何十秒か、無為に相違ない時間が過ぎた。観念して、アルフレッドはエイダから自身を引き抜いた。彼女は小さく声を上げたが、やはり意味のある言葉ではなかった。  
 背中に回された手が動くまで、それは恋人同士と変わらない体勢であったのだが、女の表情でそんな甘やかな行為ではなかったとすぐに知れた。  
 エイダはどこかぼんやりとした寂しそうな目で宙を見つめていた。  
 彼女の意思に反して涙が止まらないらしかった。無表情の目の縁は真っ赤になっていた。  
 アルフレッドが身体をどけると、魔女はすぐに衣服を整え始めた。彼から逃げるように壁に身をもたれさせ、ローブをきちんと下ろす。腹の傷はあっという間に隠れた。乱れた黒髪を撫ですかす様子をアルフレッドは無言で見守り続けた。彼女は彼を一瞥もしなかった。  
「あ」  
 エイダが声を上げた。何となく悩ましい声だったので、アルフレッドは思わず、どうしたと声をかけた。  
「いや、何も……」  
 少し、エイダは迷ってみせた。アルフレッドが無言でいると、彼女は決心したらしい、ローブをぎゅっと握りしめ、目をそらしながら言った。  
「今のが、子を孕ませる行為だろうか……」  
 アルフレッドはぎょっとした。  
「そうなるね。まあ確率は高くないから、安心しろ」  
 人間的にごく最低な部類の台詞を吐き、彼はこの後のことを一気に想像した。  
 アルフレッドが逃げたとして、この魔女は追ってくるだろうか。いや、そんなタイプには見えない。せいぜい一人で寂しそうに、ドアを見つめるだけだ。いや、寂しそうにではないか――とにかく、一人きりで。  
 アルフレッドが逃げず、言葉とアップルパイを尽くして彼女に謝ったとしよう。こちらは予想がつかないが、これまで通りとはもちろいかないだろう。良くて出入り禁止、悪くて壊死。  
「あ」  
 またエイダが声を上げた。アルフレッドもびくりとした。今度は火急の用だったらしい、彼女はばたばたと起き上がって部屋を飛び出した。慌ててアルフレッドも追いかける。  
 どちらにしろ決心がつかないのだ――彼女を諦める、という。  
「エイダ!」  
 威勢良く叫んだものの、彼女はどこかに逃げたわけではないらしかった。先日薬を作っていた物置きに入っていくのが見えた。アルフレッドも追いかける。  
 室内に入った途端、焦げ臭い匂いが鼻をついた。魔女が一生懸命に、石窯から何かを取り出している。  
「やっぱり、焦げた……」  
 黒い丸い物体。  
 エイダが気まずそうに振り返った。  
「こういうわけだから……私はアップルパイも満足に焼けない」  
 魔女は落ち込んでいるようだった。奇妙なことに、先程までの瞬間の中で一番悲しそうに見えた。  
「それは、俺に?」  
「これは練習に焼いたものだし、第一食べられない」  
 煤けたアップルパイを傍らにおいて、エイダはアルフレッドに向き直った。目が合うと、彼女は怯んだように足元を見た。  
 子供がいたずらの言い訳をするような口調で、彼女は言った。  
「貰ってばかりだったから」  
 もはやエイダは泣かなかった。諦めなければいけないものを諦める作業に移ったように、彼女は冷静に言った。  
「どうやらあなたも目的を達したらしい。私にとってあれほど辛い作業が目的なら、あなたがこれまで私に色々してくれたのも合点がいく。ご苦労なことであった」  
 犯された女としては、どこかずれた台詞であった。  
「ああ」  
 上手に口が回れば良かったが、アルフレッドには次につなげる言葉が思いつかなかった。嫌味なほど純粋な魔女は、何かを思い出したかのように、自分の唇を触りながら喋っていた。  
「もう会えない。あなたがしてくれたことの見返りには足りないかもしれないが、私にはとても耐えられない。楽しいふりをされるのも、嘘をつかれるのも、罵られるのも、笑われるのも。あなたにされると、ひどく、辛い」  
 沈黙が訪れた。  
 アルフレッドは頭が痛み出したことに気付いた。手酷く女を捨てた経験がないわけではなかったけれど、今回ばかりは彼は喋り出すことができなかった。自分で蒔いた種なのだし、どうでもいいと思ってしたことなのだから、彼女の反応は予想できたはずだ。  
 多分、アルフレッドは後悔しはじめているのだ。  
 魔女が望んだとおりに喜ばせてやったり、喜んでやったり、温かい交流を育てていけば、どんなに幸せな毎日が待っていたことだろう、と。  
 
「俺は――」  
 アルフレッドが一歩進んだ。近付いた分だけ、エイダが離れた。けれど狭い物置のこと、彼女はすぐに壁に追い詰められた。アルフレッド自身、何を伝えるために詰め寄ったのか分からなかったが、とにかくこのまま別れを迎えることは避けたかった。  
 都合のいいことに、彼はまだエイダのことが好きだった。  
 追い詰められて、エイダはしゃがみこんだ。  
 目線を合わせて、彼もしゃがんだ。魔女は目に見えて痛々しく震えていた。  
 それを見たアルフレッドは、ひとつ決心をした。  
 まずは、確かめなければならないことがある。  
「聞きたいことがある。あの男は誰だ」  
「…………」  
 エイダは少しの間逡巡した。ぎゅっと服の裾を握り、苦々しい表情で足元を見たまま、ようやく答えた。  
「兄だ。母に頼まれて私の様子を見に来てくれた。……頼む、少し、離れて」  
 彼女の懇願をアルフレッドは無視した。  
「俺にも妹がいるから分かるがな。嘘だろ、そりゃ。妹とあんな――」  
「本当だ。あなたが何か不思議に思ったのなら、それは、兄は私のことを恨んでいるし、兄も私も世捨て人だから」  
 不思議って話じゃねぇぞ、あれはどう見ても逢引のキスだった。  
 問いただす言葉が喉元までこみ上げたが、アルフレッドはそれを懸命に飲み込んだ。  
 そんな資格はないし、女々しすぎる問答だ。釈然としないが、アルフレッドはひとまず黙ることにした。どうしても彼女が嘘を言っているように見えなかったというのもある。  
 むず痒さを御しきれず、彼はさらに一言だけ尋ねた。  
「あれは恋人か」  
 エイダは驚いた顔をして、首を振った。  
「兄だと言ってるだろう。あなたが見たあれは、彼の魔術的……いや、なんでもない。そういうことか」  
 アルフレッドが驚いたことに、エイダは静かな笑顔を浮かべた。  
「あのキスは呪いだ。私が孤独であるようにと言って、彼は私に呪いを施した。あなたがそれを見て、私の元を去るような行動をしたのは、だからすべてがあなたの意志によるというわけではない」  
「呪い?」  
「そう」  
 今度はアルフレッドが笑う番だった。  
「冗談じゃねぇよ、俺はなぁ!」  
 ぎょっとして自分の身体を抱き締めた魔女を見て、彼は激昂した気分を少しだけ治めた。  
「俺は、自分の意志でお前を犯してやったんだ」  
 魔女は泣きそうな顔と、体全部を使って否定を表現した。  
「違う」  
「違わない。だったら今からここでもっかいやってやろうか」  
 エイダは声を出さなかった。出せなかったと言う方が正しいだろう。アルフレッドが伸ばした腕を必死で払い落とそうと無茶苦茶に四肢を動かした。  
 抵抗虚しく、彼女の細い体はすぐに壁際から抜け出せなくなった。のしかかるように詰め寄ったアルフレッドの、紅潮した顔に向かって、彼女は虫の鳴くような声で、やめて、と言った。  
 エイダの足がまだ熱いアップルパイを蹴飛ばした。  
「じっとしてろ」  
 呪うようにアルフレッドが言った。  
 もう一度、やめて、とエイダが言った。彼女の発した言葉はそれで最後で、あとはアルフレッドが飲み込んだ。  
 唇が触れている。濡れた分厚い舌が彼女の口に侵入した。荒い息の音を二人ともが耳で聞いた。  
 柔らかい、とアルフレッドは思った。不誠実なことに、彼の右手は乳房を掴んでいた。  
 怖い、とエイダは思った。キスに集中していた彼女は、乳房に触れられて身をさらに固くした。  
「――ん」  
「場所を変える。カエルの死骸見ながらはちょっとな」  
 腰を抱く手に無理やり立たされ、エイダは声をあげた。唇が離れて、真正面からお互いを見つめあった。泣きそうな顔をしているな、とどちらもが思った。  
 アルフレッドが顔を寄せた。短いキスをして、女を抱き上げた。場所が場所ならエスコートと呼んでもいい所作だったが、生憎なことにときめく女も甘い空気も不在であった。  
 エイダはただ落とされまいと必死で身を固くし、何かろくでもないことを決意したような男の横顔を、怯えて見つめるばかりであった。  
 
「アルフレッド、聞いてくれ」  
 狼藉の後も生々しいベッドに再び下ろされ、エイダは必死で口を開いた。  
「本当に呪いなんだ。あなたが私にひどいことをしたのは、きっとあなたの意志じゃないんだ。あなたを恨むつもりはないから」  
「恨んでくれて構わねぇよ。あんたはそう思いたいかもしれねぇがな、」  
 そこまで言って、アルフレッドは気付いた。この魔女は、アルフレッドのことを悪人であると思いたくないのだろうか。あるいは自分が騙されていたと。  
「……、実際のところは、俺の意志であんたを傷付けた。自分のもんにしてやろうと――」  
「嘘だ」  
 魔女が泣き出した。12、3の子どものように。  
「違う、そんなの、いやだ。あなたはとても優しい……」  
「優しくねぇんだ、残念ながら」  
 アルフレッドはあやすようにエイダの頭を撫でた。手のひらにさらさらの髪が心地よく、長い時間彼はそうしていた。  
「でもまぁ、努力はするよ。あんたが大人しくしてたらな」  
 アルフレッドの言葉の意味を、エイダは最初理解できなかった。もしかしたらこのまま解放されるのではないかと甘い希望を抱いていたところで、頬を舐められて彼女は絶望した。  
 唇を舐められて、舌を入れられ、そこで初めてエイダは違和感を覚えた。最初の時と様子が違うのだ。  
「…………」  
 分厚い舌は執拗に、こそばゆいような中途半端な接触をエイダの口内に試みていた。上顎を這い回る刺激に彼女は無意識に身をくねらせた。  
 エイダに絡みつく相手のそれは楽しそうで、逃げ腰だったエイダの舌も、知らず知らず動いていた。男の舌に絡みついて、吸ったり吸われたり、顔が熱い、と彼女は思った。  
 実際、アルフレッドは楽しんでいた。美人とのキスは楽しい。彼は目を開けていたが、エイダは目を瞑っていた。  
 彼女は唇を舐められるのが好きなようで、何回も舐めたり、あまがみしたり、アルフレッドが遊んでいると、宙を浮いていたエイダの手が、アルフレッドの背をおずおずと抱きしめてきた。よし、と彼は胸の内で言った  
「目を開けろ」  
 告げると、そう仕掛けられた魔法のようにエイダが目を開けた。きらきら光る瞳が至近距離で彼を捉えた。その瞬間、深く舌を入れた。  
 ゆっくり動かされていたツケを払うかのように(もちろんそれも気持のいいものだったが)、激しく口内を蹂躙する。音を立てて舐め回す。隠喩のように舌を尖らせ、激しく出入りさせる。  
 エイダは目を半開きにしていた。アルフレッドが見つめていると、耐えかねたように彼女は目を閉じた。逃げようとする頭を無理やり押さえつけ、今しばらく好き勝手をする。女の口内は離れ難く甘かった。  
 呼吸の苦しさと訳のわからない感覚に耐えかね、エイダはアルフレッドの胸を何度か叩いた。それで彼はやっと唇を離した。男の顎が唾液で濡れていた。自分の顔もそうなっているだろうと思い至り、魔女は赤面した。  
 アルフレッドが、今度はエイダの耳に食らいついた。とは言っても激しさよりは粘性の高い接触で、エイダは身震いをした。  
「あ……」  
 漏れた声の高さにエイダは驚いた。アルフレッドに笑われるかと思ったが、彼は笑わなかった。そもそも彼はエイダを舐めるのを止めず、さらには忙しそうに手を動かしている。  
 腰を撫で、エイダのくびれを確かめるようにさすり、独り言だろう、アルフレッドはよし、と言った。  
 エイダはいつ腹の傷に触れられるのかと気が気ではなかったが、いざ舌を耳の穴に入れられ、布地の上から胸を持ち上げられるように揉みしだかれると、そんな心配は頭から吹き飛んでしまった。  
「あ、アルフ――、ふぁ、ん、んぅ、ん」  
 さっきのキスも、口の中ではこんなに大きな音が鳴っていたのだろうか。  
 耳の穴は淫靡な音で満ちていた。これはいやらしいことだ、と魔女は当たり前のことを初めて思い、口にした。  
「だめ……、……やらしい」  
 アルフレッドが驚いた顔でエイダを見た。  
「やらしい?」  
「やらしい……」  
「あんたがやらしい。そんな蕩けた顔して」  
「ええ……?」  
 キスが降ってきた。組み敷かれ、エイダは目を閉じた。その方がアルフレッドの唇の感覚に集中できるのだ。  
 
 男の手のひらが、エイダの身体で一番柔らかい場所を揉みしだいていた。仰向けになっても重量感には欠かないそれを、アルフレッドは楽しそうに触っていた。  
 むにむにときつめに握って形を崩したり、やわやわとこね回したり、その度に不穏な熱が下腹部に溜まっていくようで、エイダは身をよじる。  
 男と目が合った。  
「ここ、」  
 胸の中央部分、布地をことさら押し上げて、乳輪の形まで分かりそうな、ツンと立つ乳首を、指で弾かれる。  
「あっ、」  
 ふるりと乳房が揺れる。  
 アルフレッドが笑った。何だか嬉しそうな笑い方だったので、エイダの胸は痛まなかったが、彼女は顔を隠した。やらしい声を出してしまった、と彼女は思った。  
 アルフレッドは乳首に執心したようだった。優しく潰すように転がし、エイダの目をじっと見つめる。  
「顔を見せろ」  
「…………」  
 彼女は『蕩けた顔』を絶対に見せたくなかったが、なぜか逆らえず、顔を晒して、いまや男のおもちゃになった自分の乳房から目を逸らした。  
「や、あ、んっ……あの、そこ、んっ……」  
 アルフレッドがにやりと笑った。何をされるのかと思う前に、布地越しに乳首を噛まれた。  
「やあっ、あっ、や、だめぇ」  
 はっきりと上がった自分の嬌声に、エイダはなぜか興奮を煽られる。  
 間断なく続く刺激に声を上げる合間、エイダはぼんやりと考えた。  
 服を脱がされないのはどうしてだろうか。  
 単純には、アルフレッドがじっくり楽しみたかっただけなのだが、エイダはふと泣きそうになった。  
「もう、やめて」  
「はいはい」  
 軽くあしらわれて、それ以上言えなくなる。  
 ――アルフレッドはきっと、私の裸を醜いと思ったのだ。  
 ひどい言葉で腹の傷を笑われた、ついさっきのことだ。エイダは思い出すだけで涙が溢れそうになった。  
 反応の薄くなったエイダを不審に思ったように、アルフレッドが彼女の顔をのぞき込んだ。  
「おねがいだ、アルフレッド。するならこのまま、して。私を見ないで」  
 彼ははっとしたように身をこわばらせた。  
 それは一瞬のことで、取り繕うようにまた軽く、はいはい、と言い、すぐに彼女の服を脱がせにかかった。  
「お断りだ、裸のあんたの方が、やらしいし、好きだ」  
「でも、私は、気持ち悪い――」  
「あれは嘘だ」  
 悪かった、とアルフレッドは小さな声で言った。何に対してか彼は言わなかったが、布地を捲りあげ晒した素肌の、一番最初に腹に顔を寄せた。  
「あなたは嘘ばかりつく」  
「すまん」  
「謝ってすむことじゃない」  
「悪かった」  
「嘘つき」  
「嘘つきだよ、俺は。その上で言うが、俺はあんたが大嫌いだ」  
 手際良く脱がされ、素っ裸になったエイダは、その一言をどう受け止めていいかわからず、困惑した表情を見せた。  
「アルフレッド」  
「ひとまず抱かせてくれ。話はそれからだ」  
 エイダが言葉を発するのをアルフレッドは許さなかった。嬲り尽くすような口付けをして、エイダの身体を抱き締めた。すんなりと彼の腕に馴染んだ女の身体は、しっとりとして少しだけ彼より冷たかった。短いうめき声に彼は笑った。  
 傷跡を舐める、という行為の意味が、先刻とは少し違う、とエイダは思った。アルフレッドは時折、エイダの表情に嫌悪の色がないか確かめるように彼女を見ながら、白い腹に舌を這わせていた。  
 エイダは、自分の心臓の音が部屋に響いている気がして、深呼吸をした。  
「二度とあんなことはしない」  
 アルフレッドの言葉にエイダは眉をひそめた。  
「い、今してるじゃないかたわけ」  
「あれとこれとは別物だと思ってるんだがな」  
「…………」  
「まあいい。あんたを悦ばせたい」  
 アルフレッドは少しだけエイダの腿を押しやり、足を開かせた。恥ずかしがる彼女の股ぐらに潜り込んで、まじまじと女陰を見つめる。  
 毛の乏しいそこは少女のようで、かと言って完全に子供なわけではなく、少しの肉びらと肉芽が飛び出していた。指で割れ目をなぞるとにちゃりと濡れ、水分のあることが知れた。アルフレッドは唾を飲み込み、エイダは震えて羞恥に耐えた。  
「痛かったら言えよ」  
「い、痛い」  
「まだ何もしてない」  
「でもたぶん痛い」  
「もういい、黙ってろ」  
 エイダは口をつぐんだ。さらには必死に両手で口を抑えたのを見て、アルフレッドは眉尻を下げた。  
 
「エイダ」  
 手をどかせて、またキスをする。泣いてしまったらしい、目から頬から、顔の隅々に口づけながら、優しく指で割れ目をなぞる。  
「ん、んん、――ぅあ」  
 くちゅり、と音を立てて、指が侵入した。エイダは火照った顔に不安の色を浮かべてアルフレッドを見た。もう今すぐぶち込んでやりたい、と熱を抑え抑え考えていた彼は、彼女の顔を見てうめき声を漏らした。名残惜しい指を引き抜き、彼は言った。  
「俺も脱ぐ」  
「あなたも全部脱ぐんだ」  
 下だけ脱いですまそうとしていたのを見抜いたかのように、エイダが言った。  
「私だけ恥ずかしいし、さっきみたいなのは嫌だから……」  
 これはしばらく着衣ではできないな、とアルフレッドがしようもないことを考えたことは、おそらくエイダにはばれなかっただろう。  
 とにかく彼は特に恥じらいなく全裸になり、それによって羞恥心を煽られたのはむしろエイダの方だった。  
「…………触るか?」  
「け、結構だ」  
「俺は触らせてもらう」  
「まだ触るの?」  
「嫌か?」  
「……あなたが触ると変な感じになるから」  
「どんな感じだって?」  
 アルフレッドはふたたび濡れた隘路に指を這わせた。湿り気は少し減っていたものの、入口を優しく往復していると、とろりと蜜が垂れてくるのが分かった。  
 魔女が艶のある息を吐いた。  
「……頭がぼうっとして、とろける……」  
 ふいに手を握られ、エイダは真っ赤になった。散々見られ、触られた後の今更であったが、冷たい指先を包む手が日向のように温かかったことに彼女は驚いた。  
「とろけたところを見たいもんだ。……あなたは、とてもきれいだと思う」  
 少しだけ丁寧な二人称で呼ばれたことにエイダが何らかの反応を示す前に、アルフレッドが彼女の耳を舐めた。  
 それは多分年甲斐もない照れ隠しの類の動作であり、彼女もそのことに気が付いた。エイダはくすぐったさに身を縮こませ、ごく小さく声を出して、嬉しそうに笑った。  
 アルフレッドは黙りこくってエイダの手を引っ張った。  
「わ」  
「ほら」  
 エイダの指先は自らの陰部に導かれ、そこでぬるりという生暖かい粘液に触れた。彼女は何事か訴えるような必死さでアルフレッドを見た。  
 エイダの指先がぬぷりと胎内にめりこんだ。  
「ここに入る。ゆっくりな」  
「ゆっくりだな、痛くないな?」  
「痛くない痛くない」  
「本当か?」  
「ほんとほんと」  
 アルフレッドが手を離した。彼はそのまま指先で陰部を探り、すぐこりこりとしたささやかな突起を探り当てた。  
「――んっ」  
 ぬるりと蜜を掬って、武骨な指が肉芽を掠った。優しく茎を擦るように責め立てられ、エイダの身体はびくりと大きく跳ねた。  
「や、ん、んっ、なに、――はぁ、ん」  
「いい声」  
 高ぶり、快感の漣が急速に集まっていた。とろとろと蜜を垂れ流す割れ目はささやかながら口を開いている。肉の谷間からちょこんとはみ出た肉芽は優しく擦られ続けて、充血しきっていた。  
「だめ、んっ、うぁ、アルフレッド、ねぇ、だめぇ、こわい、からぁ! そこ、擦るのやめて――やめ、ん、ん、んぅ」  
 エイダの両手が縋るものを探した。甘い甘い波が押し寄せ、溺れるように彼女は暖かい手を求めた。太い、固い腕にすがり付き、彼女はそこに口を押し当てた。  
 自分の腕が女の唾液で濡れるのをアルフレッドは凝視していた。こんなに乱れた顔でも確かにきれいだ、と十人並みのことを考えながら。  
「ん、ん、ん、んっ………っ、――ぅ、んっ……あ!」  
 絶頂が訪れた。ぴんと全身を緊張させ、エイダが果てる瞬間、彼女は男の腕から顔をあげ、全力で彼に口付けをした。短い痙攣を何度か繰り返しながら舌を差し入れ、彼の口の中で甘く喘いだ。  
「はぁ、ん……ね、わたし……とろけた……」  
 アルフレッドが小さくはない驚きと喜びに浸ったのはほんの一瞬で、彼はすぐに腕の中でくたりと弛緩するエイダをきつく抱き寄せ、彼女の唇に耳に、口付けを繰り返した。  
 興奮でだらだらと体液を垂らす肉棒を、半ば無意識にエイダの体に押し当て、絶頂の微細なおこぼれをいただくべく体を揺らした。  
 
 荒い、甘い呼吸を繰り返し、エイダは余韻に攫われたように身をよじった。  
 扇情的な光景だった。桃色の肌から汗が噴出し、エイダはうっとりと目を閉じた。  
「……あんたはかなりやらしい女だと思うぞ」  
「……うん?」  
「いや。気持ち良かったか」  
「…………うん」  
 それでおしまいだと彼女は思ったが、アルフレッドは欲を出した。今すぐ入れて快感を貪る前に、もう少しとろけたエイダを見たいと彼は思った。  
「エイダ、……まだいるか?」  
「…………もっと」  
 幸い、同意も得た。ぼんやりとした様子のエイダの太ももを撫でながら押し開き、アルフレッドは顔を寄せた。  
「…………ん?」  
 ぐちょぐちょに濡れそぼった女陰に、生暖かい何かが触れた。敏感に反応して、彼女は触れたものの正体を確かめ、もう何度目か分からない「やだ」を言った。  
 アルフレッドの舌は深く侵入せず、入口を舐めとっただけだった。はみ出た肉びらや、湿気たささやかな陰毛を吸い、快感に翻弄される彼女を驚愕させた。  
 熱い、濡れた舌が離れた。と、今度は太い指が深く侵入し、エイダは高い声を上げた。何かを掻き出すような指の動きは、肉の壁を押される異物感をエイダに与え、それはそのまま快感の漣を彼女の子宮に押し留めた。  
「さっき出したやつが」  
 とろりと、白濁した何かが割れ目から垂れている。  
「精液くせぇ」  
「あ、あなたの、だろう」  
「……まあな。絶対に俺のだ」  
 自分で言った言葉に何か煽られたらしい、膣内で指が動いた。  
「ん、んう、ん――」  
 壁を押し上げるようなそれに、エイダは蕩けた声を上げた。  
「それ、も、きもちいいー――」  
「そうか」  
「まほう、みたい」  
「ん、よしよし」  
 アルフレッドが笑った。それまでで一番優しい顔だとエイダは思い、つられて彼女も笑った。快感に眉の寄った、奇妙な表情になった。  
「ああ、ちょっと、待っ、また――」  
 指を中に入れ、ぐにぐに動かしながら、アルフレッドは舌を肉芽に這わせた。優しく吸いながら、舌で擦ったり転がしたりと刺激する。  
「あっ、んっ、んっ、また、なぁ、さっきの、きちゃう、」  
 目が合った。視線に熱があるかのように、ぶつかって、火照った。  
「あ、ああ、あ、んっ――…………っ!」  
 ぴんと伸びた全身が輪郭をとかした。くったりと快感に蕩け落ちる、その瞬間に、エイダは足を掴まれた。  
「エイダ」  
 エイダの膣内が切ない煽動を繰り返す最中に、彼女の目がまだ焦点を定めきっていない最中に、熱い、硬い肉茎が、ぐちゅぐちゅに溶けた入口にめり込んだ。  
「――――あああ!」  
「…………っうあ、」  
 最深部まで一気に叩きつけられ、エイダは真っ白になった。二度も立て続けに絶頂を迎えた後、男の存在感は彼女の理性のたがを引きちぎった。  
 アルフレッドが再び腰を引き、打ち付ける。虜になったように、甘い肉を繰り返し繰り返し抉る。  
「やら、なに、これ、きもちいい、ああ、あ、ああ、あ、やああんっ!」  
 わけのわからない声をあげる口を、アルフレッドは塞ごうと思わなかった。いつもの取り澄ました、少し頬の赤いエイダの顔が、真っ赤な女の顔になってるのを見て、彼はそれをまぶたに焼き付けた。  
「エイダ」  
「あ、あっあ、ん、はい、……っ?」  
「好きだ、ぜんぶ」  
 初めてアップルパイを見た時のように、エイダが笑った。アルフレッドの背中に回していた腕をぎゅっと締め付け、足でも彼にしがみついた。  
「ほんとう? ――んっ」  
「うん」  
 子供のように素直にこくりと頷き、やはり大人らしからぬやり方で、彼はエイダを追い詰めた。  
「ぁ、あ、あ、あ!」  
 
 一瞬一瞬を、惜しむように貪る。絡みつく肉は瑞々しく、隘路は狭かった。単純な征服感と、複雑な快感がアルフレッドの全神経を酔わせた。狂人のように女の名を呼びながら、一心不乱に上り詰める。  
「あ、の、また、子どもを、つくるの?」  
「そうだ」  
「そし、たら、あなた――は、ん、」  
「ん?」  
「アルフレッドは――」  
 喋りながらが苦しくなる。話は後だと一人で決めて、アルフレッドは 動きを早めた。感触のいい身体を抱きすくめ、快感を集めることに必死になる。エイダの細い喉がアルフレッド胸の下で動いていた。  
「…………、っう」  
 低い喘ぎを零し、アルフレッドは弾けた。女の最奥で精液を吐き出しながら、彼は更に繋がろうと体を押し付けた。  
 種付の本能がいかんなく発揮され、彼は動物的な呻きを漏らした。理由も、理性もなく、孕め、と念じながら、最後の一滴まで女の中に押し留めるべく、アルフレッドは長い時間動かず、二種類の心臓の音を聞いていた。  
「…………」  
 エイダの声が、微かに彼の耳に届いた。  
「いかないで」  
 掻き消えそうな言葉から漂う不安に、アルフレッドは心臓を掴まれた心地になった。  
 返事をしようにも回らない頭の余韻の中、必死で言葉を探す。  
 さっき、焦げたアップルパイを前にして、自分が散々痛めつけた魔女が震えるのを見て、アルフレッドは決めたのだ。  
 手に入れて、一生大切にしてやろう、というその決心自体、彼らしい独善性に満ちたものだったことはさておき。  
「エイダ」  
 言葉より先に伝えなければならない気がして、彼は魔女を抱き締めた。強い力が返ってきて、彼は充足感に目を閉じた。  
「一緒にいよう」  
 泣き出す声のあと。  
「ほんとう?」  
 尋ねたエイダの声は、ごく普通の、若い人間の女の涙声だった。  
 問いかけに軽く2回オウム返しに答え、アルフレッドは魔女の呪いを解くべく、長い長い時間、彼女に口付けをした。  
 
 
・  
 
 
「それじゃあ」  
 言って、アルフレッドが片手を挙げたとき、これまでと違う寂寥が二人ともの胸に訪れた。  
 彼はエイダとの約束を守ることをどうやって彼女に伝えようか悩んでいたし、彼女は彼が立ち去って、二度と戻らないのではないかと思って、それも仕方あるまいと考えていた。  
 日の暮れた森には清涼な類の湿気が漂っており、時折獣の声が聞こえた。夜目にエイダの肌は一際白く、唯一素肌を晒した頬は蝋燭の炎を受けてもなお血色に乏しい。  
 アルフレッドは眉を寄せていた。自覚はなかったが、どこもかしこも大造りな彼が太い眉を寄せると、機嫌が悪いように見え、威圧感もなかなかのものである。  
 この顔は怒っているわけではない、とわかる程度に魔女は男と親交を深めていたが、今日の出来事であらゆる確信が持てなくなっていた。  
 睨み合いを続け、先に動いたのはアルフレッドだった。  
 彼は腰を屈め、丁寧に魔女の唇にキスをした。  
 魔女は多少戸惑いながらもそれを受け、少しだけ頬の色を赤くした。  
「今のは挨拶だ」  
「何の?」  
「行ってきます」  
「なるほど」  
 生真面目そうに頷く姿はアルフレッドの期待した反応とは違ったものの、意味を伝える根性は彼にはなかった。  
 日頃、仕事仲間に何事も勢いだと豪語する彼は、今日に限っては勢いがなければ何もできない状態なのであった。  
「土産を持ってまた来る。今度はワインだ。あんたが焼いたアップルパイをつまみに飲もう」  
 彼の言葉は平凡なものだったが、それを聞いたエイダは表情を固くした。  
 戦闘に臨む兵士のような目で、任せておせ、と言った。  
「うまく焼けるといいな」  
 笑いを噛み殺しながらアルフレッドは言い、エイダは、うむ、と低く言った。  
 
「あとな」  
 アルフレッドは表情を戻した。  
「あんたの兄貴、次はいつ来る?」  
「兄はもう来ない」  
 エイダは静かに微笑んだ。  
「あなたは何か誤解していたようだが、兄の口付けも、挨拶だったんだよ。二度と会うことはない別れの挨拶と、ついでに呪いをくれたのがあの人らしいが」  
 エイダの右手が腹を撫でていることにアルフレッドは気付いた。迷い、彼は尋ねることにした。  
「腹の傷は兄貴にやられたのか?」  
 エイダは面食らったように黙った。肯定かとアルフレッドが判断する前に、彼女は口を開いた。  
「いや、これは父に」  
「父?」  
「うん。事故があって、本来傷を受けるべき人のところに行かず、術師の娘――私に呪いが返って来た。父は私の呪いを解くために死んだ」  
 今度はアルフレッドが面食らった。呪いだなんだとかいうわけのわからない存在を、現実主義者の彼は信じていなかった。  
 魔女は彼の心境を了解したかのように、言葉を続ける。  
「私のために父が死んで、だからたぶん、兄は私に冷たい」  
 そうは見えなかった、という言葉を、アルフレッドは飲み込んだ。エイダは腹を撫で続けていた。  
「うちは代々魔術の家系なんだ。呪ったり殺したり傷付けたり。私は家を出てこうしてのんびりやっているけれど、兄は今もそういう仕事をしている。私だって食うに困ったらするだろう。  
 そういうわけだから、アルフレッド、あなたがこの話を聞いて、二度と私に会いに来てくれなくても、致し方あるまいよ」  
 アルフレッドは眉を寄せた。今度のそれは不機嫌の意味で、その怒りは八割方自分自身に対するものだった。  
「全文了解、でもな、あんたはごちゃごちゃ考えず、アップルパイを焼くことに専念しろ。ただでさえ不器用なのに」  
 魔女はむくれた。彼女が反論する前に、彼が続けた。  
「俺は会いに来るよ。あんたを街にも連れ出そう。先のことは分からないが、俺はたぶん、あんたの兄貴よりしつこくて嫉妬深い。そのうちあんたをこの家から攫うだろう」  
「ええ?」  
 アルフレッドは、エイダの頭を掴んだ。髪を撫でるようにして頬に滑らせ、柔らかい肉を両手で包んで顔を上向かせる。  
 長い口付けになった。唇を離してすぐ、彼は彼女の耳元で早口で呟いた。  
「他の男を家に入れるな。兄貴でもだ」  
 エイダは戸惑った様子で彼を見つめた。  
「今のはそういう呪いだ。魔術師じゃなくても、男なら皆知ってる」  
 じゃあな、と、手を挙げて、今度こそ彼は離れ難い小屋に背中を向けた。縋るような視線が背中に絡みつく気がしたけれど、それは彼の願望で、振り返ればいつものようにすぐに小屋に潜り込む彼女の後ろ姿が見えたかもしれない。  
 それでもアルフレッドは、勇気を出して振り返ることにした。また必ず会いに来ることを伝えなければならないとも彼は思った。  
 エイダは扉の前で立ち竦んでいた。アルフレッドが振り返ったのを見て、驚いた顔をした。彼女は走り出した。立ち止まって、アルフレッドは出迎えた。エイダは泣き出す寸前の顔で、けれど落ち着いた低い声で、言った。  
「兵士殿は、もし私に子供ができなくても、会いに来てくれるだろうか」  
「来るに決まってんだろ」  
「ほんとうに?」  
「誓って」  
 エイダがくしゃりと笑った。不細工な顔を初めて見た、と思いながら、アルフレッドは彼女の手を握った。  
「傷付けてすまなかった。埋め合わせはする」  
「埋め合わせ?」  
「ああ、だから……大切にする。あなたを」  
「あなた」  
「何だよ」  
「いや」  
 エイダはくすくす笑って、彼女の手を掴む大きな手を解き、指を絡め直した。  
 その手が陽だまりのように温かいことを確認して、彼女は目を閉じ、開き、安心して手を離した。  
 背伸びをして、それでも届かず、男を屈ませる。  
「……挨拶とまじないだ。武運と息災を。それから早く、私のところに来てくれるように」  
 イモリの尻尾よりは効きそうだ、などと考えたことは漏らさず、アルフレッドはもう一度、美しい魔女に挨拶をすべく、背を屈める。  
 夜の森に月は低い。  
 兵士の門限が刻一刻と迫っていることに気付かず、彼らは今しばらくの挨拶と、抜群に効き目のいいまじないを与え合った。  
 
 
 
おしまい  
 

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