ってきた。内科検診はもちろん、心電図検査や提出されたギョウチュウ検査シートの測定、尿検査の尿の測定なども経験している。
そんなワタシは医学会から発育検査の任を命ぜられており、年頃の少女の身体を隅々まで調べてデータとして提出しなければならない。
美味しい仕事と思って喜んで引き受けたが、あくまで黒埼麗華にこだわっていては提出期限がギリギリになってしまう。仕事として、それは当然よろしくない。他の少女に目星をつけた方が利口ではあるのだが……。
それでも、麗華の肉体が惜しいと感じてしまう。
「期限が迫っているのですよね?」
「ええ、来週になるとギリギリですね」
「他の子には目星をつけていないんですか?」
「一応、検査対象にしてみたい子は他にもいますが……」
やはり、本能が麗華を検査したいと叫ぶ。
担任はそれを読み取ってか、ワタシに対して何やら思案した。
「実は自分もあの子の肉体に興味があります」
何という教師だろう。
と思うが、ワタシに人の事は言えない。
「といいますと?」
「もちろん生徒に手を出すことはしないんですが、胸も膨らみだす頃ですからね。綺麗な子の体つきには目がいってしまいますよ」
「我々も男ですからねぇ、仕方ありません」
「ですな」
冗談のように言い交わし、お互いに笑い合う。
「そこでです。桑原先生――黒崎麗華は全国大会に出るわけです」
「ええ、何度も聞きました。素晴らしいものです」
「そう。全国です。ならば、あなたにできることが何かあるのでは?」
「ワタシにできること。ふむ――」
一瞬、彼は何を言っているのだろうと思った。
あからさまに『大会』を強調してくるので、そこにどんな意図があるのだろうと読みかねていた。
しかし、私は気づく。
確かにあるのだ。
医師であるワタシにこそできることが――。
だが。
「――いえ、先生。一つ問題があります」
ワタシは行った。
「何でしょう? 桑原先生」
「オリンピックくらいの大きい大会でなら、確かに『ソレ』は行われています。ですが、今回の大会は全国とはいえ中学生が出場するものです。果たして、我々の思惑は叶うものなのでしょうか」
ここまで語ると、担任はニヤリとする。
何か対策があるとでも言うのだろうか。
「お任せ下さい。例はあります。私が大会運営に掛け合います」
「あなたが、ですか?」
果たして問題にならないのだろうか。麗華の所属する学校側から、それも担任が『ソレ』を行うように掛け合うなど、うちの生徒を疑って下さいと言うようなものだ。そんなことをして大丈夫なのだろうか。
「大丈夫です。言い回し次第で何とでもなりますよ」
担任はほくそ笑む。
「そうでしょうか」
「実は運営者の中に知り合いがいましてね。彼も中学生の女子に興味を持ってるんですよ。ねえ、何とかなりそうでしょう?」
なるほど、根回しに心配は必要なさそうだ。
子供相手に『ソレ』を行うのは問題、という考えもあるが、逆に言えば相手が子供だから押し通してしまえるとも言える。
ならば、建前を付けて押し通すつもりなのだろう。
「あなたは素晴らしい教師です」
ワタシは担任を褒め称えた。
「あなたこそ、素晴らしい医師ですよ」
「先生やあなたのその知り合いという方にも、必ずや良いものをお見せします」
「約束ですよ? 桑原先生」
「もちろんです」
ワタシと担任は握手を交わし、結んではならない協定を結んだ。
*
大会当日を向かえた。
麗華は部員達と共にバスへ乗り込み、顧問の隣で静かに瞑想する。それぞれの部員は竹刀をしまうための刀袋を持ってきており、抱くようにして抱えている。
麗華も体操着のシャツに短パン姿をして、肩にかかるようにして刀袋を抱いていた。すぐに剣道着へ着替えるため、選手はあらかじめ体操着かまたはジャージを着てきている。
今日の相手は以前も勝ったことのある学校だが、だからこそ向こうも対策を講じているだろう。一体、どのように自分達を対策してくるだろうか。
目を瞑り、麗華は思考に集中する。
「麗華」
顧問の声がそれを遮った。
「何でしょう」
「今回の大会、お前はドーピング検査の対象にされている」
「ドーピング? どういうことですか」
麗華はキリっと目を細めた。
ドーピングなど、全く縁のない話だ。そんなことなどしなくとも鍛錬を積めば済む話だというのに、そもそも中学生がどこでドーピング剤など手に入れれば良いのか。
「麗華、お前は強すぎた。誰かが言いがかりをつけ、クレームを受けた運営側は対応せざるを得なくなった」
「納得のいかない話ですね」
「ま、これもお前の強さの証拠だ」
顧問はそのまま腕を組み、眠るかのように瞼を閉じた。ただ瞑っているだけなのか、それとも眠りでもしているのか。見た目には判別がつかない。
「わかりました。ならば潔白を証明した上で勝つまでです」
バスが到着し、麗華らは順々に降り立つ。
ドーム型の会場入り口へ向かって受付を通り、麗華達は選手が控えるための控え室へ向かった。着替えをしまうためのロッカーが並び、その中央には長椅子が用意されている。麗華はそのロッカーの一つに荷物をしまい、もう一度受付へ向かった。
「黒崎麗華です。私が検査対象になっていると聞きましたが」
「はい。少々お待ち下さい」
受付嬢は営業スマイルで対応し、内線電話を通じて関係者と連絡を取り始めた。しばらくすると、「ただいま担当者の方がやって来ますので」と告げられた。
そして、現れたのは……。
「あなたは――」
その見覚えのある顔に麗華は目を丸めた。
「数日ぶりになりますね。黒崎麗華さん」
その男は、麗華に身体検査のお願いを申し付けてきたあの医者であった。病院でもないのに白衣を着ているので、この受付広場の中では少々浮いている。だが、本人にそれを気にしている様子はなかった。
「あなたがドーピング検査を?」
「その通りです。方法はご存知ですか?」
医者はいやらしい笑みを浮かべる。
腹の底で何かよからぬことでも企んでいる予感がして、自然と警戒心が湧いてくる。この男は危険だと、麗華は本能的に感じ取っていた。
「いいえ」
「ドーピング検査というのは、要するに尿検査です。尿を調べることによって、薬物などの反応を調べます」
「尿検査?」
「はい。学校なんかでは、家で取ったものを持ってきて提出なさりますよね?」
麗華は頷いた。
それ以外のやり方など聞いたことがないが。
「ここでは何か特別な方法でも取るのですか?」
「その通りです。詳しくはのちほど説明するとして、まずは尿意がなければオシッコは出ませんよね」
「ええ、まあ」
答えつつ、麗華は顔をしかめた。
一般の人も観戦に来ているのに、あまり大きな声で尿の話はしないで欲しい。近くを横切った男など、『オシッコ』という単語を聞いて麗華を振り返っていた。一体どんな話題を交わしたのだろうと、勘繰られているかもしれない。
「水を用意しますので、オシッコが出そうになったらお伝え下さい」
わざと大きな声を出しているのだろうか。
聞こえる範囲にいた通行人が、チラチラと麗華を伺う。単語を聞かれただけならまだしも、今の台詞をみんな聞き取られては怪しい関係を勘繰られる――のではないかと不安になってしまう。考えすぎだろうか。幸い相手は白衣なので、医療関係の話題だと思ってもらえればいいのだが……。
医者は麗華を待たせて一度立ち去り、水を入れた紙コップを持ってくる。少し水分を摂った程度ですぐに出る気もしないのだが、ないよりマシだろうと麗華はそれを飲み干した。
そして――来た。
想像していたよりも遥かに早く、下腹部の内側から尿意が湧き出し溜まっていく。みるみるうちに我慢の限界に近づいて、麗華は内股をきゅっと引き締めた。
「もう、出せます」
尿意があることを宣言するのだ。
恥ずかしい台詞を言わされているようで、少しばかり声が縮んでしまう。
「利尿剤が効いたようですね。オシッコが出そうですか?」
そんなものを入れていたというのか。すぐに採取する必要があるのだろうが、薬が入っているならいるでその事を伝えてくれないのは失礼ではないのか。
嫌な声の大きさも気になるが、聞かれたことには答えるしかない。
「はい」
「わかりました。もう一人担当者がいるので、お待ち下さい」
「…………はい」
どれほど待たされるのだろうか。
早くしてくれないと、永遠には我慢できない。強くなる尿意に対抗するため、麗華は太ももを摺り合わせるようにして力を加えていた。そうしていなければ、我慢の限界がより早まってしまいそうな気がしていた。
担当者の男がやって来る。
「お待たせしました桑原先生」
「いえいえ、検査はこれからですから」
やって来たはいいが、二人は麗華の前で社交辞令を交わし始める。そんな挨拶ばかりしていないで、早くトイレへ行かせて欲しい。
「では行きましょうか。麗華さん」
担当者はカメラと尿ビンを手に持っていた。
何故コップではなく尿ビンなのかは気になるが、尿の採取に使うものだからいいだろう。わからないのはカメラだ。そんなものを一体どこでどう使うつもりなのか。麗華の胸には不安がよぎり、そして限界近い尿意が麗華を苦しめる。
「そうですね、早く致しましょう。あまり待たせては、彼女はオシッコが我慢できなくなりそうですから」
「……っ!」
医者の言葉に麗華は歯噛みする。
わざと言ったに違いないので、いつもの麗華なら確実にそのあんまりな態度に不快を示していた。大人が相手だろうと堂々と注意してたしなめてやりたいところだが、尿意のせいでそんな余裕がない。
二人の案内に導かれ、麗華は女子トイレへ到着した。
「では検査を始めますよ」
と、担当者。
担当者は麗華の肩を抱くようにして女子トイレへ入り込み、医者もまるで当然のようについて来た。
「あの、これはどういう……」
女子トイレだというのに、あまりに堂々と男が入ってきている。
「オシッコはワタシ達の目の前で出して頂きます」医者は語り始める。「確かに君自身の尿を採取した事を確認するため、放尿のしている瞬間を観察し、記録に残す必要があるのです」
「そ、そんな……」
非人道的だ。
こんなことがあっていいのだろうか。
「言っておくけど、検査を受けないと大会には出場できませんよ?」
担当者が無情に追い詰めてくる。
「何故私をこんな検査に」
「麗華さんのあまりの実力に疑問を持って、言いがかりをつけた人がいたんですよ」
「だからといって、これは――」
麗華は女子トイレにまでついて来た二人を交互に見る。担当者の持つカメラを目にかけ、顔を背けた。
「ま、そりゃドーピングなんてありえないでしょう。それでも対応せざるを得なかったのは申し訳なく思っていますが、潔白を証明した上で勝ちあがれば誰も同じことは言えなくなります」
それでも、放尿を撮影されるなど耐えられるのだろうか。肉体の強さならいくらでも鍛えてきたが、羞恥に耐え抜ける自分となると想像できない。
「さあ、早くしませんと中学生にもなってお漏らしをすることになりますよ? ほら、早くすっきりしたいでしょう?」
医者の笑みはいやらしく麗華を向く。さきほどから、明らかに人を貶めたくて仕方がないように見える。しかし、やはり注意したり怒りを示す余裕もなく、武道で鍛えた精神でもって堪えることしか麗華にはできない。
明らかに納得のいく扱いではなかったが、大会出場がかかっていることもある。ここで下手に反抗するのは得策じゃない。
ここは屈辱を噛み締めるしかない。
覚悟を決めて耐え忍び、抗議は後から行うのだ。
少女に対してここまで気遣いのない態度を取るようでは、今後もこの医者はあらゆる女の子を辱めかねない。
「……わかりました。早く検査をしてください」
医者は口元を大きく吊り上げ、不快な笑顔を向けてきた。
「では個室の戸を開きますので、まず便座の前に立ってください。全員で入ると狭くなりますから、戸は開いたままにさせて頂きます」
従う麗華は決壊直前になっており、太ももを引き締めるどころか手で股を押さえている。肩を小さく丸め、腰をくの字に折り、いかにもオシッコを我慢しているような彼女の姿には、剣道部最強としての威厳などありはしない。
あまりに情けない姿を晒しているようで、麗華は悔しさに歯軋りする。
担当者は出入り口に『清掃中』と書かれた看板を置き、一般人の出入りを防ぐ。そして尿ビンを医者へ手渡し、担当者は持っていたカメラを構えた。
動画の撮影が開始され、放尿を堪える麗華の姿が綺麗に映る。担当者は全身を捉えつつ、我慢している彼女の表情をズームし、そして顔から足までを順々に映した。
「では、これより黒崎麗華のドーピング検査を開始致します。麗華さん。カメラに向かって挨拶をして下さい」
撮られるだけでも嫌なのに、そんな事までさせられるのか。
麗華の表情は屈辱に歪んだ。
「――黒崎麗華です」その声は悔しさに震えている。「これからドーピング検査を受けて不正のないことを証明します」
カメラには麗華の屈辱の浮かんだ表情が映る。
「それでは気をつけをしなさい」
「はい」
麗華は両手を横にし背筋を伸ばした。同時にカメラのピントが調整され、全身が画面に収まる。医者はカメラを配慮して、麗華の脇側へ寄っていた。
我慢するのが大変だから足を締めて力を入れていたのに、早くしてくれないと本当に洩らしてしまう。カメラの前でそんな失態を犯すなど恐ろしすぎて、焦燥に攻め立てられた。
「では短パンをゆっくりと下ろします」
医者は麗華の後ろへ手を回すようにして、ゴムに指をかける。白いパンツが顔を出し、眩しい太ももがみるみるうちにあらわにされていく。
乙女としては決して見せたくない純白の下着が、こんな嫌な男の手によってだんだんと晒されているのだ。しかも記録まで撮影されているので、悔しさの気持ちは限界なく膨れ続ける。
膝の下まで下がったところで、ようやくその脱がせる手は止まった。
麗華は頬を熱くしながら、唇を噛み締めた。
一秒でも早く終わって欲しい。
しかし、それなのに医者はゆっくりと動く。
「おや? パンティーには既にオシッコの染みが出来始めています」
パンティーという言葉の選択もわざとなのか。
最悪の指摘をされ、麗華は耳まで赤くなった。
担当者はすかさずカメラを操り、言葉を投げかけられた瞬間の麗華の表情を収めている。続いて股間をアップするべくカメラを近づけ、白い布地についた水分のシミをしっかりと画面にいれた。
もう駄目だ――。
ズームされたパンツの股間には、ほんの少しずつだが濡れ染みが広がっている。水分のためか布地は皮膚に張り付き、卑猥な縦筋をくっきりと浮き上がらせていた。
自分のアソコにカメラのレンズ――想像しがたいほどの恥ずかしい状況なのに、麗華には耐えることしか許されない。
手が自然と動いて、体操着の裾を伸ばしてパンツを隠そうとするが、医者はその手をはたいて注意する。
「勝手に動かないようにお願いします」
「なら、早く済ませてください……!」
声を荒げることが唯一できる抵抗だった。
「ではパンティーをゆっくりゆっくりと下ろします」
やはり医者はスローモーションのようにパンツを下げ出す。生えかけの細い恥毛の一帯が少しずつ覗けいき、あらわにされる。性器にカメラを近づけられ、麗華は二人と目が合わないよう横を向きながら必死で耐えた。
麗華のソコは細い毛並みをしており、黒といより灰色の草原が広がっている。肉貝はぴったり綺麗に閉じており、色白で若く初々しい。色素の黒ずみが一切ないその場所は、間違いなく麗華の聖域だった。
やっとのことでパンツが膝まで降りる。
女の子にとって一番大事なものさえ撮影され、麗華は自分が涙目になりそうなのを感じた。目元が潤み、あまりのことにいつ滴が頬をつたってもおかしくない。こんな部分を撮られ、泣きたい気にさえなっている自分の姿も信じたくなかった。
それだけではない。
「おや? 垂れてますね」
医者のわざとらしい言葉に打ちのめされ、麗華は恥辱のより深くへ叩き落された。
神聖なる乙女の秘所からは、我慢しきれない尿が一滴ずつ垂れているのだ。まるで締まりきっていない蛇口のように、ポタリポタリと膝に脱がされたパンツを濡らしていく。ごく少量であるが、それは確実にお漏らしだった。
当然のようにカメラを近づけられ、垂れていく瞬間の映像を捉えられ、もはや全力で逃げ出したいほどの思いにかられていく。大会を捨てても逃げたほうがマシだ。と心のどこかで思ってしまう自分がいる。
……だが、それでも大会を勝ち上がるために努力してきたのだ。きっと、今年は今までより強くなった強敵が集まっている。
優勝のためだと心で必死に言い聞かせ、途方もない悔しさと恥ずかしさを麗華は堪える。
「では、このまま足をできる限り開きなさい」
それでは、漏れる危険が高まってしまう。
股の内側の筋肉を硬直させ、腹部に力を入れながら、麗華はとにかく漏らさないようにと足をずらした。直立のまま逆V字の開脚をしたことになり、一層性器が覗きやすくなる。
「尿ビンをあてがいます。容量は大きいものにしてあるので、この中に全て出し切りなさい」
とうとう放尿を許される瞬間が訪れた。
尿ビンの口は陰部のぎりぎり、接触しそうでしない絶妙な距離へ添えられる。
やっと我慢から解放されるのだという安心はあるが、それ以上に男二人の前で脱がされた挙句、この尿の出る瞬間こそを記録に残されるのだ。カケラ程度の安心の気持ちなどないも同じで、麗華が感じているのは結局のところ屈辱と悔しさばかりである。
綺麗な乙女の貝殻の隙間から、黄色い聖水が放たれる。
ジョォオー……。
地味な水音が響く中、カメラ画面には尿を打ち出しているアソコが鮮明に映されている。しばしその様子を撮影し、担当者はズームアウトで全身を映す。股に尿ビンをあてがわれ、あまつさえ放尿している少女の有様を記録に残した。
素晴らしい瞬間である。
無言になりきった麗華の表情をズームすると、その顔を逸らし気味にして頬を染めているところから、いかに恥ずかしがっているのかが見て取れる。
それらを意識して撮られていることに気づき、麗華はさらに顔を逸らした。
「顔まで撮らなくてもいいのでは」
ジョロジョロ音を立てながらも、麗華は言う。
担当者の言い分はこうだった。
「本人の尿であることを証明するために記録を取ってるんです。一度も顔を映さないってわけにはいかないんですよ」
「くっ…………」
理不尽なことだが、そう言われれば黙るしかなかった。
放尿の威力が弱まり、やがて全てが出し切られる。その頃には尿ビンにはたっぷりと黄色い液体が溜まっていて、容器全体が生温かくなっていた。
しかし、医者は麗華に安心を与えるまもなく言ってくる。
「終了の指示が出るまで、勝手に動かないで下さいね」
前もって釘をさされ、もうパンツを履きなおすつもりでいた麗華は固まった。
「では拭き取ります」
医者はトイレットペーパーを切り取り四角に畳む。
「そんなことまで……! せめて自分で拭かせてください!」
「駄目です。検査はきちんとしなくてはいけません」
麗華の意思が尊重されることはない。
どう考えても自分でやれば済むはずの行為なのに、医者は恥丘に残った水分を拭き取り始めた。あてがわれた紙で大事な部分を摩擦され、まるで幼児と同レベルの扱いでも受けているようで、麗華はひたすら唇を噛み締める。
「それでは、パンツを履きなおしましょう」
履き直す行為さえも医者の手によって行われ、膝に下げられたパンツをずり上げられた。ようやく下腹部を隠せる安心よりも、他人の手で着替えをさせられている屈辱が大きく、それでも逆らうわけにはいかず、できることといったら医者や担当者を睨んでやる程度だった。
短パンを履き直させられ、やっとのことで検査が終了する。
やはり終わりへの安堵などより、屈辱の時間を過ごす羽目になった悔しさが大きい。脱ぐのも履くのも他人の手で、しかもアソコまで拭かれた。こんな想像しがたい行為を撮影されるなど、麗華は今の自分をどこか別の他人と思い込みたくて仕方がない。
「さあ、わざわざ検査をしてくれた医師の方にお礼を言いなさい」
担当者が命じてくる。
普通なら麗華の方が金を取れるほどのことをしているのに、どうして自分がお礼を言う立場になっているのだろう。
「…………」
黙っていると、担当者が声を荒げる。
「ほら、早く言いなさい!」
ただではおかない。
配慮がないばかりか辱めさえしてくるこんな連中、絶対に抗議して問題にしてやる。放っておけばどこかで同じことを繰り返しかねない。何より、自分にこんな思いをさせた二人を麗華は許すことが出来ない。
「……ありがとうございました」
震えた声で礼をして、早足で早々にトイレを出た。
*
試合には勝てた。
昨年も出会った相手と再戦になり、以前にも増して力をつけた相手に苦戦した。麗華といえば試合中に検査のことがフラッシュバックしないよう必死に集中し、それでも身体に染み込みさえしている屈辱感に調子を狂わされた。
どうにか一本を取はしたが、検査のせいでモチベーションが落ちたのは確実だ。麗華としては仮に負けても言い訳などしたくはないのだが、だからといってあの二人を糾弾しないわけにもいかない。
彼らに抗議を、あの事を問題に――。
試合後、麗華の頭はそればかりになっていた。