アンデッドなのか何なのか分からない互いに関連する小ネタ集@
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男の近くでは無数の死骸が踊っている。
中央アジアの広大なステップ草原の上で、男たちは敵の軍隊に向かっていた。しかしいつのま
にか敵の軍隊はいなくなって、代わりに巨大な機械が男たちの眼前にいた。
小雨が降り始めていた。
男たちは草原の上を必死で逃走していたが、機械が見逃すはずもない。先ほどまで笑っていた
はずの男の仲間たちを、的確に散弾で撃ち貫く。
仲間は腕が千切れ、脚が千切れ、ぼろぼろと倒れ伏していく。
地面が血塗れに染まり、肉が地面に飛び散っていく。薄い緑色だった瑞々しい葉は面影も残っ
ていない。真っ赤な色の地面か、そうでなければ戦闘服の欠片が地面を覆う。
先ほどまで笑みを浮かべていた同僚たちの顔には既にぼこぼこと穴が開いていて、ほとんど原
型も留めていない。
脳漿も出てこないということは、恐らくは体内に入り込んだ微粒子機械が、その全身を巨大な
爆弾と化すべく、既に全身を加工しつつあるのだ。
そうはさせじと男はカービン銃を向けて、何度も流体砲撃を行った。
流体砲撃は、いわゆる空気銃の一種ではあるものの、ポンプで圧力を内部に溜めておくのでは
なく、液体酸素や液体窒素を瞬時に気化させて大きな圧力を対象にぶつけるので、ほとんど固定
砲台並みの殺傷力と散弾銃並みの効果範囲を持ち、更には連射能力にも優れている。
男は何度も同僚たちの死骸を撃った。しかし気化した酸素が全身を冷やし、肌が凍傷になりそ
うなほどだった。背筋に冷汗が流れていたが、それでも男は流体砲撃を撃ち続けた。
やがて死骸はくるくると飛んでいった。
同僚たちの死骸は吹っ飛んで、遠くでむくむくと膨らんだ。
「伏せろ!」と男が叫んだときには、既に大きな爆発音が響き渡っている。
死骸は跡形もなく消え去っている。
鬼籍の処理が大変そうだ、と無関係なことを考えた。
しかし悲しんでいる暇はなかった。先ほど同僚を殺した自動機械を破壊しなければ、いつまで
経っても兵隊たちが爆弾になっていくばかりだ。間違いなく新型の兵器だ。
ふっと機械を眺めると、他の兵隊たちへと散弾を掃射していた。
先ほど撃たれた後に撃たれていないということは、恐らく個体それぞれを認識していると言う
よりも、領域を一定時間ごとに決まった回数だけ掃射するシステムなのだろう。あるいはあの散
弾は、本来ならば爆発を繰り返して他の兵隊に感染していき、爆弾にしてしまうはずだったのか
もしれない。成功していれば、恐らくこちらは全滅だった。
つまり一回で全ての兵隊を始末する予定だったので、こちらにはもう撃ってこないということ
だろう。そして逆に言えば、兵隊たちが仮に助かってしまったとしても、こちらに銃を向けられ
ず、他の場所へと無駄な弾を撃っているという、そういうことだ。
恐らくこの機械はこの戦闘に一体、あるとしても数体しか投入されていないはずだ。たとえこ
のシステムが個体を認識できないとしても、これだけのシステムの機械をそう何個も組めるはず
はない。できれば温存しておきたかったところだろう。あるいはそれとも、実験機だからこそ、
あえて実戦に投入されたのか。どちらにしてもあれだけは破壊しないとまずい。
全く運が悪いことだ、と男は吐き捨てた。
そのまま機械へと走っていく。
男と同僚の兵士たちは銃を向けたまま、機械に突撃した。
誰かが大きな声で喚いて、泣いているのが聞こえる。このクソ馬鹿野郎、小便漏らしてんじゃ
ねえ、と男はその泣き喚いた兵士に向かって罵倒の限りを尽くした。そう発奮させなければ自分
が逃げ出しそうだった。
こんなところで泣いているくらいなら最初から戦場に来なけりゃいいものを、と男は地団太を
踏んで、つまり機械を蹴り飛ばして、機械に向かって何度も流体砲撃を行った。気化した酸素が
機械の巨大な装甲に大きく凹みを作る。
しかしまだ機関銃は火を噴き続けていた。
何人もの兵隊、部下や同僚が犠牲になって、そのたびに遠くで爆発が起こる。
今はまだこちら側に爆弾化の感染している兵隊たちはいないようだが、しかしいずれは食い止
める兵隊たちも、あるいは流体砲撃の弾数も尽きる。
男は焦燥に駆られながら、何度も機械の装甲に流体砲撃を行う。しかし最初は数センチ単位で
進んでいた凹みが、途中から全く進まなくなっている。恐らく機関部にまで突入したのだろうが
、その機関部を防御する装甲がひどく硬いらしい。まるで動かない。
男はますます焦った。焦って何度も撃っているが、まるで効力がない。
思い切ってその凹みに銃口をぴったりとくっつけた。間違えば銃そのものが内部の圧力で破裂
する可能性もあるだろうが、撃てれば液体そのものが装甲にぶち当たり、確実に一つの場所だけ
は破壊できる。気体をぶつけるよりもずっと衝撃は大きいはずだ。
男の思いつきに気付いたのか、他の同僚たちも一斉に装甲に銃口をぶつけた。ぱん、と大きな
衝撃音が鳴り、ほとんど鼓膜が破れそうなほどだったが、男は装甲を見た。
成功だった。機械は少しずつその動きを鈍くしていく。
それでも止まらない機械に、男はとどめだと言わんばかりにナイフを抜いて、その内部機構を
えぐった。
あれだけ堅かった装甲も、中に入れば案外柔らかいものだ。
ざまあみろ、と男は怒鳴りつけた。
何処かからまだ泣き声が響いていた。
うるせえな、もう終わったよ、と男は怒鳴った。
それでもその泣き声は響いてくる。子供みたいに甲高い泣き声が響いている。
男はもうそいつのことを無視することにして、内部機構をがり、がりと高らかな勝利を叫ぶよ
うに何度もえぐった。死んだ仲間たちのことを思い出しながら、精密な機関部の電子基板がえぐ
れていく様を眺め、ざまあみろ、ざまあみろ、ざまあみろ、と笑った。
そこで黄色いものが大きな機械から滲み出た。
一瞬だけ機械油かと思ったが、気付くと冷たいものが背筋を過ぎる。
しかしぞっとしながらも、どうしても手が停まらなかった。先ほどの同僚たちの死骸が脳裏を
過ぎる。恐怖と責任感が新たな恐怖を塗り潰して、磨耗させている。
あの泣き声が未だに響いている。
うるせえな、と叫ぼうとしたとき、また気付いた。
停まらなかったはずの手が凍りついて、もうどうしても動かなくなっている。
男が手を止めているのを不思議そうに見た誰かが、何も気付かないまま機械の柔らかな内部装
甲に向かってナイフを突き刺して、あっ、と叫んだ。そこからサッカーボールのようなものが出
てくる。ころころ、と転がって、機械の装甲の外に出てくる。
ぼろぼろと割れている真っ黒なヘルメットの中には、頭蓋骨が薄く見えている。やがて真っ白
だった頭蓋骨は、中から溢れ出してくる真っ赤な血液に染まり上がる。
そのサッカーボールのようなものは、最後に一声だけ、
「ぎゃーあ」
と、子供の甲高い泣き声を響かせた。
それはあの、何処か遠くで泣き叫んでいたはずの声だった。
そしてそのすぐ後、本当にあっと言おうとする間もなく、そのサッカーボールは追いついてき
た兵士たちに踏み潰された。しかし既に地面は赤く染まり、何とも区別がつかない。兵士たちも
いちいち死体を踏み潰したことを気にしてなどいられないらしい。
こじ開けた兵士はしばらく固まっていたが、男と見つめ合うと、何かがごっそりと抜け落ちた
ような笑みを浮かべた。
男は何も言わずに、その笑みを見つめている。
「行くか」と兵士は言って、男はうんと頷く。男は機械から飛び降りると、まだ機械に乗ってい
た兵士を促した。さ、と手を差し出すと、兵士は恐る恐る手を取ろうとした。
その数秒後、その兵士の顔に、ぼこぼこと穴が開いた。
無数の穴が。
男が兵士の顔を見上げると、顔の穴から遠くの雨雲と、あの機械の銃砲が見えていた。
いつのまにか雨も遠くに行って、もう燦々と日が照らしている。手足にまとわりつく真っ赤な
泥が、粘りつくような日差しを浴びて、じりじりと焼け始めている。
草原から雨季は去り、やがて乾季がやってくる。
蛇の鱗のような光沢を見せる青空がきらきらと光り輝いている。微粒子機械が光を複雑に反射
して、金属光沢とも違う、奇妙な構造色を形作っている。
時折空から熱線が放たれて、大地が焼け爛れたように真っ赤に染まっていく。
どろりと溶解した鉱物が、たくさんの兵士たちを焼き殺す。
たくさんの草を燃やしている。一瞬で気化し、酸素と反応した草は、どれも驚くほどの速度で
爆発して、どろどろに溶けた鉱物を吹き飛ばして、兵士たちはそれを浴びている。
真っ赤な雨が降り、気圧が急激に上昇し、真空が兵士たちの身体を切り裂く。
男は手足をばたばたと動かしながら、必死で走り逃げている。
暑い。ひどく暑い。
からりと乾いた熱気を大地が呼吸している。
一面に生えていた草が湿気を失っていく。黄色い枯れ草が広がっていく。
それもすぐに死んでいく。
まだ生きている兵士たちは汗を流し、もう死んでいる兵士たちは血を流す。死体の肉と脂が大
地をじっとりと覆っていたが、それもやがて腐り果てて、土と砂に変わっていく。
草は踏み潰されても焼き殺されても、大地を覆う血と汗を吸い、生き延びる。
それでもゆっくりと、少しずつ草は枯れていく。
燦々と日差しが照りつけて、大地がゆっくりと焼けていく。
戦いの血だけが、まだ乾いていない。
それは西暦九八二三九三二年の、まだ七月のことだった。
大戦も半ばを過ぎた頃。
まだダンスマカブルも生まれて間もない頃のことだった。
関連する小ネタ集A
2:ボカロの歌詞にでもしようとして失敗した詩を丸投げしてみた
大きな戦いがあった。
その国から残らず命がなくなるような戦乱があった。
その戦いの一つで、命を喪った一人の戦士がいた。
戦士は起き上がった。
立ち上がった戦士は首を傾げる。
「俺は死んだはずなのに……」
見れば彼の身体は、何処も真っ白な骨だった。
戦士は骸骨としてよみがえった。
化け物としてよみがえった戦士。
どうすればいい? 誰と会うこともできない。
誰にも受け容れてはもらえない。
だから戦士は笑った。笑いながら踊った。
ダンスマカブル。ダンスマカブル。ダンスマカブル。
踊るしかない。踊ることしかできない。
希望はない。見捨てられたから。
絶望はない。もはや死ぬことなどないから。
ダンスマカブル。
戦士は立ち上がった。
歩き続ける戦士は戦乱に遭う。
何百の戦乱。悲痛な物語。
でも何処にも、彼と同じ者はいない。
戦士は一人ぼっちだった。
「化け物だ! あっちに行け!」
大人も子供も男も女も石を投げつける。
だから逃げる。人間たちから。
でも人間のいない場所はない。
何処までも逃げ続ける。
死ぬことなどできない。
何処に希望がある?
でもこの苦痛に堪えなければならない。
堪えることしかできない。
ダンスマカブル。ダンスマカブル。ダンスマカブル。
踊るしかない。踊ることしかできない。
希望はない。見捨てられたから。
神様はない。どうして殺してくれないんだ?
ダンスマカブル。
戦士は歩き続けた。
やがて一つの村へと辿り着く。
全てを受け容れる村。骸骨さえも笑って迎える。
化け物たちも楽しそうに暮らしている。
一人の少女が笑いながら言った。
「あなたの名前は何ですか?」
そんなものは忘れてしまった。
遠い何処かにそんなものがあったことさえ。
今の今まで忘れていた。
戦士は村で暮らしていた。
誰もが楽しく暮らせる村。
どんな者でも手を取り合って生きられる村。
でもそんなものが本当にあるのだろうか。
骸骨は考える。
ここにいることができるのだろうか。
そのとき大きな笛の音がした。
それは王国の警察たち。
「ここに骸骨の化け物がいると聞いている!」
「早く出さないと、全員魔女として死刑だ!」
骸骨は出ていこうとした。
しかし村人たちは彼を守ろうとする。
人間も化け物も、そしてあの少女も。
でもそんなことには意味がない。
ダンスマカブル。ダンスマカブル。ダンスマカブル。
死んでいく。守ることなどできない。
やめてくれ。見捨ててもいい。
やめてくれ。だからもう死なないでくれ。
ダンスマカブルは続く。
骸骨だけは死なない。
既に死んでいるから。もう死ぬことはできない。
村人たちだけが死んでいる。
ダンスマカブルだって?
死はここにあるんじゃない。
あんたらがつくりだしているだけじゃないか!
復讐すればいいのか。
彼らに復讐すればいいのか。
一振りの剣を携えて、戦士は歩き続ける。
復讐するために。
そのとき一枚の絵を見た。自分と人間たちが踊っている絵。
人間たちが墓穴に足を踏み入れている絵。ダンスマカブル。
それを見て気付いた。自分たちは同じものなのか。
俺は他人を殺す者だったのか。
骸骨はそこで笑った。
かたかたかた、と顎骨を鳴らして笑った。
あんたらがつくりだしているとは。
死を作っているのは誰でもないのだ。
この自分だったのだ。
骸骨は土の中に眠る。
もう何も見たくなかった。
笑顔は喪われる。平和は焼かれていく。
踊りなどしたくもない。
そして全ては、冷たい土の中。
永遠に眠り続ける、閉ざされた場所。
冷たい冷たい、土の中。