◆  
 
あー、つっかれたなぁ。早く帰ってビール飲みてぇわ、ビール。  
ったく、何でもっとこまめに請求書回さないんだよ企画課は。  
締め日にまとめて持ってくんのが当たり前みたいなツラしやがって。  
やっぱいっぺん課長に相談すっかなぁ。でもあの人日和見だし……。  
 
「なぁ、何怒ってんだよ」  
 
え? 俺? もしかして声出てた?  
 
「別に、怒ってないけど?」  
 
じゃなかった。正面に座ってる学生カップルか、紛らわしい。  
あの制服からして、多分東高だな。  
 
「いや、怒ってるだろ」  
「……怒ってないっつってんでしょ」  
 
いやいや、怒ってるでしょうよ。つかうるさい。電車の中でケンカ始めんなよ。  
そういうのは周りに人がいないところでやってくれ。  
って周りに俺しかいないのか。大丈夫かこの鉄道。  
 
「……やっぱり、聞いてたのか?」  
「何を?」  
「だから、その、山田と話してたこととか」  
「……ああ、『アイツはただの幼馴染みで家族みたいなもん』てやつ? うん聞いてたけど、それが?」  
「う。や、だから怒ってんのかなって」  
「は? 何で? 事実を言われて何で私が怒るの? その通りじゃん」  
「いや……」  
 
うわ〜、こじれてんなぁ。こりゃやっちまったな少年。  
だが気付け、彼女はどうやらお前に惚れてる。  
ここで言い方を間違えなけりゃ、距離はぐっと縮まるぞ。  
 
「あれは、つい勢いっていうか……つまり」  
「……」  
「つまり……山田はお前のこと好きなんだよ」  
 
はいアウトー! 地雷どっかーん!  
バッカ少年。今山田いらんだろー。絶対山田いらんだろー。  
 
「……あ、そ。教えてくれてどうもありがとう」  
「あ、あぁ」  
「でも私、山田君のことはそんな風に考えたことないから」  
 
哀れ山田。まだ告白もしていないのにフラれるとは。  
てか少年、彼女に聞け。俺のことはどんな風に考えてんのって聞け。  
 
「でも、山田だってあれで結構いい奴だぞ」  
 
いら〜ん! 山田へのフォローはいら〜ん! 捨て置けそんな外野は!  
はぁ、ホントに何故自ら泥沼に突っ込むんだ。彼女の気持ちがわからんのか。  
 
「それって、山田君と付き合えってこと?」  
「い、いや、違」  
「山田君と付き合って欲しいの?」  
「そんなわけっ――」  
「……」  
「…………いや、そんなん、俺が決めることじゃない、だろ」  
 
ぬああああぁぁぁぁぁ!  
決めることだろ! マルッとサクッと決めろよ!  
バカ少年バカ! お前待ちなんだよ、その子は!  
何でわかんねーんだよ!  
 
「……そだね。ごめんね」  
「あ、いや……」  
「アンタは鈴木先輩のことがあるし、他のこと考える余裕なんてないよね」  
「えっ! な、何でお前がマホさんのこと!」  
 
ここに来て新キャラ登場。しかも下の名前で呼んでるし。  
 
「下の名前で呼んでるんだ? 思ってたよりずっと親しいみたいじゃん」  
「ち、違う。うちにもう一人鈴木さんがいて、ややこしいから名前にしろって、マホさんが」  
「でも、告白はされちゃう仲なわけでしょ?」  
「う……」  
 
おいおい、モテモテだな少年。てか、これもうどうなんだ。  
何かコイツ、そのマホさんとやらの告白も、煮え切らない感じで保留してんじゃないか。  
 
「ちゃんと返事したの?」  
「そ、それは……」  
「やっぱ、してないんだ」  
 
してないんだろうな。  
 
「………………いや、した」  
「え?」  
 
え?  
それは何とも意外な。  
 
「ちょっと、意外」  
 
さっきから女子高生と俺のシンクロ率が凄まじい。  
いや、そんなことより、  
 
「その、返事って……」  
「あー、まぁ、断った」  
「な、何で?」  
「何でって……いいだろ別に」  
「だって、綺麗な人だし性格もいいって評判なのに」  
「何だよ。マホさんと付き合って欲しかったのかよ」  
「そんなわけっ――」  
 
おお、立場逆転。やるな少年。狙ってやってないんだろうけど。  
だけどチャンスだ。彼女は動揺してるが内心喜んでるぞ、多分。  
 
「た、ただ、何でそんなもったいないことしたのかな、って」  
「ああ、まぁ、うん。……俺、他に気になる奴、いるし」  
「っ! ……へぇ、そ、そう」  
 
やっほほほぉい! 良く言った少年、もう一押し!  
気になる人の名前を告げろ。それで君らはめでたくゴールインだ。  
 
「き、気になる人、いるんだ?」  
「……いる」  
「…………」  
「…………」  
 
…………。  
 
「お」  
 
『高橋町〜。高橋町でございま〜す。斉藤線に乗り換えの方は〜』  
 
「お、お……降りないのか?」  
「え? あ……そ、だね。うん、じゃあ」  
 
えぇ、マジかっ!? ここで終了?  
いやいや待てって。そりゃねーだろ。  
あぁ、彼女立ち上がっちゃったし……あーあ、外出ちゃったよ。  
 
「また、明日」  
「うん、またね」  
 
彼女、行っちゃうぞ。どうすんだ?  
この電車、私鉄との乗り換え待ちだから後数十秒はドア閉まんないぞ。  
あーあ、ため息なんか吐いて、バカだな。まだ彼女の背中が見えてるだろ。  
――――ああ、ったく。  
 
「追わないのか?」  
「え!? ……えと、ぼ、僕ですか?」  
「今追わないと、後数年はこのままだぞ」  
「あ、あの」  
「それに多分、あの子今泣いてるぞ」  
「え……」  
 
そんな気がするだけなんだが。つか何しゃべってんだ俺は。  
これは相当クサい。そして恥ずかしい。  
だからほら、さっさと行ってくれ。  
 
「……すみません、ありがとうございますっ」  
 
おお、行った。  
礼儀正しくお辞儀したかと思えば振り向き様に走り出す、若いなぁ。  
うん、まぁ頑張れよお二人さん。素直になればきっと上手くいくから。  
走れ走れ、どこまでも。  
 
 
 
って、俺が降りるのもここだった!  
あー……、ドア閉まっちゃったよ。  
 
* * *  
 
「ただいまー」  
「お帰りー。あれ、何それ?」  
「ん、ケーキ。駅降りたとこで買った」  
「わぁ、ありがとう! えーでも何で? 何かいいことあったの?」  
「まぁ、若者への祝福兼、昔のことのお詫びって感じ」  
「祝福? お詫び?」  
 
そう、詫びだ。  
たまたま電車に乗り合わせた他人の俺ですらすぐわかるような気持ちを、  
気持ちを向けられている当人だけがわかっていないなんて。  
まるで、十数年前の俺を見てるようだったなぁ。  
当時ずっとあんな態度だったのかと思うと、そりゃ申し訳なくもなる。  
 
「俺らって、付き合い出したの大学入ってからだよな?」  
「うん。2年の時、酔った勢いで告白された」  
 
……オッケー少年。君らは俺らよりは早く決着つきそうだ。  
ていうか俺のがよっぽど酷かった。よく偉そうに言えたな俺。  
 
「何? 急に昔のこと」  
「あー、いや、もしかしたら昔の俺って結構やらかしてたかな、と」  
「…………ふぅん?」  
 
わお、極上スマイル。これは間違いなく魚雷ちゅどーん。  
メーデーメーデー。  
 
「何か身につまされることがあったわけだ。いいよ、じっくり聞いたげる」  
「いや……」  
「その代わり、私もたっぷり教えてあげる。怨嗟怨恨の昔話を」  
「ひ、ひぃぃぃぃぃ」  
 
こりゃダメだ。今夜のビールはお預けだ。  
 
 
〜完〜  
 

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