うつむた剣太の耳が赤く染まっている。  
私に動揺してくれていることに何だか物凄い優越感を感じてしまって、口元が緩む。  
木の根元に座り込んだ剣太を見下ろしたまま、何か言いたくて、でも何を言ったらいいのかわからない。  
「……私ばっかりじゃずるいから」  
結局私の口から出てきたのは、奇襲に対する言い訳だった。  
だってなんか、今更だけど……かなり、恥ずかしいことをした気がする。  
「は?」  
訝しげに見上げてくる剣太が私の言葉を理解していないことがわかり、ちょっとムッとしてしまう。  
「だからっ!私ばっかり剣太にドキドキするのが悔しいの!だからっ……!」  
私の言葉が途切れたのは、剣太のせいだ。  
剣太が、私の手首を掴んだから。  
掴んだ挙げ句に引っ張って、私をまた白いワイシャツにくっつけたから。  
「鞘子、俺にドキドキしてんの?」  
「なっ……何でっ……!そんなのしてない!」  
予想外の剣太の言葉に、反射的に否定の言葉が出る。  
してない、なんて真っ赤な嘘だ。説得力の欠片もない。  
だってこんなに頬が熱い。  
「今自分で言ったじゃん」  
小さく笑いながら、剣太が腕の力を強めた。  
あぁ……もう本当に勘弁して欲しい。  
これ以上抱きしめられたら、羞恥心を飛び越して心地いいと思ってしまう。  
そんなのはなんだか負けたみたいな気分になるから……本当に勘弁して欲しい。  
「だから違うって……!」  
黙ってたら剣太の言葉を肯定しているみたいで、それが嫌で向きになって私は否定の言葉を重ねる。  
そんな私に「うん」と頷いた剣太はなぜだか腕に更に力を込めた。  
「ちょっと……苦しいって」  
「俺、嬉しい。鞘子が俺にドキドキするの」  
剣太は卑怯だ。  
こんなこと言われたら、私はもう何も言えなくなってしまう。  
強がりの言葉さえ奪われてしまったら、私はもうどうすればいいんだろう。  
剣太の腕の力は緩められたけど、やっぱり私は顔を上げることすらできなくて……次の行動が起こせない。  
「鞘子」  
ゆっくりと、でも逆らえない力で剣太が私の肩を掴み上半身を起こす。  
私達の間にできた距離は、それでも数時間前までには考えられなかったくらいに近くて。  
なのに、私はもう、視線を逸らすことが出来なくなっている。  
熱くなった頬も、過呼吸寸前の心臓も、悲しさも優越感も……自分で手に負えなかった全ての感情が、剣太の視線に捕らわれてしまっている。  
距離が出来たことで視界に入るはずの、土の茶色も枯葉の黄色も空の青色も……全部の色が頭から消えてしまう。  
先に瞼を伏せたのは私だったのか、剣太だったのか。  
重ねられた唇の柔らかさに、そんな疑問は全て呑み込まれてしまった。  
(男の子の唇も柔らかいんだ……)  
そんな当たり前のことを初めて知った気になる。  
角度を変え、触れ合う面積を変え続けられるこの行為に私がグチャグチャの思考を手放した頃。  
頭のてっぺんに、剣太の手が添えられた。  
グイッと頭を前に押され驚いた私の唇が、何か柔らかく熱い物に触れられた。  
続いて強引にソレが進入してくる。  
「ん…………っ!」  
くぐもった私の声は無視されてしまった。  
舌が絡められ、唇が舐められ、歯列がなぞられ――――――――息継ぎすらままならないそれらの行為が何度も繰り返され、私の息があがっていく。  
なぜだか、非道くもどかしい気分になる。  
舌をなぞり舐め、互いの唾液が混じって、吐き出す息さえも呑み込まれるこの距離がもどかしい。  
(もっと)  
白くなった思考でそれだけを思う。  
(もっと)  
こういう思いを、本能と言うのだろうか。  
(もっと)  
近付きたい。  
欲しい。  
全部が。  
幼馴染みの全部が、欲しい。  
 
 
時間の感覚なんてとうになくなっていた。  
ようやく離れた唇を、今度はひやりとした風がなぞる。  
「……は、ぁっ……はぁ……」  
酸欠、だ。  
呼吸が上手くできない。  
それでも。  
「鞘子……鞘子……」  
私の名を呼びながら再び何度も私に口づける剣太を拒否できない。  
(全部、剣太のせいだ……全部……)  
剣太以外の景色が見えない、なんて思ってしまうのも。  
何も考えられないのも。  
もっと、剣太に近付きたいと思ってしまうのも。  
剣太が欲しいと思うのも。  
全部剣太のせいだ。  
だから――――――――剣太の掌が私の胸に触れても、私は拒否できないんだ。  
「……鞘子」  
耳元で囁かれた自分の名前をどこか遠くで聞きながら、私は無言で剣太に視線を向けた。  
「……いい、か?」  
何が、って聞き返したかった。  
剣太の言葉の意味をはっきりと受け取っているのにそれを言葉にして欲しいと思った。  
だけど。  
酸欠と眩暈がそれを許さなくて……私は小さく頷くことしかできなくて。  
「……鞘子」  
幼馴染みが私の名を呼ぶ声が世界で一番好きな音なのだと、私はその時初めて知った。  
 
 

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