黒い液体がカップの中をゆらゆら揺れる。伝わる熱は、知らないうちにかじかんでいた指先を優しく暖めてくれた。  
カップをテーブルに置き顔を上げようとして、正面に座っている少女と目が合いそうになる。  
慌てて視線を窓へと逃がした俺は、冬風が吹く外を見て五分前と同じセリフを吐いた。  
「来ないな」  
視界に映る円形の花壇、そこから延びる十字路に求める人物の姿はない。  
「そうですね」  
その答えも五分前とまったく同じで、まるでリピートしているようなやり取りになる。  
彼女もそのことに気付いたのか、可笑しそうにくすっと笑った。そして包み込むように持っていたミルクティーのカップを傾け、ほっと息を吐く。  
「美味しいですね」  
「自販機で買った安物だけどな。しかも紙コップだし」  
「寒いときには暖かいものが一番美味しいんですよ」  
笑顔でそう返されては何も言えない。俺は黙って自分のコーヒーを口に運んだ。  
ここは花壇からさほど離れていない位置に設けられた休憩ブース。そこで俺達は向かい合って座りながら会話を交わしていた。  
葉山達とはぐれてしまった俺と綾咲。両者とも携帯電話を持っていないので、連絡を取る手段はない。  
これからどうするか協議した結果、葉山達が探しに戻ってくるかもしれないので少しの時間この近くで待ってみよう、ということになった。  
初めは花壇のそばに立っていたのだが、何しろ今は冬である。歩きもせず外に居続けるのは少々辛い。  
そんなわけでどこか屋根のある所に入ろうと決めたのだが、店内から十字路を観察できる場所でないと、葉山らが来ても見落としてしまう可能性がある。  
そしてあいにくこの周囲に条件と一致する喫茶店がなかった。仕方なく近くにあった休憩ブースに駆け込んだ、というのがここで茶を飲んでいる経緯だ。  
ブース内は決してスペース的にゆとりがあるとは言えないが、机と椅子があり、自販機もある。  
そして何より暖かい。待つには適した環境だろう。  
しかし……、  
「俺達ってもしかしたら恐ろしくレアな人種なんじゃないのか……?」  
「どうしてです?」  
不思議そうに尋ねてくる綾咲に、苦々しげに答える。  
「一人は今時携帯も持ってなくて、もう一人は持ち歩かない。そんな若者が大勢いるとはとても思えん」  
「確かにそう言われると……」  
苦笑を返す綾咲に、俺は机に頬杖をついて先程から抱いていた疑問を投げ掛ける。  
「つーか何で携帯を学校にしか持っていかないんだ? 普通携帯はいつも持ち歩くだろ」  
「それはそうなんですけど……」  
言葉を濁しつつ、綾咲は視線を手元の紙コップに落とした。  
彼女にしては歯切れが悪い。もしかして地雷を踏んでしまったのだろうか。  
「話しづらいこと?」  
「いえ、そういうわけじゃないんですけど」  
首を横に振って、綾咲は苦笑を浮かべた。  
その表情は拒否というより、困っているように見える。取りあえず即死確定の爆弾ではなかったらしい。  
俺がこっそりと安堵の息を漏らしていると、綾咲が急に今まで気まずげに逸らしていた瞳を向けた。  
驚きで反応できない俺に、綾咲は子供の頃の失敗を告白するときのような、羞恥を纏った口調で語り始める。  
「実は……」  
聞くところによると、こうだ。  
前の学校に通っていたときに持っていた携帯は、衛星から詳細な場所が確認できる機能が付いた優れものだったそうで。  
そしてその機能を使えば、両親の携帯からも綾咲の現在地が確認可能だったらしい。  
引っ越す前はそれでも問題なかったが、彼女は親元を離れ、一人この地にやってきた。  
厳しく躾るもやはり可愛がった我が子、手元にいないと心配になる。  
綾咲の両親、特に母親はそれが顕著だったらしく、前述の機能を使って綾咲の居場所を調べ、  
友人と寄り道をしていたり休日に出掛けていたりするとつい娘が悪い遊びを覚えているんじゃないだろうかという不安から  
電話を掛けてきて注意したり言い聞かせたり説教したり――で。  
「ついにキレた、と」  
「人聞きが悪いです」  
綾咲がむくれながら反論してくる。が、すぐに視線を逸らすと小さな声で、  
「少し言い過ぎたかな、とは思ってますけど……」  
呟く。どうやら少々派手な親子喧嘩だったらしい。  
 
俺は唇をコーヒーで湿らすと、ふと気になったことを尋ねてみた。  
「そんなに多かったのか? お袋さんからの電話」  
彼女は決してわがままが過ぎる性格ではない。意志を曲げない頑固さはあるが、相手の気持ちをくみ取れる柔軟さも持っている。  
もちろん子供を心配する母親の思いもわかっていたことだろう。  
しかもこちらに越してきたのは自分のわがまま、とくれば定期連絡くらい我慢しそうなものなのだが。  
「それはもう」  
綾咲は即座に頷いて、指を折りながら説明を始める。当時を思い出しているのか、その表情は硬い。  
「電話が掛かってくるのは朝学校に行く前と、お昼休みに放課後、あと六時に家に帰ってなかったらお説教です。  
放課後寄り道したり休日に外出したりすると一時間置きに電話が鳴ってました」  
「うわぁ……」  
自分のことでもないのに顔が引きつる。綾咲がキレた気持ちもわからんではない。というか綾咲さんのお母さん、あなた少々やりすぎですよ。  
まぁ確かにそれだと持ち歩きたくもなくなるよなぁ……って、  
「あれ? でも今は学校には持っていってるんだよな?」  
俺の確認に綾咲は首を縦に振る。  
「その後話し合って、お母様を説得したんです。それ以来、平日の学校がある時間に電話を掛けてくるのは控えてくれるようになったのですけれど」  
彼女はそこで小さくため息をつき、続けた。  
「でも休日に出掛けたりすると、やっぱり連絡してくるんですよ。回数は少なくなったんですけど、その分時間が長くなって……。  
私もう頭に来てしまって、『携帯電話なんていりません!』って宣言したんです」  
「お袋さんはそれで引き下がったのか?」  
「いえ。それからもう一度話し合って、学校に持っていくことには納得しました。  
お母様は電話を掛けるのを平日休日関係なく常識的な範囲に収める、とは言っていましたけど、信用できません。  
だから登校するとき以外に携帯電話を持たないようにしてるんです」  
一息に言い終えると、綾咲は手の中のミルクティーを口に運んだ。  
徐々に怒りが甦ってきたのか、空になった紙コップを置く動作も少しだけ感情的になっていた。  
「お母様は私のことを信用してないんです。私だっていつまでも世間知らずのままではないのに」  
「今でも世間知らずには変わりないような」  
思わず素直な感想がこぼれてしまう。あ、こりゃまずいかも。  
「篠原くんまでそんなことを言うんですかっ」  
綾咲はぷいっと横を向いて、それからむっつり黙ってしまった。どうやらへそを曲げてしまったらしい。  
まるっきり子供が拗ねたような態度だが、そんな彼女も微笑ましい。いや、あばたもえくぼとか惚れた弱みとかそんなんじゃないですよ?  
心の中でよくわからない弁解をしつつ、椅子の背に体重を預ける。キシッという軽い音が休憩ブース内に響いた。  
 
まぁ結局は母親と仲がいいってことだよな。  
俺はまだ機嫌を損ねたままの綾咲の顔を眺めながら、初めに抱いた印象が間違っていなかったことを確信する。  
母の過剰な連絡を拒否する発言をしながら、携帯を学校に持っていくことには納得した娘。  
『常に連絡を取れるようでなければ一人暮らしなど認められない』と言えば娘は渋々従うだろうに、許容している母親。  
娘は母親に無自覚な部分で甘えて、母親は小言を漏らしながらも娘の意志を尊重する。  
お互いに相手の意見が正しいと判断すれば聞き入れ、行き過ぎたときは叱り、受け入れる。  
きっとこういうのが、いい親子関係のひとつの形なんだろう。……まぁ電話の回数は少しやりすぎだったけど。  
友達とのお喋りの最中に頻繁に電話が掛かってきて綾咲もいらいらしてたんだろうなぁ。  
俺にも似た経験がある。休みの日、惰眠を貪っているときに限ってしつこく電話が鳴り続けるんだよなぁ。  
何度コードを引っこ抜いてやろうかと………………。  
「あのー、綾咲?」  
「……何でしょう?」  
ようやく怒りを収めてくれたのか、綾咲が不満げながらも呼びかけに反応する。  
俺は椅子に座り直して、先程浮かんだアイデアを口に出した。  
「別に携帯を置いてこなくても、電源切っとけばいいんじゃないか?」  
……何だか全てを台無しにしてしまったような気がした。やっぱ言わなきゃよかったかなと瞬時に後悔する。  
綾咲と母の確執とか和解とか親子の絆とか(謝罪の意を込めて表現を多少美化)、色々なものに水をぶっかけてしまったような……。  
しかし綾咲はそんな俺の苦悩を尻目に、  
「確かにそうですね。持ち歩かないのも電源を入れないのも同じだと思ってましたけど、もしもの時には必要ですし。  
これからは篠原くんの言う通りにします」  
あっけらかんと言い放った。大物だ。  
とにかくこれで今後は綾咲が集団からはぐれても大丈夫ということか。やっぱり文明の利器は活用しないとな、うんうん。  
…………いやわかってるけどね、問題は今どうするかだってことは。  
定期的に窓の外へ目をやっても、見知った顔は現れない。本当にあいつらは俺達を捜しているのか、段々不安になってきた。  
 
「ところで綾咲、葉山の携帯番号のメモとか持ってないよな?」  
駄目で元々で聞いてみるが、やはり綾咲の返事はノーだった。そうだよなぁ、俺だってそんなもの手元にないし。  
ちなみに学生手帳に葉山の番号を控えてはいるのだが、残念ながら制服のポケットに突っ込んだままである。  
もし連絡しなくちゃいけないことがあったら誰かの携帯借りればいいか、などと思っていたらこの有様だ。俺も綾咲を笑えないな。  
肩を落とした俺をじっと見ていた綾咲は、やがて何か思いついたのかポンッと手を打つ。  
「篠原くん、インフォメーションセンターで由理さん達を呼んでもらうというのはどうでしょう?」  
「インフォメーションセンター? そんなのあったか?」  
聞き返した俺に綾咲は「本館にあるそうですよ」と説明を付け、  
「園内放送で呼びかければ、由理さん達と連絡が取れるのではないでしょうか」  
その直後、天井から吊されているスピーカーが音を発した。  
『園内のお客様に迷子のご案内をいたします。青色の服を着た石橋帯矢ちゃんのお母さん。  
帯矢ちゃんが本館一階・インフォメーションセンターにおりますので至急お越し下さい』  
ピンポンパンポーン、という軽やかな音楽を残してスピーカーが沈黙する。  
二人ともしばしの間無言。そしてどちらからともなく、  
「やめといた方がよさそうだな」  
「そうですね」  
同じタイミングで頷く。  
確かに葉山達と合流できるだろうが、その後三年は笑いものにされるだろう。想像するだに恐ろしい事態だ。  
「でも、これからどうしましょう?」  
最悪の未来が起こらなかったことにほっと胸を撫で下ろしていると、綾咲がまっすぐに俺を見つめながら相談を持ちかけてくる。  
俺は意図的に窓へ視線を逃がしながら、頭を掻いた。  
「あいつら来そうにないんだよなぁ……」  
目に付くのはカップル七割親子連れ三割。当然見知らぬ人ばかり。このままここで待っていても、時間を浪費するだけだろう。  
ならどうするか。一応考えはある。というかそうするのが一番自然だと思う。でも、実行に移すには少しだけ勇気がいる。  
断られたらどうしようとか、受けてくれても本心では嫌がるんじゃないかとかネガティブな思考がぐるぐる頭を回る。  
喉の渇きを覚えて、俺は残りのコーヒーを一気に飲み干した。すっかり冷めていたコーヒーは喉の奥に苦みを残して胃に落ちていく。  
だけど今は味なんて関係ない。欲しかったのは動くための勢いだ。  
俺は息を吸って腹に力を入れて、出来るだけ平静を装いながら彼女にその言葉を投げ掛けた。  
 
「俺達だけで行くか?」  
わずかだが声が上擦ってしまったかもしれない。  
失敗したという後悔と、期待と不安。それらがごちゃ混ぜになって、一言では表せない気持ちになる。一秒がとてつもなく長く感じられた。  
「みんな戻ってきそうにないし、このままここにいても退屈だろ? せっかく遊園地に来たんだし、羽を伸ばさないとな。  
遊んで色々忘れたいこともあるし。通知表とか通知表とか通知表とか」  
急に胸の奥から気恥ずかしさが湧き出してきて、余計なことまで喋ってしまう。いつもより早口になって、何だか言い訳みたいだ。  
脳がショートしそうな上に、得体の知れない焦燥感みたいなものがずっと心臓を蹴飛ばしてくる。  
一体何ですかこれは? デートに誘ったわけでもない、ただみんながいないから仕方なく二人で遊ぼうって持ちかけただけなのに。  
自分がこんなにチキンだとは知らなかったぞ。  
そんな俺の葛藤を当然知る由もない綾咲は、驚きで目を丸くしていた。  
やっぱり後半捲したてちゃったから戸惑ってるんだろうか。変に思われたか? あああどうしようどうするんだどうしようもねぇ。  
混乱した思考に絶望感がミックスされて、もう何も考えられない。出来るのは彼女の答えを待つことだけだ。  
そして綾咲の唇がゆっくりと開き、  
「はい。行きましょうか、二人で」  
微笑みと共に、同意する。拍子抜けするくらいあっさりと。  
一瞬の間を置いて、歓喜が胸に溢れた。心臓が痛いほど高鳴って、どうしようもなくなる。  
葉山達がいないんだから二人きりで遊園地を回るのは自然なことだ。  
だから綾咲が俺に特別な感情を抱いているということはない。ただ嫌われていないだけ、せいぜい仲のいい友達レベルだ。  
何度自分にそう言い聞かせても、心は躍るのをやめそうにない。  
俺は顔面の筋肉が緩みそうになるのを必死で堪えながら、ゆっくり立ち上がった。  
いつの間にか汗をかいていた手を悟られないよう、ポケットに入れる。  
「何か乗りたいものとかある?」  
「すぐには浮かびませんね。色々回りながらゆっくり考えさせてもらってよろしいでしょうか?」  
そんな会話を交わしながら二人一緒にブースの外へ足を踏み出す。  
空気がひどく冷たく感じられたが、暖かかった室内に戻ろうなどという気は全く起こらない。我ながら呆れるくらいに単純だ。  
綾咲のペースに合わせるため、俺はいやに軽い身体を自制しながら歩き始めた。  
 
 
コーヒーカップ、占いの館、レーザー銃で得点を競う体験型シューティングゲーム。  
それらを横目で見ながら、俺達二人は遊園地を闊歩していた。  
綾咲は興味深そうにひとつひとつアトラクションを観察し、時に質問を投げ掛け、俺やアトラクションの受付スタッフの説明にしきりに感心していた。  
実は彼女、こういう普通の遊園地に来るのは初めてらしい。日常とは違う独自の世界を徹底的に作り上げている『テーマパーク』には行ったことがあるらしいが。  
そんなわけだから、歩みは遅々として進まない。まぁ急いでいるわけでもないし、遊園地は楽しむことが最重要。  
綾咲もいつもよりはしゃいでいるような様子だし、その意味では成功と言える。  
しかし全てが順風満帆なわけではない。ひとつ重大な問題が誕生していた。  
「どこの遊園地でもこんな本格的な占いが出来るんですか?」  
占いの館の看板を見ていた綾咲が、振り返って俺に尋ねてくる。  
「遊園地にもよるけど、それほど珍しいものじゃないと思う」  
感情を抑えすぎてぶっきらぼうに聞こえる俺の口調に気を悪くした風もなく、彼女は納得したように頷いた。  
俺はこっそり額の汗を拭いながら、冬の空へと目線を逸らす。  
休憩ブースから十字路まで辿り着いた後、俺達は左側の道を進むことにした。  
中央の大通りはジェットコースターなどの人気アトラクションがあるが、当然人も多く、搭乗待ちの行列が出来ている。  
表の気温に慣れるまで立って待つのは遠慮したい。かといってファミリー向けの遊具には乗らないだろうし。  
相談の末、俺達は比較的人の少ない定番アトラクションが建ち並ぶコースを選択したのだが。  
「あ、ごめんなさい」  
占いの館に入ろうとするカップルに道を譲るため、受付嬢の話を聞いていた綾咲が一歩、そこから離れる。  
自然と俺の方へと身を寄せてくる形になり、途端に体温が上がったような気がした。  
そう、問題はカップル向けのアトラクションばかりだった、ということである。  
流石に人気アトラクションがある大通りには劣るが、充分に人通りは多い。そして見る人間がみんな手を繋いでいたり、腕を組んでいたり。  
そんな光景を見ていたら、意識しなくてもいい事実が内なる声となり浮き上がってきてしまったのだ。  
……俺達も二人なんだよなぁ。  
そうなのだ。今ここにいるのは俺と綾咲の二人のみ。しかも今日はクリスマス、場所は遊園地。  
そんなシチュエーションでカップル達が放つ甘い空気の中を好きな相手と歩いたら、とてもじゃないが平静なんて保てませんぜ、旦那。  
もしかしたら俺達もカップルに見えているんだろうかとか、それなら嬉しいが真実じゃないから複雑な気分だなとか、余計な思考が次々に湧いてきて浮かれそうになる。  
それらを頭の中でガシガシ殴りつけ無理矢理静めていれば、他のことに手が回らなくなるのも必然である。  
よって綾咲とは質問に答えるとき以外はほとんど喋れていない。  
まぁ他の場所を選んだからといって緊張しないわけではないので、同じ結果になる可能性は高いけど。  
 
だがこのままでいいはずがない。会話がほとんどない状態では彼女もそのうち気を遣うだろう。二人で回ろうと誘ったのは俺だし、何より楽しんでもらいたい。  
そんなわけで勇気を出してゴー! 単に俺が綾咲と話したいだけなんじゃね? という心の声は無視してゴー!  
「入りたいところとか見つかった?」  
思った以上に唇はスムーズに動いた。  
この極限状態の中、ごくごく自然に接しているように振る舞えるとは、我ながら恐ろしき才能よ……などと勝手に堂に入っていると、  
「篠原くんはどこか行きたいところありました?」  
綾咲がいつものように瞳を覗き込んでくる。でもさっき身を寄せられた分だけ、いつもより距離が近い。  
距離が近いということは顔が近いということで。顔が近いということは瞳やら唇やらがすぐ目の前にあるということで。  
あああもう駄目だっていうかお願い綾咲少しだけ離れて心臓がパンクしそうだからっ。  
早くも白旗を上げながら何とか首を横に振ると、願いが通じたわけでもないだろうが綾咲はスッと体勢を戻した。  
ほっと安堵の息を吐いたのも束の間、今度は彼女の口から爆弾発言が放たれる。  
「では、ホラーハウスにお付き合いしてもらっても構いませんか?」  
「はい。………………はい?」  
一瞬耳を疑う。頭が身体ごとフリーズしたのは、決して寒さのせいではない。  
「あー、ホラーハウスってお化け屋敷のこと……だよな?」  
「はい。そうですけど」  
聞き間違いかと思って確認してみたが、やはり聴覚は正しかったらしい。  
「別に構わないけど……どこにあったっけ?」  
「すぐそこの建物ですよ。ほら、あの洋館風の」  
ならば場を軽くする冗談かと疑ったが、そんな様子は微塵も見られない。  
ホラーハウスの建物を示す綾咲は何だか楽しそうで、俺はそんな彼女をまじまじと見てしまう。  
「篠原くん、どうしました?」  
「ああ、いや……」  
注がれている視線に気付いた綾咲が、小首を傾げながら黒い瞳を向けてきた。俺は視界を洋館へとずらしながら、全速力で脳を回転させる。  
綾咲とふたりでホラーハウス。いやホラーハウスに抵抗があるわけではないのだが、いいのか?   
あれって男女で入る場合は大体が恋人同士でキャーッとか叫んで女が男に抱きつくという予定調和を楽しむためのものだと思っていたのだが違うのか?   
俺の認識が古いのか、それともこの脳が恋愛に浸食されているだけで男女で入ろうが別に何とも思わないのか世間の皆は?   
そして綾咲は恋人ではない異性とホラーハウスに入るのに抵抗がないのだろうか。  
いや、わかったぞ! そういえば綾咲は俺を男性として意識していないんだった! いやっほぅ謎は全て解けた!   
ちなみに無駄に力強くしているのは悲しい事実を思い出して涙がこぼれちゃうだって女の子だもんな気分になりそうだからだ!   
俺のハートにときめきラブ! だけど真実せつなさ炸裂!  
ちくしょう今は泣くものかと歯を食いしばりながら空を見上げていると、後方から窺うような声が掛けられる。  
「もしかして篠原くん、お化け屋敷って苦手ですか?」  
「……何ですと?」  
聞き捨てならない言葉に振り返ると、綾咲が心配そうな顔をして俺を見つめていた。  
その表情から漂わせるのはからかいでも挑発でもなく、純粋な気遣い。  
どうやら考え事をしていた姿を、ホラーハウスに二の足を踏んでいると誤解されてしまったらしい。そして間違いを訂正する前に、  
「でしたら、別のアトラクションにしましょうか」  
彼女はそう判断を下してしまった。  
いかん、このままでは俺がお化け屋敷が苦手な気の小さい男だと勘違いされたままになってしまう。悠長に思考を巡らしている場合じゃない。  
「ちょいと待った綾咲よ。どうやらこの篠原直弥を侮っているようだな」  
俺は親指で己を指し、不敵な笑みを浮かべてみせる。  
彼女には露ほどもそんな気はなかったろうが、あの発言は男子の意地とプライドを刺激してしまったのだ。これは言わば挑戦状、受けて立たねばなるまい。  
 
「いいだろう、貴様に俺の本気を見せてやろうではないか。  
幽霊と肩を組んだりスケルトンとダンスを踊ったり吸血鬼と乾杯をする俺の姿を見て恐れおののくがいい」  
「確かに驚くとは思いますけど……」  
反応に困ったような表情の綾咲は見なかったことにして、俺は高らかに宣言する。  
「さぁ行くぞ綾咲! 死と破壊と混沌が渦巻く暗黒の館へ!」  
「恐怖は入ってないんですか?」  
そんなやり取りをしながら意気揚々とホラーハウスの受付へと向かい、二人分のチケットを差し出す。  
この遊園地は入場料とアトラクション使用料は別になっているので、遊ぶためには園内に所々設置してある券売機か売店でチケットを購入しなければならない。  
受付のお姉さんはチケットを確認すると、  
「はいカップル二名様ごあんな〜い」  
金属が錆び付いた耳障りな音と共に、入り口の扉が開かれる。これも演出の一環なんだろう。  
いやそれはいいんだが、何かとんでもないことを言われたような。  
「あ、そこのカノジョ、もし全然怖くなくても驚いたフリしてカレに抱きついたりするといいよ。カレもその方が喜ぶだろうし」  
「あ、はい」  
こら何を吹き込んでやがりますか。綾咲も勢いに流されて頷くんじゃない。  
最近の俺ならこの勘違いに舞い上がり脳内にノイズが乱れ飛んでいたかもしれないが、今ここにいるのは名誉の回復に身を捧げる熱き一匹の狼。  
何人たりともこの胸の炎は消せはしない。俺は毅然とした態度でお姉さんの思い込みを正した。  
「いや、俺達恋人じゃなくて友達なんで」  
「そうなの? でもあたしが言った作戦、むしろ友達以上恋人未満の時の方が使えるから。  
ベタだけど落とせる確率は結構高いよ。頑張ってね、カノジョ」  
「はい。ありがとうございます」  
全然話聞いてないなこの人は。そして綾咲も流れに身を任せるな帰ってこい。  
このままだと話が変な方向へ行きそうだったので、そろそろホラーハウスへ突入することにする。  
「準備はいいか?」  
「はい、いつでもどうぞ」  
俺の確認に余裕の顔で返す綾咲。  
くくく、そうやって澄ましていられるのも今のうちだけだ。  
これからお前はこの世のものとは思えぬ恐怖体験をすることになるのだっ、というわけで頑張れ脅かし役の皆さん。  
「それでは、ごゆっくりどうぞ〜」  
明るい太陽の下から暗い室内へと足を踏み出す俺達の後ろで、受付のお姉さんがにっこり笑って手を振ってくれる。  
「いや、ホラーハウスでくつろぎませんって」  
「それもそうね」  
俺の言葉にお姉さんは顎に人差し指を当てしばし考え、やがて満面の笑みで親指を立ててウィンクひとつ。  
「びっくりしていってね!」  
「それもどうかと思うなぁ!」  
抗議の声も虚しく、扉が音を立てて閉まる。  
訪れたのは完全な闇――ではなく、ぼんやりとだが周囲が見渡せるほどの光量だった。  
まったく見えないと意味ないし、明るすぎては怖くない。なるほど、よく考えられている。  
 
「足下、気をつけろよ」  
客の安全には気を配っているだろうから躓くような物は置いていないだろうが、念のために注意を促す。  
すると綾咲はいたずらっぽく笑って、  
「もし転んでしまったときには手を貸してくださいます?」  
「残念ながら俺はアンデッドの相手をするのに忙しいんだ。代わりに猫の手でも借りてきてやろう」  
「ではお願いしますね。篠原にゃお弥くん」  
「勝手に他人から霊長類の資格を剥奪するんじゃない」  
そんな会話を交わしてから、薄暗い通路の先へと目を凝らす。  
闇に目が慣れてきたのか先程よりもはっきりと周囲を見渡せるようになったが、さすがに蛍光灯の下とは天と地との開きがある。  
近くにいる相手の表情はわかるが、顔色までは判然としない。  
よかった、万が一綾咲に手を貸すことがあっても赤面しているのがバレずに済む。  
保険の確認を終え隣に目をやると、彼女が黙って頷くのが見えた。準備万端覚悟完了らしい。  
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」  
「西洋風な造りなので、出てくるとしたらやはり吸血鬼ではないでしょうか」  
そして俺達は通路を進み始めた。  
空気が流れているのか、生ぬるい風が首筋をくすぐる。  
動いていたらうっすらと汗をかく程度に湿気も調節してあるのだろう、梅雨の夜を彷彿とさせる、実に嫌な温度だ。  
まぁこの季節、外のような気温にしてたら寒さで驚くどころじゃないからな。  
内部の造りは外見と違わず西洋風にしてあった。確かこのホラーハウスのコンセプトが『怪しい洋館での恐怖体験』だったか。  
コンセプト通りに床は石畳か、もしくは近い素材をそれらしく見せていて、隣にいる綾咲が足を進めるたびにブーツがこつこつ音を立てていた。  
更に時折姿を現す壁に掛けられたロウソクの燭台が、古風かつ気味の悪さ醸し出している。  
しかし何より不気味な雰囲気を演出しているのは、沈黙という名の音楽だ。  
いや、正確にはまったく無音というわけではない。風が扉の隙間を通り抜ける音、自分の呼吸音、綾咲のブーツが響く音、と耳に届くものはある。  
しかし派手な音楽が奏でられ喧噪が飛び交う表の音量に慣れてしまっていたため、現在の状態がひどく静かに思える。  
まるで絶海の孤島に取り残されたかのような孤独感。それはやがて口数を減らし、沈黙は圧迫感となって精神を焦燥させ余裕を奪う。  
そこに前触れもなく登場する強烈なインパクトの脅かし役。うん、そりゃ常人なら悲鳴を上げる。  
しかしこの俺、篠原直弥にそんなものは通じない。気力胆力精神力全てを高いレベルで兼ね備えている上、今回は尊厳の回復まで懸かっている。  
ちょっとやそっとのことで驚くわけには  
『ヴァァァァァァ――――!!』  
「うおわぁっ!」  
突如目の前に逆さ吊りにされたゾンビが登場し、思わず声を上げてしまう。  
いきなり出てくるとはこの野郎反則だぞ。しかも意識していなかった天井からとはやってくれるぜ。  
頭上を見上げると、両開きの扉が開いてその先からロープが伸びている。それがゾンビの足にくくりつけられていた。  
勢いが死んでいないのか、ゾンビの身体はまだプラプラ揺れている。  
俺は硬直していた全身の緊張を解き、胸を撫で下ろした。まだ心臓は激しく収縮している。まるで全速力で走った後のようだ。  
俺は自らを落ち着かせるためにほっと一息吐いて、  
「急だったのでびっくりしましたね」  
隣から聞こえてくるそんな言葉に身体が再び硬直した。恐怖とは別の意味で冷や汗がだらだら流れる。  
錆び付いた機械のごとき動きでゆっくりと彼女の方へ顔を向けると、そこにいたのはもちろん綾咲優奈嬢。いや忘れていたわけではないけど。  
 
「綾咲さん、つかぬ事をお伺いしますが、聞いていらしたでしょうか?」  
もしかしたら聞こえてないんじゃないかなぁだといいなぁと淡く儚い奇跡を望みながら、恐る恐る彼女に確認を取ってみる。  
「何をです?」  
「僕の魂の叫びを」  
「えっと……」  
綾咲は答えにくそうに視線をずらし、困ったような表情で言葉を濁した。  
うん、これは聞かれてたね。偉そうなこと言っておきながら思いっきり狼狽して悲鳴を上げたのを聞かれちゃってたね。  
そう理解した瞬間、頬が熱くなるほどの恥ずかしさが全身を覆う。足に力が入らず、その場にうずくまりたい衝動に駆られた。  
胸が圧迫されたように苦しい。そしてそれほどまでにショックを受けている自分に驚く。  
今まで綾咲には散々格好悪いところを見られているのに、ちょっとホラーハウスで情けない姿を見られただけでこんなにダメージがあるとは。  
「違うんだ綾咲。まず俺の言い分を心に留めてくれると助かりますのでお耳をお貸しあれ」  
なのに口だけは高速回転でどうでもいい弁明を垂れ流す。だってどうにかして説明しとかないとマズイし。今更何がマズイのかはわからないけど。  
自問自答している暇もなく、焦燥感に煽られ、突き動かされる。  
「別にホラー系が苦手なわけじゃないんだが、突然出てこられると反射的に身体が反応するんだ。映画とかで前フリがあるのは全然平気なんだけど。  
ほら人間ってやっぱり予想しなかった結果には焦るし驚くし動転するだろ? 今もそんな感じなようなそうでないような……」  
長広舌はすぐに尻窄みになり、やがて風の音と同化した。額に浮いた汗は、決してこの湿気が原因ではないだろう。  
いや、今言ったことに嘘はないんだ。ホラー映画は苦手なわけじゃないが、突然驚かされるのに弱いのも事実。  
しかし必死に力説したせいで余計に嘘臭くなってしまったような。  
つーか俺、ますます格好悪くなった気が。プライドも尊厳も誇りも、もはや挽回不可能なまでに失墜してしまった気が。  
はい、素直に白状します。真剣に泣きたいです。真っ暗な部屋の中布団にくるまるという非常にわかりやすい状態でしくしく泣きたいです。  
「わかります。私も突然で驚いちゃいましたから」  
そう気遣ってくれる彼女の優しさが心に染みる。だが同時にその優しさが胸が痛い。  
うぅ、綾咲さん生意気言ってすいませんでした。  
と今までの非礼を詫びる準備をしていると、ぽんっと慰めるように肩に手が置かれた。  
「まぁそんなときもあるって。元気出せ」  
「ありがとう、見知らぬ人……つーかゾンビかよ」  
振り返るとすっかり存在を忘れていたゾンビが腕組みをして俺達の話を聞いていた。ちなみにまだ逆さ吊りのままである。  
声からすると若い男であろうそのゾンビはうんうんと頷きながら、  
「そんな卑下することもねーって。彼女放ったらかして逃げたわけじゃあるまいし。んな落ち込まなくても大概の野郎はお前と同じ反応するよ」  
励ましてくれているのはわかるが、空中を逆さ吊りのままプラプラ揺れながらだと、何だか馬鹿にされているような気になるのは俺の心が狭いからだろうか?   
そんな俺の胸中を余所にゾンビは機敏に親指を立てると、  
「とにかく第一関門は突破だ。これから先、何があっても彼女を守ってやるんだぜ?」  
「そんな兄貴ポジション的な格好いいセリフ吐かれても。あと恋人じゃなくて友達です」  
何故俺はゾンビと仲良く会話しているのだろう。そんな疑問を抱いたまま行った俺の訂正に、ゾンビはメイクで歪んでいた顔を更に歪ませる。  
「ああ? 男らしくねーぞてめぇコラ。はっきりしやがれこの野郎。  
つーか何で俺はカップル共を元気付けてんだよ。こちとらクリスマスから正月明けまで休みなしだってのに。  
クソッタレめ、むかついてきた。おらおら、とっとと先に進みやがれ」  
「恐ろしいまでの手のひら返しっすね!」  
今までの面倒見の良い兄ちゃんな発言は夢だったんだと錯覚させるような、すがすがしいまでの変貌っぷりだった。  
つーかあんた、最初に脅かしたとき以外仕事忘れてただろ。  
「あーあ、俺も女とイチャイチャしてぇなぁ。ヘーイそこのカノジョ、お茶しない?」  
「ヒトの連れ口説くなそしてゾンビ仕事しろ」  
アンデッドにあるまじき軽薄さを漂わせるゾンビに吐き捨てて、俺達は先へ進むことにした。  
というかこいつに付き合ってたら日が暮れる。きっとこのシーズン、客が来なくて暇なんだろう。最初の仕掛けであれだけ時間使ったのに後続の奴が全く姿を見せないし。  
もしかして今この館にいる客って俺達だけなんじゃないのか?  
まぁこんな風に考えられるってことは、最悪の精神状態からは脱したらしい。その点はゾンビの兄ちゃんに感謝、か。  
 
俺はある程度進んだところで足を止めると、すぐ隣を歩いていた綾咲に声を掛けた。  
「あー、すまん。偉そうに言っておきながらものの数秒も持ちませんでした」  
ばつの悪さを誤魔化すため指が無意識に頬を掻いていた。綾咲はそんな俺を見て、  
「いえ、あれは誰でも驚くと思いますよ。ゾンビの方もそう仰ってたじゃないですか。それに……」  
綾咲はそこで一旦言葉を句切り、どこか安心したように微笑んだ。  
「よかったです。篠原くんが驚いてくれて」  
……どういう意味だろう。  
はっ! もしや先程の俺の姿が携帯のカメラで隠し撮りされていて、後日脅迫されるのでは。  
ふふふ、篠原くん、この写真がばらまかれたくなかったら次のテストの時にこっそり解答を教えてくださいな。優奈……恐ろしい子……!!   
ってあり得ないな。こいつ俺より成績いいし。何より携帯があったらこんな事態になってない。  
発言の意図を読みかねて怪訝な顔を向けると、綾咲はそんな俺の行動を待っていたように続けてくる。  
「だって驚くってことは楽しんでくれている証拠でしょう? お化け屋敷は驚いたり怖がったりすることを楽しむ場所ですから。  
つまらなかったら、そんな反応しないと思いません?」  
「まぁ、確かにな」  
「ここに誘ったのは私ですから、ちょっと不安だったんです。もしかしたら篠原くんは退屈に感じてるんじゃないかって」  
俺が綾咲に遊園地を楽しんでほしいと考えていたのと同様に、彼女も俺に楽しんでほしいと思っていた。それを聞いて何だか嬉しくなる。  
でも素直に言葉にするのは照れくさいから、俺らしく皮肉げに返してやる。  
「もしかしたらエンジョイタイムはあれだけかもしれないぞ。準備体操はもう終了したからな。  
鋼の心と身体を兼ね備えるこの俺にもう油断はない。何故なら鋼だと油が切れると動けなくなるから。そんなわけで俺を驚愕させるのはもう不可能だぞ綾咲よ」  
「篠原くん、意地悪です」  
彼女はちょっとへそを曲げる素振りをしてみせてから、二、三歩舞うような足取りで前に出た。  
それから俺に向き直って、柔らかい笑みを浮かべる。  
「では、本当かどうか確かめに参りましょう」  
だが俺はすぐには答えられなかった。彼女の表情に目を奪われていたのもあるが、それよりも左腕が軽くなったような不自然な感覚に戸惑っていたからだ。  
まるでつい先程まで誰かに掴まれていて、綾咲が離れた瞬間に消失したような――――  
いや、都合良すぎだろ。そう否定するものの、頭の奥ではどんどん推論が組み上がっていく。  
腕を掴まれれば感触でわかる。だけど別のことに気を取られているときは例外だ。例えば突然目の前にゾンビがぶら下がったときなら。  
そういえば少し開いていたはずの綾咲との距離は、いつの間にか肩を並べるほどになっていた。  
「なぁ、綾咲」  
受付のお姉さんが言っていた『友達以上恋人未満を落とすのに有効だから』という理由は綾咲には当てはまらない。  
あいつは、その……俺を恋愛対象とは思ってないはずだし。  
だったら残る選択肢は二つ。単に俺をからかったか、それとも。  
俺は背後を親指で指し、問いかけてみる。  
「さっきのやつ、もしかしてかなり怖かった?」  
「さあ、どうでしょう? 自分でお考えくださいな」  
しかし彼女はにこにこ笑ってはぐらかすだけだ。綾咲さん、意地悪です。  
「悲鳴を上げなかったのは声が出ないくらい驚いたから、とか」  
出来れば頼りにされた結果であってほしい。そんな多少の願望を込めて、俺は彼女を見つめる。  
綾咲は立てた人差し指を唇に当てて、いたずらっぽく微笑んだ。  
「ひみつ、です」  
 
 
そうやってホラーハウスを満喫した後は。  
二人でわいわい騒ぎながら、色々なアトラクションに挑戦した。  
体験型の3Dガンシューティングをやって、綾咲と一緒に初心者丸出しの低いスコアを叩き出したり。  
ミラーハウスに入って、ものの見事に出口がわからなくなってさまよったり。  
ふらりと立ち寄ってみたゲームパークで、人生で初めて目にするというモグラたたきにおっかなびっくりな綾咲に吹き出してしまい、少しの間口をきいてくれなくなったり。  
そんな時間を過ごして。  
夕方になると葉山達と偶然に再会して、またみんなで行動した。  
そうなってから、改めて思った。  
あぁ、俺は綾咲が好きなんだって。  
どうしようもなく好きなんだって。  
ふたり一緒の時間を幸せに感じるくらいに好きなんだって。  
 
 
だから――――  
 
 
 
 
(後編・つづく)  
 

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