※     ※     ※     < 1 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
 体格とあそこのデカさというのが、少なからず比例するのかどうかは知らないが。 
「しゃぶりな」 
 ムッとするような不快な匂いと共に、あたしの目の前に突きつけられるのは、 
 どす黒い先端部分を残して深い剛毛に覆われた、グロテスクな肉の棒。 
 
 実物を見るのが二度目でも、間近で見るのは初めてで。 
 あたしの腕くらいはありそうなそれは、昔保健体育の教科書などで見た物と違い、 
 なまじ毛で覆われているだけあって、余計に凶悪な代物に見えた。 
 
「…聞こえなかったか? 口を大きく開けて、しゃぶって見せなってんだ」 
 まるで聞き分けの悪い子供を宥めるような、優しさすら滲ませる猫なで声に、 
 だけど半ば強引に、その汚い物をぐりぐりと顔に押し付けられたって。 
 …あたしの中に沸き起こるのは、当然嫌悪感でしかありえなく。 
 
 ……無論興奮なんて微塵も無い。 
 気持ち悪いという、そんな感情しか沸いて来ない。 
 まるで寂れた公園の、打ち捨てられたコンクリトイレの薄汚い床に、 
 舐めろと言われて顔を押し付けられている、そんな錯覚すら催す忌まわしい物。 
 
 何よりも、少し立派なものを持っているからと言って、それを自慢げに。 
 喜ばないのはおかしいとばかりに、女へと押し付けてくるその傲慢な態度が。 
 『社会規範的概念』に確約された『強さ』から来る、当然とばかりの弱者への強制。 
 ……それが男女云々の性的如何を超えて――既視感めいた、嫌悪感を。 
 
「しゃ・ぶ・り・な」 
 …一言一言区切るように言われても、だからあたしは口を開けなかった。 
 痛む体でふらふらになりながらも、 
 それでも瞼をきつく閉じ、押し付けられた汚物から必死で顔を逸らして視線も外す。 
 
 
 ――と。 
 ふいにその力が緩められ、あたしはほんの少しだけ自由になる。 
「……仕方ねえなあ」 
 呆れるような、苦笑するような、そんな感じの唐突に和らいだ声色に、 
 逆に意表を突かれるような形で、あたしは真上を仰ぎ見たが。 
「ちゃんと三回言ったぜ? 俺は?」 
 『ナニ』を痛いくらいに屹立させながらにしては、そぐわないくらいの柔らかな声と共に。 
 …けれどオオカミ野朗は、嗜虐の色を宿した瞳をギラギラと輝かせて。 
 
「おっ、お頭! 流石にそれはマズイっすよ、ディンスレイフの爺さんは……」 
「ハッ! 構やしねえさ、別に顔や肌に傷つけるわけじゃねえんだ」 
 何か引き攣ったような、手下の声。 
「五体満足ならいいんだろ? 腕をもぐ訳でもなし、足をもぐ訳でもなし、何より―― 
 
 
 
「――『 1 0 本 も 』 あ る ん だ し よ 」 
 
 隠しきれず滲んだ興奮の色に、あたしが背筋に寒いものを感じるよりも早く。 
 ぐいっと左腕を引っ張り上げられて。 
 
 
――ペキン、と 
――以外に軽く乾いた 
――だけど何かを捻るような音 
 
 
 
「っっあああああああああああああがああああああああああああああ!?!?」 
 
 激痛が。 
 地獄の激痛が。 
 あたしの左指先から頭の天辺に目掛けて、何か悪い電撃の様に、何度も何度も。 
 
 …掠っただけとはいえ、矢で射られた時も痛かった。 
 腹に回し蹴りを受け、大木に叩きつけられた時だって、これ以上無い位痛かった。 
 ……だけど。 
 
「うぁあああ、うぁあああああっ!? うぁあああああああああああああっ!?!」 
 だらしなく開けられ、絶叫を垂れ流すあたしの口に。 
「うああああああああ、うぁあああああ、うぁ……っぐむぅぅっ!?」 
 ガボッと音を立てて『それ』がつき込まれる。 
「んん〜〜〜っ、んむうう〜〜〜!!」 
「…おっとっと、間違っても歯ぁ立てたりとかするんじゃねえぞ?」 
 後頭部、後ろ首を押さえつけながら、 
 あたしがそれを思いつくよりも先に、真上から掛けられる声。 
 
「……まだ、『 9 本 』 も あるんだからなぁ」 
 
 
 ――見えなくたって、こいつがどんな顔をしているのか、想像がついた。 
 痛みにのたうつ全身が、別の何かで更に引き攣る。 
 
 ……抑え付けられた頭に、視界いっぱいに映るのがこいつの腰だけであっても、 
 中途から変な方向に曲がった左小指が、みるみる紫色に膨れ上がるのが知覚できた。 
 
 たかが指の骨とはいえ、それを無理矢理へし折られるのが、これ程までに。 
 …というか、痛みという次元には、一体どこまで行けば果てがあるというんだろう。 
 弓で撃たれ、腹に盛大な蹴りを食らい、指の骨をへし折られ。 
 ……まだあるのか? 
 まだこれ以上の、『痛み』があるのか? 
 
 
――負けるもんか。 
そう誓ったはずなのに。 
 
 
「んん〜〜〜っ、んんぅッ、んぐぅッ!!」 
 大きすぎる恐怖に、折角突き込まれたものを噛み千切る事もできない。 
 暴力という名の圧倒的な力に、体が竦んで、動いてくれない。 
 
「っは、たまんねえや。こいつぁマジでスゲェぜ」 
 頭を掴まれて、口いっぱいの肉棒を無理やり喉の奥まで捻じ込まれ。 
 息が苦しく、喉にゴツゴツと当たる先端はその度に強い嘔吐感をもたらす。 
 ―― もっとも、もう胃液だって出て来ないにしても。 
「これがヒトの口まんこかよ、道理で金持ちの連中が欲しがるわけだぜ。 
こいつに比べちまったら、どこのオンナの舌もヤスリと変わんねえってもんだ!」 
 舐めてやってるつもりなんてないのに、苦しさに耐えかねて空気を求めもがく過程で、 
 結果的にどうしても、相手にそのような感覚を与えてしまっている。 
「お前らも後で試してみろよ! なあ! ……ッハハハハハハハハハハハハ!!」 
 おそらく目を爛々と輝かせているであろう目の前のオオカミ男に、 
 背後からは大部分の手下達による、ゲラゲラという笑い声、野次や囃し。 
 ……そして明らかに何人か引いてるのがいるのだろう、溜め息や、息の詰まる声。 
 
 
――負けるもんかと。 
 誓った頭に、だけどじわじわと染み込んでくるのは、『汚された』という感覚。 
 激痛に次ぐ激痛でボロボロになった頭、ボロボロになった体に、 
 その感覚が忍び込んで来て、あたしの体には、もうほとんど何の力も残ってない。 
 
「ウオオオオオオッ、いいぞ、いいぞッ!」 
 ガクンガクンと頭を揺らされて、限界まで突き込まれて、 
 それでも半分も咥えられるか咥えられないかだから、もっと奥へと捻じ込まれる。 
 酸欠で頭が真っ白になる。 
 涎がぼたぼたと口の脇から零れても、拭う気にもなれない。 
 胃液に舌と喉が焼かれて何の味もしないのは、幸なのか不幸なのか。 
 鼻先に突きつけられた茂みからの、鼻腔を犯す悪臭だけはたまらなかったが。 
 
――負けるもんかと。 
 白くなった頭に響く音は、すごく空虚だ。 
 
 ……死ぬ。 
 死ぬ。 
 汚されて、死ぬ。 
 その事にもう、自嘲すら沸かない。乾いた笑いすら上がらない。 
 
 ボロボロとだだ漏れに目から涙が零れるのは、汚されるのが悲しいからだ。 
 ……一度は我が身を捨てる事も辞さないと思ったはずの身に、 
 何をどうして、今更汚されるのがこんなにも辛くて悲しいのかを考えて見れば。 
 
 
「……っと」 
 ガボッ、と。 
 差し込まれた時と同じように、だしぬけに口の中を占領していたものが引き抜かれる。 
「…っ、ゲホッゲホッ、ゲホッ……」 
 引き抜かれると同時に服の襟首へと手を掛けられ。 
「このまま口で一発抜いちまってもいいんだがよぉ…」 
 ……何をされるか、よほどのバカでない限りは察しのつく行為。 
 
「やっぱ『一番絞りはナカ』、がお約束だからなあ」 
 
 
      ビィーーーーっという、繊維が裂ける時の独特の断裂音。 
 
「いっ……」 
 前がスースーしたと思ったら、引き破られた布地が投げ捨てられる。 
「いや……ぁっ!!」 
 逃げようと思っても、動かそうとした左手と右足に走る激痛がそれを許さなかった。 
 干乾びて呼吸もままならない喉から漏れるのは、まるで蚊の鳴くような声だ。 
 …視界が滲んで、嗚咽が漏れる。 
 
「ヘッ、ガキの癖にいい体してやがる」 
 明らかに卑猥なものの混じった目でビリビリと残った布を裂き破っていきながら、 
 目の前の蛮狼の口元からヒュウ♪、と漏れるのは感嘆の口笛。 
 
――お前なんかに見せる為にこんな体してるんじゃない 
 
「…ま、人は100年も生きねえらしいから、これが当然なのかもしらねえけどよっ」 
「あぐっ」 
 最後の仕上げとばかりにブラジャーの紐を千切られると、 
 そのまま雪面に突き飛ばされる。 
 ぶつけた折れた指と傷口の痛みに呻く暇もなく、次に手を掛けられるのは下の着衣。 
 
――こんな形で、お前なんかに、…見せたかったんじゃない 
 
 
 
 ……ああ、これも、多分、あいつのせい。 
 
 八ヶ月前のあたしだったら、きっと『汚される』事にここまで苦痛は感じなかっただろう。 
 …別にこれと言って裸を見せたい相手も、初めてをあげたい相手も居なかったあの頃なら。 
 
(…………っ) 
 だけどビリビリというズボンを裂かれる音を聞きながら、 
 沸き起こるのは申し訳ない気持ちと、どう謝ればいいのか分からない気持ち。 
 
 『貰って欲しかった』とまではとても言えないし……言う資格も、きっと無い。 
 ……でも、この八ヶ月間、あいつが守ろうとしてくれたものが。 
 あいつがあたしの事を思いやって、守ろうと、奪われまいとしてくれたものが。 
 …あたしの自分勝手さと軽率な行動のせいで、 
 こんなにも簡単に奪われようとしている、その事がただただ申し訳無かった。 
 ――それがあいつの誠意と努力を、無下にするようなものだったから。 
 
 汚されて、ボロボロになったあたしを知ったら、 
 あいつが一体どんな顔をするのか。 
 怒るのか、泣くのか、…それとも自分は何にも悪くないのに、いつものように謝るのか。 
 いずれにせよ、喜んでくれるわけがないという事だけは分かり。 
 
 ……それを考えるとあたしは、……それだけでもう、泣きそうで。 
 どうやって謝ったらいいのか、ちっとも分からない。 
 あいつに。 
 あたしのせいであいつが泣く、困る、辛そうにする。 
 それを考えると、それだけで――… 
 
 
「さぁて、プッシーちゃんよ」 
 四肢にボロきれをまとわりつかせただけになったあたしを放っぽっり、 
 立ち上がって悠然と命令するオオカミ男。 
「お利口さんの自覚があんなら、四つんばいになってケツ突き出してみせな」 
 最早逃げる気力も無いのを見越してなのか、両手両足を縛ろうともしない所に 
 相手の余裕というか、明らかにこちらを小さく見た態度が感じられ。 
「『ご主人様のおチンポぶち込んでください』ってなあ」 
 背後の方で、再びドッ上がる笑い声。 
 
――まけるもんかと。 
 遠くから、そんな声が聞こえてくるけど。 
 
 ……何に、負けたくなかったんだろう? 
 ……何を、譲りたくなかったんだろう? 
 痛みと、絶望と、喪失感で、もう何も考える気力が沸いてこない。 
 だんだん、まっしろになって、どうでもよくなってくる。 
 
 反抗の意志の形として命令に従わなかったのではなく、 
 もう四つんばいになってみせるだけの体力も気力も無かったというのが正しい。 
 …だから、ここでもしも、それを行うだけの体力気力が残っていたら、 
 一体あたしがどうしていたか、それはちょっと分からない事だったけれど。 
 
 
――それが相手には、お気に召さなかったらしい。 
 
「あー……、まーだ分かってないみてぇだな」 
 先端から激痛の走る左腕を、突然思いっきり釣り上げられる。 
 ……さっきと、まったく同じように。 
 
「お仕置きだなぁ、こりゃ」 
 聞き覚えのあるうっとりとしたような声に、背筋を。 
 
 …………いっ 
 
 
 
「いやああああああぁぁ――――――――っ!!!」 
 泣いて、叫んで。 
 なりふり構わず、暴れ回る。 
 ぱたぱたと利く腕と足を動かして、無意味な抵抗にしかならなくても。 
 お尻に当たる雪が冷たくても、前を隠す余裕すら無くったって。 
 
「やだっ、やだああああああぁっ!! いやああああああああっ!!」 
 
 ――嫌だ 
 ――嫌だ 
 痛いのはもう嫌だ 
 嫌だ嫌だ嫌だ痛いのは嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ痛いのは痛いのは嫌だ痛いのは 
 
「……へえ、判って来たじゃねえか」 
 それが狙いだと、分かっていても。 
 それでも、掛けられた天からの救いにも思えるその言葉に。 
 あたしは……喜色を滲ませて……上を見上げてしまうのを止められなくて。 
 
 ……でも。 
 
「じゃあ次からは、もっと早くな」 
 
 
――パキン 
 
 
 澄んだ音 
 真っ白 
 真っ白だ 
 
 
「――――――――――――っっっっ!!!!」 
 ビグンと、全身が引き攣る。 
 もう声は、悲鳴にすらならない。 
 体の中に渦巻いていた痛みが、新しく与えられた痛みに響反して、爆発する。 
 
 頭の中に、まるで白く灼けた鉄の棒。 
 背筋が、仰け反る。 
 全身が、痙攣する。 
 嫌な吐き気が、止まらない。 
 
「いっ……、ぎっ……、…あっ………」 
「おらっ」 
 そこに容赦なく後ろ首を捕まれ、雪の中へと押し付けられる。 
 視界の端に、同じく並んで紫色になりつつある、捻じ曲がった左手の薬指を映して。 
 ぐしゃっ、と、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃの顔が雪にめり込む。 
 
 …結果的にあたしは、お尻を高々と掲げて地べたに這いつくばるような形になり。 
「孕ませらんねえのが、残念っていやあ残念だけどなあ」 
 股の間、秘裂の入り口に押し付けられるのは、何か硬くて熱いもの。 
 
「安心しろよ」 
 覆い被さられるように、耳元に吐き掛けられるのは嫌な熱い吐息。 
「あと 『 8 本 』 し か ねえけどよ」 
 …だけどもう、体を強張らせる気力さえ。 
「『爪』も入れりゃあプラス10回」 
 まっしろだ。 
 痛みで、絶望で、まっしろで。 
「『足の指の爪』も入れりゃあもうプラス10回だ」 
 死にそうなくらい痛い。 
 死にそうなくらいの痛みと屈辱だと思うのに。 
「『切り落とす』のも入れれたなら、もう20増やせんだが…… 
 だけど、死ねない。 
 なんでこんなに痛いのに、死ねないの? 
「流石に爪や骨ほど簡単にゃ治せねえし、指無しのヒトだなんて値も下がりそうだからな」 
 どこまで痛くなれば、『死』になるの? 
 どこまで痛くなれば、これは終わるの? 
 死にたいよ。 
 もう死んじゃいたいよ。 
「……ま、ともかくだ。何が言いたいかっていうとだな」 
 終わりにしてよ。 
 お終いにしてよ。 
 嫌だよ。 
 もう嫌だよ。 
 
 
「……いてえぞぉ?」 
 
 ――歪悦に満ちた、嗤い。 
 捻じ折られた2本の指、まだ残っている8本の指。 
 ぐいっと顔を上げられて覗き込まれた顔に、願いも、望みも、打ち砕かれる。 
 あたしの中の何かが、確実にばらばらになっていく。 
 
 
――まける、もんか 
 
「さ〜あ、言ってみなあ! てめぇの口で、はっきりとな!」 
 壊れて、バラバラになって、落ちていく。 
 
――まけ、る、もん、か 
 
「『ご主人様のおちんちん欲しいです』って、でっけえ声でなあ」 
 プライドも、常識も、建前も、しがらみも、意地も、全部全部、すべてすべて。 
 
――まけ、る…… 
 
「早くしねえと、指全部使い物にならなくなっちまうぜぇ? ッハハハハハハァ!」 
 ……残ったのは。 
 
――ま、け…… 
 
 
 
「…………きん」 
「あン?」 
 漏れ出た言葉に、ヒトの女を組み敷いていた銀の貪狼が反応する。 
「なんだぁ、聞こえねえぞぉ?」 
 屈服か、反抗か。 
 いずれにせよ、きっと愉快な返答だろうと、期待に目を躍らせて覗き込む男に対し。 
 
「…けて………ぞう……きん……」 
 
「……は?」 
 ――雑巾? 
 ぼそりと漏れ出た意味不明の言葉に、盗賊団の頭たるこの男も流石にあっけに取られ。 
 ……だけど。 
 
 ぽたぽたと零れ落ちる涙、「ひぅ…」という嗚咽と共に。 
 
「…たす…けてぇぇ………ぞう…きぃいいん…っ」 
 
 
 
――それは 
――それはあたしの 
――弱い、弱い、嫌な、醜い、女の子の 
――だけど本当の、余計なものが全て取り払われた、その底の…… 
 
 
 
 
 
「――そこまでだ」 
 
 
 
     ※     ※     ※     ※     ※     ※     ※     ※ 
 
 
 
     ”それ”は あらゆるふじょうと おじょくのなかにありて ひそみまつものである。 
 
     はじまりのとき。 
     せかいは ゆうとむに ひかりとやみに てんとちに だいちとうみに  
     ひるとよるに かことみらいに きたとみなみに ひがしとにしに  
     うつしよととこしよに たましいとにくに ぜんとあくに ほうとむほうに 
     ・・・そして うつくしききよらと いまわしきけがれにもまた わかれたもうた。 
 
     なれば このきよらのはて。 そのけがれなるいきの じんでいのうちよりも 
     されどうまれ よろめきたつもの またありき。 ・・・”かれら”である。 
     ゆえに むにあらず やみにあらず よるになく あくになく またにくにもなし。 
     きよらよりへだてられたそのせかいにて ”かれら”はただ ふじょうなるのみ。 
 
     あおいけむまとい じんでいのいろの けがわもつ いまわしき ふにくくらい。 
     りょうけんよ。 
 
 
 
      ※     ※     ※     < 2 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
 そらみみかと、おもった。 
 きょうきに おちいる、 さいごの ゆめにみた、 つごうのいい げんそう。 
 かみさまが さいごにくれた、 おくりものかと。 
 
「――そこまでだ」 
 …だけどオオカミ野朗が、あたしに圧し掛かりかけていた体を即座に離して飛びすさった、 
 その事実が示すのは、すなわち。 
 
「……全員、そこを動くな」 
 それまで散々愉しんでいたのとはうって変わって、 
 一瞬でズボンをたくし上げると同時に、外していた得物――長柄のヘビィアクス――を 
 足で踏み蹴り上げて瞬時に片手に持ち代える、 
 ――それはまさしく、一名ある盗賊団の頭目としての動きだったのだと思う。 
 散々下卑た野次を飛ばしていたはずの周りの手下達まで、 
 それに呼応されるように散開し、腰、あるいは背中の得物に手を掛けて。 
 
 ……そんな中の中央に、林の中から歩み出てきたのは。 
 
「…呼称【サイアス盗賊団】こと、主犯格者、B級国際犯罪者『マルコ・サイアス』、 
及びそれに連なる二十数余名の仲間達だな?」 
 
 知っているはずの声。懐かしい声。頭の中に思い描き、待ち望んでいたはずの声。 
 ……だけど。 
 
「当官はル・ガル王国対外軍、第3師団D連隊・第5大隊N中隊A小隊所属、 
第764国境警備局配置付けの、サージェント・ズィークバルだ」 
 
 ――何か、違和感が。 
 
「……お前達にはル・ガル国法により累犯的集団殺人および傷害、強盗、窃盗。 
加えて国営公道の秩序毀損、国際経済活動妨害の容疑に併せ――」 
 
 …声は同じだと分かるが、だけど声の調子が恐ろしく冷たくて。 
 全く抑揚の無い棒読み、……例えるならまるで機械が話しているかのような。 
 
「――S級国際犯罪犯『揮奏者ディンスレイフ』への共犯幇助を目論んだ今回の件で、 
第二級国家反逆罪、外患誘致罪、及び重要公用建造物損壊罪の罪状が加重、 
それにより本日0625時よりル・ガル国内全域に特一級捕縛命令が発令されている」 
 
 ……というか、こんな難しいことをスラスラ淀みなく話すだなんて。 
 こんな事をあのおバカな雑巾が喋れるはずだなんて当然ありえなく、なのに、だけど。 
 
「この場で切り捨てられたくなければ速やかに武器を捨てて全員当局に投降しろ。 
これは脅しではない、無駄な抵抗は国家の剣による死を持って贖われると知れ」 
 
 ――ぞう、きん? 
 
 
 
 洗濯した覚えも、見た覚えの無い、夜の闇の色をした……トレンチコート? 
 足首辺りまでの丈のそれを羽織って、右手にぶらりと抜き身の剣を持ちそこに佇むのは。 
 確かに雑巾の顔をした、雑巾の耳、雑巾の尾、あの雑巾色の毛並を持った。 
 
 ……だけど、誰? 
 
 あたしの知っている雑巾は、バカで、天然で、お人好しの、気の弱い、小心者で。 
 ネギ口に突っ込まれて泣くような、食事作るのすらメンドくさがる甲斐性なしの。 
 …だけどなんか暖かくて、ふかふかしてて、ほわほわしてて。 
 一緒にいると不思議に和む、見た目に反し可愛くて気の優しい、ぼんやりさん。 
 ……だと、思っていたのだが。 
 
 普段から薄い緑色に煙った様な、焦点の合わないぼうっとした目の持主のあいつだけど、 
 ……だけどあそこまで薄く、あそこまで焦点の合わない目をした事は無いだろう。 
 完全に色の拡散した、感情の、温もりの欠片も感じられない瞳からは、 
 何を考えているのかを全く読み取る事ができず、まるで金属のような無機質さを。 
 
 ……ううん、目だけではない。 
 いつもあいつと共にある、あのどこか一緒にいて心が暖かくなるあの空気。 
 それが全く、完全に消え去っていて、代わりにあるのは冷たく暗い―― 
 ――否、冷たくすら、暗くすらない。 
 
 ……『虚ろ』、だ。 
 つま先から首までの、全身黒づくめな服装のせいもあるのだろうが。 
 周囲を包む夜の闇から浮き出てきたようなその墨色の姿は、 
 そのまま背後の闇の中に解けてしまうそうなくらいに、薄く、儚く、希薄だった。 
 ……目を閉じれば、そこにいる事が分からなくなってしまいそうな位に。 
 
――『薄気味の悪い』 『生きてる存在の気配がしない』 『まるで影みたいな』 
――それが、滲んだ視界に映った『それ』に対し、真っ先にあたしが抱いた感想。 
 
 
 ……ただ、『普段の雑巾』を知らない他の連中は、必ずしもそうは思わなかったらしい。 
 
「…ッハハハハハハハハハハハハ!!」 
 ザシッ、という音と共に持ち上げかけた長柄斧を地面に突き刺し爆笑をあげるのは、 
 比べれば雑巾だって並の背丈に見えてしまう程な、巨躯を誇りし狂哮のオオカミ。 
「切り捨てられたくなければ? 投降しろ? 無駄な抵抗は止せ??」 
 今日は楽しい事が多い日だ。 
 そう言わんばかりに哄笑をあげる大男に比し、その隣からゆるりと歩み出るのは。 
 
「……部下もなく、伏兵も無しに、たった一人で?」 
 武装もなし、手に持つ得物もなし。 
 イヌの男達ばかりの中にあって異彩を放てし、キセル片手のヘビの女。 
 
 
―― 一人? 
 
 
 ……無理もなかったと思う。 
 確かに薄気味悪い云々はともかく、とてもじゃないが…強そうには見えなかったから。 
 『虚ろ』とは言ってみても、それは言い換えれば根暗で影が薄そうという事でもあり。 
 
 歴戦の武将や名高い武人に特有の、闘気、殺気、裂帛の気迫、鬼気もなければ。 
 凄腕の剣客やキレ者の軍師に特有の、剣気、冷気、威圧感、油断ならない何かもない。 
 かといって人格破綻した一流魔法使いに特有の、狂気やパラノイアめいた様子もない。 
 
 …ふらふらひょろひょろ。 
 存在感薄いというか、生っちょろいとでもいおうか。 
 吹けば消えてしまいそうな蝋燭の火のように、どこか朧げで、頼り無さそうで。 
 
 
「『ネコの赤』こと赤将軍リナや、『破軍の黒曜』こと猛将軍レガードじゃあるめえし! 
こちとら27人! 出世に浮かれて功を焦ったか? たかが一介の軍曹風情が!」 
 ようやく意味を悟ったのか、頭目の哄笑に唱和するのは、周りの部下達全員だ。 
 『伏兵』や『包囲網』の気配のない、正真正銘、相手が『たった一人』と分かって、 
 たちまち周囲に張り詰めていた緊張が弛緩。霧散する。 
「…無謀ね坊や、確かにこの雪山、もういちいち軍を動かしていては追いつけなくて、 
だけど単独行での追跡なら、国境を越えて狼国に逃げ込むまでにあたし達を補足可能、 
……そこに着眼をしたのは、まあ妥当な判断だったと言えるけど」 
 坊やにしては良く出来ました、と言わんばかりにヘビ女がふっと笑うと。 
 
「だけどこれは、サーガ《英雄物語》じゃないのよ? 
たった一人の勇者サマに、何が出来て? ご自慢の知恵と勇気で、どうにかするつもり?」 
 紡がれたシニカルなジョークに、場の嘲笑がなお一層沸き立つ。 
 
 
――ひとり? 
 
 
「ていうか、ホント何しに来たんだよお前」 
 笑い声の中で、誰かの声が聞こえた。 
 それは、当たり前に外れた行動を取るものに対する、社会的常識の立場からの嘲笑。 
「分かるだろう、普通。可能か、不可能か。そんなに殺されたい、無駄に死にたいのか? 
ハウンド《軍の犬》ってのは、そこまで馬鹿なのか? キチガイなのか?」 
 絵物語の主人公や、人の風聞に乗るようなごく一部の英雄に憧れ。 
 功を焦って、死地に飛び込んだ、バカなイヌとしか、明らかに見ていない声。 
 
 
 ――でも。 
「……ここまでは」 
 しばらくの爆笑を挟み、やがてそれに答えるように、のっそりと影が口を開く。 
「ここまでは、イヌの国の剣たる軍人としての、公的性格も兼ねた秩序からの警告」 
 決して大きくない、笑い声の中に掻き消されてしまいそうな。 
 だけど生気に満ちた声の中にあって、妙に良く響く機械的な声。 
「……そしてここからは、極めて私的な、一個人としてのオレからのお前達への警告だ」 
 感情も抑揚もない、ただ喉を震わせて出される『音』が、そこで一端区切られ。 
 
 
――怒りが。 
――始めて、怒りと、憎しみと、忌蔑とが。 
 
――『触るな』と。 
――そう言われたあの時と同じように。 
――拡散していた緑の光が鋭く一点に集まる。 
――透明な水に、色水を垂らす様。 
――辺り一帯に、そういうのに疎いあたしだって分かるくらいの、殺気が立ちこめ。 
 
「 …そいつから、離れろ」 
 
 
 ……怖いと、思った。 
 
 
「 今 す ぐ に だ 」 
 
 
 ――コロシテヤル―― 
 声だけ聞いても、そんな込められた殺意が伝わって来そうな、怖い声。 
 あのバカ犬が、絶対に口に出しそうにない声。 
 森の獣や鳥達でも分かろうその波動に、場の笑い声が一瞬にして掻き消えて。 
 
 でも。 
 だけど。 
 
 露にされた感情は。 
 能面の向こうから垣間見えた、心を持ったあいつの顔は。 
 それが見たことがないくらい怒った顔であっても、 
 牙を剥き出しにして眼光を光らせた恐ろしい顔であっても。 
 
「…ぞう…き……」 
 間違いなく、あいつの顔で。 
 
 ――そしてそれを確信した途端、忘我と狂気の淵から引き戻されたあたしの心は、 
 正気の領域にあって痛烈な事実にまた悲鳴をあげそうになった。 
 
 
 『まさか』と、『そんな事はありえない』と思いたかったが。 
 
――『部下もなく、伏兵も無しに、たった一人で?』―― 
 恩を裏切り、散々罵倒した挙句飛び出して、勝手にこいつらに捕まったあたしを、 
 『まさかそんな』と、思いたかったが。 
 
――『何しに来たんだ? たった一人で』―― 
 そんな資格無い、 
 そんな事を求めるだなんて虫が良すぎると思ったが、……でも。 
 
 …もしも……『もしも』そうだったら? 
 もしもそうだったらと、そう思うと。 
 
 
 
「…っだめぇ、ぞうきんっ! きちゃだめえぇッ!」 
 じぐじぐと、全身を内側から突き刺すような痛みがさいなやんで居たけれど。 
 強過ぎる激痛に、悪寒が、吐き気が、止まらなかったけれど。 
 気を抜くと萎えそうになる体に、残った全ての力を、振り絞って。 
 
「ばかっ! ばかぁッ! くるなっ、くるなあぁっ、あっちいけえぇッ!!」 
 ――『こっちは27人』―― 
 ――『死にに来たのか?』―― 
 冷や水を打たれたように静まり返った場の中で。 
 そんな目の前でなされた会話を思い出しながら、あたしは嗚咽交じりの叫び声を上げた。 
 ……死んじゃう 
 ……雑巾が殺されちゃう 
 ……あたしがバカのせいで、雑巾が…… 
 
「くるっ……「「るっせえ!!」」……ぎゃうっ!」 
 だけど次の瞬間、怒声と共に横たわるあたしのお腹に飛んできた蹴りによって、 
 あたしの体は鞠みたい跳ね飛んでいた。 
 露になった肌を散々ザラメ雪のそれで引っかき、傷口を地面に打ちつけながら、 
 それは2,3回バウンドして木の根っこにぶつかり、引っかかって止まる。 
 
「…ぐ……ぁ……ぎゅ……」 
 芋虫みたいに無様に横たわりながら、だけど変な声だって漏れるってもんだ。 
 せっかく明瞭になって来た視界が、再びぼやけて滲みをます。 
 
 ボロボロ。 
 その一言が、今のあたしの全てを表している。 
 
 両手両足を残して剥ぎ取られた服は、辛うじて体に引っかかった程度。 
 散々雪と寒気に晒され赤く腫れた全身は、 
 もう霜焼けというよりは凍傷と言っていいレベルまで行ってるのかもしれない。 
 射られた太腿と、折られた左手の指は、すぐに応急処置すりゃいいものを、 
 散々ぶつけて叩きつけられて放置された結果、今やもう紫を通り越して青黒くすらある。 
 …それの痛みで、『寒さに冬山で眠く』なんてならないのが、皮肉と言えば皮肉だったが。 
 そしてトドメに、処女守りきったとは言え、ファーストキスすっ飛ばしてのイマラチオだ。 
 
 そんな姿を雑巾に見られたのが、まず何よりも悲しくて、 
 ごめんなさいごめんなさいと心の中で泣いて謝るような要因ではあったが。 
 ……それ以上に。 
 
 
「なぁーるほどねぇ」 
 蹴り飛ばしたあたしの方を見ようともせずに。 
 鬼気の荒れ狂った跡で、流石に落ち着いたように声を上げるのは例によって頭目。 
「野良のくせに妙に肝が据わってやがると思やあ、このヒトメス、 
落ちてきたばかりじゃねえ、てめえの飼いヒトだったってわけか」 
 冷やかすような野次るような笑みは、明らかに何かを勘違いした証拠だった。 
 
 ……『飼いヒト』なんかじゃないと、言った所で多分こいつらは理解も出来ないだろう。 
 あたしと雑巾の関係が、決して『飼い主』と『飼いヒト』の関係なんかじゃなかったと。 
 
「なーにが品位公正、弱きを助け強きを挫く、正義の使徒たるハウンド《軍の犬》だ、 
聞いて呆れるぜ。末端の木っ端イヌが、いい趣味してやがる、…ですよねお頭?」 
 横から変に合いの手を入れる子分の顔に、だけどさっきまでの余裕は無い。 
「まあ、飼いヒトに手ぇ噛まれて逃げ出されるだなんて、何やってたんだか想像もつくがな」 
 答えてハハハと笑う頭目に、唱和するのは極少数で、 
 残りの笑いは明らかに乾いた、どこかしら勢いの無いものになっていた。 
 頭目を始めとした場慣れしていると思われる古株達はともかく、 
 若いイヌや経験の浅いと思われるイヌ達は、 
 作り笑いを上げながらも油断無く、それぞれの得物に手を掛けている。 
 
 …少しは厄介そうだと見直したようだが、 
 だけどまだまだ――むしろそれだけ――『相手が一人』という所からタカを括っている、 
 ……そんな印象を受ける光景だった。 
 …それがまあ妥当な所な、普通にありえるだろう、相手方の反応だったとしても。 
 
「よーし、決めた」 
 ――でも、その認識すら甘いと。 
「…前のご主人様の首を前にして、そいつの持ち物だったヒト召使いを調教する、か」 
 ――正真正銘・真性の変態サドぶりを露呈しながら笑うこの盗賊団の首領は、 
 果たして一体、僅か1%でもその可能性を、己が考慮の中に入れていただろうか? 
「んな美味い状況滅多にあるもんじゃねえ、こいつぁ愉しませてくれそうだ」 
 ――なまじそこそこ世に名の知れた悪党集団であっただけに、 
 かつてのあたしと同じく、その社会から与えられた常識的評価の上に胡坐を掻いて… 
 
「……『悪者に攫われたお姫様を助けに来た王子様』なんて、 
なかなかロマンチックで憧れちゃうし、本当なら応援してあげたいんだけどね、坊や」 
 ――同情するように言う、やさぐれた様子の蛇女も含めて。 
 この場にいたあたし以外の全員が、疑いようも無く『1対25以上』などと。 
「でも、残念だけどあたし、ご都合主義的ハッピーエンドってどうしても嫌いなのよ」 
 ――『1対25以上』で、『1』の方が勝つなどと。 
「悪いけどこれが現実、可哀想だけど死んでもら…… 
 
 
 
「……お前達が犯した、三つの『責に返されざる失策』は」 
 遮って、どこか虚ろに独白めいて、虚空にでも話しかけるような声。 
「一に、ディンスレイフという名の【禁忌】への接触を図ってしまったという事」 
 言葉を遮られた事に顔をしかめてキセルを叩くヘビ女にも関わらず、 
 淡々と空気に消えていくような言葉を紡ぐ雑巾を、……だけどあたしは、知っている。 
「二に、狼国に抜けるのに、『よりによって』このルートを選んでしまったという事」 
 この八ヶ月間見てきた、『これまでの雑巾』を。 
 そして今此処にいる『この雑巾』が、それと比べて、どれだけおかしいのかを。 
「そして三に……」 
 バカなようで、だけど時々意外とバカでなく、妙に意志が堅固なこいつの事を。 
 そして常々疑問に感じてきた、そんな意志の強さの根底に見え隠れする、見えそうで…… 
 ……だけどついぞ見えなかった、隠された何かの、存在を。 
 
「こいつを……」 
 
――はたはたと、『無音で』ベルトに留め切れぬ黒いトレンチコートの裾をはためかせて。 
――…ふいに、右腕で辛うじて身を起こずあたしの方を見た、雑巾の目は。 
 
「……こいつを」 
 
 
 
 
                                 ―― 『ごめんな』、と ―― 
 
 
「ハッ! いい加減にしろや!」 
 苛立ったような、オオカミ頭の頭目の声。 
 不可解な言動を繰り返す雑巾に、痺れを切らしたとでも言いたげに。 
 
「おいコラ、リデュー、アーバン、ベクテ、バロン! お前ら一体なに見張ってんだ!!」 
 四方に目をやり、怒鳴り声を上げて見張り役の手下の名前を呼ぶ。 
「てめぇらがちゃんと仕事してねえから、こんなバカが紛れ込みやがる! 
責任取って、お前ら四人でこいつ始末しろや!!」 
 四人も居れば十分だろうとでも言いたげに。 
「…おい、聞いてんのか、リデュー、アーバン、ベクテ、バロン!? まさか寝て―― 
 
 
「――寝てるさ」 
 ぱたり、と。 
「…四方に配備してあった射手四人なら、その配置位置を鑑みた上で、 
当軍よりお前達への捕縛公告の際に必要最低限の安全性を阻害するものと判断」 
 ぱたり、と。 
 どうして今まで誰も気がつかなかったのか、不思議なくらいの生々しい音。 
「だから公権の発動として……悪いが少し、眠ってもらっている」 
 白い雪の上に垂れるのは、涙ではなくて―― 
 
「……ほんの300年程。ちょっと普通のイヌの寿命が尽きる位まで、な」 
 
 ――ぶらりと下げられた剣先より落ちる、赤い液体。 
 
 とても遠回し、迂遠な言い方だったけれども。 
 ……だけどほんの少し考えれば、言っている事の意味は誰だって判っただろう。 
 
 
 ――もう死んでるよ、と。 
 
 
「ってめ――「「ディンスレイフに……」」 
 不気味にはためく黒衣に、だけど何人かは気がついたかもしれない。 
 …風をはらんでたなびくそれが、だけど全く『バタバタ』という音を立てない事に。 
「……【S級国際犯罪者《トリックスターズ》】に協力し、国家に牙剥くとは、そういう事だ」 
 馬鹿め、と嘲るわけでもなければ、 
 愚か、と笑うわけでもなく、 
 おのれ、と怒るわけでもなし。 
「言っただろう? 『特一級捕縛命令が出されている』、と」 
 ただただ事務的に。 
 ……まるでそこに、『雑巾』という名前のイヌなんて居ないかのように。 
 
「…【準一級捕縛命令――ポシブリーアライブ《なるべくなら生かして》】、 
【第一級捕縛命令――デッドオアアライブ《生死問わず》】 のさらに上に位置する、 
【特一級捕縛命令】が意味する内容は……」 
 
 何の感情も、表す事無く。 
 
「…… D E A D  O N L Y 《 セ ン メ ツ セ ヨ 》 」 
 
 …場に立ち込める空気が、たちまち硬質に変性していくのを感じる。 
 
 
 
 負けるとは、思っていなかった。 
 
 たとえ1対25overでも、あたしは雑巾が負けるとは思っていなかった。 
 それは『信頼』とか、そういうのじゃなく。 
 『あいつの事を信じているから』だなんて、夢見る乙女が言いそうな理由じゃない。 
 
 …それは『予感』だ。 
 ついさっき『確信』へと変わり、今なお不吉の前触れとしてあたしの中に渦巻く。 
 
 ……おそらくあたしは、助かるだろう。 
 他でもない雑巾が、あたしを必ず助けるだろう。 
 その代わり―― 
 
――その代わりとてもとても、『恐ろしい事』が起こる。 
――詳しい想像なんてとてもする気になれない、想像だにつかない、『恐ろしい事』が。 
 
 そしてそれは他でもなく、あたしの為に…… 
 ……ううん、『あたしのせい』で、起こるのだ。 
 
「…………あ……」 
 零れる涙に、だけどもう何にも、あたしには言う事なんて出来やしない。 
 全部あたしのせいであり。 
 あいつに『ああさせる』のは、全部あたしのせいであり。 
 
 ……だって、あいつは謝ってて。 
 ……『ごめんな』、と。 
 ……感情の無い目の合間に、あたしにだけは見せたあの目で、謝っていて。 
 ……そしてあいつがあんな風に謝るのは、いつだって―― 
 
 
 
「…Kill Fool,Kill Fool,Must to Die.《 …殺せ、殺せ、愚か者を 》 」 
  歌を。 
  血の伝う剣を高々と掲げて、影そのもののように佇み機械の声に歌うその姿は。 
 
「 Kill the Beast,Be Hostile,《 社会に仇名す、ケダモノを 》 
Kill the Traitor,Lose Prestige.《 国威を墜としむ、違背者を 》 」 
  【スペクター《死霊》】、【シェイド《影霊》】、【グリムリーパー《死神》】 
  イヌの国ではもうだいぶ昔に駆逐され、今は相当な山奥か 
  いわく付きの場所にしか居ないと言われているはずのモンスター《害獣》のように。 
 
「 Take the Sword,For the Law,《 秩序の為に 剣を取り 》 
Carry out the Sword,By the Law.《 王意に代えて、剣を振り 》 」 
  その軍歌は歌われており、だけど歌っているのはあいつではない。 
  狂ってはいない、けれど存在そのものが狂気であり、そしてあってはならないもの。 
  存在自体が忌まわしい、冷徹にして精緻たる、狂える意志の代行者。 
 
「Annihilate! Annihilate! Enemy of the Law !! 《 国家の為に、駆逐せよ!》 」 
 
 
「こっ……」 
 
 流石に、恐怖するだろう。 
 この怖いもの知らずのオオカミ男であっても、流石に恐怖しただろう。 
 生きて、欲を持ち、生への渇望を持って、そして己という自我を持つ者ならば。 
 
 手下の半分は剣や槍や斧に、残り半分は弓に矢をつがえて、素早く半円に散開した。 
 つい先刻までは悠然としていたヘビの女が冷汗を浮かべて舌打ちし、 
 振り下ろしたキセルの下、雪を突き破って地面がボコボコと盛り上がりだす。 
 
「殺せええぇっ!!」 
 
 
 
 ―― 一瞬だった。 
 元々訓練されていたのだろう、号令一つで10近い弓が一斉に引き絞られ、 
 フルドローまで引き絞られた弦は、次瞬にはすでに鋭く弾音を立てて打ち戻る。 
 恐ろしくも早過ぎるその斉射は、ヒトを遥かに凌駕する筋力と動体視力、 
 そして標的との距離が10mも離れていないからこそ為せる技。 
 
「――っ!」 
 上体を樹にもたれかけさせて、動くこともままならないあたしには、 
 それの凄まじさと次に目に飛び込んでくるかもしれない光景に息を飲む。 
 『何か』が起きる――ううん、もう始まっているという『予感』『確信』はあっても、 
 それでもそれは漠然とした予感、 
 怖いものは怖く、心配なものは心配で、不安なものは不安で。 
 ……だけど目を閉じる事だけは許されないと、 
 きちんと見開いていた目にも…… 
 
 ……それは、なんだか良く判らなかった。 
 
 
 刃の峰に左手を添えたまま、右手に持った剣を高々と掲げた雑巾は、 
 一歩たりとてそこから動くわけでもなし、ただそこに突っ立っているだけで。 
 
 ――二桁近い数の矢は全部、雑巾の体ギリギリを掠めるように。 
 
 
 
 ……だけど一本も当たらず、全て背後の林の中に消え、あるいは木々に突き刺さった。 
 ががが、がん という、樹の幹を抉る音が、虚しくも響き…… 
 
「ガァッ!?」 「ぐっ!?」 
 ……いや、むしろ外しただけに留まらず、 
 二人ほど足や肩に外れた流れ矢を受けて、のた打ち回ってさえいたりする。 
 そうして雑巾は、まるでそんな未来が見えていたとでも言うように、 
 微動だにする事無く、振りかざした剣の切っ先が指差す天頂を仰いで…… 
 
「バッ…ッッッ!! てめぇら、こんだけ近くから撃っといて何やって―― 
 『え? あれ?』と言う顔をしながらも、それでも慌てて次の矢をつがえる射手達だが。 
 そんな拍子抜けというか、すっかりカタなしの醜態を晒した部下達に、 
 怒鳴り声を上げて叱咤を掛ける頭目に対し。 
「違うっ、マルコッ!!」 
 焦ったように叫んだヘビの女の背後で。 
 ズシン、という音と共に立ち上がったのは、………土…人形? 
 
 …あれも魔法の一種なのだろうか? …ゴーレムというか、…泥人形とでも言うのか。 
 ヘビ女の身の丈倍はありそうな、岩石と、砂と、礫で出来たヒト型の塊が。 
 何時の間に持ったのだろうか、両手に大きな岩石を持って、雑巾へと―― 
 
「あの坊や、魔法使―― 
 
 だけど。 
 その言葉、岩、次の矢。 
 そのどれよりも、ひゅん、と空を切って振り下ろされた、雑巾の剣の刃の方が早かった。 
 そこにちらりと、青い光が爆ぜた様な気がして。 
 
 
 
 
……ああ、そう言えば、いつだったか。 
……こんな会話をした事が、あったっけ。 
 
   ――ねえねえ、雑巾。 
   ――ん? なに? 
   ――あんた、魔法使えるんでしょ? ちょっと使って見せてよ。 
   ――…え、いや、そんな軽々と見せるようなもんじゃないし、第一オレ簡単なのしか… 
   ――簡単なのでいいからさー、ほら、ファイヤーボール出してみたり、 
       小さな氷の刃飛ばしたり、何もぶっとい稲妻落として見ろとまでは言わないから。 
   ――…いや、その、オレ、そういうのはちょっと苦手っていうか、全然… 
   ――……。 じゃあ、可愛い男の子に変身してみたりとか。 
   ――そっ、そんな高度な魔法使えるわけないだろ! 肉体変化の魔法だなんて… 
   ――…………。じゃ、回復魔ほ―― 
   ――無理。 
   ――……。 
   ――……。 
 
   ――…どういう魔法だったら使えんのよ、オラ。 
   ――う、あ、えと、ほら、マッチが無くても火を点けられたり、ランプが無くても…… 
   ――うわつかえねー 
   ――ぐっ……あ、そそそうだ、手を触れないであの蛍光灯の明かりを消すっ!! 
   ――…紐引っ張りゃいいだけなのになんでわざわざ。…てーか役に立つのそれ? 
   ――な、なんだよ、すごいんだぞこの魔法っ! 蛍光灯だけじゃなくてランプの火や 
       ロウソクの火、焚火篝火にも効くんだからなっ! そもそもこの魔法は 
       ルクシオン(光素)の性質に着目して、夜の闇を照らす存在の根源をだな(グダグダ) 
   ――はいはい分かった、分かったからとっととやって見せる! 
 
   ――……あ。 でもこれやると、多分蛍光灯割れるから、危ないからちょっと下が―― 
   ――意味ねえだろそれぇっ! っていうか割んなあっ!(ガスッ) 
   ――ギャンッ!! 
 
……まだ楽しかった頃に交わした、平凡な会話。 
……その時はまだ何とも思っていなかった、だけど―― 
 
 
 
 
「――《失火》」 
 
 ヒュン、と風を切って振り下ろされた剣と共に。 
 広がったのは、青黒い光の爆発。 
 バン、と何かに押し潰されたがごとく跳ね上がる、焚火の薪の炸音を引き連れ。 
 あるいはガチャン、と多分木に吊り下げられたランプの砕け散る音を伴って。 
 
 消失したのは、星と月以外の、全ての『光明』。 
 
 
 
      ※     ※     ※     < 3 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
 かくて真なる闇は訪れん。 
 
――くそ、くそ、くそ、くそ、くそ!! 
――なんなんだあいつは、なんなんだあの薄気味悪い黒ずくめ野朗は!! 
 
「くそったれが! おいバカ野朗共、間違っても同士討ちなんてするんじゃねえぞ!!」 
 怒号や悲鳴があがる中に、そう一喝を入れておいて、 
 【サイアス盗賊団】首領、マルコ・サイアスことマルコは、冷静に事態の分析を始める。 
 
 平生の陽光の下や、真っ当な明かりの下でならともかく、 
 完全な暗闇の中においては、集団vs個人の有利性は明らかに普段と逆転する。 
 多人数の方が同士討ちを恐れて迂闊に動けないのに対し、 
 一人の方は『自分以外の全て』に対して心おきなく暴れる事ができるからだ。 
 
 加えて今回のケースが輪を掛けて悪い事は、直前まで明かりの中にいた所を、 
 いきなり暗闇に叩き込まれたせいで、完全に視界が死んでいるという事。 
 …あと2〜3分もすれば、暗闇に目が慣れてきて、 
 星と月の明かりだけでもなんとか周囲を見渡せるようになるのだろうが。 
 ……だけど今はその2、3分が、一体どれだけの致命的なロスになる事か。 
 
「誰か魔法――いや、もう松明でも木切れでも何でもいい、点けろ、点けろ!!」 
 煙草に火を点けるのに、打石の要らない程度に魔法を使える人間、 
 あるいは闇夜の中でも手提げランプがいらない程度には魔法を使える人間なら、 
 自分達の中にも何人か居る。かく言うマルコもその一人だ。 
 彼自身、腰の袋に入れた油瓶をまさぐりながら…… 
 
 ……と、そこで。 
 誰かが組み上げたのだろう、闇の中にポン、とばかりに現れた光の球が、 
 ふわりと浮かぶ上がり、お世辞にも広いとは言えない範囲ではあったが照らして―― 
 
 
――誰もがそちらを見た瞬間。 
――明かりの外から飛び込んできた黒い影が、光球の真下に居たイヌ…… 
――エリック。魔法が得意で、小さな鎌鼬ぐらいは飛ばせるのを自慢にしていた―― 
――……と重なったのが見えたと思ったら。 
 
 
 せっかく生まれた光球が、ブツンと音でも立てるように歪んで消滅し。 
 数瞬遅れて、どさっ、と雪の中に重たい何かが倒れる音。 
 
 消える明かりが最後に周囲に映したのは。 
 翻る黒衣の裾と、雪に飛び散る赤い斑点。 
 
 
 
――次の瞬間そこかしこから上がったのは、女みたいな悲鳴だった。 
――そして最悪な事に、そこには弓の弦を引き絞る音さえ。 
 
「バカヤ……ッ」 
 叫んだところで、ぞわりと何とも形容のし難い……第六感めいた悪寒に襲われ、 
 反射的に振り上げ前に突き出した斧の刃に。 
 
 キィン、と。 
 
 ぶつかって、闇の中でもくるくると月の光を翻しながら落ちていったそれは、 
 見たところでは小ぶりなダガーナイフ。 
 
「……っ!!」 
 柄にもなくゾッとして。 
 ほんの一瞬であっても戸惑ってしまった、それがますます事態を悪くした。 
 
 ヒュンヒュンという、二本、三本の弦が鳴る音。 
 ドッドッと、暗闇の中で何かに刺さる音に。 
「がぅッ!?」 「ぐぁっ!」 
 明らかに味方の悲鳴と思しき、くぐもった声が重なった。 
 
「ッチィッ、お前らいい加減に……」 
 言った所で、もう遅い。 
 
 
 相当な場数は踏んできた。 
 修羅場だって潜ってきた。 
 斬った数、殺した数だって、両手両足の指で利かないぐらいだ。 
 
 ……だけど、思うに自分達はいつも『襲う側』だった。 
 計画を練り、闇夜に紛れ、無防備な上流階級や商人共の馬車を襲う側。 
 抵抗のできない弱者を、圧倒的な戦力と地の利を持って殺戮する側であり…… 
 
 ……けれど、『一方的に襲われる側』になった事は、数える程しかない。 
 
 
(…くっ……そったれがあああああっ!!) 
 闇夜に響く、混乱と、恐怖と、……そして一番避けなければ行けない筈の、同士討ち。 
 それでも明かりを点けた奴の所に、恐慌に駆られた何人かのバカが弓を射掛け、 
 結局慌ててそいつも明かりを消し、また暗闇の中で怒号と叫び声だけが響き渡る。 
 
 もう、完全にパニックだった。 
 頭目の自分が声を張り上げたところで、最早いくばくの効果も望めまい。 
 
 何より、そんな中にあって、明らかにあいつはそこにいて。 
 音を殺し、音を頼りに、こちらの気配を探っている。 
 闇の中、ぬるりと湧き出るように、明確な殺意を持って投げられてきたあのナイフが、 
 その何よりもの証拠だった。 
 
 
――くそ、くそ、くそ、くそ、くそ!! 
――なんなんだあいつは、なんなんだあの薄気味悪い黒ずくめ野朗は!! 
 
 …最初はひょろっとした陰気な若造だと思った。 
 見た所若そうな割には、その歳で軍曹だなとど名乗りやがるので、 
 てっきり勘違いしたどこぞの貴族の三男坊かと。 
 たかが世間知らずのガキだと。 
 
 ……しかし現実に、そんなガキに引っ掻き回され窮地に追い込まれているというのは、 
 自分達が今この場で認めざるを得ない、厳然たる事実。 
 あのディンスレイフからの仕事を請け負い、 
 関所を破壊してハウンド《軍の犬》共の追跡を見事に振り切ってのけた、 
 その自分達が、たった一人の小僧に出し抜かれているのは、紛れも無い真実。 
 
 ……否、あれはそもそもなんだ? 
 イヌなのか? 
 それともイヌ以外の何か? 
 あれが噂の【スペクター《死霊》】? 
 それとも【シェイド《影霊》】とか呼ばれる、次元の歪から生まれたらしい影の眷属? 
 ……否、そもそもあれは、『生きた何か』か? 
 
(……馬鹿な! 冗談じゃねえぞ…!!) 
 イヌを越えて、オオカミを突っ切り、ウサギの国までついて見事仕事を終わらせれば。 
 後10年は遊んで暮らせるだけの報酬が手に入る、そのはずだったのに。 
 
(ふざけんじゃねえっ!!) 
「てめえらぁっ! 焼き殺されたくなかったらケツに気合入れて歯あ食いしばれっ!」 
 最大音量でも、どれだけ聞こえているかは定かではないが。 
 叫んで、腰の袋から取り出した油瓶を足元の雪の上へと叩きつける。 
 部分部分しか照らせない、チマチマした光を出していては相手の思うツボだ。 
 ……だったらもっと、でかい火を。 
 
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」 
 雄叫びを上げると、両手に持った愛用の重戦斧に力を込める。 
 振り回すタイプであるその斧の、柄先の両刃の付け根には、 
 赤々と輝く紅玉と、紫の輝きを放つ紫水晶。 
 
   ――二十数年前、襲った豪商の馬車から手に入れて以来。 
   ――この【魔剣】たる重戦斧は、どんな剣よりも愛しい彼の愛用の武器となった。 
   ――どれだけ斬っても血油一滴付かず、むしろ屠れば屠るほど輝きを増す。 
   ――あの赤将軍リナの紅無双『方天戟』や。 
   ――猛将軍レガードの護国剣『グランバルムング』には数段劣るだろうが。 
   ――それでもかなりの上位の【魔剣】と見られる、この斧に彫られていた刀銘は。 
 
 
   ――『炎の氷柱』 
 
 
「ッラアッ!!!」 
 斧を叩きつけられた地面が ズン と揺らぎ。 
 突き立てられた刃を中心として緋色が走る。 
 
 油に火がつき、黒ずんでいた薪が燃え上がり、溶けた雪がもうもうと水蒸気が立ち込めさせ。 
 ……荷や、あたりの草木にもちょっと火がついたりしているが、まあこの際それは構うまい。 
 死ぬか生きるかの瀬戸際で、そんなものをいちいち気にするなんざ、馬鹿のする事だ。 
 
 
 
      ※     ※     ※     < 4 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
 雄叫びと共に広がる赤い光。 
 巻き起こる紅蓮の炎に、『あれ』の領域であろう闇が払われていくのを横目に、 
 正直助かったと思いつつも――それでもヘビの魔女アイニィは往年の癖で 
 一言愚痴を言わずにはいられなかった。 
 
「あっつ! バッ……マルコ、あんた何やってんの! 焼け死ぬかと思ったじゃない!」 
 バタバタと衣の裾に付いた火をはたきながら思わずそう叫ぶ。 
 見れば煌々と照らされる明かりの中、火傷を負ったらしい何人かは悲鳴を上げ、 
 2,3人に至っては、ズボンや尻に火をつけたまま必死で雪の上を転がってさえいる。 
 あまつ食料や油・毛布など、荷物の幾つかにまで火がついているのを見るに及び、 
 これでは敵と味方と、どっちにやられたんだか判りゃしないというもので。 
 
 だが。 
「ハッ! そんな事言ってる場合かよ!」 
 悔しいが、だけど確かにその通り。 
「おいてめえら、いつまで遊んでやがるっ、影野朗は……」 
「おっ、おカシッ―― 
 
 
―― 悲痛な叫び声が 
―― ……途中で、途切れる。 
 
 誰もがそちらを見たその先に、それはいた。 
 肉を絶つ音もしない。 
 悲鳴もあがらない。 
 敵を打ち倒した事への、蛮声もない。 
 
 ……ただただ、無音。 
 
 叫んだ男――ロウランドの首に吸い込まれた剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 
 その光景だけがあり、肉が擦れる音も、鉄が擦れる音も、そこにはない。 
 ぱたぱたと雪面に血の零れる音と、 
 そして遅れて、どしゃりと膝が、胴体が、雪の中へと倒れ伏す音だけが―― 
 
「ヒッ……」 
 そう思った時には、明暗明暗の繰り返しの果て、 
 ちらちらと踊る火に痛む視界に、翻る黒の塊はグレニスの前にいた。 
 
 ……もっともその時には、もう誰もがその異常さを悟っていたのではないかと思うが。 
 
 
 ――疾い。 
 凄まじいまでの踏み込みと、それによる一瞬での間合いの短縮。 
 軽快なフットワークと共に、風を切るような素早さを持って。 
 
 …だけど全く、しないのである。 
 
 音が。 
 気配が。 
 空気の動きが。 
 
 
 大地を蹴れば、当然土踏む音が鳴る。 
 肉に剣を刺しても、剣と剣をぶつかり合わせても、同じように音が鳴る。 
 コートが風をはらめば音が鳴るし、全力で走れば、当然風の抵抗が音を鳴らす。 
 …いや、そもそも。 
 大の男ほどの質量と体積を持つ者が動けば、当然周りの空気も動くはずなのだ。 
 すれ違った全力疾走する男に、振り向いた女が頬に当たる風を感じるように。 
 恐ろしいほどのスピードで振り下ろされた大剣が、辺りに土埃を巻き起こすように。 
 物が動けば、人が動けば、空気が動く、大気を動かす。 
 …それが自然の法則の下にある、実体を持った存在ならば。 
 
――よくあるだろう? どこかで聞いたような怪談で。 
――廊下の向こうに、小さな子供が立っている事にふと気がついたが。 
――怪訝に思いながらも、ほんの一瞬目を逸らして。 
――だけど目を戻すと、目の前に無表情な白い顔があったという。 
 
 ……だからまさに彼、今のグレニスはそんな感じで。 
 
 
(あ?) 
 ――気がついたら目の前にそれが居る。 
 そこには走ってくる音も無く、足元の雪を蹴る音も無く。 
 大きな体積を持つ者が迫る時特有の、押し寄せる空気の流れも無く。 
 匂いすら無く。 
 生き物が放つ気配すら無く…… 
 
(…あ?) 
 どん、と首の後ろを何か強い衝撃を受けたと思ったら、 
 次の瞬間には雪の中に倒れこんでいる自分を感じた。 
(………え?) 
 体が動かなく。 
 視界が暗くなり。 
 やがてどこかに吸い込まれるように―― 
 
 
 
 駆け抜け様のすれ違い様、まるで落ち葉焚きの中に芋を探して大串を突っ込む様に、 
 それくらいの自然な、平然とした動作で。 
 刺して。 
 抜いて。 
 後ろ首――延髄部分から血を吹き上げて倒れこみ、 
 ビクンと一つ痙攣して動かなくなる、グレニスという名前だった肉の塊。 
 
 音量を消した、テレビの中の殺陣活劇を見ているような、そんな錯覚すら受ける。 
 …受けるが、しかし、確かにそこでは。 
 
「うっ、うわあああああああっ!!」 
 原初的な恐怖に冒されて。 
 悲鳴を上げて弓を引き絞ったのは、皮肉にもこの中で一番年の若いイヌだった。 
 もっとも仕事の経験が薄い故に、最も感覚が鈍磨してなかったらしい彼は、 
 目の前にいる『有り得ないもの』を排除するべく、死力に弓を引き絞る。 
 その声に、『それ』がそちらの方を向き…… 
 
 ……たった一本の矢。 
 だから今回は、全ての者にも、判り易過ぎるくらいによく見えた。 
 体のど真ん中を狙ったはずの矢が、虚しくも『それ』の足元の地面に突き刺さる。 
 …気味の悪い緑光の瞳を前にして、『明らかに途中で軌跡を変えて』。 
 
 
 …その光景に、忘れていた言葉を。 
 
「だめっ! 近づいて殴んなさい、なんでもいいからっ! 矢は効かない!!」 
 
 叫びながら、今更の様に背後に控えた己のジンに命令を下す。 
 さっきから間抜けに突っ立ったままだった人工精霊たる土砂人形は、 
 ようやく受けた命令のままに主の指定した方向に掲げた大岩を放り投げたが。 
(くっ!!) 
 ジンの腕が延びきったその瞬間を見計らうよう横っ飛びに飛びのいた相手を見て、 
 こちらの手の内――地のジンの弱点が読まれている事を何となく悟った。 
 しかも最悪な事には。 
 
「ッシャアッ!」 
 振りかざした戦斧を凪ぐと共に、扇状に放たれる無数の氷柱。 
 さすが長年同じ仕事を務め、共にまとめ役として一団を引っ張ってきた相方か、 
 相手の着地の瞬間を見計らって絶妙のタイミングで自慢の斧を―― 
 
 ――『炎の氷柱』と呼ばれる、魔法が封じられていて、必要な量の魔力さえあれば 
 誰でも込められた魔法を発動させることができるタイプの、高性能な【魔剣】を―― 
 
 ――横凪ぎにしてくれたのだが、しかしそれらも全て命中せず。 
 確かに射線上に捕らえていたはずの二つほどの氷柱が、 
 明らかにおかしな曲線を描いて、掠めるように『それ』の背後に消えていくのを見ながら。 
 
 
「……くそっ!? 何だよありゃっ、どういう手品だっ!!」 
「知らないわよっ、でも多分『矢返しの術』かなんか! しかもとんでもなく高度な奴!! 
魔力はほとんど感知できないけど、飛んでくるのをみんな直前で逸らしてる! あれじゃ――」 
 あれじゃ矢どころか、大抵の軽い、飛ばして終わりの射出系の魔法は。 
 逸らせないだけの力、直接近づいてぶん殴るか、よっぽど重い魔法をぶつけないと。 
 
 ……そう言い掛けて、それでも第二撃を放とうとした二人の手が。 
 次の瞬間視界に入った光景にビタリと停止する。 
 揺らぐ黒衣に半ば狂乱して斬りかかる『彼ら』に、「邪魔よ、どいて!」と叫ぶ事も出来ない。 
 「そんな近い距離にいると巻き込まれるわよ」と。 
 
 何とかあれらを巻き込まないような、そんな手管を模索しながら―― 
 
 
――アイニィは、ヘビの国の今は滅んだ小国で生まれた『地』のジン使いである。 
――砂ばかりの故郷に嫌気をさし、国が隣国に滅ぼされる前に砂漠を出た。 
 
――こと戦場(いくさば)において。 
――『地』のジンの欠点は、とにかく動きが緩慢であり、そして攻撃が大味である事だ。 
その身に秘めたる力は大きく、単純な『一撃の破壊力』だけでなら『火』のジンをも勝るが、 
しかしどんなに一発の威力が大きかろうとも……『当たらなければ』意味がなく。 
攻撃最強を『火』に……いや、『風』と比べても攻撃に劣るとされる理由が、ここにある。 
――また、精密射撃、ピンポイント攻撃にとことん適さない所も問題である。 
直接殴りかかる以外にも岩石を投げつける、土砂を叩きつける、つぶてを飛ばす等あり、 
極めて強大なジンともなれば、局地的な地震や地割れすら起こす事も出来るのだが…… 
……しかしそのどれもが、周囲を巻き込み、周りの味方にも被害を与え易いものだ。 
他の三つ、特に対極たる『風』のジンと比べて、決定的に『小回りが効かない』のである。 
――勿論、だからと言って『地』のジンが全くの『デク』というわけではない。 
大岩や倒木の除去などの『土木建築』、動かない的を狙えばいいだけの『攻城戦』その他、 
そして『まとまった集団相手に一発ドカンとぶちこむ』等といった限定条件下においては、 
馬力の足りない『風』は元より、『火』にすら勝る凶悪な破壊性能を発揮するのだが…… 
 
   ――しかしともかく、『敵味方入り混じった乱戦』には、決 定 的 に 向 か な い 。 
 
 隣を見れば、それはマルコも同じなのだろう。 
 振り上げたままの格好で、ギリギリと歯を噛みながら、立ち位置を変えるべく横に駆け出す。 
 …この男の『炎の氷柱』が持つ最大の脅威は、持ち主の魔力を糧にして、 
 振ると同時に『扇状に無数の錘状の炎』、あるいは『扇状に無数の錘状の氷柱(ツララ)』を 
 飛ばす事が出来るという、爆撃行為にも似た力にある。 
 
 …なるほど、無防備な商人達の隊商、あるいは警邏の軍犬共の隊列に対して、 
 奇襲の一発目で甚大な被害を与える事に関しては、強力無比の力を誇るが。 
 ……だけど敵味方が混在する中、たった一人に対して向けるには、その力は、少しばかり。 
 
 
 
 ――ただ、もっともこれはアイニィだけでなくマルコ自身も思い及んでいない事だったが。 
 …結局彼らは、サイアス盗賊団は、どれだけ優秀であっても所詮は『盗賊団』風情、 
 詰まる所どこまで行ってもな『B級国際犯罪者』程度、…だという事なのでもあった。 
 
 …ああ、なんなら、躊躇っていないでやればいいのである。 
 味方ごと巻き込むのを承知の上で、乱戦の中に大岩を放り込み。 
 あるいは味方ごと貫く勢いで、氷柱の広域爆撃を浴びせかけてやれば良かったのだ。 
 
 ……それができないから、しかし所詮は『B級国際犯罪者』。 
 悪党は悪党だが、まだ人の理の内に収まる、決して狂ってはいない正気の悪人。 
 
 敵対勢力と中立勢力には容赦なく、事実数え切れない程の命を殺め、 
 ヒトとは言えど、女を甚振って愉しむような真性サディストの性癖を持つ男であり、 
 あるいはそれを笑って眺めながら若いツバメを垂らしこむような女であっても。 
 …それでもまだ、味方は愛し、手下は愛し、故にこそ慕われる、『正道の悪党』。 
 気まぐれと癇癪で腹心の部下すらも惨殺する……ほどには狂っておらず、 
 邪神を奉じ、自爆戦術すら厭わぬような狂信者集団……ほどには狂っていない。 
 
 ――だから所詮はB級で、だけど所詮はB級で。 
 ――なればこそ振り下ろさんとした両手を止めて、虚しく射撃ポイントを探すしかない。 
 ――部下ごと殺せない、それを美徳とするか、悪徳とするかは…… 
 
 
 
――何よ、これは。 
 
 舌打ちして、『あれ』の側面に回り込もうとマルコに同じく横に走っていても、 
 弓を片手におろおろしていた(斬り合いの苦手な)シディアが、回転して飛んできた 
 光る何か――多分ナイフ――を喉に食らってひっくり返るのが視界の端に映る。 
 
 『たかが一人』『たかが一人』と。 
 ……侮っていて、しかし自分達がいつだって襲う側、不意を突く側だった事を 
 思い出したところで、もう遅い、遅すぎて。 
 
――何よ、これは。 
 
 ズシン、ズシンと、緩慢にしか動けない自分のジンに苛立った所で、どうなるものか。 
 ほんの90度ほど回り込んでいる間にも、また一人輪の中心、喉を押さえて誰かが崩れる。 
 
 『たかが一人』を相手にし、完膚なきまでに綴り殺して来た事は数あったが、 
 しかしそれは、思えば全て遠くから取り囲んでの弓と魔法の浴びせかけによるものだ。 
 ……近接戦闘で一人と相対する時、同時に襲いかかれるのは良くて三人。 
 それ以上だと味方同士の振り回す武器がぶつかり、あるいは互いを傷つけてしまう、 
 ……そんな単純な事すら忘れていたのは、一体何時からだっただろうか? 
 
――……何よ、これは。 
 
 こうしている間にだって一人。また一人。 
 そのくせちょろちょろと。味方の間を行ったり来たり。影に隠れてあるいは飛び出し。 
 射線上に捉えられそうで捉えられない、忌々しい影野朗に足を止める事無く―― 
 
 既に半数以上の仲間達が地に伏しており、立っている者は10人程しか居ない。 
 アーバン、バロン、ロウランド、ベクテ、エリック、リデュー、グレニス、クレティアン…… 
 ある者は喉笛を掻き切られ、ある者は後ろ首に一撃刺し傷を貰い、 
 そしてある者は首筋にダガーナイフを突き立てられ、みな瞳孔を開いて絶命している。 
 ちらちらと木切れや荷物の上で燃える火の下、赤く染まった雪を敷いて、 
 ほんの数分前まで笑っていた者達が、どこも見ていない目で累々と横たわっている。 
 交戦の始まりから3分……いや、2分と経っていないというのに、だ。 
 
「……何よ、これは」 
 
 ―― 『 狙 っ て や っ て い る の だ 』 と 。 
 最初から自分とマルコの動きを警戒していて、敢えて殺到の輪の中心に。 
 よりによってこっちの味方を盾にし、肉の遮壁としているのだと。 
 
 気がついた瞬間、漏れた呟きに、虚脱と恐慌。 
 自分とマルコとが初弾を叩き込んでからの、迅速、速攻、強襲、撤収。 
 それでもしくじって、一人二人、死人を出して来た事はありこそすれ。 
 ……だというのに、なんだ目の前のこの光景は? 
 目の前に横たわる、今だって5秒、10秒の間に量産されていく、屍、屍、屍、屍。 
 相手はどこぞの将軍でも、大陸に名の知れた武人でも、悪名高き魔法使いでもない。 
 名も顔も知らぬ軍曹風情、国境警備のハウンド《軍の犬》一匹で。 
 なのに信じられない現実を目前として、思わず座り込んで、現実逃避だって。 
 
「………っ!」 
 ――捉われかけて、だけどアイニィはそれでも意志を奮い立たせた。 
 自分達の指示の当否一つ、ほんの十秒判断を迷っただけで、数人単位で仲間が死んでいく。 
 そのような状況下で指揮官までがパニックに陥いるなど、許されるわけがない事だった。 
 ……見れば、『あの子』も死に物狂いで剣を振るっていて。 
 
――『姐さんだって凄い魔法使いじゃないですか!』 
――『え…、お、俺は…その………姐さん一筋、だから』 
 
 『たかが一人』と、『たかが一人』なんだから勝てないはずが無いと。 
 それでもまだ侮って、近づいて殴れ、何としてでも始末しろと命令したのは自分だが、 
 ……だけどこのまま続ければ。 
 
 ――残ったあの子達も、全員確実に殺される―― 
 
 その瞬間、予感や不安ではなく、もはや揺るぎ無い確信となって、それは彼女の中に現れた。 
 『たかが一人』を相手に対し、27人が皆殺しだと。 
 
 …それでも、『メンツ』が、『意地』が、自分の中で『退けるか!』と声を上げるのは事実だ。 
 必ず勝てるはずだと大金をつぎ込んだ賭け事に、何故か負けた時が多分こんな気分。 
 …ましてやそれが『金』でなくて『命』の掛かった狂事だったなら、 
 尚更負けが込めば込むほど、引き下がれないという気持ちも強まるもの。 
 『金』は次に勝てば返って来るが。 
 『命』は、次に勝っても。 
 ……だったら、尚更せめて『元を』と。 
 これだけの犠牲を払ったのにと、相手は一人なのにと、せめて一人ぐらいはと。 
 
「くそっ、下がれてめえらっ!」 
「だめっ! 下がりなさい、あんた達!!」 
 そんな想いを抑え込んで、奇しくも二人、同時に叫び。 
 
 ……だけどああ、残念ながら、このけして責められぬ迷いと躊躇。 
 心の中で血の涙を流そうと、けれどもう何もかもが遅すぎた。 
 
 
 
      ※     ※     ※     < 5 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
 昔、初物の女の事後の秘裂を、誰かがいちごミルクと称したのを聞いた覚えがある。 
 …なるほどそれは、確かに『いちごミルク』と呼ぶべき代物、状態だっただろう。 
 ……へばりつく赤は汚血であって、こびりつく白が獣脂ではあっても。 
 
 
「ヒッ…」 
 刃先の欠け、血脂まみれになった、ル・ガルのパンツァーステッチャー《軍用刺突剣》。 
 猛然と投げつけられたそれを思わず槍の柄で受け止めると、 
 思い出したように鳴った ガァン という金属音が、周囲の空気を震わせた。 
 見れば後ろから斬りかかったのだと思われる仲間が、 
 どういうわけか右腕ただの一手動作で、くるりと弧を描くように宙を舞い――投げ飛ばされ。 
 
 さらに追加で蹴りを叩き込まれたそいつの体が、 
 前方から切りかかってきた二人の体にぶつかり、まとめてもろとも薙ぎ倒すのが見える。 
 
 ――その刹那、斜め前に半歩出た、こいつの左脇腹に見えた隙。 
 こいつが先刻まで持っていた得物は、今まさに自分の槍に弾かれて、 
 溶けたザラメ雪の上を回転しながら、じゃりじゃりと滑走していくところでもある。 
 …つまりは、無手。 
 
「うっ……ぁあああああっ!!」 
 考えるよりも先に体が動き、全身を使った踏み込みからの猛然とした突きを放つ。 
 刺すなんてものじゃない、当たれば脇腹の肉を丸ごとぶち抜いてこそぎ取る、 
 それだけの、そしてそれに足る、必殺の機会を狙って放たれた一撃だった。 
 
 一撃だったが…… 
 
 ガクンと、まるでズボンの裾でも踏まれたみたいに突然前につんのめる。 
 憎しみと狂喜を込めて『こいつの横顔』を見ていた顔を、 
 驚きと硬直の表情でもって、再度『穂先』に戻してみれば、 
 繰り出されたる槍の刃の、穂元と柄先、その結合部のとっかかりを。 
 鍔刃に受けて挟み固むは、抜き放たれたるマインゴーシュ《左手用短剣》。 
 
 
――卑怯だろうと思う。 
 刃と刃がぶつかる音がしなかった、その事にほんの少しだけ戸惑ったのが間違いだった。 
 思わず反射的に引いてしまった槍に、けれど槍はビクともせず。 
 そして返された手首、抗力の反動を前にと変えたのか、『それ』がふわりと前にいる。 
 パサリとも音を鳴らさず、こそりとも空気を動かさずに。 
 
――音も気配も匂いも無いなんて、と。 
 上げようとした槍もマンゴーシュに押し下げられ、 
 やはり音も無く腰から抜かれたのは、片刃のローフルセイバー《軍用斬打剣》だ。 
 
 斬刺攻守の二長二短。騎士団時代に起源を持つ、ル・ガル国軍の正式装備。 
 四剣のヒルト(鍔柄)はいずれも十字、四剣のブレイド(刀身)はいずれも直刀。 
 十字が表すは秩序と正義、直刀が表すは悪に屈せず曲がらぬ心。 
 ……そんな戯言を思い出した所で、喉に冷たい感触と、そして灼熱の激痛と。 
 
――『まぼろし』を傷つけられるわけ、ないじゃないかと。 
 半分以上立ち切られた喉から、 どぱんっ と間欠泉みたいに血が噴き出すのが見えて。 
 思わず抑えようと、バチャン と半分みぞれになった地面に、自慢の槍を取り落とす。 
 倒れそうになった頭を、ふいに『まぼろし』であるはずのそいつの腕に後ろ襟を掴まれ…… 
 
 ドボンッ、と。 
 
 
 …目の前にあるのは驚愕に歪んだ仲間の顔。 
 腹にめり込むのは、ナイスと言いたくなるくらいスイングつけられたモーニングスター。 
 
 ――俺は盾かよ―― 
 
 笑いたくなる口に、 
 急速に溢れ上がって来たものが、喉からだけでなく口や鼻からもまた噴き出した。 
 骨数本、内臓何個かイッたのを感じながら、急速に真っ赤になる視界。 
 ……なのに即座に用済みとばかりに、ポイッと地面に引き倒されたのは、 
 そりゃあちょっとばかり酷すぎるんじゃないですかと、痙攣しながら思いもしたが。 
 
――卑怯じゃないか 
――音もしない、匂いもしない、殺気も、気配も、存在感すらない 
――矢は当たらず、魔法も当たらず、剣打も当たらず 
――目を閉じれば、きっとそこにある事すらも分からない 
――実体のない、『まぼろし』のくせして 
 
 …陳情は、通じたらしかった。 
 落とされた槍の柄を足で踏み上げ、それで血塗れのモーニングスターを持ったままに 
 硬直する仲間の腹を――これでお互い貸し借りは無しだろう――突き刺しながら、 
 きっちりつま先が、倒れた自分の頭部にもと飛んでくる。 
 ……ゴキリ、と。 
 
――動き回って、人まで殺す、そんなまぼろし《ミラージュ》を、 どうやって滅ぼせと? 
  
 苦しみは一瞬。 
 頚骨を折られて、即座に眠りに落ちる時にも似た、安らかな暗闇が。 
 ……永遠の眠りが、全ての苦痛を払い取っていった。 
 
 ――9―― 
 
 
 
「くそっ、下がれてめえらっ!」 
「だめっ! 下がりなさい、あんた達!!」 
 声が聞こえて。 
 思わずそちらに注意が向き、下がろうと思った瞬間、 
 ふいにやってきたとてつもない重力と衝撃に、押し潰されて地面へと叩きつけられる。 
 痛みと重みに呻き声を上げながら、何気に横を見てみれば、 
 そこにいるのは変な角度に首をひしゃげさせ、腹から槍を生やした仲間の頭。 
 
 槍 + 仲間の体 = フレッシュ(Fresh)なヘビィハンマー 
 
 
(おいおい、おされな組み合わせだな、ハハ) 
 目の前に立ち、無表情で剣を構えた血塗れの灰犬に現実逃避の笑いが漏れて。 
 …否、事実、現実感が少な過ぎるのか。 
 
 刃から、体からは血の匂いが立たない。 
 これだけの重量と体積のものを振り回しておいて、風一つ、音一つさえ起こさない。 
 肉と肉とがぶつかり合う音無しに、衝撃だけが体の内部を伝道するというのは、 
 何とも珍妙な感覚で。 
 
 こいつはきっと幻で、あの刃もきっと幻で、自分の体を通り抜けるのではないか。 
 ……そう思った所で、何かが どん と首にぶつかる衝撃と、 
 肉を割って入り込んでくる冷たい何か。 
 
――くそっ、下がれてめえらっ! 
 
(お頭、今行き…… 
 刃先が、コリッと。 
 何か自分の首の芯の、抉れてはいけないはずの部分を抉ったのを感じた時。 
 ぶつん と視界が黒に暗転して。 
 痛みを感じる、暇もなく。 
 
 ――8―― 
 ――7―― 
 
 
 
 刹那振り下ろされたグレートソードに、後ろに跳んだその場の誰もが、 
 その瞬間『殺った』と確信した。 
 ……抜いた剣をひるがえして振り返った『あれ』の目には、 
 おそらくは迫りくる無骨な鋼鉄の塊ぐらいにしか、それが映らなかったとしても。 
 
 …一人だけ、下がらなかった奴がいたのだ。 
 下がらなくて、皆が飛び退いたその瞬間、絶地絶妙のタイミングで、 
 開いた空間をいかした全力の一撃を繰り出した奴が。 
 
――全体重を掛けて振り下ろされる、長さ2m、重さ6kgを越える大剛剣を、 
――長さは半分、重さなど3分の1にも満たない片刃剣で、どうやって受け止めるのだと。 
 誰もがかざした剣身ごと、頭蓋を叩き割られて左右に分かれた猟奇死体を想像し。 
 ……けれど頭目のマルコだけは、その時、確かにそれを見た。 
 
 
   雪崩落ちる鋼鉄の塊に対し、垂直に構えられていた剣がカクンと。 
   まるで葦が風に靡くように、振り下ろされる力に対してほぼ水平に。 
 
   滑るように半歩前に出された右足に、後ろの左足に移動する重心。 
   柄持つ右手に、刃を支えるように添えられる左腕の下腕。 
 
   悔しいが、それでも敵ながら惚れ惚れするような見事な技。 
   角度・重心・姿勢の全て、機械のように正確で、機械のように精密な―― 
 
      ――完璧なまでの、見事な『捌き』 
 
 
 がぁんっ と。 
 始めて、こちらの得物とむこうの得物、鋼と鋼の擦れ火花散る音が音が鳴り。 
 受けた刀身が軋みを上げて…… 
 
 ……けれど結局、それだけだった。 
 
 追補たる左腕下腕には鉄甲が入っていたらしく、少々へこんだだけで切れ飛ぶには至らず。 
 そして敵を頭から両断するはずだった大剛剣は、 
 煙上げて左足から30cmも離れぬ土に……しかし虚しく、めり込むだけ。 
 
 ……いや、否、それだけではない。 
 ひらりと宙にひるがえるのは、弧月を描いた刀身に、広がりはためく黒の裾。 
 受けた勢いをそのままに。 
 音も無く、くるりと回って飛び上がり。 
 音も無く、きらりと光って。 
 
 ――6―― 
 
 
 
 どん、と音を立てて転がったもの。 
 血を撒き散らしながら、鞠の様に跳ね転がったもの。 
 瞳孔は直後は驚愕したかのように見開かれていたが、すぐに濁った虚ろに変わる。 
 
 噴水のように血を吹き上げながら、ゆっくりと崩れ落ちる首無しの死体。 
 
 
 …そして吹き上がる鮮血に。 
 びちゃびちゃ、ばたばたと全身を濡らし湿らして。 
 
「…ばけ……もの……」 
 残ったうちの一人が漏らした声を、笑い飛ばす者はもう居ない。 
 その場の誰もが理解していただろう。 
 ……『関わってはいけないものに、関わってしまった』と。 
 
 
 さすがに負荷が掛かったのか、ビィ…ンと震えて振動するのは手の内にある片刃剣。 
 多少の刃こぼれも見られはしたが、しかしそれでも、まだ使えるレベル。 
 
 ――だけど本来、【魔剣】でもない普通の剣では。 
 …斬り落とせるものではないのだ、首なんて。 骨ごと、首ごと、一刀両断になど。 
 『力』が足りねば、骨で止まって、刃が欠ける。 
 『技術』が足りねば、脂肉に阻まれ、最悪折れる。 
 
 …なのに、それが出来るのならば。 
 つまりは相手は、『相当斬り慣れている』という事になる。 
 肉を、骨を。 
 ……もちろん俎板の上でなんかじっとしていない、『人間大のもの』の、腕首脚を。 
 
 
「……走れ、後ろを見ないでな」 
 『炎の氷柱』を両手に構え、振り返らずにマルコが言った。 
「ここはあたしらが抑えるから、死ぬ気で走って逃げなさい」 
 ジンに撃ち出すための砂と礫を集めさせながら、誰にともなくアイニィも呟く。 
 
 数えれば、残ったのは自分達2人を除いてわずか4人。 
 25人が、わずか4人。 
 …その事はあまりにも、あまりにも強い虚無感をもたらす事実だったが、 
 しかしだからといって、この4人までむざむざ見殺しにするわけには行かなかった。 
 …敗戦の責任者が撤退戦のしんがりを務めるのは、どの国でだって同じ事。 
 
「お、お頭っ!」 「姐さん!」 
 なのにこんな時に限って、らしくもなくグズグズするバカ共がとてもうっとおしく。 
 ……早く逃げろと、 
「いいからとっとと行―― 
 …言いかけたところで、ふいにちらりと、彼らの首筋にちらめく物を見た気がした。 
 
 
 良く見れば襟首に鉄針で括り付けられ、ひらひらと風に揺られているそれは。 
 
 
 ……ああ、見た覚えがある、確か狐国の【符】だったか? 
 
 ネコやウサギの国で作られる魔法薬の、紙切れ版とも言うべきそれ。 
 あらかじめ力のある魔法使いによって、紙切れに魔法の構成と力が込められてあって、 
 あと『起動』するだけの状態にされた、誰にでも仕えるワンタッチ魔法。 
 内服内用を主とする魔法薬と違い、外用外使を主とする携帯品。 
 悪名高い『魔法封じの符』に、果ては『治癒符』、『錆取り符』なんてものまで種類は多様、 
 特に『火炎符』や『氷結符』なんかは、商人の間で護身用に人気があるらしいが、 
 所詮『紙切れ』、なので一枚一枚の威力などタカが知れていて…… 
 
 ……ああ、でも。 
 小奇麗に糸で通されて、『 10 枚 綴 り 』とかになっていたりすると、話は別だ。 
 しかも括りつけられた場所が後ろ襟首、後頭部ともなれば最悪で―― 
 
「バッ、てめえら後―― 
「ちょっ―― 
 
 
 伸ばした手。 
 握り占めた手の中から。 
 けれど砂が零れ落ちるように。 
 
 【グリムリーパー《死神》】の大鎌は。 
 ただの一振りで容赦なく。 
 
 
 ――5―― 
 ――4―― 
 ――3―― 
 ――2―― 
 
 
 蠢く黒が、死を撒き散らす在らざる者が、無慈悲に小さく指を立てる。 
「――《起》」 
 
 
 
 ごぉんっ! と。 
 伸ばした手に、けれど目を灼いたのは白熱の閃光。 
 後頭部を鈍器で殴り倒されでもしたかのように、4人の体が跳ね、弾んで、また倒れる。 
 
「…あ……」 
 肉の焦げる匂い。 
 頭が吹き飛ぶとまでは行かずとも、一目で重症と判るような無惨な姿。 
 よりにもよっての、『爆裂符』。 
 良くても意識喪失で、悪ければ―― 
 
「なによ……これは……」 
 『自分は姐さん一筋だから』と。 
 こんな年増女を好きだと言ってくれた、バカで全然子供だったイヌの青年が。 
 目の前で首からぶすぶすと、嫌な煙を上げながら。 
 
「何よこれはぁぁぁっ!!」 
 
 
 
 
 
「――何もどうしたもない」 
 のそりと。 
「……ただ、『害悪』を排除したまで」 
 耐水耐脂らしい黒コートをはためかせ、思い出したように、『それ』が口を開いた。 
 
「……害……あくぅ?」 
 呆然と怒りを含んだのだろう、マルコの漏れた唸り声に。 
 
「そうだ」 
 
 濡れそぼった黒、イヌの姿をした別の何かが、虚ろを吐いた。 
 音も無く、風に外衣の裾をはらはらとひるがえす様は、まるで生きた闇のようで。 
 
 
「お前達は集団による社会生活を害した」 
 腕を、頭を、全身を血と、脂と、脳漿・体液にまみれさせ。 
「お前達はル・ガルの国威を辱めた」 
 だけどその顔に浮かぶ感情は無く、放たれる言葉は虚ろである。 
 むせ返るような血臭脂臭にも、ピクリとも眉を動かさない。 
 
「お前達は全体の秩序の調和を乱し、あまつ己の命一つの重みでも足りぬ罪を、 
二人以上の人間を殺めるという罪を、己の利己の目的の為にと犯し為した」 
 …不気味で、だからこそ急速に怒りが込み上げても来た。 
「両手で足りぬ程の命を殺め、また放っておけば、これからもなお殺すだろう。 
なれば情状の酌量の余地は無く、更正の余地も見られまい、ゆえにこそよ」 
 鼻持ちなら無いこの言葉を、同じように傲慢不遜な顔で言ってくれたら、 
 まだ腹も立たなかったのではないかと思う。 
 
 …だが、目の前のこのイヌは。 
 怒るわけでも、憤るわけでも、嘆くわけでも、驕るわけでも、嗤うわけでも、嘲るわけでもなく。 
 どこまでも無表情、無感情に。 
 まるで「これが規定の宣誓文だから」と、カンペを片手にそれを棒読みするように。 
 
「……壊疽した部分は切り落とさなければ、他の部分までをも腐らし害す」 
 ――何も知りもしないくせに。 
「お前達がまさしくそれだ。有害を撒き散らすしかできない、ゴミにも劣る社会の毒」 
 ――知ったような口をと。 
「もはや存在自体が、害なもの」 
 ――何様のつもりだと。 
 
 
 震える此方の両手にも関わらず、けれど血と脂でずぶ濡れた『秩序様様』は、 
 全てを轢き潰しといた上で、なのにしゃあしゃあと続けやがった。 
 
「だが、ル・ガル王制公国はまた、そのような賎狗に対しても慈悲と寛大さを忘れはしない」 
 ……それが挑発なのだと、頭の中では分かっていても。 
 逃亡の気概を削いてこちらに向けさせようという、それすら策なのだと分かっていても。 
 
「…さあ、少しでも社会を愛する気持ちがあるのなら。他への罪の意識があるのなら」 
 2つの命を奪った罪は、一命よりも重いと言いつつ。 
 …25の命を踏み潰しておいて。 
 …25もの人生と人格を、虫けらみたいに押し潰しておいて。 
 
「【正義】に帰属する心があるのなら。【善】と【秩序】に従う心があるのなら」 
 我こそ『正義』、我こそ『善』、我こそ『秩序』と。 
 『害』だと、『毒』だと、『ゴミにも劣る存在自体が害なもの』だと。 
 まるで国家の意思そのものだとばかりに、機械のように語るその姿は。 
 
「…大人しく国家の剣の前に、懺悔の証拠として粛々とその身を差し出すがいい。 
そうすれば、その献身、罪の全てとはいかずとも、せめてその一片なりとは―― 
 
「……ふざけんな」 
 
 
 
 ――虚ろな目で、パクパクと動かされていた機械人形の口が止まった。 
 
「……ねえマルコ」 
 冷たくなりつつある、恋人とも言えなかったような存在を地に寝かせて、 
 アイニィはゆっくりと立ち上がる。 
「正義と秩序の代行者様曰く、あたし達は人殺しで、生きてても周りに迷惑しか掛けられない 
ようなクズだから、とっととさっさと死ぬべきで、そして社会様もそれを望んでいるんですって」 
 
「……へえ、そうなのか」 
 ようやく判ったとでも言いたげに、マルコがおどけた声を上げる。 
「だったら最初からそう言ってくれりゃいいのに、官憲様の言う事は難しくって堪んねえや」 
 冗談めかしていう言葉に、だけどその目が、どんな目をしているのか見なくても判る。 
 
 ――敵は、おそらく『関わってはいけないもの』。 
 ――ル・ガル《忌々しき狗国》の意思が差し向けた、在り得ぬ夜の跳梁者。 
「…どうする、逃げる?」 
 ――賢いものなら、それを選ぶ。 
 ――魔物や、妖怪、化物を相手に、賢いものならそれを選ぶ。 
「…逃げる? ッハ、冗談!」 
 ――だがあいにくと。 
 ――彼らはそれほど賢くない事に関しては、これでもちょっとした自信があり。 
 
 炎に照らされ、累々と横たわるのは25の死体。 
 愚かであり、人殺しであり、社会に不要と断定された、けれど可愛かった子分達。 
 
 ――『有害』? 『毒』? 『社会のクズ』? 『存在自体が罪』? 
 ……だったら上等、それで結構。 
 ゴミにはゴミの。 
 クズにはクズの。 
 
「……ふざけんな!!! ブチ殺すッッッ!!!!!!」 
 裂帛の怒気を伴って放たれた言葉が、しかし全てを表すものだ。 
「……同感」 
 珍しく意見があった事に笑い、 
 
 …そしてオオカミの戦士とヘビの魔女は、左右に別れて走り出した。 
 
 
 
 
 
「――宣誓の無視、および敵対行動の続行を確認」 
 
 そんな彼らに目を閉じて、彼も心を鋼に変える。 
 哀れみもしない、憤りもしない。 
 何が正しいか、何が間違っているかも関係無い。 
 
 彼が身は『剣』。『国家の剣』。 
 『剣』は何も考えず。 
 ただ持ち主の意思がまま、仇敵に対して振るわれるのみ。 
 
「……排除する」 
 

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