男のマンションにて_
『見て、たの?』
なにが零れるのだろう、と思っていた。
この窮屈な胸から、いつか、いつか外へと零れだそうともがいていたものの存在をずっと感じていた。
彼女と出会ってから、胸の中でふつふつと煮られていくもの。初めて知った、あたらしい感触。
それは、もしかしたら、美しいものなんじゃないかと思っていた。熱くて、滑稽で、馬鹿馬鹿しいのに、ひどく美しいもの。
でも、今こぼれたのは、どこまでも暗く醜いひとかけらの汚泥のような笑いだった。
「澪は、本当に_ガキだな」
一語一語、区切る様に。
「面白かったよ、なあ?放課後に、人気の無い校舎裏で、部活終わりの泥臭いユニホーム姿の野郎のガキを待って」
笑いが込みあげる程に出来すぎた『青春の一ページ』。
「まだ欲情と愛情の違いさえわからないような汗臭いガキに、お前は顔を真っ赤に染めて、やすっぽいリボン巻いたボロボロの手作りチョコなんて
重くてきもちわるいもんを必死に押し付けてさあ_」
それがもしも、もしも、この手に押し付けられたものだったら_どれほどその重みを貴く愛しく感じたことだろう。
「はっ_相手のガキもさ、いっちょまえに涎たらして発情して、震える手で受け取っちゃってさあ、なにもいえねえで_ありがとう、だって」
それが俺だったら、きっとあのガキ以上に震えるんだ。ガキだろうが大人だろうが、なにひとつ変わらず。
「なあ、嬉しかったんだろ?うれしかったんだよな?俺はあんな笑顔を見たこと無かったよ、澪、あんな、心の底から幸せそうで、暖かくて_」
最低の、笑顔。
視界に入るだけで、地獄の底を覗いているような、最低、最悪の気分になれる笑顔がこの世にあるなんて、俺は初めて知った。
見ているだけで、嫉妬のあまり胃から吐き気が上がってきた。
「おかしいよな_」
俺の中にも潜んでいるのだと思っていた熱くうつくしいものは、一瞬でおぞましいほど熱く汚いものになってこの口から溢れていく。
一語、一語に、憎悪がまとわりついてくる。
「そんな、なにもかもが馬鹿らしいほどガキまみれなのに、何故かやることだけは早いんだよな、なあ?澪?」
そうだ、そんな『ガキ』の恋愛ごっこであってくれれば俺はまだ堪えられたのに。