敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず。  
というわけで、昔の偉い人の格言に従って両者のスペックを比較してみよう。  
まずはターゲットの綾咲から。  
綾咲優奈。二年D組出席番号21番。  
身長157センチ。体重と詳しいスリーサイズは不明だが、バストサイズはCカップ  
(目を合わせるだけで相手の胸の大きさがわかるという特技を持つ、  
クラスメートの歩くセクハラ人間・山田からの情報。ちなみに最初、葉山に聞いたらボコられた)。  
モデル級とはいかないが、スタイルも良い。  
もちろんそれだけではなく、容姿は端麗の一言に尽きる。物静かなお嬢様と言った顔立ちに、  
柔らかな物腰を兼ね備えており、腰まで伸ばした癖のない黒髪は清楚な彼女の雰囲気を際だたせている。  
成績の方も優秀で、なおかつ運動もそれなりにこなす。特技は幼少の頃から習っているピアノ。  
どこから見ても、蝶よ花よと大切に育てられた、完璧な箱入りお嬢である。  
しかし外面に反し、実は短気。だがワガママ放題というわけではなく、  
礼を失した相手に対する沸点が低い、というだけの話である。  
例を挙げよう。その名も『昼休み案内事件』。  
春の始業式に合わせて転校してきた綾咲は、一躍男子の注目の的となった。  
こんな普通の学校では一生お目にかかれないようなお嬢様タイプの転校生、しかも器量よし。  
男子連中が浮かれるのも無理はない。野郎どもは休み時間のたびに席を囲み、あれやこれやと  
質問を途切れることなく投げかける。彼女も最初のうちは何とか笑顔で乗り切っていた。  
しかし、そんな我慢がいつまでも続くはずがなく……事件は起きた。  
昼休み。隣のクラスの男子生徒が、案内にかこつけて綾咲を食堂に連れてきた。  
そいつは綾咲が押しに弱いと判断したらしく、いきなり携帯の番号を聞くわデートの誘うわ  
おまけにスリーサイズまで聞き出そうと多重攻撃を仕掛けたらしい。  
今まで積もるものがあったのだろう。  
綾咲は平手打ち一発、「あなたのような人に案内して欲しくありません!」と言い放ち、その場を後にした。  
殴られた当人と周囲は、呆然と見送るしかできなかったという。  
 
この出来事が切っ掛けで、彼女は校内に並ぶ者のない有名人となった。その他にも色々事件はあるが、割愛。  
このような事件を数々引き起こしたにもかかわらず、綾咲の人気は落ちることはなく、  
数々の男達が果敢にも思いを告げ、砕け散っていった。  
中にはサッカー部のレギュラーがチームになり、全員で告白したという噂もある。アホか。  
撃破記録を打ち立てていく綾咲に、付いたあだ名が『難攻不落』『撃墜王』  
『イゼルローン要塞』『鉄壁のファイアウォール』等々。  
綾咲は下心ありありで近寄ってくる男どもに嫌気が差したのか、はたまた最初からそっちの素質があったのか、  
クラスメートの葉山由理(女)に告白しており、現在返事待ちの状態である。  
そんな超ハイスペックお嬢に相対するはこの俺、爽やかナイスガイ篠原直弥。  
身長体重スリーサイズ顔面偏差値、面倒くさいので省略。まあ十人並みと考えてもらえればいい。  
成績は中の下、得意スポーツはマラソン。校内自転車競争タイムアタック記録保持者にして、  
校内エンゲル係数最高値記録保持者という、輝かしい二冠を達成している。  
タフネスと打たれ強さを兼ね備えた、日々赤貧と戦うクール・ガイ。それが俺だ。  
さぁ、果たして直弥は綾咲優奈を惚れさせることができるのか?  
次回へ続くっ!  
 
「駄目だ無理だ帰ろう」  
結論は光のごとく早かった。というか、考えるまでもないし。どう見ても不可能だろ、これ。  
そうと決まれば善は急げ。俺はそそくさと立ち上がり、爽やかな青空と気まぐれな雲に別れの挨拶を飛ばす。  
「アデュー」  
「ちょっと待たんかい」  
しかし背後から恐ろしい力で肩胛骨が圧迫され、俺は動きを止めざるを得なかった。  
「用意した弁当一粒残さず平らげて、一体何処に行くつもり?」  
肩をがしっと掴みながら、絶対零度の表情で凄むは葉山由理嬢。  
怖いっす、葉山さん。目を合わせられないっす。  
「いや、食後の運動にひとっ走りしてこようかと」  
「大丈夫よ。5限の体育、あんたの得意なマラソンだから。血ヘド吐くまで思う存分走りなさい。  
安心した? 安心したなら、座れ」  
葉山さんは、にっこりと笑いながら容赦のない命令を下した。抗う術は我が手にはない。  
観念するしかないようだった。  
腰を下ろす。と同時にとんでもないことを約束しちゃったなぁと、改めて後悔の念が沸いてきた。  
いや、弁当に釣られたから自業自得なんだけどさ。  
翌日の昼休み。俺と葉山は誰もいない美術室で昼食を取りつつ、今後の方針と対策を練っていた。  
議題はもちろん、『綾咲優奈をいかにして篠原直弥に惚れさせるか』についてである。  
嫌々とはいえ引き受けた以上、何もしないのは気が引ける。そんなわけで攻略の第一歩として、  
様々な角度から両者を分析してみたのだが、その結果『素手で北極熊に勝つ方がまだ簡単』という、  
夢も希望もない予想に終わってしまった。  
 
「いくら対策立てようが、結果は同じような気がするけどなぁ」  
すでにお手上げ状態な俺を、葉山が叱咤する。  
「一度受けたんだからぐちぐち言わない。それにやる前から諦めてどうすんの。  
当たって砕けろって格言もあるでしょ」  
「お気楽に励ましてくれますが、粉々になるのは俺なんだぞ?」  
「大丈夫よ。骨は拾ってやるから」  
血も涙もない素敵な答えが返ってきた。俺の繊細なハートをなんと心得てやがりますか、こいつは。  
「で、そこまで言うからには、何か対策は練ってるんだろうな?」  
俺の問いに、葉山は自信を持った様子で肯く。  
「昨日考えたんだけどさ。いくらあんたが男子の中で一番優奈と仲がいいとはいえ、  
いきなり告白なんかしたら当然失敗するじゃない?」  
当たり前である。それで成功するならこんな『綾咲優奈攻略特別会議』(たった今命名)など開かない。  
今まで思いを告げた数多くの英霊たちもお空の星となっていない。  
「その理由の一つとして、お互いのことあんま詳しくないってのがあると思うの。  
あんた優奈の好きな食べ物とか、好みの異性のタイプとか、知ってる?」  
俺は首を横に振る。  
先程思い浮かべたプロフィールは、クラスメートやちょっと綾咲に興味のある人間なら簡単に耳に入るものである。  
葉山がパイプになって少しは話をするといっても、あくまで俺と綾咲の関係はクラスメートであり、  
それ以上ではない。彼女の住む場所や携帯電話の番号も知らないという間柄なのだ。  
「だからさ、もっと会話を増やして、優奈にあんたのことを知ってもらうの。  
そうすれば優奈の篠原を見る目が変わってくるかも」  
まあ正当派な手段だろう。悪くない手だ。上手くいってもお友達止まりで終わりそうな気もするが、  
他に方法を思いつかないのも確か。うむ、葉山もいろいろと考えているようだ。ちょっと感心。  
 
「で、具体的な行動は?」  
葉山は待ってましたとばかりに、まるで推理小説の探偵が犯人を告発するかのごとく、  
ビシッと俺に指を突きつけ、  
「これから毎日、放課後は優奈と帰りなさい!」  
「…………………………」  
前フリが長かった割には恐ろしく地味な作戦だった。  
「……何というか、気の長い話だな」  
というか、たかだか20分程度会話が増えたところで、あなたに向けられている恋心を  
ねじ曲げるなんてできそうにないんですけど。  
「千里だろうが万里だろうが、まずは一歩踏み出さなきゃ何も変わらないでしょ。  
塵だって積もれば人の目に付くわよ」  
「対策というよりヤケクソだな」  
「い・い・か・ら! 早速今日の放課後から始めるわよ。最初は私も一緒に行ってフォローするから。わかった?」  
「イエッサー」  
あからさまにやる気なく返事したのだが、葉山は満足げに頷いて立ち上がった。  
慣れた手付きで空の弁当箱を二つ、元通りに包む。  
俺が食った分、洗って返さなくてもいいのか。アフターケアも万全だね。  
と、そこで思い出したことがあったので、聞いておく。  
「なぁ、お前料理の味付け昔と変わった?」  
「どうして? 何かおかしかった?」  
「いや、美味かったけどな。けど、味が昔と微妙に違うような気がする」  
ちなみに葉山は自分で弁当を作ってきており、今回俺に用意されたものも奴の手作りである。  
以前から金がないときに時々おかずを恵んでもらっているため、  
葉山の味に慣れた舌は些細な変化も見逃さない。全然自慢にはならないが。  
 
「そっか。うん、うん」  
葉山は何か一人で納得していたが、突如意地の悪そうな笑みを浮かべた。何か腹に一物ありそうな、その笑顔。  
「その辺は試行錯誤中だから」  
毒でも混入してるんじゃないだろうな。注意しろ俺、次からアーモンドの匂いはしないか確認だ。  
……待てよ。そういえば俺の好きなおかずばかり入っていたな。  
気合いを入れるとは言っていたが、好きでもない男の弁当にここまでするだろうか。  
怪しい。怪しすぎる。まさか、もう既に!?  
「由理……恐ろしい子……!!」  
「また思考が変な方向行ってない?」  
冷たい目で突っ込まれるが、俺の心に芽生えた疑心はそんなことでは摘まれない。  
「危うく騙されるところだったぜ。まさか俺に毒入りリンゴならぬ毒入り弁当を食わせることが目的だったとは。  
だが貴様の企みは全て看破した。そのような手に引っかかる篠原直弥ではない。  
自らの愚かしさを胸に刻み込み、とっとと尻尾を巻いて帰るがいい、この魔女め!」  
「じゃあ明日から弁当いらないのね? お金がなくて空きっ腹抱えてても、  
私はあんたに弁当恵んでやらなくていいのね? 仕方ないか、毒入りだもんね」  
「犬とお呼び下さい女王様」  
あっさりと屈した。コウモリもびっくりの速度で葉山の前に跪く。  
「毒入りだから私の作った物は食べないんじゃなかったの?」  
「毒を喰らわば皿まで、という言葉もございます女王様」  
葉山が恐ろしく冷ややかな視線でひれ伏した俺を見つめる。  
全身を針でつつかれるような錯覚に襲われながらも、俺は服従の姿勢を崩さない。だって餓死したくないんだもん。  
 
やがて葉山はゆっくりと、長い、長いため息をついた。  
「何でこんなの選んじゃったかなぁ……」  
「苦言を呈すようですが、お決めになられたのはあなた自身です女王様」  
「そういやそうだったわね。……気持ち悪いからそのポーズやめなさい。それから言葉遣いも」  
「貴様が望むなら、そのようにしてやろう」  
女王様のお許しがでたので起立、着席。いきなり態度を横柄モードに変えて、ふんぞり返ってみる。  
「じゃ、私先に戻るから」  
しかし彼女はノーリアクションだった。疲れた様子で席を立つ。ツッコミ待ちだったので少し寂しい。  
いや、ボケすぎだとわかっているが。  
葉山は巾着を指に引っかけてからくるりと背を向け、  
「放課後、忘れないように」  
そう念を押してから去っていった。  
一人になると、途端に美術室は静けさに包まれる。耳に届くのは遠くから聞こえる生徒の喧噪のみ。  
俺は脇にあった絵の具のチューブを手の中で転がしつつ、行儀悪く椅子に足を置いて、天井を見上げる。  
「何でこうなっちまったんだか」  
俺と葉山と綾咲。友人で括れる関係のはずなのに、今は各人の思惑が交差して、居心地が悪い。  
しかも事の中身は恋愛が関係している。正直、こういうのは苦手だ。憂鬱な気分に浸りつつ、ため息を吐く。  
ま、葉山も成果が上がらないとなれば、じきに諦めるだろ。弁当が無くなるのは痛いが仕方ない。  
「わかってるさ。やるだけはやるよ」  
言い訳のように呟いて、俺は放課後の戦いに備え、目を閉じた。  
 
(中編・つづく)  

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