「聖夜に生まれて」  
クリスマスイブを三日後に控えたある日のこと。  
黒須三太は幼馴染の仙堂仁子と共に学校からの帰り道を歩いていた。  
商店街はクリスマス商戦を乗り切るべく、どの店もツリーやリースなどで飾り付けてクリスマスソングを流している。  
冬の寒気の中でみんなが浮足立ったような熱気を放ち、その中で赤と緑の鮮やかな色彩とクリスマスソングがそこら中に氾濫する。三太はクリスマス特有のこの空気が大好きだった。  
独特の雰囲気を楽しみながら、歩いていると不意に隣を歩く幼馴染から声をかけられた。  
「ねえサンタ……クリパ、どうすんの?」  
「どうすんのって?」  
クリパ、というのは三太たちの学校で有志で行われるクリスマスパーティーの事だ。学校公認で行われていて、建前上は生徒たちが主催しているが、その実教師たちもかなり注力しているらしくプチ学園祭といった規模になっているらしい。  
不思議そうに首をかしげる三太に仁子は少しぶすっとして声を出した。  
「……出るのかって聞いてるのよ」  
「いや、出ないけど……ていうかニコ出たいのか?今まで出た事ないじゃん。なんでいきなり?」  
「いーじゃん、前からちょっと出てみたかったんだ」  
そう言って唇を尖らせ、仁子は少し不満そうな顔を作った。その反応に三太はふむ、と首を傾げる。  
去年も一昨年も二人は揃ってクリパには出なかった。友人は皆一度は出ているらしいのだが、彼らにはその日必ず他に大事な用があったのだ。それが今年に限って出たいとは……。  
「俺らの誕生パーティーの方はどうすんだ?」  
「うーん……」  
三太の指摘に仁子が黙り込む。  
三太と仁子は家が隣同士だ。おまけに両親も親友同士で家族ぐるみの付き合いがある。そこまでならただの幼馴染だが、彼らは更に生まれた日まで同じだった。しかもそれがよりによって12月24日、クリスマスイブなのだ。  
「まあそれは大丈夫よ」  
なぜだか自信たっぷりに仁子が保証してくる。  
「根拠はなんだよ」  
「おばさんに聞いてみればわかるわ」  
 
 
「あ、ゴメン。今年はやらないわよ」  
「へ?」  
帰宅して早々に、母親は予想外の台詞を口にした。  
「言ってなかった?商店街の福引きで旅行当たったから仙堂さんとこと4人で行ってくるって」  
「いや……聞いてないけど……」  
「あらそう?まープレゼント代わりに豪華なお土産たくさん買ってくるから許してね」  
「うーん……」  
三太としても別にこの歳でどうしてもお誕生会を開いてほしい訳でもない。ただクリパに出ない理由がなくなってしまった事も確かだった。  
逃げ道が封鎖された事を実感してふと隣を見ると仁子が得意気ににんまり笑っていた。その顔に少しイラッとしたが、既に三太は心中でクリパに出る事を承諾していた。  
(……ま、いいか。ニコも行きたそうだったし)  
元々は三太も多少の興味はあったのだ。1年くらい身内のパーティーは無しにして仁子についていくのも悪くないかな、と三太はこの時軽く考えていた。  
 
「んで、なんで今年は急にクリパ行きたいなんて言い出したの?」  
「だから言ったじゃん。前々から行ってみたかったのよ」  
自室に戻ると仁子は当然のように部屋まで上り込んできた。三太が再び真意を問うても、しかし返ってくるのは先ほどと同じような答え。  
三太はハァとため息をついて椅子に腰かけた。すでにベッドには仁子がどっかりと腰を下ろしている。  
図々しいことこの上ない。おまけにスカートの中身が見えそうで目のやり場に困った。確かに遠慮のない仲だがそれぐらいの配慮はしてほしかった。  
意識を他の事に向けるべく、三太は話の続きをする。  
「クリパなら『アレ』に期待してる、とか?」  
三太が言ったのは彼らの学校のクリパの名物、というとあるジンクスの事だった。正確にはそのジンクスのせいで起こることが名物というべきか。  
「『クリパの最後のダンスで踊った男女は告白すると絶対成功する』って奴?」  
「そ。男子でも狙ってるの結構いるみたいだぜ。今年のクリパにかけるぜ〜!とか言ってる奴いたし」  
このジンクスの為にクリパでは意中の人をダンスに誘おうと学校中がそわそわし始める。それこそがこの時期しか見られない名物だった。  
実際にジンクスのおかげでダンスに誘う事自体が告白と同義になっているから、ダンスを申し込んで受けてもらった時点で半ばカップル成立していると見てもいいのだ。絶対成功のジンクスはある意味参加者たちが自分で継続していってるのかもしれない。  
「ふぅん……ね、サンタは私がそういうの期待してるように見える?」  
「は……?」  
「だからさ、私が……その、だれかに告白して、成功するのを期待してるように見えるかなって…………そういう事」  
「それは……」  
答えようとして三太は言葉に詰まった。こちらを見つめる仁子の目には熱い感情のようなものが見てとれる。最近、仁子はよくそんな目で三太を見つめてくる。その視線に晒されているとなぜだか落ち着かなくなり、つい目を逸らしてしまうのだ。  
今も無意識に視線を外し、湧き上がってきた照れくささを隠しながら三太は茶化すように答えた。  
「見えないなぁ。大体ニコが告白するだのしないだのの恋愛話なんてさ」  
「む、何よ。私だってこれでも女の子なのに」  
「だってそんな風に男の部屋上がりこんで足開いてベッドに座り込んでるんだもん。女の子らしいとは言えないなぁ」  
「…………そっか、そうだね……」  
いつも通りのやり取りに発展させようと放った会話のボールは仁子から返ってこなかった。それどころかなぜか黙り込んでしまって何やら一人でうんうん納得している。  
「え、あの……ニコ?」  
「なんでもない……ゴメン、私帰るね」  
顔色を窺うように覗き込む三太に対し、仁子は大きく開いていた足を慌てて閉じて立ち上がった。そのまま神妙な顔で三太の部屋から出ていく。  
「とにかく……クリパ絶対行くのよ。忘れないでね」  
「あ、ああ……」  
そんな捨て台詞を残して幼馴染は去っていった。三太は訳もわからずその場にたたずんでいるしかなかった。  
 
そしてクリスマスイブ当日。両親たちが宣言通り旅行に行ってしまったので特にする事もなく、三太は約束通りパーティー会場まで来ていた。  
学校の体育館を借り切った会場にはテーブルクロスの乗った机がいくつも並べられ、その上に様々な料理が置かれている、という立食スタイルだった。聞けば料理研などの協力により結構本格的に作っているらしい。  
三太の友人も当然のように会場まで来ており、会う人毎に今年は参加するのか、とからかい半分に尋ねられたりもした。  
そうやって適度に料理をつまんだり、友人と話しながらそれなりに楽しくすごしていると、ふと後ろから声を架けられた。  
「仁子、黒須君、やっほー、めりくりー」  
明るく元気な声に後ろを振り返ると一人の女性が立っている。勝気そうな顔をした少女で、ニコッと笑うのが様になっていた。彼女の名前は中井赤花といって、仁子の友人だ。三太とも同じクラスでそれなりには話す仲という程度の知り合いでもある。  
ちなみに初対面の時に「せきか」という名前が読めずに怒られたことがある、という少し申し訳ない思い出がある。  
「赤花、めりくりー」  
仁子が片手を上げて、挨拶を返す。三太も一応ぺこりと頭を下げて挨拶のようなものを返した。  
「初参加だけど楽しんでる?あ、そうそうこの後さ、軽音部の出し物あんだけど……」  
中井が手にした小冊子のようなものを開いて見せてきた。どうやら出し物の予定が載ってるらしい。  
女子二人はきゃいきゃいと予定表を見ながら、騒いでいる。あの様子からするとここから中井も合流してくるようだ。特に目的があって来ている訳ではない三太は黙って二人についていくことにした。  
 
 
軽音部、演劇部、ブラスバンド部、日舞研、教師陣の隠し芸と有志の手による出し物を楽しんでいると、時刻はすっかり遅くなっていた。後はもう最後のダンスパーティーを残すのみとなったところで、三太は仁子の姿が見えない事に気付いた。  
「あれ、ニコ……?」  
周囲を見渡しても見つからない。人はそれなりにいるが所詮は体育館の中だから見つからない、という事もないはずなのに。  
「外かな?」  
そう思って体育館の外に出てみるが、やはりいない。冷気が顔に刺さり、思わず三太は顔をしかめた。寒さに震え中に戻ろうとするとポケットの中で携帯が振動する。  
メールが一通。仁子からだった。  
短い文面で『先に帰るね』。そっけなくそれだけ書かれている。  
「なんだよ、アイツ……人の事誘っておいて先帰るとか……」  
三太が小さく毒づくように独り言を言った時、体育館の中からクラシック音楽が聞こえてきた。ダンスパーティーが始まったのだ。  
「俺も帰るか……」  
ダンスを踊る相手もいないし、パーティーに誘った本人が帰ってしまったのだ。これ以上いる理由もないだろう。それなりに楽しかったな、という感想と共に三太は帰り支度を始めた。  
「黒須君!」  
するとそこに引き留めるような声がかかる。見ればさっきまで一緒に出し物を見ていた中井が体育館の入口に立っていた。  
「あー、中井、悪い。ニコの奴帰っちゃったみたいで……」  
「あ、ううん、違うの。私……黒須君に、用があって……」  
「俺に……?」  
心当たりが思いつかず、三太は首を傾げる。中井はゆっくりと三太のそばまで歩いてくると頬を赤く上気させながら、つっかえたように話し始めた。  
 
「ダンス……クリパの最後のダンス……始まってるよね……?」  
「あ、うん、そうみたいだな」  
「黒須君、あの、そのね……良かったら私と……私と踊ってくれない、かな……?」  
「え……?」  
耳はしっかり言葉を聞いていたのに、頭で意味を理解するのにしばらく時間がかかった。  
中井は今、自分と踊ってほしいと言っていた。このクリスマスパーティーで異性をダンスに誘うという事はどういう意味か、参加したことがない三太でも知っている。  
(えっと……ダンスに誘われたってことは……そういう事だよな。え、でもなんで俺?なんで今?そりゃ中井は同じクラスだし知らない訳じゃないけど、でもだって今日俺がここに来たのはニコに無理やり連れてこられただけだし……)  
混乱する三太の反応を見て、中井が頬を染めながら続ける。  
「去年違うクラスだったけど、時々見かけて結構いいなって思っててさ。今年いっしょのクラスになって話したら……なんか、すっごくいいじゃん黒須君ってなっちゃってさ」  
照れ隠しの為か、少しおどけたように口にする中井を見ていると、三太にもだんだんと実感が湧いてきた。すると途端に心臓の鼓動が早くなってくる。女の子に告白された経験などない三太には嬉しさと戸惑いが心中で主導権を争って何も考えられなくなっていた。  
「私じゃ……ダメかな?」  
そう言って下から覗き込むようにして上目遣いで三太と目を合わせてくる。その仕草に三太は思わず胸の奥がときめくのを感じた。  
現金なもので目の前の女の子が自分を好きだという事実一つで、普段大して意識していなかったクラスメイトの顔がとても魅力的に見える。  
こんな可愛い子が近くにいたのに気付かなかった。しかも彼女は自分を好きと言ってくれている。浮かれた三太の頭の中はそんな思いでいっぱいだった。  
しかし何も考えずその告白を受け入れようとした時、微かに残った思考の一部がそれを押しとどめた。何かが違う。それを受けるのは間違っている。正体不明の違和感がそんな風に警鐘を鳴らしているようだ。  
(ニコ…………!)  
その時脳裏に浮かんだのは、毎年この日はいつも一緒にいる幼馴染の事だった。生まれてから今まで必ずクリスマスイブには隣にいた少女が今はいない。その事が強烈な違和感となっていたのだ。  
(ニコ……帰ったって言ってたよな……)  
今年は二人とも両親がいない。ならば今、家には誰もいないはずだ。そんなところで仁子は一人で過ごしているのだろうか。  
物音ひとつしない静かな家の中で、暗い部屋の中一人佇んでいる仁子の姿を想像すると、胸がかきむしられるようだった。同時に、もし自分が逆の立場だったら、と考えると、何が何でも仁子の隣にいてやりたくなった。  
気付いてしまえば、あとは止まらない。  
「黒須君……?」  
不審そうに三太の顔を覗き込んでくる目の前の少女に対し、三太は真っ直ぐ向き合うように居住まいを正した。彼女の好意はとても嬉しい、だけど自分はそれを受け取れない。それをはっきり伝えるために。  
 
「ゴメン……俺、クリスマスにはどうしても隣にいて欲しい娘がいるんだ……」  
その答えに中井はわかっていたという風な目をして頷いた。  
「そっか……ん、やっぱそうだよね」  
「中井……その、ゴメン」  
「ううん、謝らないで……謝らなきゃいけないのは……私の方だから……」  
「……なんで?」  
「私が……仁子に頼んだの……。黒須君を今日のクリパに連れてきてって。あのジンクス試すつもりだからって言って……」  
「……!」  
少なくない衝撃が三太を打ちのめす。三日前から仁子がしきりに三太をクリパに連れ出そうとしていたのはこのためだったのだ。  
「じゃあ……ニコは……」  
息を詰まらせながら、三太はその意味を問うた。中井が三太に告白するつもりである事を承知で仁子が三太をここに連れてきた、という事は仁子は三太が告白されても構わない、と思っているという事だろうか。  
だが中井は首を振ってそれを否定する。  
「ホントは仁子、すっごい嫌だったんだと思うよ。そういう顔してた。でも私が黒須君の事好きなのかって聞いて、あの娘答えられなくて……違うならいいよねって強引にお願いしたの……」  
中井はそこで自分も辛そうに目を伏せる。悔恨の気持ちの籠った声でその先を続ける。  
「私、最低だよね……二人の気持ち知ってたのに……このパーティーのジンクスに頼ればもしかしたらって思って……」  
やっぱダメだね踊る前じゃ効かないみたい、とまた少しだけおどけるように言って見せる。  
「中井……その……」  
「だから謝らないでって……謝るくらいなら、早く仁子のとこ……行きなよ」  
そう促す声は震えていて、時折小さく鼻をすするような声がする。泣いているのか、と思ったがここでそれを聞くほど野暮ではないし、早く行けというのが仁子の為というより今の自分を見られたくないからということがわからない三太でもなかった。  
謝るな、とは言われたがそれでももう一度小さくゴメンと呟くと、三太は踵を返して学園の出口に向けて駆け出していった。  
 
自宅に着く頃には9時を回っていた。両親が不在の今、家には誰もいないので電気の一つも点いていない。それは隣の仙堂家も同じだった。  
いや、仙堂家には誰もいない訳じゃない。電気が点いていないとおかしいはずだ。三太が自分の部屋の向かいにある部屋に目をやると、ぼんやりとした光が部屋の隙間から漏れていた。  
三太は家の中に入り、二階にある仁子の部屋まで駆け上がると、勢いよくドアを開け放った。  
薄暗い中、膝を抱えてベッドに座っていた部屋の主は、その音にビクリと反応し顔を上げる。  
「ニコ……!」  
「え!? さ、サンタ!? な、何!? なんでここにいるの!? 赤花……じゃなくてパーティーは!?」  
三太は質問には答えず部屋の中に踏み入ると、ベッドまで大股で歩み寄った。  
「抜けてきた」  
「抜けてって……何で……あ、あの、赤花になんか言われなかった?」  
「断ったよ、中井の事は」  
「え、な、なんで……?」  
「あのな……」  
言わなきゃわからない。そう感じた三太は仁子の正面に立ち、深く息を吸った。  
そのまま仁子の両肩を引っ掴むと  
「クリスマスイブに……俺の隣にお前がいないとかありえねーだろ……!」  
「……っ」  
その一言で全て察したようだった。  
薄暗い部屋の中でもわかるほど頬を染める仁子。動揺のあまり目を合わせられず首をキョロキョロと動かしている。三太はそれをじっと見守っていたが、やがて仁子は観念したようにおどおどと三太の顔を覗き込んできた。  
「で、でも……私……それに赤花が……三太の事……」  
「俺はお前がいいんだ、ニコ。中井じゃなくお前が」  
「あ、あぅ……」  
逃げ道を塞がれ、仁子は真っ赤になって黙り込んでしまう。  
「俺たち生まれた時からずっと一緒だった。誕生日は毎年必ず一緒にいた。そんで俺はこれからもずっと一緒にいて欲しい。…………ダメか?」  
自分の気持ちは全て伝えた。駆け引きも糞もなく手札を全オープンした状態だ。それでもなお、三太は必ず仁子が首を縦に振ると信じていた。  
何故か?生まれた時からずっと一緒だった幼馴染だからだ。それぐらいには気持ちが通じ合っていると信じている。  
「ダメじゃ……ない。私も……サンタが好き。ううん、サンタが他の人のものになっちゃうのは……嫌」  
「ん……そうだな。俺は誰のものにもならないよ」  
「ホント……?」  
「ん」  
言葉よりも行動とばかりに、肩に手をかけたまま三太は顔を近づけ、そのまま唇を奪った。  
驚いて目を開いていた仁子が、やがてゆっくりと目を閉じていく。  
「ん……ふぅ」  
顔を離すと、仁子はぽーっとした表情で気が抜けたように三太の顔を見つめてくる。  
そのたった今恋人になった少女に向かって、三太は笑いながら祝福の言葉を投げかけた。  
「メリークリスマス、ニコ。それと……ハッピーバースデー」  
 
了  
 

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