「探せ!」  
 部屋にたどり着くまでは冷静であった李鷹だが、空の寝室を見た途端、押し潰した怒りが爆ぜるように言葉になった。  
 立ち竦む鷹の傍らを部下がすり抜け、廊下に散り、部屋に散り、女を捜しはじめたが、結果は見えていた。  
 鷹の鼻腔に感じられるのは女の残り香であって、存在の匂いではない。  
 窓の手摺から身を乗り出した兵士の一人が、振り返り鷹に告げた。  
「北方に向かう砂埃が一迅。ひ……祀湊は馬で逃げたものかと思われます」  
 ――新王・李曜の子、李鷹。  
 この度一国を滅ぼし、天をすげ替えた父の子の顔は、壮絶な憤怒と悔しさで満ち満ちていた。  
 後世、弖王として敬われ、畏れられる彼の初の失敗は、生涯に渡る彼の悩みの始まりでもあった。  
 執着という尽きぬ悩み。  
「馬を。私が追う」  
「しかし」  
「どうせ逃げ切れぬ。あの女が苦しむ顔を直接見たい」  
 国民のためにと、言い聞かせるように呟いた。  
 
 
 九死に一生、遠く、立ち消えた砂埃の主は、肺を詰まらせながら彼方の城を振り返り、頬をびりりと打たれたような心地ですぐに前を向き直した。  
 溢れでる涙は道中の風で乾いた。亡き父と母の残像も。遥か宮殿の姿も。  
「姫様、大丈夫です。染がついております」  
 隣を走る馬の上から、女中が、湊に呼びかけた。  
 生まれた時から傍にいた、気の強いはずの女中の声が震えていることに湊は気付いた。  
「染、間違っている。私はもはや姫ではない。湊と呼び捨てにしてくれ」  
「……湊様」  
「湊でいい。人が聞いたら怪しむ」  
 すまないが、と付け足す。  
 赤茶けた視界の中で色枯れた雑草が揺れた。  
 既に涙は枯れ果て、その代わりに漠とした絶望が湊の胸を支配していた。  
 初めて都市部以外の祀を見て、愕然とする。日々同じ色の景色が続き気が狂いそうになる。  
「なぁ、染。この国は皆、貧しいのだな」  
 疲労の色が濃い馬を撫でつつ、湊は月を見上げた。  
 自嘲するように言った湊の言葉を意外に思ったのか、染がじっと湊を見やった。湊は目を細める。  
「誰もかれも、私を殺したいだろうな」  
「そんな」  
「私だって私を殺してやりたい」  
「どうか、そんなことはおっしゃらないでください」  
 駆ければ駆けるほど祀の国の状態を思い知らされた。  
 あちらこちらに人気のない集落と、荒れ果てた畑があった。  
 親はどこにいるのだろうか、痩せこけた子供にじっと見詰められたこともある。  
「子供があんな目をするなんて。父は、もしかしたら」  
 悪い王、だったのかも、しれない。  
 そして自分は、悪い姫で。  
 逃げてすぐは謀反を起こした李家がひたすらに憎かった。  
 父と母を殺し、湊のものを奪った、それだけしか分からなかった、けれども。  
 国土を見て、父を呪い新王を讃える人々の噂を聞き、目の覚めるところがあった。  
『私の父と母は祀王に殺されたのよ!』、そう叫ぶ同い年くらいの少女を見て、湊は思わず顔を隠した。  
 今は、李が憎いであるとか、自分が辛い、悲しい、そんなことよりも抜き差しならぬ自分の感情を(あるいは状態を)、自覚している。  
 湊はもう、死んでしまいたかった。  
 彼女の産着である祀の名と共に、どこまでもどこまでも、沈んでしまいたかった。  
 
 走るうちに、自分が何から逃げているのか分からなくなってくる。李家の追手からか。市民の視線からか。  
 協力者がいるという村に向かって走りながら、その目的地のことさえ怪しく思った。  
 こんな国にした王の娘に、誰が協力してくれるのだろう。  
 ――そして、彼女の予感は的中した。  
 田舎の古小屋に着き、馬を降りて扉を引いた染が立ちすくんだ時、数歩離れていたところでその様子を見ていた湊は、古小屋の中に何が待ち受けていたのか、すぐに気付いた。  
 祀王を憎む市民だろうか。李家の刺客だろうか。  
 痺れたように動かない自身を諦め、湊はこう思った。  
 罰だ。全部罰だ。  
 ほんの短い逃避行の間に、嫌というほど思い知ったのだ。祀家は、湊は、誰からも嫌われていると。  
 倒れた染、首のない女の亡骸と、血の色とを見て、湊はぼそりと染に謝り、染の血で汚れた男を見た。  
「鷹か」  
 湊の胸にほんのわずか、新たな感情が湧き起こった。  
 鷹、と呼んだ。それは懐かしい響きであった。  
 敵賊の息子の名。同じ乳母で育ち、一緒に過ごした兄のような幼馴染の名でもある。  
 祀王が鷹の父を遠ざけ、鷹とも自然と疎遠になっていった。  
 湊が十歳になるまでには鷹の姿は完全に見なくなっていたから、彼と対面するのは、実に十年ぶりくらいであろうか。  
 すぐに面影を見つけ、名を呼べたことに湊は驚いた。  
 二十を半ばを過ぎたであろう鷹の姿は、年月のせいばかりではない変化を伴い、軍人の体つきをした炎のようだと湊は思った。  
「良い格好だな、祀姫。男の乞食かと思ったよ」  
 短く刈った湊の髪を揶揄して鷹が言った。たっぷりとあった亜麻色の長髪は王都を脱してすぐに染に切らせている。  
 鷹が染の身体に剣を突き刺し、湊は思わず目を逸らせた。  
「見ろよ」  
 無理やりに顎を掴まれ直面させられる。首にひんやりと刃の感触があった。  
 両手は自由であったが、弛緩したように動かなかった。瞼を閉じれば良かったが、それもできなかった。  
 鷹は背が高い。湊が無言で見上げると、鷹は自分の黒い前髪から滴り落ちる血をぞんざいに拭った。  
 湊を見据える鷹の目が血走っていることに気付いたとき、湊は初めて恐怖を覚えた。  
 ――鷹は、私のことを憎んでいる。  
 
「お姫様」  
 太い首の、喉の奥から、嘲るように鷹が言った。  
「俺が今どんなことを考えているのか分かるか」  
「私を、殺す」  
「その方法だよ。足を切り落とす? 腕が先か? 腹をちょっとずつ裂くか?」  
「……もう、どうにでも」  
 湊は目を閉じた。  
 たった一日、たった一日で。  
 父も死んだ。母も死んだ。国も死んだ。住処を追われた。身分は地に落ちた。何万人に、憎まれていたと知った。  
「自暴自棄か。最後まで無責任な屑め」  
 直後に痛みがやってくると構えていたが、僅かの不自然な間に、湊は目を開いた。  
 かつては至宝の双眸と謳われた瞳が、鷹を捉えた。  
 鷹が一瞬動きを止めた。思い出したように剣を持ちあげ、湊の頬に当てる。  
 頬が切れた。赤い血が流れた。  
「あ」  
 遅れてやってきた痛みと血の温度に、湊は小さな声を上げた。  
 傷付くなど。何年ぶりであろうか。  
「痛いか、湊」  
 鷹が湊をひどく睨みつけている。さらに深く切られるかと思った次の瞬間、つと、鷹の舌が頬の傷を舐めた。  
 間をおかず、頬を伝う血が舐め取られ、血のついた舌が湊の下唇を掠った。  
 予想外の猟奇に唖然とする。  
「醜いな」  
 吐き捨てるように鷹が言った。  
 肩が外れそうな方法で腕を引かれる。染の死体から離れたことに湊はほっとした。  
 民家の傍らにある馬小屋までやってきて、鷹に突き飛ばされた。  
 藁の山に倒れ込む。  
 長らく使われていないのだろう、乾燥した藁と、うっすらと小屋に染みついたような家畜の匂い。湊はむせ込んだ。  
 
「お前にはここがお似合いだよ、湊。馬小屋で犯されるお姫様、どうだ?」  
「何を……」  
「今のお前は家畜以下だよ」  
 ――あまりの侮辱だ。  
 枯れ果てたと思っていたが、まだ残っていたらしい何かしらの誇りが湊の肺の中で軋んだ。  
 呼吸さえ苦しくなるような激怒にかられ、藁に埋もれた身体を起こそうとする。  
「離せ……!」  
 眉を寄せて鷹を睨みつける。鷹が笑った。  
「身の程を知れよお姫様。罪人の娘が」  
「貴様の父はどうなのだ! 人殺し……裏切者!」  
 唇から飛び出す悪態の全てが、旅の途中に内省した自分自身に降りかかってくる矛盾を感じながら、それでも言わずにはいれなかった。  
「貴様は染を殺した、父を殺した、母を……」  
 湊の語尾が縮こまる理由を知っているかのように、鷹は黙ったまま、ぞっとするような笑みを浮かべていた。  
 目に涙が滲む。  
 必死で振り上げた手を軽く払われ、鷹に圧し掛かられる。  
 息切れて頭がぼうっとした。鷹が軽く腕を振り上げ、湊の頬をはたいた。  
 乾いた音が響き、その「軽く」の、余りの痛みと恐怖に湊は黙り、鷹の胸を押していた腕をおろした。  
 男の力には敵わないのだ。  
 怒りはあっけなく収束し、恐怖がそれに代わった。  
 確かに、ひと思いに殺されるよりもこれは恐ろしく、辛い。  
「鷹、やめ……」  
 鷹が黙ったまま、非常に性急な動作で、湊の服を解いて行く。  
 城を出た時の着物はとうに売り飛ばし、旅装束であったから、あっという間に湊の身体は曝け出された。  
「いやだ……」  
 外気に触れた乳房がふるりと震える。初春の陽気は儚く、肌寒いはずであったが、湊はそれを感じることができなかった。  
 ひどく恥ずかしく、ひどく熱い。  
「良いものを食っていただけあって、肉付きだけは良いんだな。娼婦だったかな? お前の母は」  
 鷹の視線が身体の全面を滑るのを感じる。瞼を閉じると触られるようで、男の顔から目が離せなかった。  
「あ」  
 呼吸に合わせて上下する乳房を、鷹が鷲掴みにする。  
 強く握られ、眉が寄った。男の手の中で形を変える己の胸を見て、湊は力なく首を振る。  
 このような隠微光景が己の身体で繰り広げられるなど夢にも思わなかった。  
 ぎゅうと乳首をつままれる痛みに涙が零れる。  
 呼吸が苦しい。鷹が笑った。とても楽しそうに、嬉しそうに笑って、湊の頬の傷を何度も舐めた。  
 首筋に噛みつき、乳房をしゃぶった。  
 大きな両手が湊の腹を撫でた。  
 鷹の手は湊のわき腹を柔らかく掴み、くびれの形を確かめるように何度もさすった。  
 くすぐったさと、何やら得体の知れない悪寒に身を捩る。  
 鷹が臍を舐めた。この男は頭がおかしいと、今更ながら湊は思った。  
「みっともない身体だ。顔も。雌馬でもそんな物欲しそうにはしないだろうよ」  
 羞恥のために湊の身体は桃色に染まり、蒸気に色がついているように思える。  
 抵抗を辞め、恐怖を受け入れるままに弛緩した湊の顎や目尻は、意図せずもだらしなく鷹の目に映ったらしい。  
 けれども実際のところ、ひどい緊張はずっと続いている。  
 身体を這う舌が、鷹の言よりずっと温容である――というよりは執拗であることに、先の見えない不安を覚える。  
 恐怖が麻痺し、気色の悪い感触に呼吸が荒くなった。  
 溺れる子供のように鷹の腕を掴むと、彼は一瞬動きを止めて妙な顔でじっと湊を見つめ、彼女の口に噛みついた。  
 
「…………! やめ、やめて」  
 陰部を鷹の指が撫でる、ぬるりとした感触があった。  
 今度こそ湊は顔を歪めた。鷹はにやにやと笑みを浮かべ、その顔を見つめながら湊の体内に指を埋めてゆく。  
「濡れてるな。仇敵に襲われて濡れるとは、変態だな、お前は」  
 子供のようにはしゃいだ響きがあった。もはやとめどなく流れる湊の涙を鷹が舐め取った。  
「ひゃっ」  
 耳の穴に舌が侵入する。膣の異物感に集中していた湊は高い声を上げた。  
 じっとしていた鷹の指が、声を聞いて膣の中でぴくりと動き、突然湊の肉壁をうにうにとかき混ぜ始める。  
「あ、あ、っあっ…えっ、だ、だめ…っ」  
 ――聞いたことのない、自分の声、これは、嬌声というのではなかろうか。  
「や、やめて、鷹、鷹、おねがい、」  
 鷹は答えなかった。湊のものよりもずっと荒い、興奮した呼吸音が湊の太ももに降り注ぎ、肌を湿らせていた。  
「あっ」  
 肉芽を潰され、ぬるぬると撫でられる。明確な快感が蠢いた。扇動する指が湊を追い立て、追いつめる。  
「ん、やっ……、こんなっ……」  
 ぎゅっと目をつぶり、込み上げる「何か」に身を固くする。頭の芯がとろけて、けれど敏感なのは、甘い子宮と肉の壺。  
 口が何かを欲した。喘ぐ魚のように息を継ぎながら、声を殺し、呻き、湊は耐えた。  
「この、淫乱女が」  
 やけに低い侮蔑の声。湊は鷹を見た。  
「見る、な、あ、あ、あ、あっ――……んっ、ぅ、ん!」  
 いよいよ抗えなくなった恍惚の波に流される直前、湊は彼が笑っているのを見てとった。  
 心を放つ。軽く、甘く、湊にとっては得体の知れない絶頂が訪れた。  
 びくびくと痙攣する膣と、肉芽と、身震いするほどの悦び。  
 ちがう、ちがう、私のものではない、こんな身体――こんな、いやらしい、はしたない、現象。  
 宙を掻いた湊の手を鷹の指を掴んだ。  
「は、な、……せ……」  
 よわよわしい言葉で抵抗するも、されるがままである。  
 鷹はいつの間にか下穿きを解き、下半身を露わにしていた。  
 初めて見る男のものの凶悪さに一瞬釘付けになったが、湊は目を逸らせた。  
 手を導かれる。  
「汚い!」  
 湊の指が陰茎に触れた。どくどくと波打つかのようなその先端は濡れている。  
 湊が見詰めると、また先から液体が漏れいでた。  
 余りの固さに驚き、これが自分のところに入るのだと思うと、恐る恐る直径を確かめずにはいられない。  
 指を絡ませると、鷹がつと顔を歪めた。  
「もういい」  
「わっ」  
 腿を持たれ、がばりと陰部をさらけ出される。  
 鷹に凝視され、顔を見られたと思った瞬間、入り口にそれが押し当てられた。  
「無理だ、無理だ、鷹、こんなの」  
「黙って犯されろ」  
 鷹の表情に笑みはなく、怒っているような、余裕のない表情だった。  
 湊はもちろん鷹以上に余裕などない。  
 ひと時忘れてしまっていた恐怖が一瞬で蘇り、最高潮に達して、湊は暴れた。  
「お願い、鷹、だめ、だめだから……」  
 あっけなく押さえつけられる。入り口にぐにぐにと擦りつけられていた陰茎が僅かに侵入した。  
「あ――――」  
「……く、」  
 そのまま沈み込む。だめだ、と思った瞬間、勢いよく穿たれた。  
「……、……!」  
 声が出なかった。痛い。痛い。苦しい。痛い。  
「……湊……」  
「……ま、て、……」  
 裂かれるように痛い。それなのに、この男は。  
 
「や、……、あ、あ、あ、あ、あ」  
 鷹がゆっくりと動き始めた。抜き差しする度にちくりちくりと痛む。肺さえ辛い、押しつぶされた声が身体を抉られる度に漏れた。  
「あ、あぁ、あ」  
 掴むものを探した両手が、再び鷹の腕を握った。  
 汗ばんだ感触をぎゅっと掴み、鷹がそれに気付いてさらに腰を強く打ちつけた。  
 ゆすられるがまま、ふと、湊は気付いた。さすがに背を抱きしめることはできずとも。  
 触れたくないほどの嫌悪感を鷹に抱けなかった、と。  
「鷹、……」  
 なんだ、と言いたげに鷹が見下ろした。  
 鷹は玉のように汗をふいている。飛び散った雫が湊の身体にかかった。  
 それを特に汚らしいとは思わず、そのままにして湊は喘いだ。  
「……、ころしてくれ、」  
 鷹は瞬きの間ほど動きを止めたが、返事はなかった。  
 ただ色濃い怒りと、興奮とが彼の顔を過ったように湊には見えた。  
 何かを考える前に猛然と腰を振られ、揺さぶられる。  
 とめどなく声が漏れた。  
 快感のためでなく、ただただ衝撃のためであったけれども、それは犯される女と、貪る獣の男とがいるこの場に相応しかった。  
「…………中に出すぞ」  
 ――子供ができるかもしれない。  
 泡のような予感を吹き飛ばし、鷹が湊の身体を押さえつけた。鷹が息を呑む音。  
 檻のような男の下に閉じ込められ、湊は呼吸さえ奪われたように口を閉じ、目を閉じて、胎内の律動を、吐精を受け止める。  
「ひどい、ことを」  
 くたりと、鷹に体重をかけられ、行き場を失った湊の両手は、藁を持て遊んだ。  
 何やら動かない鷹の背に掴んだそれを散らし、どこか無邪気な、死ぬ前の明るさで、湊は微笑んだ。  
 繋がり、うつ伏せたままの鷹が、湊を抱きしめていた腕を彼女の下から引っこ抜いた。  
 何事か呟き(聞き取れなかった)、湊の髪を掻き分け、ぐしゃぐしゃに乱す。  
「あ」  
 その感触に。髪を混ぜられるその感触に、唐突に、湊は思い出した。  
 子供のころ、同じように、頭を撫でられたのを。  
 七つか八つ、年上だった鷹を、湊は兄のように慕っていた。どこへ行くにもついてゆき、何度も父にたしなめられた。  
 ――鷹、鷹。  
 ――どうかしましたか、湊様。  
 ――どうもせん。名前を呼んだだけだ。  
 城の中で迷子になり、助けてくれたこともあった。  
 泣きじゃくる湊の髪をぐしゃぐしゃに撫で、指で漉き、怒りながら「大丈夫ですよ」と、繰り返し彼は言った。  
 あの頃は湊様と呼ばれていたのだったか。  
 お姫様と揶揄されることも、湊と呼びすてにされることもなく、ましてや――  
「…………」  
 涙が溢れた。声もなく湊は泣いた。さっきまでのどの瞬間よりも惨めで、悲しく、辛かった。  
「おい、湊」  
「殺せ。私を、殺せ」  
 鷹は答えなかった。深いため息をついた後、湊の膣から陰茎を引き抜き、じっと湊の顔を見つめている。  
「殺して欲しいのか」  
 無表情のまま、鷹は続ける。  
「だったら殺さない。俺は、お前の、そういう顔が見たいんだよ」  
 どうして。  
 どうしてそこまで憎まれねばならぬのか。  
 今やはっきりと湊を睨みつける鷹を、湊は疑問と悲しみを持って見つめ返す。  
「私をどうするつもりだ」  
「……飼い殺しにでもしてやるさ。毎日犯して、傷つけて、飽きたら売り飛ばす」  
 湊は目を伏せた。冷たい絶望が肺に広がる中、自害という言葉が頭を掠めたが、すぐに消えた。  
 ――鷹。大きくなったら、婿に来い。王様にしてやるぞ。  
 ――はいはい。小さいのは湊様の方ですけどね。  
 衣服についた藁を払い、胸の前にかき集める。  
 全て投げ出してこのまま眠りたい、と思った。  
 藁と精にまみれて、家畜のような格好でも、ゆっくり眠るように死んでいけたら。  
「好きにしてくれ」  
 お望み通りにとばかり、顎を掴まれる。  
「舌を出せ。丁寧に、丹念に、舐めろ」  
 見上げると、鷹は意地悪く笑っていた。湊の髪に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃに撫でまわした。  
 
 真実、自分はあの女のことが憎いに違いない。  
 ひとりごちで、鷹は酒を煽る。  
 長くは城を離れることはできない。本来であればすぐにでも湊を殺して、その首を持ち帰ればならないのだが。  
 荒涼とした風が吹いた。  
 がたがたとあばら家が音を立てる。四月とは言えまだまだ寒い。  
 ふと気になり、三度犯した女のいる馬小屋に向かった。  
「湊」  
 返事はなかった。一瞬、死なれたかと思ったが、横たわる足がぴくりと動いたのを見てほっとする。  
 が、どうも様子がおかしい。柵の中に入って確かめると、湊は息が荒く、身体が赤かった。  
「湊、どうした」  
 必要以上に狼狽している自分自身に気付きながら、湊の額に手を当てる。熱かった。  
 舌打ちをして、抱え上げる。  
 失神させたまま半裸で放っていたのがいけなかったのか、湊はぐったりとして動かない。  
 忙しなく彼女を抱きかかえ、鷹は足で扉を開けた。  
 火の近くに横たえる。布をかけ、傍に寄った。  
「湊」  
 病死など許さない。  
「おい、湊、大丈夫か」  
「……ん……」  
「口を開けろ」  
 温めた酒を湊の口に滑り込ませる。湊の口はほとんど閉じたままで、酒は零れてしまった。  
 鷹は何度めかの舌打ちをした。  
 今度は自分の口に酒を含んだ。湊の前髪を払い、髪の中に指を突っ込んで頭を持つ。  
「…………」  
 何度か、口移しで酒を注ぎこむ。湊の喉が小さくなり、十分な量を与え、顔を離した。  
 様子を見つめ、また口を寄せる。また。もう一度。もう一回。もう一回。  
「……鷹」  
「このまま寝ていろ。目が覚めたら熱は下がっているはずだ。妙な病気でなければな」  
 苦しそうに湊が首を振った。  
「……ろして」  
 まだ言うか。  
「寝ろよ、お姫様」  
 意識を手放すように目を閉じた湊の、瞼の淵から涙が流れるのを、鷹はじっと見つめた。  
 しゅんしゅんと湯の沸く音が湊の寝息に交じり、鷹の溜息に交じった。  
 起きている時は気の強い、大人びた顔だが、寝顔は幼い。  
 眉の形を人差指で何度かなぞってから、鷹は湊から目をそらさず、身を横たえた。  
 こうなっては仕方あるまい。できるだけ早く都に連れ帰らねば。  
 新しい馬として持ち帰れば良いことだ。屋敷につないでおけば誰も手出しはできないだろう。  
 酔い落ちる眠りは心地いいものだ。  
 鷹は笑った。  
 何がおかしいのかは良く分からなかった。  
 

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