―――ダメ超人と完璧超人との幼馴染の間には
―――恋が芽生えることはできるのか?
―――ダメ超人と完璧超人との幼馴染の間には
―――愛が芽生えることはできるのか?
―――出来る
―――出来るのだ
幼馴寺
幼馴山の頂上に古くからあるその寺は
幼馴大御神と呼ばれる幼馴染の神様が祭られており
幼馴大御神を一緒に参拝した幼馴染は
将来結婚し幸せな家庭を築くことができるという
言い伝えが残されていた。
そしてまた一人…
早朝。
まだ朝日も昇らぬころ。
幼馴寺に社には、
一人の少女の姿があった。
小柄で、幼い顔つきの少女は
まだほんの小さな子供のようにも見えるが、
その身には幼馴塚高校の制服が着用されている。
社に向かって、少女は三度手を叩いた。
「幼馴染の神様。
七月聖(ななつき ひじり)は今日で16歳になりました。
今まで大きな病気や怪我もなく、幸せに暮らして来れたのは、
幼馴大御神様がいつも私を見守ってきてくれたおかげです。
これからもどうぞよろしくお願いします」
少女は賽銭箱に5円玉を投じ、社の鈴を鳴らした。
再び三度手を叩くと、目を閉じて両手を合わせた。
小さな手には御守りが握られており、
その古ぼけた御守りは、七月家に先祖代々から伝わる
由緒正しき聖なる御守りだった。
「大きな事故が起こりませんように。
毎日健康でいられますように。
災害が起こりませんように。
お小遣いが増えますように。
身長が伸びますように。
ムネが大きくなりますように。
毎日美味しいものが食べられますように。
テストでいい点とれますように。
お父さんが毎日早く帰ってくれますように。
………。
幼馴染の月君とずっと一緒にいられますように」
最後の願いを強く念じた時、頬は赤く染まっていた。
幼馴染の神様への願い事を終えると、
少女が次に向かったのは墓地だった。
少女の母親の墓の前で手を合わせた。
「お母さん、おはよう。
一日遅れでごめんね。
元気だった?
あっ、お母さんには元気とか病気とかは関係ないのかな?
私とお父さんは、いつもの通り元気にやってるから心配しないでね」
軽い挨拶が終わると、
少女は墓石の掃除を始めた。
苔や汚れを洗い落とし、
花立ての水を換え、花と線香を供え、
燭台にろうそくを立てて火を灯し、
菓子や果物などは、半紙を敷いて供えた。
「お父さんはあいからわず仕事ばっかりで
聖のことにはぜっんぜん構ってくれないの。
私の誕生日も結局帰ってきてくれなかったし。
はぁ…お父さんは私より仕事のほうが大事なのかなぁ…。
…でも、しかたないよね。
お父さんのやってる仕事は市民を守るための大切な仕事なんだもんね。
うん。私が我慢して、お母さんの分までお父さんを支えてやらなきゃいけないよね。
………。
でも誕生日を無視されたことはやっぱり悔しいので、
今日はちょっぴりお父さんを困らせてやろうと思います」
少女に母親の記憶は何一つとして残っていない。
母親は少女が産まれたと時を同じくにして死を迎えてたと聞いているが
詳しくは知らされていなかった。
「そうそう。
今日から私もお母さんと同じ幼馴塚高校の生徒なんだよ。
それでね、お母さんに私の晴れ着姿を見てもらいたかったから制服を着てきたの。
どう、似合ってる?
それから幼馴染の月君も、一緒なんだ。
月君とは、お母さんとお父さんのような、素敵な幼馴染の関係になれたらいいな」
墓の清掃が終わると、
少女は最後にもう一度手をあわせた。
「それじゃあお母さん。
幼馴大御神様と一緒に、聖のことをいつまでも見守っててくださいね」
後始末が終え、
少女が幼馴寺を後にするころには
朝霧の向こう側から朝日が射し始めていた。
季節は春。
新緑の季節。
緑の要素が一面に生まれ、
新緑が萌えて延びまくる時期。
時刻6時00分。
―――七月家。
七月聖の朝は早い。
「さてと…そろそろかな」
じりりりり。
「チョヤッ」
鳴り響く目覚まし時計は
少女の指先一つでダウンした。
「今日も私の勝ちだね」
少女の名前は七月聖。
目覚まし時計の要らない少女。
真面目でしっかり者だと近所でも評判であり、
父親からも何の手もかからない自慢の娘と言わしめるほどであった。
そして、まだ幼さと、あどけなさが残っているものの、
前日16歳となったばかりの少女である。
もちろん、この少女に向かってその手の言葉は禁句である。
聖は今日も寝ざまし時計相手に連勝記録を更新し、清清しい気分のまま
階段と廊下を渡って、居間へと向かう。
居間は冷え切っていた。
「春なのにまだまだ寒いなあ…。
さてと、朝ゴハン作らなくちゃ」
制服の上からエプロンをつける。
「お父さんを起こすのが7時だから、
その時間に、できるようにしなくちゃね…」
七月家は聖と彼女の父親だけの二人暮しである。
他にやる人がいないので掃除洗濯家事炊事は全て必然的に聖と役目になったわけだが、
すでに七月家の平和は聖の手で成り立っていると言っても過言ではなかった。
「戦いもせずに〜♪あきらめるよりも〜♪選んだ自由で〜♪傷つくほうがいい〜♪」
鼻歌を歌いながらお米を洗う。
「そろそろお味噌汁を作り始める時間かな」
洗ったお米を炊飯機にいれ、味噌汁を作り始める。
同時進行で魚を焼きながら、ついでに野菜を切ってサラダの準備。
着々と朝食の準備が進められていた。
最後の仕上げを残したまま、聖は父親の部屋へと向かう。
自慢の娘は父親の目覚まし時計としての機能も搭載されていた。
「お父さん。朝だよー」
「……………………………すぐ…………いく……」
布団のからはゾンビのような呻き声が聞こえてくる。
「ちゃんと顔洗ってきてね」
聖は父のスーツにこっそり手をいれると、
再び炊事へ戻った。
最後の仕上げを行うと、いつも通りの時間となり、
食卓の上には、御飯と焼き魚と味噌汁と野菜サラダが並べられた。
それから幾秒も立たぬ内に、父親が居間へとやってきた。
居間には暖房が行き届き、もうずいぶんと暖かくなっていた。
「おはよう。聖」
「うん。おはよー」
「お、今日も美味しそうだな。それじゃあいただきます」
「どうぞどうぞ。お召し上がれ」
父親が夜遅くまで働いている七月家においては、
朝食は数少ない家族団欒の一時である。
「うん。やっぱり、聖の焼き魚はいつも最高だな」
「ありがと、それ、焼き加減とか調節するの、けっこう難しんだよ」
穏やかな親子の朝の会話、
だが、その一言一言は聖の心を幸せにするものだった。
2、3言、言葉を交わすと、父親は少し押し黙り、
そろそろ観念したかのような口調で言った。
「………聖。昨日のことはすまなかったな」
(きた!)
聖がずっと待っていた言葉だった。
「ん?なんのこと?」
しかし、あえて白々しい態度をとる。
「あ…いや…その」
「言葉にしてくれなきゃわかんないよ」
「ぐっ…」
無邪気な笑顔の下に秘められし悪意。
聖は意地悪そうに聞き返したのは、
前日、父がどんな大罪を犯したのかを、
あくまで父の口からはっきりと言わせるためだった。
「…その……なんだ。
誕生日を一緒に祝おうっていってたのお父さんなのに
急に仕事が入って、戻れなくなっちゃって………」
「まったくだよ。私ずっと待ってたのに」
聖の口調はいつもとまったく変わっていない。
それが逆に父の心を圧迫していた。
「ううっ……すまん。
も、もう過ぎてしまったことを言っても仕方ないのだが…。
来年、来年こそは必ず祝うからっ!!」
「でも8歳と9歳と10歳の時と、12歳と13歳と14歳の時も同じこと言ってたよね」
父は優秀な男ではあったが、聖の冷たい返答の前には、返す言葉がなかったという。
「………」
父の態度に煮えくり返ったのだろうか?
聖は無言のまま席を立ち、食卓から離れていく。
それは、いつもの聖からは考えられない行動だった。
「お………おい聖…」
額に脂汗を浮かべる父。
考えてみれば聖も年頃なのだ。
いくら仕事のためだとはいえ、
約束していた娘の誕生日をすっぽかした。
それが、いったいどれほどの罪か。
今、彼の脳裏には家庭崩壊と言葉がよぎっていた。
(なんとかしなければ。なんとかしなければ。なんとかしなければ………。
このままでは娘が不良に。このままでは娘が不良に。このままでは娘が不良に………)
「なーんちゃって、冗談。
はいっ、これお父さんの分のケーキだよ」
「えっ?」
部屋に広がる甘い臭い。
聖の持ってきたお皿の上には綺麗に切られたケーキが乗っていた。
「聖…」
「お父さんのしてることは街を守る大切なお仕事だもんね。
いつも夜遅くまでご苦労様。
家のことは心配しないで、私がちゃんと守るから」
「………」
「ん?どうしたの?」
「あ、いや、父さんも年かな………涙腺が弱くなっちゃって」
「お父さん………」
悪いのは己であるはずなのに
逆に娘に励まされる結果になろうとは、と
父は正直、娘の天使のような純粋無垢な心に感動した。
しかし、
「でも、約束破った埋め合わせはちゃーんとしてもらうよ」
それが娘の悪魔的頭脳によって作られたシナリオの始まりであることは
父はまだ知る由もなかった。
「………?」
「私そろそろ新しい靴がほしいな。これなんだけど」
「は、はい?」
聖がケーキと一緒に持ってきたのは、デパートのチラシ。
9800円の靴が指されている
その値段は、七月家においては憤慨ものだった。
「そ、それは」
だが、負い目のある父に反抗は許されない。
聖はそれを知っている。
「誕生日プレゼントってことで一つよろしくー」
驚愕の事実、
聖の手にはすでに父の財布までもが握られていた。
そして、さらなる驚愕の事実。
「ひー、ふー、みー」
純粋無垢の天使の心を持つはずだった娘は
父親の目の前で、何の躊躇いもなく、
なけなしの資金を一枚二枚と抜き取り始めたのだ。
「………ちょちょちょっ、ちょっとまて聖!今月お父さんちょっと厳しくて。
家計簿つけてるお前ならわかってるだろ。なっ、なっなっ?」
「でも、先に約束やぶったのお父さんですから。残念ッ!」
結局、父に娘の凶行を咎めることはできなかった。
七月聖は天使などではない、もっと禍々しいなにかだ。
ほどなくして、
時刻は7時30分。
聖は朝食を済ませた聖は、カバンを手に取り、
まだ朝食をとっている父親に出発の挨拶をしていた。
「それじゃあ、食べ終わったらお皿はちゃんと水につけといてね」
「ん?まだ行くには早いんじゃないのか?」
「月君、迎えに行かなきゃいけないからね」
「そうか、たしか彼も同じ高校だったな」
「うん」
「登校中、転ばないように気をつけるんだぞ」
「もう、そんな子供じゃないよぉ」
「そうだな。聖ももう16歳だしな。
お父さんの財布から平気でお金を抜き取るお年頃だもんな」
「///(照)」
「お父さんは今日も遅くなるかもしれないけど、
戸締りはちゃんとしとくんだぞ」
「はーい。それじゃあ行ってきます」
聖は元気良く答えると、家を後にした。
(あの事件から16年………。
おまえが残した娘はとてもいい子に育っているよ。
でも、だんだんお前に似すぎて困る)
父の胸中には複雑な思いが交錯していたという…。