月並みな表現だけど、本当に、時間が止まった気がした。  
風に流された前髪が額に張り付いて、私はそれで自分が汗をかいている事を知る。  
頭上を横切っていた雲がさらわれ、視界が少し明るくなる。  
瞬きすら忘れてしまった私の目は剣太で一杯で。  
逆光で表情はよくわからないのに、剣太の視線が私に向いていることははっきりとわかった。  
世界に私と剣太しかいないような、不思議な緊張感と安心感が私を包む。  
 
――――不意に、風が吹き抜けた。  
 
それを合図としたかのように、二人同時に瞬きをする。  
「…そうゆうことだから」  
ボソリと呟かれた剣太の言葉に、ようやく私の思考が現実に追いついてくる。  
告白……された。剣太に。『好きだ』って。  
「えっ…え?……ええええぇぇぇぇっっ!!」  
今、自分が置かれている状況を理解した途端、止めるまもなく私の口から悲鳴があがった。  
私の大声に、剣太の体がビクッとはねる。  
驚いたように私を凝視している。  
というか、驚いているのはこっちの方だ!  
『好きだ』って、あの、『好き』って感情だよね?!  
家族とか姉弟とかではなく、異性としての。  
(どっどっどうしよう……!!)  
嬉しいよりも恥ずかしいよりも、困惑の方が私の心に広がる。  
だって、私と剣太は幼馴染みで。  
こんな田舎町に住んでいる分、きっと世間の幼馴染みよりも近くで育っていて。  
姉弟の様なものだと思っていたのだ。  
…少なくとも、剣太はそう思っていると思っていた。  
どうしよう。  
本格的にどうしていいのかわからない。  
 
「そんな顔すんな」  
いつのまにか、私と同じ目線まで下がってきた剣太が困った様に笑った。  
どうしてもまともに顔を見れなくて、私はまた視線を下げる。  
剣太の前だと、最近の私は地面を見てばっかりだ。  
「困らせてごめん。ただ言いたかっただけだからあんま気にしないでくれ」  
剣太の手が、ためらいがちに私の頭にのる。  
ポンポンと伝えられる、『気にするな』の合図。  
今日何度も感じた剣太の温もりが私の涙腺を刺激する。  
泣き虫で頼りなかった小さな幼馴染みはもう、どこにもいない。  
今、私の側にいるのは。  
「剣太…」  
背も、手も、力も、私よりも全然大きくなった、よく知っていると思っていた男の子。  
(ああ…)  
変化は、もうとっくに最終段階にきていたんだ。  
始まりは、私の初潮がきたときなのか、剣太の声変わりがあったときなのか…それとも、「さやちゃん」  
から「鞘子」に呼び名が変わったあの夜からなのかはわからないけど。  
油断したら溢れてしまいそうな涙を堰き止めるために、小さく深呼吸をする。  
幼馴染みじゃなきゃ、剣太の側にはいられないと思っていた。  
剣太は、私をそういう風に見ていないと思っていたから。  
だから自分の中に生まれていた気持ちからずっと逃げていて、剣太を男として見ないようにしていた。  
…けど。  
「…剣太…」  
剣太は言ってくれた。  
だから私も、もうきっと、逃げている場合じゃないんだ。  
ずっと恐れていた変化を、私も受け止めなきゃいけない。  
私は女で、剣太は男で。  
そして私は。  
 
「私…も……」  
渇いた喉から絞り出した声は、非道く弱いものだった。  
ちらり、と自分の意気地のなさに嫌気を持つ。  
私達は長く一緒にいたから、言わなくてもわかることはたくさんあるけど。  
でも。それでも。  
「剣太が、好き」  
これきっと言わなきゃ伝わらないことだから。  
だって私も言われるまで知らなかったから。  
小さかった私の声は、剣太に届いたのだろうか。  
反応がないので心配になって視線を上げると、口を開けたままポカンとする剣太の顔があった。  
そんな間抜けな表情はやっぱり私がよく知っている剣太で。  
強張っていた私の頬が少しだけ緩くなる。  
「…ほんとかよ?!」  
勢いよく裏返った剣太の声に、私はとうとう笑い声をこぼしてしまった。  
 
 
秋色の葉の隙間から、暖かい陽が差し込む。  
私達は並んでケヤキに寄りかかっている。  
相変わらずかっこよく決められない幼馴染みの狼狽え振りに、私は笑いが止まらなくなってしまった。  
安心、したのかもしれない。  
剣太との関係を変えるのが怖くて。  
剣太が離れてしまうのが怖くて。  
一生懸命に「普通」を演じようとしていたのに。  
剣太を好きでも、私達が幼馴染みなことは変わらない。  
だって、私達が共有している思い出は消すことは出来ないから。  
それはすごく簡単で当たり前のことだった。  
剣太に対して張りつめさせていた意識が、急にプツンと切られた感じだ。  
…いや。それなりに、私だって動揺してる。  
だって、健太の気持ちを知ったのはついさっきのことだ。  
恥ずかしさを誤魔化すために私は笑う。  
あまり可愛くない気がするけど、でもそれ以外どうしていいかわからない。  
「笑いすぎだぞ!」  
剣太はちょっと怒ってるけど、顔が赤いから全然説得力がない。  
馬鹿みたいに笑い続ける私へ、剣太の腕が伸ばされる。  
意識する間もなく、剣太の右腕が私の首に絡んだ。  
 
――――視界が白い。  
この白は剣太のワイシャツの色なのだとわかった瞬間、息が詰まった。  
切られたはずの緊張が再び結ばれ私の思考がまた絡まる。  
私を一瞬でこんなに混乱させられるのは、剣太だけだ。  
薄いシャツを通して伝わる剣太の体温が私の頬を熱くする。  
「…これで笑えねぇだろ」  
ギュッと圧力をかけられ、剣太に抱きしめられている事実が私の心を強く揺さぶる。  
(どうっ…、どうしよう…っ!)  
ああ。思考までどもってしまった。もう駄目だ。私はもう駄目だ。剣太に駄目にされた。  
「…鞘子」  
頭上から聞こえた剣太の声に、おかしなくらい体がビクッとなってしまった。  
剣太からはきっと、私の頭しか見えないだろう。  
今はこの身長差がとてもありがたい。  
顔が赤いのを知られたくない。  
私は、剣太にだけは、剣太に動揺していることを知られたくないのだ。  
変化を受け入れようと思ったくせに、剣太に女として意識されることが恥ずかしくてしょうがない。  
私と剣太が幼馴染みじゃなかったらこんな風には思わないのかもしれない。  
そうチラッと思ったけど、生憎私は生まれてから剣太以外の男の子を意識したことがないからわからない。  
「鞘子」  
剣太がもう一度私の名を呼んだ。  
今まで聞いたことのない様な声音だったのは、私の気のせいだろうか。  
…そんな風に、私の名を呼ぶのはやめて欲しい。  
心臓が過呼吸を起こしてしまう。  
 
首に回されていた腕が緩んで、圧力が和らぐ。  
剣太を見上げたかったけど、顔を見られるのが恥ずかしくて私は額を剣太の鎖骨にくっつけた。  
襟から覗く剣太の素肌は、私の肌とは少し違う色で。  
決して爽やかではない剣太の匂いが、私に性別の違いを自覚させる。  
眩暈がしたのはきっと私の気のせいじゃないだろう。  
(男の子とこんなに近づいたの…初めてだ……)  
男の子に抱きしめられたのも。  
「好きだ」と言われたのも。  
ああ、きっと、初めて男の子と手を繋いだも口をきいたのも、私の初めては全部剣太だ。  
緩く流れた風に、葉が小さな音をたてる。  
――――うなじに、熱を感じた。  
反射的に顔を上げると、まともに視線が合った。  
また、世界に二人だけしかいないような錯覚に陥る。  
うなじに当てられた剣太の手が、ゆっくりと動く。  
……ああ。ポニーテールになんて結うんじゃなかった。  
素肌に直接、剣太の熱を感じてしまう。  
ビクリと体を強張らせてしまった私は、今どんな顔をしてるんだろう。  
どうしていいのかわからなくて、少し目が潤んだ。  
剣太の顔が近づく。  
恥ずかしいのか怖いのかわからないけど、無意識に体が後ろに下がろうとする。  
けれどうなじに当てられた大きな手はそれを許さなくて。  
私は勢いよく瞼を閉じた。  
 
 
 
「あんれ、まぁ〜」  
 
「え゛」  
剣太の手がビクッとして、私から離れた。  
「邪魔しちまったかぁ」  
私達から2メートル程離れたところに、見慣れた人物がいる。  
……斉藤のばぁちゃんだ。  
(って……えええぇぇぇええええっ!!)  
わけのわからない奇声を発しながら、私達は一瞬の間に距離を取る。  
(なんでばあちゃんが…!ああ、もうすぐ収穫祭だからか…。いや、そんなことはどうでもいいんだって!)  
まともに頭が働かない。  
よりによってこんなところを見られるなんて…!  
これだから小さな町は嫌なんだ…!!  
ああ…「世界に二人だけ」なんて思ってる場合じゃなかった…!  
一気に訪れた現実にどう対応して良いのかわからなくて、オロオロと手が動く。  
「若いモンはいいなぁ」  
呑気に笑いながら、斉藤のばあちゃんはドサリと背負っていた荷物を下ろした。  
(この小さな体で、よくこんな大きな荷物を担いで山に登れるよなぁ)  
あまりにも動揺しすぎて、どうでもいいことしか考えられない。  
チラリと剣太を見ると、がっくりと肩を落としていた。…なんでだろう。  
「鞘子ぉ」  
すぐ側まで来た斉藤のばあちゃんが、私に何か差し出した。  
「丁度いいところに持ってたからなぁ、これ持ってけ」  
私の目線よりやや下には、ばあちゃんが掲げるビニール袋がある。  
「…なに?」  
覗き込むと、中につまっていたのは里芋だった。  
土が付いたままなところを見ると、ここに来る途中で掘り出してきたのかもしれない。  
「里芋はなぁ、たくさん実をつけるからな。これ食ったら子宝に恵まれるんだぞ」  
「子宝ぁ?!」  
鳥が飛び立ってしまうくらいの素っ頓狂な私の悲鳴が、山に響いた。  
 
 
何年か振りに通る裏道は、登りの道よりも薄暗かった。  
背の高い木が多いせいとこちら側が北向きだからだろうけど、ひんやりとしたこの空気が私達の気まずい沈黙に  
加勢しているような気がする。  
――――私達は、山を降っている。  
バックの中にはもちろん斉藤のばあちゃんがくれた里芋が入っている。……ものすごく重い。  
ちなみに私達が裏道を使っているのは、斉藤のばあちゃんから「後から他の年寄り達も来る」と聞いたからだ。  
私達が住んでいるのは小さな田舎町だ。  
だから一人に知られた時点ですでに同じ地区中に知られたも同然なんだけど。  
剣太と二人一緒にいるところを見られるのはやっぱり恥ずかしい。  
だから私達は、遠回りとなるこの裏道を歩いている。  
私の半歩前を歩く剣太は、さっきから言葉を発しない。  
私も何を言って良いのかわからないから、私達は無言のままだ。  
……きっと、地区内のどの家でも、夕飯時の話題は私達の事だろう。  
こういう情報は、びっくりするほど早く回る。  
明日の朝には、「おはよう」の言葉と共に剣太とのことを冷やかされるのは確実だろう。  
プライバシーなんて単語、ここでは何の意味も持たないのだ。  
……そうだから、ここを出たかった。  
誰も私を知らない所に行ってみたかった。  
山を越えて通う遠い高校に入学したのもそう思ったからだ。  
でも…独りになりたいと思ったくせに剣太と同じ高校に通うのは当たり前だと思っていた。  
私にとって剣太は、其処に居て当たり前の存在だったから。  
そんな勝手な思い上がりは、校内で剣太を避けるという歪んだ形に進化してしまったけど。  
チラリと視線をやると、剣太は黙々と歩いていた。  
ワイシャツの背中にうっすらと滲む汗が、何となく大人の男の人みたいで、私は急にさっきのことを思い出した。  
「好きだ」と言われたこと。  
抱きしめられたこと。  
そして……。  
(うわああ〜〜〜)  
思い出しちゃ駄目だ。身悶えしたくなってしまう。  
 
「あっ…」  
ぐるぐると考え事をしていたせいで、注意力が消えていたらしい。  
木の根っこにつまずいてしまった。  
(こける!)  
そう覚悟して息を呑む。  
けれど、傾いた私の体は目の前に現れた腕に引っかかって止まった。  
「…よくこけんな」  
ちょっと笑いを含んだ剣太の声に、私は状況を把握する。  
登り道で私が転び懸けたときと同じパターン。  
だけど今回は、剣太の左手が私の右肩を支えていて…前よりも、随分と距離が近い。  
抱き留められたこの体勢がさっきのお社でのことを思い出させて、一気に頬が熱くなる。  
「…うるさいな」  
こんな風にしか返せない私は、やっぱり可愛くない。  
こういう時は「ありがとう」なのに。そう言って、にっこり笑えればいいのに。  
剣太は呆れただろうか。  
不安になって見上げると、そんなこと気にもしていないみたいに剣太は小さく笑った。  
その笑みに、なんだか剣太に私の考えていることを見透かされているような気がしてくる。  
急に恥ずかしくなってしまって、慌ててそっぽを向いた。  
やけにゆっくりとした動きで、剣太の手が私から離れる。  
触れられていた肩の温もりが冷えていくのが残念な気がして、私は自分があの続きを期待していたのだと知った。  
赤くなった頬を隠すために俯く。  
枯葉と土ばかりの私の視界に、剣太の手が入る。  
「…こけて泣く前に」  
登りの時と同じ言葉。  
あの時は、こんな展開が待っているだなんて思いもしなかった。  
「…泣かないわよ。……もう、子供じゃないもの」  
剣太に倣って、私も同じ言葉を返す。  
差し出されていた手が、私の右手をぎゅっと握った。  
思わず視線を上げると、知らない男の人みたいな目をした剣太が私を見ていた。  
 
「……そんなこと、知ってる」  
そうつぶやかれると同時に、右手が引き寄せられる。  
私の視界がまた白く染まる。  
 
「……俺ももう、子供じゃない」  
 
頭上で呟かれた声は、少し掠れていた。  
背中に回された腕の硬さに、心臓がこれ以上ないくらいの動きをする。  
圧力が緩んだので視線を上げると、すぐ近くに剣太の顔が来ていた。  
 
――――怖がる暇もなく、唇が触れあった。  
 
一瞬。だけど、はっきりと。  
触れた熱はすぐに離れ、吹き抜けた涼風に少しだけ温度を下げる。  
気恥ずかしそうに視線をそらした剣太を、私は呆けて見つめた。  
――――これは、現実なのだろうか。  
私の知っている剣太は、ちょっとぼんやりで、お人好しで、間抜けで。  
こんな風に、私にキスなんてできるヤツじゃないと思っていた。  
「…鞘子…?」  
戸惑った様な剣太の声に、私も戸惑いの表情を向ける。  
「…嫌だったんか?」  
情けない顔で尋ねられ、慌てて頭を横に振る。  
嫌なわけない。そんなことありえない。  
でも――――。  
「なんで泣くんだよ…」  
「だって……」  
私達は幼馴染みで、ずっと一緒にいて、よく知っていて。  
なのに――――私は、こんな剣太を知らない。  
私よりも高くなった背とか大きくなった手とか強くなった力とか、そういうのだけじゃなくて。  
転び懸けた私をさりげなく助けたりとか、可愛くない私の言葉に笑ったりだとか。  
見た目だけじゃなくって……心も、私の知らない間に剣太は子供じゃなくなっていた。  
そのことが、非道く悲しかった。  
 
「…鞘子…」  
ためらいがちに伸ばされた剣太の手が、私に触れようとして元に戻っていく。  
「剣太の馬鹿ぁ…!」  
涙が止められない。  
手の甲で拭っても、こぼれ落ち続ける。  
剣太は何も悪くないのに。私が勝手に一人でぐちゃぐちゃと考えてしまっているだけなのに。  
違うの。違うの。  
嫌だったわけじゃないの。嬉しかったの。なのに悲しいの。  
必死に頭を振りながら、言葉を探す。  
どうしてもっと上手に、好きになれないんだろう。  
好きになった相手が幼馴染みだからこんな風になってしまうのだろうか。  
再び伸ばされた剣太の手が、私の頭を軽く叩く。  
「なんでよぉ…」  
なんで、『気にするな』なのよ。悪いのは私なのに。上手く言えない私なのに。  
どうして……取り残された気分になるのだろう。  
ずっと一緒にいて、同じ速度で成長していると思っていたのに。  
 
「一人で勝手に先にっ…、大人にならないでよぉ……!」  
 
――――私を置いて、先に大人にならないで――――……。  
流れ落ちた私の涙が、枯葉に弾かれて地面に吸い込まれていった。  
 
 
10月の風は、私の嗚咽を攫ってはくれない。  
子供みたいに声を上げて泣き続ける私を、剣太はどう思っているのだろう。  
困らせたくなんかないし、こんなみっともないところを見せたくなんかないのに。  
でも止まらない。  
どうしよう。どうしたらいいんだろう。  
どうしようもなくって結局滲み続けている視界に、真っ白なタオルが差し出された。  
「……鼻水垂れてんぞ」  
「っ!!」  
剣太が「うぉっ!」と声を上げてしまうくらいの早さで、タオルを引ったくり顔を覆う。  
(信じられない…!)  
泣いてる女の子に向かって言う言葉が『鼻水垂れてる』?!  
何を考えてるんだ、この幼馴染みは……!  
タオルの隙間から剣太を睨む。  
理不尽に睨まれた剣太は、苦笑しながらしかめっ面をするという器用な表情をしていた。  
「……泣かれると困る」  
ぼそり、と剣太がつぶやく。  
「……うん」  
私の声は自分でも予想外に小さくて、剣太に伝わっただろうか。  
チラリと剣太を見上げると、剣太は笑っていた。  
――――ああ。  
なんで、どうして、こんな些細な事で心臓が馬鹿みたいに早く動くのだろう。  
剣太の笑顔を見ただけで、どうしてピタリと涙が止まるのだろう。  
馬鹿みたいだけど、本当に馬鹿みたいだけど、私が怒ったり、泣いたり、ドキドキしたり嬉しくなったりするのは全部、剣太が原因で。  
それはもうずっと昔からそうで。  
つまりは――――私は結局、剣太には勝てないんだ。  
熱くなった頬を隠すように、私は再びタオルに顔を埋める。  
「……剣太の馬鹿」  
私だけがそうやって剣太に振り回されているのが悔しくて、意味もない憎まれ口を叩く。  
でも剣太は、そんな私を笑顔で見つめるだけだ。  
「鞘子」  
名を呼ばれた。  
それだけで私はまた馬鹿みたいに恥ずかしくなって、それを誤魔化すために口をつぐんだまま剣太を睨む。  
私と向かい合う剣太は、再びしかめっ面をしていた。  
「……俺、子供じゃねぇけど大人でもねぇぞ」  
え?、と意味の分からない剣太の言葉に視線を上げる。  
一定の距離を保ったままで、剣太は真っ直ぐに私を見つめている。  
その目がいやに真剣で、私は剣太が緊張しているのだとわかった。  
珍しく言葉を探るように、剣太がゆっくりと口を開く。  
「……今だって、鞘子が泣いても何言ったらいいかわかんねぇし……」  
「剣太」  
「でもな」  
私の言葉を遮った剣太が、一歩私に近づく。  
 
「俺は男だから。だから、鞘子を守れるように早く大人になりたいって思ってる」  
 
まさに衝撃だった。  
私の心を強く打ち抜いた剣太の言葉に、くらりと視界が回ったような気さえしてしまう。  
 
「……どうしよう……」  
「鞘子?」  
「どうしたらいいのかわかんない……私、何て言えばいいの……?どうすればいいの?」  
嬉しいのか恥ずかしいのか悲しいのか。  
自分の感情がわからない。手に負えない。  
私の言葉に一瞬だけびっくりした剣太が、もう一歩私に近づいた。  
「……笑ってくれよ。そんだけでいい」  
「剣太……」  
「……鞘子が嫌だってんならもう触らねぇから、だからさ、……いつもみたいに笑って怒れよ」  
今度は剣太は動かない。一歩も踏み出さない。  
距離を取った剣太はいつになく真面目な顔をしていて。  
こんな風に頭がグチャグチャになっているときにすら、その顔にドキドキしてしまう私は。  
「…………嫌、じゃない」  
ようやく出した言葉はやっぱりそっけなくてかわいげのない物だった。  
でも。  
「私も、早く大人になりたい」  
だって、いつまでもこんな風に泣いたりドキドキしたりしていたら私の身が持たない。  
それに。  
「……私より先に大人にならないで」  
剣太にくせに、ってまた可愛くない言葉を付け足してしまうこの性格を自分でも嫌だと思うけど、でも剣太はすごく楽しそうに笑い声を上げた。  
「鞘子らしいな」  
「……なにがよ」  
「変なところで負けず嫌いなとこが」  
楽しそうというより嬉しそうに笑い続けたまま剣太が言う。  
その態度が、やっぱり私よりも大人な気がして……嬉しくてくすぐったいのだけど癪に障る。  
にこにこする剣太を動揺させてやりたくて、私は一気に剣太との距離を詰めた。  
 
ちゅ  
 
驚いて身動きをしなかった剣太にかけた奇襲は成功した。  
ちゃんと、唇に。  
「……ざまぁみろ」  
そう言って剣太を見上げる。  
「……降参」  
白旗を揚げた剣太が、ずるずるとその場にへたりこんだ。  
 

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