くらい、くらい、世界のすべてのよごれを集めたような まっくろな泥の海に座りこんで、 
 だけどてぃんだろすは、今日もひとりぼっち。 
 
 顔をあげれば空のきれまには、もうひとつの世界の日常のふうけいが見えますが、 
 でもてぃんだろすは、今日もぎゅっと目をつぶって耳をふさぎます。 
 
 てぃんだろすは自分がよごれていることを知っています。 
 てぃんだろすは自分が『世界の理』にあって『正』ではなく『負』の存在だと知っています。 
 だって、だからこそてぃんだろすは世界に拒絶されてここにいるのですから。 
 『角』さえあればすべての時間と空間をこえられるようなとても強力な力をもっていても、 
 だけどてぃんだろすの居ていい場所はここにしかないのです。 
 
 てぃんだろすは自分がだいきらいでした。 
 だって自分は、こんなにきたなくて、よごれてて、わるくて、そうして血まみれだから。 
 
 そうして、だから今日もてぃんだろすは、誰とも目を合わせてしまわないよう目をつぶります。 
 きれいな世界の人達がだれも自分を見つけなければいいのにと思って、目をつぶります。 
 
 …だって見つけられてしまったら、てぃんだろすはその人をころさなければいけません。 
 相手がどこににげようと、地のはてまでもおいかけて、ころさなければいけません。 
 …だって、それがてぃんだろすの仕事、てぃんだろすの役目。 
 【禁忌】を、世界の裏をのぞこうとした愚か者に、制裁と消去を与えるのが彼の役目。 
 てぃんだろすは、とてもとても優秀な猟犬です。 
 仕事をしくじったことなんてほとんどない、とても優秀なすいーぱーです。 
 ……だからてぃんだろすは、自分がきらい。 
 だってそれが仕事なら、仕事にはぜったいに成功してしまうから。 
 ころしたくないものを、こわしたくないものを、そうやって数え切れないほどこわしてきた。 
 
 憎んでなんかいないのです。 
 てぃんだろすは、それを愛していました。 
 …とてもとても、愛していた。 
 雲のきれまから見える、自分にはぜったいに手のとどかないであろうそのきれいな世界を、 
 だけど本当はだれよりもだれよりも愛していました。 
 世界のそとがわからみるしかできないからこそ。 
 …だれよりも客観的にみることしかできないからこそ。 
 
 きれいで、だいすきで、たいせつで、ころしたくなくて、こわしたくなくて。 
 
 ……でもだからこそ、憎たらしくて、たべてしまいたくて、全部こわしてしまいたくなる。 
 そんなことしたくないのに、だけど憎たらしくてたまらない。 
 自分にはぜったいにとどかないから。 
 自分だけがこんなところで、ひとりぼっちでいなければいけないから。 
 世界は自分を受け入れてくれないことを、知っているから。 
 
 あいしているけど、こわしたい。 
 大切だけど、だいきらいだ。 
 もっと近寄って見ていたいけど、だけど『見つけて』しまったら。 
 仲良くしたいけど、相手が彼を『見つけて』しまったら、ころさなければいけません。 
 だから今日もこうして、すわって目をつぶって耳をふさいでいる。 
 なのに涙が出てくる。 
 …てぃんだろす本人でも、自分で自分がわかりません。 
 どうしたらいいのか、自分はどうしたいのかがわかりません。 
 
 そうしてこびりついて落ちない泥、ぬぐってもとれない血の匂い。 
 こんな自分のところには、おはなし相手になってくれる人も、 
 ともだちになってくれる人も、およめさんに来てくれる人もいないんだろうなと、 
 そう思っててぃんだろすは、また今日もかなしくなってぽろぽろと涙をこぼしました。 
 
 時の流れすらふきだまる、原初の不浄の海。 
 今日も、明日も、昨日と同じように、そうしてそれは永劫未来の牢獄です。 
 さむくて、つらくて、ひもじくて。 
 そうして、さびしい。 
 …さびしい、さびしい、さびしい。 
 ……さびしいさびしいさびしいさびしいさびしい。 
 
 くらい、くらい、世界のすべてのよごれを集めたような まっくろな泥の海に座りこんで、 
 だからてぃんだろすは、今日もひとりぼっち。 
 
 
 
      ※     ※     ※     < 1 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
 ──そう言えば、疑問に思った事があった。 
 (マダラは別として)イヌや、キツネや、オオカミあたりの獣人型の男の人の口って、 
 そもそも唇無いって言うか、赤頭巾ちゃん食べる狼のそれよろしくの『あの形状』でしょ? 
 だけど女の人の方は、人間のと寸分違わない唇のある口。 
 ……キスする時、どうやんの? と。 
 
 
 かぱ、と開いた牙の見える口に「はえ?」と思ったら。 
 そのまま鼻がぶつからないよう傾けた顔、ぱくんとほっぺたを挟むような形で噛み付かれた。 
 
 鼻息の掛かる距離に硬直したところで、唇を割って無理矢理侵入してきたもの、 
 …ザラリとした舌にびっくりして、思わず反射的に腰を引きそうになり。 
 
 ……もう、逃げられない事に気がついた。 
 
 いつの間にか背中には床の感触、押し倒されていて。 
 あたしの倍以上の肩幅を持つ、重たい体。 
 いつもはあたしが引っ叩くと、すぐに飛び退いて逃げるあいつの肩が、胸が、足が、 
 あたしがどれだけ暴れて身体を動かしても、これっぽっちもビクともしない。 
 顔も、かぷっと噛まれて固定されてるから、……うん、 
 ようするに左右に振って逃げる事すら出来なくて。 
 
 
 ぬめぬめざらざらした舌が、口腔を擦っていく感触。 
「んーっ!? んんーっ!!」 
 ぴちゃぴちゃ とか ちゅくちゅく とかの音が聞こえる中で、 
 あたしは当然、真っ赤になってバタバタと暴れ、精一杯逃げようとした。 
 
 
 
 ……いや、だだ、だってそうでしょ!? 
 
 ふ、ふふふ、普通こういうのって、ふ、フフフレンチなキスからなのが普通だろうがっ!! 
 こう、唇と唇を合わせて、ロマーンチックに触れ合うだけからの! 
 正しい男女交際が、ここっ、交換日記とかから始まるみたくっ!! 
 
 …そ、そりゃあたし、さっきオオカミ男にチンポ口の中にぶち込まれるとかしたけどさ? 
 でっ、でででっ、でも一応、ファッ、ファーストキス(?)なんだよっ!?(半泣) 
 
 そそそそ、それをいきなりっ、ディープキスすらをも飛び越えて何さこれ……って、 
 あ、バカ、ひゃ、ま、前歯の裏舐めるな、前歯の裏ざりざりするなぁー!!(泣) 
 
 し、しかもなんか噛まれたほっぺたはむはむされてるし! 
 や、やめろー、やめろーショッカー!(混乱)  ほっぺかぷかぷやめろー!(マジ泣) 
 …う、やだ、どうしよ、…でも牙が当たってちくちくぷにぷにされるの、ちょっと気持ちい…… 
 …って、やだ、ちが、うわ、あぅ、うわー、うわあああああ、○×△#□$◇!! 
 
 
 
 とまあ、そんな風に全然ムードも色気もなく混乱するあたし。 
 …いや、だって本当に、言い訳がましいと自分でも思うんだけれど、 
 でも心の準備とか、精神を落ち着けるだけの時間とか、 
 そういう時間が貰えれば、もうちょっと上手い反応も出来たのかもしれないんだよ、うん。 
 
 …でもなんか、バタバタ暴れても全然あいつの体、ホントビクとも動かないし。 
 …それもあんまり暴れて蹴っちゃったりするとあれだからとか思っちゃったせいで、 
 実際にはバタバタじゃなくてパタパタって感じにしか暴れられなかったし。 
 甘く、だけどがっちり固定するように噛んでくる口は、ぜんぜん外れそうに無くて。 
 ……しかも、音が凄くて。 
 じゅぷじゅぶとかじゅくじゅくとか、だんだん飲み込めない唾液が溜まって来るのと、 
 あいつの舌がざらざらしてるせいもあるのか、そういうのがもうあたしの耳にきっちりと。 
 そうやっといて、あいつは一言も言葉も無しに、ただそれを舌で掻き回して、 
 …節操がないというか、なんかもう飢えてがっついた子供みたく、貪るように。 
 
 ……なのに、それが気持ちいいんだもん。 
 
 あ、やばい…って思った時には、もう気持ち良くなってた。 
 ざりざりと、口の中の粘膜を擦っていく舌は、 
 そのままだとヤスリみたいなのを、ぬめぬめの唾液と絡まってるせいかそうでもない。 
 逆に頬を甘噛みしてくる牙の感触は、なんていうのか、 
 生まれたばかりの仔犬や仔猫が、まだ生えてない歯で差し出した指にじゃれついて 
 がじがじしてくるのに似た、微笑ましさっていうか、ほんわかした安心感があって。 
 
 口内を犯しながらも、いつの間にか垂れたあたしの腕の上を走る、 
 ぽわぽわと毛の生えた暖かい手の感触に、なんだかぼう…っとなったところで。 
 ぢゅーっ、と音を立てて、混じって溜まってた唾液を吸われました。 
 
 ええ、ビクッと来ましたよ。 
 
 だってもう、死ぬほど恥ずかしくて、顔なんかもうすごい血昇って熱くって。 
 …でもいやらしくて……気持ちよかった……ん…です……よ。 
 
 ……でもまぁ、……同時にとんでもなく、苦しかったんです。 
 
 ──なんでかって? 
 …そりゃ、ずっと口塞がれてたら、息できないじゃないですか、…『口じゃ』。 
 
 
 
 冗談に聞こえるかもしんないけど、それでもその時のあたしにとっては『それ』は真剣な問題。 
 『鼻で息』だなんてそんな、この至近距離、モロ相手の顔に掛かっちゃうし。 
 …いや、かくいう雑巾の方は、 
 思いっきり呼吸も鼻息荒げてそれがあたしの顔にも掛かってたんだけど、さ。 
 
 ……一応、これでも女だという自覚はありますし、はい。 
 ……死活問題だったんですけどね、デリカシーの「デ」の字もないようなこいつと比べて。 
 
 ぼうっとして、なんかこれすんごい気持ちいいかもしれないと思えてくる中で、 
 それでも苦しくなって鼻で息しそうになるのを必死で堪えてたのを…… 
 
 
 …素肌に羽織っただけの簡素なシャツを、めくって潜り込む「ふかふか」の感触。 
 
「んふっ!?」 
 かなり限界まで来てたのが、それでもう頭の中はパニック、鼻息も洩れてしまった。 
 パニクって、それでも洩れてしまった鼻息を堪えようとするところに。 
 脇腹からお腹の上にかけて、つつーっ、と上がる、人肌の温もりをもった毛むくじゃらの手。 
「んんんんんんんっ!?!?」 
 ぞくぞくっ、と背骨を走った、何かぶるぶる来るものの感触に、 
 …口が完全に塞がれていた事を、この時ばかりはちょっと感謝した。 
 もしも塞がってなかったら、どんな変な声を上げてたか、自分でもちょっと判らなかったから。 
 
 でも、お陰で呼吸は完全に乱れて。 
 かねてからの苦しさもあったか、再び止めようとしても止まらない鼻での呼吸に。 
 シャツの下から潜りこんだこいつの手が、 
 あたしの胸の上にある(本人的感想としては邪魔っけな)脂肪の塊をむに、と掴んだ時、 
「ん…! んん…っ、んんぅーーー?!!」 
 あたしの頭は、とうとう完全に真っ白になってしまった。 
 
 腕を差し込まれたくし上げられたシャツに。 
 スースーするお腹から下、…そう言えばパンツ履いてなかった(破かれたっきり)んだっけと 
 今更の様に思い出し、ただでさえ火照った顔が更に熱くてのぼせそうになる。 
 
 フッ、フッ、と洩れる鼻息に、唇に喰らいついた舌と牙は、 
 ぐいぐい、ぐいぐい、どんどん奥まで、あたしの口内を侵入し犯していって。 
 
 胸を掴んだむくむくの手は、ふにふにと浅く確かめるように揉みこねくり回すだけで、 
 …それが逆に、あたしの中の何かを煽る。 
 
 頭の内側から響くびちゃびちゃという音、荒い息づかい、大きな手。 
 
 …死ぬほど恥ずかしかった。 
 ……死ぬほど恥ずかしくて、涙が出るほどで。 
 ………それなのにすごく、気持ちがいい。 
 
 胸がドキドキする。 
 顔がかーっと熱くなって、頭がボーっとする。 
 
 羞恥すら快楽で。 
 恥ずかしいのが気持ちよくて、そんな恥ずかしいのに感じてる自分がもっと恥ずかしくて。 
 
 
 ──唐突に唇が離された。 
 
「んふぁっ、ハッ、ハッ、はッ、あ……」 
 やっと息が出来るようになって、新鮮な空気を求めて喉が喘ぐ。 
 長い。 
 長い口付けだった。 
 …『キス』というよりは、もう『口姦』と言った方が良かったのかもしれないが、 
 息が続かなくなった所から察するに、たっぷり1分2分は嬲られてたと思う。 
 
 そうやってぼんやりする頭と目で見たら、 
 あいつもやっぱり、荒い息で、焦点が定まってないぼんやりとした目をしていて。 
 
 ――そのまま気の利いた言葉の一つも無しに、また口を犯される。 
 ――さっきよりもより深く、よりがっちりと、より奥まで、…よりねちっこく。 
 
 
 今度は、抵抗も暴れるのもすぐに止んだ。 
 今度は、鼻で呼吸をするのを堪えようとする意思も長くは続かなかった。 
 受け入れる。 
 …受け入れるしか、なかった。 
 
 …だってそれは、とても乱暴で、荒々しくて。 
 ムードとかロマンなんて言葉の欠片もない、いやらしい舌技ではあったけれど。 
 
 …でも、とてもジョウネツテキだった。 
 いやらしかったけど、貪るようだったけど、…でも、とっても優しかった。 
 『慈しまれている』、『求められている』というのが、すごくよく分かる。 
 ……牙がきつく食い込む事無く、腕を押さえる手が痛くないのが、その何よりもの証拠。 
 
 貪るように求められるというのは、きっとこういう事を言うんだろうなと。 
 そう思ったところで、どろりと流し込まれたものを、ごくりと飲み込んでしまった。 
 こいつの唾液なんだと思ったところで、かあっと熱くなったのは、顔だけじゃない。 
 胸が熱く、そうして股の間が、なぜかきゅうっと疼きを覚える。 
 
 
 何度も、何度も、そんな『口を犯す行為』を繰り返されて。 
 じゅぷじゅぷ、ぐちゅぐちゅ、びちゃびちゃと、音が立つのも無視して浅ましく。 
 
 気がついたら股の間に割り込まされた膝に、あたしは自分の両足を絡み付けていた。 
 股の間、秘裂の辺りがむずむずムズ痒くて、なんだか切なくて堪らない。 
 気がついたら、そのおっきなむくむくした手で、もっと強く胸を揉んで貰いたくて堪らなかった。 
 乳首が自己主張するみたいに完全に立って硬くなっちゃってるのが、見なくても分かる。 
 
 …重力に従うがままに流し込まれるこいつの唾液を、 
 あたしの方からちゅうちゅうと音を立てて求め啜っていた。 
 おずおずとあたしも舌を伸ばせば、だけど巻き付けて、しっかり絡めとって擦りつけてくれる。 
 ちょうど獣が寄り添って、親愛の情を示すために身体をこすり付けてくるように。 
 
 何か幸せで、背中がぞくぞくでいっぱいで。 
 それが嬉しくて、あたしがもっと精一杯舌を伸ばすと、あいつもそれに答えてくれる。 
 そうしてその度に、隠しようも無いいやらしい水音が響いて。 
 
 
 ――ああ、やばいなあ――と。 
 ――あたしは本気で、こいつの事が大好きみたいだ。 
 こんな見た目化け物の、人間じゃなくて違う種族なイヌ人間を――と。 
 …頭の片隅で、ぼんやりと思う。 
 
 他の男、ヒトでもイヌでも、こいつ以外の相手だったら、こうは行かなかったと思う。 
 口を犯されて、唾液流し込まれて、胸揉まれて、散々いやらしい事されて。 
 …でもこいつだから、それを気持ち悪いとは思わない。 
 『こいつ』があたしの内に侵入してくるのを、『こいつ』だからこそ嫌じゃなかった。 
 …むしろ、喜んでさえ。 
 …もっと流し込んで欲しいと、唾液を求めて吸い付きさえする。 
 
 のしかかって来る大きな身体は怖くなくて、むしろ安心感とぬくもりさえ与えた。 
 通常なら嫌悪感を感じるだろう毛むくじゃらの身体に手も、ふかふかもふもふして心地良い。 
 そして、この過剰な貪欲さの理由も何となくだけど判るから。 
 我が身に置き換えて、何となく理解できるから、……だから拒否感なく受け入れられる。 
 『あたしはこれからこいつに犯されるんだ』と思っても、不安はあっても嫌悪はない。 
 …むしろ楽しみですら、薄い恐れの影で密かな期待を覚えてすら。 
 
 …こいつだからこそ、…八ヶ月近く、一緒に暮らして、全部見てきたこいつだからこそ。 
 ……好きになっちゃった、愛しちゃったこいつだからこそ。 
 
 
 
 何度目かの激しすぎるキスの後。 
 糸引いて離された顎と舌は、どういうわけか今度はそのまま戻ってくる事はなく。 
「…う……」 
 ――…あれ? なんで? どうして? 
 ――こんなに気持ち良くって幸せなのに、もっといっぱいぐちゅぐちゅしてよ、と、 
 そんな目でとろんとあいつを見上げたあたしに対し。 
 
「ふゃっ?」 
 くるんとひっくり返されてうつ伏せにされた体。 
 まるでオモチャみたいにひょい、と簡単に持ち上げられて。 
 
 …力持ちとかそういうのを超越して、ああ、やっぱり相手はヒトじゃないんだなあと。 
 …そういうのにもいちいちドキドキするのは、その気になれば簡単に壊せるのに、 
 壊れ物を扱うみたいに大事に扱われてるのが、分かっちゃったからだと思う。 
 
 それが妙にくすぐったいというか、心臓がバクバクするというか。 
 …それはまあ別にいいんだけど、でも。 
 
「……いっ」 
 掴まれて持ち上げられた両足。 
 その付け根の茂みにかかる鼻息。 
「って、ちょ、ちょっと」 
 トロトロにとろけてた思考が、ほんのちょっとだけ冷静に返る。 
 これは、この体勢は、いくらなんでも。 
「な、なに、なに、なに、なに、なにしてんのさぁっ?!!」 
 そりゃ、声も上ずるわさ。 
 うつ伏せで、上半身――頭と両手は地面についてるけどさ。 
 でも下半身は浮いてて――肩に乗せがてらに両足を持ち上げられて、 
 それで何よりも頭の位置が、……か、顔を突っ込んじゃいけない所にモロあって。 
 
「…え、いや、そのさ」 
 答えたあいつの声は、なんていうか妙にきょとんと、ぽうっとしてて。 
「…だってオレ、ヒト相手とはやった事無いし」 
 言ってる事はもっともだし。 
「イヌのと形違ってるかも知んないから、ちゃんと確かめないとダメだろ?」 
 おっしゃる事は、正しいし。 
「…イヌもヒトも痛いのは女の方らしいし、上手く入れれなかったら困るじゃん」 
 大変嬉しいし、納得も出来るんですけど。 
 
 ……さっきはあんなに人の口ん中貪っといて、なんでそんな冷静なんだよお前と、 
 ちょっと泣きそうに、そうしてかなり悔しくてムカついたところに。 
 
「や、やめ……」 
 そんな、わざわざぐっと裂け目の両脇に指を押し当てて 
「やっ――」 
 顔おもいっきし近づけた状態で、ぐっと押し開かれるのは、本気でちょっと。 
 
 だって。 
 だって。 
 
「……あ?」 
 開かれたものの中で、糸引いたものの感触。 
「……もしかして、ヒトって、濡れ易いの?」 
「い…ッ!」 
 呆けたような、妙に漂白されたあいつの声が、だけどハンマーで殴られるぐらいの破壊力で。 
 「言葉責めですか?」と思わず神様に聞きたくなるくらい、 
 おそらく真っ赤であろうあたしの全身、ビクッとなって涙が零れた。 
 
 …そうして足を、…開かれたものを強引に閉じ合わせようとしても、例によって出来ない。 
 この圧倒的な力の差、あたしはまな板の上の鯛を通り越して、虫ピンの下の蝶だ。 
 
 無理矢理押し開かれて、そしてまじまじと見られてるのが分かる。 
 当たる生暖かい息に、鼻先がすぐ間近で動く感覚。 
 
 そうして、ぐにぐにと。斜めに横に、押し広げて、奥までちゃんと見えるように。 
「やぁ…っ」 
 観察される。 
「ゃああぅっ!」 
 観察される。 
「やあぁぁぁぁ……っ」 
 観察される。 
 
 
 
「……外側から見る限りは、大丈夫みたいだよね」 
 
 そんなあいつのさらっとした言葉に。 
「…や…あ…………くぅ……」 
 涙流してガクガクしながら、ビクンとなるしかないあたしがいる。 
 
 ぐいぐい、ぐにぐに引き伸ばされて。 
 クリトリスから尿道、膣口まで、見られてるんだと思う度に、 
 じゅん…と奥の方で沸き出すものがあって。 
 貝や花びらに例えられる二枚肉がこねくり回される度、奥から溢れ、押し出され。 
 擦りあわされる度に、とぷっ、とぷっ、と音が聞こえた。 
 ……それはもう、マジで本気で、死ぬほど、心臓止まりそうなくらいに恥ずかしくって。 
 
「くぅ…ぅぁ……あぅうぅぅぅ……」 
 だけどそんな恥ずかしいのを見られてるんだと思うと、 
 なんでだかますます秘所を中心として太腿の付け根周りの筋肉がひくひくし、 
 ……ますますとぷとぷと、奥からヌルヌルした水が、溢れて来ちゃって。 
 
 
「……中はどうかな?」 
 
 ――そんな中でぽつりと呟かれた言葉は。 
 ――だから死刑宣告にも近い。 
 
「ッ!!」 
 ビクつきながらも、なんとか身体を捻らせて仰ぎ見たあいつの顔に、 
 …でも、ようやく気がついた。 
 
 ……目の焦点、合ってない。 
 …なんか目の焦点、全然合ってないんですけど。 
 
 ――『うわ、こいつ、目イッちゃってる』と、今更気がついた所で、もう手遅れで。 
 本当は落ち着いてたんじゃなくて、冷静だったんじゃなく、 
 ぐるっと一周して来て元の場所に戻っちゃってただけの話だったんだと分かった時には。 
 
 かぱっと空いたあいつの口が。 
「やっ――」 
 
 あたしの涙も虚しく。 
 
 あんぐりと口を空けて、ぱくん とあたしの股間にかぶりついていた。 
 
 
 それはちょうど、さっき口でしたのと何も変わらなかった。 
 …でも今度は、口は口でも『上の口』ではなく、『下の口』なのであって。 
 
 こういうのを、想像してたんじゃなかった。 
 もっとこう、爽やかというか、そっけないと言うか。 
 普通のキスをして、普通に胸を揉まれて、普通に入れられて、動かされて、はいお終い。 
 ……別にそれでも、あたしは怒らなかったのに。 
 …肉便器とか、性欲処理の道具とか、その程度の扱いでも良かったのに。 
 もっと酷くて――雑巾の方だけが気持ちよくなってくれるだけでも、別に良かったのに。 
 
 ――…なのになんで、あたしの方が? 
 
 
「やっ、ちょっと、ダメ、ダメッ!」 
 当然、逃げようとした。 
「そ、そこっ、きたな、汚いっ 汚いぃっ!」 
 前に温泉に入った時、ちゃんとそこを洗ったかどうかとか、そういう事で頭が一杯になって。 
 そんな汚いトコ舐めさせるだなんて、止めさせなきゃと思って。 
「汚いから、汚いからダメ――っぅああぅッ!?」 
 
 ぞろり、と入ってきたものに。 
 甲板に釣り上げられたばかりの魚みたく、あたしの体が仰け反る。 
「…は…ぁ……」 
 その瞬間、表面の、入り口の辺りばかりをうろうろ、ぐいぐいしてた『ざらざら』が、 
 ずりゅ…っと、『中』に入ってしまったのを、感じた。 
 
 そして一端先っぽが入ってしまえば、あとは簡単。 
「…ぁ、ああ、あああッ?!?」 
 一端コンクリートの裂け目を見つけた根っこみたく、それはひび割れを押し広げ。 
 何か別の生き物みたいに、びちびちとあたしの中で暴れて、擦って。 
「あああああ?!、ぅあ、ぅあああああぁっ!!」 
 そうしてくねりながら、奥へ奥へとぐいぐい入って来る。 
 
 それでもまだ足りないとばかりに、 
 鼻先を秘裂に半ば突っ込ませてぐいぐいと『そこ』に顔を押し付けてくるこいつに。 
「やめ、あぅっ、やめっ、やめぇぇぇぇっ」 
 自分の指とは全然違うそのぬめぬめに。 
 そうして人間の舌ともまた違うそのざらざらに。 
「やっ、やあっ、やあああああああっ!!」 
  
 片方の手は、布団を鷲掴みにして爪を立て。 
 股へと伸ばしたもう片方の手は、押しのけようとしてぐいぐいあいつの肩を押すけれど、 
 当然退くわけも無く、むしろますます突っ込まされる鼻先。 
 
 ――かく、かく、と膝が震えて。 
 …それでも、抑えようとはしてた。 
 それだけは、抑えようとしてた。 
 ……でも。 
 
 尖がらされて、伸ばされた、ヒトのあたしのよりも長くて大きな、イヌの舌。 
 目一杯まで伸ばされたそれが、びちびちっとあたしの中で暴れて。 
 いっぱいざりざりって、擦れて、擦れて、擦れて。 
「んくうぅぅッッ!」 
 のけぞりと共にぽたぽたっと落ちた水滴は、あたしの涙か、愛液か、それともあいつの涎か。 
 
 震えながらも弛緩を保ってたそれが、 
 おしっこする時にぶるっと来ちゃうみたく、耐えられなくて。 
 緊張した体、キュウッと締まったあそこ。 
 ……ますます締め付けたざらざらを、より強く、強く、感じてしまって。 
 
「…ぅぁ……」 
 ――『来ちゃった』のを感じた。 
「…ぁ…ああ…あ……」 
 ――確かにすごく、すごく気持ち良かったけど 
 ――だけどはっきりと、明確な兆しで 
 ――こんなに早く、こんなに短時間で、もう『それ』が。 
 
「ちょ……っひゃぅッ?!?!」 
 
 ちょっと待ってと言おうとして、だけど偶然なんだろうが、 
 当たった牙に捲れた包皮、ほんのり丸い牙の先っちょが、肉芽を掠った。 
 それにガクンと、でも、 
「…っ……あ……」 
 ――あっと思う間しかなく、一気に、かなり『来る』のが。 
 
 
「あぅっ、やっ、やあっ…」 
 変な声が出る。 
 震えもますます酷くなる。 
 ……当然だろう、中をざりざりする舌の感触に加えて、 
 牙に潰される胚珠のそれまで加わったんだから。 
「やめっ、てっ……やめっ……て……」 
 おかげで、『それ』はぞわぞわと。 
 今まであたしが、そんなの経験した事もないくらいに、急速にむくむくと。 
 怖いくらいに大きく、ぶくぶくとイビツな形に膨らんで。 
 
 ―― 味わってきた、つもりだった。 
 ―― 一人でこっそり、『自分を慰める』、その行為の果てに。 
 ―― ぱちんとはじける様なその感覚、味わった事がないわけじゃなく。 
 ―― でも、それでも。 
 ―― それがいかにお遊びで、おっかなびっくりの子供の慰めだったのか。 
 
 じゅるるるるっ……、っと。 
「ひっ!?、ひあぁぁぅ!?!?」 
 股座から聞こえた、まるで喫茶店のジュースの残りをストローで行儀悪く吸うような音。 
 そんな、口だったら別にまだしも。 
 かぶりついて、むしゃぶりついて、口をくっつけている場所が、あれすぎて。 
 
 ……それにますます、震えとぞくぞく、全身のぴりぴりをもたらすものが。 
 ……それにますます、下腹できゅんきゅんするものが、入り込んだものを締め付ける力が。 
 ……それにますます、ぶくぶくと肥大化して膨らんだものが。 
 
「…だ…だめ……だめぇ……だめぇえぇ…」 
 泣きながら、だけど。 
 
 ちょっと、待って欲しかった。 
 心の準備をする時間が欲しかった、それだけなのだ。 
 
「…やあぁ…、…や、…やだッ、や、やっ、やっ、やっ!」 
 頭を振って、その度に涙が振り飛ばされて零れ落ちるのを見ながら、だけど。 
 
 こんな大きなの、怖くて。 
 こんな大きなの、あたしは知らなくて。 
 
  
 いくら暴れても無駄なように、がっちりと足も股座も固定されながら、 
 だけどあんまり気持ち良すぎて。 
 こんなに恥ずかしいのに、それをどこかで悦び待ち望んでるもう一人の自分が怖くて。 
 …口では嫌がっても、首から下は抵抗してない自分が、怖くて。 
 
「来ちゃッ、やぁっ、来ちゃう、来ちゃうよっ、やあぁぁっ、来ちゃうよおおっ!」 
 
 『一人で』だったらともかく。 
 『人前で』、『こいつの前で』、その瞬間を見られるというのがどうしようもなく怖かった。 
 しかも、鼻が秘裂の間に突っ込むくらいの、この至近距離で。 
 限界まで舌を突き入れられての、微動一つ見逃さんばかりの、この体勢。 
 『最悪』で…――…そして『最高』のタイミング。 
 
 濡れた股座にハッハッと掛かる、生暖かい鼻息。 
 くっつけられた、顔。 
 
「やあぁぁぁぁ―――――――――――――っっっっ」 
 
 ――それは、最悪の空白だ。 
 導火線に火のついてしまったロケット花火を、黙って見つめるしかないのに似てる。 
 もうどう足掻いても飛ぶのは避けられないのは分かってて、 
 後は大規模に飛ぶか、こじんまりと飛ぶか、それだけの違いしかないのに、 
 懺悔や後悔を堪能し、己が羞恥を余す事無くしゃぶり尽くすには、十分に足る時間。 
 
 それなのに ずぶっ と、さらに顔は湿った肉にのめり込まされて。 
 中に入り込んだ『ざらざら』が、ぐりぃっ、と内壁を擦り削った。 
 
 
 
 その瞬間、「ひんっ」と情けない声を上げて、少女の体がこれ以上なく海老反りになると、 
 ぷちゅっ、と可愛らしい音を立てて、秘裂から軽く飛沫が飛び散った。 
 それが全て、当然の如くそのすぐ目の前にあった男の顔に掛かり吸い込まれる事に 
 なったのを見たか見ないかは知らないが、だけどビクビクと五度、六度身体を痙攣させると、 
 そのまま少女はぐったりと、力なくその場に横たわって動かなくなる。 
 
 そうして一拍遅れて、男も唐突に今まではっしと掴まえていた少女の足を離した。 
 ぺたん、と落ちたそれに、ようやく宙から地に付いた腹と腰と脚、 
 だけど少女が、それを省みる様子は見られない。 
 もはやすすり泣く事も無しに、ただ涙に濡れた目でぼぅっと横たわるのみだ。 
 
 
 
      ※     ※     ※     < 2 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
 涙が音も無くたらたらと溢れる。 
 まだ淫肉がひくひくする。 
 だけど脚を擦り合わせて抑える気にも、力を入れて止める気にもなれない。 
 
(…う……) 
 
──気持ちよかった。 
──すごい、すごい、気持ちよかった。 
──散々恥ずかしい事されて、支離滅裂な言葉叫ばされて、恥ずかしいの全部見られて。 
──そうして今まで感じたこともないくらい、思いっきり…… 
 
「…ふ…ぅぅ…」 
 止せばいいのに、そんな事を考えて、また身体がぶるっと震える。 
 寒い時におしっこ出そうになるのにも似た、開放感と自虐的快感の混じった感覚を、 
 こんなになってもまだ、味わおうと貪欲に求めている自分を感じた。 
 ……まるで体の奥に、変な火でも灯されてしまったがみたいで。 
 
──ケダモノに。 
──人間以外の相手なのに。 
──こんなイヌなんか。 
 
 そうして『バター犬』とか、『獣姦』とか。 
 好奇心から耳に聴いた事はある淫猥な言葉を思い浮かべて、またビクッってなる。 
 ノーマルだと、常識人だと。 
 正常である事に、アブノーマルではない事にしがみついてた、小市民のあたしだったけど。 
 だけどもうあたしはかなーり『堕っこちそうな』…… 
 ……ううん、もう相当、酷いところまで『堕っこちて来て』しまっているようだった。 
 ……こんなのされて、だけどもうこんなに感じて、気持ちよくなっちゃっているという事は。 
 
――完膚なきまでにイかされちゃって。 
――鼻突っ込まされて、舌奥まで入れられて。 
――そうして全部、見られちゃったんだ。 
――あそこのお肉が、びくびくってなるのも、きゅーってなるのも。 
――とろとろと奥から溢れてきた蜜が、ぷちゅっ、って押し出されて飛び散るのも。 
 
「く…ぅぅぅ……ん」 
 そう考えて、頭の中で自分に突きつけては、 
 ビクビク、ブルブルと、それに溺れる自分自身を止められなかった。 
 ぽろぽろと涙を流して、シーツを噛んで堪えようとしながら、 
 それでも奥歯の隙間から変な声が漏れて、シーツを濡らしながら『それ』に溺れた。 
 
「ふぁ……、…ふぁぁ…ぁぁ…んっ…」 
 余韻に、恥も外聞もなく浸って貪り、そこに酔って、少しでも長く味わおうと執着した。 
 こいつのせいで胸の奥に入れられ、灯されてしまった火を、燻ぶるものを、むしゃぶった。 
 背徳と転落がもたらす快感に魅せられて、そこに向かう自分を止められず。 
 …幸せに、どうしようもない幸せによって、そうしてさらに、自分を抑えられなくなって。 
 耐える為にぎりっと噛んだはずの、唾液に濡れたシーツにしみこんだそれを、 
 …だけどちゅうちゅうするのを、…切なさに、赤ん坊みたいに無心に啜るのを、止められない。 
 
 ……知らなかったのだ。 
 『女の悦び』なんて、『犯されたい願望』なんて、クソ食らえと思ってたあたしだったけど。 
 好きな男に、男の子に。 
 ここまで心をむき出しにされて、痴態を晒させられ、完膚なきまでに蹂躙されて、転がされる。 
 …それがこんなに、ヤバイくらいの変な快感を伴うものだったとは。 
 
 
 ──神様、あたしだけですか? 
 …こんな人間のじゃない舌に、口と、アソコを嬲られて、イっちゃう女の子は。 
 …こんな人間のじゃないふかふかの手に胸や身体をさわさわされて、感じちゃう女の子は。 
 見られて、蹂躙されて、変な安堵と、開放感を覚えちゃってるのは。 
 
 顔が人間じゃないし、口が人間じゃないし、全身毛で覆われてて、耳と尾がイヌで。 
 こんな人間以外の獣人野朗に犯されて、恥ずかしいとこ晒させられて、 
 でもものすごく気持ちよくて、幸せでたまんなくなっちゃってるのは、…あたしだけですか? 
 
 
 
 そうして、カチャカチャという音がしたと思ったら。 
 横たわってた身体をひょいと抱きかかえられて、膝を曲げられ、肘を折られ。 
 
 ……四つんばいの格好にされた。 
 
「…あ……」 
「…もしも痛かったら、」 
 
 視界の端、ズボンと一緒に脱ぎ捨てられて宙を舞う 
 なんかプロテクターみたいなものと、トランクスっぽいあいつの下着。 
「…いつでも痛いって、言ってね?」 
 やっぱりどっか遠くから聞こえてくるような、ぼうっとした声。 
 衝いたあたしのつるつるの細腕の傍に、毛むくじゃらの太い腕が衝き立てられて。 
 後ろから覆い被さられる感触、…いよいよされるんだと分かった。 
「…オレ、素人の、未経験の奴相手なのは、初めてだから」 
 
 …『じゃあ玄人相手は多いのかよ』と、後から思えば結構な爆弾発言だと思ったが。 
 …でもその時のあたしに、そんな事までいちいち気を巡らしている余裕はなく。 
 
 その瞬間に対しての、色んな感情、色んな見聞きした話、色んなものが浮かんで来て。 
 …でも白濁した頭に、それはあんまりごちゃ混ぜで、量が多すぎて。 
「…………」 
 結局真っ白なままの、何も考えられない頭。 
 持ち上げてるのすら面倒な頭を、ことん と床につけてへたばって。 
 
 …でもそのおかげで、ちょうどでんぐり返しする直前、後ろの光景が見えるみたく。 
 逆さの光景、自分の股の間から、見えたもの。 
 
 
 ………… 
 
 
 ………… 
 
 
 ……いや、あの 
 
 
 ……大きすぎると、思うんですけど。 
 
 
 
 前に一度見た時は、遠くからだったし。 
 とてもじゃないけど、じっくり冷静に観察・批評なんて出来なかったけど。 
 
 …でも、正直に言います。 
 ……とてもあんなの、入るとは思えません。 
 
 やっぱりある程度、例外はあっても体の大きさに比例する部分はあるんですか? 
 一際毛深くなった股間の茂みからぶら下がった袋も、そそり立った毛むくじゃらの棒も、 
 あたしが幼稚園の頃に見た記憶にある、水泳の時間にパンツとられて泣いてた 
 たかし君(仮)の股の間にぶら下がってた肌色の可愛らしいのとは、大きさも形も全然で。 
 
 …いや、形は辛うじてヒトのと同じだけどね? 
 肉がむき出しになった部分…亀頭?はさすがにツルツルなのはともかく、 
 それ以外は毛皮毛皮してて、どこまでが陰毛でどこまでが体毛なのか分かんないような、 
 それでも形はヒトと同じで、尖がってたりボール状だったりしないけどね? 
 
 袋からして、女のあたしの握り拳二個分と大差ない。 
 さっきのオオカミ男の頭目のより、ちょっと小さくて短いけど……十分常識外っていうか、 
 つーか太さ、なんか自動販売機のミニ缶(『あったかい』のコーヒー)位なくない? 
 毛の分で多少体積割り増しにされてる部分もあるだろうなと、楽観的解釈をしたとしても。 
 …それでも指二本が限界、三本入れようとして痛くて止めた、処女の身に。 
 ……入ると思いますか、あんなの、あんなの! あんなのっ!?!? 
 
 
 むりムリ無理むり、絶対無理!! 
 心の中ではそう思ってても、……でも。 
 
「あっ……」 
 くちゅ、と割れ目に擦り付けられた、そんな入り口に対して大き過ぎる熱い肉の先端。 
「…力、抜いてね」 
 …でも擦り付けられて前後されるそれに、慣らすみたいにぬるぬると動かされるそれに、 
 ──もしかしたら痛くないかもしれないじゃないか、と。 
 
 ――ここまで来といて、今更待ってなんて言えるか、と。 
 ――ここで「ごめん、やっぱり無理」だなんて、言えるわけ。 
 ――ここで拒んだりしたら、あいつは絶対ショック受けるだろう、と。 
 ――あたしばっかり気持ちよくなって、こいつは気持ちよくなるのはダメだなんて、そんな、と。 
 
 
 
 ……いつも、いつもそうだった。 
 ちっちゃい頃から、ずっとあたしは。 
 
 歯医者さんで、「痛くなったら手を上げてね」と言われても、最後まで手を上げない。 
 遠足のバスで「具合が悪くなったら言ってね」と先生に言われても、最後まで一人で我慢する。 
 学校で熱が出て具合が悪くなっても、限界まで保健室に行こうとしない。 
 
 いつか田舎のお祖母ちゃんに、何か欲しいものはないかと言われて、要らないと答えた時。 
 『あんたは甘えるのが下手な子だねぇ』と、困ったように言われた記憶がある。 
 
 …そうなのかも知れない。 
 …たとえ周りから「可愛げのない」と、そう思われていたとしても。 
 
 あっさり手を上げる事で、歯医者さんに軟弱な子だなと思われるのが嫌だった。 
 具合が悪いからと手を上げて、ゲロ子とか鬼太郎っ子とか呼ばわりされるのが嫌だった。 
 なんか具合悪いけど、でも保健室に行ったら熱なくて、皆から仮病扱いされたらどうしようと、 
 そんな馬鹿な事を考えて、結局最後まで保健室に行けない子だった。 
 
 …あれもこれもとおねだりしてワガママな子だと思われるよりかは。 
 …何にも欲しがらない代わりに、おばあちゃんに良い子だと思われていたかっただけ。 
 
 それが、この強さの秘密 
 落ちて来てから8ヶ月間、生まれてから15年間、見せ続けられて来たあの気丈さの秘密。 
 気が強く、意地っ張りで、自分にも他人にも厳しいけど。 
 …でも裏を返せばこれが真相、誰よりも臆病で、ただ勇気が無いだけだった。 
 
 今も、絶対入らないと思って怖くても逃げないのだって、それと同じ。 
 8ヶ月間テキパキ働いて来たのも、家事しか出来る事がないからそれにしがみついてただけ。 
 
 それは他人への優しさや、思いやりなんかじゃない。 
 強さなんかじゃ、きれいなものなんかじゃない。 
 ……嫌われるのが、怖かっただけなんだ。 
 
 
 
 入り口の上に止まったものに、ぐっと強い力が加えられるのが分かった。 
 さっきの舌なんかよりも、遥かに硬くて、ずっと大きくて太いもの。 
 ミリミリと。 
 痛くて、全然入らなくて、裂けちゃうとしか、思えなかったものが。 
 だけど唐突に、加わった一定以上の力 
 『みちっ』と開いた中に、頭半分があっさりとめり込み、入り込んで。 
 
 
 ――風を切って腿を掠めた矢に、太腿の肉を抉り取られた時も痛かった。 
 ――腹に思いっきり回し蹴りを食らわされて、木の幹に叩きつけられた時も痛かった。 
 ――折れる筈の無い部分でムリヤリ指をへし折られた、その時も無茶苦茶痛かった。 
 
 ――でも。 
 
 
 
 
 
「……ッ」 
 痛いくらいのきつさに、呻き声を洩らしながらも。 
 
「入った、よ…」 
 それでもジークは大きく息を吐いて、相手を安心させる為にそう言った。 
 
 いかにティンダロス、秘密諜報局【GARM】の第五局諜報員とは言えども、 
 それでも分野の有る無し、物事の向き・不向きというものがある。 
 人に警戒感を持たせなくはあっても、それと女性に受けが良いのとは違う彼の容姿、 
 加えて仲間の内一人が『そういう事』のプロな事もあって、 
 閨事に関しては一通り基本を叩き込まれはしたものの、しかしあくまでそれだけだった。 
 
 あまり高くない専職の花売りや、訓練造成期時代の房中術の実技教官。 
 …あとは任務でその必要に迫られた時にの、相手といえばそれぐらい、そんな時ぐらい。 
 …要するに素人、初めての人間や経験の少ない人間とするのは、実は初めてだ。 
 
 奥に突き当たるまで捻じ込んでも、竿が最後まで入らず三分の一程度を残した小さな器。 
 だいぶ勝手が違い、彼の知っている『それ』と比べてずいぶんとキツく、 
 締め付けが良いを通り越して、なんかもう万力、痛いくらいのそれに戸惑いながらも。 
 
「だい、じょうぶ…?」 
 下にある、小さな肩に手を伸ばして。 
 
「…ふ……ぁ……」 
「……?」 
 ちゃんと入ったという安堵感からようやく、緊張しまくりに焦りまくりの―― 
 ――つまりは完全に我を忘れていた頭が。 
「……っ……、ぅ」 
「…え?」 
 相手の様子が、おかしいという事に。 
「…ぁ……ぅ…………いっ、」 
「『い』?」 
 気がついたところで、もうかなり。 
 
「……いはい(痛い)……よぉ……(泣)」 
「……へ?」 
 
 うつ伏せになってた顔が、ボロボロと大粒の涙を流しながらえぐえぐ泣いてたのだと 
 気がついても、もうかなり遅いというか、手遅れであって。 
「い…ふぁ…い、いたひ……いっ、いだっ、」 
「え? …ちょっ、ちょっと、ちょっと待って」 
 
 確かに今までも涙は見せてきたが。 
 確かに今までも泣いて来たが。 
 
 でもこの痙攣する喉、お陰で回ってない呂律、当社比二倍の量でぼろぼろと零される涙。 
 そうしてこの震え、このしゃくりあげ。 
 
「いあいっ、いっ! ぅっ、う、うあっ、ゔあああッ! あ゙ッ…」 
「あっ、えっと、その、あの、あ――」 
 噴火寸前。 
 そんな言葉がぴったしカンコン。 
 
 それにびっくりして、おろおろと狼狽する情けないジーク君の前で、 
 女の子は ひくっ、と可愛らしく喉を一つ大きく震わせると、 
 涙に滲んだ目をきゅぅっ…っと細めて。 
 
「…ゔあ゙あ゙あ゙あああああああああああああああああん!!」 
 
 ──あ〜ら〜ら〜こ〜ら〜ら♪ い〜っけないんだ〜、いっけないんだ♪ 
 ──泣〜かした〜こ〜ら〜ら♪ せ〜んせ〜に言ってやろ〜♪ 
 ──(せんせー、ジーク君が○○ちゃんを泣かしましたー!) 
 
 …混乱したジーク君の脳内では、何故か小さい頃に聞いたそんなフレーズがリフレイン。 
「あ、うあ、その、あの、お前、とっ、」 
 五局《ティンダロス》の対応マニュアルにも、こんな時どうしたらいいかは書いてません。 
「…とりあえず、落ち着こうっ」 
 ぱ に っ く で す 。 
 
 
 
 
 
 ――矢を食らった時も、耐えられた。 
 ――回し蹴りを食らった時も、まだ耐えられた。 
 ――指をへし折られた時も、それでも辛うじて耐えられた。 
 
 その時はまだ、意地も見栄も張れた。 
 その時はまだ、痩せ我慢もする事ができた。 
 ……だって『知らない奴』の、『嫌いな奴』の、『イヤな奴ら』の前だったから。 
 食いしばった門の向こうから、だだ漏れになってしまう水こそあれ、 
 それでもこうは水門全開にはならなかった。 
 
「ゔあ゙あ゙あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 
 ――でも、こいつには無理。 
 
 そもそもにして、あんな事があったからむしろ反動で引っ込んでいたとは言え、 
 元々あたしがこいつの前から逃げ出したのは、 
 こいつの存在にこれまでの自分を壊されそうになったのが原因だったのだ。 
 
「痛っ…いぃっ、いたい、痛い、痛いよぉっ、痛いよおぉぉっ!」 
 そこに散々嬲られて、内側への侵入を許し、痴態やあられもない姿も晒させられて、 
 すっかり薄く脆くなってしまっていたところへの、この痛みは。 
 
「も…やだぁ……やだあぁぁぁぁぁぁぁぁっ、」 
 …散々怖い目にあって、痛い目にあって、それでも安心したところへの、この激痛は。 
 
「…ひっ、…ひっく…、……うぅ、うぁ゙、ゔえ゙え゙え゙え゙えぇぇ……」 
 もう、耐えられなかった。 
「え゙ぇっ、うっ、ぐふっ、ふっ、ぶぇぇぇぇん!」 
 もう、抑えきれなかった。 
 
 もう、残ってない。 
 仮面を作る力も、自分を抑えつける力も。 
 
 
 
 
 
 号泣、大泣き。 
 
「あ……」 
 
 困った。 
 …すごく、困った。 
 ……ものすごーく、困った。 
 
「えっと…」 
 そうしてそんなに困っても、相手の泣き顔を見て『あ、可愛いかも』と思ってしまい、 
 ますます深々と突き刺したものの硬さが増してしまうのはご愛嬌だったが、 
 ともかく。 
 
 ……とりあえず、思わず反射的に一旦抜こうとして。 
「ぃっ!!!」 
 苦痛に呻いた声、のけぞった背中。 
「……か、…は…………う、あ、動かしちゃやあぁぁぁぁ…っ!!」 
「あ、ご、ごめ――」 
 もうなりふり構わずの号泣状態での相手の悲痛な叫びに、またおろおろして。 
 そうして、僅かに引き抜かれた肉棒。 
「――……え?」 
 愛液に濡れた毛に、まとわりついた血。 
 
「え、おまっ、し、しょじょ!?」 
 予想を裏切られる事実に、ジークはびっくり仰天、その場に硬直する。 
「ひっく、そっ、うに、ひっく、…決まって、るだろうがっ、あほぉっ!!!!」 
 彼女は当然、しゃくり上げながらも怒ったような声を上げるのだが。 
 
「……で、でも、お前そんな、なんか処女っぽくないし――」 
「うがああああああああああ!!!!(怒)」 
 ――どうやら相手の気分を害したようである。 
 グーで殴られてる。痛い。 
 
「あたっ、しぃ、ひっく、…はじっ、めて、だもぉんっ、…ぐすっ」 
 そして見苦しくも上げた声は、到底嘘だとは思えない言葉と……事実でもって覆された。 
 濡れてたし。感じてたし。なんか馴れてるように見えたし。 
 ……何よりもなんか、彼女はきっと経験済みっていうか、そんな印象があって。 
 
 でも。 
「あん、たがぁっ! …はじ、めてっ、なん、だ…もぉぉぉ…ん…」 
 そうやって、べそをかく姿は。 
「…あ……」 
 現に混じり零れた血と合わさって、『真実』をジークに伝えるには十分な。 
 
「……なんで、言わなかったんだよ、…処女だって」 
 『初めてだから優しくしてね』とか。 
 それくらい言ったって良いだろうに、言うべきなのに。 
「…言え、ない、もん……そん、なのぉ…っ」 
 …そうやって顔を真っ赤にしてくすんくすんすすり泣くのを見ていると。 
 ……なんだろう。 
 
 
「で、でもヒトって、なんか早死にするせいで、12、13で皆子供産めるって――」 
「んなわけあるかあっ、ばかあああああああっ!!」 
 
 口から出たアホ話に、げしっと、無事な方の左足で後ろ蹴りを食らわされながら。 
 でも、『ヒトってむしろ10で子供産む奴も居るらしいぞ』と、同僚に伝え聞いたゴシップは、 
 あんま役には立たなかった。 
 
「……ぅふ、ぅ、…うああああぁぁぁぁぁぁ…!!」 
「……あ」 
 
 そうやって泣き崩れる姿は、だけど本当に痛いんだろう。 
 冷静に見てみれば、明らかにおかしな規模まで押し広げられて自分のを咥え込んだ秘部、 
 血を一筋流して、激痛にだろうか時々ひくひくと痙攣して。 
 
「…………」 
 そうして泣きじゃくる彼女の肩を、背中を撫でてやっても、全然泣き止む気配はない。 
(……オレが、悪い?) 
 思わず自問してしまった自分に対し。 
(……うん、オレが悪い) 
 すかさず自答するのは、また自分。 
 
 …やっぱりこういう時。 
(…悪いのは、全面的に男の方だよ、な) 
 それがお約束であり、紳士たる男子だったら認めるべき道だという事ぐらいは。 
 
「………ん」 
 そうして、少し逡巡したあと。 
 黙って大泣きする少女の身体を、繋がったまま、再びひょいっと持ち上げる。 
 
 
 
 
 
「あうっ?!」 
 ふいにぐいっと身体ごと持ち上げられて。 
 繋がったままの体勢、重力の掛かった股座に激痛が走り。 
 
 ぽすん、と。 
「ひっく、…う……?」 
 逆に今度は痛みが楽になって、何かに支えられて暖かいものの上に座らされた。 
 
 ……ふかふかする。 
「本当は、前の体勢のが正当なんだけど」 
 背中とお尻に当たるのは、ふかふかとした毛並み、暖かい感触で。 
「でもその足と手じゃ辛いだろうし」 
 胡坐をかいたあいつの足の上に、ちょこんと座らされてるんだと気がついた。 
 
「…何よりお前が気持ちよくないんだったら、意味ないからな」 
 頭をなでなでされながら、考える。 
 …普通にやるのが正常位で、後ろから四つん這いになってのワンコスタイルが後背位で。 
 え…っと、これは、座位?で、向き合ってないから…… 
 ……『ぬいぐるみ抱っこ』と言えば可愛らしいけど、…つまり、背面座位とか言う奴だろうか? 
 
「ひゃうっ!?」 
 ぴちゃっ と、ふいに顔の横から出て来たあいつの頭、目尻を舐められた。 
「あっ、あん」 
 そのまま何度も遠慮無しに、頬から目尻にかけての涙の跡を舐めてくる『ざらざら』に、 
 身をよじって逃げようとしても、 
 いつの間にかあたしの腕ごと捉えるような形で胸の下に回された腕に、 
 しっかり抱きすくめられ、抱き寄せられて、それも叶わない。 
 
「泣いていいよ、…怒らないから」 
「あっ…」 
 不意に止んだ舌に、きゅうっ…っと抱きしめられて、耳元で優しく囁かれた。 
「痛かったら、怖かったら、いくらでも」 
「あ…、はっ…」 
 耳元に掛かる生暖かい息。 
 
「ふ……ぐすっ…ぅ…」 
 あたしを抱きしめる、ふかふかした、太くて逞しい大きな腕。 
 同じく背中に当たる、ふかふかと温かい、分厚い胸板、硬い腹筋。 
「う…ぁ……うあぁ…っ」 
 そうしてトドメとばかりに、股の間を貫かれて。 
 これ以上ないというくらいに深く食い込んだ楔に、逃げられないように繋ぎ止められて。 
 だけどそこは、 
「うああぁっ、うああああああああん」 
 そんな淫靡な状況にも関わらず、 
「ゔあ゙あ゙あ゙あああぁーーーーーーーーーーーーん!!」 
 世界で一番、あたしがくつろげて安心できる場所のように思えた。 
 
 
 泣いて、泣いて。 
 子供みたいに、バカみたいに泣きじゃくった。 
 この8ヶ月間、この15年間、溜め込んできた物を、全て洗い出してしまうかのように。 
 ──破瓜の痛みに耐えられなくて。 
 ──快楽のに溺れそうな自分が怖くって。 
 ──そのあたしを包むふかふかの暖かさと優しさが嬉しくって。 
 ──そうして初めて、『泣く』という事がこんなにも気持ちいい事なんだと思い知ったがみたく。 
  
「ゔあ゙っ、あ゙っ、っ、ひぐっ、うっ、ぐずっ」 
 そうしてそうやって泣きじゃくって、涙を流すあたしを抱きしめて。 
「ふっ、ふうぅぅっ、ふぁっ、はっ、は、ひ、ひぅっ、ひっ、ひいぃぃぃぃんっ!」 
 ぴちゃぴちゃと、優しくもいやらしくあたしの涙を舐め取っていくこいつの舌に。 
 涙を掬い取るその『ざらざら』の温かさと、くすぐったさと、気持ち良さに。 
 ますます涙が流れて、止まらなくて。 
 ……もう本当に、止まらなくて。 
 
 
 
      ※     ※     ※     < 3 >     ※     ※     ※ 
 
 
 
──だから泣いちゃうのは嫌だったんだ。 
──あたしは滅多に泣かないけど、 
──でも一旦泣いてしまうと、涙腺を閉められなくなってしまうタイプみたいだったから。 
 
 永遠に続くかと思われた号泣も、ヒック、ヒックとすすり泣く声に変じ。 
「……う、…てぃっしゅ」 
「はい」 
 すかさず手渡されたちり紙を掴むと、ぶび〜〜ん とあたしは盛大に鼻をかんだ。 
 
 ……睦事の最中に、繋がりあったままやらかすような事では明らかに無いけど。 
 それでも泣き腫らした目、鼻水を垂れ流しながら交わるよりは、マシな気がする。 
 
 何よりも、 
「……落ち着いた?」 
 そんなムードの欠片もないようなあたしの行動に、むしろ楽しそうな様子すら滲ませて、 
 かけられた優しい言葉に、ほんの少し迷った後、あたしはこくんと頷いた。 
 
 ……なんかもう、着飾ろうとか、見栄を張ろうとか、そんな気持ちになれなかった。 
 ……そんな気力、もう沸いてこない。 
 
「…どうする? 動く?」 
 そうして髪を撫でられながら、言われた言葉にビクッとし。 
「……それとも、まだもうちょっとこうしてる?」 
 でもそれを見透かしたような、そのすぐ後に続いた言葉。 
 
 ちょっと迷って、…でも。 
「ん……」 
 背中にあたる、ふかふかした広い胸の感触に身をもたせ掛けながら。 
「…もちょっと、こうしてる……」 
 …だけどようやく、ほんのちょっとだけ素直になれたような気持ちがした。 
 
「なんなら魔法で痛覚マヒさせてもいいけど、でもそれだと――「「……いい」」 
 ズキズキ痛いけど、でも気を使ってくれる、その気持ちが嬉しくて…そしてそれだけで十分。 
「…痛いけど、いい…」 
 この左手首より先と右太腿の感覚から察するに、 
 痛みは消えるけど多分『他の感覚も消える』とか言うんだろう。 
 確かに死ぬ程痛くても、だけど一生に一度のロストバージンがそれなのは、少し勿体無い。 
 何より…… 
 
「…がまん、できる…」 
 ……こいつを、ちゃんと感じてあげたかった。 
 ちょっと待ってくれるっていうんなら、だからきっと我慢できる。 
 
 
「……そっか」 
 ぽん、と頭を撫でられる。 
「…だよね、これでいいよね」 
 ふかふかと、その向こうにある温もりが気持ちよくて。 
 ちょっとだけ身体をずらすと、もう少し深くそこに身を委ねさせた。 
「別に上手く出来なくても、それでいいよ」 
 好きな声が、耳元で囁かれるのが気持ちいい。 
「オレらは、こっちの方が合ってるっぽいし」 
 ぬいぐるみみたいな手で、だけど頭をなでなでされるのが気持ちよくって。 
「ゆっくりやろう?」 
 目を細めると、そんな暖かさの中に埋没しようとして。 
 
「ふあっ」 
 ぴちゃっ、と。 
「あっ、んっ、んふっ」 
 また目尻から頬にかけて、ぴちゃぴちゃと涙を舐められた。 
 しかも結構、執拗に。 
「や、やだ、やめてよぉ」 
 くすぐったいのと恥ずかしいのとで、緩みきった涙腺、また涙が溢れてきて。 
「あ……ふ……くぅ…っ」 
 終いには舌を目尻にくっつけられて、ちゅっちゅと溜まった水分を啜られまで。 
 
 
「…お前は、可愛いねえ」 
 
 ──変なことを言われた。 
 
「……へ? …か、可愛い?」 
「うん、可愛い」 
 思わず聞き返すあたしに対し、なんか妙に嬉しそうに、ニコニコした顔であいつは答えて。 
「はい、バンザイ」 
「う?」 
 唐突にひょい、と両手を持ち上げさせられたので、促されるままにバンザイの格好をしたら。 
 
 そのまま ぐいっ、すぽんっ と、ちょっと乱暴に剥ぎ取られた。 
 ……唯一の着衣だったシャツを。 
 
「ひぁっ!?」 
 麻か何かで出来た安っぽそうな、極めて簡素な男物のシャツだ。 
 当然胸に――立って硬くなってしまった乳首に擦れて、変な声も上がる。 
 
「胸も、おっきいしね」 
 それでもまだ、シャツという防壁があったそこから、ふるんと揺れ出たそれに、 
 真っ赤になって隠そうとするよりも早く……ぎゅむっと握られた。 
 
 
 
 
 
 自分の腕の中、貫かれたまま、海老反りにのけぞって変な声をあげるこの子は可愛い。 
「胸も、おっきいしね」 
 これまでは逆に意識して、何か悪い事をしてるみたいで直視できなかったそれを。 
 本当は触りたくても触れなかったそれを。 
 …ちっちゃい身体には不釣合いなくらいに大きなおっぱいをぎゅむっと握ると、 
 やっぱり想像していたみたく、それはふにふにのぷにぷにだった。 
「やっ、やぁ…っ」 
 しっかりと胸を鷲掴みにした自分の腕を、彼女が涙目で押しのけようとする。 
 そんな白くて細い腕と力でそんな事したって、当然ムダなのに…… 
「あっ、…はっ、んっ、…んっ」 
 ……それなのに取るに足らない力、くいくいと彼の腕を押しのけるのを止めようとしない。 
 弄ぶごとに鼻にかかった声を上げながらも、耳まで真っ赤にして恥ずかしがって、 
 …それを見てると、入れっぱなしの彼のモノの怒張も否が応にも高まった。 
 
 
 なんとなく想像はついてたけど、この子はすごい照れ屋だ。 
 『超』がつく程の、ものすごい照れ屋。 
 現に彼がしつこく、真剣に彼女を褒めたりすると、いつも顔を真っ赤にして怒る。 
 話題を逸らして、逃げようとする。 
 ……もちろんその顔が赤くなった理由が、怒りじゃなくて照れなのは彼じゃなくても丸分かり。 
 
 そこまで褒められるのが駄目らしい。 
 そこまで甘やかされたり、可愛がられるのが駄目らしい。 
 
 褒められる、可愛がられるくすぐったさに弱くて耐えられない、可愛い女の子。 
 そのくせ頑張り屋で、負けず嫌いで、不器用で。 
 自分にも他人にも厳しいふりして、悪ぶってるくせに、本当はすごく優しくて、良い娘なのだ。 
 そしてそれを指摘されると、また赤くなって、煙に巻いて逃げようとする。 
 
 …要するにウブでぶきっちょ、子供らしくないように見えて、根底では彼よりも子供っぽく。 
 そうしてなによりも、『心の匂い』が。 
 ……ううん、きっとだからこそなのか、『心の匂い』が。 
 
 
「んっ、ふ、…く…ぅ…、…ッ、ば、かぁっ、すけべ! …へんたいぃ」 
 胸を揉みながら、また溢れてきた涙を逃すまいとぴちゃぴちゃ舐めていたら、 
 泣いて震えるこいつが、せめてもの抵抗とばかりにそう言う。 
 でも。 
「…そうだよ、オレ、バカでスケベで変態なんだよ」 
「ひっ!?」 
 耳元で開き直りの囁きをすれば、逆に更に逃げられなくなるのはこいつの方だ。 
 オレがケダモノだったら、こいつは逃げられない。 
 こうして捕まっちゃった以上、毒牙に掛けられて、気持ちよくさせられてしまうより他にない。 
「だって、ずっとこうしたかった」 
「……ッ!!」 
 そうして、胸を、お腹を、匂いつけでもするみたいに身体を擦り付ける。 
 中に入れたものを動かさなくても、それでも方法は幾らでもあった。 
 要は二人ともして気持ちよくて、溶け合えるような方法を取ればいいんだから。 
 
「こうやってお前の身体抱きしめて、思う存分ふにふにむにむに、ぎゅーってやりたかった。 
…お前の裸とおっきいおっぱい、好きなだけ眺めて、むにむにこね回して遊びたかった」 
 息が掛かるほどの耳元で囁けば、腕の中の身体はビクッとなる。 
「ふ…、…ぁん……」 
 とろんとした目で、それでも溜め息にも近い声を上げて、快楽に飲まれた目をする。 
「…こうやってお前の中にオレの中に突き刺して、逃げられないように抱きしめて、 
閉じ込めた後でいっぱい色んな事して、いっぱいいじめて楽しみたかったよ…」 
 愛の告白というのには程遠い、秘めた劣情と欲望の吐露だけど。 
「あ……あ……あ……ん…」 
 耳元でのそんな淫靡な囁き、浅く揉みしだかれる胸、すりすりとこすり付けられる身体に、 
 それでも彼がその匂いに酔っているよう、彼女もまた感じたものに酔っているのが分かる。 
 
「……可愛い」 
 たまらなくて、声が漏れた。 
「…可愛い、可愛い」 
 本当はずっと抱きしめたいと思っていた、小っちゃくて柔らかい体。 
 本当はずっといじめたい、泣かしちゃいたいと思っていた、小さくて可愛い生き物。 
「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い可愛い可愛い可愛い」 
 背を折り曲げて肩の上に乗せた頭、その肉の柔らかさと匂いに埋めながら。 
「うわ〜、可愛い〜♪」 
 思わず感極まって胸の内、ぎゅ〜っと抱きしめるのを止められない。 
 
 
 
 
 
 ふいに胸を揉む手がやんだかと思うと、ぽんと頭に手が乗せられる。 
 
「お前は、怪我した栗鼠みたいだね」 
 ……もう片方の腕は、しっかりあたしの胸下をかき抱いて拘束したままだったが。 
「栗…鼠……?」 
「うん」 
 でも、夢見るような目と声でそう言われて頭を撫でられると、 
 …恥ずかしいのは変わらないけど、でもやっぱり、不思議と怖くはなくて、 
 本気で暴れたり、こいつが怪我をする程に暴れようという気は起きない。 
 ……むしろこうやって恥ずかしい事をしてこないんなら、 
 いつまでもこのままで居たいような、…裸で抱き合ってるってのにそんな安心感に逆らえない。 
 
 
 ──なんか『本当はずっとこういう事したかった』とか、凄い事告白された気がするけど 
 ──でも考えてみれば出会って以来の約八ヶ月間 
 ──あたし達がこうやって抱き合ったり触れ合ったりするのは、初めてな気がする 
 
「最初は、なかなか懐いてくれなくて。すごい警戒心強くて、毛逆立てて怒ってて」 
 ……うん、その通りだ。 
 仲良くはなれたけど、毎日漫才めいた事をしながらほのぼのと暮らしてはいたけれど。 
 …でもどっかで、二人ともお互いに手を触ったり触れ合ったりは出来なかった。 
 
「ちっちゃいのにプライド高くて、相手を威嚇して。怪我してるのに媚びないで、毅然としてて。 
こんなちっちゃくて弱くて何の力も無いのに、すごいな、強いな、立派だなって思いもするけど」 
 ──そんなプライドや、変な常識感、まともな人間たろうとする自負と自覚。 
 遠慮と、気恥ずかしさと、そうしてどっかで相手は『男』だと、『女』だと意識してたから、 
 …ノリと勢い、ギャグとツッコミで殴ったり抱きついたりとかは出来たけど。 
 逆に言えば、ギャグ以外じゃ手を握るとか、抱きしめるとか、身体触るなんて、とても。 
 
「…でもそれは、本当はすごい怖がりで、自分がちっちゃくて弱いのを判ってるからなんだよね」 
 ──抱き合ったのだって、今日あんな事があったせいでの、それが初めてで。 
 
「……そして、懐いてくれると、すっごくかわいい」 
 ところがどっこい、急転直下の紆余曲折。 
 半ば事故みたいな結果で、形はどうあれ一線を越えて、突きぬけちゃって。 
 
 ……だから今、現にこうやってあたしの頭を撫でるこいつの顔は、すごい嬉しそうで。 
 …そうしてその目は、『ペットの小動物』を愛でる『飼い主』の顔じゃない。 
 似てるけど紛れも無く、『小動物みたいな女』を眺める『男』の顔だ。 
 
「…そう、だよ…。…懐かされ、ちゃったんだよ…」 
 零落されるはずがないところを零落され、懐柔されるはずがないところを懐柔されて。 
「…最初は、あんなに気なんか許すもんか、絶対元の世界に帰ってやるって思ってたのに」 
 だから恨み言の一つ、憎まれ口の一つも叩きたくなったって、いいよね…? 
「…あんたのせいで、帰りたくなく……帰れなくなっちゃったじゃんかぁ……」 
 だってそれが、だけどしょうがない。 
 …こいつのせいでそうなっちゃったあたしの気持ちなんだから。 
 
「そっか……そっかぁ〜」 
 遠回しに言った『好き』に、へらへらと嬉しそうに笑ってあたしの頭をくしゃくしゃするこいつ。 
 なんかムカつくけど、でもそんなこいつの笑顔を見れると、あたしも幸せで。 
「えへ、えへへ、えへへへ〜」 
「…で、でれでれすんなこのばかっ、気色悪いっ……」 
 ──ビシッと横にある顔をチョップする手の力は、だけどすっごい弱いんだ。 
 裸で抱き合って快楽に半ば身を浸し、きわどい事してる最中だってのにこの空気、 
 このいつもの馴染み深い、ほのぼのまったりした空気でじゃれあえるのが嬉しかった。 
 
 
「あー、いい匂い」 
「い…っ?」 
 …でも、あたしの汗ばんだ首筋に鼻先埋めて、思いっきり体臭吸い込むのとかは、 
 正直ヤメテホシイナ。 
「うわ、ちょっと、ば、ばか――」 
「うわぁ〜、いい匂い いい匂い いいにお〜い♪」 
 ずっと抱きつきたいのを抱きつけなかったからって、 
 そうして今はもう思う存分抱きついて味わえるような状態になったからって、 
 でもここまでスキンシップ全開で来てくれるのは、…うん。 
「ひゃっ? ひゃあっ?? ひゃああっ!?」 
 そんな首とか肩とか、遠慮無しにべろべろ舐められたりはむはむ噛まれてりすれば、 
 当然変な声も上がると思うし……恥ずかしいんですけどね、実際すごく。 
「あっ、んっ、やだ…よぉ…っ」 
 それも胸揉まれたり身体擦り付けられながらだったりすると、もうね、もうホントまじで。 
 なんかドキドキするというか、興奮するというか、…ジンジンするといいますか。 
 
 
「ホント、お前の『心の匂い』、いい匂いだね」 
「……う?」 
 そんなこんなであたしの肩に頭を埋めていたこいつが、ふいに変な言葉を呟いた。 
「…あ、心じゃない方の匂いも、もちろん好きだけどね、いい匂いで」 
 …なんかすごい恥ずかしい訂正を行ったような気がするのはともかくに。 
「……ココロノ、ニオイ?」 
 ぽうっとした顔をしてる横のこいつに、思わずあたしは聞き返す。 
 
「──うん、心の匂いだよ」 
 いちいち耳元で囁かれる、笑いを含んだ低い声と。 
「オレねぇ、それが分かっちゃうんだ」 
 撫で回されて、いじくられる身体の感触に。 
「ティンダロスになった時に身についた能力の一つでね、心の色や匂いが視えちゃうんだよ」 
 …だから最初は、よく分からなかった。 
「…オレに対して向けられた、その大体の感情しか分からないって制約はついてるけどね、 
でも諜報とか局所戦闘の心理的駆け引きとかでは、ものすごく便利なチカラだね」 
 つまりそれが、どういう能力なのか。 
 
 
「…う…、…えーっと…ようするにあんたの目には、相手の背後に赤いオーラが見えたり 
青いオーラが見えたり、背後霊やらアクマやら人の罪業やらが見えたりとかするわけ?」 
 何だかよく分からなくて。 
 なんとなく元の世界で見た漫画とかでの似たような能力を思い出して言ってみるけど。 
「いや、そんな具体的には…っていうか背後霊とかアクマとか人の罪業って何って感じだけど、」 
 つまりそれは。 
 
「…イメージ的には……上手く説明できないけど……ともかく、知覚出来ちゃうっていうか、 
『あーこの人表面上はオレにニコニコしてるけど、心ではとっとと帰れって思ってるな』とか、 
『あーこの人皆の前では泣いてみせてるけど、でも心の中はすんごい冷たくてドライだな』とか」 
「へー……」 
 
 ぎゅむ〜っとされながら、でもつまりそれは―― 
(つまり『人の気持ちに敏感』ってのが究極まで行き着いたみたいなもんかー……) 
 ――要するに読心能力の一種。 
 
 
 ………… 
 
 ………… 
 
 ………って、 
 
「え、っ、っててて、ていうかそれってつまり、もしかして――」 
「あー、例えば出会って最初の頃のお前、オレの事利用する気満々だったよね?」 
 
 ……う、 
 
 うわああああ〜〜〜〜〜!! 
 って、てかバババ、バレてる〜〜〜〜〜!? 
 
「えええ、ええっと、その、あたしは、あの――」 
 うろたえながら、でもちょっとあの当時の荒んだ気持ちを思い出してみます。 
 
 た、確か、『犯したいんならとっとと犯せよ』とか、『こいつ利用してでも元の世界にやる』とか… 
 ……い、いやいやいやいやそれよりも、つまりそれが分かるって事は―― 
 
「あは、大丈夫だよ。気にしてないし、怒ってもいないから」 
 こいつは笑って、ぽす とそんなあたしの頭の上に手を置くと。 
「そんなの昔の話だし、それに今は――」 
 くっとあたしの顎に手を掛けて、横から身を乗り出すようにしてあたしの顔を覗き込み。 
「――今のお前の匂いは、最高の匂いだから」 
 
 ………… 
 
「てか、ホントすごいね、今のお前の心の中。とろとろだね♪」 
「…う、うわ、うわわわ、うわわわわわわわわわ」 
 なんか、すごい真剣な瞳と表情で『お前の匂いは最高だから』なんてものすごい事言われて。 
 そうやってまた無邪気に抱きつかれて、あっさり『それ』を看破されては。 
「…こうされると気持ちいいんだろ? いやらしいな…」 
「や、やだよ、やだぁっ」 
 ぱたぱた暴れる身体を、何か感極まってそうするみたく、ぎゅうっと一際強く抱きしめられる。 
 心臓の音が聞こえるくらい、ふかふかが……裸と裸の身体が密着しる。 
 
 ──見られちゃってるんだ、あたしの今のこの気持ち……と思うと。 
 ──嗅がれちゃってるんだ、あたしが今、こいつにこう囁かれてどんな気持ちに 
 なっちゃってるのか、全部……と思うと。 
 
「やっ、やだよぅ、…やだ、やだあぁぁぁっ…」 
「ん〜〜〜〜」 
 止めたいのに、止められない。 
 恥ずかしいのに、気持ちよくて、幸せで幸せで、嬉しくて堪らないこの気持ち。 
 ──それを全部、見られてる。 
「や、やだ……んっ、はぁんッ……」 
 毛むくじゃらの身体をこすり付けられる、ただそれだけの事が、なんか気持ちいい。 
 そんな気持ちよさと合わさって、差し込まれた奥に、痛み以外に『熱さ』が混じる。 
 生まれたままの姿、さらに剥ぎ取られて、丸裸にされ。 
 『見られている』という意識から生まれて、膣奥に集まるむず痒くてたまらない火照り。 
 
「まぁ、出会った頃からお前の心の匂いが『面白い』のは変わらないし……」 
 そんな折角のこいつの言葉も、今のあたしには聞こえなかった。 
「それにオレって改めて料理の才能が無いって判った事だけは、ショックだったんだけどね」 
 そうやってくすっと笑うこいつの言葉も、ただの羞恥と愛情にしか変わらなかった。 
 
 
 
 
 
 ──超えた範疇。 
 ──無い方がいい能力だと、つい最近までの彼はそう思っていた。 
 
「ひっ、ひどい、よぉ…」 
 あっという間に膨れ上がらせた、甘い匂いを振り撒いて。 
 …脳が溶けるんじゃないかと思うくらいの、そんな『いい匂い』を振り撒いて、 
 でもそれを剥ぎ取られたのがよっぽど困ったのか、くすんくすんすすり泣く少女に。 
「……うん、ごめんね」 
 本当は今すぐにでも腰を突き動かして、想いの丈を中に吐き出してしまいたいのをぐっと堪え 
 それでもジークは、このおかしくなるような匂いの中、彼女の頭を撫でつつ謝った。 
 …『この匂い』を失ってまで、嫌われて心を閉ざされたままに彼女を犯しても、意味は無い。 
 
 それじゃあこれまで通り、娼婦相手や仕事の関係上でしてきた交わりと。 
 …嘘と演技しかない、愛の無いただ肉体的快感があるだけの交わりと、何の変わらなく。 
 
 何より彼自身、この初めて感じるようになった突き上げるような凶暴な衝動と焦燥を、 
 大事にしたい、じっくり味わいたいと心底思ってもいた。 
 …《機械》だった彼に、《兵器》だった彼に、彼女が与えてくれた、この衝動を。 
 
「…でも仕方ないんだ。 …塞げる鼻と違って、一緒に居るとどうしても分かっちゃうんだよ」 
 
 
 …自分の意思でON・OFFの出来ないこの能力、シャットアウト不能なこの機能。 
 完璧な『演技』と『嘘』の裏をも取れるこの力は、任務や仕事の上では大いに役に立ったが。 
 
 ちょうどタネとトリックが分かってしまっていては、どんな手品も楽しめないよう、 
 しかしコードネーム・ワンダリングミラージュ――《蠢く幻影》の名を与えられた彼にとっては、 
 この世にある『嘘』と『演技』とは、全てタネとトリックの知れた手品のようなものだった。 
 
 …見えなくてもいいものが見え、解らなくても良い事まで解ってしまうというのは、辛い事。 
 表面上の演技と嘘が上手な人間ほど、…しかし心の中では、好き放題に思っているのが常。 
 実際そんな人間を、公に、私にと、ジークは何度も見てきた。 
 
 ──『落ちモノ』として落ちて来たB級SF小説の中にあった、レントゲン博士の逸話。 
 服が透けて見える薬を発明し最初は喜んでいた博士が、しかし次第に服だけでなく肉まで、 
 最後には道行く人全てが歩き回る骨に見える様になってしまい苦悩するという話の様。 
 その『見えすぎる』、『分かりすぎる』という苦悩。 
 
 ……そんなジークにどんな苦痛があったかは、敢えて詳細を語る程でもない事だろう。 
 周囲の心が読めてしまう人間の苦しみだとか、永遠に死ねない体になった者の苦痛だとか。 
 …本当によくある、ありふれ聞き飽きた話だ。 
  
 ほとんどの人間は、だけど幻や嘘、夢と偽りに酔わなければ生きられない生き物で。 
 故に何一つ幻の無い道を行く、それはぺんぺん草も生えない、乾いた荒野を行く事に等しい。 
 
 
「感謝してるんだ、すごい、すごくね」 
 泣き濡れる裸の少女を腕に捕らえてかき抱き、頭を撫でて宥めながら、 
 だけど感じるこの充足感、満たされた想い。 
「お前が来てくれるまでは、こうやる事の何が楽しいのか、分かんなかった」 
 軍の同僚への付き合いでの『花街通い』や、任務や仕事での『経験』は確かにあったけど。 
 …でもそれは、つい最近まではジークにとって、ただただ苦痛でしかない行為だった。 
 
──『さっさと終わってくれないかなぁ』とか、『なんでこんなハズレのビンボ軍人なんか』とか。 
──中には抱かれながら家の鍵の事を心配する猛者や、好きなテレビの事を考える強者まで。 
──抱かれながら、それでも頭の中・心の中では、別な男に抱かれてるつもりの者もいた。 
 
 相手はそれを仕事と、あるいはただ快楽のみを目的としているのは分かっていても、 
 それでも嘘と演技が分かってしまう『酔えない体質』、…酔えない酒ほど、苦痛なものは無い。 
「お前が来てくれるまでは、こんなに何かを欲しいと思う事無かった」 
 どうせ手に入らないんだと割り切った心に。 
 見えなくていい物が見えてしまう、全て偽りを嗅ぎ分けてしまう鼻を持つ心。 
 心の底では求めていても、しかしままならない非情な現実。 
「…お前が来てくれなきゃ、きっと今でもオレ、それが分かんなかった」 
 ……『彼女』が、来てくれるまでの話だ。 
 
 
「…ね、教えて欲しいんだ」 
 くらくらする、むせかえる程の甘い匂いに酔いながらも。 
 ……でも、彼でも不安なのだ。 
「最初は無くって、だけど三ヶ月目くらいから時々ちらほら、ほんのり感じるようになりだして」 
 不完全ではあっても心が読めるのに、だけど自信がなかった。 
 …それが本当に『そう』なのか、超えた彼であっても自信が持てない事。 
「もう三ヶ月経つ頃には、怒る裏にも、笑う裏にも、全部の行動に感じるようになった」 
 穏やかな日々に浸りながら、だけど確認するのが怖くて、どこかで逃げていた。 
 こんなに暖かくていい匂いなんだからいいじゃないかと、故意に逃げて避け続けて来た。 
 
「そうして今、お前がオレに向けていっぱい撒き散らして溢れさせてる『それ』が……」 
 甘さを撒き散らしながら腕の中でしゃくりあげる、小さな生き物の顎を指でもたげる。 
 そうしてそんな濡れた瞳を見る時、自分の中に沸き起こって荒れ狂って仕方ないものと、 
 またこうやって、彼女の心の中から溢れ漂う『いい匂い』とが―― 
 
 
「……『それ』が、愛、…なんだよね?」 
 
 自信の無い声で。 
 半ば懇願するように、そう聞いた。 
 
「……愛だって、思って、いいのかな…?」 
 
 愛であって。――同じものであって欲しかった。 
 心を覗き見、嘘と幻を統べ、全ての認識の狭間をその領土とするティンダロスの彼にも、 
 それでも判れない、自信のない、実に不安で、情けなく怯えてしまう事。 
 
 
 そんな言葉に、きゅっ と垂れ流されていた匂いが収縮して、止まった。 
 目と目が合えば、そこには不安による怯えと恥じらいの色。 
 彼女は照れ屋だから、逃げてしまう事だって十分に考えられ、また責められない。 
 これは愛情からではない、友情や、信頼や、忠義や、同情からなのだと彼女が言っても、 
 自分にはそれを責められないと、ジークは思う。 
 …思うけど、でも―― 
 
 ――迷っているのが判っても、迷いの中身までは見れないのが彼のその力。 
 それを今だけは歯痒く思い、そうして止まった匂い、思わず彼が不安を隠しきれなくなった時。 
 
「……うん」 
 
 きゅっと背中を預けた彼に身を寄せて、こくりと一言だけ頷いた。 
 それだけだったが、しかしそれだけで十分だった。 
 どろり と、途端に溢れる、さっきよりもなお一層濃くなった甘さが、何よりもの証人。 
 
 
 

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