「フラウ・アナスタシア、もうすぐアレクサンドロフスクだ。あなたが待ち焦がれた時はすぐそこですよ」
規則的だが単調なレール音が支配する列車の中で、アナスタシア・ウラジミーロヴナは凝った装飾の
モノクルくらいしか目立つところのない男と向かいあっていた。
男は隣国が彼女の祖国に派遣した外交官で、この列車はお互いの首都を結ぶ定期便だ。だから治外法権
よろしくこの車両とその前後には隣国の人間しか乗っておらず、国家の転覆を図ったとして一度ならず国を
追われた彼女の存在を咎める者はいない。
ではなぜ隣国がアナスタシアを祖国に送り返すのかといえばそれはお互いが戦争の真っ最中だからであり、
この女革命家が国をひっくり返せば停戦を期待できるという目算があったからだ。それに彼女に恩を売って
おけば自国に有利な条件も期待できる。
現にアナスタシアは内心大いに渋りながらも、革命による祖国の変革という理想の実現のために、国境線を
大幅に移動させることになるであろうその条件を呑むことを承諾している。
「あなた方には世話になった。目指す先が同じとは思えないが、今回の一件は我が国とそちらとが共に栄え
ていくことが出来る礎になるだろう」
外を見ることが出来ないように窓は明り取りのためのわずかなスリットしかない鎧戸で覆われている。薄暗い
車内ではランプが灯されているが、調子が悪いのか火も、そして影も揺れ通しだ。
「左様ですな。我らもあなたの成功を切に祈っておりますよ。特に陛下は、一度ならず肌を重ねたあなたの
計画が無事成就するか気を揉んでおいででした」
社交辞令以外の何物でもないアナスタシアのぶっきらぼうな言葉に、男は抑揚に欠ける事務的な口調で応える。だが
その言葉は見る見る革命の闘士の顔を紅潮させ、彼女の様子に隣国の外交官は片頬を吊り上げた。
「今更恥ずかしがることも有りますまい。あなたが国を売るのは嫌だと仰ったから、陛下がそれではあなたご自身の
身体で払っていただこうとお決めになられたのです。よもやお忘れではございますまい」
怒りと恥ずかしさ、そして己の行動の軽率さを呪う革命家だが、しかし過ぎ去った日々を帳消しにすることは神ならぬ
彼女には不可能だった。そして高邁な精神を持った思想家でもなく、飽くなき闘志に溢れた活動家でもない、か弱い
一人の女が屈辱に身を震わせる姿に、外交官の男はもはや隠そうともしない露骨なまでの好色の視線を向ける。
「ああ、そういえば陛下よりの贈り物はちゃんと身につけておいででしょうな。事が成った暁には、互いに国を統べる者同士
あなたに合見えたいとの思し召し、その際には是非とも旧交を温めたいものだとあなたに贈られたのですからね」
聞こえよがしな口調にアナスタシアは一度ぎゅっと拳を握り締めるが、程なく諦めたようにそれを解いた。そして彼女の
両手は自らの腰を廻るベルトにかけられ、他人の、それも男の目の前だというのにそれを外す。
隣国を発って以来自らが寝起きしてきたベッドの上にベルトを放り投げると、次に彼女はトラウザーズに手をかけた。
幾許かの間ためらいを見せた革命家だが、上目遣いに伺い見た男の早くしろと言わんばかりの表情から逃げ道のない
ことを改めて悟り、思い切りよくそれを膝の辺りにまで下ろそうとした。
「くうぅぅん」
勢い込んで体を曲げようとしたアナスタシアは、腰の辺りで弾けるように生じた感覚に思わず鼻にかかった甘いうめき声をあげる。
「ははは、そう慌てることはございますまい。あなたのような妙齢のお方はもっと落ち着かれた方がよろしいでしょう。その方が同志
の数も増えるかもしれませんよ」
己の思想と仲間までをも馬鹿にしたその口調にアナスタシアは男を睨みつける。しかし平凡な容姿と軽薄な表情とは裏腹に、
こうして戦時に派遣されるに足る図太さをこの男が備えていることを彼女はここにいたるまでの旅程でいやという程思い知らされてきた。
再び忌まわしい感覚に襲われることのないよう、そっとトラウザーズを下ろすアナスタシア。そこにあるべき女物の下着はなく、
さりとて女の象徴が露になったでもない。理想に燃える女革命家は確かに下着を身につけていた。ただしそれは革帯と紐、
そして鉄片で出来た代物だったのだ。
「確かに愛用いただいておりますね。これでしたら陛下もお喜びになるでしょう、あなたのように麗しいお方にはこのようなお召し物こそ
相応しいと熱意すらこめられておいででしたから」
男は相変らず彼女を言葉で嬲り、恥辱に身を固くする彼女の傍らにすっと移る。そして俯き加減だったアナスタシアがはっと顔を上げる
より早くその手は彼女の腰に回され、臍下から股座を割って背中に回された帯の一点を器用に探り当てた。
「はっ、あっ、んく」
男の指がそこにあるべき感触を探り当てて転がすように動かすと、アナスタシアの口からあえぎ声に僅かに及ばない熱っぽい
吐息が漏れ出す。身体の持ち主の意思とは裏腹に、今やこの革命の闘士にとって一番の弱点と化した不浄の場所に打ち込まれた
楔は、言いようのない甘く背徳的な快感を及ぼしているのだ。
かつて祖国の官憲の戯れにより仕込まれ、隣国の主の変態的な嗜好により熟成させられたその悦楽の源は、本来明晰である
はずの革命家の思考をたちまち淫猥な靄で曇らせてしまう。理性はそれを拒絶しろと激しく警鐘を鳴らすが、一度快感を得てしまった
身体はその警告に従うことをよしとしなかった。
「名残惜しいですな、この身体としばしお別れせねばならないとは。前はまだ何も知らない乙女だというのに後では娼婦も顔を
赤らめる程の乱れよう、私はそんなあなたを手放したくはないのですがね」
芝居がかった男の言い草にアナスタシアは答える余裕は無かった。彼女は尻穴にずっぽり嵌った張型の底を指で小刻みに動かされ、
一気に高まっていく快楽に完全に翻弄されていた。
「ではお別れの前に私からのささやかな餞別を、どうかお受け取りください」
自らの指の動きに合わせるように革命家の息が荒くなっていくことにほくそ笑みながら、男は彼女の耳元で囁くや張型に添えていた
指に力をこめてそれを尻穴の奥に向けて押し込む。元より革帯に繋がれたそれはさほどの動きをしたわけではなかったが、
押し広げられた括約筋を擦られる感覚にアナスタシアの性感は高みに向けて一気に跳ね上がった。
「かはあぁぁぁぁっ」
文字通りの声にならない悲鳴だった。無駄な肉のない、むしろ引き締まっているが女性らしい細やかさも兼ね備えた彼女の体が海老反りになり、
天井を向いた瞳は大きく見開かれそこには大粒の涙が浮かぶ。硬直したのではないかと思えるほどの痙攣の後にアナスタシアの身体から
急に力が抜け、支える男の手によって床に崩れ落ちることなく辛うじて椅子に腰掛けることができた。
しかしそうすることで椅子の座面に押し上げられた張型が絶頂直後の疲れきった身体を再びとろ火で苛み始める。それを覚えながらも身じろぎすら
できず、彼女は放心状態から脱け出せなかった。そんな女闘士の様子に冷ややかな視線を浴びせながら、男は早々に身づくろいを終える。
「さあ、もうすぐ到着だ。駅を出ればあなたとはお別れです、あっさり捕まってその身体を衆目に晒すことのないよう十分に注意なさい」
再び事務的な口調で言い捨てて客室を出て行く男、その姿を見送りながらアナスタシアは自らが悔し涙すら流せないほどに惚けているのを、
ようやく取り戻した理性の一片で辛うじて認識していた。