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帰り道、電車の中で、昔の夢を見た。  
"彼"との間柄が、ほんの少しの間だけ『ただの先輩後輩』から『恋人』だった頃の夢。  
幸せだったけれど、それは過ちだった。  
 
忘れることは出来なくても、せめて考えないようにしていたのに。  
夢だとしても思い出してしまった自分が酷く半端に思えて、あの時の自己嫌悪が甦った。  
 
覚悟はしていた。  
間違ったことなんてない。  
それなのに、こんな気持が湧き上がってくるのは仕方のない事なんだろうか。  
 
「――――っ……!」  
 
人目が無かったら声にしてしまっただろう、苛立ちを理性で口の中にとどめる。  
駄目だ、結局考え込んでしまってる自分に腹が立つ。  
こうなったら一回思いっきり泣くしかないかなぁ、なんて考えていると、  
夢と同じ、あの人のなっさけない笑顔が浮かんできて泣く気も失せてしまった。  
どうやら彼は、泣かせてもくれないらしい。  
 
しょうがない、と気持ちを切り替えるのと一緒にため息を吐く。  
このため息も全部、あの人のせい。  
今度、嫌味の一つも言ってやるとしよう。  
 
――――祝福は、その後に。  
 
///  
 
 
「――――っくしっ!」  
くしゃみで目が覚める。  
これって結構レアな体験じゃあるまいか。  
「ん…………」  
やっぱりまだ本調子じゃないかなー、なんて思いながら辺りをうかがう。  
カーテンの間から差し込む光はすでになく、どうやらもう日は暮れてしまったらしい。  
話をしながら寝てしまうなんて、薬を飲み直したにしても気が抜けすぎじゃないか俺。  
体の反応は鈍くて、このまま朝まで寝てたい気分だったがそういうわけにもいかない。  
「おーい、昌ー?」  
毛布を払いのけながら、どっかにいるであろう居候の名前を呼ぶ。  
「えっ!もう起きてきちゃった!?お願いだからもう少し寝ててーっ!」  
するとどこかから動揺するような返事がある。  
なんだ、なんか家主に見せられないようなことでもやってるのかアイツは。  
返事は……、台所から?  
「あきらー?」  
「あっ!ちょっ、ちょっとタンマ!こっち来ないで!」  
慌てふためいて声で俺の侵入を阻もうとするも、時すでに遅し。  
昌の声が俺の耳に届いたのは、もう俺が台所を覗きこんだ後だった。  
ぷんと、焦げ臭いけど甘ったるい異臭が鼻につく。  
「……何やってんだお前。」  
「いやー、なんといいますか。感謝の気持ちというか、せめてものお礼というか…………」  
ごにょごにょと語尾は段々小さくなっていき、結局照れ笑いで誤魔化す。  
握られた包丁。置かれたまな板。火にくべられた鍋。  
それだけ見れば、料理をしている、ってくらい一目瞭然だ。  
 
「っていうか、これは……?」  
けれど、鍋の中のものは完膚なきまでに正体不明だった。  
「えーっと……、肉じゃが(仮)。」  
「カッコ仮ってなんだよ!」  
思わずツッコミを入れていた。  
どうやったらイモと肉でこんな不思議物体が出来るんだ。  
醤油色を通り越して、黒光りしてるぞコレ。  
「まーまーまーまー、まだまだ仕上げはこれからですからー。」  
昌に背中を押されて、台所を退場する。  
どうやらまだ足掻くつもりらしい。  
「はぁ……、まあここまでやっちゃったんなら気が済むまでやればいいけどさ。――ほら、鍋。煙出てるぞ。」  
「え?あ、きゃー!」  
「……火事だけは勘弁してくれよな。」  
鍋に駆けてく昌の背中にそれだけ言って、俺はテレビでも見てることにした。  
 
 
…………  
 
 
……『ガッシャーン! わー!』  
 
 
……ふぅ…………  
 
 
…………  
 
 
…………  
 
 
……『ボンッ! ぎにゃー!』  
 
 
…………  
 
 
……ボンッ?  
 
 
…………  
 
 
……えーっと、  
出前はどこがいいかなー。  
 
 
皿や小鉢が数枚割られ、鍋は洗うのに半日はかかるんじゃあないか、ってくらい焦げ付いている。  
その分、肉じゃがはなんとか、辛うじて、ぎりぎり形になっていた。  
まあ、いくらなんでもさっきのはどうにもならなくて、また最初から作り直したらしいけれど。  
出来栄えは決して良いとは言えないが、料理の基礎も知らないで、肉じゃがのイメージだけで作ったにしては十分だろう。  
「……ていうか、勘で料理するなよ。」  
「あはー」  
バカみたいに笑う昌に、ため息が出る。  
それでも、差し出された手の無数の切り傷に強く叱ることが出来ずにいた。  
「……ちょっとしみるぞ、歯ぁ食いしばれ。」  
「あ、ちょま―――、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」  
せめて思いっきり消毒液を傷口にかけてやると、目尻にうっすら涙を滲ませる。  
「勘で料理するような奴には、これくらいの罰がちょうどいいんだよ。」  
「うわぁ、なんかそれってサディスティックな発言だね。」  
……コイツは。  
消毒液をふき取ると、液で薄まった血がティッシュを薄いピンク色に染めた。  
一瞬包帯か絆創膏か迷ったが、あんまり仰々しいのもなんなのでぺたぺたと絆創膏を張ってやる。  
張り終わってみると、手は漫画のように絆創膏だらけ。  
これはこれで大げさに見えるかもしれない。  
「……台所立ち入り禁止な、オマエ。」  
そのうち指切り落としそうだし。  
スプラッタ苦手なんだよ俺。  
「えぇー、じゃない。」  
不満そうな声を上げる昌を一蹴する。  
 
「ったく……、なに張り合ってんだか。」  
「――――……」  
どうせ遠峯のお粥に触発されたんだろ、なんて気持ちが思わずこぼれた。  
それが気に障ったのか、一変、心底機嫌が悪そうな視線をよこす。  
昌はそんな表情のまま、無言で一つ肉じゃがをつまんだ。  
全部自分で処理するつもりだろうか。  
失言だったかもな、そう思った矢先、  
「ん――――、」  
唇に、なにか柔らかいものが触れた。  
タバコの臭いの代わりに、咀嚼されたじゃがいもが舌と一緒に侵入してくる。  
「ぅ、ん…………」  
くぐもった声を聞きながら、唾液交じりのじゃがいもは舌の上を滑り、ごくり、と飲み込まれた。  
「っ――――、ふぁ………………」  
しかし舌はそれ以上絡んでくることなく、名残惜しそうに銀色の橋をかけて離れる。  
「――――味は、どう?」  
挑発的な言葉と妖艶な笑みに、不意を付かれていた俺はハッと我に帰る。  
味なんか分かるか、なんて野暮な言葉をぐっと飲み込んで袖で口を拭う。  
「…こういうのはなしって言わなかったか?」  
二度目だからか、思考を取り戻した頭の中は冷え切っている。  
それなのに、自分の声は幾分怒気を含んでいた。  
「……手料理って言うのはさ、」  
睨みつける視線の先で、昌はこっちが息を荒げるのも馬鹿馬鹿しくなるようなしっかりした口調で言う。  
「女の子にとっては特別な意味があって、」  
あくまで口調は落ち着いている。  
「それは私にとっても――、きっと、あの子にとっても同じことで、」  
けれど、訥々と紡がれる言葉の合間、その沈黙は縋りついてくるようだった。  
「――――――ねぇ、味はどうだった?」  
さっきと同じ質問。  
ようやくその中の意味に気が付いて、言葉を詰まらせる。  
そんなの、咄嗟に返事が出来る方が、嘘だ。  
 
沈黙はほんの僅か。  
体に圧し掛かる重たい一瞬。  
 
その沈黙を破ったのは、本日二回目、能天気な音を響かせるチャイムだった。  
多分それは、そば屋の出前持ち。  
夕食の到着に逸らした視線を戻すと、昌と目が合った。  
絡みつく視線を振り切って無言のまま立ち上がる。  
 
少しの間でもこの場を離れられるのに、内心ほっとしていた。  
そして、そんな意気地のない自分が嫌になる。  
 
受け取ったそばは暖かい湯気を立てていて、凄く旨そうなのに、食欲は湧いてこなかった。  
 
 
会話のない部屋にそばをすする音がやけに空々しく響いて、食いながらもっと別のもんにしとけば良かったと後悔した。  
食べ終わった昌に何か訊かれるのが怖くて、まだ熱いそばを勢いに任せて流しこむ。  
「ごち、そーさまっ!」  
最後にお茶を飲み干して、息もつかずに立ち上がる。  
声を出すと喉がひりついた。  
「……早っ」  
驚いてるんだか、呆れてるんだか良く分からない呟きをこぼす昌。  
見るとまだ半分も食べ終わってない。  
「あー、えっと、」  
立ってから、何もすることがないのに気がつく。  
かといって、このままこの場に留まるのも間が持ちそうにない。  
「――コンビニ…、そう、ちょっとコンビニ行ってくる。」  
咄嗟の思い付きを口にすると、昌は箸を止めて俺を見上げる。  
「コンビニ?」  
「あー…、うん。……ちょっと買いたいものがあるんだよ。」  
「……ふーん」  
ちょっとつつけばすぐぼろが出る脆い嘘だったが、幸い昌は興味がなさそうな返事を返しただけで、またそばをすする。  
「風呂の準備はしとくから、適当に入っててくれ。」  
「ん、わかった。」  
いってらっしゃい、と軽く手を振る昌。  
その動作は、やっぱり今まで通りで、さっきの唇の感触が酷く現実離れしてるように思える。  
手早く風呂の支度を済ませて、逃げるように部屋を出た。  
 
結局、肉じゃがには箸をつけることが出来ずに。  
 
 
「ぐあ……」  
道に出ると、吹き付ける風がえらく寒い。  
風邪を引いてることを今更思い出して、こんな馬鹿なのによく風邪が引けたな、なんて自嘲的な笑みが沸いてきた。  
俺は馬鹿だ。その上臆病者なんだから救いようがない。  
コンビニまでの道のり、一歩足を出すたび自己否定の言葉ばっかりが浮かんできて、吐き気がする。  
否応無しに昔のことまで思い出してしまって、自分の女々しさまで思い知ることになる。  
いやはや。  
難しいね、この手の話は。  
 
 
寒い冬の夜のコンビニは、いつもと同じように無機質な明かりを灯している。  
とりあえずビールとつまみをプラスチックのカゴに入れてる自分に、最近飲み過ぎだな、などと苦笑した。  
すぐに帰りたくなかったので、重たい気持ちを引きずりながらコンビニの品揃えを眺めて回る。  
最近のコンビニっていうのは、スーパー顔負けだなぁ、なんて感心してると、ふと、"あるもの"が目に留まる。  
 
……………………あー、うん。  
そりゃあ、何日もそのままだったら気持ち悪いだろうけれど。  
こういうので気が利くのも、なんか慣れてるみたいでやだなぁ。  
 
しばらく考え込んだ後、気が付いちゃったんだからしょうがない、と諦めて、  
なぜか目が行ってしまった生理用品の隣に並べてあった女性用の下着をカゴに放り込む。  
……エロ本買うよりよっぽど恥ずかしいかもしれんぞ、これは。  
 
「ただいまぁ…」  
声を潜めて部屋に戻る。  
結局、なかなか決心がつかずにレジに持っていくまで結構手間取ってしまったぜ。  
自分の家のはずなのに、忍び込んでるみたいで妙な感覚を覚える。  
浴室から水音がするのを確認すると、どっと肩の力が抜ける。  
まったく、やりにくいったらありゃしないね、なんてごちりながら、  
適当に見繕った着替えと一緒に、まだビニールに包まれた下着を中を見ないように浴室前の更衣室に突っ込んでおく。  
「……やれやれ。」  
缶ビールを袋から取り出して部屋に座ると、ようやく一息つけた。  
部屋は静かで、ざあざあと浴室の水音だけが聞こえる。  
 
――――さて、と。  
ぐい、と血液にアルコールを供給して、適度に思考を鈍らす。  
でないと、血が上っちまってまともに考えられそうにない。  
 
あれは……、やっぱり、そういう意味なんだろうなぁ。  
ぼんやり目の前の食卓に残された、すっかり冷めてしまった肉じゃがに目をやる。  
 
俺だって、女性にそういう意味で迫られてるなら悪い気はしない。  
そんな風に考えられるのは、少し、彼女に惹かれている証拠だろう。  
なのにまだ迷ってるのは、きっと痛い目を見た学習機能のせいだ。  
昔しこたま痛めた感覚を、もう一度使うのを拒んでる。――怖れてる。  
頭はそんな慎重論ばっかりを唱え、体は体で勝手な答えばかり喚く。  
お陰で、一番肝心な声はかき消されてしまっていた。  
「……まだまだ青いなぁ、俺も。」  
誰ともなく呟く。  
だいぶ年食ってきたとは思っていたけれど、まだまだこれかららしい。  
 
もう一口ビールを煽ると、ちょうど浴室のドアの開く音が聞こえてきて、自分でも驚くくらいビクッと体が震えた。  
まだ結論は出てないっていうのに、それだけで頭が真っ白になってしまう。  
いかん、なにびびってんだ俺。  
 
そのまま固まってると、タオルで髪を拭きながら昌が出てくる。  
変に意識しすぎて、俺は自分がどんな顔をしてるのかも分からないくらいだった。  
「あ、帰ってたんだ。おかえりー。」  
「お、おう。」  
うわずりそうな声を抑えて返事をする。  
交わされた言葉はそれだけ。  
後続の言葉はなく、また沈黙が部屋に充満する。  
 
「……ねぇ、」  
そろそろこの間も辛くなってきて、テレビでもつけようかと思った頃、少し離れて座った昌が口を開いた。  
「ん?どうしたー?」  
心拍数が、もう一段階上がる。  
落ち着け俺、ビークール!  
「……なんで、女物の下着なんかがあるの?」  
言って、訝しげな目で俺を見る。  
というか、ほとんど睨みつけられた。  
 
「え?いや、あれは――――」  
「やっぱり、ちょくちょく女の子を連れ込んでたりとか……」  
「……あー」  
そうきたか。  
女って生き物は想像力豊かなんだなー。  
むしろなんだ、遠峯といい俺はそんなにヒモっぽく見えるのか。  
って、そんなこと考えてる場合じゃないぞ俺。  
「ねえ、どうなのよ?」  
ずい、とさらに顔を近付けてくる。  
その目は、怒っているとか軽蔑してるとかそういった風ではなく、ただ、不安そうに揺れていた。  
 
――だから、そんな顔されると、参るっていうのに  
 
「バカ。さっきコンビニで買ってきたんだよ。」  
「あ…………」  
妙な勘違いをしていたことに気付いて、昌の顔が火をつけたように赤くなる。  
「そ、そうだよね!そうに決まってるよね!キミにそんな甲斐性があるわけないし!」  
失礼なことを元気一杯に言って、照れ笑いで取り繕う昌。  
そこに、先ほどまでの不安の色はなかった。  
「……俺って信用ないのな。」  
拗ねたように呟いて、大きくため息なんか吐いてみる。  
「あ、ごめん!そういう意味じゃなくって……」  
そんなわざとらしい動作にも律儀に慌ててみせる昌が、なんだかおかしかった。  
 
「……ほんと、ありがとね。何から何までお世話になっちゃって。」  
しみじみと言って、昌は細めた目で見上げてくる。  
「ま、落ち着いたらメシでも奢ってもらおうかね。」  
「りょーかい。その程度でいいのなら喜んで。」  
弾むように言葉を交わして、笑いあう。  
さっきまでのぎこちない雰囲気が馬鹿馬鹿しくなってくる。  
ああ、良かった。  
空気が、溶けていく。  
 
 
「ふぅー…………、」  
三十分ぐらいで風呂を済ませる。  
真冬の外の空気は、たかだかコンビにまでの往復だけで体の熱を奪ったらしく、湯船の温かさがえらく身にしみた。  
明日は学校行きたいし、飲むのもほどほどにして寝ないとな、とわしわし頭を拭きながら考える。  
で、タオルを首にぶら下げて部屋に戻ると、昌はビール缶片手ですでにグースカ寝ているわけだ。  
「…………えー。」  
そりゃないだろう、なんて意味の声がこぼれる。  
ただ単に酒に弱いだけなのか、それともタダ酒は倒れるまで飲むなんて言うつもりだろうか。  
なんにせよこれで二日連続、即ち家に上げてから毎日だ。  
何か一言言ってやりたい気分ではあるが、寝顔に言っても仕方があるまい。  
やれやれと大げさにため息を吐きながら、ベットに運ぶために昨晩と同じように抱きかかえる。  
やはり、軽い。  
 
「――――っと、」  
途端、予想していなかった力が加わり、ベッドに倒れこむ。  
俺が反射的に起き上がろうとするより速く、マウントポジションになった昌に組み敷かれた。  
「…………寝た振りしてやがったな。」  
憎々しげにに呟いても、昌は対照的に笑っていたりする。  
「この私がビールなんかで酔いつぶれるわけがないでしょ。」  
言って、胸を張る。  
ということは、恐らく昨日のも狸寝入りだったのだろう。  
「……ね、一緒に寝よ?」  
「バカ言え、なんでお前と一緒に寝なきゃ行けないんだ。」  
動揺を隠すため、自然、声が鋭くなっていた。  
 
「でもベッドも一個しかないし、また廊下で寝たりしたら風邪がぶり返しちゃうかもしれないし……」  
「そんなの――――」  
理由になってない、と叫びだしそうになる。  
 
「私は、キミのこと好きだよ?」  
言葉を、唐突に奪われる  
声は息がかかるほど近い。  
「……それでも、ダメ?」  
予感から確信に変わったそれは、途端に質量を増し、さらに強く、俺をベッドに押し付ける。  
「――――――……」  
重くて、自由にならない体の代わりに、目線を逸らす。  
勿論、そんなことでこの状態から逃げられないのは分かってる。  
イエスかノーか。  
二つしかないはずの選択肢の中で、ただ、口をつぐんでいた。  
「別に、キミにも好きになってほしいなんて思ってないから、さ。  
 ただ私がキミにしてあげたいだけだから……  
 体は、心なんか関係なしで気持ち良くなれるでしょ?」  
昌の目が潤んでる理由が、俺にはわからない。  
せめて体だけでも――彼女が言っているのは、そういうことなんだろうか。  
 
……なんて、勝手な想いだろう。いっそ、腹が立つ。  
そりゃあ、誰かに『好きだ』って言われて、それを純に受け止められるなら、これほど嬉しいことはない。  
幸せなことだとも、思う。  
 
だけど…、だからって、体だけなんて間違ってる。正しいはずが、無い。  
それに何より、コイツは今までそんなことさえ誰にも教えてもらえなかったんだと思って、――悔しかった。  
 
ちくしょうめ。  
つくづく俺は、ケツが青い。  
 
ああ、別に構わない。むしろ清々しいくらいだ。  
若僧は若僧なりに、信じる道を行けばいい。  
 
「…………ぁ、」  
抱擁は、これで二度目になる。  
馬乗りになっている昌の体に手を伸ばして、引き寄せた。  
身動きが取れないほど、言葉も出ないくらいに、きつく、抱き締めた。  
その意味をどう受け取ったのか、すっぽりと腕に収まった体の力が抜けるのを感じる。  
どくん、と、一際大きく耳に届く、誰かの心音。  
「……今は、寝よう。」  
時間が欲しかった。  
ほんの気まぐれで2日前に焼いたお節介が、今、こんな形で自分をまいらせるだなんて、現実感が希薄すぎる。  
逃げてるだとか、臆病者だとか、罵られたっていい。  
とにかく、時間が欲しい。  
こんな状況で、正常な判断が出来るわけがない。  
 
「ん……わかった。」  
そんな俺の胸のうちを察したのか、昌は素直に頷いてくれた。  
「ごめんな……」  
「謝んないでってば。なんかもう振られたみたいじゃない。」  
言って、茶化すように笑う。  
 
どうして、笑えるんだろうか。  
やっぱりからかわれているのか、なんて思わず考えてしまう。  
じゃなきゃ、きっとこいつは百戦錬磨の兵で、俺には勝ち目なんてないのかもしれない。  
 
 
「えへへ……お休みっ」  
何がそんなに楽しいのか、昌は顔を綻ばす。  
返事の代わりにゆっくりと髪をなでてやると、気持ちよさそうに目を細めた。  
その表情は、眠たそうにも見える。  
 
恋人と呼べる仲なら、額にキスでもしたんだろうか。  
そんなことを考えて、少し、気が滅入った。  
 

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